fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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蠱毒のアマリリスⅠ

 レイシフト当日

 PM18:46

 

 群生するかのように点在する嶼の一つ。

 広さにして2㎢に満たない小島は、小ささに反して切り立った海岸に囲まれた峻厳な島である。

 ほとんど岩塊をより合わせたみたいな風体の島には、海風に強い海浜植物が蝟のように突き立っている。

 その他、生物の気配はない。何処かから運ばれた虫や鳥が散見されるだけの、寂しい島。無論人間などいるはずもなく、またその居住性の悪さから、反アルゴノーツのサーヴァントたちの活動拠点も存在しない。

 にも拘らず、その時だけは様子が違った。

 一羽、木に足を止めたウミネコは、眼下に黒い鳥を見つけた。

 大きな、鳥。醜いほどに黒い、家鴨の雛のような鳥である。小さく蹲る姿は痛々しくもあり、実際のところ、その鳥は酷く傷ついているように見えた。地面に、赤黒い液体が散らされている。

 ひょい、とウミネコは鳥の近くに飛び降りた。翼を器用に動かしスピードブレーキにし、一挙に減速。揚力を漸減させながら舞い降りる様は、軽やかだ。

そうして、白いウミネコは黒鳥の頭へと飛び乗る。覗き込むように顔を伺うと、明敏な不機嫌さが見返した。

 「触らないで。今、私、不機嫌なの」

 振り払うように頭を振る、黒い家鴨。ウミネコは一度翼をばたつかせて木の枝に飛び乗ったが、それでも、もう一度家鴨の元へと舞い降りた。

 「さっさとどかないと鳥刺しにするわよ」

 じろり。

 鋭い血濡れの視線は、彼岸花(アマリリス)を思わせる。白いウミネコは思わず気圧されたが、それでも今度はどかずに、むしろその大きな鳥の懐へと飛び降りた。苛立たし気な嘆息。睥睨の一瞥は相変わらずだが、特段暴力に訴える様子もない。自分の大腿部の上をちょこちょこ動き回るウミネコに対して、何かを害する気はないらしい。

 というより、それだけの気力すらないというべきか。何にせよ害意がないと理解したウミネコは、があがあ、とやかましく鳴いた。

 「煩いわね。ホント、こんな身体じゃなかったら八つ裂きにしてるところよ?」

 ぎゃあ、と呻く白い鳥。小さく笑って見せた黒鳥が手を伸ばす。

 軽く、小さな頭を撫でつける手。ぎこちなく蠢くような指の動きは、凍てついているかのよう。端的に不快な手触りに抗議の叫喚をあげると、彼女もやはり不愉快そうに手を放した。

 「まぁでもいいわ。人間と違って気持ち悪くないし」

 罅割れたような声は、苦悶が漏れたかのようだった。顔覗き込むウミネコの素振りをはねつけるでもなく、黒い雛は「気持ち悪い世界」と痰のような言葉を吐いた。

 同時。

 けほ、と咳き込む。空咳と一緒に吐き出した黝い血に塊がべたりと雛の黒翼にへばりついた。

 「もう、汚い」

 苛立たし気にそこいらの葉っぱをむしり取り、削ぐように擦り落とす。滑稽なまでの偏執な身振りは、少なからず野生の生物であるウミネコには理解しがたいものではあった。

 と、雛は弱弱しく立ち上がった。

 深い海原を思わせる目が向く先、暗い帳の堕ちた海際に、何かが閃く。舌を打つ彼女の表情の峻烈さは、これまでの比ではない。

 「しつこい連中ね」

 鋭利な敵意。殺意にまで収束する眼差し。それは決して獣の論理ではなく、強烈な我意なせる人間の業。

 「行きなさい。じゃないと私と一緒に死ぬわよ」

 情など一切ない、冷ややかな一瞥だった。応ずるように一度啼いた海鳥は、ぱたぱたと走りながら、崖から飛び降りる。

 巻き上げる海風。広げた翼で揚力を掴み取ると、白い躯体は瞬く間に空へと飛翔する。

 ほんの束の間、歴史には決して何の影響も及ぼさない細やかな邂逅。

 最後に彼が見たのは、地を翔ける猛禽の姿だった。

 

 

 「おめぇらうるせえぞ! もう少し静かにできねぇのか!」

 怒髪天といったような叫声。びくつくように肩を震わせた海賊……正確には海賊の妄念たちは、小さく声を漏らしながらも忙しなく船上を駆けまわっている。

 「あーしてると、なんかまともな海賊って気がするわね」

 船の隅、小さく丸くなるクロの声は辛辣さ半分呆れが半分といった感じだ。「まぁ確かに」と応えるトウマも内心はさして変わらなかった。

 帆走フリゲート艦、『アン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)』。17世紀のカリブ海を荒らしたガレー船は、反英雄エドワード・ティーチの宝具だ。

分類としては、常時発動型の宝具に相当する。総数24の砲門による斉射の火力は尋常でなく、事実本特異点での戦闘では大型の幻想種───あのレルネーのヒュドラを撃破したのは、このみょうちきりんなサーヴァントの宝具であると言う。

 「あの時は喝さいもんでしたよ。正直、アルゴノーツのサーヴァント相手にいつもしてやられてましたからね。あ、これどうぞ」

 世話係を務める亡霊1人は、晴れがましく言う。恐怖政治を敷いていたと思われがちだが、実際のところはその粗野に見合っただけのカリスマを兼ね備えたというところか。

 「これ何?」

 「はぁ、サプリメント……とか言ったような気が。なんでもビタミンC? とかいう栄養を補給するものだそうで。疲れた時なんかいいですよ、酸っぱくて」

 手渡されたそれは、ぱっと見錠剤だ。三角形で真ん中にCの掘り文字がある様は、妙な既視感を覚えるが。

 「医神先生からいただいたんでさぁ。なんでも船旅にはビタミンCを摂れとか言われましてね。あたしら亡霊なんですがねえ」

 「医神……て」

 「へえ、アスクレピオス先生です。今はケイローン先生が作ってくれてますがね」

 思わず、トウマはクロと目を合わせた。

 医神、アスクレピオス。その名を知らぬものはいまい、古代ギリシャに名高き医術の徒であり、その卓越した手腕だけで神の座を戴いた人物だ。極まった医学の才は死者蘇生まで可能にしたと言うほどで、アスクレピオスの杖は医学の象徴にすらなっている。

 そして、ケイローン。粗暴なケンタウロスの中にあり、百科専般と呼ぶにふさわしい多才を極めたギリシャの賢者。Fate/Apocryphaの”黒のアーチャー”、と言う方が、トウマとしてはなじみ深い。

 だが、彼らはそれこそ神代ギリシャの英雄たちではなかった。しかもアスクレピオスはアルゴー船に乗り込んだ1人。ケイローンはアルゴー船にこそ乗っていないが、乗組員の多くを育て上げた、言わば師と呼ぶに相応しい人ではないか。そんな英雄たちが、味方に居る、ということなのか。

 敵も、一枚岩ではないということか。未だ戦ってすらいない───あるいは本当に敵かどうかすらわからないサーヴァントの姿を夢想して、トウマはぞわりと身体を震わせた。

 「医神先生はもういないの?」

 「第7拠点攻防戦の時に敵のサーヴァントにやられちまって。あんなデカブツには流石に敵いませんで」

 「デカブツって」

 「ヘラクレス、だって」

 と、声が頭頂を突いた。

 顔を上げると、どこかぎこちない顔立ちをした赤銅色の髪の少女……藤丸立華の顔があった。

 というか、なんか顔色が悪い気がする。うぷ、と口元を抑えながら、リツカは「さっきコロンブスに聞いた」とひ弱そうに声を漏らした。

 「アルゴノーツのサーヴァントに居るらしいよ。かの大英雄、ヘラクレスが」

 ヘラクレス。特異点冬木でも遭遇した、最強のサーヴァント。

 あの瞬間が、脳裏を過る。闇夜の中に蠢く腐肉のような黒体。暴風そのものと言って良い。クロはなんとかあれを倒してみせたが、それでもギリギリだった。

 ……事実、あの時の戦闘でクロは左半身をまるごと抉られた。サーヴァントでなければ即死しかねないほどの重傷を、負わせてしまった。

 「どしたの、トーマ?」

 きょとんとした顔のクロ。いや、としか応えられなかったトウマは、ただただ黒い短髪をかき回した。

 ……むにっ。

 「あひゃ!? って何?」

 「んー別に」むにむに、と頬を摘まんだクロは、小悪魔っぽい媚笑をくゆらせた。「かわいいなーと思っただけ」

 「そう、かな?」

 酷く間抜けな返答をしたトウマに、クロは満足気な様子だ。よしよしと頭を撫でつける姿に、ただただトウマは火を噴くほどに顔を真っ赤にした。

 ……なんというか、クロは大分大人だと思う。サーヴァントは全盛期の姿で召喚され、精神性は比較的身体性に寄るのではなかったのか。いや、自分の精神性が女子小学生以下ということか……?

 若干の疑問符を頭に浮かべながらも、トウマはただクロの頭部マッサージに身を委ねることにした。心情、恥ずかしさが3割だったが、妙な心地よさが4割だったのである。残り3割は―――照れだろうか。志向性が明敏になった格率を、トウマは理解していた。ある種の、浅ましさである。

 「クロちゃんとトウマ君ならヘラクレスくらい大丈夫って伝えといたよ」

 「無理言うわねリツカ……」

 「後は誰居るって言ったかな、オ、オデ、オデュ……オ、オエェェ!」

 「汚ねぇ!?」

 「大丈夫ですかい」

 「いや船酔いがやばくて」

 「あぁそれはいけませんね。酔い止めの薬とポ〇リ持ってきますわ」

 「〇カリあるんだ……」

 「へえ、医神先生が」

 すっかり顔を青くしたリツカはぐたりと座り込んだ。吐物を海に撒き散らしたあたり冷静なのだろうが。

 口元のゲロだけは何とかした方が良いと思う。トウマが差し出したハンカチで口を拭うと、リツカは低く唸るように呻くだけだった。

 それにしても、リツカの具合の悪そうな様子は尋常ではない。うぷ、と肩を揺らしては、リツカはふらふらと頭を揺らした。

 「お、オ……」

 「袋、エチケット袋!」

 「え、ト、投影(トレース)

 「オデュッセウス!」

 「ゲロじゃないんかい」

 「オェ」

 「開始(オン)!───はいこれ!」

 「オエー!」

 「ゲロなんかい」

 鳥みたいな悲鳴とともに吐物を盛大にぶちまけると、多少、リツカは落ち着いたらしい。ため息交じりに深い息を吐くと、「中々大変な敵だね」と他人事に言った。

 オデュッセウス。英傑ぞろいの古代ギリシャにあり、名軍師の名を恣にする名うての知将。アルゴー船の旅の他、己の名を冠する貴種流離譚、イリアスの『オデュッセイア』に登場する英雄だ。

 「後4人居るって言ってたかな。いやあ、とんでもない強敵じゃあないか」

 「離反者からの情報ってわけ?」

 「それと内通者もいるんだって。あ、ポカ〇どうも。」

 「本当に〇カリあるのか……」

 まずは水を一口。錠剤をのみ込むと、リツカはコップに並々注がれた電解質補給用の清涼飲料水を凄まじい勢いで飲み干した。

 「もう一杯飲みますかい」

 「あーごめん、頼みます」

 「それで、勝ち目はありそうなの?」

 「さぁ」

 倉庫に向かう若手の亡霊を見送ったリツカの声は、いつも通り覇気もなにもあったものではない。

 大らかだけれど、泰然自若というわけでもない。纏う、ぽわぽわした空気。それこそ地方国立大学の腑抜けた大学生、といった印象が一番しっくりくる。少なからず、戦場などという血の気の多い場所とは全く不似合いだ。

 立華藤丸が、ある種最も尊敬する人物。その胆力は尋常でなく、判断力は剃刀のよう。魔術はさして得手ではないらしいが、それでもトウマにとっては、あらゆる面で優れた人物であることに疑う余地はない。

 「ヘラクレスはクロちゃんとトウマ君でなんとかするとして。オデュッセウスもまあなんとかなる」

 「スゴイ台詞」

 「向こうは1人でしょ? こっちはライネスちゃんと私の2人がいるわけだし、単純な数の比較。あとは向こうの戦力とこっちの戦力次第」

 ごく自然に、リツカは言ってのけて見せる。間延びしたような顔をしながら、リツカは一つ結びにした髪をかき回した。

 「まぁ、なんとかなる」

 「なんとかならなかったら?」

 呆れすらなく目を丸くするクロに、リツカはただにへら、と笑みを返した。

 「頭をかいて、ゴマかすよ」

 クロと、目を合わせる。

 相も変わらずの表情を浮かべるリツカ。その曖昧な輪郭の顔に奇妙な安心感を覚えながらも、いや、だからこそと言うべきか。

 自分より3つしか違わないこの人は、一体、何者なのだろう?

 澱のようにたまる解答不在の疑問符。えも言えぬ感情を踏み砕いたのは、不意に迸った光軸の群れだった。

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