fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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71話です




其の、銘は

 「ポイントC-3クリア。これよりD-1を抜けるわ」

 酷く、事務的な声。クロの声は無線に言いかける軍人のような無機質さで、トウマは自然、硬い声で了解の返答をし、赤いフードのアサシンは無言で返答とした。

現地点、エトナ火山中腹。洞窟の中。

 敵のゴーレム使いの魔術師(キャスター)のものと思しき工房に潜入すること、5分。物理的にはま未だ洞窟入り口付近にいるのだが、その実、3人の潜入は不気味なほどに順調だった。

 魔術師の工房。字ずらで見れば何かファンタジー小説に出てくる秘密の部屋のような響きの言葉だ。実際秘密の部屋という点では確かにそうなのだが、その内実はもっとおどろおどろしい。

 魔術師の工房。それは即ち、魔術師の胃袋の中なのだ。研鑽の結果を消化し吸収するための器官であり。捉えた獲物を無慈悲に溶解するための、器官。後継者には手厚く、外敵には悪辣に作用する魔窟。数多の罠を敷設する魔女の館。それこそが、魔術師の工房なのだ。

 神代の魔術師ならば、工房どころか神殿を作り出すという。アヴィケブロンの工房はゴーレムに特化するとは言え、出ること能わずの鼠捕りであることは想像に方くない。

 それ故の、この三人の選抜ではあった。魔術師殺しの異名を持ったアサシンに、対魔術師用の宝具を投影し得るクロ。そしてアヴィケブロンというサーヴァントの手の内を知るトウマ、という三人は合理的と言えば合理的なのだ。

 トウマは、その合理性を理解していた。理解した上で、2つの点で懸念を抱かざるを得ない。

 1つ。それにしても順調に進展する、この潜入。順調というより、最早現時点では何も起きていない。闃然の中に揺蕩う緊張を、感じずにはいられない。

 そして、2つ。トウマの主観的体験としては、むしろこちらの方が大きな懸念だろう。つい1~2時間前まで昏睡状態だったクロを戦いの場に駆り出すなど、全く以て理性的とは思えなかった。仮にバイタルデータ上は問題なかったとしても、だ。

 とは言え───と思考を進められるほどに、トウマはある種冷静ではある───ローマ帝国軍分遣隊としてエトナ火山に派兵された兵士たちの数は、決して多くない。その上で、消耗性を考えれば人間の兵士を運用するのは、サーヴァントを運用するのに比べて経済的ではない。その事実を、トウマはよく理解している。あるいはトウマだからこそ、と言うべきだが。

 そして。

 その上で、トウマは「だからこそ」と考える。

 自分が、なんとかしなくては。相手がアヴィケブロンだというのなら、その性能は己の頭の中にある。なら、自分がうまく立ち回れば、被害は最小限で抑えれられる。

 煤けるような、焦燥。口腔内が水分不足でカラカラになるのを自覚しながら、トウマは予断なく先を行くクロの背を追う。

 澱のように頭蓋の奥に沈殿する、厳か且つ呻くような不安。トウマのそんな情動を嘲笑するように、2騎と1人は順調なまでに途を行く。

 そうして、その順調さという名の不穏は、最後まで変わらなかった。

 深層に降りること、およそ800m。人工的に採掘された広い横穴の最奥に、ぽかりとがらんどうが広がっていた。

 広さにすれば、四方に5mを超えた程度の洞穴。ただ石の塊だけが転がる空間の中央に、酷く質朴な木製のテーブルと椅子が鎮座する。

 そして、その椅子の上。まるで制止したように、サーヴァントは居た。

 色の無い洞窟の中で、その男の青を基調とした出で立ちは目が覚めるようだった。厳かな青いコートに金の仮面を被った人型。ぎぎ、と音をたてるように身動ぎした仮面の男の様子は、まるで機械のようだった。

 ───アヴィケブロン。間違いなく、アレは外典(Apocrypha)に登場した黒のキャスターだ。喉を鳴らしたトウマは、知らず畏縮した。

 そこからの進展は、それまでの遅々とした進捗とは比較にもならない豪速だった。

 アヴィケブロンは、恐らくその光景を認識する余裕すらなかった。おや、と思った時には半瞬で懐に飛び込んだクロの手から、呪槍が深紅に迸った。

 赤き呪槍、『破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)』。対サーヴァント戦闘において極めて有用であり、さらにキャスターを相手どるなら切り札にすらなり得る英霊ディルムッド・オディナの宝具の一つ。クロは容赦なく、今回も必殺を初撃にて撃ち放った。

 魔術的防御であれば問答無用で切り裂く刺突を防ぎうるキャスターは、皆無といっていい。故に、その一撃が致命になる直観は確かにあった。

 ぶしゅ。

 呪槍は、あまりに容易く。なんらかの魔術的防御を貫くことすらなく、アヴィケブロンの心臓を抉ってしまった。胸郭を貫き肋を砕き、肺を切り刻む。ぐちゃり、を抉られた心臓は、脊椎を刻んだ上で。背中から飛び出していた。どくり、どくり。2度脈を打ち、血を吐き出した心臓は、それで停止した。

 崩れ落ちる様は、朽木のようだった。瞠目するクロを非難するように地面に崩落すると、アヴィケブロンは大きく咳き込みながら、仮面の隙間から吐血を漏らした。

 僅か、1秒未満の遭遇。心臓を綺麗に取り出されたゴーレム使いのサーヴァントは、あまりに呆気なく死亡した。

 倒れ込む音は、枯れ木が砕けるよう。酷く乾いた音とともに地面に転がったアヴィケブロンを中心に、じわりと血の沼が広がっていく。

 2騎と1人は、呆然とその様を見下ろした。真っ赤な沼に沈む青いコートの痩躯は、既に霊基の輪郭を喪失し始めている。金色の燐光が宙に舞い、子供じみた色彩の殺戮を彩り始めている。

 使い魔の類でも、ない。この消滅反応は、間違いなくサーヴァントの消滅を示唆している。

 そうして完全に、アヴィケブロンが消滅する。

 その、間際だった。

 「聖霊(ルーアハ)を抱く、汝の名は」

 紙やすりのような声が、鼓膜を刻んだ。

 「『原初の人間(アダム)』、なり」

 そうして、大地が崩御した。




71話でした

今回も短かったので明日次投稿します
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