ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ゾイド因子
ゾイドコア内に高温高圧の環境を持ち、他の生物種とは比較にならないエネルギーポテンシャルを持つ生物がゾイドである。そのゾイドの体内を巡り身体能力を発揮させるエネルギーは、他の生物や自然現象の中にあるものとは区別されたゾイド固有のものであり、『ゾイド因子』という概念の主たるものとして認識されている。
少なくとも工学分野においてはこのエネルギーを熱・電気などの形で取り出し利用することは出来ている。しかし単なる熱・電気エネルギーはゾイドコアにゾイド因子として入力することはできない。厳密に言えば『ゾイド固有の因子』はその差異を生むものであると言えるだろう。このことは近似の存在であるゾイド因子オメガも(概ね)ゾイド以外の存在にとっては単なるエネルギーにすぎない点からも説として補強を得ている。
これらのことからエネルギーとして知られるゾイド因子は『強力なエネルギーに震動波・パルスなどの形でゾイド生命体の活動を喚起する情報が含まれたもの』ではないかとも言われているが、その神秘に最も近づいた人物の一方は口を閉ざし、もう一方は行方知れずとなっている。前者はウォルター・ボーマン博士、後者はフランク・ランド博士である。
エネルギーとしてのゾイド因子はそれに触れるだけでゾイドを活性化させることが出来る点で他のエネルギーとは区別される。
また同じ惑星生物種であるためか、人類も高濃度のゾイド因子を浴びた場合身体に変化が生じることがある。
その単純かつ有効な効能から、未だ窺い知れない深淵――そしてフランク・ランド博士がその強大さを大いに利用したことを考えれば、ボーマン博士の慎重な情報開示の理由も窺い知れるものだろう。
あるいは、ゾイド因子を利用し地球にゾイド生態系を生み出した己自身にも、ボーマン博士は恐怖している面があるのかもしれない。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一三四一時
笊ヶ岳近辺
前進を続けるリン達だったが、彼女達の前に姿を現わしたのはデルポイ連邦首都を目前とした防衛拠点だった。
山肌にくり抜かれた複数の射点から、デルポイ連邦側のガノンタスが砲撃を送り込んでくる。これに対抗するのは火力に優れたキャノンブルと、大井川水上を追随してきたキリング達のバズートルだ。
レールガンの弾数が限られるアカツキライガーと、近接射撃戦向けの装備を持つドライパンサーは射撃戦には参加出来ない。その代わりにリン達は砲撃戦の下を防衛拠点に向け忍び寄っていた。
「この種の拠点は接近を許せば脆い……。というのは、向こうも当然理解していますよね」
ドライパンサーはもちろん、ロービジ塗装されたアカツキライガーも木々の間を走る分には砲撃を向けられない。だがデルポイ連邦は当然そのような襲撃者を想定し、木々を刈り取り森を分断するエリアを設けていた。リン達がいるのはその目前であった。
「分散して接近しましょうか……。三体で固まっていては目撃されやすいはず」
「しかし拠点近辺には防衛機体が潜んでいます。孤立するのは危険ですね」
足踏みするリン達。敵の目を引きつけるために続けられている砲撃の効果はどうかと味方に視線を向けると、後方ではキャノンブルに混じってギャランのスカベンジャーも砲撃をしているのが見える。やはり弾薬に制限があるロングレンジバスターキャノンは温存し、それ以外の火器での攻撃参加だ。
攻めきれないリン達に対し、防備に徹する陣地は強固だ。トーチカからはガノンタスの砲口しか見えず、しかしそれだけで彼らは最大の火力を発揮出来るし、身を守ることも出来る。
状況を変えるには砲撃で向き合うのではなく、接近して相手が予期しない位置から攻撃する必要がある。意を決し、リン達は別々の位置からアタックを仕掛けようと分散を開始した。
しかしその瞬間、突入のタイミングよりも早く緩衝地帯を突破した何者かの影があった。それは速度を一切落とさないまま、トーチカの開口部一つへと接近していく。
「あの速度はハンターウルフ……ブルーダー少尉!?」
切り開かれた山野を駆けるのは灰色のシルエット。そしてその背面カウルが開き、長大な対空砲がその姿を現わす。
駆け込んだ影はトーチカ開口部の脇から内部に発砲し、内側から爆風が発するより先に離脱し次に向かっていく。その段になってようやく敵側も接近に気付いたか、リン達への攻撃か味方の援護かで砲撃が乱れ始めた。
「……今っ!」
仲間の生存を喜ぶよりも先に、リンは好機を見抜いた。すかさずアカツキライガーに活を入れ飛び出させる。
ハンターウルフの快速に比べてアカツキライガーの速度はいささか鈍い。だがその分踏み込む力に満ちた一跳びは木々が塞ぐ空間を突き抜け、その先で砲撃が降り注ぐ荒野も同じように突破した。
ドライパンサーが追随する中、リンとアカツキライガーは開口部に取り付くと内部に睨みを走らせた。そこにはハンターウルフを追おうと視線を逸らしていたガノンタス自身や、その周囲で運用に携わる兵がいた。
「下がりなさい! エヴォブラストォッ!」
ガンブレードが展開されると、兵達は慌てて逃げ出す。ガノンタスのライダーもハッチから這い出る中、アカツキライガーは至近距離からガンブレードの砲撃を横様に浴びせた。
狭い空間を横に吹き飛ばされたガノンタスが砲撃スペースの内側に激突し、デルポイ連邦の兵達は陣地奥の退避口に殺到する。その姿を見送り、リンは次なるトーチカへ機体を走らせた。
そこへトーチカへの接近に対抗すべく控えていたであろう、デルポイ連邦側のパキケドスが山を越えて駆けつけてくる。リンはそれに応じてアカツキライガーを跳ばし突進から逃れようとしたが、
「おおっとさせないよっ!」
「食らえぇ!」
響いた高い声はギャランと共に合流したアビーとベッキーのものだった。リン達の突撃の裏で隙を突いて接近した二人のディロフォスが、至近距離から妨害電波のインパルスをパキケドスに浴びせて動きを止める。
さらに突撃の背後で森から飛び立ったアビゲイル達と、ハバロフの部下達のキルサイスも空中から制圧射撃を浴びせながらトーチカに殺到する。『形勢』はその一瞬でリン達に傾いたのだった。
砲撃を行うキャノンブル部隊も前進を始める。接近する友軍に、リンは一息を吐いて現地の確保のためアカツキライガーに周囲を警戒させるのだった。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一三五六時
笊ヶ岳近辺 デルポイ連邦防衛拠点
リン達による制圧は瞬く間に進んだ。この拠点が他の拠点と連携して侵入者を迎撃するものではない、末端の通報施設のようなものだったことが短時間で制圧可能である理由だろうか。
取り押さえることが出来たデルポイ連邦の兵達を一カ所にまとめつつ、リン達は拠点から何か有用な情報は得られないかと捜索を行っていた。
時間はあまりない。この拠点が通報施設でもあるならばリン達の位置とそこから移動出来る先はすぐさま予想されてしまう。追っ手が迫る前に移動しなければならない。
「施設のチェックは我々がやりましょう」
アビゲイルが部下に指示しトーチカに潜り込んでいく。そしてそれにハバロフ達も続き、
「使用可能な弾薬は全て頂いていきます。武装は取り付けている時間が無いので全て破棄! 急ぎなさい!」
どちらの組織も手際が良い。アビゲイル達情報機関は当然として、非合法な活動をしているハバロフ達の火事場泥棒っぷりは流石と言うべきか。
その間に周囲を守るのがリン達オクトーバーフォース組の役割だ。しかしこの状況でも言葉を交わしておかねばならない相手が一人、現われていた。
「リン・クリューガー准尉。この隊の指揮は貴官が取っていると聞いたが」
戦闘で駆け巡った脚を緩める灰色のハンターウルフ〈エコー〉から降り立つのは、傭兵ブルーダー。山岳地帯で生まれ育ち戦いを経てきた彼は、この混乱の中でも確実に生き延びているはずだと目されていた一人だ。
「はい、帝国軍の情報機関と一緒にデルポイ連邦の本拠地を目指しているところです。
そういえば、私達の方で後方に下げた非戦闘員の中にお連れの方がいましたよ」
「ユインか、助かる。俺の方でも負傷者を何人か救出しているんだが、見つからない場所に隠すことしかできなかった。情報機関とやらに場所を伝えれば救助して貰えるだろうか」
こともなげにブルーダーはそう言うが、昨晩の混乱を考えれば大したものだ。リンは感心するしかない。
「負傷者を隠した後にここまで一人で……?」
「いや、もう少し先まで行ってアタックする場合に使えそうなルートを探っていた。今朝遠吠えに応じた者がいたから継戦を望んでいるグループはいるとわかっていたからな。合流できればと思っていたのだが」
「この先のルートも調べてあるんですか!?」
驚くリンの様子に、ブルーダーの方も驚いたようだった。彼らにしてみればそれだけのことを昨晩から実行出来るのは当然のことなのだろう。
「ルートはエコーに記録してある。高機能型の操縦席は便利だな。ヤスリの尾根……地元では簡易的な操縦席を使っていたからな」
現状において貴重な情報がエコーに収められている。そんなエコーにアカツキライガーが並びくつろいでいる様はそんなことを感じさせないが。
「私達の方では、帝国の戦略情報局から地下空洞のデータを頂いているんです。ブルーダーさんの調査結果を合わせれば、デルポイ連邦の首都に突入出来るはずです!」
「力になれるならば光栄なことだ」
手を取るリンにブルーダーは静かに応じる。その表情はリンに比べて懐疑的で、慎重さを漂わせたものだった。
「だが昨晩の戦闘を思い返して見ると、セカンドイシューに対して我々は決定打を持っていない。
その状況でデルポイ連邦の奥深くに侵入して……どのような戦いをするべきだろうか」
それは事態を動かすことで士気を蘇らせたリン達が無意識にか意識的にか避けていた話題だった。
ジオシティに待ち受けるセカンドイシューはアカツキライガーとスカベンジャーという強力なゾイドを撃退している。そして両機共に損耗してしまった。昨晩よりもさらに厳しい戦いになるだろう。
一度敗北した上でより厳しくなったのならばもはや絶望的とも言える状況だ。だがリンは慎重に語り出す。
「……私達が倒すのはデルポイ連邦です。セカンドイシューはその戦力ですが、全てではありません……」
「それは――」
「強力なゾイドへの対処法としてはポピュラーだなあ」
無遠慮な声が響く。それは警戒に向かないスカベンジャーから降り立って戦闘糧食を食べていたギャランだった。そしてデスレックス種であるスカベンジャーは、ある意味ではスカベンジャーに似た形質である強力かつ単騎の重戦闘ゾイドだ。
だからこそそのライダーであるギャランはリンがたどり着いたアイディアを察したのだろう。
「迂回――あるいは陽動ってことだろ? セカンドイシューを主戦場から引き離して、その隙にデストロイヤー・ガンを破壊する。そうすれば当面の本土攻撃は防げる。
そんなところだろ、思いついたのは」
ギャランの言葉に、リンはゆっくりと頷く。そしてその覚悟を決めたような様子にブルーダーは眉をひそめた。
「……君がセカンドイシューを引き寄せるつもりか」
「はい。私とアカツキライガーはセカンドイシューに敵いませんが、敵にとってはまだ無視出来ない存在であるはずです。だからこそ陽動ができる……そうすればデストロイヤー・ガンは通常のゾイドでも破壊出来るでしょう」
「しかし危険だぞ。昨晩の戦闘結果を忘れたわけではないはずだ」
「撃破を目指さなければやりようはあるはずです。私は死ぬつもりはありません」
ウェインライトとのやりとりを経てリンはその点は強く決意していた。そして捨て鉢にはならない強かさがリンをこのアイディアに導いたと言える。
「いやあ無茶だろ。俺とスカベンジャーも戦ったが、セカンドイシューはとんでもない強さだったぜ。
デスレックスよりデカいくせに動きは速く、パワーもある。おまけに火力はこれまでに何度も発揮されてきただろう?」
「しかし地下にあるデルポイ連邦の本拠地であれば火力は……」
意地悪そうな口調のギャランに、リンは反論する。するとギャランはたしなめるように両手を広げた。
「まあ待てよ、俺は単純に反対しているわけじゃない。
単騎で挑むのは危険だ。昨晩のようにな。
だから今度は俺とお前、スカベンジャーとアカツキライガーで同時に挑む。それなら少しは保つだろう」
「ギャラン軍曹……!」
覚悟を決めていたリンにとっては心強い申し出だった。ロングレンジバスターキャノンの一方を失ったスカベンジャーのダメージは気に掛かるが、他の者に協力を仰ぐよりも確実ではあるだろう。
「機体のダメージはいかがですか?」
「良くはねえな。全身満遍なく打ちのめされたわけだからな。
ただそろそろスカベンジャーは腹を空かせてきているはずでな……鎮静剤も切れて本能が強まってきている。今夜には差し引きでかなりいいコンディションになるだろう」
長くスカベンジャーに乗っているギャランはそう見立て、待機する機体へと振り向いていた。
「ん……?」
「ギャラン軍曹?」
「いや、破損した部位に金属細胞の薄膜が張ってるようでな。回復してるようだ」
言われてみれば、スカベンジャーの全身に走る擦過はどこかエッジに丸みを帯びているように見える。風化したようにも見えるが、実際は金属生命体であるゾイドの細胞が傷口にかさぶたを作るようにダメージ表面を覆っている状態だった。
「……けどいつもよりペースが速いな。ゾイドやジャミンガを食わせたわけでもないのに」
「そう……なんですか?」
デスレックスのような強力なゾイドであればこれだけの時間でも充分ではないのかと、リンはそんな風にギャランに首を傾げる。
そしてアカツキライガーはどうかと振り向いてみれば、やはりこちらもダメージ部に溶解したような丸みが見えていた。そしてその隣にやってきたエコーは、まだ昨晩の戦闘の痕跡として鋭い擦過の傷が装甲に残っている。
「まさか……」
「リン准尉!」
リンの口をふと疑問がついたその時、トーチカ内部を調査していたアビゲイル達がにわかに騒ぎ始めた。しかしその雰囲気は緊急事態という様子ではない。
「有力な情報が手に入りました! 来て下さい、アビゲイル少尉がミーティングを希望しています」
ちょうどよく人が集まるタイミングが訪れた。リンは浮かんだ疑問をそこにぶつけてみようと、ギャランやブルーダー達を引き連れて歩き出す。