fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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蠱毒のアマリリスⅡ

数分前

アルゴー船船上

 

アーチャー、アタランテはその時、不気味なまでの闃然のただ中に居た。

無風の凪。雲間から差し込む月の光は壮麗かつ耽美な美質を孕み、大海を舞うように踊っている。

普段の彼女であれば、その光景に空を仰いだことだろう。彼女が信仰する月の女神アルテミスへと祈りを捧げ、粛然としたはずである。

だが、その時彼女はただ目を伏せるばかりだった。あるいは、それは逃避的な仕草ですらあっただろうか。彼女の胸郭を占める情動のほとんどは、はしたない不純物と化した自己への嫌悪感である。僅かに残った知性もほとんどは後悔と陰険さだけを志向し、全く以て彼女らしくない有り様だった。

「どうした」

「いや」

硬質な声が耳朶を打つ。全身を黒い甲冑に身を包んだ男───オデュッセウスの声色には、一切たりとも情動が籠っていない。元より犀利によって英霊の座に召し上げられた人間の内面性など、アタランテには理解不可能な産物である。同じように硬質な声で応じると、アタランテは「心配は無用だ」とすげなく続けた。

 「気持ち一つで技倆が狂うほどに立派な腕ではないつもりだ」

 「ならいい」

 やはり、オデュッセウスの声は硬い。取り付く島もない苛烈さすら感じさせる声に、アタランテも鼻を鳴らすばかりだった。

 どちらも、人のことは言えたものではない。所詮は意地汚く過去に縋る阿呆、これならいっそカイニスかディオスクロイの方がまだマシというものだろう。ヘラクレスの高潔さに至っては、ただただ平服するしかない。

 だが、そのヘラクレスを利用しようとしているのは正しく自分達なのだ。神代へと還るなどという世迷言のために、その清廉を食い物にしようとしている。

 「時間だな」

 舳先へと立つオデュッセウス。掲げる右手が合図で、アタランテは黙然と頷いた。

 構えるは天穹の弓、タウロポロス。月の女神より授かりし神弓の弦に小源より練り出したる魔力の矢を番えると、アタランテはその切っ先を天へと掲げた。

 「放て!」

 「『訴状の矢文(ボイポス・カタストロフェ)』!」

 弦から射出される矢、向かう先は遥かに果ての夜天。アタランテの視界にすら補足できない高度までを貫くや、星光の天がざわりと軋んだ。

 粟立つ星の光。満天を塗りつぶすほどに閃きが押し広がるや、闇夜にぽつりと浮かぶ小島へと閃光が屹立した。

 さながら流星雨。夥しいまでの光は、まさしく矢という他あるまい。無限にも等しいほどの光軸は、瞬く間に直径5㎢ほどの小さな島を焼き尽くした。

 「総員状況開始、敵性サーヴァントをここで撃破する。敵が神霊の類であることを忘れるな!」

 

 

 戦闘地点より南東2km

 陸上、離れ小島にて

 

 「視覚共有完了。そっちどう?」

 「目視確認完了。クロちゃん、ナイス」

 「ども。マシュとトーマは見えてる?」

 「はい、こちらは大丈夫です」

 ちらとくれる見上げる一瞥。うん、と返したトウマは、樹々の隙間からその光景を目にした。

 焼け野原と化した隣の小島で繰り広げられる閃光の交錯。3km離れているというのに響いてくる甲高い絶叫のような剣戟音。間違いなく、それは殺意の激突する騒めきに違い無い。

 クロとの視覚共有を行っていることもあってか、この長距離にも関わらずその光景は明瞭に見て取れる。襲い掛かる無数の霊体───いわゆる黒髭の率いる海賊の亡霊に類するもの、計30に相当する戦力で以て、ただの1騎に襲い掛かっている。

戦闘、というよりはむしろ狩りに近いような印象を受ける。数を恃みにした制圧戦とでも言うべき状態は、粗暴な殺し合いではなく知的な秩序によって統制された戦術行動そのものだ。英霊オデュッセウス。古代ギリシャに名高き知将。否が応もなく意識に昇る名前に、トウマは怖気を惹起させた。

 (データリンク共有完了。サーヴァント同士の戦闘と見て間違いないかと思います。その他霊体の数もそちらのマップとデータ共有終わっています、魔力計数からサーヴァントは2騎)

 マップに明滅する無数の光点(ブリップ)。オペレーターの女性の声は努めて落ち着き払っているが、却って事実の重大さを感じさせる。

 「ライネスちゃん、どう見る?」

 (半包囲か。一気に仕留めにかかるっていうよりも消耗戦に持ち込んでるって感じだと思うよ。右翼が突出しているのはちょっとわからないけど)

 カルデアとの通信とは別に、もう一つ映像通信ウィンドウが立ち上がる。

 『アン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)』船上、ライネスは、至って冷静な様子だ。ステータス上、根本的に戦闘には向かないことを考慮し、カルデアからの戦力を中心とする索敵班ではなく、ライネスは後方支援に徹することとなっていた。

 「ちょっとどれがサーヴァントかわからないわね」

 クロは舌打ち混じりに眉を潜める。乱戦であることに加えて何せ夜。煌々とする街中ならともかく、何分星と月しか光源がない状況ではいくらアーチャーの視界とて限度があるということか。

 「コロンブス。確認なんだけど、あのサーヴァントは仲間じゃないんだよね」

 「あぁ、こっちに誰か来るってのは聞いてねぇな」

 (はぐれのサーヴァント、ねぇ)

 どこか探るようなライネスの声。ふむ、頷くリツカも、眉間に皺こそ寄らないが思案気だ。

 「それで、どうする。死に物狂いのあちらさんには悪いが、ここは静観すべきだと思うんだが」

 「まぁ確かに」

 生返事をするリツカ。コロンブスの提案は簡単で、言ってみれば、あそこで戦っているサーヴァントを見殺しにした方が良い。そう言ってるのだ。

 当然と言えば、当然の思考。徒な戦闘をしかけても、リスクに対するリターンがあるとは確約できない。しかも敵は精強なアルゴノーツのサーヴァント。リスクの高さは言うに及ばずだ。もちろん、はぐれサーヴァントを味方に引き込む算段もあった上での発言だろう。クリストファー・コロンブス、船乗りとしての打算は人並み外れているはずだ。仲間に引き入れる可能性を加味した上で、ここは見捨てるべき。そう、言いたいわけだ。

 諦めた方が合理的。トウマは、それをちゃんと理解する。理解した上で、胸郭に浮かんだ引き絞るような情動に顔を顰めた時だった。

 明滅する光芒。奇妙な球形の物体へと襲い掛かる姿は、鳥を思わせる。飛翔からのパワーダイブでもって得物を斬殺する姿が、空高き猛禽を想起させよう。だが何故だろう、その姿に不気味な優雅さが宿る。

 刹那に浮かんだ姿は白鳥。だが白鳥というにはあまりに禍々しく。何よりも、酷く、耽美なほどに醜く───。

「あ、ちょっと見えた───てトーマ?」

「あのリツカさん、やっぱり助けに行くのって難しいですかね?」

「ふむ。じゃあ助けよう」

「ですよね、やっぱ……ってあれ?」

 見返す、リツカの目。逡巡すら無く応えたリツカの顔には、何らの恐れもなく、そうしてただ端的な事実を捕捉しただけの目が、勇躍と閃いていた。

 「トウマ君の勘が助けた方良いって思ってるわけでしょ。なら行った方が良い。トウマ君の勘は信頼できる。多分」

 頷きを一つ。ならばと思考を加速させるリツカの姿に感ずべき情動は捉えどころなく、トウマは思わず唇を噛みしめた。

 尊敬、畏怖? 何にせよ思うのは、自分と3つしか違わないはずの女性の、底知れずに揺れることもない強靭な精神への歯痒さだった。

 「いやでもよ、あいつらと戦うのはちと難儀するぜ?」

 「負ける戦いができるほど、私たちは裕福じゃあないつもりだよ」表情一つ変えずに言うと、リツカは言葉を続けた。「ライネスちゃんの見立てを。1分以内にいける?」

 (30秒で考える。だからそれ以内に動ける支度をしてくれ)

 「いや、えっと」

 (戦略的意義を今更論じなければいけないほど、君は間抜けじゃないだろう? 意義があると見做したから次は摂るべき戦術を考えると言ってるんだよ)

 「あー。うん、ごめん」

 リツカは少しだけ、照れたように顔を赤くした。気散じのように一つ結びにした側頭部の一房をかき回すと、「まぁそうだよなぁ」と、侘し気に声を漏らした。

 「マジで殺るのか」

 「いやそんな過激なもんじゃあないけど……」

 言うや、リツカはちょっとだけ思案気に小首を傾げた。

 「敵がオデュッセウスなら、この戦いは勝てるよ。多分ね」




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