ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・マスドライバー
大質量物を射出レールを用いて投射することを目的とした施設。多くの場合物体を天体の周回軌道や重力圏外に打ち上げるために使用される。
有人機打ち上げにも用いることが出来るが、加速度に考慮するならば無人物体の打ち上げに適している。ロケット類と異なり外部から加速力を与えられる分打ち上げ能力は高い。
作動原理としてはエネルギーを投入しやすい電力で作動するリニアモーターやレールガン機構を用いることが有効。
惑星Zi時代の大型輸送ゾイドに武装として搭載されていた記録が残っており、大質量物を地上攻撃に用いることの有効性は古くから認識されていた。
新地球歴三一年 一〇月一日 一八一三時
南アルプス 宍原キャンプ
山中の集落を中心に作られたベースキャンプ・宍原に到着したオクトーバーフォース本隊はその地で緊急ミーティングを開いていた。
天幕の下に長机とパイプ椅子、ホワイトボードやプロジェクターが運び込まれ、更に各員に配られる端末やパーソナルコンピューターの数はダース単位だ。
「確認するが、今朝の身延山方面への斥候以外では敵との遭遇は無かったんだな?」
「敵戦力は勿論、痕跡もありませんでした。今回のようなカメラも……。
つまり敵は偵察とベースキャンプ設置後の警戒の合間を縫って後方浸透し、あのカメラを設置したことになります」
グロースの問いに応じるのは、隣の席に座る女性参謀だ。眼鏡を押さえながら彼女は書類を手に取り、
「偵察は現在、富士川以外に安倍川、大井川、天竜川を遡上する各ルートで行われており、十枚山、井川湖、黒法師岳ライン以南が安全圏と目されていましたが……」
「敵に後方浸透の方法があるなら前提は覆るな。しかし、その方法はある程度見当がついている。地下だ」
そう言うと、グロースはプロジェクターを操作する相手に促しの合図を送る。そこで表示されるのは軍用資料ではないが、急遽収集されたことを示す赤い判が押された紙面だった。
「本土の帝国、共和国各諜報部から上がってきた報告だ。
デルポイ連邦を名乗る当該武装組織が使用しているのは地球開拓のために開発、ストックされていた地下開発資材で、これを保管していた複数の企業から連中への物資の流れが確認された。ま、これは俺の予想通りだな。
そしてこの資材には地下建築の構造材以外に、地底開発を支援する装置類も含まれる。これにキャタルガみたいなゾイドの力も加えれば、想定以上の速度で秘匿陣地を作り上げることが出来ただろう。
だが、それにも限度はある」
グロースが手繰るように手を回すと、プロジェクターが投影する画像が切り替わる。それはヘンリーが映したのと同じ南アルプスの地図だが、その端々に幾何学的な赤のラインが走って図形を重ねている。
「これは今紹介した資材を用いて、今年に入ってから南アルプスの地形を改造した場合可能な地下施設開発の規模を概算したものだ。
南アルプス全体をカバーできないのは当然のこと、手を入れられる面積は全体から見ても精々四分の一、地下空間が南アルプス全体に占める割合で言えば一六分の一に過ぎないことがわかる。
さらに……」
スライドはさらに進む。次もやはり南アルプスの地図だが、やはり一部が赤く塗られたものだ。
「……南アルプスの山々の西側斜面――それも一定以上の標高のものだけが塗られているようであるな」
指摘したのは戦闘部隊の半数を占めるセプテントリオン戦闘団を掌握するララーシュタインだった。もっとも、その隣でブルーダーが耳打ちした気配があったが。
しかしそれらを意に介さず、グロースは頷く。
「そう、つまり
グロースに問われると、会議の参加者達は一瞬狼狽えた。しかし想像力を働かせ、一人また一人とはっと顔を上げていく。
「……北米大陸を砲撃できる仰角を持った斜面……?」
会議の末席に加わっていたリンが気付く頃には、グロースはスライドにワイプを加えていた。それはデルポイ連邦の放送の一場面を切り取ったもので、デストロイヤー・ガンの砲身と思われるものが映り込んだ場面だ。
「連中は放送でこれ見よがしに戦力を誇示してくれたが、ペテンが含まれていると思われる場面がこれだ。
砲撃を強調していたが、使用するマスドライバーというものは極めて大がかりな装置だ。記録に残っているものも地形に沿って設置されて大質量物を打ち上げるものだった。その辺の大砲みたいに砲身を動かせる規模じゃない。
つまり本物の砲身はどこかに設置されているはずで、その可能性が高いのが各山の西側斜面というわけだ。東側斜面上に発射口を設けて砲身部を地下に敷設する方式もあり得るが、メンテナンス性を考えると機構を完全に地下に埋没させる方式は難しい。発射の起点部の深度も深くならざるを得ないしな。
そうなると北米を砲撃できるだけのマスドライバーを設置できる位置はこれだけということになる。そして敵の最重要兵器の一方であるそれがあるところは、当然敵の拠点の中でも最重要なところであるわけで……」
その近辺に敵の本拠地が存在する。その程度の結論を洞察できるだけの知性は、この場に居合わせる者なら本来持ち合わせているはずのものだ。
「いいか、敵は強いカードとハッタリとを使い分けてこっちの判断を揺さぶりにかかってきているが、所詮は未開の地に秘密基地一つ作るのが限度の組織でしかない。だから現にこうして化けの皮を剥ぐことも出来る。
各人の本来の知識を持って、作戦立案に参加していただきたいもんだ。いいか?」
腕を組み、これ見よがしにふんぞり返ってみせてグロースはそう告げた。その余裕の態度こそハッタリであろうが、それでもそうして見せるトップがいることで天幕内の空気は和らいだ。
「……それでしたら一点、指摘できることがございます」
一人の男が挙手する。共和国軍軍服に身を包んだ彼は、さらに胸元に海軍の徽章を付けていた。
「ネーバルサウルス艦隊の……」
誰かが呟く。彼は海上輸送並びに艦砲支援を担当するグロースの副官の一人であり、しかし戦場が海から離れていく今役割が少ない立場だった。だがそれ故の冷静さあるのだろうか、彼は物怖じせず、
「放送で敵が誇示した戦力の中にグラキオサウルスがいましたが、ネガシルエット――敵はセカンドイシューと呼称しましたが、つまりゼログライジス級を除けばこれが敵の最大の通常兵力であり、この山中での戦闘の障壁になると思われます。しかし……」
「うむ、続けてくれ」
グロースの頷きに、海戦参謀も首肯を返す。トップの支持が持つ効果は絶大だ。
「――しかしグラキオサウルス種は山中での機動性に難があります。このことから敵はこれを河川部に投入する腹づもりでしょう。
大型のボディ故に武装プラットフォームとしても強力なグラキオサウルスですが、その戦力が影響を及ぼせる範囲は限られたものになるはずです」
「確かに、山中の川は谷間にあるわけだから周囲の視界は狭いだろうしな」
河川砲艦として活動することになるだろうグラキオサウルスの射程が制限されるということだ。
「山岳地帯で活動するために選抜された我々の戦力ならば、グラキオサウルスからの攻撃はほぼ考慮しなくても良いでしょう。
さらに駿河湾にネーバルサウルス艦隊が進出している今、グラキオサウルスが海上に逃れることもありえない」
「川の上でも我々は負けませんよ!」
声を上げたのは帝国軍機甲部隊の戦闘隊長だ。
「我が軍から持ち込まれたバズートルはグラキオサウルス相手でも引けを取りません。さらに歴戦のガブリゲーター部隊も河川部を遡上する偵察部隊に組み込まれていますからね」
「川の上の敵だからって水上戦力だけが有効なわけじゃないですよ。先頃生還したスパイデスを用いるレンジャー部隊にカブター航空隊……それに制空権を確保し得るソニックバードとが共和国からも参戦しています」
「おおっと、対地攻撃なら未だに我が軍のスナイプテラ・タイプがトップクラスですよお」
やいのやいのと声は上がり始めた。その盛り上がりは、天幕の中まで入り込んでいた緊迫の空気を追い出していく。
「その調子で頼むぜえ、お前らあ」
周囲を見渡し、グロースは椅子に座り直してくつろぐ態勢だ。
各分野に秀でた者達が声を上げ始めた今、グロースの役目は最後の調整と承認だ。ここまで士気を高めることも、役目だったかも知れない。
「部下が優秀だとお仕事楽しいわー」
そう言いながら、議事録を取る副官に労いの手振りをするグロース。
そしてその様子を、リンは全て見ていた。戦いに向けて動き出す部隊の頭脳たる現場を。士気の低下がひっくり返される時を。
ここは戦場ではないが、今確かにこの時代の、この局面が動いた。その場に居合わせたリンは、それを成し遂げたのがグロースであることを理解し嘆息するしかない。
「導き手……」
世界の主導権を握ることが出来る。だからこそグロースは少将という立場を与えられたのだろう。
彼がもたらした高揚を実感しながら、リンは自分とアカツキライガーでそれを為すことを考える。目の前で繰り広げられていくこれからの戦いの青写真を理解し、そこに自分の姿を重ねていった。
アカツキライガーを任せられた自分が目指すべきもの。目指すばかりで、その有り様を実感してこなかったもの。それを古い時代の住民であったグロースから得るのは、これからを担う者のモラトリアムだと言い訳できるだろうか。
「違う……今必要なのは言い訳なんかじゃない。
私に何が出来るか……」
グロースはそう世界を単純にしてみせた。その問いの中で出した答えは荒削りだろうが、正しい方向を向いているはずだろう。
思えば彼の妻ウェインライトも似たようなことを言っていたかもしれない。言葉に出来なくとも抱いた思いを信じろという彼女に、自分の出来ることを為せというグロース。感情と理性の両側面から、答えを煮詰めていく道筋がそこにはある。
そして導くグロースに対し、自分で歩くことを忘れないよう告げてくれたのがウェインライトだった。二人が夫婦なのは、存外在るべき姿なのかも知れない。
自分もそんな、『在るべき』に向かっていかなければ。
ミーティングの片隅で一人リンは両手を握りこむ。今は、独りで。