fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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68話です


時宜外れの神槍

 「先生はどうだったの」

 破顔するアレキサンダーの言葉に、ロード・エルメロイⅡ世は難しい表情をした。

難解な表情、というわけでは、ない。それは羞恥と困惑、後悔、懐古。その他いくつにも分化する情動/差延(ディフェランス)を抱えた長髪の男は、「クソみたいなものさ」と、吐き捨てるように言葉を零した。

 「思い上がりが甚だしいのは私の方だったさ。少なくとも、偉そうに説教を垂れられる身分じゃあない」

 葉巻を、一つ。先端をナイフで斬り落とすと、ナイフを持った手で器用に指を鳴らす。それを起動キーにして人差し指の先に淡く火をともすと、葉巻の先を炙った。

 漠と虚空を見つめる視線の先には、ただ青々としたなだからな丘と、呑気なほどの蒼空が横たわっている。無論彼の見つめるのはそんな牧歌的な光景でなく、先ほどその道程を歩んで征った少年たちの幻影だった。

 言うべきことは言った。否、まだ言うべきことはあったと思うけれど、恐らく蛇足だろう。後は自らの足で……自らが相棒と定めた者とともに歩むべき里程標。多言は却って、余計な雑音になり得る。

 ふ、と吹きやる白煙。か細く昇っていく煙を見上げながら、しかし、と思う。

 何故、あのアーチャーに『石兵八陣(かえらずのじん)』が効いたのだろう、と思う。三騎士で召喚されたサーヴァントには、程度の差こそあれ、クラススキルとして【対魔力】が付与される。よほど近現代のサーヴァントであり、対魔力スキルがEなどでなければ『石兵八陣(かえらずのじん)』の呪詛・幻惑作用などは弾かれて然るべきだろう。そも、ロード・エルメロイⅡ世がその宝具を常時展開する理由は、不意の奇襲に対しての絶対的優位性からというだけに過ぎない。

 ならば、何故。霧散する白煙の行方を追いながら、男は首を横に振る。

 情報が少ない。第五次聖杯戦争に参戦したという赤い外套のアーチャーに極めて類似した性能を持つ、アインツベルンのホムンクルスらしきサーヴァント。あるいはいずこかの異聞から迷い込んだサーヴァントだとでもいうのだろうか───。

 詮の無いことだ、と思う。男は探偵でも無ければ、寡聞から真理に辿り着く天才でもない。愚直なまでに事実を堆積させることで真実に至ることこそロード・エルメロイⅡ世という人物のアポステリオリな起源なのであるから、事実が貧困であればそもそも何もできないのだ。

 「───自我の希薄化? いや」

 だから、彼がそんな言葉を漏らしたのは、ただの情報の整理と、事実からいくつかあり得る可能性を表現しただけに過ぎなかった。さらに言えば、次の思案を続けようとしたところで、エルメロイⅡ世は、剃刀の如き冷厳の一瞥を虚空に付きつけた。

 「先生?」

 「覗き見とは気品に満ちた趣味をお持ちの用だ。それとも、日本人的なシャイさでもお持ちかな?」

 ぽい、と葉巻を投げ捨てる。草原に転がった葉巻から火が巻き上がるや、忽ちに青々とした草花を焼き尽くしていく。

 無論、それは目的ではない。エルメロイⅡ世が行使した魔術の術式は『索敵』。魔術としてはどちらかと言えば初歩のそれだったが、それで十分だった。焼けた燎原の中、無人の野にゆらりと黒影が揺らめいた。

 まるで亡霊。全身を黝い外套に身を窶した奇怪な幻影の頭部、冥い洞の奥で、アメジストの双眸がぎらりと閃いた。

 そして、もう一人。

 影を従えた白髪が、赤い目を灯していた。

 「あら、流石時計塔の君主(ロード)だ」からから、と白髪の少女は笑った。酷く、無邪気そうだった。「いやあ違うかな。貴方は所詮、魔術師としては2流だから。今のは、諸葛孔明の宝具があってこそのものだ。そうでしょう?」

 ころん、と少女が小首を傾げる。動作につられ、側頭部で一つ結びにした髪が揺れた。

 「お前か。ゴーレムたちの報告にあった謎のサーヴァントを連れたマスター、というのは」

 糺すような口ぶりだったが、その時エルメロイⅡ世は、半歩だけ後ずさっていた。無論、自覚してのことだ。

 エルメロイⅡ世は───否。

 ウェイバー・ベルベットは、直観的に理解したのだ。この敵と戦っては、不味い。あの黒衣のサーヴァントも危険だ。ただ相対しただけで、全身の肌が慄きで粟立つ感覚。第四次聖杯戦争にて召喚された黄金のサーヴァントにも匹敵する威容が、あのサーヴァントには、ある。恐らく最上級の使い魔たる境界記録帯(ゴーストライナー)というカテゴリーの中でも、最強に位置する。まるでそれは、かの騎士王が振るった星の聖剣と相対するかの如き荘厳。それが、マスターとして生きたウェイバーの直観だった。

 だがそれ以上に、この少女は危険だと思った。そんな化け物を当たり前のように従えていることもだが、何か───この少女は、異物だった。

そうだよ、と応えた少女の顔は、16かそこらの外見に相応の笑みだけが浮かんでいる。嗜虐やそういった棘のない、透き通るほどの表情。だからこそ、エルメロイⅡ世は、少女がさらに一歩近寄ったとき、さらにたじろぐように後退した。

 「本当はまだ私が動く時ではないんだけど。でも貴方はダメなの、時計塔のロード。貴方の在り方だけは、今は許容できないんだ。貴方がこれ以上カルデアに関わると、恐らくこのセプテムでフラウロスを殺しきってしまうから。いずれ魔神どもは魔術式(ゲーティア)ごと私が駆逐するけど、今それだけはダメなんだ。まだ人理焼失事件は終わっちゃあいけない。まだ、利用できる内は」

 「どこまで、何を知っている。ゴエティアだと、まさか…いや、そもそも」

 続く言葉は、無かった。「先生!」という声と同時に割って入ったアレキサンダーは剣を振るい、黒衣のサーヴァントが放った槍の一撃を叩き伏せた。

 「悪いけど、だから貴方にはここで死んでもらうね。ウェイバー・ベルベット」

 どう、と黒衣のサーヴァントから魔力が迸る。大気中のマナが痙攣するように蠢動し、気圧されたアレキサンダーは背後のエルメロイⅡ世ごとに吹き飛ばされていった。

おそらく20mも一緒くたに錐揉みし、地面に激突する。咄嗟に立ち上がったのはライダー……ではなく、エルメロイⅡ世のほうだった。

 「先生、大丈夫?」

 「馬鹿、それはこっちの台詞だろ!」

 自分に覆いかぶさった赤毛の青年に怒声を返したエルメロイⅡ世は、しかしただその光景に瞠目するしかなかった。

 アレキサンダーの背後。間抜けなほどに青々とした虚空を、無数の武装が疾駆していた。

 

 

 白髪の少女は、ただその殺戮を無感動に眺めていた。

 戦闘行為、などというご立派なものではなかった。自らが従えるのランサーの宝具はよく理解している。

 『民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)』。そのの制圧力は、かの英雄王が誇る『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』に比肩する。自らの身体の延長たる大地そのものから数多の武具を生み出し、それを自らの武装とする宝具。天の鎖が天の楔と互角に戦い得た理由の一つだった。

 無数に降り注ぐ土色の武具。郷愁にも似た奇妙な感慨とともに眺めやった白髪の少女は、だが次に起こった出来事出来事に対して、好奇のように目を丸くした。

 巻き上がる土煙。不意に迸った白銀の一閃が合図だった。

 ぐら、と視界が揺れた。咄嗟に飛び掛かった影のサーヴァントは少女の矮躯を抱き上げると、半舜まで少女が居た草原を音速など遥かに過ぎこす超重の雷撃が圧壊させた。

 「おわー、すご」

 酷く間の抜けた感想である。じろりと睨みつける紫紺の双眸も気にせず、少女は僅かに焦げた前髪を摘まんで。

 そうして、空に浮かぶ戦車(チャリオット)をまじまじと眺めやった。

 2頭の牡牛にひかれた2輪の戦車。対の剛脚に猛々しい雷霆を纏った神牛(ゴッド・ブル)の睥睨が、ランサーを捉えていた。

 「すっごーい! アレキサンダーでも『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』が使えるんだ」

 素朴な感歎。自分を抱きかかえるサーヴァントからの呆れの視線も気にせずはしゃぎながら、しかし同時に思索する。

 あれは、アレキサンダーだけの力ではない。あくまで精神の絶頂期である少年の姿では、『神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)』とその真名解放は不可能だろう。少なからず、記録上はそうだったはずだ。だとしたら、これは別なファクターによる階梯の底上げがあった、と判断すべき。そしてその要因こそは、あの男だ。赤毛のライダーの隣でどこか情けなく中腰で乗り込む長髪の男こそが、少年(アレキサンダー)征服王(イスカンダル)に届くまでに階梯を引き上げたのだ。

 やはり、厄介。あの時計塔の解体屋とこの力が綜合すれば、間違いなく障害になる。本気になったロード・エルメロイⅡ世を軽く見てはいけない。

 虚空の先。宙に滞空する戦車が、ゆらと動き出す。

 初速は緩慢。しかし1秒すら無く時速400kmまで加速した大戦車はさらに空の果てへと駆けのぼるや、雷霆を纏った流星となって墜落を始めた。

 イスカンダルのそれには届くまい。だがその火力、間違いなく対軍宝具でも最上位に位置しよう。『民の叡智(エイジ・オブ・バビロン)』で神盾を形成したとて、おそらく2秒と持つまい。そして、この速度。サーヴァントだけならなんとか躱しようもあるだろうが、マスターたる少女を抱えた状態ではとても振り切れない。

 畢竟。少女と影にとって、あの大出力の攻撃は、間違いなく必殺必中の一撃だった。

 少女は、それを悟っている。悟った上で、なおその表情には無邪気なまでの媚笑が浮かんでいて、なおかつ血濡れのような目には一切の油断がない。

 確信が、あるのだ。少女にはこの局面を切り抜けるだけの確信が。そしてその確信こそは、自らが呼びこんだ影なるサーヴァントの一柱。堕落した志尊の冠を戴く槍兵(ランサー)こそは、この局面を正面突破するための兵装だった。

 「ランサー」

 それ以外の言葉は不要。出会ってわずかに2週間とない少女と槍兵(ランサー)は、それだけで意思を疎通した。

 投げ捨てるように少女(マスター)を放り投げる。「あ痛!」などと嘯く主はさっさと無視し、影が白い手を大地に添えた。

 それが合図。膨大な大源(マナ)が間欠泉の如くに吹き上がる。

 「寄越せ」

 言葉が、喋る。独語(モノローグ)対話(ダイアローグ)の間隙、物語られる以前の湯水の言語が横溢する。

 ぞぷり。

 さらに膨れ上がった大源の噴出は、本来1世紀には枯渇していたはずのものだった。第五架空要素などという紛いものではない、

 神代の魔素、第五真説要素(真エーテル)。枯渇したはずの未知を大地のの底から抉り出したランサーは、瀑布となって吹き上がるエーテルを足場にして跳躍した。

 同時。跳躍した影の元へ、大地から延びる幾条もの鎖が殺到する。

 幾十、幾百、幾千。無限にも思える光の鎖が絡まり合う。大蛇が共食うようにも見えたそれは、事実、その通りであっただろう。1人の英霊と大地と呼ばれる存在が互いに食い合い、溶けあい、闘争する。永遠にも思うほどの協和の果て、それは、顕現した。

 世界を貫くが如き神槍。天地を縫い留めるためにこの世の遣わされた神造宝具(ラスト・ファンタズム)。その銘は───。

全力全開(フルスロットル)でやっちゃって、キングゥ!」

「『『遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)』―――!」

「───『人よ、神を繋ぎとめよう(エヌマ・エリシュ)』!」

 星が、啼いた。




68話でした。

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次回は12/4に予定しております
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