fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
(こっち、ランサーを仕留めた。今からそっちに向かうわ!)
網膜投影されたウィンドウにアーチャーの姿が映る。
倒した。僅か接敵から10分で、敵のサーヴァントを仕留めた。しかも、こちらに掩護射撃を撃ち込みながら―――衝撃と共に了解の返答を返しかけた刹那、マシュは上空を奔る閃光を捉えた。
アーチャーの掩護射撃―――否、まさに砲撃とすら呼べる矢の曲射が、拳を振るわんとしていたサーヴァントに食らいつく。
それすら、宝具。ランクは低いが、その矢は歴とした宝具だった。
なんらかの魔術―――恐らく、投影と呼ばれるもの―――を使用し、多種多様な宝具―――特に剣を作り出しては、矢として弓に番え、打ち出す。それが、あの少女の戦術だった。
必殺の武具、宝具を駆使して戦う超常の使い魔。それが、サーヴァントと言うものの在り様。
なら―――歯を軋ませたマシュは、飛来した宝具の迎撃のため、後方へと飛びのいた黒衣のサーヴァントの懐へと飛び込んだ。
敵影が空中で身体を捩らせる。さながら蛇のようにぐにゃりと身体を翻すや、その勢いを載せた回し蹴りが迸った。
狙いはマシュの側頭部。その外見にはそぐわない怪力から放たれる蹴りは、いかにサーヴァントと言えども、ただでは済まない一撃だった。
「それは、読んでます!」
さらに、一歩。回し蹴りが直撃するより数舜早く踏み込んだマシュは、その大盾でもって。放たれた蹴りごと敵を叩き潰した。
サーヴァントの膂力を以て振り下ろされる盾は、質量兵器とすら呼べよう。人の英霊、その影法師たるサーヴァントと言えども、間違いなく撲殺する一撃だった。
倒した。両腕に残る手応えに、放心にも似た安堵が痺れとなって身体を駆けた。
だが、それも一瞬の出来事だった。あ、と思った次の瞬間、突き上げるような衝撃が爆発した。
盾が吹き飛ぶ。まるで8トントラックが真正面からぶち当たってきたような、気が遠くなるような衝撃だった。
敵は、生きていた。生きていただけではない。僅かに傷と言えば頭部の軽い裂傷だけで、その他にダメージらしいダメージは無い。
敵のサーヴァントが右の拳を突き出す。大ぶりの一撃は喰らえば致命傷だが、大ぶり故に対処可能だ、と判断する。
体勢を崩されながらも、なんとか離さなかった盾で防ぎながら、殴打の衝撃を推力に転換して後方に飛びのく。まずは距離を取って戦況を立て直す―――。
「あ」
彼女の思考は、そこで停止した。
頸元に、日本刀の刃が迫っていた。いつの間にか現れた白い背広のような恰好の何かが、マシュの頸めがけて刀を振り抜いていた。
躱さなきゃ、という思考すら掠めなかった。あまりに唐突に表れた剣戟を躱せるほど、彼女の敏捷は高くなく、またそれを可能にするスキルも有していなかった。
だから、その横薙ぎの一閃を回避できたのは、マシュ自身にも理解不能だった。見えない力で無理やり引きずられるように後方に飛び退き、コンクリートの大地に激突するように着地した。
着地の衝撃でコンクリートが捲れ上がり、土煙が巻きあがる。
息が荒い。全身が汗ばむ。汗にまみれて、首元から、どろりとした熱い液体が流れている。僅かに掠めた刀が、薄皮一枚を切り裂いたのだ。
「いやー今のは仕留めた、と思ったんだけどね。そこで令呪を使うんだなぁ、スゴイマスターだ」
どこか軽薄な声が、ぴしゃりと耳朶を跳ねる。
土煙の晴れた先―――日本刀を持った人間が、ニコニコと笑みを浮かべていた。
「二体目のサーヴァント!?」
(違う、サーヴァントの反応は1騎だけだ。そのサーヴァント、2人で1騎なんだ!)
応じるように、刀のサーヴァントがハットを持ち上げる。喋り方と良い、妙な人の好さを醸し出す男だ。底知れない不気味さを纏う黒衣のサーヴァントとは、対照的だった。
「最初はマスターを狙うつもりだったんだけどね、全然隙を見せないから予定を変えてサーヴァントから始末しようかと思ったんだけど。何なんだい、君のマスターは?」
男は、相も変わらずニコニコと微笑を浮かべている。マシュは、知らず、自分のマスターを一瞥した。赤銅色の髪の少女は、困惑するような目で、男を見返していた。
「おいリ……ライダー、
「あのアーチャーに加勢されると不味い。一気に決めよう―――」
ちょっと出かけてくる、とでも言うように、男が口にした。
瞬間、世界が凍り付いた。
何かが、男の下に集約していく。大気に満ちる
宝具の真名解放。即座に思い至ったマシュは、されど、どうしていいかわからなかった。
こちらが防御系の武装を主武装に据えた上で、なお必殺の宣誓とともに放たれる宝具。それがどれだけの火力を有するのか―――果たして宝具抜きで防ぎきれるのか。
思わず、マシュはリツカを振り返った。
彼女なら、なんとかしてくれるかもしれない。これまでのように、ついさっきのように。だって、先輩は、頼りに―――。
「
「せんぱ―――!」
「―――リョーマ!」
――― 一瞬の、出来事だった。
マシュの6時方向から飛来した火焔弾、その数4発。神性に変成しかけた黒衣のサーヴァントが咄嗟に迎撃したが、遅かった。2発までは拳で防いだが、さらに1発が頭に直撃。ぎゃ、と悲鳴を上げるのも束の間、さらにもう1発被弾。全身に燃え広がった炎は、怪物じみた絶叫ごと焼き尽くしていく。
「お竜さん!」
「戦場で女の名前を叫んでる暇があんのか、優男!」
踏み込みは。まさに四足獣のようだった。
戌のように低く、早く、鋭い肉薄。乱入した蒼い影は、マシュの隣を擦過するや、瞬く間にライダーとの相対距離を零にした。
ライダーが振り下ろした刀をすくい上げたオークの杖でもって弾き返し、続けざまに石突でもって突き飛ばす。毬のように吹き飛ぶのも束の間、ライダーは見えない壁に叩きつけられた。
「テメエはこれで終いだ、優男」
「そういうことか。やれやれ、たまには、楽しい仕事がしたいもんだけどね」
乾いた声を漏らした直後、ライダーは破裂した。身体の内側から膨れ上がった炎に貫かれ、飲み込まれ、食いつくされ―――炎が終息した頃には、跡形も無く消尽していた。
「キャスター、お前……どうして漂流者の肩を持つ」
「よお、流石竜の端くれだな。ただ燃やしただけじゃ死なないか」
杖を持った男は、さして感情の波も無く応えた。地面に転がる黒焦げのサーヴァントは、もうくぐもった声を漏らすことしかできないで居た。
「どうして肩入れするかって? そりゃ簡単だ。テメエらよりマシだからに決まってんだろ」
杖の男―――キャスターは、杖の石突を地面に叩いた。杖を起点に何かの文字が浮かび上がる。
「また、守れ―――」
「じゃあな」
言い終わるや否や、コンクリートを割って突如現れた巨大な手が黒焦げの身体を握りつぶした。
血の一滴すら燃やし尽くされたサーヴァントは何も残さず。塵となって、消滅した。
「やっと1騎撃破か。やっぱキャスターは性に合わねぇな。やっぱランサーの方が良い」
独り言のように呟く男。くるりと向き直ったキャスターがフードを取ると、獰猛だがどこか人懐こいような笑みを浮かべていた。
とりあえず、敵ではない。一度オルガマリーとリツカとアイコンタクトを取ったのち、マシュは盾を構える手の力を抜いた。
「よお、おつかれさん。よく一人であのライダーとやりあったな。あの蛇女と真正面から殴り合って生きてるたぁ大したもんだ」
「いえ、助けてもらわなかったら、駄目でした」
「そうでもないと思うぜ? ま、それよりマスターの心配だな。ライダーの野郎に執拗に狙われてただろう」
すっとキャスターの目が細まる。見透かすような視線に思わず気圧されたが、それよりも、キャスターが口にした言葉が気になった。
ライダーに狙われていた。そう言えば、ライダー自身もそんなことを言っていた、気がする。
マシュは、全く気付いていなかった。盾を握る手が、汗ばんだ。
「そんなデカい的じゃないからな、狙いにくかったんだろうぜ」
途端、野卑た笑みを浮かべたキャスターが臀部に手を伸ばした。
「んきゃ!? 痴漢だ! ポリスメェーン! セクハラオヤジがここに居ます!」
「おお? 細いと思ったがちゃんとハリがあっていいじゃねぇか、役得役得」
へらへらと笑うキャスター。なんというか、怒涛の攻撃でライダーを制圧したサーヴァントと同一人物とは到底思えない。それとも、こういう余裕が必要なのだろうか―――?
(とりあえず、事情を聴こう。彼はまともに意思疎通ができそうだ)
「おっ、話の早いヤツがいるじゃねえか、ってなんだこりゃ」キャスターは目の前に浮かぶ投影されたディスプレイを物珍し気に眺めると、触ろうと手を伸ばしては空を切った。「遠見の魔術の亜種か?」
(えぇ、そんなところです)
ロマンは愛想笑いをしながらも、何故かモニターの向こうで手を避けていた。
(えーと、はじめまして。キャスターのサーヴァント。御身がどこの英霊か存じ上げませんが―――)
「まぁ待ちな、早漏。折角練習したセリフをお披露目したい気持ちはわかるが、もう一組お仲間がいるんだろ? そっちと合流してから話そうや」
(うっ……そうですね、はい。それにしても早漏……)
割と容赦無く跳ねつけられたロマンは、傷ついたようにモニターを閉じた。
「あの、所長」
「何、マシュ」
「ソウロウ、という言葉は何でしょう。初めて聞いたのですが」
「うぇ!? えーと」
何故か顔を赤くしたオルガマリーが硬直すること1分。大げさに咳払いすると、厳粛な表情でマシュの肩に手を添えた。
「知らなくていいことです、マシュ・キリエライト。デミ・サーヴァントには不要な知識です」
「アッハイ」
「全く―――そこ! ニヤつかない!」
「はーい」
キャスターとリツカは思わせぶりに顔を見合わせては、ニヤニヤと顔を歪めている。
どうやら、自分だけがその言葉の意味を理解していないらしい―――。
マシュは、さしてその状況に不満を感じたわけではなかった。ただ、自分の知るべき言葉ではない、と理解しただけだった。
「お、来たぜ」キャスターが顎をしゃくる。「なんだ? あの野郎じゃあないのか」
よく目を凝らす。緩い坂の下から、確かに人影が登ってくるのが見えた。
赤い外套を思わせる魔術礼装を着たサーヴァントの女の子とどこか垢抜けない学生服の少年。あの二人だ。
「よお、ランサーを
「別に? 単なるデカいだけの年増女でしょ、あんなの」
「なんだ、アイツにデカいって言ったのか? こりゃ小気味良い嬢ちゃんだ。んで、なんでお前はそんなキラキラした目で俺を見てんだ?」
「え!? いやー。カッコイイなぁって」
「見る目があんなぁ、お前? 日本じゃ俺なんて無名だと思ってたが、俺も捨てたもんじゃねぇな。まぁでも安心しろや、お前のハーレムにゃ手は出さねぇよ」
アーチャーに手を振り回されながらも、キャスターは上機嫌な様子だ。不機嫌そうに髪を結い直している少女も、つんとはしているがキャスターには気を許しているようだ。トウマはなんだかドギマギしているような奇妙な顔をしているが、特段気負うところもないらしい。
悪くない関係。そう、マシュは理解した。
「じゃあ、情報共有でもしましょうか」
「そうだな、じゃあ俺から現状の報告と行こうか―――」
キャスターの話は二転三転しながらも、手短に終わった。情報をまとめれば、この冬木で行われていた聖杯戦争の最中に原因不明の黒泥と炎が街を覆い、サーヴァントだけが残されたこと。その時点でセイバーのサーヴァントが聖杯戦争を再開、瞬く間のキャスター以外の五騎を打倒。泥に汚染された霊基がとなって活動開始。骸骨の怪物とともにキャスターの索敵・殲滅のために動き出した―――ということのようだ。
「冬木の聖杯戦争はいわばバトルロワイヤル―――ということは、貴方かセイバーの消滅が聖杯戦争の終結、ということかしら」
「じゃあ、キャスターと仲間になってもらって、3人でセイバーを倒せばいいんじゃない?」
「おう、そういうこった。あの野郎と違って嬢ちゃんは素直で物分かりが良いな」
キャスターはまたアーチャーに手を伸ばしたが、今度は素早く跳ねのけた。アーチャーは、美意識が高い、らしい。
「セイバー打倒のために私たちを利用する、というわけ?」
「素直に言えばそうなるな。アンタらにとっても悪い話じゃないだろ? このおかしな状況を制圧したいって言ってるが、正直アンタらだけじゃセイバーには勝てねぇ。アーチャーはいいが、そこの盾の嬢ちゃんは戦力外だ」
そうだろ、とキャスターがマシュに槍のように鋭い視線を指した。ざくりと刺さった言葉にマシュは思わずぐっと身体を縮めた。
「キャスター」
「おうおう、睨むな。確かに自分のサーヴァントを貶されてむっつりするのはわかる。すまない、悪かった。だが、宝具が使えねぇサーヴァントなんて馬の居ない戦車と同じだ。さっきの
「―――キリエライト、貴女宝具が使えないの?」
マシュは、ただ頷きを返すことしかできなかった。
特異点Fの探索が始まって、戦闘は2回。どう戦えばいいか、なんとなくわかってきた。だが、宝具だけは、使えなかった。
デミ・サーヴァントという特異な存在故か、はたまた自分が未熟で、力を貸してくれたサーヴァントに認められていないが故か。どちらにせよ、宝具が使えないことには変わりない。
マシュはただ、俯いたまま押し黙る他無かった。
「ちなみに」恐る恐る、といったようにトウマが挙手した。「セイバーというのはお強いので」
「間違いなく最強のサーヴァントだ。聖剣エクスカリバーの担い手、アーサー王。ランサーで召喚されていても勝てるかどうか」
「oh―――え、黒くなってるの? マジ?」
「マジもマジだ。剣からビーム連射してきやがる。剣士じゃなくて砲台だぜ、あれ」
「アルト……アーサー王か……しかもオルタかぁ……」
トウマは青ざめたように小さく呟くと、何か思案するように慄いた。
アーサー王。かのアーサー王伝説に名を連ねる、最強の聖剣使い。歴戦のサーヴァントらしいキャスターですら勝てないというほどの英霊。アーチャーも、何か険しい顔をしている。アーサー王とは、それほどに強大な敵、らしい。自分が居ても、確かに、単なる足手まといにしか、ならないだろう。マシュは、努めて冷静に、そう理解した。
「あの、バーサーカーはもう居ないんですか」
「いや、あれもまだ残ってる。セイバー以上の強敵だが、特に動く気配が無い。こっちは、とりあえず考えないでいいだろう」
ぴくりと、アーチャーが肩を揺らした。険しい表情は変わらず―――いや、違う。あれは険しい顔なんじゃなくて―――。
「でも、そんなに気にすることではないのではないかしら。宝具と言えば英霊の象徴。一朝一夕で使えるようになるものではないと思うのですけれど」
「あぁ? んなわけねーだろ。英霊と宝具ってのは同じもんだ。お嬢ちゃんがサーヴァントとして戦えるなら、もうその時点で宝具は使えるんだよ。なぁ?」
キャスターがアーチャーに同意を求める。が、アーチャーは応えなかった。何か思案するような顔はそのまま―――首筋に、脂汗が滴っていた。
アーチャーが、空を見上げた。釣られてアーチャーと同じように顔を上げたマシュは、ふと、それを見た。
赤い光軸が、空を割っている。2本、3本、次々と増えていった光の矢、その数、26本。
27本の閃光が、ぐにゃりと進路を歪める。切っ先を変えた矢のその狙いは―――。
「―――チッ、そういうことかよ!」
「攻撃が来る! トーマ、令呪一個!」
「え、あ、うん!」
「何、いきなり!?」
「所長、敵の宝具です! 一気にこっちを撃滅するつもりだ―――キャスター!」
「あぁ! 俺の
「───
敵の、宝具だった。26本の剣、槍、矢。その全てが、必殺の宝具だった。
「嬢ちゃん、気張れや!」
キャスターが石突を地面に叩きつける。呼応するようにコンクリートを割って這い出た巨大な樹木の腕がその場で交錯し、さながら城壁の如くに蟠踞と構えた。
だが、それでは足らない。26本の宝具を防ぎきるには、その防御をして、あまりに脆い。
「―――『
だから、守りを加える。
掲げるは左腕、広げる五指を起点に、それは啓いた。
光臨の如き7つの花弁、一枚一枚が城壁のそれに匹敵する強度の概念防御。アーチャーが言っていた防御宝具、大アイアスの盾が具現した。
必殺の宝具が怒涛となって殺到する。
一撃弾き二撃も弾く。かのヘクトールの投擲すら防いだとされる大楯は、生半の宝具など当然のように弾き返す。
はずだった。
にべもなく弾かれるはずだった3発目が着弾するや、突き刺さった剣が炸裂した。さらに4発も着弾と同時に爆破。ついに耐えきれなかった花弁の一枚が四散した。
「『
苦く、誰かが口にする。幻想を炸薬にして起爆する、さながら対戦車ミサイル。切り札を破棄して使用される捨て身のはずの攻撃が雨霰と盾を爆撃する。
2枚、3枚、4枚。堅牢だったはずの盾が加速度的に消滅していく。宝具が着弾する衝撃、吹きすさぶ魔力の本流、爆撃の怒号が、徐々に、迫る。
「死ぬ! こんなところで、こんなところで私、死ぬの!? 嫌よレフ、私まだ死にたくない!」
「死なせない! こんなところで終わらせない!」
「でももうあと3―――2枚しか無いじゃない! デカい口叩いてないでなんとかしなさいよ!」
「ちょっとは静かに掩護できねぇのかオイ!?」
「あと一画、令呪使う!」
ぎゃんぎゃん泣きながら―――それでも、オルガマリーはアーチャーの盾の強度を上げている。宝具相手になけなしとわかっていても、それでも彼女は、何かをしている。
オルガマリーだけじゃない。キャスターも、リツカも、トウマも。アーチャーの盾を守り切ろうと、あがいている。フォウもいつの間にかアーチャーの肩に乗って、頻りに何か叫んでいる。
何かしなきゃ。でも何ができる、自分に何ができる―――!?
「あ、耐えきった! 生きてる、私生きてる!」
「―――違う! 最後が本命!」
「野郎、アレは―――!」
襤褸になった盾、一枚。その盾越しに、マシュは、見た。
27本目の、槍だった。呪詛のように赤く濁った槍。キャスター……クー・フーリンが持っているはずの、最強の槍。
ダメだ、と思った。とてもアイアス一枚で防げる代物じゃない。キャスターが展開した衛すら、濡れ紙を破るが如くに貫通するだろう。
マシュは、知らず、マスターの姿を目で追った。
ぁ。
赤銅色の髪の少女は、目の前に居た。トウマと並び、アーチャーの背を必死に支えている。焼石に水とわかっていても、それでも、リツカは、手を伸ばしている。あの時と、同じように。
じゃないと、みんな消える。リツカも、オルガマリーも。トウマも、アーチャーも、キャスターも。あの槍で串刺しにされて、みんな、終わってしまう。無くなってしまう。
彼女は駆けた。アーチャーの前に躍り出るや、あとコンマ数秒後に飛来するその呪いの槍を、捉えた。
「―――マシュ!」
私が、守らなきゃ!
※
ケルト神話に謳われる大英雄、クー・フーリンが振るう魔槍。心臓を必ず貫く『
「やったか」
冬木大橋、そのアーチの上から深山町を眺望する男―――赤い外套の男は、色も無く呟いた。
自分と同じ能力を持ったアーチャーが居ることは、既に周知していた。撃ち合いになれば、苦戦は必至。キャスターも厄介。盾のサーヴァントは戦力不明。倒すなら一撃で、まとめて撃破するのが望ましい。故に集まったところで最大火力を投射、奥の手も使用しての一掃する手筈だった。そして、その通り、戦術は移行した。
それにしても、あのアーチャーは何者だったのか。“漂流者”の1人なのはわかっていたが。
詮の無い話だ、と思った。ゲイ・ボルグを爆破した際の噴煙はまだ晴れないが、あの槍はアイアスの盾を貫き得る。あれ以上の盾を、他の2人のサーヴァントが用意できるとも思えない。漂流者たちは、消えた。
「奴の宝具を使うのは癪に障るがね。そう思わんかね、君も」
男は、皮肉っぽく顔を歪めると、背後を振り返った。
黒いローブが、蹲っていた。ローブの隙間から覗く獣染みた黄金の目―――洞のような双眸が、男を見据えていた。
「貴様だろう? アサシンを
ローブの人物は何も答えぬまま、一歩、踏み出した。
それが合図だった。
男の足元を起点に、炎が巻きあがる。竜のようにのたうちながら、ローブの人物をも巻き込んで広がっていく。
世界が塗りつぶされていく。つい数瞬前までアーチの上だったはずが―――気が付くと、乾いた荒野が広がっていた。
赤く焼けた空。錆びだらけになりながら、軋みを上げて空転する歯車。無限のように広がる剣の丘の只中に、男は居た。
「貴様が何者かは知らん。知る気も無いし必要も無い」
男が手を掲げる。その仕草は、さしずめオーケストラの指揮者もかくやといったところだ。
大地から、剣が抜ける。無限の剣、その全ての切っ先が、ローブの人物を捉えた。
「早速だが―――ご退場願おうか」
剣が奔る。
ローブの人物は身動ぎすらなく、その剣の群れを、漠と眺めた。
剣戟が、切り裂いた。