ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ゾイド因子オメガ
ゾイドを他の生命体と区別せしめる諸々の要因をまとめてゾイド因子と呼称する。それは生化学上のものも含まれれば、物理・エネルギーにまで広く適用される概念である。
ゾイド因子オメガはその中でもゾイドの闘争本能を司るエネルギーであり、外見上は紫色の光として観察される。
ゾイド因子の中でもゾイド因子オメガを過剰に与えられたゾイドは暴力的な衝動に支配され、また外部からのコントロールに屈し易い。この点を最大限に駆使して新地球歴30年の世界を混乱に陥れたのが、移民船時代に科学船をジャックし姿を消した思想犯イレクトラ・ゲイトであった。
事件収束時に正常ゾイド因子とのバランスが取られ、地球のゾイド因子オメガ汚染は回避されたが――その一方でゾイド因子オメガの存在が消滅したわけではない。
かつてゾイド因子オメガの滞留する土地からはそれのみによって生み出された不完全金属生命体・ジャミンガが発生していた。
戦いに駆り立てる力そのものであるゾイド因子オメガから発生した存在が斯様に弱々しいものであった事実は、多くの者達に寓意を見出させたという。
新地球歴三一年 九月一二日 二〇一三時
日本列島 東京エリア 旧渋谷駅前
宇宙の虚空に浮かぶ、生命の奇跡に恵まれた星の一つ――地球。
今その夜の面に一繋がりの列島が潜っていた。弓のようにも見える連なりは、かつて日本列島と呼ばれた場所だ。
そこに生きていた人々が去り……しかし新たな人々がたどり着いた時代。この地の名についても、残された記録から彼らは知った。惑星Ziから地球に移り住んできた人々は。
前年、新地球歴三〇年に繰り広げられた数々の戦いは彼らの二つの国家、共和国と帝国の団結を促した。その一方で荒廃した国土、北米大陸から外に豊かな土地を求める動きは加速し……この地に至ったということになる。
北米からシベリアを経て、北海道と東北へ。人の営みの光は惑星の影の中に浮かび上がっている。その一方で列島中心はまだ開拓の前線の彼方であり、それ故に先行した光は夜闇の中に鮮明だった。
その位置は、関東地方の中心に残る東京の残骸の中。まだアスファルトが大地の上に残るその土地が、彼らには必要であった。
『ではこれより……ゾイド因子オメガ除去実験の先行チェックを開始します』
広い五叉路の跡地をサーチライトが照らし、その光の中には大地に設置された煙突状の機材があった。
『各員は配置の最終チェック報告をどうぞ』
『抽出機班、よし』
『中和作業班、よし』
『応急対処班、よし』
路上に設置された機材とケーブルで繋がるコンソールに向き合う者達。そこから一歩下がり、一体のゾイドの周囲に集まる者達。そして遠巻きにこの現場を囲う多くの戦闘ゾイド。
その規模がこの地で行われることの重大さを物語る。
昨年繰り広げられた戦いの結果、この地球の大地に振りまかれたゾイド因子オメガ――ゾイドの攻撃性を高める生体因子を取り除く。それが彼らの目的だ。
もっとも、開拓の最前線から遠く離れ――そしてこの自然環境とはほど遠い場所で作業を行うのは、この技術がまだ実験段階だからだ。ここで行われるのは実証試験前の機材チェックという、その成果がろくに記録にも残らないような作業である。
だがその手順の一つ一つが、地球に移住して以来苦しい開拓の時代を過ごしてきた人類を、ゼログライジス事件を経て発展の時代に向かわせるならばと、関係者達は士気を上げていた。
『各部署準備完了。ゾイド因子オメガ抽出作業の先行チェックを開始します。
目標抽出量は基準値の0.001%。抽出機稼働時間上限は三〇秒。実験開始……!』
響き渡るアナウンスと共に、アスファルトの五叉路に設置された機器は作動を始める。この地球にまき散らされたゼログライジスの残滓、ゾイド因子オメガを取り除くための第一歩が始まる。この場に居合わせる者達の興奮は、静かだが確実なものだ。
そして五叉路に設置された機材は静かに唸りを上げ始める。タービンの回転が地中から何かを吸い上げ始め――そして多数の照明が照らす中にも、薄紫の光を放ち始める。
それは一年前の地球を混乱に陥れた、ゾイド因子オメガの光だ。歴史の裏で暗躍してきた者達の力の源であり、巨獣ゼログライジスとその配下のゾイドであるゼロファントスがまき散らし、人もゾイドも苦しめたもの。それを大地から抽出し取り除く――偉大な行いになるはずだ。
『抽出速度は予測値の98%……』
「お、順調ですね」
「そりゃそうさ。この装置はあのボーマン博士の監修を受けているんだ。博士の作の、オメガレックスに使用されたデフレクターや、去年の騒動の中心になったリジェネレーションキューブは完全に稼働していた……。
このゾイド因子オメガ抽出機も……」
作業員達は互いに言葉を交わす。そして彼らの見る前で抽出機は紫の光を強め、さらに光の柱が高く立ち上っていく。
『抽出速度102%……110%。123%……?』
『おい、オーバードライブじゃないか』
『えー各員、作動時間一八秒ですがチェック中止です。――おい、停止コマンド』
『もう入れてます……!』
チェック作業の統括室からのアナウンスに混乱の色が混じる。
『WARNING! WARNING! ゾイド因子オメガ抽出作業停止不能! 抽出因子量が実験用溶媒の許容量を超過します!
各員は緊急事態aの対応マニュアルに従って行動して下さい!』
作業エリアの各部に用意された赤色回転灯が作動し、緊急事態を告げる。ゾイドの攻撃性を高める因子の純粋物が過剰に蓄積し、煙突状の装置の上に何か光の影を描き始めていた。
『ゾイド因子オメガの緊急相殺作業を行います。クリューガー准尉――アカツキライガーを前に!』
「――了解しました」
鋭いアナウンスの中、強まっていく紫の光。そこに踏み込んでいく機影が一つあった。
それは重厚なライオンの姿を持った巨体。正面に向いた面が多い装甲は、その厚みであらゆる攻撃を受け止める意図を感じさせる。
その一方で、ゾイドの武装プラットフォームとして使われることが多い背面に一切の武装を背負っていない。そんな、パールホワイトと朱色のゾイドがそれだった。
アカツキライガー。ワイルドライガー種をベースとして――高濃度のゾイド因子を浴びて変化した神秘のゾイド、若き英雄レオ・コンラッドのライジングライガーを模して改造された機体だ。同じような高容量ゾイド因子保有機体であり、ゾイド因子オメガ除去作業の要となる、非戦闘用ゾイドとして生み出されたもの。
紫の光を浴びて歩み出る機体は、二つの装甲色が合わさって橙の煌めきを放っている。その機体を操るのは、操縦席に跨がる小柄な姿。
「リン・クリューガー……アカツキライガー、ゾイド因子オメガの相殺を行います!」
若い女性ライダー。昨年の戦いで少なからず将兵を失った二大国は、若い士官候補生を急遽役職にあてていた。彼女もその一人だ。
士官学校での成績が良かったから――そして体格に劣っていたから、実戦の場ではなくこの実験の場に送り込まれた。それがリン・クリューガー准尉だった。
だがその覚悟は軍人のそれだ。目の前で荒れ狂うゾイド因子オメガの光に対し、彼女はアカツキライガーの操縦レバーを押し込んでいく。
「ファクターロアー……ドライブチャージ。アカツキライガー、いい!?」
光放つ抽出機に迫る機体の中で、リンは愛機に呼びかける。未知の圧すら感じる中で、アカツキライガーは爪を立ててアスファルトの上を進んでいた。
「ファクターロアー……ゴーッ!」
立ち上る紫の光めがけ、アカツキライガーは吠えた。その喉元で橙の光がわだかまり、そして叫びと共に放射されていく。
その威力をもってゾイド因子オメガの相殺を行う。その役目の通り、アカツキライガーの叫びは紫の光を揺らめかせた。蝋燭の炎のように……。
だが大地からわき上がる光は掻き消えない。
「…………! アカツキライガー! お願い!」
リンの叫びに、アカツキライガーは一度息を呑むとさらに轟くような声を上げた。その咆哮が紫の光を揺らし――しかし、押された光は、挑みかかるようにアカツキライガーの方へ揺り戻してきた。
降りかかる紫の揺らめき。そしてそこから浴びせられる、物理とは異なる圧がアカツキライガーを吹き飛ばした。
「ああっ……!?」
戸惑うリン。そして砕けた古代の路面に倒れ伏したアカツキライガーは、これまでに比べてか細い声で悲鳴を上げる。
戦闘用ではないアカツキライガーは……ライガー種の中でも好戦的ではない、大人しい個体が選ばれていたのだ。ただでさえ下から挑みかかるような威嚇のポジションに、圧倒的な力が上から降り注いではたまらない。
「ま、まだまだ……ファクターロアーを……」
『抽出速度250%ォ! 作動時間一分経過! 重篤事態です! レベルB要員までは退避! クリューガー准尉、アカツキライガーも……』
『おい、ヤバいぞ!』
アカツキライガーが吹き飛ばされたことで、ゾイド因子オメガの収束は歯止めを失い加速していく。今やその光は虚空に、かつてこの地上を混乱に陥れたゾイドの姿を描き出していた。
『ゼログライジス……!』
摩天楼の残骸の中にも明確な巨体。それは稲光に浮かび上がるように紫の光の強弱の中にその姿を描き、そして周囲に広がる鉄筋コンクリートの密林から徐々に体組織を掻き集め、実体を持ち始めている。
『全レベル作業員は緊急退避! 開拓兵団戦闘部隊は対象の撃破を……開拓兵団!? 応答をお願いします! 開拓兵――』
金属を掻き集める風の勢いは、仮設の統括室を巻き込んで吹き荒れた。プレハブがその風に巻かれ、屋根も壁も失っていく。
『――クリューガー准尉! アカツキライガーを退避させて下さい! その機体は、この計画の希望――!』
錆びた鉄骨が統括室にめり込み、アナウンスは途切れた。そしてその声に、若いリンは唖然とする。
「それは、どういう……」
『各部隊に告ぐ。
やったぜ、想定通りだ。抽出機に施した工作は正しく機能している。
抽出機周囲の制圧を開始せよ』
緊急事態に備えていたはずの外周部隊の通信は異常なほど落ち着いていた。そして紫の光を遠巻きに囲んでいたゾイド達の中から、一体のゾイドが歩み出てくる。
「ロイ中尉! なぜ部隊を動かさないんですか!? 事故が起きているのは事実――」
『事故なんかじゃないぜ』
外周部隊の指揮官――ロイ・ロングストライド中尉の通信がリンに応じる。彼の指揮官仕様ギルラプターが、紫の光に照らされてその姿を夜闇に浮かび上がらせた。
『俺達は去年みたいな……戦乱の時代を求めているんだぜ。准尉、知らなかったのかい』
「中尉! あなた達はまさか、反乱を……!? やめて下さい! 磨り潰されるのが関の山ですよ!」
『イレクトラ・ゲイト達に取り込まれた連中のようにならなければ目はあるさ……』
ロイのにやついた声と共に、ギルラプターは鎌のような足の爪でアスファルトをノックして話を急かすような態度を見せる。
『本土から離れたこの山がちな列島に、強力なゾイド。それらをもって未開の土地の最前線を占めれば、仲良しこよしな二つの国の関係にくさびを打てる第三勢力になれる。
なまっちょろい二カ国とは違う、戦いが富を生む国……素晴らしいだろう』
ロイが語るビジョンに、リンは操縦レバーを握りしめ、歯ぎしりの音を立てる。それはかつての戦いを経て、開拓の時代を始めた世界に逆行するような言葉。
だが今この場で、その言葉を実行できる力の持ち主は彼らだ。リン一人、アカツキライガー一体では立ち向かうことなどできはしない。
『しかし我々の描く未来には……ゾイド因子によるゾイド因子オメガの相殺が可能なその機体は障害となるな准尉。
アカツキライガーを差し出せ。そうすればお前は新たなる国家で気楽に一生を過ごせるだろう……』
「そんなこと……できるものですか!?」
リンは叫び、そして左右に視線を振る。この場を脱し、この企みを誰かに伝えなければならない。
だが本来実験で生じる不備に対応するために配備されていたのがロイ達の部隊だ。その包囲網は完璧なものであり、非武装のアカツキライガーが突破できる空間は存在しない。そのように見える。
『力があれば、力が無い相手には思うがままだよ、准尉……』
ロイは誘うような声をかけてくる。
だがリンはここに至るまでに学んでいた。軍人は、自分の国も含めて世界の平和を守るために命をかけるのだと。そうでなければ彼らのような存在になってしまうのだと。
「あなた達の言うとおりには……できません!」
『じゃあどうするっていうんだ? ここからそのライガー一体の力で、逃れられるとでも?』
圧倒的優位からあざ笑う声音がリンの耳朶を打つ。そしてわき上がる焦燥感の中、リンはこの試験のために用意された土地に立つ一世紀前の駅舎の廃墟を見上げた。
「やってみなければわかりませんよ! あなた方の企みのように……」
『交渉決裂だな。じゃあ、続きはあの世からご覧下さいまし――。
総員かかれ! ゼログライジス周辺を確保しろ!』
ロイの号令と共に、周囲のゾイド部隊が動き始める。そしてロイ自身のギルラプターも、アカツキライガーめがけ突進し始めていた。
リンは操縦レバーに活を入れる。戦闘ゾイドではないということになっていても、そこはライガーだ。大きな跳躍がギルラプターの突進を躱す。
『迂闊に飛ぶんじゃないよ!』
だがロイの対応は早い。路上でクイックターンしたギルラプターが、腕に懸架したチャージミサイルランチャーを空中のアカツキライガーに向けてくる。
放たれるミサイル。炸裂する弾体。その威力にアカツキライガーは古の駅舎へと叩きつけられた。
だが戦闘用ではないにせよ、分厚い装甲を持つアカツキライガーはダメージに耐えていた。鉄筋コンクリートへの激突から落下したライガーは、滑るように走り出す。
『こいつ、なにを……』
ロイが上げる声を背後に、リンはアカツキライガーを走らせる。その先には、この地域の概略図に垣間見た情報が示す位置がある。
再びの跳躍から、アカツキライガーは路面の一カ所へ両前足の爪を叩きつける。そしてその一撃がアスファルトを粉砕し、アカツキライガーの姿は砂煙とガレキの奥に消えた。
『な……なんだこれは』
『前世紀の地下鉄だ! まずいぞ、この東京エリアの地下鉄路線は複雑だったはず……!』
突如姿を消したアカツキライガーに、ロイの部下達は狼狽える。しかしそれもつかの間、ロイのギルラプターが咆哮を上げることで混乱は釘を刺された。
『狼狽えるんじゃねえ! 力不足の対抗手段なんて一つ残ったところでどうにもならねえんだよ! 手が届かないなら無理に追うこともねえ。
今の俺達に必要なのはヤツだろうが。総員、抽出機周辺を固めろ!』
ロイの怒鳴り声が部隊の動きを導いていく。今や脈動にも似た明滅を繰り返しながら強くなっていく、紫の光の周囲へ。
抵抗する者がいなくなった廃都市に、野望が連なる。
そしてその数分後、駅舎跡を臨む坂の上に動きがあった。
うち捨てられた地下鉄入口の階段を粉砕し、地中から姿を現わすゾイドが一体。それは包囲下から逃れたアカツキライガーの姿だった。
土砂にまみれながら地上に這い出したアカツキライガー。その操縦席を開き、リン・クリューガーは遠く視線を飛ばす。
周囲から一段深く沈んだ駅舎脇から上がる光。今やそれは周囲から巻き上げた物質により、確かに実体を持っていた。
ゼログライジス。人類に先んじて地球に落着し、惑星の環境を破壊しきろうとした恐るべき存在。その襲撃を受けた共和国首都は未だ復興を遂げていないという。
歩き回る災厄と言うべきその姿は幾度も報道の中に姿を現わし、そして今リンが見る廃都の中に蘇っている。かつてのような荒ぶる姿ではなく、項垂れ、沈黙した巨影。
そしてその周囲でゾイド群が動き、ゼログライジスの体に拘束ワイヤーがかけられていく。この夜が明けるよりも先に、あの姿は企みを持つ者の元に連れ去られてしまうだろう。まき散らす災厄の種と共に。
「止められなかった……」
吹き付ける風に長い横髪を揺らすリンは、しかしそれを押さえつけることもできずに嘆きの声を放っていた。倒れ伏すアカツキライガーも共に。
「地球は救われたはずなのに……。
私達が次の救いを生み出すはずだったのに……!
アカツキライガー、私、どうしたら……」
コンソールに突っ伏するリン。まだ年若い彼女の涙を首筋に受けながら、アカツキライガーは傷ついた体を引きずって振り向いた。
北へ。そこにはこの日本列島の開拓を任せられた合同軍第七開拓兵団の司令部がある。
ロイ達の行いが反乱だというならば、司令部はそれを看過しないはずだ。若く階級も低いリンでも訴えられることがあるはず。
北へ続く列島。そこに続く長い闇と、その向こうに見える文明の光へとアカツキライガーは歩んでいく。
今、歴史の一ページがめくられる。たった一枚だが、そこに綴られる者達にとっては長い一ページが。