fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
高校
屋上にて
「よお、何やってんだ?」
声が肩を叩く。思わず「ヒィ!?」と悲鳴を上げながら飛びのいたオルガマリーは、呆れたように見返してくるキャスターの視線に、安堵の溜息を吐いた。
「いるならいるって言いなさいよ」
「だから今声かけたじゃねぇか」
キャスターが煩わし気に後頭部を掻く。やれやれと嘆息一つすると、キャスターは床に転がっていた石を手に取った。「なんだ? あんた、ルーンなんてやってんのか?」
「そうよ、悪い? 原初のルーンに比べれば子供の遊びみたいなものでしょ?」
「あんたは、間違いなく一流だろ。所詮、俺は師匠から習ったものを便利だから使ってるだけだからな。ずっと真面目で良い」
「そうですか、それはどうも」
ふん、と鼻を鳴らす。奪うようにキャスターから石を取ると、せっせとウェストポーチに詰め始めた。
ふん、ともう一度鼻を鳴らす。鳴らすが、その実、オルガマリーは照れたように顔を赤くしていた。
当然と言えば当然である。口では便利だから使っているだけ、などと言うが、事実キャスタークラスで召喚される英霊には違いない。失われた大神のルーンを使うキャスターに認められる、という事実が嬉しくないわけはなかった。
ただ、彼女は素直ではなかった。紆余曲折、屈折した彼女の精神性は、内心の嬉しさをごまかすように、キャスターの言葉を皮肉と理解した。
「こんなオモチャでも、無いよりはマシでしょ」
「ま、そうかもな」
「あ、なんでまだ持ってるのよ」
「いいじゃねぇか、減るもんでもなし」
「減るもんでしょう!」
ほれほれ、とルーンの刻まれた石をちらつかせるキャスター。キャスターが高く掲げた石を取り返そうと飛んだり跳ねたり背伸びしたりすること10秒、オルガマリーは苛立たし気に、されどその実安堵したように、「もう、いいわよ」と吐き捨てた。
オルガマリーは、肩を落とした。
フェンスに身体を預ける。半壊したフェンスは、彼女の体重だけでぎりぎりと軋んだ。
「これでも大分マシなのよ」
「あぁ?」
「気分。キツイのはキツイけど、まだ余裕はあるの。フジマルが思ったより冷静で助かるわ。アーチャーも……あの見た目だけど、動いてくれるし」
「ほう? 意外だな、あんた、他人の評価なんでできるのか」
「感情的である自覚はあります。ですが、私は一応人の上に立つ人間です」
「確かに、リツカは良い目してる」
キャスターもローブのどこかへ石を仕舞い込むと、オルガマリーの隣でフェンスに寄りかかった。
「ライダーが狙撃しようとしてたの、気づいたか?」
オルガマリーは、キャスターの横顔を見上げた。
ライダー。あの白い背広のような恰好をしていたライダーだ。確かに、そんなことを言っていた気がする。
「上手く掩蔽物を利用して死角に回り、お嬢ちゃんと離れすぎないように動いてた。自分が狙われているとわかってて、顔色一つ変えずに動いてる。歴戦の猛者でもあんな平常心では動けねぇ、大したタマだ」
「知らないわよ、そんなの」
知らず、声が強張る。
オルガマリーは、全くそんな気配に気付かなかった。なのに、あの一般公募の半端者は気づいていた。
何か、不快な情動が脳裏で鎌首を擡げる。だがそれ以上に、間の抜けたようなリツカの顔が網膜にへばりついた。
選抜チームのマスターに比肩し得る戦場の嗅覚。たかだか数合わせの一般公募のマスター候補生が何故そんなセンスを持っているのか。それとも、腐ってもマスター適性がある、ということなのだろうか。
どんな経歴の持ち主なのだろう。そんなこと思ったが、思い出せなかった。マスター候補の受け入れ・採用に関しては、成績優秀者以外は人事に任せきりだった。
事態を制圧し、無事帰還したら調べてみようか―――ふと、そんな考えが過る。
オルガマリーは、我が事ながら、虚を突かれた。自分に利益も無いのに、他人に関心を持つなど。単に経歴に関心を持ったに過ぎないのか、それともあの間延びした彼女の笑顔が気になったのか、オルガマリーにはよくわからなかった。
「トーマはよくわかんねぇな。これから成長すんのか、ぼんやりしたままなのか」
あのマスター……もう一人の48番目の一般公募だという
「生きて帰らなきゃね」
空を仰ぐ。
焼け焦げたように曇天は黒く、重苦しく垂れこめていた。
※
「あ」
「あ」
互いに、顔を見合わせる。友達の友達と街中で遭遇したかのような、気まずいような気恥ずかしいような奇妙な雰囲気になりながらも、トウマは、マシュに「あ、どうも」と如何にもな挨拶をした。
「あ、いえ、はい」
マシュもなんだかよくわからない相槌を打つ。互いに顔を見合わせること数秒、2人は、ぎこちなく、それでいて素直な笑みを交わした。
「先ほどは、すみませんでした」
マシュは、丁寧に頭を下げた。
多分、最初に顔を合わせた時のことだろう。いきなり目の前に正体不明の人間が現れれば、警戒するのは当然だと思う。
「いや、別にいいよ。気にはしてないし」
「大らかなんですね、タチバナ先輩は」
小さく微笑を浮かべると、マシュは廊下の窓から外を見下ろした。なんとなくトウマもつられて廊下から顔を出せば、なんのことはない、至って普通の高校の校庭が広がっている。異常があると言えば、さっき天馬が駆けたあたりが黒く焦げている点だろうか。
にしても、先輩とは。
「はい、先輩です。皆さん、人生の先輩ですから」
マシュは屈託ない笑顔を見せる。そうかぁ、と分かったようなわからないような返答をしながらも、トウマは内心で、首をかしげる。
この世界がTYPE-MOONの世界観そのもの―――あるいは極めて近似した世界なのは、もう確定だ。クー・フーリンを生で見た感動と同時に、否が応も無く理解できた。自分は、ほぼ間違いなく、TYPE-MOONの世界に居る。
だが、と思う。
この世界は、何なのだろう。確かにあの世界観の延長にあるのは間違いないのだが、少なからず、トウマは知らない世界だった。
それがどういう意味を持つのか、トウマにはよくわからなかった。わからないから、あまり考えないようにした。
「さっきの凄かったね。盾が宝具なんだ」
トウマは自分の頭から詮の無い思考を締め出すと、素直な感想を口にした。
「さっきは無我夢中で」
マシュは照れたように肩を竦める。聞けばトウマよりも若い……と言うより幼い彼女の仕草からは、到底自分の身の丈以上の巨大な盾を振るう姿はイメージできない。
「皆さんの力になれて、良かったです。私、あまり役に立てないので」
「そうかな」
「はい。私、カルデアに居た頃は、あまり成績は良い方ではありませんでしたから。今も、先輩に頼ってばかりで、上手くできなくて」
「さっきは、上手くいった?」
「はい、できました。皆さんを守れて、良かった」
深いため息のように、マシュは呟いた。どこともしれない虚空を見上げる彼女は、その自分の淵から零れた声を、よく咀嚼反芻しているようだった。
「私、まだちょっと、不安なんです」
マシュは、自分に言い聞かせるように呟く。トウマは特に、応えなかった。
「アーサー王。伝承に曰く、煌めく剣で何百という兵を打ち倒す聖剣を振るう騎士王。そんな英霊の剣を、私が防げるのでしょうか」
「アーサー王、かぁ」
トウマも、呟かずにはいられなかった。
アーサー王。TYPE-MOONという会社の顔は何か、と言われれば三択が思い浮かぶだろう。その内の1人こそアーサー王―――アルトリア・ペンドラゴン。原作のヒロインでもあるアーサー王の強さは、言語に絶する。直感による回避性能の高さ、他の追随を許さない純粋な格闘戦性能の高さ、火力の高さ、基礎スペックの高さ。原作主人公の相棒、という立ち位置は伊達じゃない。
「正直ですね、タチバナ先輩は」
沈黙を肯定と理解したらしい。マシュは、左手に持った十字架状の盾を揺らした。
「え。や、そういう意味じゃ」
「いえ、いいんです。私も、自分が伝説の英霊に敵うとは、思っていません」
でも、と続けたマシュは、しっかりと、トウマの目を見つめ返した。
「皆のことは、きっと守ります」
※
保健室にて。
「すぴー、すぴー……んがが」
「スッゴイ寝てる……」
それはもう、気持ちよさそうにベッドで寝ているリツカを見ながら、クロは保健の教員が座る椅子に腰かけていた。割に年代物ながら、オフィスチェアは身体を預けても軋み一つしない。誰だか知らないが、よく整備されているんだろう。
教員用のデスクには、紅茶の入ったボトルやら、ハンカチに残ったドライフルーツなんかが広げたままにしてある。目的地……円蔵山の中腹、大聖杯が格納された地下空洞への進発までの、束の間の休憩の跡だ。
ひょい、とクロも手を伸ばす。乾燥したオレンジ一つをつまむと、口腔内に放り込む。濃い酸味の中に、明確な輪郭を持った甘味が舌の上に溶けるように広がる。堅物でヒスっ気の癖に、センスはあるな、と思った。ドライフルーツを持ち込んだのは、オルガマリーだった。
水筒の蓋に、紅茶を注ぐ。既に冷めたストレートティーを一息で呷ると、これまたオルガマリーの所持品だというハンカチで口を拭いた。
天上を見上げる。既に電気の供給は無いのだろう、割れた蛍光灯からは、豆電球が露出している。アーチャーのクラスで召喚された彼女―――そしてある意味、アーチャーというクラスそのものを体現する彼女にとって、月の灯りさえ差し込めば、夜目はよく利くものだった。
やはり年期モノながら、よく掃除の行き届いた天井を見上げながら、思う。
自分たちが―――いや、自分たちを形作っていた世界観そのものが、創作物であるという話。荒唐無稽と言えば荒唐無稽で、さりとてあり得ない話ではないとも思う。そもそもクロが存在すること自体が奇跡のようなもの―――いや、奇跡のようなものだったのだ。あり得ないことの一つや二つで、彼女は動じなかった。そして何より、平行世界という現実を前提にすれば、そこそこ、現実味のある話だろう、とは思う。
そして、彼は、その事実を証明しつつある。
さっきの、ランサーとの戦闘。彼女はメドゥーサの弱点である
多分、本当のことなのだ。どことも知れない世界から、何故かこの世界のことを知っている彼は、なんらかの方法で投げ込まれたのだ。
でも、と思う。
もし本当ならそれは、なんて―――。
クロは、椅子の上で片膝を抱いた。膝小僧に額を押し当てて、そういうことなんだな、と思う。そもそもどうして自分が英霊の座に登録されているのかすら記憶があやふやだけど、自分が召喚された意味は、よく、わかる―――。
ドアを開ける音が耳朶を衝く。顔を上げると、青いローブの男―――キャスターが居た。
「よおどうした、考え事か」
「別に、大したことじゃないわ」
クロは抱えていた膝を離すと、ぶらりと足を投げ出した。
「何かしら?」
「セイバーを
セイバー。『
アーチャーを
何をやっても太刀打ちできない圧倒的な暴力。そういったものの存在を刻みつけられた、最初の敵。
しかも、今戦うのは、あの敵のいわば
「正直今の駒じゃあ勝ち目は薄い。サーヴァント
「そうね。私たち3人、防御に優れていても攻勢には向かない。防御はマシュに任せてアナタと私で攻める?」
「そんじょそこいらのサーヴァントならそれで勝ち切れるだろうな。だが相手はあのアーサー王だ。俺と嬢ちゃんの連携練度じゃあ、心もとない」
むぅ、と腕を組む。
心眼(偽)を備えるクロと、光の御子と謳われるクー・フーリン。互いの技倆ならば、即席の編成であっても戦況判断に大きな差は無いはずだ。それこそ、古なじみの相棒のように背中を任せられるだろう。
それでも、届かない。音に聞こえた騎士王、そして星の聖剣に挑むには、精鋭というだけではダメなのだ。
では―――?
「策はある」
そんなクロの思案を遮るように、キャスターは膝を折った。クロと視線を合わせたキャスター……キャスターは、猛犬のように鋭い笑みを浮かべた。
「んで、その策だが―――」