fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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小悪魔は天馬と踊る

「もー、なんで、アイツ、連絡、寄越さない、のよ!!」

オルガマリーがキリキリと声を上げる。走りながら怒っているせいか、なんだか声が続いていない。魔術師としては優秀でも、彼女は身体を動かすことには慣れていないらしい。走りながら宥めるリツカが息一つ切らしていないのと、対照的だった。

彼女―――マシュもまた、走りながら、疲れ一つ感じていなかった。デミ・サーヴァント……サーヴァントの能力をその身に宿した彼女は、まさにサーヴァントそのものになったと言っていい。研究所で生まれ、研究所で育ち、外すら見たことがない彼女に、これほどの運動を行うことは通常不可能だ。大盾を持つことなど、それこそ叶わぬことである。

(さっきの衝撃は間違いなく宝具だった。しかもあの白い光、とんでもない数値の魔力が検知されてる)

「勝手に、やられてるんじゃ、ないでしょうね、あのチビガキ! 偉そうな口、利いといて!」

「でもあの白い光、敵の宝具だとしたら、ずっと展開してるのおかしいんじゃないですか。あ、ほら。また落下してる。対処できてるのでは、アーちゃん」

「アーちゃん……」

(かわいい)

「なおさら、ピンチって、こと、じゃない! 宝具を、何発も、喰らってるってことでしょう!」

「盾の宝具持ってるって言ったし、それで防いでるのかな」

「アンタ、なんでそんな、冷静なのよ!?」

盾の、宝具―――。

あの赤い小さな女の子のサーヴァントは、それを持っていると言った。どんな宝具なのか、話を聴きたかった。だって、まだ、私は―――。

「あ、ほら。また白い光が空に上がった」

「実況してる場合!?」

「先輩」

「ちゃんと整理しないと所長がテンパっちゃいますし」

「先輩!」

「だ、誰が、パニクってるって!?」

「いやだから所長が」

「先輩! 前!」

「え」

咄嗟に、マシュは二人の前に出た。

視線は真正面。細い道路のずっと向こう、古い電柱の蛍光灯が明滅するその直下。

影が、居た。黒い影がゆらりと見せつけるように道路の中央へ歩み出ると、ぎょろりとマシュを睨みつけた。

(気を付けて、サーヴァントだ!)

ロマンの声が耳朶を打つ。間違いない、あれは、サーヴァントだ。味方じゃない、敵のサーヴァント。

ぞっと、冷や汗が背筋に滲んだ。それでもマシュは顔には出さず、努めて冷静な素振りのまま、相手を観察した。

黒い髪の、女。そのほかに特徴らしい特徴は、見られない。引いて特徴を述べるなら、その出で立ちは、奇妙な正装のようだった。カルデアのライブラリで調べたことがある。あれは、いわゆる、日本の女学生の制服ではないか?

「おかしい」

リツカの声だった、と思う。何が、という主語を欠いたその言葉の意味を問い返す暇は、もう無かった。

踏み込み一つ。一足で距離をゼロにした黒髪の女の拳が、マシュのシールドに直撃した。

「―――重!?」

 

 

投影、開始(トレース・オン)!」

脳裏の描く剣戟は3つ。瞬く間に手中に3本の剣を現出させるや、左の洋弓に番える。

網膜投影された戦域マップの光点(ブリップ)と気象条件、相対距離、その他もろもろの条件と勘案することコンマ数秒。直上めがけて、矢を放った。

反射した炎の煌めきが光軸となって曇天を駆ける。真上に放たれたかに見えた3本の矢は放物線軌道を描き、鉛直落下していく。

狙いはサーヴァント。だが、目の前の敵ではない。飛来した矢は、まさにマシュの盾に殴りかかろうとしていた黒衣のサーヴァントの脳天へと殺到した。

(―――1発弾かれた! とんでもなく頑丈だぞ、あのサーヴァント!?)

網膜投影されたウィンドウが立ち上がる。ロマンの悲鳴に応えている暇は、クロには無かった。

曲射の直後、襲い掛かってきた白銀の疾駆をギリギリのところで躱すや、さらに1撃、投影と同時にそれへと矢を放った。

Cランクの名剣。岩をも貫いた逸話を持つ剣は、しかしその白無垢の威容の前に、呆気なく叩き落されていった。

「楽に勝てると思ったんだけど」

こめかみを冷や汗が伝う。さらにもう1本剣を投影しながらも、彼女は、空に浮かぶそれを、ただ眺めた。

翼撃が大気を慄かせている。現れた神威に世界そのものが畏怖に震えているかのようだ。

翼ある白馬。ギリシャの伝説に聞こえる魔獣、天馬『ペガサス』が、鋭い嘶きを上げた。

「ランサーなのにライダーの宝具を使えるなんて」

《あれ、宝具じゃない》

「嘘でしょ」パスを介してのトウマからの念話に、思わず応える。既に倒壊寸前の校舎から退避したトウマは、それでも1階には居るらしい。「あれが宝具なんじゃないの?」

《宝具は手綱、だった気がする。ペガサスの召喚は彼女の血によるものだからランサーでもできた、ってことだと思う》

「手綱の宝具の効果は?」

《威力と防御力の増強。原作だと、エクスカリバーで倒してた》

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』―――」

視界の奥で、言葉が形を取る。

エクスカリバー。かのアーサー王が振るったとされる神造兵装。対城宝具にも匹敵する星光の轢断を以てすれば、確かにあのペガサスを撃ち落とせる、と思う。だから、トーマもそれを提案した。彼の話が仮に本当だとしたら、クロがあの星の聖剣を作り出せることを、知っているのだろう。

だが、無理だ。彼女が作るエクスカリバーは偽物の偽物。まさに真作のエクスカリバーとは比べるべくもない。

それに―――そもそも、今の彼女に、あの剣は作れない。今の霊基の錬鉄可能条件では、神造りの宝具は投影できない。

時間はかけられない。まだ宝具の使えないマシュに、サーヴァント戦は荷が重すぎる。遠距離からの掩護でなんとか均衡を保っているが、相手が宝具を切れば一溜りもない。

速攻でカタを付ける手段を検索する。

生半な一撃では、怪物メドゥーサは仕留めきれない。

ゲイ・ボルグで心臓を破壊したところで仕留められるか不明。

ならば――――。

《クロ、あの、もしかしたらなんだけど―――》

念話越しに、恐る恐るトーマが言う。

彼が口にした宝具、そしてそれを確実に首に叩き込む戦術。獣染みた嫣然を浮かべたクロは、弓を召還した。

「いいわ。とっておき、見せてあげる!」

 

 

メドゥーサは、思わずせき込んだ。

咳に混じって、どす黒い血が噴き出す。びちゃり、と白馬の鬣を汚した血に顔を歪めた彼女は、憎々し気に、校舎の屋上に陣取るアーチャーを睨みつけた。

あの赤いアーチャーによく似た小娘。侮りは無かったつもりだったが、結局、今の今まで、あの小さなアーチャーに傷一つを与えられずにいる。あまつさえ、彼女は後方の味方に掩護射撃を行いながら、メドゥーサと戦っていた。余裕の微笑すらも浮かべて。

もし、これがライダークラスの召喚であったら。そして、マスターすら不在のまま魔力だけ供給される不完全な状態でなければ。詮の無い思案だけがぐるぐると駆け巡り、怒りだけで身体が震えるようだった。

ペガサスが、僅かに首を振る。乗り手たるメドゥーサを気にしているらしい。既に霊核を貫かれ、やっとのことで現界を維持するメドゥーサを、慮っている様子だ。

わかっている、どうあがいてもあと十数秒で消滅する。その前に、せめてあの小娘だけでも葬らなければ―――!

天馬が嘶きを迸らせる。翼をはためかせて虚空を駆け上がった白馬の頭に、頭絡が浮かび上がる。馬銜から伸びた光の手綱を握りしめれば―――あとは、終わりだった。

「―――『騎英の手綱(ベルレフォーン)』!」

真名を解放する。

右手の鞭を打ち込む。さながら竜種もかくやといった咆哮一撃、流星の如き気勢でもって、白亜の幻想が猪突した。

幻想種すらも制御し、その能力を向上させる黄金の手綱と鞭、その具現たる『騎英の手綱(ベルレフォーン)』。本来ライダークラスでなければ所持しえない宝具を、ランサーの彼女も有していた。そのデメリットは重く、霊核の崩壊と引き換えに使用可能な自爆覚悟の殲滅宝具として、登録されていた。

本来であれば使用を躊躇う宝具だった。が、既に消滅寸前の彼女には、関係の無い話だった。

その天馬の速度、時速にして500km/h。光の鉄槌と化した突撃は一瞬で大気を焼き払い、あとコンマ数秒以内に、屋上に立ち尽くす小娘を粗挽き肉団子にするはずだった。

校舎を破砕する、その、数瞬だった。

メドゥーサの目は、それを、見た。

赤い衣のアーチャーが、何かを構える。どこからともなく取り出した長物、その、武器は。

ふ、とアーチャーの姿が掻き消えた。と思った次の瞬間、視界が揺らいだ。ぐらりと支えを失った視界が、彼女の意とは無関係に上を向き、そのままぐるりと背後に転がった。

メドゥーサが最後に見たのは、禍つ大鎌を振りぬいた、真紅の少女の姿だった。




この話を先に友人に呼んでもらったところ、「俺のアナを大人化させやがって」というコメントが飛んできました。この(21)め
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