ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・光学迷彩
敵に発見されにくくなる、という技術は基本的には二種類に分けられる。すなわち光、音、温度などの外部への影響を断つパッシブなステルスか、積極的に索敵を妨害する効果を発するアクティブなものかである。前者は迷彩塗装や静音機構、後者は煙幕や電子妨害などが挙げられる。
光学迷彩はその両者の境界に位置するような技術である。発見を避けるために周囲の景色に溶け込むよう視認性を低下させることは単純な迷彩塗装と同様だが、それに際して光学的映像投影技術を駆使し、能動的に機体表面にリアルタイムな周囲の映像を映し出すことでその効果を飛躍的に高めようという概念に基づいている。
究極的には映像を映し出すことで擬似的に透明になることを目標とする技術だが、それを実現するための技術的ハードルは多い。それでもなお開発が進んだこの技術を先んじて実用化したのは帝国軍であったが、その実験機ガトリングフォックスの外部への流出によって当該技術の今後には暗雲が立ちこめているとされる。
NEW EARTH ERA 31 10/15 05:01
新地球歴三一年 一〇月一五日 〇五〇一時
南アルプス 畑薙湖
前線部隊潰走の翌早朝。戦場となった赤石岳近辺まで川を遡上してきた部隊が存在した。
「はてさて、どうなっちまうんだろうねえ現状……」
昨夜の激戦が無かったかのように薙いだ湖面を進むのは四機編成のバズートル部隊。その内一機は見張のマストや銃座のための甲板を増設したパトロール仕様で、これを護衛するために通常型三機が周囲を固める編成だ。
そしてその通常型バズートルを操るのは、オクトーバーフォース機甲部隊のキリング小隊だった。
「湖と言っても川の途中が膨らんでるような感じなんだな。でもこれだけ水深と幅があればネーバルサウルス級でも戦闘行動が取れるかな?」
「ま……我々のバズートルなら小回りが効くので関係ないですけどね」
湖面を雁行隊列で進む部隊では、キリングとクラップが言葉を交わしている。そしてそんな彼らの行く先、南アルプス奥地は薄明の空に戦闘の煙がたなびいた景色を見せている。
デルポイ連邦からの攻撃勧告で帝国、共和国本土がパニックを起こす中、後方からせっつかれたオクトーバーフォースは前線の様子を窺うことしか出来ずにいる。トップであるグロースと主力部隊、そして彼らを支える前線キャンプ群がまとめて連絡不能に陥ったためだ。
沼津・熱海・御殿場の各拠点は本国との折衝を行いながら前線の状況を把握することに努めている。航空戦力に優れた御殿場は空から。そしてキリング達が属する沼津は陸路と水路から。
キリング達が進む大井川ルートは昨晩の戦闘があった赤石岳周辺に至る本命ルートの一つ。そこへ投入された彼らが見たものは、
「……キリング隊長、前方二時方向。森の中に動きがあります」
パトロールバズートルの見張り台から声が上がる。それに釣られてキリング達が目を向ければ、確かに斜面に生えた木々が不自然な揺れを起こしている。
「……水上砲戦準備」
「あんまり経験無いんですよねえ我々」
「いっつも地上でドンガメしてますよね」
「緊迫してる事態なんだが?」
部下達に白い目を向けるキリングだが、彼らが言わんとしていることはわかる。バズートルというゾイドに水上戦適正があろうと、彼らの主戦場は地上なのだ。
そんな状況での地上の動きに、キリング小隊はパトロールバズートルを庇うように陣形を変える。航跡をねじ曲げ陸地に対して壁になるよう斜行しつつ地上を見れば、
「敵ではないかな……だが」
隊列前方で部下を率いるキリングとしては一つのことが気がかりだ。
「さて……負けて帰ってきた仲間だったとしたら、どんな顔で迎えてやればいいのかって感じでもあるよな」
「ノイエントランスの連中はまだ負けてない時期でしたからね……」
部下の言葉にキリングは頷くしかない。
かつてキリング隊は包囲下の帝国軍部隊の増援に向かったことがある。局地的には現状よりハードな現場だっただと思うが、ここでの結果がもたらす世界情勢の変化のことを思えば暗澹たる思いだ。
「さて、昨晩の戦闘を乗り越えたどちら様が姿を現わすか……うわあ」
警戒態勢の正面に立つキリングの視界、それもバズートルのバイザーで拡大された景色に映り込んできたのは暗い色のライガーのものだった。
見覚えがある。それはオクトーバーフォースのフラッグシップたり得る注目株、アカツキライガーの姿だ。その背後にはやはり強力なララーシュタイン麾下のドライパンサー隊に、どうやら要人を輸送しているらしいカーゴを引いたキャタルガの姿もある。
「ふー……エースでも女の子の方か。いや、若いことの方が問題かな。どういうメンタルをしているか……」
湖畔に姿を現わしたオクトーバーフォースの一団に対し、キリングは苦笑するしかない。
彼はオクトーバーフォースのフラッグシップの一方であるデスレックス〈スカベンジャー〉の専属ライダーであるギャランとは既知の仲だ。その一方で同部隊の片翼たるアカツキライガーのリンについては多くを知らない。
「心が折れていなけりゃ付き合いやすいんだが……あのゾイドの眼差しはどうだろう?」
木々の合間から、アカツキライガーがキリング達を見つける。その視線は頭部装甲の奥、落ちくぼんだ眼窩からかすかに暗い空間を経て湖上のキリング達を捉え、そしてリンもキリング達に気づいたようだった。
『オクトーバーフォースの部隊ですね……。こちらは前線部隊、リン・クリューガーとアカツキライガーです。
負傷者、軍属……その他消耗した人員とゾイドが多数います。近くの拠点に誘導願えませんか?
……もう、残っていないのでしょうけど』
沈んだ声音が通信越しにキリング達の耳に届く。声の主リンのことは彼らも多少なりとも聞き及んでいることだ。
そして聞こえてくる調子は彼らの知るリンのそれではない。そしてなにより、落ち込んでいるが故に沈んだ声音であるようには感じられないのが不可思議であった。