fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
クリストファー・コロンブス。
その名前を知らぬ者は、恐らくいまい。スペインから出立し、アメリカを“発見”した探検家にして航海者。間違いなく人類史の進展を最も推し進めてしまった人物であり、ある意味でこの人物を基点に特異点が生じてもなんらおかしくないほどの男。それだけ、人類の歴史の中で重要な位置づけを持つ人物である。仮に、この男がアメリカを───といっても本人はあくまでインドと思っていたが───発見しなかったら、人類の“発展”がどれほど遅れていたかは想像を絶する。
だが、その煌びやかな存在意義と相反するように───あるいは、不気味な双生児のように───存立する現実が、ある。
クリストファー・コロンブスは決して理性と良識を分け持つ人物でなかったのである。端的に言えば人間の屑に違いないが、さらに他方で、そうした倫理的判断に対して歴史的相対主義から、したり顔でコロンブスという人物を擁護する向きもなくはない。要するに、当時のキリスト教にとっては、白人以外はそもそも人間ですらなく、また単純な労働力の搾取という観点からすれば、古くは人間が禽獣を家畜にしたことと大差ないという指摘である。
だが、そうした発想が、実は単なる事実言明の表明であって、価値的言明とは全く異質であることを、歴史的相対主義者たちは理解していない。『みんな違う』という相対主義的発言は正鵠を射るのだが、そこ前提から『みんな良い』という結論を導く論理的根拠は、一切不在なのである。
クリストファー・コロンブスという人物をどう評価するかは、極めて多義的にならざるを得ないだろう。評価者のスタンスをある意味で試されるという点では興味深い事象であり、それ故に、マシュ・キリエライトは、その人物を前に当惑に近い足踏みを繰り返していた。
……
「つまり、君たちはアルゴノーツのサーヴァントを名乗る武装勢力と交戦している、と」
「まぁ、要するにそういうことだな」
ごく淡々と頷くコロンブス。どかりと椅子に座っては、木を組み上げたコップに並々と注いだアルコール飲料を呷った。
レイシフトした地点から、およそ3km。茂る森の中を歩くこと20分弱、唐突に現れたそれは、正しく隠れ家というべきものだろう。
樹上に建築された木製の家。ぱっと見鳥の巣に見えるその中身は、明らかに外見とは相反する広さだった。
司馬懿ことライネス・エルメロイ・アーチゾルテは、無論それが魔術によるものであることを承知している。リツカはどうだろう、ぼけっとしながらきょろきょろしている様は、なんとなく思考停止しているように見える。
最も、それが自分の役割であるとライネスは理解している。海賊の亡霊が持ってきた酒類には手を付けず、カルデアから持ち込んだティーカップに注いだ紅茶を口にしては、施設備品にしてはそこそこおいしいチョコ菓子を摘まむ。吹き抜けの窓から空を見上げると、青白い月が空に浮かんでいた。
「君たちがこの土地に召喚された頃には、もうアルゴノーツのサーヴァントとやらは居たのかい?」
「というより、そいつらに抵抗するために俺らが呼ばれた、らしいぜ。俺らの大将が言うには、大魔女が俺たちを召喚したとか言ってたな。まぁ俺たちが召喚された頃にはもうやられちまってたらしいが、そんなこんなで俺たちは徒党を組んでギリシャの英雄様と戦ってるってわけさ。ここも、そうした抵抗活動の拠点の一つってこった」
他方、クリストファー・コロンブスを名乗るサーヴァントは、どこかうきうきしながら白い球体の皮を剥いでいた。ゆで卵である。如何にも粗暴そうな見た目に反して綺麗に一つ向くと、一口で丸のみにしてはむしゃむしゃと咀嚼していた。
「それで、アルゴノーツのサーヴァントたちの目的は」
「神代回帰、だそうだ」
さらにもう一個。口に放り込んだコロンブスは酷く、不快そうだった。一度足を組んでから気まずそうに足を崩した髭面の男は、それでも不愉快さだけは隠そうともしなかった。
「そんなことできるのかな、いくら聖杯でも」
そんなコロンブスの素振りは敢えてふれず、やはり思考停止してそうな顔でリツカが言う。それにはライネス自身も頷いた。
神代回帰。時代を無理やり現代から逆行させる、大権能に匹敵する魔法事象。分類すれば第五魔法に近しいそれを為すのは、いくら万能の願望機たる聖杯を用いたとしても果たし得るかどうか。それは、疑問符付としか言いようがない。
───いや、不可能、というわけではない。あるいは、それを可能にする手段はある。
脳裏に浮かんだ可能性を微かに念頭に残し、ライネスはとりあえず思考を保留することにした。恐らくして、考えても詮の無いことだ。
というより、これで確定したことがある。自分たちが倒すべき相手は、アルゴナウタイを名乗る武装勢力。この近世16世紀の時代で神代回帰など惹き起こしようものなら、間違いなく人理定礎は崩壊するだろう。
「んで、どうだい星見屋さんたちよ。聞くところ、俺たちとお前さんたちの目的は一致しているように見えるぜ? 俺たちは一緒に戦う戦力が欲しいし、お前さんたちは人理とやらの修復がしたい」
「win-winてわけか」
先ごろの不満はどこへやら、満足気な顔をしたコロンブスはニコニコと頷いた。
本当ならば了承するところなのだが。金糸をより合わせたような繊細な髪を無思慮にかきまわすと、まさに面前でふんぞり返る男を注視した。
クリストファー・コロンブス。人類史を切り拓いた英雄であり、アメリカ大陸のインディアンを恣に辱めた殺戮者───。
「別にいいんじゃない?」
「リツカ?」
「いやだって。コロンブスって頭良くないじゃん。歴史的にも」
「……」
「リツカ……」
「事実でしょ。目先に欲がくらんで先走っちゃうっていうか。奴隷送って女王様に怒られるエピソード、流石に草っていうか」
「いや、まぁ事実だがよ」
少し、照れたようにコロンブスは肩身を狭くした。むう、と不服そうに髭をなでつける男を後目に、ライネスは思わずリツカを見やった。
サイドテールにした鉱山排水のような髪に、腐食鉄を思わせる鈍色の目。東洋人らしい童顔に反して、不気味な理性を漂わせる面持ち。ライネスは知らず、渇いた唾液を嚥下した。
単に、コロンブスを侮っているわけではない。仮に謀略があっても突破できるという自負……いや、それは客観的信条を、素朴に表明する目だった。
それに、そもそもこちらに手札が無いのも事実ではある。コロンブスの提案は魅力的……というほどではないけれど、無視するには惜しいものだ。他に、選択肢はないのだ。
「じゃあ契約完了ってことで……って顔怖っ!?」
「あぁすまねぇ、浮かれるとちょっと顔が緩んじまう。そこの嬢ちゃんも怖がらせちまったな」
「い、いえ……大丈夫です」ぎこちない苦笑いを浮かべるマシュ。恐る恐る彼女はコロンブスを伺った。「歯、綺麗ですね」
それにしても、ちょっと顔が緩むレベルじゃないと思う。千年アイテムで闇人格でも発生してそうな表情筋の蠢き、果たして本当に常人なのか。いや確かにやってることは常人ではないけれども。
「じゃあこれで決まりだ。まずは本隊……うちの大将と会ってもらうとするか!」
「随分
※
───なんでよ。
クロことクロエ・フォン・アインツベルンの胸郭に先ごろから去来し続ける情動は、とにかくその一言で集約されていたりした。
「いやあ師匠の見識はやはり目を見張るものがありますなァ」
「まああのアニメに関してはそういう解釈も……というああの、ほんとそれ辞めてもらえますか」
倒木を椅子代わりに、何やら面妖な会話をするトウマと黒髭のサーヴァント。じとっと眺めるクロの視線など気にも留めずに白熱? した議論をする2人は、それはなんとも楽し気である。
この隠れ家に連れられること20分。話の邪魔だからと追い出された黒髭の男の、せめてもの会話相手としてトウマが付き合うことになったのだが。
「あ、あれは御覧になっておりますかな? Rainは」
「あーありますあります。ゲームもやりましたよ」
「うひょー! こいつぁすげぇ! やはりタチバナ氏は拙者の師匠に相応しい人物ですよホント」
「どちらかというと遠慮したい」
「辛辣で草wwwおっと失礼、草に草は生やさないんでしたな」
「まぁ、多少は、ね?」
なんのことだか、クロにはさっぱりわからない。少なくとも、品性など欠片も存在しない会話であることに違いはないだろう。
とは言え、とコーヒーを口にしながら、クロは思う。いつもより、トウマの様子は楽し気だ。普段からあまり緊張感のない人物だけれど、それでも今ほど気楽な脱力を感じたことはない。
───サーヴァント、エドワード・ティーチ。それがこの髭面半裸の男の真名だ。17~18世紀にカリブ海を舞台に活躍した、正しく大海賊と呼ぶに相応しい人物である…はずなのだが。
「拙者は唯依派ですなぁ。いやいいんですけどね、
「イーニァ好きですまんな」
「あーいえいえ、批判しているわけではなくてですね。というかタチバナ氏、やはりメインヒロインはその……?」
「リアルとフィクションの違いくらいは弁えておりますので」
「ただのオタクだこれ」
何がどうしたら、かの有名な大海賊がこうなるんだろう。ジョン・ラカムの名を騙ったりする知悉もあるし、なんなら相手に併せて在り方を選ぶという逸話から裏があるとも踏んだのだが……明らかにこのオタクムーブは根っからのものだ。完全な理外の出来事に考えるのを辞めながらも、それ故にクロは幾ばくか不機嫌だった。
不機嫌というよりは不満。対象不在のネガな心情を持て余しながら、クロはずるずると若干冷め始めた無糖のコーヒーを口にしていた。
「ベシ」
「あ痛っ。どしたの?」
「別になんでも」
むう、と頬を膨らませる。疑問符顔のトウマに何か焦れるものを感じ、一層募るもやもや感。ぱたぱたと両足をばたつかせたクロは、すん、と鼻を鳴らした。
「ちょっと見回り、行ってくる」
「あ、クロ」
「アルゴノーツのサーヴァントって奴が来るかもしれないんでしょ」
背後に聞こえる、耳馴染みのある少年の声。むすっとしながら地面を蹴り上げたクロは、雀鷹のような軽やかさで飛び上がった。
左手に投影する黒い洋弓。樹々の合間に紛れながら駆ける彼女の足取りは、何事かを追跡するかのよう。
途中。ウバメガシの枝に足をひっかけたクロは、何するでもなくぶらりと身体を枝にぶら下げた。
足の甲を枝に引っ掛け、重力に身を委ねる。髪の毛も何もを垂らしてぶら下げる姿は、黒い外套も相まって蝙蝠を思わせた。
両上肢すらだらりとぶら下げたクロの【千里眼】は、数百メートル離れた距離でも、微かな樹々の合間から自分のマスターの動向を把握できる。
立華藤丸。年齢、16。何の変哲もない、問答無用の一般人。ちょっと童顔で、ツーブロにした黒い短髪は少し癖がある。
マスターの名前を、口にする。口唇に馴染む、放射性崩壊しかける言葉。生唾を嚥下すと、クロは我知らずに胸骨を抑えた。
いつの間に、こんなものが生まれていたのだろう。まるでアプリオリに凝っていたかのような心地よい苦悶。静観するはずだったそれ、いつの間にか肥大化し別なものに浸潤していた感情。そういうものなのだから仕方ないのだろう、か。
「あーもう」
ぐるり。両腕を振る反動で身体を起こし、枝の上に佇立する。納まりの悪い硫化銀の髪をかき交ぜたクロは、ただただ、いつの間にか自分の胸郭の裡に息づいていた少年のことを、思索することにした。
空を、仰ぐ。
青く、抜けるような空。蒼褪めた月は、まだ空に居た。
※
「タチバナ氏は愛されてますなぁ」
サーヴァント、エドワード・ティーチは走り去る赤い影を、しみじみと眺めた。
もう話は終わったころだろうか。それとなく頭上の隠れ家を伺いながらも、大海賊として嵐を渡った男は、つい先ごろ師匠になった少年の気まずそうな顔を大らかな気持ちで見やった。
「まさか、気づいてないとか仰らないでしょう」
「仰りません」健やかな短髪をかきまわしながら、トウマは身を屈めた。「仰りませんけど、でも自信もないっていうか」
「あー」
「いやさ、だって俺別に何かスゴイわけでもないし。正直、マスターとしても微妙っていうか」
決まり悪そうな苦笑い。拾い上げた植物の種子を指で弄ぶ少年は、要するに、まだまだ子供なのだ。あるいは臆病。なるほどこれが主人公、と別に活用する当てもなさそうな脳内メモに記載する。
「なんで俺なの、とは思うというか?」
ほい、と放り投げる種子。
「まぁでもちょっとわかる」
「そう?」
「いやなんといいますかな。拙者に寄ってくる奴らって、野郎も女もただ金と暴力を求めてきただけだったんだよなぁ~と言いますか。別にオレを恃みにしてくれるわけじゃあ無かったんだよなぁーなんて」
鬱蒼と茂る樹々の合間、まだ明るい青空を見上げる。
金銀財宝を手に入れた。情婦だって両手で収まらないほどに居た。ともに船を並べた仲間もいた。
さりとて、果たして真にエドワード・ティーチという人物の人となりを当てにした人間がどれほどいただろう。そういった思考にセンチメンタルを惹き起こすほどに、エドワード・ティーチは初心でもなければ純粋でもない。英霊の座に召し上げられてこの方、幼馴染系ヒロインというかそういう産物が居たらもっと良かったなぁと思う黒髭なのである。
「それで、どこまで?」
「え……?」
「いやーだってサーヴァントだから。マスターさん、合法ですよ合法ロリ! これはやるっきゃねえ!」
「えーと」
「ホラホラホラ」
「一緒に寝てるくらい……?」
「もう攻略済みやんけ。あともうトゥルーエンドの最後のボテ腹CG見るばかりの段階やないですか」
「いやその……あーでも手……は、繋いだかな?」
「順番どうなってんの? いやっていうかやっぱ許せねぇなオイ! 純粋無垢な子犬みたいな振りして猛獣じゃねぇかってあばー!?」
「トーマ、大丈夫?」
「あっはい。大丈夫です。というか黒髭、大丈夫?」
(タチバナ先輩、こちらの話は大体まとまりました……って何でまた黒髭さんが黒焦げに……?)