ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ジオシティ(1)
デルポイ連邦首都として建設されたジオフロント、それがジオシティである。
南アルプス最高峰北岳地下に建設されたこの地下空間はメイン空間の半径が3キロに及ぶ巨大なものである。その一方で建設には移民船の補修資材を始め、移民後の宇宙開発用資材――つまり新地球歴三〇年代現在死蔵されている物品が多く利用されていることから、その建設コストはさほど大きなものとはならなかった。ジオフロント自体の規模も移民船に近く、デルポイ連邦の人員にその持ち主が含まれるかは別として、建造と維持のノウハウ自体は存在しているものである。
そしてジオシティと一体化した戦略兵器デストロイヤー・ガンも移民後の宇宙開発に用いられるはずだったマスドライバーを元にしているなど、宇宙開発に近しい都市と言える。しかしその一方で、それらを扱う先進的な研究施設などはデルポイ連邦には欠けた存在であった。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一五四一時
ジオシティ 軍事エリア
地下に存在するジオシティには外界の時間の流れを感じさせる現象は起こらない。ただそこにあるのは、この場所で起きている事態の進行を示すものだけだ。
例えばそれは、ジオシティ西部に位置する軍用スペースの一部で火の手が上がって黒煙が立ち上っていることなどだ。炎上しているのは特に格納庫、それもゾイドを収めているものだった。
ジオシティに潜入したゴア達特殊部隊の破壊工作は、居住のために用意されていた地区の爆破による陽動によって当初の目的、軍事エリアに到達していた。
しかし常駐する戦力が存在するこの場所では、完全に身を隠したまま戦闘を進めることはできなかった。ゴア達の部隊は弾薬が保管された耐爆コンクリートの掩体壕に立てこもり、包囲を仕掛けてくるデルポイ連邦側と交戦している。
「弾薬を背負って銃撃戦てのはぞっとしませんねえ!」
「弾切れしないで済むのと、大火力を撃ち込まれないで済むのはありがたいことだよ」
掩体壕の正面扉を遮蔽物として、ゴア隊の隊員がデルポイ連邦側の突入を食い止めるべく射撃を断続的に繰り返していた。さらに掩体壕内部には彼らが乗ってきたグソックも入り込み、搭載された対ゾイド砲を隊員が操作している。
『工作員諸君、君達は完全に包囲されている』
「おおあんな典型的なこと初めて言われた」
「基本気付かれないように戦ってきましたからね俺達」
『――さらに君達を救助する戦力は現われない。ジオシティ周辺は我らデルポイ連邦の軍によって制圧状態であり、ここに侵入した勢力は君達だけである。
状況が好転することは無い。直ちに投降したまえ』
呼びかけてくるデルポイ連邦側は、この弾薬庫正面に陣地を構えて隊員達と対峙していた。弾薬を背にした隊員達相手にゾイドでの攻撃はできずにいるが、その一方で装甲板を増設したステゴゼーゲを盾代わりにして展開している。
「アレ確か軍じゃなくて警察に配備されてるゾイドですよね? ステゴゼーゲの改造機で……」
「ウォールゼーゲだな。対暴動用の移動バリケードと機動隊員輸送用のゾイドのはずだ。
デルポイ連邦と繋がってたってんなら警察より、そこにゾイドを納入してた企業とかであってほしいがなあ」
ウォールゼーゲの陰から牽制射撃してくるデルポイ連邦兵を尻目に、ゴア隊の隊員達はぼやく。この新興国家になろうとしている組織の成り立ちは、彼らが属する戦略情報局にとって重要事案の一つだった。そして軍事的ではない動きの内に止められずにいたことで現在に至る。
かつての段階で止められていればという後悔は眼前の敵戦力全てに向けられる。今まさに敵に合流しようとしているパキケドスにもだ。
「……パキケドス?」
パキケファロサウルス種のそのゾイドは、発達した頭部による格闘戦を得意とする機体だ。この状況でそんな機体が合流してどうしようというのか。
「壁を破って突入してくる気ですかね」
「いや、だったらわざわざ真正面から来るか?」
この弾薬庫の広さはゴア隊全員でもカバーしきれないものであり、開口部がこの正面だけであるからこそ持ちこたえているのが現状だ。しかしパキケドスのパワーなら耐爆コンクリートに別の開口部を作ることもできるかもしれない。
しかしそれならば正面以外から来るのが然るべき手順。そのことを疑問に思った隊員達の前で、接近してきたパキケドスはそのままウォールゼーゲの一体に蹴りを叩き込むとそのまま跳躍し、包囲陣の内側に踏み込んできた。
「……総員無事か? 報告!」
「隊長! 全員健在です!」
隊員達の前に着地したパキケドスの背中から、隊長たるゴアの問いかける声が響いた。隊員達がその声に応じる間に、パキケドスはデルポイ連邦兵達に対して向き直り搭載火器で反撃を開始している。
「こちらでは機体を強奪してきたがそちらのチームは弾薬庫を盾にしたか。いい判断だ。
しかし現状で籠城戦は不利だ。敵を撒いて再度潜伏を目指す」
「やむを得ませんね。できればデストロイヤー・ガンにダメージを与えたかったですが」
「あちらは警備が厳重すぎる」
パキケドスから飛び降りるゴアを出迎えた隊員達は、言葉を交わしながらグソックへ走る。突入で敵の陣形が乱れ、さらに自軍に戦力が加わったなら状況は動かすべきだろう。
「一端水中に退避して再攻撃の機会を窺う。ゾイドは大部分が出動しているようなので次はパワープラント類を攻撃したいな」
追われる状況だがゴアは強気だ。プロフェッショナルとしての自負があるのはもちろんだが、デルポイ連邦による本土砲撃まで残り九時間を切っていることも見逃せない。
「パワープラントは流石に警備が厳重では?」
「だが有効な攻撃地点はそのぐらいしかない。デストロイヤー・ガンの構造が問題でな……」
「構造データが手に入ったんですか?」
「ああ、コイツに関してはオクトーバーフォース側と情報を共有したいところだ、が……!?」
言葉を交わすゴアと隊員達を乗せてグソックが動き出す。しかしそうした直後に、キャビンに収まったゴア達に衝撃が加わる。
「どうした! ランチャー持ちでも出てきたか!」
『それどころかゾイドですよ! 敵ゾイド、白兵戦型……ギルラプターです!』
ライダーの報告に、ゴア達はキャビンに設けられた耐圧耐弾ガラスの小窓から外の様子を窺う。そしてそこには立ちはだかるパキケドス越しに黒いギルラプターの姿があった。
「黒のギルラプター……ロイ・ロングストライドか!?」
デルポイ連邦の要注意人物については、ジオシティ内部よりも先に情報は確保出来ている。黒いギルラプターを操る戦闘狂――ロイについても同様だ。
『ははぁ、こそ泥だか放火だか、はたまたスパイかゲリラかな? 不届き者がぁ成敗してくれるわあ』
薄ら笑いを声音に浮かべながら、ロイはギルラプター〈ブラックナイト〉をパキケドスに対峙させた。嘲笑うように顎を反らせたその姿に、パキケドスに乗り込んだ隊員がゴア達へ呼びかけた。
『隊長! こいつは自分が引き受けます。後退して下さい!』
『てめーじゃ荷が重いだろうよっと』
ライダーが呼びかけたために振り向いたパキケドスめがけ、ブラックナイトが高圧濃硫酸砲の不意打ちを吹きかけた。着色された薬剤の霧がパキケドスの横顔に広がり、目を狙われたからかパキケドスが身を竦める。
「出せ! 奴がいるということは周囲を部下に固められている恐れがある」
『仕方が無い。飛ばしますよ!』
緊急事態に対し、グソックのライダーは機体をワイルドブラスト状態に移行させた。この状態での高速回転と急加速がグソックの攻めにせよ守りにせよ切り札となる。
今は逃走の手段だ。ゴア達がキャビンの耐衝撃グリップを握って身を縮めると、窓の外ではブラックナイトがワンステップでパキケドスの脇を抜け距離を詰めてきていた。
『わざわざ玉になってくれんのかい』
無遠慮な蹴りがグソックを横様に吹き飛ばす。衝撃でかき混ぜられる景色の中、割り込んだパキケドスが横からの体当たりでブラックナイトを突き飛ばした。だが宙に飛んだ黒い体躯は衝撃を殺しきってふわりと舞うばかり。
『即席のコンビなんざ敵じゃねえなあ!』
傍らの格納庫の壁を蹴って戻ってきたブラックナイトはパキケドスの背に爪を突き立てる。それは操縦席を狙った一撃だったが、ゴアの部下もただではやられない。パキケドスの身をかがめさせてヒット点をずらすと、さらにそのまま機体を前に出す。
『行け!』
『おう!』
蹴りを受けたグソックもその前に前転で飛び出し、緊急離脱を開始する。目指すのはこの軍事エリアに食い込んでいるジオシティ用水路だ。
格納庫の合間を駆け抜けるグソックと、それを追うブラックナイト、そしてそれを阻止するべく併走するパキケドス。横様に噛み合い体をぶつけ合う二体のゾイドだが、機敏かつ側面に武装を持つギルラプター種のブラックナイトの方が優勢だ。
『ハハハァ! どうしたどうした頑張らないとみんな死んじまうぞ!』
『くそ……』
運動性に勝るブラックナイトはこの狭い路地なら自在にパキケドスを責め苛むことも、置き去りにしてグソックを仕留めることも少しの本気で可能なことだろう。しかしロイはそのどちらも弄ぶことを選んだ。
ブラックナイトは緩い足取りでパキケドスに横から食らいつき、反撃を受けそうになると横様に宙返りして反対側に着地する。そして脇腹に高圧濃硫酸砲を押しつけて発砲してみせた。
噴出音と共にパキケドスは甲高い悲鳴を上げ、脇腹から蒸気が広がる。溶解した体側骨格が痛々しいが、しかし致命打には至らない被弾。戦いを長引かせて舐め回すような威力であった。
『かわいそうだなあ、お前らに使われちまったばっかりにボロボロにされちまって。悪いとは思わねえの?』
『お前が不必要に痛めつけているんだろうが!』
『いやだなあ趣味と実益を兼ねるって奴だぜ』
嘲笑うロイ。そしてブラックナイトはゆったりとした足取りでグソックとパキケドスを追う構えを見せ始める。
腹立たしいまでの余裕。しかしその一方で、ゴア達は目的地に接近していた。
『用水路だ!』
格納庫に激突しながら角を曲がったグソックの先に、揺れる水面が見える。重量物をこの保管施設に運び込むための水運用水路だ。
軽い体躯で機動力を武器とするブラックナイト、そして液体を噴出する高圧濃硫酸砲。そのどちらも水中では威力を発揮出来ない。そこまで逃れればゴア達のひとまずの勝利だ。
だが、
『うっ……』
グソックのライダーはうめき声を上げ、機体のワイルドブラストを停止させた。ゴア達キャビンの乗員は猛烈な回転から解放されたが、しかしロイによる追跡という脅威は終わらせられていない。
「どうした、まだ水中ではないぞ」
三半規管を揺さぶられてふらつきながら、ゴアがライダーに呼びかける。そしてそうしながらキャビンの窓から外を見ると、彼は返事より先に理由を理解した。
『まずいです。ガブリゲーターが……』
水面の揺れに限りなく隠れながらも、いくつかの視線がゴア達を見ていた。
水中白兵戦ゾイド、サルコスクス種ガブリゲーター。グソックと比しても強力なゾイドが、複数そこでは待ち構えているのだ。
『バーカ。ジオシティの中を見つからずに動き回れる手段として、水路を利用しているぐらいのことは思いつくんだよ』
そう種明かしをするロイを乗せて、ブラックナイトは鋭い足爪をアスファルトの路面に打ち付ける。乗り手同様演技じみたことをするゾイドであった。
そしてその余裕の態度の後ろから、弾薬庫を包囲していたものと同じウォールゼーゲが姿を現わしてくる。地上と水中からの包囲が成り、ブラックナイトは歩みを進めてくる。
『さてご立派な特殊部隊様は投降せざるを得ない状況ではどうしてくれるのかな?』
『おのれ……』
グソックの前に立ちはだかるパキケドス。そしてその王冠状の頭部打突部が屹立する。ワイルドブラストだ。
破壊工作だけではなく、内部の状況も探ったゴア隊が捕らえられるわけにはいかない。パキケドスに乗った隊員はグソックを逃がしに掛かる構えだ。孤立した場合の手筈はあるとはいえ、決死の覚悟となる。
『ハハッ、表社会の連中はホントご立派な奴らばかりだなあ! 始末し甲斐があるってもんだ!』
応じてロイもブラックナイトをワイルドブラストさせる。ゾイドの体力を消耗させる戦い方だが、本拠地にいるロイにとってはあまり関係あるまい。
余裕綽々。一方的な戦いを楽しんで見せるロイに対しゴアの部下達は歯噛みするしかない。
「やむを得ん。強行突破を――」
グソックのライダーに指示すべく、ゴアは視線を振り向かせた。そして水路側のキャビン窓に一つの光を見出す。
「……あのゾイドは!?」
ゴアが思わず声を上げたその瞬間、戦場に機銃掃射が降り注いだ。
威力はグソックとパキケドスの周囲に襲いかかり、瞬時に反応したブラックナイトは飛び退いている。そして水路を飛び越え、狼狽えるウォールゼーゲ部隊の前に姿を現わすのは四足獣のゾイドの姿だった。
視認性を抑えた暗色に武装ユニットを背負ったその姿は、
『――アカツキライガーだと?』
ロイがその名を口走る。現われたのはオクトーバーフォースの切り札の一つ、そして未だここには到達することも出来ていないはずの機体――リンのアカツキライガーであった。
「オクトーバーフォースの……アビゲイルに任せていた側か? なぜもうこんな場所に――」
ゴアもその出現には呆気に取られざるを得ない。しかし硬直した戦場の空気の中で、アカツキライガーだけは確かな息づかいと共にゴア達へと振り向いていた。
『――ゴア少佐、後退して下さい。あなた方の情報が私達には必要です。
誘導はあちらのキルサイスが』
アカツキライガーから響く声も確かに女性、リンのものだった。そしてライガーに続いてこのジオシティの空中を飛来する複数のキルサイス。
ガブリゲーターに対して爆雷らしきものを投下していくキルサイス部隊だが、しかしゴアの目にその機体が友軍、アビゲイル隊のものとは異なる仕様であることが見えていた。
『私達のトリックについては後でお伝えします。急いで!』
「助かる! ――出せ!」
『よくわかりませんが了解ですよ!』
襲撃による混乱の中、ゴアの指示でグソックは水中に突入した。部下が乗るパキケドスも水路沿いに追随してくる。
『へえ、お仲間には種明かしするってわけだ。俺達も聞きたいねえ。取り押さえてじっくり訊ねればこっちにも教えてくれるかあ?』
『ロイ中尉……』
遠ざかっていく戦場からは、対峙する二体のゾイドを駆る者達の声が響いてくる。
『私達は誰も諦めていない……。あなた達が為そうとしていることを必ず止めてみせます』
『ははあ、ご立派ぶった連中の中でも特にご立派なこったなあ准尉殿。
だがいいのかい? 俺はともかくとして、お前らの社会に居場所が無い可哀想な可哀想な連中のお望みだぜえ? 冷てえ軍人さんだなあお前ぇ』
露骨な当てこすりで揺さぶりを掛けるロイ。しかしそれに応じるリンの声は揺らぐことが無い確かなものだった。
『何を言っても無駄です、ロイ中尉。あなたは物事をややこしくすることを楽しんでいるだけ。
そしてこのデルポイ連邦も……わかってしまいました。可哀想なだけの存在ではないことを』
その瞬間、遠ざかりつつあるゴアは、それでも鋭く響く音を聞いた。アカツキライガーが地を蹴り飛び出す轟きを。