fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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ちょっと短いです、申し訳ありません


Strange Dvil

 人が海を割った時。

 目に入ったのは、眼下に広がる港町だった。

 朝焼けの空から降り注ぐ、青色の陽。潮の匂いと獣の遠吠えを掬するように味わう。

 あまりに牧歌的な、メタフュジクスの吐息。それはきっと、エデンに相応しき、存在の瑞々しさだっただろう。

 だが。いや、逆説的というよりは順接的に、だろうか。

 あるいは、必然的に。

 人は、その蒼褪めた影を知覚せざるを得なかった。

 サーヴァントが、2騎。赤い目のサーヴァントと、もう一人。深海よりも溟い目をしたサーヴァントが、どうしようもなく延髄に焼き付く。

 既に、巨躯は500mを超えていた。相対する白髪のサーヴァントの矮躯は、僅かに140cmもいかぬであろう。全知全能たる人とは程遠い、それは人知無能ですらある俗物さ。無意味で無価値なそれは、その人にとってはあまりに取るに足らないはずだった、のに。

 なのに、彼/彼女/それ/は、身を竦ませた。あまりに明確な、恐怖と呼ばれる情動。感情として同定されることすら不可能な怖気。

ならば、人の知覚に届いたその原初の叫喚は、きっと。

 「―――『悪霧は倫敦の暁と共に滅び逝きて(フロム・ヘル)』!」

 蛇が啼くようだった。

 

 

 19世紀。

 最低でも5人の売春婦を殺戮しながらも、夜霧に紛れる如くに消息を絶った殺人鬼、切り裂きジャック。その正体を巡り、数多の仮設が林立する。

 曰く、それは医者であった。

 曰く、それは売春婦の愛人であった。

 曰く、それは警官であった。

 曰く、それは下水に捨てられた数多の水子の怨霊の集合体であった。

 ともすれば都市伝説とも思われる風聞の中、その異聞は存在する。

 曰く。それは、地獄より侵襲したる悪魔である───。

 仮設の所以は、殺人鬼が警察署に届けたとされる一通の手紙。被害者の腎臓を封入したおよそ理性と良識からかけ離れた封書には、血濡れのような赤い字で、ただ一言だけが穿たれていた。

 『地獄より(フロム・ヘル)

 人々は、悲しいまでに願った。

 このような猟奇的な尊厳の否定が、人間の業であるはずがない。仮に人が犯した惨劇であったとしても、それは悪魔憑きによる人の堕落に違いない。どうかこの悲劇と悪意は悪魔のせいであってくれ。

 そんな野蛮な願いを元に、そのサーヴァントは顕現する。数多の仮説が寄り合う、可能性の揺らぎ。量子力学的拡散にも等しきサーヴァント。狂戦士(バーサーカー)のクラスで召喚された、ジャック・ザ・リッパーだった。

 宝具(ノーブル・ファンタズム)、というには、あまりにそれは俗物的だろう。人間の野蛮性の表徴でしかない祈りに、気品さなど欠片とてあろうか。あるいはそれは、英雄に対する揶揄であろうか。あらゆる高貴さ、気品さ、良識は腐食し、それ自体が野蛮さから逃れられないとする人理の非難であろうか。

 ともあれ。その宝具は、放たれた。シリアルキラーの真名を以て解き放たれた無が、夜霧とともに這いずり出た。

 その羽根は、蝙蝠のようであっただろうか。それとも、猛禽であっただろうか。どちらでもありどちらでもない純黒の翼は、3対にも及ぼう。

 頭部に生えた角は、山羊のそれであろうか。捻じれた仰角を戴く顔は、獸のそれであり。頭頂に浮かぶ黝いアウラは、宵色の王冠であった。

 不定に蠢く下半身に、馬脚はない。脚の代わり蠢動するそれは1体の巨大な大蛇であった。

 其は楽園に潜む虚偽の蛮神。堕落した人間の想念を束ねた、霊長の殺人鬼。聖獸にも等しき、幻想の悪魔。

 爆発する渇いた咆哮。大地より屹立する黒曜の剣。

 収束する原初の情動のままに、2つの巨影が激突した。

 

 ※

 

 「おわー、すっごーい!」

 酷く、それは間抜けな声だった。

 後方、30km。小さな山の頂からそれを眺める銀の髪の少女の無学さは、いっそ清々しく思える。それも魔術師としては素人に毛が生えた程度なら仕方ない───と、割り切ることすらできないほどの、光景だった。

 「ガイア、の───」

 己の意思、というよりも、(からだ)に浮かんだ微かな想念。空位の天体の最強種(TYPE-EARTH)にすら手が届きかねない魔性は、魔術式すら貪り尽くすほどの、怪物だった。

 だから、その光景は当然と言えば当然に過ぎない。500mに達した巨人の神秘は数千年に及ぶがが、その巨人をして防戦に追い込まれる光景は、全く以て道理に適った話だった。

 迫りくる拳を剣で弾き、尾部の大蛇に叩き潰される。あわや食い殺される寸で身を翻して躱しながら、人類(アダム)はただ、耐えていた。

 そう、それは耐久、だった。その戦術を執ることが合理的、と判断するほどにその人は、現状を把握していた。

 1秒間に666発放たれる無限の侵襲。巨人はただ、その時を待ち続けていた。

 

 

 神怪の衝突。ティタノマキアにすら及ぶ暴威のただ中で、少女は赤い目を向け続けた。

 それはある種、戦術的意図からだった。自らを依り代とする司馬懿の宝具。より高位の神秘から成るアダムにどれほどの効果があるかは知れたものではないが、それでも無いよりはマシだろう。そのためにも、彼女はその暴威の中に居ることを選んだ。

だが、それは非合理だろう。サーヴァント1体の生存を天秤にかけるには、あまりに些末な効果。合理的に考えるならば、司馬懿は遠方からそれを眺めている方が遥かにマトモだった。

 だから、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテがその殺戮の間に立ち続けるのは、別な合理性に依るのだ。数学的ではない合理性。あるいは、当然の必然性。

 「エルメロイなんてもう、クソみたいなほどに価値がない家名だけどねぇ」

 爆発的なエネルギー風が擦過する。僅かに30cm右を逸れた暴力は、掠っただけで防御の術式ごと肉体が肉団子になっていただろう。

 「まぁでも。友人を見捨てるほど、落ちぶれちゃあいないのさ」




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