ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・高圧濃硫酸砲
惑星Zi時代から運用されている化学兵装。
基本的には金属生命体であるゾイドを標的とし、その外装から器官までを浸透侵食し得る濃硫酸を噴霧する武装である。
だがゾイドの身体を破壊するだけの激しい化学反応を起こす濃硫酸はゾイドに随伴する歩兵や操縦者など人間に対しても甚大な被害をもたらす。その側面から軍事関係者、一般市民問わず非人道兵器としての認識が深い。
新地球歴三一年 一〇月一四日 二二三六時
南アルプス 赤石岳ベースキャンプ付近
夜闇の野営地。星明かりと戦火が散発的に照らすその場所で二体のゾイドが対峙していた。
その姿はどちらもギルラプターの細身。黒地に赤という色味も同じだが、その立ち居振る舞いは異なる。
「デルポイ連邦のギルラプター乗り……。気になってはいたが、こういう方向性だったとはねえ」
両腕のガトリングを構えるのはグロースが駆るギルラプター〈ナハトリッター〉。夜の闇の中にそびえ立つその姿は、周囲で退避するオクトーバーフォース司令部要員達を守るように構えている。
「お嫌いかな将軍閣下。俺は好きなんだがなあ。こういう、楽勝な状況」
他のギルラプターやナックルコングを率いて嘲笑うように仰け反るのはロイの〈ブラックナイト〉。
「イヤだねえ、そういう風に殊更に勝ち誇ってみせるヤツは。それが同じギルラプター乗りだなんて俺ぁガッカリだね」
「ハ、縁が無かったようだな。そんな相手と同じ世の中で生きるのは辛いだろ、楽に始末してやるよ」
そう言うとロイのブラックナイトは顎でグロース達を指し、部下達に攻撃の構えを取らせる。それに対するグロース側は司令部の直援戦力はいるが、空挺降下による乱戦で彼らしか守りの力は無いという状況だ。
力量差をひっくり返し得る要素は、自らゾイドに乗るグロース。そんな状況に本来は指揮官であるべきグロースは苦笑するしかない。
「やっぱ俺は自分の手が届く範囲で事を進める方が性に合ってたなあ」
「実力も無いのに組織の中で出世しちまうと大変ってことだな?」
「かもなあ。ま、お前さんはそんな心配とは無縁だろうが」
挑発が交錯し、夜の大気が張り詰める。直後に二体のギルラプターは急接近の一歩を踏み、オクトーバーフォース司令部キャンプ近辺での戦闘は生起した。
駆け出すグロースのナハトリッターにオクトーバーフォース司令部直援のキャノンブル隊は二の足を踏む。
「少将閣下……!」
「お前達は司令部要員が撤退するまで守りを固めるんだよ。牽制は俺達がやるからってなあ!」
友軍に密集陣を敷かせながらグロースは前に出る。重装甲大火力に加え野太い角を備えたキャノンブルの槍衾は並大抵の戦力で突破出来るものではない。
それに襲いかかるのは剃刀のような切れ味を誇るギルラプター軍団。だが鋭く切り込むには速度が要り、濃密な弾幕の前ではその行き足が鈍り拮抗が生まれる。
そして押し合いの戦場に横様に飛び込む二つの影。食らいつきと切り裂きを互いに飛ばし合いながら身を躱し、踊るように戦場を横切っていくのはグロースとロイそれぞれのギルラプターであった。
「じーさんが反射神経でピチピチの若者に勝てるとでも思ってるのかよ!」
「そこら辺頑張るのはこっちの場合相棒の方なんだよなあ」
ロイのラッシュに対し、グロースは操縦席から周囲に視線を飛ばし火線をかいくぐっていく。迫り来る刃はナハトリッターが見切るし、グロース自身も相手をかすかに視界の端に収めるだけで対処出来る。
「悪いけどギルラプター同士での戦闘ならこっちは飽きるほど経験があるわけよ、と……」
鉤爪をかいくぐりながらナハトリッターを後ろへ後ろへと進ませたグロースは、そこで不意の後ろ蹴りを放たせる。そこにいたのはキャノンブル隊の火線の隙間から突入を仕掛けようとしていたデルポイ連邦側のギルラプターだ。当然隙を突かれ、無防備に吹き飛ぶしかない。
「慣れで戦ってるってことかい。いいのかあ? 俺のような若者はお前の想像を超えていくかもしれないぜえ」
「んな擦れきった物言いの若者がいるかよ!」
ナハトリッターが駆け回らぬよう、ロイのブラックナイトは包み込むように周囲から斬りかかる。回避を繰り返してきたナハトリッターは、それに対して爪とショーテルを当てて弾き返す構えだ。
激しく畳みかけるブラックナイト、その場で小刻みにステップを踏み刃を当て返していくナハトリッター。どちらもギルラプターの瞬発力を極限まで発揮した対決。
周囲での激突は続くが、異次元の決闘は徐々にその周囲の空間に空隙を作っていく。それは畏敬故か、それとも刃が飛び交うその場が危険だからか。
「頑張るじゃねえかジジイ。じゃあこういうのはどうか……!」
その瞬間、ロイの操縦に引き戻されてブラックナイトは背後に跳んだ。リズムが崩れる中ショーテルを防御に合わせに行っていたナハトリッターはそのままその切っ先を向けて防御とするが、そこへ浴びせられるのは銃撃戦の最中にあって違和感がある気体の噴出音だった。
すかさず操縦レバーを引くグロースと、飛び退くナハトリッター。どちらが先かはわからないが、勘づいたものは同じだった。
「高圧濃硫酸砲か……!」
「けっ、知ってたか」
ブラックナイトが左腕に携えていた火器を振り上げる。後部にタンクを備えたそれは、弾倉が装填されるべき通常火器とは異なる。
そしてその射線に突き出されていたナハトリッターのショーテルが蒸気を上げ、発射されたものの正体を示していた。
それは激甚な反応を引き起こす化学兵器。ゾイドの装甲や作動部を侵食し得る濃硫酸だが、装甲に守られていない戦闘員に対しても危険な存在でもある。
「惑星Ziでもわざわざ外すパイロットがいたんだぜ、そいつは」
「おお、調べた上で付けたんだぜこれ。
すげえよなあ。顔がボロボロに溶けたり? 皮膚と野戦服が混ざり合って取れなくなったり? 俺のお気に入りエピソードは負傷兵二人がくっついちまったヤツでよお」
「てめえ……」
第二世代のロイにとっては伝聞となるそれらの事柄だが、グロースはわずかとはいえその実態を見てきた層だ。
「――そういえばこの辺にも生身の兵士がいたっけ?」
「てめえ!」
粘り着くようなロイの声と、口の端を吊り上げるように首を傾げるブラックナイトにグロースは食ってかかった。そしてそれを躱し、黒のギルラプターの一方はまるで零した油のように弾幕の隙間を縫って前に出ていく。
「いやホントお仲間を気にしなきゃいけない立場って大変そうだぜ! 俺は御免だね!」
「お前だって戦力を与えられた立場だろうが!?」
「俺はそういうキャラじゃねーもおおおん!」
ロイがブラックナイトを走らせる先にはキャノンブル隊の隊列があるが、軽快かつ単騎のその姿は射線をかいぐり、角の壁を越えていく。
そこにいるのは書類や機材を破棄し要員輸送用のカーゴスペースを持ったゾイド、ラリーブルに乗り込もうとする司令部要員達だ。ウェインライトに促される副官ハインツやコーネリア達はもちろん生身であり、高圧濃硫酸砲を浴びれば――。
「お前っ! それでもゾイド乗りかよ!」
「俺は自分だけ強くて勝てる環境も大好きなんだよなあああ!」
ラリーブルのラダーに足をかけていた司令部要員達の前で、ブラックナイトはスライディングで足を止めて腕の高圧濃硫酸砲を構える。そのまま蹴り飛ばすことも出来ただろうに。
それ故に、その鋭い光は間に合った。
「ロイ中尉ぃぃぃぃぃっ!」
夜の闇を切り裂いてその空間に届いたのは高い声と風を纏った刃。瞬間的に飛び退いたブラックナイトの代わりに空間に飛び込んだのは、夜の闇に溶けながらも鮮やかな朱を携えた獅子の姿。
アカツキライガーだ。
「リン・クリューガーかあ」
乱入者を前に唸るロイに対し、リンはアカツキライガーの機関砲とガンブレードを乱射し追い散らす。背後の人影をライガーが一瞥し、
「ウェインライトさん、撤退を!
グロース司令、加勢します!」
「ナイスタイミングだぜ、流石だな……!」
口笛混じりに歓声を上げるグロースに、ナハトリッターも同調して爪先でストンピングを見せる。一方で飛び退いたブラックナイトは低く構えてリン達を睨め上げ、ロイの声を低く轟かせる。
「けっ、優等生のチビ女か……。てめえの相手する時間は終わったんだよ! すっこんでろ!」
「そうはいきません! ロイ中尉、あなたは私が倒します!」
声を上げるリン同様挑みかかるように吠えるアカツキライガー。その音圧を低空でいなしたロイのブラックナイトは滑るように横へ、リン達を躱すように動き出していく。
「マッチアップしてくるストーカー野郎なんてお望みじゃねーんだよ。こっちが仕掛けた対策が無駄になっちまうじゃねーかっと……」
砲火の中を泳いでいこうとするブラックナイトへ、アカツキライガーは重装甲を頼りに詰め寄っていく。ロービジ迷彩をかすめて砲弾がたてがみを削っていくが、被弾の見返りは最短距離を一直線で行くルートだ。
「そうやってのらりくらりと……卑怯な手に、人から奪ったものに、あなたはなんでそう露悪的なことばかり!」
「俺は俺がやりたいように、やりやすいようにしてるだけだぜえ!?」
ガンブレードを突き込むアカツキライガーに対して、ブラックナイトは夜の霧のようなつかみ所の無い挙動でその切っ先から身を躱していく。
「クソ……武装があるとやっぱりライガーは突っ込みが強いな。ぶつかりたくねえ――」
重装を速度に乗せて突っ込んでくるアカツキライガーに対し、ブラックナイトは闘牛士のような回避の挙動。しかし突撃を躱したその瞬間、首を振って視線を巡らせたブラックナイトは躓くように不自然な角度で跳んだ。
その影が行く先だった空間に蹴りを空振るのは、アカツキライガーと飛び交う火線の陰に身を沈めたナハトリッターだった。完全にロイの意識の外から襲いかかったシックルクローをブラックナイトが回避せしめたのはゾイド、ギルラプター種が持つ驚異的な反射神経故か。
「ははっ、こっわ!」
リンとグロースの強攻を愛機の力で躱し、ロイは裏返った笑いを上げる。
そしてロイを助けたブラックナイトのように、二体のゾイドが動く。戦いに勝利するために。
蹴り足を出した勢いで身を回すナハトリッター。その背で展開したウイングショーテルが、転ぶような回避を見せたブラックナイトの首めがけてギロチンとして落ちる。
刃によって閉じていく空間。だが液体のように流れるブラックナイトはその背と尾をショーテルに削られながら突破した。
そしてロイが声を上げるよりも先に、突破先の空間に砲身を向ける巨体。突撃で踏み込んだ足で踏ん張り振り返るのはアカツキライガーだ。
回る視界の中央にブラックナイトが飛び込んだ瞬間、リンは反射的にトリガーを引いていた。
バレルの展開、出力プールコンデンサの接続はもはや自動化している。そして空間を抉りながら飛び出した砲弾は、プラズマ化しながらブラックナイトの足下へと飛び込んだ。
「かっ……はっ――!」
凄まじい弾速を突き込まれ炸裂する地表。その破壊力に巻き込まれて浮かび上がるブラックナイトからロイの息が漏れる。しかしそれでもブラックナイトは威力に乗って跳び、アカツキライガーとナハトリッターの間合いの外へ着地した。
「へ、は……! 噂のレールガンか。とんでもねえものを振り回して来やがる」
衝撃に全身を叩かれながらもロイは操縦席にしがみついていた。そしてブラックナイトも体躯の芯まで震わされ着地の勢いのままに傾いで戦場の外へとふらついていく。
「覚悟して下さい、中尉!」
アカツキライガーの強い蹴り足の勢いに乗り、リンは展開したガンブレードを突き込んでいく。その先端のブレードは銃口を閉鎖し、より長く鋭いものを反転展開。
「アカツキペネトレイタ――――!」
エヴォブラストの突撃が一瞬で間合いを詰めてブラックナイトに迫る。
そしてその先端で口の端を吊り上げるように首を傾げるブラックナイトに、リンとアカツキライガーは震えた。
「――弱ってなんかいない!?」
瞬間的に身を捻って虚空に吹っ飛んでいくアカツキライガー。そしてその腹をかすめて、ブラックナイトが振り上げるショーテルの鋭い光沢が走った。
「けっ、これだから真面目ちゃんは……。騙されねえんだもんな」
アッパーの斬撃を飛ばしたブラックナイトの操縦席から、ロイの感心しつつも小馬鹿にしたような声が響く。しかしそんな余裕を残すほど、レールガンの威力は甘くはないはず。
交錯しすれ違う敵の姿を、リンが操縦席の中から認める。そしてブラックナイトの仕草が闇夜にも明らかに見えた理由がそこにあった。
ブラックナイトの全身、特に破損として刻まれた装甲の亀裂や端々から燐光が立ち上っている。夜闇にも淡い光だが、それは白に近い――、
「紫色……。
これは……ゾイド因子オメガの色!?」
巨獣ゼロファントス、巨神ゼログライジスを支えるエネルギー源にして、前年に北米大陸を震わせた大事件の根底に流れていた存在。それはこの時代のゾイド乗りにとっては自我を奪われる恐怖と共にあるもののはずだが、
「知ってるぜえ。もうゾイド因子オメガを通じて人を操る怪しいババアはいねえってなあ。
なーら使わない手は無いよなあ……折角チューシュツキなんてかっぱらってきたんだもんなあ!」
始めはじわりと染み出すように、そして今や全身にその光は広がっていく。前年ゼログライジス事件の最中において多くのゾイドとライダーを狂わせたはずのそれを漲らせ、ブラックナイトはその名に反して闇夜にその姿を露わにした。
「ダメージが回復していく……」
一歩引いて牽制の射撃を構えていたグロースが言葉を漏らす。その通りに、装甲の亀裂に特に強い光が走って癒合を促していた。
「残念でした、かな? へへ、真面目に戦ってるバカは可哀想で仕方がねえや」
司令部要員達へのルートを塞がれたためか、ロイはブラックナイトを後退させていく。その行く先ではキャノンブルと撃ち合う同じ空挺部隊のギルラプター達が踏ん張っているが、火力の差からか同じように下がり気味だ。
オクトーバーフォースが押し返している。しかしそれはこの場所だけの事実だ。
ロイ達の背後の山並みに、この戦場の大前提たるその姿が姿を現わす。
『――ロイ中尉、ゾイド因子オメガ抽出機を使用したということですか。
あの機材は現状セカンドイシューの補給用ということになっているのですが』
山々の谷間をなぞって前進してきた巨体の持ち主、ゼログライジス・セカンドイシュー。そのライダーたるカナンがブラックナイトの燐光を認めるほどの距離だ。
「いいじゃあねえか。別の使い道もあるなら有効活用するのが人の知恵ってもんだぜ。
戦力増強になるなら尚更だろ? なあ」
『あなたの場合は別……、まあいいです。
周囲を確保して下さい。この作戦の次の段階に入ります』
「へへっ、仕方ねえなあ」
その威容に圧倒されるリンの前から、ロイはブラックナイトを後方へ跳躍させる。率いているギルラプター達も、司令部要員を追い詰めるよりは消極的な戦いにシフトしていく。
こうなると後方にセカンドイシューが見えている以上、オクトーバーフォース側が攻めたい時間帯だ。だが突撃を得意とするキャノンブル部隊は他にも周囲から現われ得る敵から司令部要員を守らねばならない。
「クリューガー准尉、セカンドイシューにアタックしなければならない。攻められるか!?」
「はい、私もライガーも行けます!」
「頼むぞ、他からも戦力を送る。ここで撤退前にセカンドイシューにダメージを与えておけば、続く決戦を有利に進めることが出来る」
「わかって……います!」
近接用の小口径火器が弾幕を張ってくる中を、アカツキライガーは前進していく。そしてその先にそびえるゼログライジス・セカンドイシューはロイの部隊や他のデルポイ連邦の状況を見渡し、
『オクトーバーフォースと称する旧世界の戦闘部隊に通告します』
操縦者カナンの声が戦場に響き渡る。