ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot   作:高杉祥一

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IMPRESSION

・スパイデス
 ゴケグモ種の小型ゾイド。走破性と瞬発力に優れた脚部と強靱なワイヤーの生成や推進力を生み出す内蔵機関、そして節足動物系ゾイドとしては高度な知能を有する。
 小型ゾイド故に搭載可能な兵器は少なく本体の攻撃性能も高くはないが、正面戦闘や大規模輸送を除くあらゆる局面において活躍が見込め、さらに工夫次第では苦手とする場面でも力を発揮し得る。極めてユーティリティ性が高いゾイドであるといえるだろう。
 軍用機の場合は複雑な地形を踏破しての偵察斥候任務に多く投入されている。原種が単独行動するタイプのゾイドであるため孤独な行軍や劣勢の戦闘へのストレス耐性も強く、地上ゾイドとしては規格外な機動性によって生還率も高い。


NEW EARTH ERA 31 10/01 05:31

新地球歴三一年 一〇月一日 〇五三一時

南アルプス 身延山近辺

 

 時は新地球歴三一年の一〇月に入っていた。

 御殿場・熱海・沼津の三拠点から兵站支援を受けながら進行した討伐部隊はついに南アルプスの南東端に到達し、正統真帝国戦線が潜伏する山地への進入を開始。山脈東の富士川下流にベースキャンプを設け、観測に有利な高地の制圧を目刺しまず斥候部隊を放っている。

 そして今その斥候の一隊は、寺の跡が残る身延山付近で敵と思しき兆候を捉えていた。

「地上第三より空中第一。西に見える斜面で砂煙が上がっている。空中から別アングルで確認できるか?」

『やってみよう』

 地上部隊は険しい地形を踏破するためにスパイデス部隊で編成されており、その上空支援を行うカブターやクワーガの航空部隊が入れ替わり立ち替わりカバーに入る。そして今スパイデスのライダー達は隣の山中になにか動く気配を捉えていた。

 彼らの頭上を越え、偵察装備を積んだカブターの一個編隊がフライパスしていく。敵がいた場合迎撃も予想される危険な接近だ。だがそれを果たし、空中からの報告がスパイデス部隊に届く。

『機体が動いているのではないな。地形……なにか施設があるのかも知れない。ゾイドを出撃させるためのハッチか?』

 離脱旋回を行うカブター部隊の疑問に、さらにスパイデス部隊の隊長は疑問を浮かべた。

「地下施設を用意できているのか、奴らだってこの地に到達したのはさほど前ではないだろうに……。どんな工兵勢力を持っているんだ?」

「さて、それも気になりますが……あれがハッチだとすればゾイドが出てきますよ。我々の装備では交戦は避けるべきでしょう」

 スパイデスは小型ゾイドだ。さらにその偵察仕様ということで搭載武装は自衛用の対ゾイド機銃とスパイデス自身の爪や牙ばかりである。出現しようとするものがなんであれ、自分達を迎撃するための機体なら武装差は決定的だろう。

「情報収集の後全力機動で離脱する。観測用意。カブター部隊はこちらに構わず退避してくれ」

『おっと、見くびるなよ?

 ――退避はするが、空中視点での観測は行わせて貰う。記録は切り口が多い方が良いものだって、基本だな?』

 カブター隊の隊長は軽口を言いながら編隊に稜線を越えさせていく。その様子に同意の笑みを浮かべつつ、スパイデス隊のライダー達は現われる存在を待ち構えた。

 そして、砂煙を上げていた山肌の一部が不意に剥けた。その上に載せた木々ごと上にスライドした長方形の奥には闇があり、開口部は巨大だ。

 そしてまず赤い光が、そして網目のような紫の光がその中に浮かび上がり、それは朝の薄明かりの中に姿を現わした。

 ゾイドとしても巨大な、直立したその姿。山中に生える巨木よりもさらに野太いその体躯からは、数多の武装がその砲身の枝葉を周囲に向けていた。

「ゼログライジス・ネガシルエット……!」

 斜面中腹からも見上げるほどのその姿に、スパイデス隊は戦慄した。

「武装が追加されている……。連中め、面倒なものを」

「しかしなぜアレはこんなところに?」

「そりゃ駆動テストだろう。万全の状態で納品されたゾイドとは違うんだ。あらゆるチェックを連中自身がしなきゃならん――」

 言葉が交わされる中、出現したゼログライジス・ネガシルエットはゆっくりと視線を上げていく。さらにその背部でも八連の砲身が細かく作動し、自らの存在を確かめているかのようだった。

「くそ……なんかガツンと一発打ち込んでやれれば今後の戦略に有利なんだが」

「偵察部隊らしからぬ衝動ですね……。人間としてはわかりますが。

 しかしあんな細かいテストをこんな支配地域の外縁近くで?」

「去年地球を滅ぼしかけたゾイドだぜあれは。拠点内部で迂闊に起動できるかよ」

 自分達が発見されている、という真っ先に思いつく可能性は最初に排除できる。スパイデス隊はプロフェッショナルだ。山中にゾイドを発見するための設備があれば自分達に向いたそれを確実に発見しているし、そしてそれはここまでの道のりの中で存在しなかった。

 今し方地上に出たばかりのネガシルエットには、退避していくカブター隊だけが観測できているはずだ。

 そしてそうでなくても、斥候を務める偵察部隊の彼らはネガシルエットの全貌を捉えなければならない。後に続く者達と、後に繰り広げられる戦いのために。

「機動テストもしてくれないかな……運動性とかわかれば大金星なんだが」

 スパイデスにいつでも飛び退けるよう腰の引けた姿勢を取らせつつ、隊長は部下を鼓舞するような軽口を続ける。それは仲間の耳に届きつつ、しかしネガシルエットは出現したその場から動くことはなかった。

 かすかに口を開き、胸部骨格を動かすネガシルエットは静かに息を吐いているようだった。焦れる時間をスパイデス隊は過ごし、

「……昆虫種ゾイドの機影をレーダーで確認。直上より接近!」

「カブター隊とは別……?

 空中待機させられていたのか!?」

 響き渡る羽音に、スパイデス隊は見上げた。暗い空を降下してくるのは友軍とは別の機影。搭載した武装と電子戦装備のために見えにくいが、橙色の光を放っている。

「クワガノス……去年採用の新鋭機だぞ!? ソニックバード隊以外にあんな戦力まで――」

「隊長、高高度から監視されていたのだとしたら……?」

 部下の懸念。そしてその瞬間スパイデス隊は気付く。上空からの接近に目を向けた一瞬の間に、ネガシルエットの視線が自分達に向いていたことに。

 状況は斥候から交戦に移っていた。言葉を交わす間も無いままスパイデスを退避させる彼らへ、ネガシルエットの咆哮が追いすがる。

 

新地球歴三一年 一〇月一日 〇五三四時

南アルプス 身延山近辺

 

 ゼログライジスの操縦席は、その巨体の背部にある。

 八門のドーサルキャノンの合間に存在し、コンソール類を前に置いたその席はまるでパイプオルガンのようだとカナンは思う。いつかに誰かの善意で知り、そして一生たどり着くことが出来ない場所の一つだろうと思った、あの荘厳な場所だと。

「しかし実際に動かしてみれば……」

 何体かのゾイドに乗ってきた経歴を持つカナンにしてみれば、スケールは大きいがやはりここは戦うための場所だ。そこに感慨は無いし、持ち込むこともない。

 今ゼログライジスは、この正統真帝国戦線での運用形態を試行している。マインドホーンと呼ばれる他のゾイドと共鳴する器官を用いて、空中待機させていた無人ゾイドから観測結果を受け取り、地下の移動経路を用いて現地に向かうというものだ。

 現状、討伐部隊が接近しているこの山地の南東側には急ピッチでゼログライジスのための地下道が整備されているし、空中待機させるための無人観測ゾイドは全て納入され稼働している。今カナンの目の前で爆撃を受ける彼らにとっては予想外のことであろう。

 しかし、奇襲としては過剰な威力を浴びながら彼らは動きを止めていなかった。爆風ごしに彼らが散開して撤退しようとしている様子は、ゼログライジス自身とクワガノス達によってそれぞれ捉えられている。

 一筋縄で行く敵などいないことはカナンもよく知っている。故に彼女はゼログライジスに前進の操作を加えながら、機体が備える高度な電子装備を駆使して彼らの声を傍受にかかった。

「ふむ……」

 彼らはこのゼログライジスのことをネガシルエットと呼称していた。それが討伐部隊、第七開拓師団をはじめとするカナン達が捨て去った世界側からの呼び名なのだろう。

反転像(ネガシルエット)……随分と下に見た名前ですね」

 実物ありきというその呼称を、カナンは無感動に口にする。

 敵はこの機体を侮っているわけではあるまい。ただ事実として原型のゼログライジスよりは劣化した複製であることと、それ以上の存在に発展することを恐れてそのような名前を与えているのだろう。

 だがそれとは別にこちらの思惑はある。故にカナンは操縦席の交信装置を操作した。

「総帥、本機のコールサインを思いつきました」

 唐突なカナンのその言葉に、しかし交信相手の声は静かに応じた。このゼログライジスの状況をつぶさにモニターし、交信用のチャンネルも用意した相手だ。

 技術者や戦闘司令部もそうしているが、個人でそれだけの用意をしている者はただ一人。この正統真帝国戦線を率いる者。その男の声は穏やかに応じる。

『おや、ゼログライジスはそうそう増えるものではないと、定めないつもりだったのではないかね?』

「敵は名前の呪縛によって本機の存在を抑え込もうとしているようですので。ならばこちらはそれを覆すことでまじないを断ち切るまでです」

『なるほど……それが君の流儀かね。

 ならば、そのゼログライジスにはなんと?』

改訂版(セカンドイシュー)

 カナンはそう告げつつ、機体を走らせる。地下からのハッチがある斜面を発ち、前方に見えていた斜面は一瞬で迫ってきていた。そこにいる、逃走に転じた敵の姿も。

「実物から劣化した影ではなく、改善された存在である。それがこのゼログライジスに求められる要素です。

 戦闘能力、影響力、そして人からのコントロール性。

 そしてその結果としてもたらされる、世界を現状から改訂すること……。それらを踏まえた、適正な名だと考えます」

『ふ、む。よい命名だと思うよ、カナン。

 プロフェッサー・ランドとイレクトラ・ゲイトが放った問いに続く「第二の問題」としての意味も見いだせる。存分に世界に楔を穿ち給え』

「はっ……」

 激励を受け、カナンはゼログライジス――セカンドイシューの威力を振りかざす。目の前の斜面を後退跳躍しようとするスパイデスの一機に、巨大な腕が伸びた。

 腕一本でも巨大なゼログライジスの挙動は、初速が遅く、慣性が乗ると引かれるように伸びる。そしてスパイデスはその速度を超えて飛び退こうとしていたが、

「逃げられませんよ」

 虚空をセカンドイシューは握りこむ。その瞬間、退避しようとするスパイデスは空中で縫い止められたように停止した。障害物も、推進力も無しにだ。

「グラビティコントローラー……」

 このセカンドイシューがゼログライジスという種のゾイドとして持つ能力の一つだ。重力に作用する両の腕が、その長さ以上の位置でスパイデスを捉えている。そしてカナンは相手を把持したまま続く敵を視線に収め、

「続けて、そこ……」

 スナップを返させれば、捕縛したスパイデスが重力に包まれたまま僚機めがけて飛ぶ。空中で激突する二体にコントロールされた重力は伝播し、糸屑のように絡み合って宙に持ち上げられていった。

「ドーサルキャノン……」

 カナンの操縦は淀みない。操縦席の左右上方に砲身を伸ばす八門がその位置を正し、そして上空へと光線を放つ。

 セカンドイシューの視線の先にいるスパイデスに対し、的外れな射撃。しかしセカンドイシューが空いた片手を握りこむと、八つの光線はねじ曲げられて眼前の空間めがけて孤を描いた。

 大型ゾイドすら容易く射貫く威力を、自在にコントロールする主力火器がドーサルキャノンだ。スパイデスのような小型ゾイドにはオーバーキルの威力だが、

「テスト中ですので」

 ねじり上げられた光の線が渦を巻いて、空中のスパイデス達に迫る。容易く小型ゾイドを飲み込む光量に、カナンは眩しそうに見上げる視線を細めた。

 しかしその瞬間、空中から現われた影がスパイデスを横からかっさらってドーサルキャノンの射線から逃れていく。

「……?」

 スパイデスを救ったのは、偵察装備のカブターだった。広げた足にスパイデス達を絡みつかせて降下していく影を追って、さらに追随する機影が現われる。

「先程後退したはずの航空偵察隊ですか……」

 戦果を逃してか、カナンは操縦席で声のトーンを落とす。そして必死の退避行動を取る小型ゾイド達に刻まれたマークを、拡大した視界に捉えた。

 それは同心円内にO・C・Tの文字を並べ部隊名で支えたもの。討伐部隊の紋章ということだろうか。

 

【挿絵表示】

 

 

「『オクトーバーフォース』……。この十月で決着を付けるとでも言うつもりでしょうか」

 眼前で抵抗を見せる小さな力に、カナンはセカンドイシューの手を伸ばす。彼らの名乗りの不遜さを叩き潰すかのように。

 

新地球歴三一年 一〇月一日 〇五三八時

南アルプス 身延山近辺

 

 死を覚悟したスパイデス隊の隊長は、部下共々自分達を地表に連れ戻そうとするカブターを見ていた。それはエアカバーを行っていた部隊の隊長機で、

「おい、戻ってきたのか……!?」

『観測データ類は転送済みだぜ。その上でさ……。感謝してくれよ? 少なくとも俺がいなきゃこうして会話できてないんだ』

 そう告げるカブター隊隊長の機体は、引っかけたスパイデス二機の重量で落下している。故に低高度域で二機を放り出し、梢をかするほどの急角度で引き起こしをかけていく。

『情報を送ったなら、人員とゾイドも生還しなくちゃな。

 捨て身なんてするなよ? あんなゾイドを運用するような相手じゃあ、俺達のゾイドを突っ込ませたところで一晩で復旧されちまう』

「ああそうだな……。そっちも、道草食いに戻ってきた分帰り道は気をつけろよ!」

 あっけらかんと軽口を飛ばしてくるカブター隊隊長に、スパイデス隊隊長は負けん気の笑みを浮かべるしかない。

 一直線の後退は追いつかれてしまうのがここまでのやりとりでわかっている。航空ゾイドとしては低速のカブターも危険だ。この地から離脱するには、あのゼログライジスを足止めする一撃を加える必要があるだろう。

「だがどうする? ヤツから逃げる隙を作るのは骨だぞ」

『月並みだが土砂崩れでも起こすか? 都合良く落とし穴になる地形があったりしてな?』

「去年はマグマまで使って足止めしたと聞いているがな。どうする……?」

「隊長」

 共に救われたスパイデス隊副隊長が緊迫した声で告げる。

「富士川の上流に、確か……」

「……そういやブリーフィングで教えられてたな!」

『あれかあ。よーし……』

 ターンしていく隊長機は、支援のために戻ってくる部下達へ声を飛ばす。

『各機、戦略標的F1、F2、F3を攻撃せよ。俺達は下流に敵を誘導する!』

 小型ゾイド部隊である自分達が、ゼログライジスである敵を誘導するには危険な挑発を行うしかない。だがそのような手段について、スパイデス隊もカブター隊もやりようとして存在を知っていた。

「よーし……これよりゼログライジス・ネガシルエットに対する威力偵察を開始する!

 敵の能力を丸裸にしていくぞお!」

『あーもしもし。こちらは正統真帝国戦線、ゼログライジスのライダーです。

 本機はゼログライジス・セカンドイシューを公式呼称としております。そのようによろしくお願いします』

 割り込んでくる声に、スパイデス隊もカブター隊も一瞬言葉を失う。だが隊長達は図太く、

「戦果その一……!」

 やったぜとサムズアップしながら、スパイデス隊隊長は機体を跳躍させる。

 目標地点は富士川。その方角めがけて跳ぶスパイデス達めがけ、逆落としの土砂崩れのようにゼログライジス――セカンドイシューは木々を巻き込んで追いすがった。

「さーあ他にもいろいろ露わにしてくれよ皇帝龍殿……!」

 絶望的な戦いを前に、掠れた軽口が飛ぶ。

 

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