ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot   作:高杉祥一

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IMPRESSION

・NEW EARTH ERA 30『山彦の守護神』
 『ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL』第一話。
 新地球歴30年初頭の冬。まだ対立関係を抱えていた共和国と帝国の国境緩衝地帯となる一つの山地があった。
 天然の要害の上、冬は吹雪に閉ざされるその地は立ち入る者が少ない。だが周囲に比べて標高が低い"ヤスリの尾根"と呼ばれる一角は帝国軍の偵察行為のために陸に空にしばしば侵犯の手が伸びていた。
 そんな地を共和国から任せられていた山岳傭兵"煙突掃除夫"ことブルーダーはある日いつもと異なる動きをする帝国軍から一人の少女を保護する。
 そして彼女を追うと共に、山岳戦のプロとして地域に名を轟かすブルーダー自身を狙う帝国の貴族"死化粧"ララーシュタインの姿もその尾根に迫っていた。
 少女ユインが握る秘密と、ブルーダーと愛機だけが覚えている過去、ララーシュタインの矜持が吹雪の中で交錯する。


NEW EARTH ERA 31 9/18 11:21

新地球歴三一年 九月一八日 一一二一時

大湊開拓前線司令部 港湾部

 

 昼前、リンを連れたグロースが訪れたのは大湊司令部の軍港部。グラキオサウルスとガブリゲーターからなる第七開拓兵団の海上兵力が待機しているが、今穏やかな湾内には外洋の旅を終えた船団が入港してきている。

 グラキオサウルスによく似た長い首を海上に突き出してコンテナ船を引いているのは、海洋首長竜種ゾイドのネーバルサウルス。昨年の出来事以来各地に出現し始めた新種ゾイドの一体であり、こうして輸送に供される就役個体はまだ貴重なものだ。

「大船団……ですね。どれだけの戦力が運ばれてきたんですか?」

「俺の要請で動かせる戦力だから規模としてはそこそこだ。元から遊撃隊気質のあるところで……一個師団には足りない。

 ただ資金面を指揮官自身の家がある程度賄っているんで自由度は本当に高いんだ。

 ララーシュタインって言って、共和国出の准尉にはわかるかな?」

「名前だけは……企業でしたっけ?」

「企業もいくつか持っているけど、実体としては貴族ってやつだ。帝国建国に関わって以降、有力な一族として帝国の様々な事業に顔を出している。

 そこの現当主が司令官を務めるセプテントリオン戦闘団という部隊に声をかけたんだ」

 共和国育ちのリンとしては、帝国の事情については関心ばかりだ。もし下士官の促成教育が正常な過程を踏んでいれば、戦略的にその点については触れられただろうに。

 だがグロースが新たに出した名前は教育課程とはことなるルートからリンも耳にしていた。

「セプテントリオン戦闘団……真帝国や、イレクトラ・ゲイトの戦力相手にもよく戦っていた部隊だと聞いています。

 帝国軍の中でも動きが活発で……それってその、ララーシュタインさんがトップだからでしょうか」

「そんなところだ。物資なんかも自前の資金で都合してしまうような男だしね。

 だがそれ以上に……帝国のために戦うことへのモチベーションが尋常ではない奴でもある。貴族として皇帝陛下に尽くし、民草の規範たらんとする貴族の末裔が自分だという考えの持ち主だからね」

「ノブリス・オブリージュ……でしたか」

 リンが口にした言葉に、グロースはそれそれとサムズアップを見せる。そしてそんな彼の陽気な様子に、背後に控えるナハトリッターもカチカチと爪を鳴らしてはしゃいでいるようだった。

 輸送船団の入港は、簡略化されているが歓迎の態勢で迎えられている。グロースがここにいるのもそのためであり、リンはこれから始まる作戦でグロースに付き従うことと合わせ、ここにアカツキライガーを出すためにも同行している。

「輸送艦隊とセプテントリオン戦闘団の入港を祝し、軍楽用意。演奏始め!」

 接岸作業が始まる頃、周囲の軍楽隊が演奏を始める。彼らもグロース同様北海道エリアからこの拠点に移動してきた部隊であり、本来は開拓兵団麾下でのイベントや、来賓相手の活動をしていた。

 軍楽隊としては珍しく配備されたゾイド、ナックルコングがドラミングで低音を添える中、ネーバルサウルスが引く艦隊はコンテナ船を桟橋に繋げていく。そして最初に接岸した一番艦から、二体のゾイドが降り立つ。

 姿を現わすのは艶やかな紫色のファングタイガーと――対照的に、くすんだ灰色のハンターウルフ。特にハンターウルフの側は装甲の角に衝突による塗料の禿げが見受けられるような、歴戦と言えば聞こえがいいが粗末な風体である。

『ブルーダー君、君輸送中の塗装直しは結局しなかったのかね!?』

『今のマットな状態の方が迷彩としては効果的なので……』

『いやしかし、こうして表舞台に出る場面もあるのだからねえ!』

『ゾイドにきらびやかさを求める層の需要は少佐の機体にお任せしますよ』

『君ぃ! 私のローゼンティーゲルを装飾品か何かと勘違いしていないかね!』

『直接戦った仲なのに甘く見るわけないでしょう……』

 軍楽に紛れてスピーカーで言葉を交わすそれぞれのゾイドのライダー。そして二体はライダーの言い争いをおくびに出さずに、グロースとリンの前まで進んで立ち止まる。

 降り立つ二人のライダーはファングタイガーからは帝国の、ハンターウルフからは共和国の耐Bスーツを来た男がそれぞれ。特に共和国側の男は寒風に耐えるためか、丈の長いポンチョを羽織っていた。そして二人はグロースへと敬礼を送る。

「セプテントリオン戦闘団、司令官アルベルト・ララーシュタイン少佐。只今を持って着任いたしました」

「セプテントリオン戦闘団客員、ウィルソン・ブルーダー少尉。同じく着任します」

 言い争っていたが、二人の敬礼は手慣れたものだ。片や帝国の者は刈り上げた髪と青いアイシャドー、片や共和国の者は無造作な髪に規範外の服装。どちらも乱れた姿をしているにもかかわらず、その立ち居振る舞いは将官たるグロースにも引けを取らないものだった。

「グロース・アハトバウム少将だ。今回の事件、協力して解決にあたろう。ようこそ第七開拓兵団へ」

 グロースは指揮官ララーシュタイン、客員のブルーダーに返礼を返し、さらに握手していく。その手慣れた様子に、士官学校を促成課程で出たばかりのリンは面食らうばかりだ。

「……こちらの方は副官ですか? アハトバウム閣下」

 手持ちぶさたなブルーダーが、グロースの隣で縮こまるリンを横目に見て問いかけた。その動きに、ララーシュタインは先に気付いていたという体で傍らのブルーダーに口の端を吊り上げる。

「手が早いなブルーダー君。ユイン君を射止めただけのことはあるか。

 だがパートナーがいるのによそにちょっかいを出すのはジェントルマンのすることではないと思うよ」

「そう言うあなたも後ろのゾイドごと気になっていたでしょうが?」

 ブルーダーの問いに、ララーシュタインとその後ろの紫のファングタイガーはそろって視線を逸らす。ナハトリッター同様Z・Oバイザーを取り付けられているとは思えない挙動だった。

「……さすが『死化粧』ララーシュタインに『山彦の守護神』ブルーダーだ。

 ご察しの通り彼女は今回の作戦の重要人物で、運んできていただいた装備を取り付ける特殊ゾイド、アカツキライガーのライダーだ。リン准尉?」

「あっ……はい」

 グロースに促され、リンは前へ一歩を踏んだ。無帽故に頭を下げ、

「リン・クリューガー准尉です。ゾイド因子オメガ除去研究チームより、現在はアハトバウム少将麾下に着いています。

 ロイ中尉達……反乱軍を、今回の事件を……解決したいです。よろしくお願いします……!」

 歴戦が窺えるララーシュタインとブルーダー。その二人に頭を下げるリンの背後で、アカツキライガーもまた息づかいと共に頭を垂れていた。

 その動作にファングタイガーとハンターウルフは超然とした佇まいを見せる。そしてその前で二人の男は互いの顔を見合わせ、

「准尉、アカツキライガー及びゾイド因子オメガ除去の研究については私達も聞き及んでいる。よろしく頼む」

 応じるのは戦闘団司令ララーシュタインだ。だが彼は手振りを伴ってリンに問いかける。

「しかし解決とは、ゼログライジスの現し身の撃破か、確保か、あるいは君が目撃したロイ中尉の離反への断罪か、どのような形なのだろうか」

 問うララーシュタイン。そしてそれに相対するリンは、その答えを即座に出せなかった。

 己の中に、確かにロイや、彼の手に渡ったネガシルエットへの思いは渦巻いている。

 だがそれを言葉に表わせばどのようなものになるか、そのフォーカスは……リンにはまだ出来ていなかった。

 そしてリンの背後でアカツキライガーも、狼狽えるように後ろに一歩を踏んだ。Z・Oバイザーを取り付けられていないゾイドだとしてもプリミティブなその反応。

 それらを見渡し、ララーシュタインは傍らのブルーダーにまた視線を投げかけた。

「まあ、すぐに答えが出るものでもあるまい。どのみち反乱者を野放しには出来ないのだし、我々の戦いは始まる。

 答えはいずれ出るのだ。それまで思うなり、一心不乱になるなり、それは君の自由だろう」

 そう言うと、ララーシュタインは一度リンの肩に手を置いて歩き出す。

「さて、入港記念のパレードが行われる予定なのであるよなあ!

 ブルーダー君、せめて愛機の立ち居振る舞いぐらいはこの場に相応なものにしてくれたまえよ!」

「エコーはそんな振る舞い方なんか知らないんだけどな……」

 連れ立っていく二人を見送りつつ、リンは己に愕然としていた。

 不確かなままに、グロースの元で立ち上がろうとしていた己の足下を見透かされたようで。しかしその原因は自分自身であり、

「うっ、ぐっ、うう……?」

 急所を突かれたように苦しむリンに、背後のアカツキライガーは不器用な唸り声を上げて寄り添う。

 だが金属の巨体はリンに触れられない。そこへ、リンの頭を上から覆う手があった。

「……答えを出して戦場に立てる者の方が少ないんだぜ、准尉。

 なに、いざとなったら俺の命令に全てをおっかぶせてくれても――」

「い、いえ」

 グロースの気遣い。しかしそれを受けて、リンは顔を拭いながらも首を振った。

「私とアカツキライガーには、本来ならさらなる役割があったはずなんです。だからいずれ、私の役職に対する決意を決める時は訪れるはずだった……。

 ララーシュタイン少佐の問いは、その点を射貫いていたと……私はそう思います」

「そ、そうか? うーん、ララーシュタイン少佐は己のポリシーから君にそんな質問をしたんだと思うけどな」

 ララーシュタインは己の生家のこともあって極度の貴族主義者だ。規範意識を持つ者がそれを示して人を導くべきと、そんな意識を持っている。だからこそ敵対していたはずの共和国の兵を客員として招いてもいるのだろうし、リンにもその立場からの問いを放ったのだろう。

 若きリンには重すぎる問い。しかしリンは……それを受け止めたようだった。

「私は答えを出します……! この戦いの中で!」

「……そうか。うん……」

 涙を浮かべながら、拳も握りしめるリンをグロースは複雑な面持ちで見ていた。そしてそんな二人の前に、トレーラーを引いたキャタルガが一体、コンテナ船から進んでくる。

『優先輸送物資です。ボーマン博士からの物資……アカツキライガーの追加武装をここに』

 呼びかけるキャタルガの操縦手からの声にリンとグロースが視線を挙げれば、トレーラーに載せられた装備が見える。

 双胴式のユニットの中央に、前方に展開する銃剣を挟み込んだ武装。一方にはドラムマガジンを抱いた機関砲、もう一方には銃剣を突き出すための炸薬を封入したリボルバーが見て取れる。

「これは……〈ライジングライガー〉と同じ装備」

 リンを抱き留めるグロースがその威容を見て断じた。それは昨年の事件でゼログライジスを封印せしめたゾイド因子強化ゾイド――ライジングライガーと同じ装備であった。

 それを参考にしたアカツキライガーには問題なく適合するだろう。しかし、かつての一撃を繰り出した英雄の存在を思えば、グロースの腕の中にいる少女はあまりにもか弱い。

「……運命というものは、いつもあまりにも過酷だね……!」

 歓迎式典を見渡す中、グロースの呟きは鳴り響く曲の中に掻き消えていく。

 だがその背後で、いつもは楽しげに過ごしているナハトリッターが項垂れている姿だけがこの戦いの真髄を示していた。

 

「ララーシュタイン卿……あんなことを問う必要はあったのか?」

 歓迎パレードの先頭に立ち、自分達のゾイドを先導するブルーダーはララーシュタインに問いかけた。そして軍楽隊に笑みで手を振ったララーシュタインは半眼でブルーダーに視線を戻し、

「私の知りうる限り、この問いに答えを持たぬ者は必ず戦いの中で命を失ってきたものであるよ。

 もっとも、答えの持ち主であって亡くなった例はあるのだがね」

 ララーシュタインは腕を組み、静かに独白する。それを横目に見るブルーダーは、その声音にララーシュタインが込めた思いを見出していた。

「ヤスリの尾根での戦いの後、何かありましたか?」

「『セプテントリオン戦闘団を設立した』とも。地球入植以降、陸路で北極点まで最接近したという実績もあるね」

 ララーシュタインの立ち居振る舞いは凛としたものだ。だがその一方で、どこか寂しげに視線を切る仕草も見て取れる。

 その隣に並ぶブルーダー。怪訝そうな表情を浮かべるしかない彼だが、そこへ駆け寄る人影があった。

「ブルーダーさん! パレードにポンチョはまずいですって! 回収しますから!」

 駆け寄ったのは軍服ではなく、民族衣装を着た少女。彼女はブルーダーからポンチョを預かって後列に戻っていくが、ブルーダーとララーシュタインはその背を視線で追い、

「……今のがユイン君かね」

「そうですよ。あのポンチョも、折角刺繍をユイン自身が縫ってくれたものなんですが」

「民族のアイデンティティである染料の作物は無事その数を増やしたのであろうな。

 あの時君を討ち取らなくてよかったと思うよ」

 ブルーダーとその側に控える少女について、ララーシュタインは遠い目で告げる。その様子を見てブルーダーはかつての彼の苛烈さとは異なる点を見出した。

「……ララーシュタイン卿。なにかあったんでしょうか」

「……あったとも。だからこそ思うのだよ」

 ララーシュタインはそう言ってブルーダーよりも前に一歩を踏んだ。

「時間があればな、と。誰にも、答えを出してそれを実現できるだけの時間があるべきだと。

 問いを放った以上、私はリン准尉に時間を与えねばならぬ。

 かつて敵対した仲ではあるが、協力していただけるかね。ブルーダー少尉」

「……あなたほどの人が言うならば、それが正しいんでしょう。

 『本能』の住民としては、そう感じますよ」

 かつての戦いで二人と二体が対立した軸。今それは、互いを理解する共通点となっていた。

「……『理性』が導く先を信じてくれるかね。『本能』の人よ」

「それを信じられなければ、あなたの招聘には応じませんでしたが」

 視線を巡らせてくるブルーダーに、ララーシュタインは苦笑を見せる。

 彼が辿った旅路をブルーダーは知らない。だがそこに秘められたものを理解できるのは、極限の環境で向かい合った者だからだろうか。

「……貴君と、彼女の奮戦に期待する」

「そのためには、ララーシュタイン卿も頑張りませんとね」

「私が頑張るのはいつものことである」

 二名はそう言葉を交わして互いの腕を交差させる。その様子を見下ろすファングタイガーとハンターウルフは、それぞれの主を誇りながらも、どこか面倒くさそうな視線を交わし合うのだった。

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