fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
源頼光。
その名の通り、彼女の出身は日本である。時代は平安。魑魅魍魎が跋扈する古き日本、しかもその中枢にて武を振るった彼女の強壮は、言語を絶する域にある。
人間を遥かに超える怪異をして誅伐し続けたその武勇。当代きっての無双の
その彼女をして、今、攻めあぐね入ていた。
【無窮の武錬】から放たれる頼光の攻撃は、全て必中判定が付与される。ある種、それは因果逆転の呪槍の如き剣閃。頼光ほどの剣士が放つ攻撃が外れるわけがない、という世界了解による攻撃補正。その剣戟を躱すには、世界を騙すほどの幻術で「源頼光ですら外す敵」という認識を世界に刻み込むか、Aランク以上の幸運値、あるいは【直感】を要求する。
マシュは、そのどれも持ち得ていない。だから、防御する。盾かどうかすら不明な十字の宝具で、1秒間に10度放たれる太刀の閃光を全て防御しきる。
実際であれば、頼光の太刀は防御すら困難なのだ。筋力値、A。さらに【神性】によるダメージボーナスに加え、此度の召喚に限り、彼女は【怪力】スキルを有する。ランクはCと低いが、ただでさえ強力な通常攻撃を底上げしている。太刀の一撃一撃が低ランクの宝具に匹敵する火力。生半可な防御では、防御越しに叩き切られるのが落ちだった。
だが、防いでいる。あのか弱そうなサーヴァントは、頼光の剣戟全てを防御しきっている。今一歩で防御を崩せる、という瀬戸際のところで防御を続けている。
しかも。
「
迫りくる魔力弾───いや、もっと別な、何か。難なく斬り払うのも束の間、巧妙に距離を取る盾のサーヴァントの左手には、銀の剣が握られている。その形状は、何故か、あのライダーのそれを、思わせた。
まるで要塞。ただでさえ硬く、寄せ付けないのにさらにいいタイミングで襲い掛かる近接防御の巧妙さは、頼光をして舌を巻く。だが、要塞はそれだけで堅乎なのではない。戦略を見通し、戦術を確立する指揮官がいてこそ要塞は強固足り得る。堅牢な
勁い、と思った。
ならば、為すべきは、唯一つ。
※
勁い。
間違いなく、
───戦闘開始から、まだ20分弱。あの手この手で攻撃を繰り返す頼光の攻撃全てを防御しきったマシュの精神力は、尋常ではない。何せ全て必中必殺の太刀。しかも防御したらしたで、防御の上からダメージを与えてくるこの現状。武に長ずるサーヴァントとて、このサーヴァントと凌ぎ合うのは困難だろう。
だから、正直に言えばこの一呼吸は彼女にとって救いだった。摩耗した精神に息づかせるタイミング。肩で息を吐きながら、でも何故、と思う。
あのまま攻勢をかけられていたらどうなっていたか。防御できていたか? 不明だが、ここで頼光が今攻撃を辞める理由はない。なら、何故───。
巡る思考。小さく息つきながらもたゆまない集中力。僅かに煙る警戒心を、頼光の動作は、むしろ抑えるようだった。
頼光は、静かに太刀を、鞘に納めた。だが、別な宝具を出すわけでもない。この20分、鬼の如き気勢で繰り出してきた4種の宝具。頼光四天王が扱ったであろう太刀、鉞、弓、槍。そのどれも手にすることはなく、ただ静かに、穏やかに、源頼光はマシュを見据えた。
「名は、なんといいますか」
あまりに、それは予想外だった。
当初の邂逅でも、確かに彼女は穏やかさすら見せていた。トウマも、このバーサーカーが極めて特異であることは言っていた。だがここまで当然のように意思疎通を図ってくるのは、予想外だった。
狂気故の理性。酒呑童子とはまた違う、別な狂気のカタチ。
「先輩……マスターの、リツカ。私は、マシュ、です」
「マシュに、リツカ。良い、名前ですね」
バーサーカーが両手を掲げる。柔らかな手付きは、嫋やかで女性的な柔和さを感じさせた。
「来る」
だが、そうではない。リツカの声が小さく耳朶を衝き、マシュは緩い呼吸を練り上げる。
「この戦いはあくまで遅滞戦闘。貴方に私を倒す意図はない。倒せずとも、もう片方の部隊がアルテラとマスターを倒せば戦闘終了。戦略目標を見据えた上での戦術的判断───良い判断です」
そして、と。
頼光は、マシュへと、莞爾とした視線を向けた。
「貴方はマスターの命令を善く守っている。指揮官は優秀な部下がいてこそ輝くものですから―――こんな一生懸命な子が近くにいるなんて、羨ましい人」
大気が、裂けるようだった。
黄昏が堕ち始めた宙を裂く陽の光。掲げた両手の間に、雷とともに顕現する金色の武具。法具にも見えたそれの名を、マシュは知っていた。
だが何故、源頼光がその武具を扱うのか。確かに金剛杵が日本に伝わったのは奈良時代にかけての話だったと聞くが───。
「───聖仙骨より作られしは神の槍。今こそ来りて、あらゆる敵を撃滅せん!」
荒ぶる雷の波濤。放出された魔力は雷撃と化して周囲に渦を巻いていた。御稜威の顕現。荒ぶる神が此処に降臨するが如くの威容。痙攣のように震えながら、マシュは、
「乗り越えなさい、最新のサーヴァント!」
「仮想宝具、装填!」
「『
※
戦闘開始より、既に20分弱。
トウマは、その息が詰まるような光景を、ただ眺めているしかなかった。
数、3対1。前衛を務めるアレキサンダー、ネロに後衛のクロが援護射撃を行う形だ。形式だけ見れば、冬木でセイバー・オルタと相対した状況に近い。同じ対城宝具を持つサーヴァント、というのも奇妙な一致点だ。
だが、明確に、異なる点がある。
セイバー・オルタ戦では、3人であのセイバー・オルタを見事に封殺していた。途中ヘラクレスの介入が無ければ、完封勝ちまであっただろう。単なるサーヴァントの数もだが、適格にセイバー・オルタへの有効打を提示できていたトウマの存在は大きい。だが、今回は違う。トウマはアルテラのことを全く知らず、それ故に優位に戦況を進める術を知らなかった。無論それ以外の要因もあるが───どちらにせよ、数的優位を確保しながらも、全く攻め切れていなかった。
防戦に徹するアルテラは、堅固な南京錠のよう。ネロとアレキサンダーの剣戟を全て捌き切り、クロの射撃すら叩き伏せる。付け入る隙すらない防御の合間に繰り出される反撃も、適格の一言だった。
狙いは全てアレキサンダー。時にフェイントでネロへと剣を掲げるが、全てアレキサンダー一人に攻撃を集中させている。戦略上はネロを倒すなら戦術レベルでもネロを狙うべき、さらには弱い敵から倒して戦力を漸減させるのが常道と思えばアルテラの戦術行動は間違っているように見えるが、それがアルテラの抜け目なさなのだろう。何が何でもネロを死なせてはいけない、というこちらの意図を読み切った上で、ネロの防御に入ろうとしたアレキサンダーへと的確に打撃を与えていく。悪魔染みた思考回路だった。
明らかに疲弊するアレキサンダー。有効打を打てないクロ。守られるだけになりつつあるネロ。そして、何もできずに傍観するだけの、自分。
焼き尽くされるような焦燥。脳髄が煮沸されるような苦痛すら感じながら―――それでも、トウマは懸命に傍観に徹した。
その事実を観測する。その光景を見定める。目を逸らしたい、逃げたいという情動を懸命に捻じ伏せられたのは何故だっただろう。視界の端に紛れる赤い影を感じながら、トウマは頭の中の情報を整理する。
―――この時点において、トウマにはある種の予感があった。曖昧模糊としながらも、輪郭を持った思索。だがそれは未だ観念的なものに過ぎず、妄想の域に過ぎぬもの。希望的観測。そんなものに命を張るのは愚者のすること。だからトウマはその戦闘の中で、妄想を確信へと変えていく。
ネロへと齎された絵。対城宝具にも関わらず、首都へ一切被害を出さずに行われた狙撃。ネロを狙わないこの戦術。そもそも、ここでアルテラが防戦を選ぶ意味。
妄想を確信へ。確信を客観的事実へと練り上げながら、トウマは次の行動へと移れない。的確な指示へと繋がらない。
それは当然というよりは、仕方のない躊躇なのだろう。いくら事実とは言え、戦術判断を繰り出せるか否かはまた別なのだ。100%確実なわけではない事実に判断を下せるのは、尋常の精神性では不可能である。まして、これは人類の存亡がかかった決戦の、その最終局面である。ここで判断を下すのは、まさしく身投げのようなものだった。1度死線を潜った程度では、とても下し得ない。しかも少年はただの高校生だったのだ。年齢は16。一年前までは中学生だった。そんな子供に背負わせていい判断では、決してない。
だが。
「ロマニ先生!」
(
「イスカンダル、ネロ!」
少年が潜った死線は2度。そして何より、少年には───。
「クロ!」
半身、少女が翻る。
微かに覗く、酸化銅膜のような目。小さな首肯。口元は見えなかったけれど、きっと彼女が浮かべた表情は間違いなく───。
「いいわ! とっておき、見せてあげる!」
深紅の朔風が巻き上がった。
※
「
一節を刻む。
脳裏に浮かぶ武装は双剣。掌に馴染んだ陰陽の夫婦剣は、イメージの直後、瞬く間に両の手に現出する。干将莫耶を投影することコンマセカンド未満。掌に得物が現れるなり、弦月を描くように双剣を投擲し、さらに投影、投擲を繰り返すこと3度。
そして、4度目の想起。だが、この時描いた
今次戦術において、クロの役割は敵を倒すことにない。それは主役の役目であり、自分の役目は足止めだ。しかも数秒だけの足止め。
「ネロ、アレキサンダー!」
クロの声に応じるようにアレキサンダーが飛び退く。赤毛のライダーに抱かれてネロも後退したことを確認し、クロは、ただ単騎でアルテラへと猪突する。
「───
端的に。
それは、無謀にも思える突撃である。何故ならクロはスペック上、並み以下のサーヴァントに過ぎない。対してアルテラのそれは上位に相当するだろう。仮にセイバー・オルタと同等か。しかも聖杯を埋め込まれているなら、それ以上もあり得る。トウマの“原作知識”も役に立たない敵ならば、相性有利の宝具を持ち出す小細工すら通じない。
───この状況下。トウマが提案した宝具がある。なるほどそれならアルテラとも渡り合えるだろう、とクロも思う。だが、それを造るのは至難の業だ。ハリボテのハリボテ程度なら作れるだろう、だがそれでは駄目だ。そんな紛れでは、あの神造兵装の原型───おそらく乖離剣と同位に位置するであろう剣と撃ち合うには、力不足だ。必要なのは、真作に等しい贋作。それでやっと、アルテラと打ち合える。
自らの魔術回路を全て叩き起こす。総数3桁を超える、膨大な魔術回路。ただそれだけの為に特化したホムンクルスは、だがそれでも足りぬと判断する。
「
だから、拝借する。全身の神経系、リンパ系、筋系を偽装する。
「
そして、超える。ただの
「この投影、受けきれるかしら!」
※
アルテラがその挙動を察知したのは、一瞬の目配せを読み取ったからだった。ライダーとネロが一瞬だけ目を合わせる。何かが来る、という洞察はまさしく戦闘者としての恐るべきものだ。追撃とばかりにアレキサンダーへと踏み込みかけたアルテラだったが、猪突の寸前で、彼女は飛来したそれを斬り伏せた。
矢ではない、黒い中華剣。無骨な剣を当然にように両断しながら、返す刃で、6時方向から迫る白剣を一閃する。さらに4方から迫る双剣2対を鞭のように変化した軍神の剣で叩き落した、その瞬間だった。
一挙に、3対6本の剣が炸裂した。
宝具を破壊することで内包する神秘を炸裂させる禁じ手、『
この爆破それ自体は、アルテラを仕留めるためのものではない。さもなくば、ここまで噴煙を撒き散らす意味がない。つまり、これは視覚の遮断。視界を遮ることで行動に制限を加え、次の本命を叩き込むための布石だった。
これを仕組んだのは、恐らくアーチャーだ。ならば必殺の一撃は射撃と見るべきか。あるいは。だが、それはどうでもいいことだ。どちらにせよ自らのやるべきことは変わらない、と理解し直し、アルテラは自らの戦闘者の本能のままに軍神の剣を虚空へと叩き付けた。
赤影が、剣閃に重なる。僅かな煙の動きだけで接近経路を把握したアルテラの、恐るべき一撃であろう。
彼女の振るう剣、軍神の剣。既に魔法の域にある剣は、並大抵の宝具なら正面から溶断するほどの
だからこその、其は驚愕だった。
鍔迫り合いも刹那。押し負けたアルテラの痩躯が、たたらを踏む。横薙ぎに振るった、軍神の剣。叩きつけるばかりに振るわれた剣を迎撃したのは、暗黒色の魔剣だった。
返す刃を放ったのは両者ともに同時。激突した剣同士ががちりと咬み合い、軋みを上げる。
彼女の瞠目の理由は、膂力が拮抗したことによるものでもあった。立て続けに5度の剣戟を重ねた敵のアーチャーの技倆でもあった。だが、何よりその剣。魔剣に堕落しながらも、決して損なわれない閃珖を宿した聖剣。星の内海より来る、
地上を駆けた彼女の存在の奥底に淀む、恐怖にも似た記憶。白い巨人すら打ち滅ぼした星の剣に類似する、其の、銘は───!
今更なんですが、80話超えてしまっておりますね
正直ネット小説向きじゃないスタイルの文体だし内容だと思うので、今までご愛顧していただいた方々にはしみじみと感謝しております
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