ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ジオシティ(2)
地底に存在するジオシティに必要不可欠となるのが地上とのアクセスである。
建築途中かつ周囲の南アルプス地域の開発も進んでいない現在では他の都市との接続を目的とした幹線道路の設置などは望むべくもないが、ヘンリー・ムーロア総帥はデルポイ連邦の将来的な発展を見据え車両、ゾイド共に通行可能な大規模トンネルをジオシティ各方位に設計している。ただし、これらは未だ基礎部が設けられたのみで地上への貫通は旧世界圏、及びその派遣部隊であるオクトーバーフォースとの決着を付けて以降となるだろう。
工事用トンネルは必要に応じて設けられ続けており、主に物資の搬入と換気のためのものが複数存在する。中にはジオシティ建築初期に、地中空間を設けるために土砂を搬出するために用いられた古く内部構造も簡易なものも存在し巨大な洞窟のような様相を呈しているという。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一六一二時
ジオシティ 市街予定地
『さて……我がデルポイ連邦が帝国、共和国両国の財産を簒奪ないし傷つけるものとして、討伐軍オクトーバーフォースが結成されているというのがこちらの認識だがそれは相違ないことだろうか』
響き渡るヘンリー・ムーロアの声に対し、アカツキライガーに座乗するリンはその姿無き相手にそれでも視線を上げて応じる。
「それを判断するのは一軍人の役目ではありません。
確認を取るならば合同軍との正式なチャンネルを通せば良いし、主張を行うならばそのまま続ければ良いのでは?」
『なるほど、君は分をわきまえているということか。
ならば私は話を続けるが、君は己の判断を他者に預けても良いのかな?』
「あなたの国民ではない私個人の意志を、あなたが心配することはないと思います」
隙あらばなにかを引き出そうとしてくるようなヘンリーの問いかけを切り捨て、リンは距離をとり続ける。そうして相手の言葉を引き出すことが自分の立場でできることだと、リンは自覚していた。
『ならば言わせてもらおう。ここデルポイ連邦は君のように国家や、自分よりも大きな存在に圧殺されそうになった者達のための国だと』
だがリンの無言すらもヘンリーは利用するようであった。仮にも一国を作り上げようとする器の持ち主だからこそか。
『差別、格差、分断……あらゆる「不可能」によってその意志を挫けさせられようとしている全ての人々のための国家がデルポイ連邦だ。
我々はそう言った人々を迎え入れ、その活動を支援する。その結果が新国家の独立であろうともだ』
「…………!?」
新国家樹立を掲げる元首としては意外とも取れる発言だが、リンは一瞬息を呑みながらも納得した。
デルポイ連邦という名称はそういう意味も含んでいるのだろう。かつて惑星Zi
『デルポイ連邦は帝国、共和国とは異なる、ゾイド人第三の選択肢として存在するために建国を目指しているものだ。
我々の存在を拒否すると言うことは、その可能性を不要だと断じることであることをオクトーバーフォースは改めて認識していただきたい』
それは確かにデルポイ連邦の存在を保証する理屈であるようだった。しかしリンは言い切るヘンリーに対し眉を建てて声を上げる。
「それだけじゃない……」
『うむ?』
「あなた達の『理由』はそれだけじゃないでしょう!?」
リンの叫びのタイミングはヘンリーの予想外か、予想通りか。特に言いよどんだ様子も無くヘンリーはリンの言葉を受け止めている。
底知れぬヘンリーの懐の深さを感じながら、リンはそれでも声を張り上げた。
「新たな可能性……その裏であなた達が深い怨恨を抱えているのもまた事実だ!
あなた達を傷つけ、あなた達の思い通りにならないものを恨んでいるからこそ、帝国と共和国を攻撃する戦略兵器を保持しているんでしょう!」
『国家が独立を維持するために軍事力を持つことは必要なことだよ。それがわからない立場ではあるまい』
確かにリンは士官教育を受けていた立場だ。そう言った戦略的な事柄への知識もある。『軍人は外交官』だ。
しかしそのような知識を持っていてなお、リンにはデルポイ連邦の、ヘンリーの矛盾が見える。
「独立を維持するためだけに弾道兵器と……ゼログライジスを用いる必要がありますか。
あなた達はこの独立戦争で帝国と共和国に被害を与えることを一つの目標としている。復讐のために……!」
この黎明期を脱しきっていない新地球歴世界において、大陸間弾道兵器など過ぎたる代物だ。さらにセカンドイシュー――ゼログライジスはこの地球を壊滅させかねない存在でもある。
「あなた達が独立戦争の結果に満足しても、あなた達の下に集う新たな国民はどこかに自分の復讐心を抱えてやってくる。
それが澱のように積み重なれば……デストロイヤー・ガンも、セカンドイシューも、北米大陸に攻め入るための兵器になる。あなた達はそれを助長しようとしているんですよ! わかっているんですか!」
自分達が属した旧世界への怨恨。それ故の過剰な武装と、もしその威力が示された後に訪れる結果。恨みを果たす可能性がある場所が存在すれば、あらゆる恨みが未来においても生存しかねない。
デルポイ連邦がその存在を確定することはそんな、暗黒の未来が生じる可能性を秘めている。一度は怒りと自棄に身を浸したリンは、その可能性に気付いたのだった。
『侮ってもらっては困る。そんなことを私達は許さない――』
「今ここにいるあなた達が許さなくても、あなた達の後継者がその思いを完全に引き継げるでしょうか?
地球に移住することを望まれて旅立った私達がこうして戦っているのに?」
『む……』
今自分達が争っていること、それはゾイド人が持つ己の信念を強く確信する力の現われそのものだ。それぞれが己の為すべきを為そうとするが故にぶつかり合う。
やがて、世界から爪弾きにされたと感じ恨みを抱く者達もその気質を持ったまま、この国家に集まりかねないのだ。
「あまりに危険な力を、恨みと結びつけて存在させる……その危険性があるなら、私は一人の軍人としてではなく、一人のゾイド人としてその存在を許容出来ません!」
『……一個人である君が思いつくような懸念を我々が危惧していないはずがあるか!
我が国をそのように認識することには遺憾の念を表明する他無い』
「…………!」
ヘンリーはリンの糾弾に建前じみた言葉を出すしか無いが、しかしそれはリンを拘束する言葉でもある。
相手が否定する解釈を持ったまま交戦を是とするならば、その判断を下す誰かが必要となる。そしてリンは一軍人としてその権利を手放したばかりだ。
それでもリンは否定の声を上げるしかなかった。その結果が今のしかかっている。
撤収すれば、リン個人の名誉は地に落ちるとしてもオクトーバーフォース本来の目的に帰依することはできる。だがそれは若いリンにとっては一瞬の逡巡を与えるものであった。
ロイがそうしたように捨て台詞を吐いて、リンはアカツキライガーを退避させようかと操縦レバーに力を掛ける。
しかしその時、ヘンリーの声を伝える居住区画のアナウンスシステムにノイズが走った。
『……どうした?』
『外部からジオシティ内の放送システムに干渉が行われています! 民間グレードの部位から侵入が……』
ヘンリーの音声に放送をコントロールしていると思しきオペレーターの音声が混じる。しかし瞬間的に、彼ら以上の明瞭さを持ってその声は響いた。
『オクトーバーフォース司令官、グロース・アハトバウムより各員に告ぐ』
朗々と響くのはこれまでに何度もオクトーバーフォースに、第七開拓師団に指示を飛ばしてきたグロースの低い声だった。
『デルポイ連邦制圧作戦は継続している。
各員攻撃を続行せよ。以上――』
このタイミングでデルポイ連邦の通信網に干渉を仕掛けられるということは、グロースはこの状況を把握しアクションを起こせる状況にあるということだ。それは明け方に響いた咆哮よりもさらに強い、オクトーバーフォースが未だに健在である証拠となる。
「了解しました! グロース少将!」
届いているとは言えないが、それでもリンは声を張り上げた。そしてアカツキライガーもそれに応じて声を上げると、戦場を離脱すべく巨体を跳ばす。
だがロイの後退を待ち構えていたか、居住区画の外に控えていたデルポイ連邦戦力が前線を押し上げて来ていた。揺れる背びれを持ったディメパルサーが、その機体両脇にミサイルを懸架しているのが見える。
「高機動型の対地ミサイル……!」
高速ゾイドを捉えるべく開発されたものだ。電子戦能力が高いディメパルサーと合わせて、アカツキライガーを逃がさず仕留めるための布陣だろう。
後続も備えたディメパルサーの隊列。しかしそれを見渡すリンの表情に狼狽は無い。
「この流れで死んでたまりますか……!」
連続するミサイルの射出。それを背後に、リンはアカツキライガーを加速させる。
即座に最高速度に達する機影に、追随するミサイル。爆光が連続し居住区画が巻き込まれていく中、リンが離脱させようとしていたゴア達の行方はもはやデルポイ連邦には捉えられなくなっていたのであった。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一六二九時
ジオシティ 廃道六三五号
リンがロイ達を引きつけていたその頃、キルサイス部隊に先導されたゴア達特殊部隊は奇妙な空間にたどり着いていた。
それは地底に存在するジオシティと地上とを結ぶトンネルの一つだったが、建造物の陰に隠れるような入口に照明の無い内部と粗末な環境の空間だ。
足下にはキャタルガのものらしき轍が刻まれた土が剥き出し。それも風化の気配がある様子からしてしばらく誰も踏み込んでいないトンネルであることが窺える。そしてZ・Oバイザーの暗視機能を駆使して進む彼らの前に、そのような万全の装備でなければ気付かれないような横穴が姿を現わした。
先導のキルサイスがそこに踏み込み、放置されている資材の脇を抜けるとようやく光源が現われた。それは一体のスティレイザーが装備した投光器であり、その光の中には急ごしらえの戦闘指揮所が設けられている。
「ゴア中佐、ご無事ですか?」
地図を広げていたアビゲイルがゴア達を出迎えに歩み出てくる。ゴア達も狭苦しいグソックのキャビンから這い出て地下空間の冷えた空気を吸い込んだ。
「ご苦労、アビゲイル少尉。……ここはなんだ? あのキルサイス部隊は恐らく継続真帝国評議会のものだろうが」
「あらっ、私達のことをご存じで? さすがは帝国のエリート部隊ですね!」
スティレイザーの操縦席から顔を出したハバロフがふんぞり返っていたが、ゴアはそれを一瞥して自らの問いかけの半分を解決した。そしてアビゲイルは背後の空間を視線で示し、
「ここはジオシティと地上を結ぶトンネルの一つですが、ジオシティ建築段階以降では放棄された廃道となっているものです。特にこの空間はトンネルの中間に設置された倉庫代わりの空間だったようですね」
「ここが廃棄されたルートだというのはどこで?」
戦略情報局が入手したジオシティに関するデータはこのトンネルが利用されていた建築途中時のものだ。その後このトンネルが現状を迎えていることを知るには最新の情報と照らし合わせる必要がある。
「オクトーバーフォースの部隊と合流したことで地上の拠点を攻略できたので、そこで最新のマップを入手出来たんです。
情報局側のマップから消えたトンネルの内、監視システム類も設置されていないものを数個絞り込むことが出来ました」
「そうか……! よくやったぞアビゲイル少尉」
地底に存在する本拠地に対し、敵が無警戒であるルートを導き出せたのは値千金だ。ゴア達の逃走劇で敵がその存在に気付いたとしても、ここまで警戒していなかったルートに注意を向けなければならなくなることは付け入る隙を生むだろう。
「地上にはデスレックスを含むオクトーバーフォースの一派を待機させています。デストロイヤー・ガン攻撃に最適なルートを割り出し、本番のアタックを仕掛けていきましょう」
「うむ……いいアイディアだアビゲイル。だが――君達が成果を得てきたように、我々からも提供出来る情報がある」
そう言ってゴアが示すのは自身の軍用端末だった。その画面に映るのはジオシティに被さる北岳の斜面地殻に埋め込まれたデストロイヤー・ガンの構造図だ。
「デストロイヤー・ガンの砲身は地中に埋設され地上、ジオシティどちらからも攻撃で破壊することは困難だ。ジオシティ側からは砲身に沿ったラインが見えるが……これはエネルギー供給ラインの予備ラインの一つでしかない」
ジオシティの地上から撮影した画像も交えてゴアはその事実を伝えた。
デストロイヤー・ガンの構造は外部からの破壊が不可能。それは本土攻撃の阻止を狙う側からしてみれば絶望的な情報である。
しかしその一方で、ベットすべき戦術が見えてくる情報でもある。
「つまり攻撃するべきは砲にエネルギーを供給する施設か、砲口部か、照準を定める司令部かというわけですね」
響いた女の声は、ゴア達の背後からのものだった。
それは投光器に薄く照らされた闇の中に姿を浮かび上がらせたアカツキライガーからのリンの声だった。
ロイとの戦いと離脱のための戦いによって、そのロービジ塗装には幾重にも断裂が刻まれている。だがその下からはすでに本来のパールホワイトを彩った金属細胞が傷を埋め、アカツキライガーを本来の色彩に戻しつつある。
「ヘンリー・ムーロアを止めるためにデルポイ連邦の総司令部には向かうことになるので、それをメインに据えるといいんじゃないでしょうか。他のポイントはどうですか?」
「あ、ああ……君がアカツキライガーのライダーのリン・クリューガー准尉か。
確かに君の言うとおりだろう。狙うとしたらそれらとなるが、総司令部と砲口部の守りは特に堅いぞ」
「では動力部……」
ゴアはリンの言葉に頷く。己の情報端末に表示した地図の中にその一点を見た。
「核融合ジェネレーターの位置はジオシティ南端。だがこちらも安全措置の一環として施設の大半はジオフロント外の地中に存在している」
「それでもなんとかするしかないでしょう。デストロイヤー・ガン発射まで……残り七時間弱なんですから」
毅然としたリンの言葉。ゴアはその迷いの無い返事に応じて笑みを浮かべた。困難な作戦に挑むことを生業とする特殊部隊指揮官の挑戦的な笑みだ。
そしてそんなゴアに対し、アビゲイルが己の情報端末から情報を転送した。画面に現れるリストと地図。
「地上に待機させている、スカベンジャーをはじめとする指揮下の戦力のリストと位置です。攻撃に最適な布陣を敷いて、デルポイ連邦に決戦を挑みましょう」
ゴアは端末に視線を落とすと、手振りでグソックに追随するよう指示を出した。そして歩き出すゴアを中心に、暗闇に設けられた臨時の戦闘指揮所は撤収の流れに入っていく。
彼らがその場を立ち去り、持ち主から忘れられたトンネルは再び闇に閉ざされていく。そのまま時間が経過すれば再びデルポイ連邦側がその存在を認識することもあり得ただろう。
だがそうはならなかった。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇〇時
ジオシティ 南部エントランス地区予定地
ゴア達特殊部隊、そしてオクトーバーフォースに所属していたはずのアカツキライガーの襲撃を受けてジオシティはその守りを固めつつあった。デストロイヤー・ガンの発射予定時刻も近づいている中で当然の増強だ。そしてその守りはジオシティ東部の総司令部近辺と、南部のインフラ関連施設に比重を置かれていた。
だが午後六時を迎えたその時に爆発音が響いたのは、外からのトンネルに向き合って陣地が敷かれた南部だった。
突入してくる複数のキャノンブル。さらに彼らの砲撃によって支援を受けながら、数体のゾイドが速度をまとってデルポイ連邦側へ突撃を仕掛けた。
四足の高速ゾイド達。その先頭で深い紫色のファングタイガーから声が響く。
「アルベルト・ララーシュタイン見参!
デルポイ連邦の逆賊共、覚悟せよ!」
先陣を切るのはララーシュタイン。リン達と合流せぬままの彼らが口火を切り、デルポイ連邦首都ジオシティでの戦いは本格的な始まりを告げた。