fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
『
フランスにて相まみえた狂戦士、ランスロット卿が真に恃みとした神造兵装こそはトウマの提案した剣であり、クロが錬成した魔剣の銘だった。
抜剣と同時、使用者のステータスを向上させると同時、ST判定を2倍に引き上げる剣。派手さが無い剣、というのは素人の発想だ。およそ対人戦において、これに勝る剣は類を見ない。しかも奥の手すら内蔵した剣は、単純な対人戦闘能力であれば、同じ聖剣たるエクスカリバーすら上回る。
既に、剣戟は100を超えた。一歩も引かず、互いにクロスレンジに張り付く超近距離格闘戦。一見して互角───あるいは、クロが圧倒しているように見えるが、そうではないことは遠くから見守るトウマがよく理解していた。
強さの代償は、小さくない。なにせそれは、内海より来るまさしくは星の意思。造るだけではない、運用するだけで膨大な魔力リソースを要求されるこの魔剣は、総数3桁を超える魔術回路をフル回転させてなお、それを活かしきれない決戦兵器だった。
じり、と軋む右手の甲。赤く明滅する令呪越しに、焼け付くような感覚が流入してくる。まるで、はんだごてを脊椎にねじこまれているよう。髄液が沸騰し、延髄まで焦げるほどの感覚。それだけで気が狂いそうになったが、トウマはただ、その光景を眼球に刻み続ける。令呪を通して感じる、副次的な軽微の痛覚共有というだけで、この様なのだ。本人は一体、どれだけの苦酷の中で、刃の暴風に身を置くのだろう。そして何より、それを指示したのはこの自分なのだ。
───赤銅色の、彼女の姿が過る。
戦術とは誰かの命を消費すること。それを今更に理解させられながら、それでもその光景を直視し続けられたのは、何故か。
「───『
魔術回路を通して現出した
トウマは空を見上げた。
既に帳の落ち始めた宙。瑠璃色の空を裂くように、雷光が迸る。
「クロ、戻っ───令呪!」
ぐらりと、少女の体躯が揺らぐ。手の甲に熱したナイフを突き刺されたような感覚も一瞬、トウマは目の前に現れたクロをあわや抱き留めた。
酷く、小さいなと思った。けほ、と咳き込むクロの姿に一度だけ目を閉じたトウマは、雄々しく天を仰ぎ見た。
「今だ、アレキサンダー!」
※
「───宝具!」
上空、200m。雷を纏った
踏鞴を踏んだアルテラは一瞬対応が遅れながらも、その意図を全て理解しきる。およそライダーの宝具、その神髄を察知したアルテラの迎撃手段はただの一つだけ。アレキサンダーの霊基を逸脱したその切り札に対抗できる手段など、一つしか有り得ない。
歪な剣が、回転を始める。3色の光で形成される剣が回転し、渦を巻く。それはまるで虹のよう。
3秒とかからず飛来する対軍宝具。アレキサンダーが駆る戦車の雷撃を打ち崩さんと、アルテラの宝具が展開する。
「マルスに接続する」
疾駆する戦車、構える神の刃。轟雷を伴う神獣の波濤に相対するは、唯破壊のみに特化した天体の激情。
「『
「───『
黒天を焼き切るほどの閃光が、己以外の光は要らぬと拮抗した。
※
「クロ?」
自分を抱きかかえる少年が、顔を覗き込んでくる。
振るえる眉宇、肩に食い込むほどの指先。ひた、と頬を打った雫に表情を緩めながら。
「
それでもクロは、次の一手を緩めない。
自らの内部を、加速させる。刹那を、永遠へと昇華させる。
アレキサンダーの宝具だけでは、アルテラの宝具には及ばない。対軍宝具が、対城宝具に敵う道理はない。
だから、私が、届けさせる。アレキサンダーの宝具だけでは届けられないというのなら、この私が補填する。
「―――
投影はミリ秒未満。使うべきものは了解している。自らを形成する弓兵の核、剣の丘に眠る最強の守りで以て、あの子の下へと送り届ける。
「『
その真名を以て、クロは最強の盾をここに現出させた。
展開する花弁の如き盾、総数7。アレキサンダーを守るように開いた城壁は、アルテラの濁流の如き閃光を真正面から堰き止めた。
ぶちり。
「あっ」
何かが、身体の中で爆ぜた。それが何なのか思いが及ぶ前に、2度目の衝撃が身体を内側から跳ね上げる。
消化器官を這い上る鉄味の液体。食道をよじ登った消化液と血の混合物は口腔内まで噴出したが、吐き出す前になんとか嚥下する。
耐える。ただ、耐える。投影は止められない。アイアスの盾でやっと両者の激突は互角。なら手を抜いた瞬間、あの戦車は一瞬で蒸発する。
───それに。
花弁が四散する。虹光の螺旋に砕かれた7枚の盾、その全てが砕ける。
激突する二種の閃光。互いに弾け飛ぶまで秒未満、爆発した光は夜天に唐突に現れた、恒星のようだった。
※
源頼光がインドラの火、ヴァジュラを扱い得るには理由がある。
帝釈天の化身とされる牛頭天王の現身として生まれた鬼子、丑御前。史実においては源頼光の兄とされるモノだが、事実はやや異なる。
源頼光の肉体に宿った神性こそが丑御前であり同じ肉体を共有する頼光もまた、ある種牛頭天王―――引いてはインドラの化身に近しい。
今回、狂戦士ながらこの宝具を以て召喚された理由は、おそらく召喚者の性質に依るものだろう。高位の存在者による召喚の故か。通常よりも高いランクの神性を所持する頼光は、その内面性に引っ張られるようにその宝具を振るう。
その
神代の竜種の内でも上位に位置するであろう蛇竜ヴリトラを殺し、屠竜伝説を確立した宝具のランクは実にA+。魔法に手が届くほどの神代常識を防御する手立ては、そうない。
だが、頼光は全く油断しなかった。
宝具たるヴァジュラを射出し、神槍は過たずに直撃した。
立ち昇る爆炎、鬱勃と広がる黒煙。
回避した兆候はない。なまじの防御スキル・宝具なら文句なく突き破るだけの威力がある。ならばそれは必殺で、ただ鏖の痕跡が広がるばかりな、はずだった。
それでも、頼光は油断しなかったのである。
何故か。あのマスター、リツカと名乗ったマスターの知略を恐れてか。
それもある。だがそれだけではない。
あの、盾のサーヴァント。あの少女の、気弱そうで、それでいて真直ぐな視線の意味。
あの子に似ている。あの子とは全然違うけれど、それでも芯がどこかで同じな、あの子と。なら、きっとあの少女はこれを超えてくる。インドラの矢如きで打ち砕かれるほど、彼女の純粋さは脆弱ではない。そう、頼光という女性は知っている。
だから、抜刀し───黒煙の中肉薄した影に、刀を振り抜いた。
彼女の剣筋は必中必殺。外れることは決してなく、放てば神羅万象を斬殺するまさに神域の太刀。
振り抜く速度は音速にすら達する。目にもとまらぬ太刀は弦月のように光の尾を引き、赤銅の影を捕捉した。
瞬間。
頼光の身体が硬直する。
彼女が見たのは、あの盾の少女ではない。そのマスター、リツカの姿だった。
咄嗟、彼女は刀を止めた。止めてしまった。あるいは、止めざるを得なかった。硬直するように腕に力を入れた頼光は、そこから掬い上げるように上空へと剣光を撃ちあげた。
ここすら、読み通り。頼光は次の攻撃を完璧に読み切った。恐らく意表を突くなら二次元的に生活する人間の想像の埒外、三次元的なマニューバでの奇襲。即ち直下か直上からの襲撃。消去法で上と悟るまで、およそ1秒未満。振り抜く速度を含めても1秒に到達しない。
返す刃の剣戟。それを迎撃したのはやはり大楯だ。パワーダイブの要領で打ち下ろされた盾の威力たるや、その質量も相まってサーヴァントすら轢殺するほどだろう。瞬間的に【怪力】を発動させた頼光ですら険しく顔を歪めるほどのそれは、さながら狂える牡牛に轢かれたかのようなものであった。
押し返すまでにかかる時間はおよそ2秒。日常生活においては瞬きのような時間でも、この戦闘の最中での2秒は、あまりに大きな隙だった。
それが、武芸に長ずるもの同士であればなおのこと。頼光は評している。あの盾のサーヴァント。マシュ・キリエライトの戦闘技能は十分に高く、十分に武に長けるサーヴァントである、と。だから、その2秒はまさしく隙なのだ。
視界に擦過する黒鉄の影。盾と拮抗する間に6時方向に、マシュが滑り込む。
相対距離、およそ10m。下手に接近しては不利と悟り、且つあの剣から放つ魔力弾で撃破せしめる絶妙な距離。
やはり巧い。勁いな、と理解した頼光は、何故か、笑った。むしろ微笑みですらあるだろう。懸命に食い下がる姿に何かが重なったのか。多分そうだろう───いつだって、若い力が発達する様は心躍るものだから。
だから、頼光はその一太刀に死力を尽くすことにした。
魔力放出を限界まで引き絞る。自らの神威が露出するギリギリまで神性を昂進させ、【怪力】のランクすら底上げする。高ランクの【魔力放出】【怪力】を、相乗させる。
乾坤一擲。臓腑の奥底から吐き出した叫喚は怪物の遠吠えか、天に轟く神鳴りか。両の手で構えたまま、頼光はその十字の盾を打ち返した。
───傍から見れば、その様はスラッガーにも見えた、だろうか。剛速球を打ち返す強打者。位置エネルギーから変換した速度エネルギーを0に引き戻した直後、その倍の速度エネルギーを爆発させた質量兵器が向かった先は───。
※
マシュはその様を、ただ瞠目する他無かった。
【魔力放出】による突撃。重力すら味方にして、位置エネルギーから転換する速度エネルギーすら乗せた盾の投擲は、純粋な破壊力ならBランクの宝具にすら超える。
それだけの破壊の投擲。頼光の精神性を逆手に取った奇襲、マシュにしてみればそれで仕留める腹積もりだった。だが、頼光はそれを弾いて見せた。それだけでなく、マシュの奇襲を読み切って、打ち返したのだ。
これが平安最強の武士、【無窮の武錬】に至る闘士の底意地か。あわや盾を躱したマシュは、それで作り出した隙が無為になったことを悟った。刀を構えて猪突の気勢を見せる頼光の姿を見る間でも、ない。
踏み込む頼光、銀の剣を構えるマシュ。為すべきは近接防御の一打───とにかく魔力弾を撃ち込んでその内に距離を取り、戦術を立て直すべきだ、と判断を重ねた。
重ねてから、思った。──消え千いや、そんな甘い見通しでいいのか。
奇策は使った、2度同じ手は通じるほど頼光は甘い英霊ではない。ならば使える手はない。仕留めるならこの瞬間で撃破するしかない。
戦略を思い直す。戦術を練り直す。ここで倒しきる必然性はない、と理解し直し───マシュは剣を振り上げた。
ただ、撃つだけではだめだ。これまで何度も斬り払われてきた。撃つなら防御ごと撃ち抜く。だがそれだけの素質は自分にはない。なら。
迅く、鋭く、堅く、勁く。己の【魔力防御】を、極限まで練り上げる。イメージするのは刃の如き一閃。あの刀、童子切安綱ごと頼光を撃破し得る一撃を───。
「───
※
圧し広がる閃光。視界を漂白するほどの光に押し出されたネロは、背後を、見なかった。既に焼尽しつくされた声に押されるように、ネロは戦車から飛び出した。
ふわりと宙に浮かぶようか感触。構える隕鉄の剣、『原初の火』。両の手で構えたそれはいつもよりやけに重く、軽く、鈍く、鋭い。
白い閃光の中、彼女はそれを捉える。
閃光を切り裂く極光。虹を構えた剣士の、病的な痩躯が目に焼き付く。
あの子はなんて、痩せっぽちなんだろう。全身が粟立つほどの悪寒にも似た、芯を焦がす情動に狂いそうになる。詮の無い思惟とはわかっていても、それでも失調した情動が消化液となって咽頭に逆流する。
迫る彼我距離。交錯する剣。振り上げた隕鉄の剣を迎撃するように打ち出された未知なる剣は、数多の掣肘を貫くように、その肌を切り裂いた。
迸る明滅、震える指先。痙攣した声帯は機能不全に陥って、原初の戦争機械のような軋音を漏らしただけだった。