ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ゼログライジス
ギガノトサウルス種と推測されるゾイドの規格外個体。
新地球歴三〇年の北米大陸において出現した個体は、移民船団内で反乱を起こした民族系過激派指導者イレクトラ・ゲイトと彼女に同調した科学者フランク・ランドによって運用され、帝国・共和国両国に甚大な被害をもたらした。
そのルーツは他の地球種ゾイドとは一線を画するもので、資料コンラッドノート及びコンラッド・アイセル・ボーマン報告書によればゾイドクライシス以前に地球にゾイドコアが落着していた可能性があるとされ、リジェネレーションキューブによるゾイド因子放射で地球にゾイドが発生し得た原因の一つであると同時に、発生したゾイドの攻撃性を刺激しゾイドクライシスを巻き起こした元凶であるとも考えられている。
地球に落着したと推測される六五〇〇万年前には惑星Zi側でもまだ文明が発達していなかったにも関わらず、ゼログライジスのボディには強力な火器が実装されなおかつ体組織としてコアにも認識されている。このことからゼログライジスは未知の古代文明が地球に向けて射出したか、あるいは時空間を超えた場所に存在する別の惑星Ziから地球に漂着した可能性が指摘され、現在も研究途上である。
そして強力な戦闘ゾイドであることは多くの人々が知ることだが、その巨体を支える攻撃的ゾイド因子「オメガ」が他の生物や土壌に与える影響、なによりイレクトラやランドをも左右し得るゼログライジス自身の意志とも呼べるものが危険視され、常識的な組織においては復元などは計画されていない。
新地球歴三一年 一〇月一日 〇五四六時
南アルプス 身延山近辺
南アルプス東部での戦闘は続いていた。
木々の合間を駆け巡るスパイデスを見下ろし、カナンはゼログライジス・セカンドイシューが装備した武装の威力を振りまいていく。
「高い運動性を持った小型ゾイドへの対応力にはやはり限界がありますか……」
腕部に増設した連装砲でスパイデスを追跡しながらカナンは呟いていた。その射線は細かく跳躍するスパイデスを追いつつ、しかし捕らえ切れてはいない。
「今回装填しているのは徹甲弾のみですからね……」
照準性能を測るために、効果範囲が広い砲弾は使用していない。テスト中故の扱いにくさがあるが、カナンはそこに文句を漏らしはしなかった。
人生のあらゆる場面は思い通りに行かない。カナンはそう知っている。いちいち苛立つだけの感性は摩耗しきっていた。
そして精密照準ではスパイデスを追い切れないが、このセカンドイシューが本来持っている攻撃力を開放すれば敵は山渓一つごと吹き飛ばすことが出来る。保険付きの戦闘で腹を立てるのも馬鹿馬鹿しいことだ。
「ミサイルを使用してみましょうか」
操縦桿のホイールを親指で押し込み、カナンは武装を選択する。セカンドイシューの腰部に搭載されたミサイルランチャーは、ゼログライジスとしての強力な金属生成能力と新陳代謝を駆使してミサイルを機体内部で生産できるという代物だ。
打ち上がる四発のミサイルは退避行動を取るスパイデスの動きを先読みするように追い、そして操縦席後方では次のミサイルが金属の析出音と共に生成されていく。敵は追い詰められていくだけだ。
だが飛翔するミサイルの前を一つの影が横切り、それが撒き散らす銀の風に突っ込むとミサイル達は自爆していった。カナンはその爆風ではなく、飛来した影を視線で追う。
「偵察型のカブター……粘りますね」
スパイデス隊を支援すべく舞い戻った敵の航空戦力。だが彼らは一機を残して北の方角に向かっていった。何か策を弄するためだろうが、ここに残った一機も時間を稼ぐためによく動いている。
チャフをばらまいてミサイルをスパイデス隊から遠ざけた機影は、全身を傾けて低空に降下し、連なる山陰の背後に消えていく。航空ゾイドの機動性を駆使して地形を遮蔽物とする戦い方は、一朝一夕で身につくものではあるまい。
あのチャフも、本来はカブター自身の自衛のための装備だ。それをああもばらまいてしまえば直接狙われた時の手筈が無くなる。しかし斜面を壁にする機動は、その危機を逃れられるだけの腕前を想像させる。
「世界に抗うと言うことは、これだけの力の持ち主も相手にするということですね。
――これほどの力の持ち主が、何故あの虚飾の世界を守ろうと必死になるのでしょうね」
セカンドイシューを前に抗い続けるスパイデスもカブターも、そのライダーの技量はベテランが培った大したものだ。
しかしカナンは、惑星Ziの片隅で生きていたある民族の末裔である彼女は、それ以外の全ての人々に遠ざけられながら、一度たりともそんな大した力を差し伸べられることは無かった。
自分以外の全てに世界は優しく、世界は自分達に厳しい。それがカナンの認識であり、そうではない場所は自らの操作に従うこのセカンドイシューの操縦席と、世界に反旗を翻す正統真帝国戦線にしかない。
緑に覆われていても荒涼として見える世界に、カナンは自分の色を付けていく。セカンドイシューが放つ火力の赤を。
そしてその中で翻弄されながらも、スパイデス達は必死の逃走を続けていた。
「保ちますね……」
自分が同格のゾイドに乗っていたならば、同じようなことができただろうか。しかしセカンドイシューの暴威を向けられているのは彼らであり、力を振るうのは自分だ。その運命がカナンを支えている。
すでにスパイデス達は山の稜線を越え、下りに入っている。流れる富士川を背後に置く彼らは、それを越えれば一段落というところだろう。水が染みた川の軟弱地は、セカンドイシューの超重量を支えられまい。
「自然環境下では、ですがね」
敵の目論見に勘づきながら、カナンはセカンドイシューに脚を踏み込ませる。その足は下り斜面を堪えるために爪先に力を込めていたが、カナンはその力の向きを踵に移させる。
踏ん張るのではなく、巨体を前進させるためだけに踏み出された足は勢いのままに滑り出す。斜面の急角度をなぞり、セカンドイシューは富士川へと滑り落ちてスパイデス達を追い詰めていった。
それはここまで登り斜面を追跡されていたスパイデス達からしてみれば急加速に見えるだろう。その勢いの中で、カナンはセカンドイシューの両手に捕縛重力塊を形成させて敵の姿へと伸ばした。
瞠目するかのように動きを止めるスパイデス達。しかし次の瞬間、その姿は木々の合間から掻き消えていた。後に残るのは、強引に枝葉の合間を突っ切っていくものが散らす緑の散らばりのみ。
滑走するセカンドイシューはそのままに、カナンは振り向く。そこには山頂の木々に結びつけたワイヤーに自身を引き上げさせ、力任せにすれ違っていくスパイデス達の姿があった。
「なるほど、これが彼らの手筈……」
この高速での切り返しを利用してセカンドイシューを富士川に落下させるのが彼らの抵抗の策だろう。巨体の滑走に合わせて剥がれていく山肌はセカンドイシューを支えることは敵うまい。勢いに乗った機体はその速度に従い続けるしかない。
通常ならそんな発想になるだろう。
「昨年のゼログライジス事件の記録を精査していなかったようですね……!」
カナンは操縦レバーを捻り、そして全身をもって機体を振り回すように操縦した。その動作に応じ、セカンドイシューは滑走の先に左足を踏み込みながらスパイデス達に振り返る。
振り返るだけだ。勢いは減じない。しかしその次の瞬間、踏み下ろした左足の下から山肌がそこに生える木々ごと銀の光沢をまとっていく。
「地盤の金属化能力。オリジナル・ゼログライジスの脅威の一つであった点を忘れているとは」
剥がれ落ちる山肌が瞬時に固められ、金属の軋みと共にセカンドイシューの踏み込みを受け止める。その反力を得て、今までより強くセカンドイシューの巨体は山体を駆け上がった。逃れようとするスパイデス達に追いつくほどの速度で。
「あなた達の甘さが招いた死です」
捕縛用に展開していた重力場を槌のように爪にまとわりつかせ、セカンドイシューは両腕を振り下ろす。山頂に接近しながらの一撃は、細まりつつある山の直径を貫いて対の斜面までを貫いていた。
一つの山の標高を削り取る威力に巻き込まれ、スパイデス達は宙に打ち上がる。だがそこに飛来したカブターが、また空中の二体をかっさらって降下していった。
しぶとい。しかし自らの意に反する敵の動きを、カナンはなんとも思わない。敵とはそういうものだし、まだ生きているなら戦い続けるだけだ。
「そろそろ試すべき武装も尽きてきましたが」
セカンドイシューの尾列に沿って並ぶレーザー砲塔が対空の砲火を連続した。宙を薙ぎ払う光の扇にかかり、カブターはスパイデス達を放り出す。
「ここで一掃を――」
今こそ全身を振り返らせ、セカンドイシューはその威力を降り注がせようとした。
しかしその動作の一点が何かにかかり留められる。踏み下ろそうとした足を受け止める張力は、太い幹の間に貼られた一条の光。
「……スパイデスの糸……!?」
吹き飛んだはずの敵の装備に、カナンは思わず呻いていた。そして気付くのは、ここまで相手にしていたスパイデスが二体であるということ。
地上部隊の編成であるならば、三体目のゾイドがいてもおかしくはない。その思い当たりに応じるように、今木々の合間から三体目のスパイデスが富士川の方角へ斜面から跳躍する。
「なるほど……!」
スパイデスとカブター。この地に存在する敵戦力は戦闘ゾイドとして武装を追加されていてもこのセカンドイシューを撃破しきれる存在ではない。だからこそ、撃破され得る直前の極限状況でこちらの能力を引き出そうというのだろう。
敵は必死だ。――かつての自分のように。
「認識を改めましょう、オクトーバーフォースの尖兵……!」
つんのめっていくセカンドイシューの背で、カナンは頷きを一つ。そして機体が両手に生じていた重力塊を握り潰させると、その左手を迫り来る斜面に叩きつけた。
打撃の手はその威力のままに斜面を金属化させる。その強固な面の反力を得て、セカンドイシューは崩れ行く身を宙に回した。山麓の狭間に、長い尾をたなびかせてセカンドイシューの巨体が螺旋を描く。
「あなた達を全力で排除する……!」
空中からセカンドイシューはドーサルキャノンの威力を敵へと振り下ろした。さらにその光爆が荒れ狂う中、巨獣は食いしばっていた口元を開き冷たい大気をその喉奥に飲み込んでいく。
「原始開放・ゼロブラスト……!」
莫大な水飛沫と共に富士川に降り立つ中、セカンドイシューの吸気は続く。それと同時に、体を縛り付けるように伸びるあばら骨の拘束を引きちぎって胸郭内部の砲口が露わになる。
Zi-END。ゼログライジスというゾイドが持つその威力は、かつて共和国首都ネオヘリックを焼き払ったものだ。このセカンドイシューもそれに並ぶ威力は備えている。
穏やかな流れを堰き止めながらその破壊力を胸に抱いていくセカンドイシュー。そこへ、操縦席がある背後から衝撃が襲いかかった。
「…………!」
カナンが振り向いてみれば、土の色の濁流が操縦席のキャノピーにまで届いている。それはセカンドイシューが着地した富士川を貫く鉄砲水の流れだ。
「上流の方向に消えたカブターの目的はこれですか。しかし……!」
富士川の上流には、二一世紀に作られたダムが存在する。三カ所あるそれぞれではまだ水量に対する堰き止め効果が働いていると、カナン達の調査では判明していた。そして自然の中にあるもの故、オクトーバーフォースも容易くそれを見つけていただろう。
あとはそれを破壊すれば鉄砲水が生じるのは当然の流れだ。
だが濁流に包まれながら、セカンドイシューはその体を崩さずにいた。川底の地形を金属化させ踏みとどまり、Zi-ENDの威力の源となる大気中のゾイド因子を飲み込み続けている。
「大いなる力はいつも小さな抵抗を飲み込んでいく。
この激流をさらに上回る力に灼かれなさい」
飲み下しきれない大気の理力は、今こそ破壊力としてカナンの眼前にほとばしった。セカンドイシューのゼロブラストが、富士川流域を貫く光の渦として空の彼方までを渡っていく。
その先には、濁流の中に落ちて下流まで退避しようとしていたスパイデスやカブター達の姿もある。水面から宙空までを薙ぎ払う威力は小さな存在など構わず飲み込もうと走り、
「…………!?」
カナンは見た。Zi-ENDの光条が縦に空を引き裂く中、何者かがスパイデスとカブターを川面から掬い上げて飛び去る様を。
空間が受け止められるエネルギー量を超えて破壊力を注ぎ込まれた空は、薙ぎ払われるままに炸裂していく。しかしその爆炎が生む壁の左右に、逃れていく光は散っていった。
「……別の飛行ゾイド……?」
予期せぬ戦場を動かす要因に、カナンは首を傾げるしかない。眼前にいたはずの敵はすでに遠く運び去られ、セカンドイシューは氾濫した富士川に浸かりながら己が生み出した金属の足場の上で静かに吐息を漏らしている。
カナンの敵達を連れ去った存在が何者かは、今この戦場では窺い知れない。ただ敵を失い、しかしこの戦場に一人最大の戦力を持つに至ったカナンにしてみれば敵が如何様なものであろうと大したことではなかった。
「敵は撤退したようです。残敵はいますか?」
カナンの問いに、周囲の山々で動くものがあった。それは敵対していたスパイデスやカブター達からも身を隠し続けていた正統真帝国戦線の山岳レンジャーのゾイドだ。
緑の迷彩装甲に一撃必殺の長砲身火砲や大型ミサイルを抱え、擬装ネットを払って立ち上がるのはナックルコング・レンジャー達。さらにそれを率いるのは、
『敵の手応えはどうだあ? 野獣を率いるお姫様よお』
ニタニタと笑みをたたえているのが思い浮かぶ声音で問いかけてくるのは、ナックルコングの群れの中で唯一ギルラプターに乗り込んだ男、ロイの声だった。戦場を俯瞰し、カナンの存在をも見下ろすようなその声に彼女の心は冷めていく。
「テストを兼ねていなければ容易く処理できた相手です。それより、そちらはこの機体の記録を取れていますか」
『もちろん。隙だらけな連中に殴りかかるのを我慢して観測していたぜえ?
一番ビビッドなデータから教えておこうか? そのゼログライジス……セカンドイシュー? のゼロブラストの射程だがな』
伝えようとするロイの声は、一度水音に遮られた。富士川の氾濫によるものではなく、彼が操縦席で何か呑んでいるからだろう。
『二〇キロは保証するぜ、っと……。
まだ厳密な観測データは出ちゃいないが、ここから海まで届いている。ならそれだけの数値は間違いないだろう』
山渓を貫いて舞い上がる水蒸気の彼方を、横に逸れた山頂にいるロイ達は見切れるのだろう。その見透かすような声を受けつつ、カナンはセカンドイシューを山中の回収地点へ向け回頭させた。視線を逸らすように。
「充分ですね。本機は正統真帝国成立を支える戦略兵器たり得るでしょう」
『おや、もっと大きな可能性に目を向けないのか?』
ロイは面白おかしそうに続ける。
このセカンドイシューの存在を持ってすれば、これまでカナンを虐げてきたありとあらゆるものへの復讐が果たせるのではないかと。
そんな誘惑を振るわれながら、カナンは淡々と言葉を続ける。
「本機は次の作戦行動に備えます」
『ふん、ご随意に……?』
富士川から揚がり、山中に設けられた地下通路のハッチに向かうセカンドイシューに、ロイは己のギルラプター・ブラックナイトを追随させる。
その姿を見下ろしながら、カナンはこの男がどこまで自分を見透かしているのかについて思いを巡らせていた。
新地球歴三一年 一〇月一日 〇五五三時
南アルプス 身延山近辺
それは生まれ落ちてからこの方、自分の意志に寄らぬ世界に生きていた。
眠るような時間の中で自分が拡張されていく感覚に身を委ねていたかと思えば、今は吹き付ける外界の風に襲われている。
それは己が一つの存在であること、己の外に思いも寄らぬ者達が存在することを理解していた。しかし外なるものに吹き曝されながら、自身の力を他者の意志に引き出されていく流れの中でそれの意志は麻痺していく。まどろみの中では、自分自身すら己の意志では動かせない。
輪郭のぼやけた意志は、周囲に生命が渦巻くこの山中に意識が溶けていくかのようにすら感じていた。その中に誰かの手で導かれていくことに恐れを感じないのは、自身が持つ力故だろう。
全てを飲み込むのは結局自分の方だ。強大なのだから。
しかし始めて目覚めた時は、周りにこんな緑のものはいなかった。己に抵抗していたものは一つだけ……。
そしてそれ以前、自分が生まれる前にもこんな戦いがあって、そこでも自分は周りを多くのものに囲われていたような。
曖昧な記憶を咀嚼しながら、それ――ゼログライジス・セカンドイシューは正統真帝国戦線が設けた地下通路のハッチへとその身を進めていく。
その奥にわだかまる深い闇が、芽生えつつあった意志を飲み込み――閉じる。