fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~ 作:七草探偵事務所
(よし、じゃあさっき伝えた内容は忘れないように。現場レベルでの判断はリツカに任せるから)
「はいはい。それじゃあ動くよ、みんな」
動き出す2騎と2人。指示内容を想起したクロは他4人に遅れて動きながらも、まずもってトウマに声をかけた。
「大役ね」
「お、おお……うん」
身震い一つ。子供みたいに震える姿は、状況さえこんなでなければ、ちょっとかわいいと思う。
「魔術回路を拓くときのイメージ、大丈夫?」
「大丈夫、ばっちし」
頷いて見せるトウマ。全く魔術の無い世界───並行世界かすら怪しい、主幹を別とする異世界───から来ただけあって、当然魔術に関してはズブの素人だ。クロも魔術全般に明るいわけではないけれど、それでもアインツベルンが用意した最高傑作であることに違いはない。単純な魔術回路の量であれば、神代の
「強化の手順とかも大丈夫よね」
「うぬ」
「じゃあ行ってらっしゃい。頑張ってね」
応えるトウマの声は軽い。突き出す拳に拳を返すと、身長170cmの少年は一目散に走り出した。
さて、と息を吐く。
相手は神代の英霊。
クロに戦いに猛る気質の持ち合わせは一切無く、怜悧な雀鷹のような眼差しは強敵を前に練り上げる闘気のみ。脳内に描く剣に表徴の綻びなく、一秒後には完全な形を以てこの手に現れよう。
「
一節を言祝ぐ。現出する太古の真剣。同時に左手に現れる黒い洋弓に剣を番えたクロは、酸化銅の被膜の目に得物を捕捉する。
張り詰める弦。今か今かと解放を待つ剣。既にそこに射手はなく、また弓もなし。唯一つの戦争機械へと昇華されたクロの想念は、最早無我であった。
であれば、その時浮かんだ言葉は雑念の類ではないはずだった。あるいはそれは歴運する運命の予感か。
トウマが口走った、その名前は。
「───メルトリリス?」
甘く、
※
カイニスにとって、“神”とは度し難い戯けである。
カイニスは、元は美しき乙女であったという。数多の男が言いよるほどの美質を備えた彼女は神によって辱められ、そうして不死身の男と成った。神を憎むは、ごく真っ当な論理的帰結と言えよう。
そんなカイニスにとり、もう一つ度し難いものがある。それはいわゆる、女性性と呼ばれるジェンダーである。
女とは力無きもの。弱きもの。略取されるもの。嬲られるもの。犯されるもの。カイニスにとっては神に次いで怖気が走るものであり、度し難く我慢ならない痴態である。
神と、女性性。改めて、それらがカイニスという英霊にとって許容しがたい悪質、2点である。
だから、それは当然の反感だった。
目前に屹立してみせるサーヴァントの如きもの。神霊を形に不気味な形質を持つ女など、カイニスが手ずからブチ殺さなければならない存在者だった。
「───いい加減にくたばりやがれェ!」
振るう
名も知らぬ神霊。いや、神霊をつぎはぎした異形の化け物。殺したらさぞすっきりするだろう得物を前にした、それは
球形の機体が敵サーヴァントに肉薄する。殺戮機構、だかいうオデュッセウスが用意した木偶の坊だ。サーヴァントすら相手取るだけの力量があるが、この敵を相手取るには聊か弱い。魔剣の連撃で瞬く間に切り刻まれ、一瞬にして爆炎に咀嚼されていった。
だが、それこそ隙。爆散の炎を影に魔力放出で以て一挙に相対距離を0にするや、トライデントの刺突を見舞う。
渾身の一打。ランサークラスに相応しいAランクの敏捷値から繰り出される、筋力Aの打撃はそれだけで宝具に迫る。咄嗟に振り下ろした魔剣の斬撃すら貫き、か細い体躯はまるで風に煽られた野花のように吹き飛んで、痩身の躯体は焼け落ちた大樹に激突した。
ぐちゃ、という音が耳朶を打つ。生身の人間なら間違いなく粗びきミンチになっているだろうほどの衝撃、サーヴァントとて平然とはしていまい。得意げに鼻を鳴らしたカイニスは、地面に淀む女を嗤うように睥睨した。
「女神ハンバーグのハッピーセット野郎。ここまで随分手こずらせてくれたじゃねぇか」
カイニスの躯体に傷はない。いや、そもそも彼は特異点ここに至り、未だ傷を負っていない。これまで海賊のサーヴァントを屠り、造反したサーヴァントを誅殺したが、その時とて傷は追わなかった。無論、この不愉快な怪物を相手にしても、だ。
他方。
無言のままカイニスを睨みつける神霊のサーヴァントは、全身無事なところはない。病的に白い肌は赤黒い血で汚れ、荒い息遣いは、肺ごと胸を貫かれた女の精一杯の呼吸だった。
「遺言くらいは聞いてやるよ。ムカつくが、お前の肉の欠片はオレたちの世界のもんだからな」
「───」
「あ?」
「せっかくだからあのアーチャーに止めを刺して欲しい、って言ったのよ。アナタみたいな筋肉馬鹿の癖に顔だけは可愛らしい醜い女じゃなくて、プリマの似合いそうなあのアーチャーにね」
酷く、間の抜けた音だった。振り下ろしたトライデントの矛先はあっさりと敵サーヴァントのエーテル体を抉った。
脾臓肝臓膵臓まとめて抉り出し、もう片方の肺すら貫く。ぶしゅ、と小気味よく噴水のように噴き出した鮮血は、花みたいだった。
「化け物の癖にご立派に赤い血でいやがる。ひ弱な人間のフリとは良い趣味してるぜ」
槍を振るう。穂先にぶら下がっていた臓器を払い落としたカイニスは、再度槍を掲げた。
「じゃあな。これで」
(カイニス! 上だ!)
不意に耳朶を打つ激声。叱咤にも似たオデュッセウスの声に顔を上げるのと、ほぼ同時、視界に何かが飛び込んだ。
自分目掛けて真っ逆さまに墜落する金属の塊。瞬時に事態を理解したカイニスは獣染みた笑みを浮かべるや、自らに迫りくる砲弾めがけて槍を叩きつけた。
「野盗風情が! このカイニス様に逆らうなんて2000年ははえーんだよ……っ!?」
振り抜いた槍は一文字に砲弾を両断するはずだった。
はずだったのに、砲弾が炸裂したのはカイニスが槍を振り抜くより一瞬早かった。
推し広がる爆炎。白煙混じりの炎が連続して炸裂すると同時、甲高い金属音と閃光が膨れ上がった。
炸裂高度が高い。それにこの状況───狙いは砲撃での斉射じゃない。しかもオデュッセウスとの通信すら途絶。魔力の遮断すら伴う五感の喪失。
一瞬にして危機的状況を悟ったのは流石に歴戦の戦士であっただろう。背後で慌てふためく竜牙兵の群れに、カイニスは苛立ちそのものといってすらいい一瞥を叩きつけた。
「慌てんじゃねぇ! これから強襲が……」
「そういう割には!」
白煙を切り裂く、それは巨大な城壁。そうとしか言いようがないほどの、視界を埋め尽くすほどの威容だった。それでもカイニスが反撃を繰り出したのは、やはり彼が相応の武勇に長けた英雄であったからに違いない。
Aランクの筋力値から繰り出される攻撃。宝具にも比肩する刺突を、けれど。
「脇ががら空きです!」
その盾は、正面から、あっさりと打ち砕いた。
「宝具展開準備完了、軌道補正修正完了。打撃、今!」
視界が潰れた。
「疑似展開、『
そう思うほどの衝撃だった。ギャア、と轢死したヒキガエルのような悲鳴とともに、カイニスは毬となって殴り飛ばされていった。
※
数分前。
戦闘地点より南東、7km地点。
海賊船だというのに、死んだように静まり返る周囲。高静粛状態を維持しながら、ただ一声を待つ様は善く統率された軍隊を想起させよう。
(アーチャーとの戦術データリンク共有完了。いつでも行けます)
赫焉の目。燃えるような眼差しのまま、ライネスは緩慢にも思える挙動で右手を掲げる。
───司馬懿の依代たるライネスは、元来さして魔術を得手としていたわけではない。というよりも、どちらかと言えば並より上程度の才能しかない。善くて下の上ほどしかない義兄に比べればマシだが、それでも名家の次期ロードと言うにはあまりに量・質ともに粗末な魔術回路しかなかったのも事実である。
だが、彼女はある一点において極めて卓抜する。その才の高さ、『
それこそは、超精密とすら呼べる繊細な魔術式の運用。自他の
今回のそれは、いわばそれの応用だった。
「仰角7度。弾道補正完了、
振り下ろされる彼女の右手。それが怒号の合図だった。
計20門を超える砲塔が一斉に火焔を吐き出した。
本来、エドワード・ティーチの宝具『アン女王の復讐号』による斉射はつるべ撃ちによる火力での圧倒こそ本領であり、敵に対して的確に砲撃を撃ち込むことは得手ではない。
だが、彼女の才。魔眼と併用して発揮される細密な宝具運用に加え、クロの【千里眼】との戦術データリンクを兼ねた、その砲撃は、最早、狙撃と呼ぶに相応しいだけの精度に達していた。
およそ10門の砲から発せられた砲弾は上空20mで炸裂。金属片を撒き散らして竜牙兵を圧殺すると同時、白煙が瞬く間に押し広げていく。さらに作用する対魔術用の妨害作用をも兼ねた魔術が作動し、その一帯はこの瞬間、完全に絶世へと変貌した。
さらに10門。着弾と同時に炸裂した砲弾は地表の竜牙兵を一瞬にして爆殺し、瞬く間に右翼に展開していた30の竜牙兵、そのうちの1/3を破砕した。
束の間、敵を圧倒した。だがこの状況、そう長くはもたないだろう。敵は神代の英雄。この程度の状況、2分もあれば対応するに相違ない。だが、それで十分。2分もあれば、勝ちきれる。
確信というよりは予測。それも高度な蓋然性を担保した、予測。司馬懿の知悉より導き出した解答、その最初の一手が正しく作用したことを確認したライネスは、背後の海賊たちへと声を張り上げた。
「船を出そうか。ボートの回収も用意しておいて」
「了解! いやあ新鮮ですなぁ、参謀が居るって♡」
「……そのキモい顔、やめていただこう。私の主様が大変ご不興なのでな」