fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「まだ通信はできないんだな」
司馬懿の物言いには、ほとんど感情の起伏が存在しない。より正確に言えば、感情の起伏を理性で抑えつけることに極めて長けている。苛立ちは十分に存在していたが、それを完全に手懐けていた。司馬懿という人間性の、ある種の本質ともいえるありかたの一つではある。
だから、その言葉は実際苛立ちから発したものではあった。そして正確には、それは苛立ちであると同時に、焦燥すらあった。
司馬懿が眺望する、それは光景と呼ぶべき情景。標高3000mを超すエトナのなだらかな山麓から、何かが這いずり出していた。
(───いや、今繋がった! 大丈夫なのか、トウマ君! ってちょっと待って、クロちゃんのバイタルデータやばいぞ!? というか、あ、足)
(それが、アサシンが! アイツの餌に)
「いやあ、あれはちょっと、ヤバイかもですね」
混濁すらする無線の中、司馬懿の隣で、酷く間の抜けた声が耳朶を打った。
藤丸立華は、頻りに一つ結びにした髪をかき回していた。余裕そうな顔なのは外見だけ。いや、動じていないのは確かにそうだが、どちらかというと、苦い顔を緩んだ表情筋の奥底に置き忘れた顔だった。
「『
「さぁ、それは少しわからないけど」
かき回す仕草をやめたリツカは、腰に手を当て、遥か彼方に聳えた巨人を見上げた。
「とりあえず、クロちゃんとトウマ君のこと、助けに行かなきゃあならない。話は全部、それからだ」
司馬懿は、頷きを返した。何をすべきか大局的には理解し得なかったしあれがどう倒し得るのか不明だが、アレを打倒し得る戦力はそう多くない。そしてその戦力こそはサーヴァントであり───あるいは、あの少年マスターなのだ、と思った。
「シバっちゃんが行くの?」
「いや」司馬懿は頭を横に振った。「ジャックに行ってもらおう。私が行くべきではない」
言って、司馬懿は周囲を見渡した。天幕がまばらに連なる青々とした草原の中、白無垢の髪の少女を見つけるのはわけなかった。
「ジャック」司馬懿は慌てもせずに近寄ると、自分より幾分か小さい少女の肩を叩いた。「ジャック・ザ・リッパー、いいか?」
ジャックは、極めて大人しく、また温厚な人格の持ち主だった。声をかけられれば無邪気に応じ、頼みごとは快く引き受けるのがジャックという少女の、主だった特質だったはずである。
だから、この時の無反応は、司馬懿の予想と僅かに乖離した。
「ジャック?」
2度目の応答も聞かず。黒い紳士用コートを外套のように羽織る傷だらけの少女は、まるで時間が凍ったように制止していた。
原初の夜、その前夜を思わせる異様な静謐。奇妙な痙攣は正しい意味で畏れであり、そしてそれは、喜悦だった。
「そういうことだったんだね」その声は、どこか、紳士然とした良識を、感じさせた。「私なんかが、呼ばれるわけだ」
「どうしたんだ、ジャック?」
「うぅん、なんでもないよ」
丐眄したジャックの無貌には、いつも通りの無邪気が浮かんでいた。だがその無邪気さは、果たしていつもの幼げさだっただろうか。むしろそれは、無形のものが浮かべる、
「じゃあ、行ってくるねシバっちゃん」
次の刹那、矮躯は黒い旋風と化した。黝い臭気を撒き散らした突風は、サーヴァントたる司馬懿の目を以てして補足できなかった。
ふと、司馬懿は自らの手を見下ろした。
手が、震えていた。
何ゆえに?
未回答の疑問だけが大脳古皮質の奥に堆積し、司馬懿は困惑めいた顔で巨人を睨みつけるしかなかった。
※
その一報を、レフ・ライノールは静かに受け取った。
英霊アヴィケブロン、諸葛孔明、アレキサンダー。計3名の喪失と、原初の人の誕生。それに伴う、敵サーヴァントたるアサシンの撃破。合計3点の情報を岩の小鳥から受け取ったレフの反応は、至って冷淡だった。
「だから言ったのだ。サーヴァントなど所詮は
吐き捨てるまでもなく、言葉ごと言明を咀嚼するような物言い。傍に自らが配下たるサーヴァントがいるなどという事実を全く気にも留めない発言は、はっきり言って不躾にもほどがあった。
とは言え、そのサーヴァント、源頼光は全く以て気にする素振りもなかった。瞑目し、静かに下知を待つ素振りは仏教的な淑やかさを湛えている。
「あのアダムとやらもどれほどのものか、わかったものではないな」
レフの口ぶりは、どこか微妙だった。失望や呆れと言ったものは感じさせず、ましてそれまでのサーヴァントに対する蔑視もない。上滑りする思考を自分でも持て余すような、そんな言葉だった。
頼光は、そんなレフの言葉にも何も反応しなかった。彼女は、一般的には良識が善く発育しているのだ。独白に言葉を重ねるほどの無思慮の持ち合わせはなく、また心理的裡側に踏み込むほどもなかった。
「まぁいい。こちらも動くとする。いいな、バーサーカー」
バーサーカーに対する物言いは、再び侮蔑的に戻っていた。期待もなにも抱かぬといった口ぶりに潜む、異教的なものへの軽蔑心を隠そうともしない様子である。
そして、頼光はそんな態度にやはり感情を動かさない。温厚そうな顔を張り付けたまま、しかしこの時、頼光は首を横に振った。
「いえ、いけませんレフ様。動くべきではありません」
「何故だ。諸葛孔明の指示した通りの状況では───いや」
レフ・ライノールという男は、短慮・短気ではあるが愚劣ではなかった。古本に浮かんだ
されているのだが。
「───なんだ、この遅さ、は?」
短かったので明日も投稿します