ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ジオシティ(3)
歴史を持たずに建造されたジオシティの地理は高度に計画されたものであり、おおよそ都市というものに求められた機能を完備している。
市内は居住区及び商業区、産業区、軍事地区などに明確に区分けされている一方、インフラ類は各地区各ブロックごとにある程度分散され安全マージンを確保している。ただし都市を支えるだけの強力な発電量を確保するパワープラントは安全を確保するためにほぼ一カ所に集約されており、各地区の自家発電システムは緊急用のものとなっている。メイン動力は核融合炉、補助システムは地下水脈を利用した水力及び地熱となっており、換気能力に限界がある地底都市らしい構成と言えるだろう。
これらジオシティ都市計画からは軍事都市としての同地だけではなく、後の時代の国家首都及び生活都市としての姿も考慮に入れられている。しかし独立戦争の最中とも言える現在居住区はほぼ空白であり、主な動きが東部軍事地区、並びに西部産業地区での武装生産に集中していること、そして頭上にかかる戦略兵器デストロイヤー・ガンの存在とがジオシティを要塞都市たらしめている。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇〇時
ジオシティ 南部エントランス地区予定地
「ふぅむ、ここがデルポイ連邦の本拠――。 地下空間とは思えぬ広さよ。遠景が霞んで見える」
ジオシティのデータを持たないまま突入したララーシュタイン達は、南のエリアから突入していた。その先に広がるのは商業施設予定地として整地されたエリアであり、外部トンネルから引き込まれた道は複雑なロータリーで全方位に分岐している。
だがその場所には今、先の破壊工作の影響で防御陣地が築かれていた。キャノンブルと高速ゾイドからなる陣容のララーシュタイン部隊はそれなりの規模だが、防備を固めた場所に攻め入るには不安があるのも事実だ。
「私達が敵陣に穴を開ける。それまでキャノンブル部隊はトンネル出口と……左右に見えるサービスエリア状の施設を盾に応戦! 敵歩兵及び小型ゾイドの接近に注意せよ」
指示を出しながら、ララーシュタインは愛機ローゼンティーゲルを前に進ませる。
反撃を企図している友軍のために陽動、あわよくば橋頭堡を築くのがララーシュタインと彼に合流した生存戦力の目的だ。敵の喉笛に食らいつき続け対応を強いるのだが、その間の自らの出血も回避できないだろう。
だがララーシュタインにとって己と敵以外の血が流れることは許しがたい。友軍が早く動き出すことか、
「――私に可能な限り、散々に切り刻ませて頂こうか。なあローゼンティーゲル!」
己の手で決着を付けること。それは遠い道のりだが、今現在の入植惑星Zi人の中でもトップクラスの遠出の経験があるララーシュタインからしてみれば覚悟できる作戦だ。
「切り込むぞ諸兄ら! ついてこい!」
地下空間に飛び出すララーシュタインのローゼンティーゲルに、セプテントリオン戦闘団から付き従うドライパンサー二体が続く。キャノンブルを中心とした力押しに強いように見える部隊から飛び出した高速ゾイドは、戦場の焦点から外れたルートを前進しデルポイ連邦側迎撃部隊の側面へ向かった。
「ウォールゼーゲか。元来は治安維持用ゾイド……どこまでの存在が後ろ盾になっていることか」
眼前の機体に、帝国に属するララーシュタインの懸念は深い。だがそれは紫電の切っ先を鈍らせるものではなかった。
急襲したローゼンティーゲルが首元に食らいつけば、ウォールゼーゲは近接火器を向けて抵抗してくる。だが相手を打ちのめすために引きずり回すローゼンティーゲルには、たとえ密着している状況でも照準を合わせるどころか視線を合わせることすらできなかった。
ウォールゼーゲの後方に展開するガンナー仕様のラプトールは搭載火器でローゼンティーゲルを排除しようとするが、ねじ伏せられたウォールゼーゲの装甲が襲撃者を守る盾と化して射線を遮っていた。さらにその両隣では、肩から展開したドライブレードを押しつけそれぞれのドライパンサーが他のウォールゼーゲを押しのけようとしている。
そうしてこじ開けられた間隙に、ララーシュタインが率いてきたキャノンブル部隊は火力をたたき込む。トンネルの半ば、施設の陰、そして倒れた仲間の機影の後ろからの砲撃が、敵前衛の攻撃手達を直接狙っていく。
「善し! 敵に打撃を与えながら前進せよ! この偽りの都に我々の楔を打ち込――」
ララーシュタインは鼓舞の声を上げるが、ここは敵の本拠地。当然敵の層は厚い。整地されたエリアの奥、基礎部を組み上げている途中の商業施設周囲にガノンタス達が布陣し、遠巻きな攻撃を放ってきていた。
曲射砲撃を許容する地下空間の広さは、その威力が発揮されることも許す。前衛を制圧しかけ前進を試みようとしたララーシュタイン達ごと土壌を耕すように、砲撃は角度を持って突き刺さっていった。
「ぬうう敵の砲撃の懐へ飛び込め! 敵がガノンタスタイプであれば近接戦でワイルドブラスト砲撃はたやすくはできぬ!」
叩き付けられる砲撃を躱し、さらにジオシティに進出するためララーシュタインは先陣を切った。ローゼンティーゲルがウォールゼーゲを蹴り捨て、着弾を背に迫られながら前進していく。
「進め! 敵の急所に迫っているのは我々だ! 劣勢に非ず! 押し込め!」
『その声は――ララーシュタイン少佐ですか!?』
連続する爆音の中に不意に割り込んでくる通信。その声にララーシュタインは厳しい表情を一瞬緩める。
「おおクリューガー准尉か! 先のアタックとアハトバウム少将の応答は我々にも聞こえていたぞ!
我々はこの通り、デルポイ連邦本拠南方より仕掛けている! そちらも攻撃手段を選択してくれ!」
『ララーシュタイン少佐、ジオシティ南部は戦略上の価値が低いエリアです! 敵司令部は東部、都市動力部は西部!
我々は西部から攻撃を行います! 可能ならそちらに転進し私達と合流してください!』
「敵の都市データを確保しているのか! 共有を望む!」
『そちらは何も?』
「あいにく我々の突入は、先んじて発見したどこかの陣営の特殊工作機を参考にしたものでね!」
新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇六時
ジオシティ 西部パワープラント・産業地区
「南部のあのトンネルを発見したということはその近辺で機体を目撃――ああどうやら我々のことのようだね。水中のグソックを見かけて追跡したことでトンネルを発見した――」
ララーシュタインとの交信を確立したリン達側では、ゴアがララーシュタインの証言を検証し仮の結論を出していた。そしてすぐさま現状に認識を復帰させていく。
「我々の攻撃開始予定時刻とあまり変わりは無い。前倒しでアタックを開始するべきだろう」
「砲撃まで六時間ですからね……。
突入を開始します。ギャラン軍曹! ハバロフさん!」
「よぉーし!」
作戦開始の指示が飛び、放棄されていたジオシティ西部の初期開発用トンネルに施されていた閉鎖カバーが爆破される。ジオシティの動力部を襲撃するための最も至近の突入口だった。
「ようやく俺とスカベンジャーも入場できるぜ。お上りさんに優しくしてくれよなあ?」
「ふん、こんな都市に訪れることが誉れになどなるものですか」
破孔部から姿を現すのは、大型ゾイドであるギャランのスカベンジャーとハバロフのスティレイザー。どちらも制圧力に優れた機体だ。それ故に後続の機体は二体を盾にしてジオシティ内部に突入してくる。
「じゃあ俺は手筈通り発電エリアをやらせてもらうぜ。攻撃班はついてこい」
「戦線構築頼む」
巨大な頭部を巡らせてスカベンジャーはジオシティ外壁沿いのルートへ足を踏み出す。ブルーダーが駆るハンターウルフ〈エコー〉や、アビーやベッキーのディロフォスをはじめとした周辺戦力がそれに続く一方、
「さあ私達は堂々と行きましょう。ここは真帝国の名を捨てた裏切り者の都。何をはばかるものがありますか」
前進する集団の先頭に立つのはハバロフのスティレイザーだ。制圧力と防御力を兼ね備えるその巨体にキャノンブルとドライパンサーが続き、その隊列にはリンとアカツキライガーの姿もある。
「ララーシュタイン少佐、ジオシティ内に引き込まれている川からバズートルの部隊が遡上してきますのでまずはそちらと合流を目指してください。バズートル側からも支援があるはずです」
『なんだそちらの突入計画は完璧ではないか。存外我々が悲壮な覚悟をする必要も無かったのではないかね』
ララーシュタインはそんな風にぼやくが、彼らが先行して突入したことでジオシティ西に敵戦力が集中するのが遅れているのは事実だった。
それでも警備に巡回していた小型ゾイド部隊はいる。リン達の前に、建造物の陰からこちらを伺っているスコーピアの姿がいくらか見え始めた。
「パワープラント破壊のために西部エリアを制圧していきます。ハバロフさん、小型ゾイドの駆逐お願いします」
「ふん、楽勝ですね!」
最前に立ったハバロフのスティレイザーが大雑把なレーザー掃射を繰り出し、建造物ごと待ち構える敵を撃ち抜いていく。
「歯応えが無いですねえ! 別にもっと大きなゾイドが現れても構いませんのよ!」
「敵がゼログライジス級を保有しているのに剛毅なことを言う人ですねこの人は……」
乱射を繰り広げるハバロフにアビゲイルがぼやくが、ことの推移はここまでは順調だ。空中に展開したキルサイスのレーダーから、ララーシュタイン達がこちらに移動しつつある様子も確認できている。
「このままギャラン軍曹が融合炉を破壊できればジオシティ内部にさらなる混乱を引き起こせるはずです! それまではこの場で持ちこたえてください!」
指示を飛ばすリンに、ここまでついてきたキャノンブルやドライパンサーを駆るオクトーバーフォース残存兵達はそれぞれの声を上げ続いていく。寄せ集めの集団とはいえ、この一カ所に集中している火力はなかなかのものだ。
砲撃の時間まで六時間。決戦の滑り出しは悪くないが、目指す結果までの道のりは長い。勢いある軍勢の中でもリンの表情は険しい物だった。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一八〇六時
ジオシティ 地下予備格納スペース
地底に存在するジオシティにおいてもさらに地下となるその空間にも、都市での戦闘の響きは遠雷のように届いていた。
しかしその場所に集まる男達はそんなものには狼狽えない。彼らにとっては聞き慣れ、むしろその轟きの中に身を置いているのが常態のようなものだからだ。
集団の中央でコンテナに腰掛け俯いているのはロイ。そして周囲にいるのは彼が率いてきた者共。地球に芽生えた新たな文明圏で、戦いの中に自由を得てきたのが彼らだ。
「ロイ、敵のアタックが始まったぞ」
「……俺がそんなことにも気づかないような奴だと思うかあ?」
仲間に声をかけられ、ロイは前髪を垂らした下から胡乱げな表情を見せる。そして締めずに垂らしたベルトを無造作にバックルに通し始めた。
ロイ達のたまり場として使われているこのスペースには、顔を上げた男達以外に床に倒れ込んだ人影がいくつかある。そしてどこか生臭い空気に、薄暗い照明を反射するいくつかの水滴。ロイ達のフラストレーションが発散された結果がそこにはある。
「待ってりゃ相手の方からまな板に上がってきてくれるんだから人生楽勝だよなあ俺達よお」
「ははっ」
敵意を燃やすロイに、周囲はなんとも言えずに曖昧な反応を返す。先程ロイがやり込められたのは希少な出来事だが、下手に気遣えば彼の癇癪はその矛先を定めるだろう。仲間達はそれをよく知っている。
そしてその場に新たな人影が入ってくる。その男もロイの取り巻きの一人だ。
「ロイ、ブラックナイトへの因子オメガ追加投与は終わったぞ」
「へへへ、まだ足りないもんなあ。ガンガンやろうぜ」
「それと――これな」
入ってきた男は懐から一本のアンプルを取り出す。それはごくありがちな手のひらに収まるサイズのものだったが、かすかに紫の燐光を帯びている。
「本当にやるのか?」
「当たり前じゃねえか。誰だろうと俺を虚仮にすることは許さねえ」
ロイはアンプルを受け取る。それは摂取する薬剤を入れるものではなく、サンプルを納めるためのものだ。だがロイはガラスの口をためらいなく折る。
「乾杯」
発光する液体を嚥下するロイ。取り巻き達はかすかに顔をしかめる。
ロイが口にした物はゾイド因子オメガ抽出機から取り出された溶液。ゾイド因子オメガを研究用の溶媒に溶かし込んだものだった。
異常が起きやしないかと周囲はロイを見つめる。だがロイは息を吐くと口の端をつり上げる。
「俺の前でいい気になっていい奴なんていないのさ。なあ?」
そう言って開かれるロイの目は、復讐心だけではない要因で光を放っていた。そしてその視線はスペースの西、ジオシティに攻め込んだリン達のいる方角に向けられる。
「今夜もいい夜にしようぜ。こんな使い古しなんかよりもな」
立ち上がり、足下の影を蹴飛ばすとロイは歩き出す。その足取りが向かう先には、ロイ達が駆る機体の息づかいが伝わってくる格納庫への通路が存在していた。