fate/little bitch ~煉鉄の小悪魔~   作:七草探偵事務所

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さざめく引潮

 「ヘラクレス、カイニスともに後退を始めている。竜牙兵たちも同じだな」

 「わかった。敵の追撃はないな?」

 甲板上、オデュッセウスの言葉にアタランテはただ声を返した。戦場を眺望するオデュッセウスは身動ぎもせず、ただ腕を組んだ姿勢のままだ。

 「ヘラクレスはともかく」

 アタランテは、天穹の弓を償還した。戦いは終わった。だが、決していい結果ではないことは、戦場の理論を知らないアタランテにもわかる。

 「カイニスは黙っていないんじゃないのか」

 「そうかもしれないな」

 オデュッセウスは僅かに小さく肩を竦める。鎧に覆われた表情は一切伺い知れず、ただ無機質な声だけを返した。

 記憶と、微かにずれる声。アタランテにとり、オデュッセウスはどちらかと言えば好ましい人物であったと記憶している。荒くれものの多いギリシャの英雄たちに在り、犀利に富み理性と良識を備えた英雄。如何なるときも冷静さを失わない男の在り方は、確かにこの硬質な声色に合致しているはずなのだが。

 そう、オデュッセウスは良識を備えているはずなのだ。硬質でこそあれ、無機質さはこの男には無縁のはず。

 「一発二発は殴られるかもしれんな」

 小さな嘲笑。肩を揺らす様も声も笑っているのだろう。だが、無機質さはやはり変わらない。

 「オデュッセウス」

 「なんだ」

 「お前、まだ」

 微かに、男が丐眄する。鎧に覆われた表情はやはり見えない。見えないはずなのに、何故か思った。

 「お前も俺も、ただ過去に縋るだけの戯けというわけだ」

 鉱質な自嘲。押し黙ったアタランテは、空を振り仰ぐ。

 青い空に浮かぶ、色の無い月。アタランテは、目を逸らした。

 

 

 着地と同時、青銅の鳥を踏み砕く。

 既に絶命した鳥は、呻き声すらあげなかった。硬質な感触と共に砕け、蒼褪めた血飛沫を散らした鳥を睥睨する。

 青銅の鳥。ヘラクレスと関連するその魔獣は一つしかあるまい。

 ステュムパリデスの怪鳥。人を襲い畑を荒らしまわった、古代の獣害事件、その犯人。ヘラクレスに退治された鳥の使役が、ヘラクレスの宝具……というより、宝具の効果の内の一つというところか───。

 クロは亡骸と化した鳥から足を放すと、すぐに駆けだした。

 「トーマ、大丈夫?」

 「なんとか」

 表情を緩めて見せる。いつも通りのどこか年端もいかない笑顔は、けれど強張ったままだ。

 端的に言って、とても普通ではない。蒼褪めた顔色に多量の発汗はどう見ても普通では、ない。

 心臓が軋む。喉に果実の種が詰まったかのような嘔吐感がこみ上げた。それを飲み下して、逸る気持ちも抑え込んで、なるだけ冷静であろう、とする。

 「座って。早く、いいから早く!」

 無理やりトウマを座らせる。黒衣のサーヴァントを抱えたまま炭化した木に身体を預けると、トウマは半ば転落するように座り込んだ。

 体内の小源(オド)を消費しすぎたことによる典型症状。トウマの胸元に手を翳して解析開始、完了までは1秒未満。見立ては間違ってないと了解して、クロは一度、息を吐いた。

 ……焦る必要は無い。今すぐ何か処置しなければならない事態、ではない。ともあれオドの回復をしなければ。

 「私の目を見て。落ち着いて。ゆっくり呼吸して。大丈夫だから、トーマ」

 トウマの頬を手で包む。真直ぐ目を見据えること数秒程すると、トウマは気絶するように目を閉じた。

 視界を介した暗示。英霊エミヤが熟していた魔術以外には決して長じないクロではあるけれど、彼女の素養は一流のそれすら凌駕する。得手ではない魔術ではあったのだが、元より魔術にはずぶの素人であるトウマに視線の暗示をかけることは、そう難しくはなかった。

 呼吸は深く一定。顔は相変わらず青白いが、もう問題ない。

 嘆息、大きく一つ。額に滲んだ冷や汗を袖口で拭ったクロは、そうしてやっと、トウマが抱えるサーヴァントを見下ろした。

 黒衣の、サーヴァント。黒い髪に、深海のようなリボン。桜色の頬。何故かその風采に既視感を感じたような、気がした。

解析、開始(トレース・オン)

───こちらも大丈夫だ。十分とは言えないが、最低限の処置はできている。トウマの魔術回路の量・質でできる限りのことは、できている。

 再度、トウマの顔を、覗き込む。呼吸は既に安定を始めている。もう、大丈夫だ。

 己がマスターの頭へと、手を伸ばす。汗ばんだ黒い髪を手で梳いてから、マスターの額に、自分の額を重ねた。

 「頑張ったね、トーマ」

 

 ※

 

 (こちらセイクリッドリード、敵撃退完了)

 (ブラックサレナ02、こちらも任務完了。目標の確保、終わってるわ)

 「タチバナのバイタル、こっちでもモニターしてる。大丈夫そうなのかい?」

 (大丈夫じゃあないっぽいけど、そんなすぐにどうこうってわけじゃないと思う。今から連れてくわ)

 「了解。状況終了、だな」

 前髪を、かきあげる。久方ぶりに額に浮かんだ汗を丁寧にハンカチで拭いたライネスは、安堵の溜息を吐いた。

 能う限り、最高の結果だったと言って良い。緊張の糸はまだ弛緩していないが、それでも気の緩みを感じないわけにはいかなかった。

 ライネスはもともと神経の図太い人物である。謀略渦巻く時計塔の荒波に揉まれて生きてきた彼女は、並大抵のことでは動じない。

 だが、今回ばかりは何分彼女の人生とは乖離した事態だ。初のレイシフトにして、カルデアのチームとしては初の特異点での戦闘。しかも指揮官。責任の重大さは並大抵ではない。

 「予想通り動くもんですなぁ」

 ライネスの隣、手を廂にして眺望する素振りの黒髭ことエドワード・ティーチは、感心したような口ぶりだった。「そうするのが指揮官の役目だからな」と素っ気なく応えつつも、内心では安堵が大きいライネスである。

───今回の戦術行動、要約すれば奇襲による敵勢力の撃退だ。

 要点は3つ。

 

 ①:敵にとって、こちらの戦力の存在は未知数であったこと。

 ②:①の状況を利用したアンブッシュの可能性。

 ③:敵戦力の要諦たるヘラクレスの『十二の試練』、そのストックの漸減

 

 敵の戦略目標は、あのサーヴァント───メルトリリス、と言う名前の神霊サーヴァントの撃破。味方に引き込む駆け引きがあったかどうかは不明だが、海賊側に引き込まれるのを恐れて殲滅しようとした、と言ったところか。理由は不明だが、ともあれ敵の目的はあのサーヴァントの撃破だったことは間違いない。包囲殲滅をしようとした敵の戦力展開を見ても違いあるまい。

 その追い込みの最中、海賊のサーヴァントが攻撃を仕掛けてきたらどう理解するか。当然、既にあの神霊サーヴァントは海賊の麾下であり───神霊サーヴァントを餌にした待ち伏せ、と思考する。少なからず、司馬懿ならそう理解する。そしてギリシャに名高い知将であるオデュッセウスならば、同程度の思考をするだろう。

 無論、海賊のサーヴァントの妨害を全く予想していなかったわけではあるまい。だが、如何な名軍師とて、全く未知数たるカルデアからレイシフトしてきた戦力までは考慮に入れられない。しかもその未知の戦力が、ヘラクレスの宝具『十二の試練』、その命一つをあっさり消滅させるという事態が起きたなら、どうするか。

 撤退しか有り得ない。下手に戦闘を長引かせれば、事態は悪化こそすれ好転はしないだろう。無駄な継戦など有り得ぬ発想。負けが拡大する前に身を引く。それが、アルゴノーツの知悉が導いた結論だった。そしてしの思考こそライネスの思考、そのものだった。

 この思考まで行きつくに、僅かに25秒。残り5秒は、司馬懿ではなくライネスとしての逡巡だ。疑似サーヴァントとして、人格の大部分は、司馬懿の強い希望もあってライネスが担っている。それ故に思考の水準こそは司馬懿のそれと同等にはなっているが、それでも15歳の少女としての倫理的判断が立ち会わない、わけではない。

 「もし相手がバカだったらどうしてたんです?」

 「無駄に突撃されてたら終わってた。まぁヘラクレスと相討ちになるくらいのことはもっていけるんだろうが……でもそう考えるのは余分っていうか。なったらなった時考えて、上手い事誤魔化すものさ」

 「はぇ~すごい」

 ティーチは感心したように頷きを返した。そんな粗野な男の身振りを横目で一瞥しながら、内心、ライネスはふん、と鼻を鳴らした。

 この男、馬鹿じゃない。多分、今の作戦経緯、ライネスが喋らなくても大枠は理解していたはずだ。エドワード・ティーチ……18世紀に名を轟かせた大海賊。粗暴な見た目でこそあるが、民主主義的な采配と知悉に跳んだ振舞は、むしろ粗野粗暴に並ぶ繊細な知性を思わせる。ライネスに……ひいてはカルデアに与しているのも、全うな正義感というよりも合理性に依るものだろう。勝つためにはカルデアと協力すべきであり、且つ軍師と名高い司馬懿に指揮してもらう。なんなら下手に出て気持ち良く指揮してもらおう、という思惑も込みで、ティーチは『アン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)』の指揮権をあっさり譲ったのだ。流石に逸話不在で宝具譲渡こそ不可能だが、もし可能だったら、この船を譲渡することすらしていただろう。

 豪胆且つ強か。近現代を生きる英雄は、腕力では無く犀利によって名を遺す、ということか。

 「いや~でもゾクゾクしますなぁ、美少女にあれこれ指示されるって! とやかく煩いBBAの下働きするよりも……いやあれも良いけど……」

 身もだえするように身体をくねらせては、何故か赤面して顔を歪ませる大男。半裸の大男の仕草にしてはあまりに気持ち悪い。やっぱり実は単なる馬鹿なのでは、と評価に悩むライネスだった。

 「あ、噂をすれば」

 「?」

 「あれよあれ」

 幸いにも奇怪な動きを止めた黒髭が、黒い海の果てを眺望する。指さす先、凪いだ水面に黒い影が浮かんでいた。

 彼我距離からして、あの大きさは船の類。そしてあの形は―――。

 「黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)。拙者らのまぁ、旗艦みたいな?」

 「ちょ、ちょっと待って。ゴールデンハインドって言ったら」

 「あれ、そういや言ってなかった」

 ぽかん、とするのも一瞬。黒髭の浮かべた鋭い嫣然は、黒髭の名に相応しい残忍さ、でなくて。

 「フランシス・ドレイク。それがオレたちのキャプテンさ」

 子どもっぽい無邪気さに満ち満ちていた。




今日の投稿後から、しばし休息期間に入ります。一応期間は一か月ほどを考えております。

お楽しみいただいている皆様にはご不便おかけし申し訳ございません
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