fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
「ったく、すばしっこい野郎だ」
舌打ち一つ。獲物の長槍を肩に担いだランサー、カイニスは恨めし気に海原を睨みつけた。
砂浜を挟んで、無限に広がるわだつみの青。凪いだように繰り延べる水面を睥睨したカイニスは、至って不機嫌そのものだった。
それも致し方なきこと。彼はただ何のしがらみもなく闘争にあけくれることが此度の本懐であり、アレはそれに相応しい敵だった。
女神の
「オデュッセウス! 次はあのアヒル女がどこに行くか知ってんだろ」
憤懣そのままに、カイニスは背後の人物へと怒鳴りつけた。
全身を黒い甲冑で覆った人物。ライダー、オデュッセウスは手元の地図に視線を落としたまま、ぴくりとも身動ぎしなかった。時折顔を上げるが、カイニスの問いに応えるわけではない。浜から海を眺め、点々と存在する島と地図を照応しているのだろう。
無論、オデュッセウスが今まさに頭脳を駆使していることは、カイニスにもわかっている。だがそんな事情など、彼には知ったことではない。早々と短気を起こしたカイニスは、不躾極まりなく呼びやった。
「おい」
「無論、奴の動きは予想の範囲内だ」
ようやっとマップから視線を外したものの、オデュッセウスはカイニスには一瞥すらくれない。遠く海を眺望した黒い甲冑の男は、まるで枯れたマートルの花のように佇んでいた。
「ならいい」カイニスは露骨に不快そうな顔をしたが、ただ鼻を鳴らすにとどめた。彼にとり、サンチマンタリズムなどというのはくだらない感傷に過ぎないものだが、ずけずけ突っかかるほどに野卑な人格の持ち合わせもなかった。それに、軍師たるオデュッセウスの知悉を邪魔しても良いことは何もないという、戦士としての感性もあっただろう。
最も、粗暴な人格であることに変わりはない。思惟を巡らせるオデュッセウスの邪魔をする代わり、当てつけのように声を張り上げた。
「おいアタランテ!」周囲に、件の人物はいない。恐らく背後の森のどこかにいるのだろう。聞こえているかも不明だが、カイニスにはどうでもいいことだ。「テメェもいつまでしょげてやがる!」
「メレアグロスをぶっ殺した時みたいにしろよ、あっちの方がクールだぜ。それに、そうすりゃああの毒淫婦だってぶち殺せる。それに、早く帰ってラドンと家族ごっこがしてえだろう───っと」
瞬間。
眉間に飛来した矢を盾で弾き返しながら、カイニスは素知らぬ顔で顔を凄絶に引きつらせる。
そうでなきゃな、と思う。地面に転がる両断された矢を睥睨すると、ふふん、と鼻で笑った。繰り返すが、サンチマンタリズムやら感傷やらは、カイニスの趣味に合わない。英雄はただ粗野に暴力を振るい、己の勁さを誇示すべきなのだ。古代ギリシャが無双の英雄は、そのように世界を理解する。
「さっさと行こうぜ。さっさと終わらせて、ポルクスの飯でも食いに帰ろうじゃねえか」
槍を担ぐ。ようやっと思案を解いたオデュッセウス、森から飛び出した弓兵の姿を識別しすると、カイニスは切れ上がるような笑みとともに大海を睨めつけた。
「汚ねぇアヒル女も、海賊どもも! このカイニス様が始末してやるよ。ヘラクレスの出番は欠片とてありはしねぇさ!」
※
暗い視界が、ざくりと裂ける。レイシフトが終了し、指定座標への転移が完了したのだ。既に3回目ともなれば流石に慣れたもので、トウマは唐突に啓けた視界に、まずは素朴な感動を示した。
海、だ。見渡す限りの海原。広々と視界を埋め尽くす光景は、ちょっと圧倒される。海というとなんとなく夏場の行楽地というイメージが拭えない現代人にとって、遠雷のように潮騒が犇めく様は、陳腐だけれど、自然の威容を感じずにはいられない。
他方。
「う、う」
「ん?」
「
最も、リツカはもっとレイシフトに馴致していた。
開口一番。奇声を上げたリツカは、海に向かって走り出すなり着の身着のまま飛び込んでいく。自然の荘厳さなど欠片とてない、ウェイ感ある身振りである。いや、オイヨ感だろうか……。
「冷たいー!」
「だろうな」
悲鳴を上げながら浜に這い上がってきたリツカは、文字通り濡鼠と化していた。がくがく震える赤銅色の髪の彼女の奇行に呆れながらも、ライネスはきょろきょろと周囲を見回していた。
「フォーウ!」
「えい!」
「ミ!?」
「今度ばかりは好きにはさせないわよ、フォウ。後ろにも目をつけてるんだから」
「あ、フォウさんやっぱりついてきてしまったんですね」
「ンキュ」
出飛び掛かりを阻止されたフォウは、クロの懐で不機嫌そうに鳴いていた。マシュに頭を撫でられて幾分か機嫌を取り戻しながらも、それでもやはり不満は不満らしい。ムー、と声をくぐもらせた小動物は、今だけはクロの懐で敗戦を渋々認めている様子だ。
―――と。
くい、とトウマの袖を誰かが引っ張る。おや、と振り向くと、いつの間にか近づいていたライネスがトウマの袖を掴んだまま、じっと見上げていた。
内心ちょっと吃驚しながら、トウマは「えーと?」と首を傾げた。
「いや、特に何というわけではないんだけどね」
少し、ライネスは決まり悪そうに言う。白磁みたいな頬を若干赤くしながら、歯切れ悪く口腔内で言葉をくぐもらせている。
「あー、そのなんだ」
「はい」
「いや、これからどうするのかなと思ったのだが」
「あー」
相変わらず袖を掴んだままのライネス。手慰みに鼻筋を掻いたトウマは、砂浜で戯れる3人を眺めた。
「あ!」
「ダメですよフォウさん」
「やっぱりクロちゃんはフォウに勝てないのか。運命これ儚し」
「ぐぬぬ……」
「フォフォフォフォwww」
「
「おフォ!?」
「や、やりすぎですクロさん!」
「
「先輩も焚きつけないでくださいー! というかルビが意味不明です!」
……平和である。無数の短剣に追い回される小動物は心なしか必死の形相を浮かべているけど。多分平和である。
「君たち、慣れてるな」
「え、まぁ。そうです、かね?」
確かに、既に3回目。冬木も併せれば4回目だ。流石になんの緊張もしないわけじゃないけれど、それでもなんとなく特異点にレイシフトすることそのものにはすっかり慣れた感じはある。
「まぁとりあえず、今はダラダラしましょうか」
「いいのかい、そんなことで」
「まぁあんま良くはないんでしょうけど」
どっこいしょ、とトウマは砂浜に腰を下ろす。一瞬迷った様子を見せたものの、ライネスもつられるようにちょこんと腰を下ろすと、相変わらず戯れ続ける3人と1匹の姿を眺め始めた。
「焦っても仕方ないですし。あれ、というかまだドクターの通信こないな」
「それ、焦るところじゃあないのかな」
「そうかもしれませんけど」
座っても、ライネスは相変わらず袖をつかんでいる。釈然としない顔も相変わらずだけれど、溜息を吐けば、不快そうに首を振った。
「?」
「いや、なんでもないさ」
言ったライネスの顔は、ちょっとだけ晴れがましい。手慰みに鼻を掻いたトウマは、まぁいいか、と、得心することにした。
「とりあえず、落ち着いたら今後について考えるというわけか」
「そうですね」
ぼんやり。
袖から手を放したライネスは、弛緩した空気に身を委ねることにした。
「そう言えば聞きたいことがあるんですけど」
「ん、あれか。魔術についての講義かな?」
「あーはい、そうですね。いつもすみませんけれど……」
「いやいいさ。私も良い教師に育てられたものだからな」
───それから、およそ1時間。
「要するに、固有結界というのは、元は第六架空要素……わかりやすく言うと悪魔の特権領域なわけだが」
技術論的な魔術についての話から、何やら神秘的というか思弁的な話にまで脱線。トウマの知的キャパシティを超え始めた時に、ようやっと通信ウィンドウが立ち上がった。
(あーやっと繋がった! 大丈夫かい……って何してるの?)
「暇つぶし、らしいよ。ほらみんな、そろそろ動こうじゃないか」
「はーい」
(……じゃあ状況の確認から行こうか)
すっかり知恵熱を出し始めたトウマを他所に、わらわら集まる4人。特にずぶぬれのリツカを見て色々察したロマニは、特に何にも触れないことにした。
(その前に伝えておかなきゃなんだけど。そっちの特異点との連絡がやや取りにくい。原因はわからないんだけど)
「もしもの時は高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処するってことだね」
「要するに、行き当たりばったりということじゃないかな」
(本当に申し訳ない)怪訝な顔をするライネスに、画面の向こうでロマニは頭を下げた。(ただでさえ、よくわからない特異点だっていうのに)
「別に、構わないわよ。現状でなんとかするしかないわけだし?」
さして気にするでも無く言うクロ。うんうん、と頷くマシュも、表情に不安はない……わけではないらしいが、不安よりも泰然の方が今は勝っているようだ。かく言うトウマの心境も、マシュとあまり大差はない。心配じゃないわけではないけれど、こうしてグランドオーダーが始まってしまえば、心配よりも何をするかという思考の方が前に出る。如何な素人とは言え既に4回目。こと特異点へのレイシフトともなれば、トウマはベテランの魔術師よりも経験値はあると言って良いのである。
ライネスはまだ怪訝な顔のままだが、仕方ない、というように肩を竦めた。
(じゃあ速めに情報を伝えなきゃだね。今マップを送ったから、とりあえず見て欲しい)
視覚野投影された映像に、もう一つデータが立ち上がる。
周囲50kmまで表示された戦域マップ中央が、今自分たちのいる場所だろう。5つの青い
今、自分たちが居るのは、海洋に浮かぶような小さな島だ。面積にすれば10㎢あるかないか。しかも海峡を挟んで5kmもしない地点に、さらに3㎢ほどの小さな島があり、さらに隣には……といったような状態だ。なんとなく、世界地図上で見るインドネシアの島嶼群を思わせる。それかカリブ海に浮かぶ島々か。
(具体的に、どの国のどこの地域なのかすら不明だ。実在の地形データと参照してみたけど、ライブラリには適応地域はない)
「つまり、現実の場所が特異点になったと言うよりは、この土地そのものが特異点として作られたってことかしら?」
(そういうことだと思う。時間座標もぶれはじめてる。大まかに16世紀半ばから後半を指してるけど)
「16世紀の海、ね」
思案するように、ライネスは上唇を指で撫でる。
時代区分で言えば、いわゆる近世にあたるだろうか。世界は未だ市民の物でなく、絶対的な王権が遍く広がっていた時代。特に海ともなれば、やはり大航海時代が関係する……と考えるべきなのだろうか。先入観かなとも思いつつ、それでもトウマはある1人の人物を思い出さずにはいられない。
16世紀の海賊にして、女王が統治するイングランドにてサーの称号を戴いた海軍提督。未踏の世界を乗り越え、無敵を誇ったスペインの艦隊を打ち破った星の開拓者。
即ち、フランシス・ドレイクの存在だ。
Fate/Extraに登場し、主人公が一番最初に戦うサーヴァント。如何にも海賊といった在り方を示した、気持ちのいい女丈夫だ。もし彼女が味方であるなら、これほどまでに心強いものはない。絶対不可能を乗り越えるスキル【星の開拓者】は、まさに今、カルデアの面々が挑んでいる出来事そのものだろう。
だが、敵であれば、間違いなく難敵だ。
Fate/Extraのトーナメント形式と異なり、この戦いは正しく世界を舞台にした決戦。しかも海での戦い。豪放磊落な性格とは裏腹に、アルマダの海戦で見事奇策によって無敵艦隊を撃破した策士としての一面をも持つドレイクが敵になる……あんまり、考えたくないところだ。
《何か気になることでもあった?》
ふと、頭の中に別種の声が響く。マスター・サーヴァント間の
《や、もしかしたら海賊のサーヴァントが出てきたりするのかなって》
《確かに。時代的にもあり得るわね―――それで、アナタの“知識”には誰か召喚されそうなサーヴァントがいるの?》
《まぁうん。1人は》
(当面の問題は移動手段かな。この近辺は島と島の間の距離が数kmだからイカダとか作ればなんとかなると思うけど)
「そんな簡単にイカダって作れるものなのかな?」
(……)
「そこで黙らないでください、ドクター……」
(いやきっと大丈夫! 今回だって、きっと僕たちの味方をしてくれるサーヴァントがいるはずさ。ほら、噂をすればあんなところに海賊が───ってうえ?)
発砲音が響いたのは、その直後だった。