fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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談笑、もとい商談

 「あ、やっちまいやがった!」

 「おいおいどうすんだよ、あいつらが敵かどうかわからねぇって話したじゃねぇか」

 「いやそう言ってもよぉ、あれ拙者の言うことあんまり聞かないから……」

 「テメェあのカリブの大海賊なんじゃねぇのか!?」

 「そうですよー! 所詮金で寄ってきた仲間しかいなかった大海賊ですゥ―! そんな憐れな目でくだちぃ!」

 「だからその気色悪い喋り方やめろ」

「あーもうそんなこと言ったってよぉ、どうしようもないもんはどうしようもありませんので! 第一、仮に俺たちの味方になってくれたってよぉ……この程度でへこたれる奴らだったら、そもそも御用じゃないっしょ。とてもアルゴノーツのクソどもと戦えませんてば」

 「……まぁ確かに」

 「はい拙者完全論破―! 髭おじさんは黙っててくださーい」

 「テメェも髭のおっさんじゃねぇか」

 「あーでもいい。実にいい! 可愛らしい美少女が健気に動き回る様! 清らかな気持ちになりますなァ!」

 「話を聞けや」

 「いやでもあの野郎は許せねぇ……あんなかわいこちゃんに囲まれてよお……拙者の願いをもう実現してやがる! 許せるぞオイ!? ってことで拙者と代われよオラァ!」

 「馬鹿野郎、敵にアーチャーがいるんだから顔を出すな!」

 「え? ……あばー!?」

 

 

 「リツカ、もう少し下がった方が良いと思う。クロも後退、とりあえず行動そのまま」

 「了解。マシュ、一回蹴散らしたら後退するよ」

 「わかりました!」

 「こっちも了解。トーマ、離れちゃダメよ?」

 ぐい、とクロに袖を引っ張られながら、トウマはただただその光景に感心しっぱなしだった。

 唐突に現れた、人間の身体をした何か。如何にも海賊と言った風体の浮浪者じみた何かと接敵してから、僅かに2分。30人はいたであろう海賊たちは残り12人を残して軒並み地面に転がっていた。

 素人のトウマから見ても、とても安定した戦いだった。というより、改めて“サーヴァント”と呼ばれる存在者の精強さを思い知るかのような戦いというべきか。最強の使い魔、ゴーストライナー。それこそ死徒二十七祖に並ぶ力を持つ、人理の影法師。人間など、そもそも相手にすらならないという現実を、まじまじと見せつけていた。

 スキル【奮い立つ決意の盾】により、自身へと攻撃を集中させる傾向性を持つマシュが単騎で突撃。一挙に敵戦力の中枢を大楯で薙ぎ払って瓦解させながら、自らに敵戦力を陽動。同時に後方からクロの狙撃で戦力を漸減させるというリツカの戦術を、サーヴァント2人は全く以て完璧にこなしていた。

 リツカもリツカだ。俯瞰での戦闘風景はライネスに任せるなり、彼女は何の躊躇もなくマシュの傍へと飛び込んでいってしまった。銃弾と剣が交錯する最中にも関わらず、リツカの動きには一切の淀みすら感じさせない。あまつさえマシュに的確な戦術行動を指示する様は、やっぱり、ほれぼれする。

 統制など取れない無秩序な海賊たちに、4人を打倒する術は全く存在しないと言って良かった。

 「それにしてもこれ、ゾンビか何か……なんですかね」

 そんな中。

 トウマは戦闘を意識しながらも、足元で気絶する海賊1人を眺めてみる。

 (ていうより亡霊というか、海賊の思念体みたいなものかなぁこれ)

 「幽霊、みたいなものですか?」

 (そうそう。幻霊以下の霊体が形をとってる、と見るべきかな)

 ロマニの声が耳朶を打つ。足元に転がる、気絶した海賊は一見すれば普通の人間に見える。だがよく見てみれば、なんというか顔色が悪い。死体特有の土色だ、と思案しかけたトウマは我知らずに顔を顰めながらも、じゃあ、と声を続けた。

 「近くに、これを生み出してる何かが居るってことでしょうか。それかサーヴァントの宝具とか」

 (なるほど在り得る。でも周辺走査がちょっと今できないんだ。機器の不調かな……ダ・ヴィンチちゃんにも今調べてもらってるんだが)

 すまなそうに、ロマニが言う。仕方ないですよ、と応えながらもトウマの袖を、クロがくいと引っ張った。

 「それなら目星、ついてる」

 「あ、マジ」

 「どうする、撃っちゃう?」

 一射、放つ。リツカに剣を振りかぶっていた海賊の首すじに矢を正確無比に撃ち込んだクロは、一瞬戦況を把握した後、

 「我が骨子は、捻じれ狂う(I am the bone of my sowrd)

 その剣を投影した。

 『偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)』。正確には、さらにそのデッドコピーである『偽・偽・偽螺旋剣(カラドボルグⅣ)』を投影するなり、クロはちらりとトウマを一瞥した。

 応えるように、トウマは一度、戦闘の渦中へと視線を向ける。手も足も出ないと悟った海賊10人は、尻込みしたように後ずさりを始めていた。

 頃合いと言えば頃合いだろう。元々この戦い、敵を打倒して勝つためのものではない。

 「あ、うん。良いと思う」

 「一応だけど、私も賛成しておこう」

 素っ気なく、ライネスはトウマの声に続く。淡泊さというよりも追認的な発言だろう。クロは小さく頷いてトウマの目を見返すと、投影した螺旋剣を弦へと番えた。

 射までは僅かに秒未満。身体の脱力と同時に放たれた捻じれた矢は、空にアーチを描いた。

 さながら榴弾砲。曲射の軌道を描いた砲弾は一塊になった海賊たちを飛び越え、その背後の森へと急襲した。

 「弾着。今」

 爆炎が炸裂したのは、クロの声と同時だった。

 『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』を行使したのだ。真名解放してない分、威力は低い。耐久Cのサーヴァントでも耐えきれる程度の威力の爆発がぽくりと広がった、その瞬間だった。

 「うおおお!?」

 「あばー!!」

 なんだか。

 妙に緊張感のない悲鳴……というか奇声が聞こえた、気がした。

 (やっと捕捉できた! リツカちゃん、トウマくん、そこにサーヴァントが!)

 焦燥のロマニの声。切実な逼迫の声を裏打ちするようにゆらと森から姿を現した姿は、

 半裸の男だった。

 ふらふらとおぼつかない足取りの男。ここまで近づけば流石にわかるが、確かにあれはサーヴァントだ。サーヴァントに違いない。サーヴァントです本当に。

 遠目でもわかる偉丈夫。うなだれているせいで顔は伺えないが、粗暴さと野卑を蓄えた黒い髭は、獅子の鬣のよう。

 「……あれってそんなカッコいいものじゃないと思うんだけど」

 「俺もそう思う」

 素っ気ないクロの声に、トウマも素直に応じた。

 若干引いてる海賊たちを割って歩みを進めること、マシュの目の前3m。制止した半裸のサーヴァントは一瞬だけ佇立して、

 「女の子にやられて結構嬉しいなと思いつつ、ジョン・ラカムは倒れるのであった。ばたん」

 なんか倒れた。

 「……」

 圧倒的沈黙。なんというか、ここに居る全員15人が、名状しがたいおかしみのような沈黙に口を閉ざすしかなかった。

 大半の人は「うわ……なんだコイツ……」という清らかな侮蔑を隠しもしなかった。特にクロとライネスのドン引きした顔は、最もそれを先鋭化させたものだったろう。若干立場が違うのはトウマくんで、彼は彼として「なんだろうこの既視感……」と侮蔑になりきらないまろやかな同族嫌悪としみじみした同情を惹起させていた。

 ただし、唯一人だけ、周囲とは全く違う感情を沸き上がらせた人物がいた。

 マシュである。未だ世間を知らず、清純に育った16歳の少女は、ごく自然に性善説を信じているし、自分自身もしっかりした格率とはいえないまでも、倫理的な意識の持ち合わせはある。だからその時、彼女だけは倒れ込むなんか変なのに対して、質朴なやさしさを向けた。

 「あ、あの」

 「ピクリ」

 「ヒッ」

 「待ってたぜェ、この“瞬間(とき)”をよォ!」

 「キャア!?」

 「ハッハー! この俺様がよぉ、あんなへなちょこ宝具程度でやられるタマじゃあねぇんだぜ! 拙者を倒したたくば、あの三倍の剣を持ってくるんだなぁ!」

 「マシュ!」

 「あーらカワイイ。 よっしゃあ、まずはこのメカクレ美少女からいただきだぜぇ! ロバーツの野郎の悔しがる姿が目に浮かぶぜ、先におっ死んじまいやがってよォ! 何はともあれ拙者の隠された第二宝具、『ルパンダイ』――」

 「『偽・螺旋剣Ⅱ(オラァ)』!」

 「『ブ』ルァァァァァァァァッー!?」

 「───なんでさ?」

 いやもうほんと、なにこれは。

 頭からつま先まで黒焦げになるなんかやべー奴というこの惨状。他に言うべき言葉は全く思い浮かばなかった。というか如何なる言語体系でもこのあほくさ……惨劇を言い表す言葉などありはしまい。神代の言語(マスターオブバベル)であっても。

 「どっちかというと、統一言語でこんなこと語らせたくないというか」

 「それはそう」

 最もである。最早能面のような顔のクロとライネスの吐露から、静かに目を逸らした。

 他方。

 「先輩―!」

 「よしよし、頑張ったねマシュ。君はまた一つ世界を知ったんだよ」

 「これが世界……」

 「台詞だけだとスポ根漫画の世界編みたいじゃないか」

 「途中展開だらける奴」

 「お、トウマくん理解があるじゃないか」

 「あっしはこれでもそういった文化にはですね……ヘッヘッヘ」

 「美少女とオタク会話だとォ!? 没個性主人公の癖に……いや没個性主人公だから……? 拙者も髪切ってなんなら目の描きこみも無くせばワンチャン……?」

 「秘剣、『燕―――』」

 「アー待って! その構え絶対首狩るマンでしょ! 首、首だけはなんとかご勘弁をば!」

 「クロ、ステイステイ……ん?」

 「どうかした?」

 「や、なんでも」

 そう、と鼻白むクロ。地面に這いつくばる髭面のサーヴァント……とりあえずジョン・ラカム、と名乗ったサーヴァントへの眼差しは、正しく睥睨だ。あるいは蔑視か。どちらにせよ、ろくでもないカスを見る目に違いはない。

 「ま、実際コレが貴重な情報源なのも事実だがね」

 同じく色の無い視線を向けながら、ライネスは心底厭そうに言う。まぁね、と肩を竦めて同意してみせるあたり、クロもライネスも、自分の心情はともあれ客観的に事情を理解はしているらしい。

 「でも、それなら向こうのもう一人に聞いた方が早いんじゃない?」

 「え?」

 顎をしゃくるクロにつられ、先ほどの宝具の着弾地点を思わず見やった。

 焦げた森の淵。確かに一影、何かが揺れた。

 (あー待って……こっちでも捕捉した。確かにサーヴァント、1騎いる)

 どこか苦いロマニの声。相変わらず計器は不調らし。通信越しでダ・ヴィンチを呼びやる声が、どこか小さく漏れてくる。

 「バレてるなら仕方ねぇなぁ」

 後頭部を掻きむしる姿は、酷く無作法だ。粗暴さを感じさせながら、蓄えた白い髭は丁寧に整えられている。身だしなみも品よく、しかしやはり豪胆な眼差しは、飢餓に喘ぐ狩猟犬を想起させた。

 「おっと、待ってくれ。俺は今のところ味方かどうかも不明だが、敵意がないことくらいははっきりしてると思うぜ」

 素早く弓を構えるクロに対し、白髭の男は、至って余裕そうな素振りだ。両手を挙げて降参の身振りをしているにも関わらず、何かその威容は圧倒されるものがある。

 《知ってる?》

 パス越しに、クロの声が耳朶を打った。弓を構える姿勢は、何かあればすぐに射るといわんばかりだ。トウマに念話を送りながら、張り詰めた弦のように全神経を集中させる様は流石に歴戦といったことなのだろう。

 だが。

 《いや、ごめん。知らない》

 《ん、了解。大丈夫》

 ぷつりと削ぐ念話。幾ばくか気が重くなりながらも、トウマもそんな素振りを表に出さないようにだけ、なんとか務めていた。

 「敵意がないかどうかなんて、わかったもんじゃないさ。第一なんで今更」

 「あーそれはあれだよ、ライネスちゃん。タイミングを逃した的な」

 「は?」

 「いやほら、そこのサーヴァントのノリというかテンション的な」

 「あ……」

 種々、察したライネスは眼下に臥せるサーヴァントを見、ただただ困惑の顔を浮かべる他なかった。それを裏付けるとでも言うように、どこか紳士然としたサーヴァントは、初めて鷹揚さをかき消した。

 代わりに浮かべた顔はまぁ当然のように、気まずさである。無作法な様子で後頭部の髪を掻きむしる姿は変わらないが、嘆息でも吐き出すように眉を寄せた男は「俺も」と言葉を漏らした。

 「コイツだけはどうしようもねぇ」

 「だろうね」

 同情交じりに応えたのは、ライネスだった。というよりも、ここに居る全員が異口同音の感想を覚えただろう。げんなりした顔がずらりと並ぶ中、黒い髭面の男は何故かまんざらでもない顔をしている。筋金入りである。

 「それで」ライネスは気だるそうにしながら、プラチナブロンドの髪の毛先を弄った。「取引ってことで、いいんだったかな」

 「そうなる。幸い、こっちの意は斟酌してもらってるみてぇだしな」

 ずい、と酷く不躾に、白髭の男は地面に転がる海賊1人を蹴りつける。小さく呻きながら、体格の肥えた男は身動ぎした。

 死んでいない。いや、亡霊が死んだりするのかどうか不明だが、少なからず気絶しているだけだ。しかも誰一人とて消滅していない。

 即ち、そういうことだ。あくまでこちらの行動は攻撃に対する反撃であり、それ以上の意図はないという意思表示。戦いながら、こちらは敵ではないと示したのだ。不意の遭遇戦の時こそ冷静にならねばならぬ、とはライネスの中の別な人格が、戦術行動前に言ったことだ。そしてライネスは、この海賊たちの意図をも十二分に理解していた。不意の急襲というにはあまりに粗末な攻撃は、翻って言えば統率の不在の証明。偵察のつもりが、勢い攻勢になってしまったと正しく理解していたのである。

 要するに、不本意に開かれた戦端なのであって、戦う意図は双方に無かった。そういうわけだ。

 「もし俺らが本気でアンタらを始末しようとしてたら、その時はその時というわけか」

 「そういうこと。幸い、この海賊程度なら相手じゃあないし。なまじの幻想種……幻獣程度ならなんとかなると思ってるし。それに」

 ちら、とライネスがトウマを見上げる。ふふん、と鼻を鳴らして見せる彼女は、自信ありげだ。

 「対サーヴァント戦になっても不安はないさ」

 《君がいるしね》

 言いながら、ライネスはパス越しに呟いた。契約するサーヴァント同士だけで通じるそれは、ある種秘匿回線に近い。便宜上サーヴァントとして動くため、司馬懿とはマスター・サーヴァントの契約を結んでいた。魔力供給そのものはカルデアから行われるそうで、そちらの負担感はあまりない。

 多分、彼女はあの渾名のことを言っているんだろう。素人同然から素人に毛が生えた程度にはなったとはいえ、どちらにせよ立華藤丸はなんら頼りになるところ少ない。対サーヴァント戦のスペシャリストだなんていうのは、分不相応が過ぎると思うけれど。

 そう、ならなきゃな、とは思いつつ───。

 得心した風の白髭の男。壮年に刻まれた深い皺のある顔立ちは、やはりそれだけで威容さを思わせる。

 そんな男が、一度、ぐるりと5人を見渡す。手遊びのように長い髭を撫でた男は、内心での自問に自答したのか、一度頷きを見せた。

 「俺のクラスはライダー。真名はコロンブス。クリストファー・コロンブスだ」

 さらり。堂々と己が真名を口にした髭面の男クリストファー・コロンブスは、続く言葉を、酷く慎重に舌先に滑らせた。

 「一応聞きたいんだが。お前さんたち、アルゴノーツのサーヴァントじゃあないだろうな?」

 聞きなれない───いや、最近聞き知った言葉が、脳髄の表象をかける。

 「私たち、ギリシャ人に見える?」

 「いいや、見えねぇな」コロンブスは、クロを不躾な目で眺めやった。「特に嬢ちゃんは土人か何かの英霊かって感じだな、得物も野蛮極まりない」

 「アナタみたいな善良なキリスト教徒には、そう見えるでしょうね?」

 平然と罵倒を返すクロ。目を白黒させるも一瞬、コロンブスは、わざとらしく肩を竦めて見せた。

 「ま、残当なリアクションだわな」特段悪びれる様子もなく言うと、「アルゴナウタイの連中じゃあないならいい」と付け加える。

 「ついてきな。儲け話といこうじゃあねぇか!」

 「───いや顔怖っ。というか表情筋が自由すぎる」

 「歯茎綺麗ね」

 「歯並びは兵士級みたいだな。まりもでも食べてるのかい?」

 「トラウマだァ」

 「あの、先輩方。コロンブスさんが泣いていますので……」

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