ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・惑星Zi
地球から銀河の中心を挟んで6万光年の距離を置いた対蹠地領域に存在していた地球型惑星。F級黄白色恒星系に属する第二惑星であり、発生当時はDe〈ディアナ〉、Se〈セレーネ〉、Ae〈アルテミス〉の三つの衛星を備えていた。
その最大の特色は生命の誕生に加えて、その中の一大グループとして金属生命体ゾイドという生物グループが存在したことであろう。その強靱な体躯と多彩な生態を持つゾイド達は惑星Zi最強の生命体として跋扈し、そして惑星Zi人文明のあらゆる局面で活躍した。
そんな惑星Zi文明は近代化目前の時期に地球からの来訪者と接触し、加速度的にその技術を発展させていった。その結果「中世の精神に未来の技術」と形容されるような歪な近代国家関係が形成され、数多くの戦乱を呼ぶこととなる。
やがて惑星崩壊の危機に際し、惑星Zi人達は母星を後にして地球への移住を決意した。現在の惑星Zi及び星系の状況は不明である。
新地球歴三一年 九月二六日 一四〇三時
熱海市跡地
リン達討伐部隊は東京から南下を続け、海のそばまでくると進路を西に切り替えて行軍を続けた。そうしてたどり着いたのが、かつては観光地だったと推測されるこの熱海だ。
大湊以来に見る海から、開拓の前線に物資を送り込むための揚陸設備も設けられており、ネーバルサウルス艦隊が停泊している点も大湊と同じだ。そもそも彼らはララーシュタイン達を運んできた艦隊であり、補給物資の輸送と火力支援のために相模湾に先行していたのだ。
彼らから物資を受け取る合間に、グロースは反乱部隊を出した富士・御殿場基地との話し合いに向かい、討伐部隊はここで一時行軍を止め休息を取っている。リンも自由時間を得て、防衛線の内側にある熱海旧市街の見物に繰り出していた。
無論、アカツキライガーも共にだ。ゾイドが移動することが出来る舗装路跡からは、近代建築ながらにどこかノスタルジックな町並みの跡が見て取れる。
「温泉もあったんだって、ライガー。今はもう、設備は壊れてしまっているけど」
操縦席からではなく、前を歩いて先導しながらリンはアカツキライガーに呼びかける。現地部隊が余った資材で温泉を復旧していることが露見したが、グロースは笑って許したことなどに触れつつリンは二一世紀の痕跡の中に踏み行っていった。
厚木での離反兵を用いた自爆攻撃を脱した後も、散発的な遅滞行動があったがリン達はそれを突破してきた。それは自信としてリンの中にも積み上げられ、一時はどん底に近かった士気をこうして見物に繰り出せるほどにしている。
離反兵達も後方に収容され、命に別状は無いという。空の操縦席があった謎はそのままだが、憂いは少ない。以前なら荒廃にばかり向いていたであろう視線も、この熱海跡地の細部に見えるかつての栄華を捉えていた。
そしてその視線は、かつてと今のこの街のどちらにも属さない存在を見出す。道の先で一人、街を見ている女性の姿を。
「えっ? ……民間人?」
シックなロングスカートと茶の上着を身につけた、長い黒髪の老婦人がその正体だった。
両横の髪に飾り布を巻いた彼女は、アカツキライガーが立てる足音によってリン達に気付いていたようだった。穏やかな表情を向けてくるその姿に、リンは会釈を返しそしてその胸に開拓兵団の客員用名札を見つける。
「こんにちは。確かあなたが……クリューガー准尉? 後ろのゾイドがアカツキライガーですね」
「は、はい……そうですが」
気楽に声をかけてくる老婦人に、リンは足を止める。するとその老婦人の方からリンへと歩み寄ってきた。
「グロースさんが言っていました、真面目で面白い若い方がいるってね。
……はじめまして。私はウェインライト・アハトバウム。グロースの妻です」
「少将の奥さん!?」
老婦人、ウェインライトの自己紹介にリンは愕然とした。歳不相応に明るいグロースを見てきたリンにしてみれば、彼と結婚という単語がどうにも結びつかない。
しかし眼前のウェインライトは重ねた年月を感じさせる柔和な笑みを浮かべている。目が顔の皺の中に溶け込むような破顔に、自然とリンも突然の緊張がほぐれていった。
「あの人は真面目な年下を放っておけないですから。
私もそうやって見出されたんですよ。惑星Ziにいた頃のことですけどね」
思い出を口にするウェインライトだが、しかしその視線はすぐに今目の前にいるリンに戻ってくる。
「あなたとライガーが、今回の事件の始まりを目撃したのだそうですね。そして本来、危険なゾイド因子を打ち消す立場でもあったと」
「そうです。アカツキライガーは本来ゾイド因子オメガを中和するためのゾイド因子強化ゾイドで……。今となっては、形骸化したようなことですけどね」
リンはそんな風に謙遜を込めて言うが、それはかすかに心に残るわだかまりでもあった。
正統真帝国戦線との戦闘は純粋なゾイド戦になりつつある。その中でアカツキライガーに求められる役割は、本来のものからライガー系ゾイドの強さを表わすものに変わっていた。
それによって討伐部隊の友軍戦力や、敵に苦しめられる人々を救えるのならばリンはそれでも構わない。だが一抹、という規模で残念は心の底に残っていた。故にこんな言葉が口を突くのかも知れない。
そしてそれを聞いたウェインライトは穏やかな笑みを浮かべ続けつつ、口を開いた。
「グロースさんはきっとあなたに、気にするようなことは無いって言ったでしょうね。そして活躍の場を与えてくれた」
「? え、ええ。確かにそうです。感謝していますが……」
「でも思いますよね。……助けられる前に、自分の元の力で止められていればって。
あの人が気にかけるような人なら、あなたもそうなんじゃないですか?」
図星を突かれ、リンは息を呑む。だがウェインライトはしてやったりという雰囲気ではなく、ただただ苦笑するばかりだった。
「あの人が助けようとするのはそういう人ばかりですから。頑張ったのに否応なしに失敗させられた人に、勝てる舞台を用意してくれる。
それはありがたいことだけど、燻りは続きますよね。戦場に立つことを選んだのに、思うように出来なかった記憶は」
「ウェインライトさん……」
「――あっ、もちろんグロースさんには感謝しているんですよ私の場合。そうじゃなきゃ結婚なんてしませんよ。ねえ?」
おほほ、と口元を覆いウェインライトは誤魔化す。いかにもなオバチャンめいたその動きに、リンは一瞬ぎくりとした心の拍子を外され遠い目をする。
「でもねクリューガー准尉。もし心の中に本当はああしたかった、ってものがあるなら、それは是非自分の力で叶えて下さいね。
あの人の優しさは大きすぎるから、ついその中でまどろみ続けてしまうから……」
「ウェインライトさんは、そんな過去が?」
「惑星Zi時代のことですもの、もう取り戻せない時代です。
でもあなたは違う。そこで若い人には頑張って欲しいと思うのは、年寄りのお節介というか、お婆さんなりの嫉妬というかですかね」
そう言って笑うウェインライトに、リンは自分が歩む道の先を見た。現に彼女は、自分達が進んできた道の先に立っていたのだから。
そして同時に思い出すのは、立川の空にアカツキライガーを跳躍させた一瞬。道無き空に一撃を放った時、確かにそこにはグロースの部隊の誰かではなく、自分とアカツキライガーがいて、そして戦場にその名を刻み込んだ。リンの手の中にはその感触が残っている。
「……確かに、ウェインライトさんが言うように、少将の思うがままではだめですよね」
「ええ。あの人は人を動かすのが好きなところもありますしね。思うがままでいるとこんな風に、幸せの絶頂から降りられない場所に連れていかれてしまいますよ」
そう言うウェインライトの笑顔は決して翳りがあるものではない。
だが若いリンが求めるものは与えられた平穏ではない。つかみ取るなにかであった……そのはずだ。
「あの人があなたのような人を助けたいのと同じぐらい、あなたが成し遂げたいことも正しい思いなのですから。
あの人は楽しそうに救いの道に誘ってきますけど、自分のことも見失わないで下さいね。これは妻としての嫉妬も込みのお願いです」
「し、嫉妬ですか」
悪戯っぽくウインクするウェインライトに、リンは苦笑して頭を掻いた。こういう所はグロースに似ているなと、そんな風にも思う。
「ご指摘ありがとうございます。最近上り調子だったんですが、ここに来て初心も取り戻せた気がします」
「それはよかった。盤石な基礎の上にこそ、高くそびえるものを建てられますからね。是非素晴らしい成果を上げて下さい。
……と言ったところで」
何か抱えるサイズのものを横に置くジェスチャーを見せ、ウェインライトの笑みはふにゃりと気の抜けたものになる。
「女性兵士が増えたとはいえ軍隊って男所帯でしょ? グロースさんについていると中々ガールズトークに花を咲かせる機会が無くって……! もしよかったらどこかで腰を落ち着けて軽いお話でもしません? こういうシリアスな話だけじゃなくて」
「あはは……いいですね」
女二人は連れだって歩き始める。そんな姿を後に続くアカツキライガーは首を傾げて見つめ、やがて少し遅れて追い始めた。
海岸から見える峯を越えれば敵がいるという土地でも、穏やかな時間が過ぎていく。それは嵐の前故か、あるいはそれこそが在るべき時間だからこそか。