fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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69話です


閑話-倦怠

 また、これは夢だと思った。

 クロエ・フォン・アインツベルンはこの無時間的且つ倒錯的且つ無意識的且つ平穏な世界を、この時は一人称且つ三人称のような視点で歩いている。

 街中の景色は、見覚えがある。それは過去の体験というよりは既視感に近いものだ。クロがある意味でこの世に生を受けた2000年前半と、よく類似した世界。おそらく2000年~の日本であればどこにでも広がっているであろう、ありふれた町並み。待ちゆく人々の服装こそ少し変わっている気もするけれど、それとて大差はない。周囲の光景からして、都会、というほどの都会ではないだろう。さりとて田舎でもない。冬木であれば、深山町と新都の中間ほどの発展具合だ。

 クロは当然のように、この世界に存在していた。クロエという現存在は確乎たる輪郭を以て、この夢の中に佇立していた。初めての夢の際は、マスターの肉体越しに世界を眺めることしか出来できなかったのに。

 だが、さりとて、クロという存在者がこの土地に根を張っているわけではないらしい、ということにもすぐに気が付いた。道を行く誰一人とて、クロの存在に気を払う人物が居なかったからだ。この時のクロの格好は、戦闘時の聖骸布だというのに。

 小さな、通り。軽自動車が通るのでやっと、といった通り道は、狭い道ながらに人で溢れている。それも、皆同じ制服を着て。

 学生だろう。黒い学ランを着た男子学生たち、薄茶色のブレザーを来た女子学生たち。早朝の気怠さを振り払う者も居れば、溌剌と自転車を漕ぐ生徒もいる。

 クロは何故か、その人の波についていった。それ以外にすることも無かった、という理由もあった。そしてあるいは確信があったのだ。多分この先に、マスターが居るという。

 人波は別な道路からも合流して、最終的に大河となった。そうして巨大な人の流れは、無骨な正門の中へと吸い込まれていく。

 正門の前に立ち止まったクロは、周囲を振り仰いだ。

 人、人、人。相変わらずの学生たちの中を流し見るクロの視線。同じように平和を享受し、同じように日常を生きる人間たちの顔。失神すらするほどの顔の濁流の中、彼女の視界に、不意に何かが過った。

 ぞわ、と身の毛がよだつような感覚。観察しているつもりが、むしろ注視されていたかのような倒錯的な事態。咄嗟にクロは視界を見回したが、しかし、それらしい姿はない。

 肌が、粟立っている。

 汗腺が、開いている。

 肺が、懸命に酸素を取り入れている。

 心臓が、血液を循環させている。

 何故か、脳髄の奥底に幻影が焼き付く。姿の無い(かたち)。捉えどころの無い感触。人でごった返す中、(しず)かに灯った蒼い閃珖───。

 

 ※

 

 あ、と思った。

 いつの間にか、夢が覚めていた。見開いた目は、簡易的な天幕の天井を捉えていた。

 夢。あれは夢だった。だが何だろう、この妙な現実感/乖離感(みずみずしさ)は。開いた手を見下ろせば、間違いなくそれは自分の手だった。

 上体を起こす。後頭部で結んだはずの髪は解けていて、なんだか鬱陶しい。

 むーん、と難しい顔をしながら、髪をかき回す。よし、と内心一言、投影魔術でさっさとシュシュを造り上げると、テキトーに髪でお団子を練り上げる。

 後は、今の状況の把握なのだけれど───。

 「あ、起きてる」

 声が、耳朶を打つ。釣られてそちらを向けば、白い髪で顔に傷のある少女が朗らかな顔をしていた。

 「ねーねー、クロエが起きたよ。お兄さん」

 がしゃん、と何かが落ちた。そうして、慌ててどたどたと駆け付けた黒髪の少年は、くしゃりと顔を歪ませた。

 

 

 ───数時間前。

 アレキサンダーはただ、無力なままに地面に転がっていた。

 全身が軋むように痛む。極度の疼痛は、サーヴァントの身でありながら身動きができないほどのものだった。

 精神は動けと言っていた。早くしろ、さもなくば全て無意味になってしまう。内心の理性が叱咤するのも、けれど無意味。右手に一房握られた存在者の存在を抱握しながらも、アレキサンダーはやはり、動けなかった。

 「そうか、彼は君を生き残らせたんだね」

 あるいは、それは宿命のように。

 倒れ伏すアレキサンダーを見下ろす誰かの声が、耳朶を衝く。

 見る間でもない。アレキサンダーと宝具を打ち合ったランサーのサーヴァント、そのマスターだ。生気を喪ったような白い髪と対照的な、血液を凝縮したような真っ赤な眼光を持つ少女。閲する視線を突き刺しながら、少女の声は未だに軽やかだった。

 「とどめ? いや、いいよそういうのは。私は、無駄な殺生は好まないから。自分が他者の生殺与奪の権利を持っている、と思い込むのは危険な発想だよ、キングゥ」

 足音とともに、声が、遠ざかっていく。憤懣を漏らしているらしい影のランサーと、それを宥める少女の声が、鼓膜に焼き付いていく。

 「そう、四番目のロンドンが本番だけど。こっちだって手掛かりになるよ」

 ざり、ざり。少女の靴底が、高エネルギーの余波で不毛となった大地を咬む。

 「逃げおおせるフラウロスを追うことだってできる。そうすれば、時間神殿だっていけるかもね」

 そこで、アレキサンダーは気絶した。一時的な機能停止に近いだろう。電化製品の電源を落とすような、強制的な気絶。彼は右の掌に握ったもの───無造作に千切られた、黒髪の束を握ったまま、青年は意識を断線させた。

ぶ。ち。り、




69話でした

今回短かったので明日も投稿します
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