ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot   作:高杉祥一

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IMPRESSION

・グソック
 ダイオウグソクムシ種の小型ゾイド。新地球歴においては希少な水中活動を得意とする種である。
 水中では航行よりも水底を歩行する活動形態を持ち、前方投影面積が極端に小さく、また扁平な形状から自身を隠蔽する能力が高い。個体によって多少差があるが、ゾイド自身の生命代謝も不活発であり温度などのエネルギー放射が少なく、また長期間の活動が可能である。
 体構造も頑強だが、攻撃性は低い生態故直接戦闘には不向きとされ特殊な活動領域を活かした任務で運用される場合が多い。しかしまれに、その強固なボディから苛烈な体当たりを行う様子も確認されている。ゾイドという生物種の闘争本能が普遍的なものであることが窺える事例である。


NEW EARTH ERA 31 10/15 12:13

新地球歴三一年 一〇月一五日 一二一三時

ジオシティ

 

 正午過ぎ。

 デルポイ連邦中枢に設けられたセカンドイシューのハンガーを前に、カナンは一人沈黙していた。

 キャットウォークの手すりにもたれかかるカナンの視線の先、セカンドイシューは大量の冷媒を流し込まれ全ての行動を抑制されている。それだけの対処が必要となるゾイドであるからだ。

 昨晩の戦場となったエリアについて、日が昇ってからデルポイ連邦の偵察隊が空撮を届けてきている。カナンが見たその写真には、焼き尽くされ抉られ禿山どころかクレーターと化した戦場が写っているばかりだった。

 恐ろしい力にして、デルポイ連邦の守護神。そしてこれだけの力を用意しなければ、既存の世界から別の居場所を生み出すことは出来ないということの証左でもある。

「なぜでしょうね。一つの世界では幸せになれない人々がいるのに、他の場所を作ろうとするとこんなにも抵抗される……。

 私達を抑圧していた人々は、排斥しようとしているにもかかわらず、同時に私達の存在に依存しているのでしょうか」

 呟く相手であるセカンドイシューは、冷たい眠りの底から答えを返すことは無い。

 故にカナンは振り返り、そこにそびえるものを見上げる。このジオシティを擁する地下空間の、天井側。そこには背骨のように一直線の構造体が設置されている。

 それこそ帝国と共和国に突きつけられたもう一つの戦略兵器、デストロイヤー・ガンの砲身だ。本来は電磁式のマスドライバーとして運用されるそれは、遠目にはこの地下空間から地上に出るための鉄道の類いにすら見える。

 そしてヘンリーの放送であたかもデストロイヤー・ガンそのものであるかのように示された円柱はその砲弾として、装填作業が進められているところだ。宇宙開発用というのが本来の目的であるデストロイヤー・ガン同様、その砲弾も本来は宇宙ステーション用の構造材とその保護カバーである。

 セカンドイシューが元から破壊力を備えた獰猛なゾイドであるのに対し、このデストロイヤー・ガンは平和利用されるべきマスドライバーの転用物だ。その存在はセカンドイシューとは異なる歪みをこのデルポイ連邦の存在意義にもたらすものだろう。

「ですが……デストロイヤー・ガンはデルポイ連邦の独立が成立すれば宇宙開発にも利用されるとヘンリー閣下は言っていた……。

 ……もし、その価値をもって帝国と共和国から独立することができたら?」

 ふと、カナンは今生まれようとしている国家の別の道を思い浮かべる。平和裏に、祝福されてこの国が、自分達の世界が生まれることがあったならば。

「……ありえませんね。旧い世界の人々が、差別の対象の私達を手放すはずが無い。

 やはり戦わなければ……新しい世界は作れない」

「なにやらシリアスな調子でありますなあ!」

 そこに聞こえてくる不躾な声。カナンが鋭い視線を向けると、そこには軍服を着崩してオフの様相のロイやその取り巻き達が向かってくるところだった。

「生い立ちがシリアスな方は物思いに耽っているだけでも絵になるようで羨ましい限りだぜ。俺達はそういう雰囲気が足りなくて締まらねえんだよなあ」

「まったくでさ」

 ロイに話を振られ、彼の取り巻き達は無遠慮な笑い声を上げる。その様子を見つめ、カナンはロイめがけて低い声を放つ。

「ロイ中尉……今夜はデルポイ連邦にとって重要な時です。しかしその一方であなたはこのデルポイ連邦と意志を別にしていると、先程伺いましたが」

「そうは言うけどよお。連邦の意志っつっても国自体がものを考えるわけじゃないだろ?」

 揚げ足を取るようなロイのニヤつきに、カナンは険しい表情を浮かべる。そしてその様子を見たロイはさらに加虐心をくすぐられたか、見透かすような目をカナンに向けた。

「国の意志ってものが存在するなら、それはいろんな人間が考えることを総合したものだろう? それと俺個人との間に噛み合わない部分があるのは当然じゃないか」

「…………」

「それに? その意志の総体であるはずの『デルポイ連邦の意志』をお前一人が代弁できるってのはなんだか嘘くせえなあ?」

 せせら笑うロイ。その姿に、今こそカナンの怒りは沸点に達した。

「デルポイ連邦はヘンリー閣下の描いたビジョンに賛同した人々によって、真帝国の中で独立した派閥として存在していたのです。

 あなた方のように外からやってきた人間にはわからないでしょうね……私達の求めるものが一つであると言うことは……!」

「おおそうさわからねえとも。金で雇われている俺達にはな。

 金を払って助力を得なきゃ実現出来ないビジョンとやらなんてわかりたくもないしな」

 嘲笑うロイに、カナンは歯噛みする。その様子に溜飲を下げたのか、ロイは鼻を鳴らして仲間達に振り向いた。

「もしデルポイ連邦がこわーい独裁国家じゃないってんなら俺達のことも認めておいてほしいもんだぜ。なあ?」

 ゲラゲラと笑うロイとその取り巻き。彼らを前にして沈黙するカナンだが、しかしその背後でセカンドイシューの冷却システムが排気音を立てる。

 カナンは我に返る。ヘンリーが言っていたとおりであれば、ロイ達はデルポイ連邦が成立した暁には、その戦いの暗部と共にデルポイ連邦の外に向かってもらうという。理想が成し遂げられた時にはロイ達にデルポイ連邦での居場所は無いのだ。

 この国を揶揄するロイ達にとってはそれも望むところなのだろう。しかし彼らはいずれまた根無し草に戻っていく。そのことを思うと、カナンの胸の奥には暗い愉悦が生まれるのだった。

「好き勝手に……何も理想を持たない人々は、他者を揶揄してばかりですね」

「へへへ、そうしていれば周りが勝手にみっともない姿を晒してくれるんでね。俺からしてみれば、何か目標を掲げてはそのせいで苦しんでみせる連中はみんなコメディアンさ。

 あんたもそういう風に生きてみたらどうだい? セカンドイシューを操れるあんたは、そうやって社会から一歩引いてものを見ることもできるんじゃないかね」

 確かに、背後にそびえるセカンドイシューの力はそれだけのことをなし得させるだろう。だがセカンドイシューが抽出機からのゾイド因子オメガ供給を受けなければならないことはロイも知っているはずであり、彼がカナンをおちょくろうとしているのはここまでと変わりが無い。

 そしてカナン自身も、ロイの言うとおりにするつもりはなかった。

「私は、私達は……逃げ出さずに、誰も手が届かない場所に自分達の生存圏を作ろうとは思いません。

 あくまでも帝国共和国からなるゾイド人文明の中に、私達のデルポイ連邦を存在させ、両国で生きられない人々を――」

「ああもういいよ、そのお題目聞き飽きたぜ」

「――デルポイ連邦は新たなる世界であっても、これまでの世界とは異なる異世界でも、傍観者でもないのです」

 話を打ち切らせようとうんざりしてみせるロイに対し、カナンは自分の言葉を言い切ってみせる。それが己の信念の証であるというかのように。

 睨み合う両者。そして二人を見下ろすセカンドイシューがため息のような排気音を立てたその時、ジオシティを収める地下空洞に遠雷のような低い音が響いた。

「おや? 天気が悪いのかな?」

 ロイが耳を澄ませるような仕草を見せるが、しかしそんな気のせいのようなか細い音ではない。カナンがジオシティの建築中の区画へと視線を向けると、そこには小規模だが黒煙が立ち上っているのが見えたのだった。

「爆発事故? いや……この状況では……破壊工作!?」

 カナンは即座に状況を理解し、そして身を翻した。

 オクトーバーフォースがデストロイヤー・ガン発射阻止に動いている現状、あらゆる攻撃は想定されている。何か起きたならばカナンのような立場の者は警戒態勢に入らなければならないし、この地下空間内での出来事であるならばセカンドイシューを動かすわけにもいかない。

「ロイ中尉、司令部で情報を――」

 駆け出しかけたカナンが見るのは、やはりニヤついた表情を浮かべるロイ達だった。その姿にカナンは不吉な予感を抱かずにはいられない。

「まさか、ロイ中尉……」

「おっとお、俺達じゃねえよ? やだなあまだおまんまを頂いてる身だぜ。

 不届き者を始末しに行こうぜえ? ボーナスが貰えるかもしれないしなあ」

 ロイがそう言って手を振ると、彼は取り巻き達と共に連れ立ってこの場を後にし始める。

 その底知れぬ態度を見てカナンは静かに決心する。この戦いの中でロイ達が不穏な動きを見せたその時は――。

 駆け出す前にカナンはセカンドイシューを見上げる。その威容は何も語らず、カナンの導いた答えを見下ろし続けていた。

 

新地球歴三一年 一〇月一五日 一二三六時

ジオシティ 居住エリア 景観地区

 

 北岳地下のデルポイ連邦本拠地。その地はこれまでデルポイ連邦に連なる者しか足を踏み入れたことが無い地だった。

 だがその地に彼らはいた。デルポイ連邦に対抗する――帝国戦略情報局が彼らの所属先だ。

「爆破――完了です」

「よし……ここから陽動を重ねてデルポイ連邦側の注意をこのジオシティ内部に向けさせていくぞ」

 将来的に一般市民が居住する予定であろうそのエリアには、建築途中のアパートが立ち並んでいる。そして戦略情報局の潜入工作員達はその居住エリア内に設けられた公園――景観地区に潜んでいた。

 彼らは景観地区の川のほとりに立ち、遠く立ち上る黒煙を見上げている。爆破したのはジオシティに設けられた物資集積場であり、この場所からはそこそこの距離がある。

 そして水中活動も想定したドライスーツを着た彼ら工作員の背後、川の中から一つの影が浮かび上がる。工作員移送用の小型キャビンを背負ったその姿は、水中ゾイド・グソックのものだった。

 そしてキャビンの水密ハッチを開き、同じようにドライスーツ姿の男が姿を現わす。

「少佐!」

「ご苦労だった。だがここから忙しくなるぞ、搭乗したまえ」

 男に促され、地上で待機していた工作員達はグソックに乗り込んでいく。そして先んじてキャビンに戻る男のドッグタグには『マーティン・ゴア』の名があった。

 キャビン内部にはゴアと工作員を合わせて六名が額を付き合わせるような距離で簡易シートに詰めている。小型ゾイドに乗せる水中用キャビンということで当然余裕は無いのだ。しかしそのことをぼやく者が一人もいないのは彼らがプロフェッショナルであることを示している。

『ご乗車ありがとうございます。狭いので詰めてお座り下さいませ。エチケット袋はご持参でよろしくお願いしまあす』

 なおグソック自体の操縦席は別だ。しかしユーモアを忘れないライダーもプロではある。

「運転手さん、次の停留所はどちらで?」

『残念! バスではなくてタクシーなんですよね。行き先をどうぞ少佐』

 ジョークに仕方なさそうな顔を浮かべるゴア。地上から戻った部下も疲れを滲ませつつも苦笑を浮かべるのだった。

「『前の車を追って下さい』って言ってやって下さい少佐」

「今は我々の方が追われる側なんだがな……。

 ユーモアはここまでだ。居住エリアに敵の警戒を引きつけたところで敵の本丸に乗り込む。敵保安施設、保有ゾイドを無力化する」

 アビゲイル達がオクトーバーフォースの残存戦力を掻き集める一方で、ゴア達は戦略情報局本来の作戦に沿って今夜に向けての下準備をする。そういう手筈だ。

 潜入ゾイドにグソックが選択されているのは、このジオシティが建築途中故に北岳本来の地下水脈が用水路として転用されている点からだ。

 水中行動、それも水底を這うように歩行出来るグソックの隠密性は高い。図らずもこのジオシティへの潜入は、ゴア達のグソックにとってはこれ以上無い適材適所の現場であった。

「アビゲイル達の首尾はどうでしょうね。捜索と誘導ですが、無線封鎖下でしょう? まだ半分ルーキーみたいなもんですが……」

「その点に関しては心配していない。彼女は人一倍任務には熱心だよ」

 別働隊を案ずる部下に、ゴアは頷きを見せる。実際の所、彼はアビゲイルがこの帝国軍戦略情報局に初めて接触した際に居合わせた者の一人だった。

「アビゲイルが我々の前に現われた時には一人変わった兵と一緒だったからな。彼の影響があるのかもしれん」

 特殊部隊にはあるまじき情緒的な言葉。そしてそれから最も遠い立場であろう隊員達もそれに頷きを見せた。彼らもその場にいた隊員達だからだ。

 精神、志気は戦いに影響をもたらす要因だ。しかしその浮き沈みは彼ら特殊部隊の任務に求められる戦果とは噛み合わない。故に本来彼らはそういう要素を排除しているはずだが、

「俺達はどうだかわからないが、このデルポイ連邦とやらはあいつが憧れていた賢明な人々とは思えんからな。

 我々もアビゲイルに負けていられないぞ」

 彼らは覚えている。決して立派ではないが、立派になろうとしはじめた彼から自分達に向けられた憧れの視線を。

 それに報いようと決意して以来、彼らは無情な特殊部隊であることをやめた。意志を持って戦いに臨む者達へと変わった。その結果としてここに派遣されたことはどういうことであろうか。

 答えはわからない。だが彼らは求める結果に向かうだけだ。

『少佐。例のポジションに到着しましたぜ』

 キャビンの外から水流の音を響かせて移動していたグソックは、ゴア達が言葉を交わす間に目標地点に到達していた。ライダーの言葉に、ゴアは膝を打ってシートから腰を上げる。

「よし、小休憩は終わりだ。次の作戦段階を開始する」

「へい」

 ゴアの指示に、隊員がキャビンの水密ハッチを開く。そこに広がっていたのは先程までの公園のような開けた空間ではない。

 みっしりと機能を持った機械で四方を埋め尽くされた空間。市民が立ち入ることを想定されていない、軍事目的のエリアがそこにはあった。

 破壊工作を担当する隊員達がキャビンから飛び出し、外部トランクに搭載された爆薬類を手にグソックから降り立つ。水路がつながるここは軍事エリアの用水路だった。

 彼らの次なる目的はデルポイ連邦の戦力を削ること。デストロイヤー・ガン発射までの間に、どれだけ戦果を上げることが出来るだろうか。

 

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