ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot   作:高杉祥一

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IMPRESSION

・キルサイス
 カマキリ種の小型ゾイド。帝国軍が開発し、実戦投入されたのは新地球歴30年という新型機である。
 基本的に格闘兵装のみを備える機体だが、拡張性が高い上に外部からの無人操作も可能な最新のインターフェースを備えるため元々の長所を伸ばした運用、他の用途に転換しての運用どちらにおいても高いユーティリティ性を誇る。
 さらに本機種は汎用航空ゾイドとしてこれまで運用されてきたカブター・クワーガなどの甲虫種ゾイドと同等以上の飛行能力も存在するため、小型汎用ゾイドの傑作であるラプトールやディロフォスといったゾイド以上に活躍の場が広く、大いに期待された存在であった。
 しかし新地球歴30年の真帝国事件において、生産拠点の一部がシーガル元准将に寝返ったことで機体の提供が行われ帝国首都占拠の際にその猛威を振るってしまったことはいささか皮肉な結果であると言えよう。そうして帝国国民に恐怖を植え付けた結果か、正規軍での運用は新地球歴31年現在では開始していない。


NEW EARTH ERA 31 10/15 05:21

新地球歴三一年 一〇月一五日 〇五二一時

南アルプス 畑薙湖 湖畔

 

 キリング達に誘導され、リン達撤退部隊は畑薙湖の湖畔に存在する旧世紀の舗装路跡にて足を休めていた。

 滞空時間に制限があるものの、御殿場のスナイプテラ部隊がエアカバーを行っている中での休息。一晩中敗走を続けてきたリン達にとってはようやく一息をつけるタイミングだ。

「……それで昨晩のうちに本土にデルポイ連邦からの放送が流れて、帝国も共和国もそれなりにパニックが起きている様子だ。

 砲撃予定時刻はおよそ一八時間後……航空偵察で北岳斜面にデストロイヤー・ガンの砲身らしきものが確認されている。空爆も計画されたが、デルポイ連邦は北岳周辺に防空網を集中させているようで……」

 後方から上がってきたキリングが前線部隊の各員に状況を説明していく。後退してきたゾイドライダー達は皆思い思いの姿勢で疲れを見せながらもそれに聞き入っていた。

 そしてその中に一人、リンも混じっている。ロービジ迷彩の端々が擦れて剥がれたアカツキライガーにもたれかかり、その小柄な姿はキリングの話に聞き入っている。

 セカンドイシューに立ち向かい、しかし撃退された。そしてそこから敗走の集団を率いてここまで戻ってきた。その疲れがリンの双眸を落ちくぼませ、どこか壮絶な表情を作り上げている。状況を説明するキリングや、その部下のトランパやクラップもついちらちらと様子を窺ってしまうような風情だ。

「攻撃が実施されるまで残り一八時間弱……オクトーバーフォース、いや、日本列島に展開した開拓兵団は攻撃阻止のために動いているわけで」

「――それは、グロース少将の指示ですか?」

 キリングの説明が現在にまで至ったそのタイミングで、リンは口を開いた。そのギラついた目に射すくめられつつも、キリングは伝えるべきことを並べていく。

「グロース少将以下、オクトーバーフォースに参加していた高級将官とは未だ連絡が付かない。開拓兵団に関しては以前から大湊から指揮が飛んでいたからいいとして……」

「オクトーバーフォースは、敵に最も近い位置に存在しながら積極的に動きが取れない」

 リンの指摘に、キリングは頷くしかない。他のメンバーもそんな現状は大なり小なり察している状況だった。

 だがそこから先を口に出来たのは、この時のリン・クリューガー一人だけだった。

「チクショウ……!」

 あまりにも口汚い悔しさの発露。だがそれを口にする資格の持ち主がいるとすれば、彼女以外に何人いるか。

 オクトーバーフォースの切り札としてセカンドイシューに挑み、そして返り討ちに遭ったのがリンとアカツキライガーだ。そして近い立場のギャランとスカベンジャーも撤退した今、オクトーバーフォースは最大の戦力二つをぶつけて勝利出来なかったことになる。

「クソ……」

 敵の強大さか、己の不甲斐なさか。リンの強い視線は周囲を固める者達ではなく自分自身に向かっているようだった。あるいは、自分を通して後ろ――前線の向こうにいるデルポイ連邦を睨んでいるのか。

「……キリング曹長、この近辺には我が軍のベースキャンプがあったはずですよね?」

「ん? ああ……」

「勘違いではなくてよかったです……」

 会釈し、リンは踵を返した。そしてくたびれた風情を見せながらもリンの顔を覗き込むアカツキライガーへと一歩を踏み出し、周囲のざわめきを呼ぶ。

「何をするつもりです、リン准尉!」

「決まってます。デルポイ連邦の暴挙を止めに行きます……!」

 軍属の人垣からウェインライトが呼びかけるのに対し、リンは肩を怒らせて歩みを止めないまま応じる。

「それが私とアカツキライガーの役割です。砲撃で壊滅させられたとはいえベースキャンプには弾薬が残っているはず……。

 皆さんは後退して下さい。私達は行く、それだけです」

「いけません! そんな特攻じみた戦いは……!」

 ライガーへ向かっていくリンに、人垣からまろび出たウェインライトがその手を掴みに行く。だがリンが全身から発する鋭い刃のような殺気が、その接近を許さない。

「ここで誰かが行かなければ、明日の零時には本土へ向けての攻撃が始まるんですよ!? それを手をこまねいて見ているわけには……」

「だから自分が……自分とライガーが犠牲になるような戦いをしても仕方が無いと?」

「仕方が無いでしょう。私達が行かなければ他の誰かが『仕方が無い』ことになるでしょうしね」

 とげとげしい言葉だが、しかしそれは事実の一端を指し示していた。

 無辜の民が暮らす北米大陸を狙う巨砲。例えいかなる状況であれ、軍人はその存在を看過してはならない。ましてやその発射が迫っているとなれば。

 そのロジックを前に、ウェインライトも、周囲の者達も言葉を失う。そしてリンはまた幽鬼のようにライガーへと進み、しかしそれを留めるのは論理の外側の存在だった。

 リンに降り注ぐのは、眼前のアカツキライガー自身が漏らす唸りの声。全身を擦過しロービジ塗装も剥がれかけたその表情に、リンは視線を上げる。

「……いいえライガー、それでも誰かが行かなければならないんです。誰かが……」

「仕方なくなんかありません」

 ライガーを狼狽えさせるリンに、ウェインライトが背後からぴしゃりと告げた。それは穏やかな夫人の振る舞いではなく、将官の妻として多くのものを見てきた人物の声音だった。

「リン准尉、誰かがやらねばならないことだというのなら、あなたは志願して軍人になったのではなく、徴兵されたのですか?」

「それは……」

 当然異なる。共和国の士官学校は、若い軍人が求められているとはいえ狭き門だ。強く望み努力する者だけがたどり着くことが出来る。

 リンもかつてそうした者の一人だ。それは他国の軍関係者であるウェインライトにもわかる。

「そしてリン准尉、今あなたは勝てるかもわからない戦いに死を賭して臨もうとしている。それもまた、軍人の本分であるようで異なることだと思います」

「異なる……?」

 振り返るリン。その表情は未だに目元が落ちくぼんだものだったが、しかしここではないどこかではなく、目の前のウェインライトに向いた目をしていた。

「軍人が挑む戦いは勝ちを求められるものです。その過程で命を賭す必要があるのは事実でしょうが……始めから命を捨てるつもりで挑むのは、諦めが過ぎると思います」

 真正面から切り込む言葉に、リンは俯く。結果を問わず、砕け散るために戦おうとしていることを見抜かれ、叱られたように拳を握りこむ。

「私だって……負けたままでいたくはないです。勝つために戦いたい。

 でも……皆さんは……!」

 そう言ってリンは周囲に視線を送った。そこにいるのは戦い傷ついたゾイドとオクトーバーフォースの兵達だ。山中を敗走してきたその姿は、リンに劣らず疲弊している。ウェインライト自身もだ。

「皆さんに、ここからの戦いを強要なんてできません! だから私が行方を定められるのは私だけです!

 だから、私は……」

「そうは言っても准尉、あんた、ライガーも連れていくのは前提みたいだが……ライガーはあんたのこと止めようとしてるじゃないか。少なくとも今の段階では」

 そう指摘するのはキリングだ。そしてリンの背後でアカツキライガーはかすかに唸り声を上げる。

 それは決して威圧的ではない、むしろ穏やかに諭すような唸りであった。

 言葉を持たぬアカツキライガーがそれで何を伝えようとしているか。その場に居合わせた者達が思い描くことは一つだけだった。

「……命を掛けて戦うのではなく、命を掛けるために戦おうとしていると……」

 そう呟くリンは俯きがちだが、視線に宿る抑え込んだような力は失せていない。行き場の無いエネルギーの軌道を慎重に修正していくように、リンは視線をゆっくりとライガーに向けていく。

「……そうだね。ライガー、あなたも関わって、あなたが真っ先に命を掛けることになるのに、私は間違えていた……。

 あなたは、セカンドイシューに勝つつもりでしょうに」

 リンと同じように、アカツキライガーも役割を与えられた存在だ。そしてライガーはリンとは違った形で落ち着いている。

 ライガーという種に属するアカツキライガーが闘争心を持つのはこれまでの戦いで証明されている。その一方で穏やかにリンを諭すその姿は、気性以外に根ざすものがあることを示している。

 相棒に、そして周囲に矯正されたリンが今度こそ正しく仲間達を見渡した。

「済みません、少し頭を冷やしました。

 でも、それでも私はデルポイ連邦の暴挙を止めに行きたい。しかし皆さんは……」

「おいおい准尉、俺達が前線まで上がってきたのは後退する部隊の収容のためだけじゃないんだぜ? 奴らの攻撃阻止のための再進攻は当然考えられている。俺達はその布石さ」

 疲労の色が濃い前線部隊を気遣うリンだが、後方から上がってきたキリングが気丈なセリフでフォローに入る。実際、規模が大きな側であるオクトーバーフォースは熱海・沼津・御殿場に前線部隊と同等の規模の予備兵力を維持しているのだ。それを前線に上げる戦略的機動力は別問題ではあるが。

「戦いを諦めていないのはあんただけじゃない。そこは忘れないで欲しいな。

 その流れで一つ報告すると、グロース少将が招聘していた合同軍科学顧問のボーマン博士が昨晩日本列島に到着して御殿場基地に向かっている。

 セカンドイシュー――ゼログライジスに対抗するアイディアを出して貰えるだろうな」

「ウォルター・ボーマン博士ですか」

 昨年のゼログライジス事件で活躍した人物だ。実際には移民船時代からイレクトラ・ゲイトと対峙し、ゼログライジスの存在が顕在化する以前から独自に事態の解決に動いていた。事件以降は新たな科学者としてのパートナーを得て軍事分野から撤退したと言われていたが、

「博士をまた戦地に入り浸らせるわけにはいきませんね。折角の南アルプスの自然を観察出来るよう、この事件を早く解決してしまいましょう」

『ようやく意気が前を向き始めたようですね。私達の出番だ』

 突然、聞き慣れぬ女の声がその場に響いた。それも肉声ではないスピーカー越しの声。それはアカツキライガーや、キリング達のバズートルの無線機から聞こえていた。

「おいおい誰だよ。こっちは一応ひそひそ話の最中だぜ」

『心配なく。デルポイ連邦ではありません』

 キリングが無線機のマイクにがなると、女の声は穏やかに告げる。そして木々が風にさざめくような音を立て、そばにそびえる山の各所からゾイドが姿を現わした。

「キルサイス……! これまでも何度も現われていた……」

『連携を取れずに済みませんね。私達はあまり表だって活動出来るような組織ではないので』

「おいおい、制空権を取ってるのになんでここまで接近を許してるんだ。上空――――!?」

『ええっ? こちらの索敵装備には何も反応がありませんでしたよ?』

 障害物が多い地上に比べて、上空からの索敵は強力なものだ。それを避けて姿を現わしたキルサイス達はどこから現われたのか。

『我々は帝国軍戦略情報局所属、遠征部隊。日本列島での真帝国残党勢力の監視と制圧を命令されています。

 そういう任務ですので隠密性には気を遣っていましてね。戦闘時以外は皆さんには発見出来なかったと思います。光学迷彩に消音装置――』

 帝国軍が先進的なステルス装備を開発していたことは、ゼログライジス事件に参戦した機体〈ガトリングフォックス〉やここにも存在するドライパンサーの戦果が証明している。そして紆余曲折を経たとはいえコンバットプルーフが得られた技術は他の機体や装備にもフィードバックされただろう。

『こちらは遠征部隊情報士官、アビゲイル・ピグルス少尉。

 クリューガー准尉、それに皆さん。戦いに挑むなら我々は重要な情報を提供出来ます。攻撃を受けたベースキャンプ跡の物資以上のものをね。

 さらに言うと、皆さんに引き取って貰いたいものもありまして』

 アビゲイルと名乗る女の声がそう告げると、山上に現われたキルサイス部隊が動きを見せる。数機が動いて見せるのは、木々の合間に張り巡らされたシートを剥がすような動作だ。

 そしてその動きと共に緑の色がめくり上げられると、そこにうずくまっているシルエットが見える。巨砲を一門背負い、そしてもう一方の背にねじ切られた砲架を取り付けられた巨大ゾイド。そしてそれに随伴する二つの小さな影が二つ。

「デスレックス……ギャラン軍曹!?」

「敵にマークされていただろうに、ここまで後退していたのか……どうやって」

 キリング達が絶句する中、アビゲイルと名乗った女が操るキルサイス達は色味が変化していく擬装シートを収容。そしてデスレックス〈スカベンジャー〉に随伴してリン達の前へと降下してくる。

『反撃開始……いや、あるべき勝利への道筋に入って貰います。

 この混迷の状況だからこそできる連携を取って、ね』

 

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