ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・ゾイド因子オメガ抽出機
ゼログライジス事件の解決に伴い、消滅したゼログライジスを起源とするゾイド因子オメガは地球の土壌に拡散した。オメガはエネルギー型のゾイド因子であり、現在は地球の地殻活動によって緩やかに対流しているものと推測されている。
そして地底にそのようなものが存在している限り、対流の濃淡によって局所的にゾイド因子オメガの比率が強まり、ゼログライジスに類する何者かが出現する危険性も指摘されていた。
これを未然に防ぐために、地殻からゾイド因子オメガを抽出し何らかの手段で排除するために開発されていたものがゾイド因子オメガ抽出機である。現存するものはその機能実証の工学実験機であり、その機能にはまだ改良の余地が大いに残っている。
さらに奪取の際にロイらが施した工作により、その稼働を安全な範囲に収めるためのリミッターは取り払われてしまった。現在でも全開運転させようものなら未曾有のゾイド因子オメガ災害を起こしかねない危険な設備である。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一九四二時
ジオシティ 東部軍事地区・最奥部
「めんどくせえ戦い方をするようになりやがったな……」
カナンが駆るセカンドイシューとの対峙を続けつつ、ロイは舌打ちを一つ。
セカンドイシューに一撃を加え着地するブラックナイトは、後方にステップを一つ。しかしそれに対し、カナンは先程までのような苛烈な追撃の姿勢は見せない。
むしろ巨体は唸り声を上げながらも一歩を後ろに戻す。背後にグレートサウルスを置いたその位置から、カナンはもはや機体を大きく動かさない。
「まあ要するにこっちはおちょくってるだけだもんな……」
ロイは舌打ちを繰り返す。
巨体と重装甲、そして強烈な新陳代謝と再生力を併せ持つセカンドイシューにしてみれば、ロイ達の攻撃は蚊が刺す程度のものに過ぎない。挑発に応じなければ、負けることは無いのだ。カナンが冷静さを取り戻した今、セカンドイシューはその事実の上に立っている。
「頭でっかちらしく頭に血ぃ上らせてればいいのによ。こういう奴らに知恵を付けちまうからシドーシャ様ってのはいけねえ」
カナンの目を覚まさせたヘンリーが乗るグレートサウルスは、セカンドイシューの後方で砲撃を放っている。最前線のデルポイ連邦兵の撤退支援のためでもあり、自身に接近しようとするロイの部下達を追い払うためでもある。
たった二体のゾイドをして要塞とも言える防御態勢と攻撃力を構築してみせる様は、デルポイ連邦という国家の成立を目指す中心人物のカリスマ性を感じさせるものであった。しかしロイは、そんな相手に反骨心を抱いて止まない存在でもある。
「『お前ら』が倒せないって言うのなら、まあこうするしかねえよなあ?」
ロイの操作でブラックナイトは、傍らに立つデルポイ連邦の兵站調整事務所となるはずだったビルに爪を立てる。コンクリートが削れていく様に対し、カナンのセカンドイシューは静かな視線を向け続けていた。
「なあ見ろよこうだぜ? お前達の大事な首都の大事なお役所をこんな風に……」
さらに背後で、ロイの部下達が駆るナックルコングが会計局ビルに拳を叩き込み始める。基部に近い部分に打撃を受けたことでビルは傾き、
「おおっと」
セカンドイシューが発砲する。ドーサルキャノンのねじ曲がった光条が一本だけ宙を走り、そして会計局ビルを屋上から貫いた。
爆発する建造物からロイの部下は慌てて退避していく。そしてセカンドイシューは悠然とした構えを解かない。
「もう失う首都だからいくら壊されたって構わねえし、なんなら自分でやっちまうってか。
あーあ……覚悟決まっちまった奴は本当に面白くないぜ」
ロイは頭に来て青筋を浮かべている輩を相手にしているのは好みだった。だが静かに腹を立てて、自分に据わった目を向けてくる相手は苦手だった。冷静に自分の挑発を潰してくる相手では遊ぶことが出来ない。
「……まあいいや。お前らがこの都市はもういらないってのなら、じゃあ俺達が好きにしてもいいよなあ」
ロイはつまらなさそうに呟くと、ブラックナイトに腕を振らせた。会計局から離脱したナックルコングがそれをリレーし、ロイの決定はこの軍事地帯の奥へ流れていく。
そして突如として光の柱が立ち上がる。冷たさを感じる薄い紫の光が上がるのは、セカンドイシューが固定されていた位置にほど近い。
『あれは……ゾイド因子オメガ抽出機?』
「ご明察! あれを過剰に動かせばプールできる分量以上のゾイド因子オメガは漏出する。それがあの光の柱であり……」
穴が空いたジオシティの天井に、さらに下から紫の光が激突する。しかし光柱は水流のように広がって、周囲へと降り注ぎ始めた。
「つまりはゾイド因子オメガのシャワーというわけだ。この地底空間にゾイド因子オメガが充満するのにそう時間は掛からないよなあ」
『だからなんだというのですロイ中尉。この空間が汚染されようと、もう抽出機のシステムはデルポイ連邦も保有しています。除染は我々にもできますし、これからここを占拠するであろうオクトーバーフォースも行うでしょう。
なにがしたいんです? あなた方は』
悠然と見下ろすセカンドイシューからカナンは問う。そしてそれに対して、ロイは堂々と応じた。
「土地を使えなくして嫌がらせなんてみみっちい真似を俺達がするとでも? そんなつまんねえことするかよ!
そっちは気付いてないのか? 俺や……俺達のゾイドはゾイド因子オメガに適応しつつあるんだぜ……」
せせら笑うような表情を浮かべるロイも、駆るブラックナイトも、かすかに紫の燐光を帯び続けている。そしてそこに降り注ぐのが天井を伝って降り注いでくるゾイド因子オメガの霧雨だ。
色濃くなる紫の光の中で、セカンドイシューは静かにロイ達を見渡し続けている。その一方で、ロイのブラックナイトや部下達のナックルコング・レンジャーは不意にえずくように身を折った。
『何が……』
「てめえのセカンドイシューが正常ゾイド因子に適応したのと同じだろうが! 俺達のゾイドは普通のゾイドだったが、適応力を得た今ゾイド因子オメガが空間に飽和すれば当然それを取り込んで力を増していくぜえ!」
苦しむかのような姿を見せるブラックナイトだが、しかしその装甲表面が塗装面を維持したまま艶やかさを得ていく。そして突如として、その装甲は液体金属のような柔軟さで、粘土を捻るかの如く各部から鋭いエッジを複数生じさせた。
ギルラプターであるはずのブラックナイトが異形へと変貌していく。そして同様の現象はナックルコング・レンジャー達にも起きていた。一体ずつがそれぞれかすかに異なる姿へと全身を伸張しつつあった。
「さーあどこまで行ったらセカンドイシューの面の皮に爪を立てられるかあ?」
『愚かな……ゾイド因子オメガを無制限に吸収すれば、ゼログライジス事件におけるフランク・ランド博士のような肉体の変質が……』
「あいにくと飯食ってクソ垂れて女抱いて寝ないとろくに動かないこの体にも飽きてきてた頃でな! もっと面白い方に行けるなら大歓迎だ……ぜ!」
流石に一度は取り繕った感情を狼狽えさせるカナンめがけ、ロイはブラックナイトを飛ばした。全身に発生したエッジは敵に引っ掛ける武器でもあり、空力を整える効果も併せ持つ。さらに背面のブースターの噴射口を絞り込むように組織が発達したことで加速力も抜群だ。
ブラックナイトは勢い余って、セカンドイシューの横顔をかすめて空中に飛び出す。そしてその背後で、セカンドイシューの頬が火花を散らした。
「はああ……少しは効き始めたか?」
『わかっていないんですか? ゾイド因子オメガから力を得る点においても、ゼログライジスであるこのセカンドイシューの方が最終的には勝っているというのに……』
「確かになあ……。だが、お前らがコントロールするために必死に押さえ込んできたセカンドイシューと、今目一杯ゾイド因子オメガを吸い込んでいるこちらとなら伸びしろの多さでなんとも言えないところがあるんじゃないかあ?」
ビルの上に降り立ったブラックナイトの装甲は、さらに液体金属として波打ちエッジを成長させ続けている。それに対し、セカンドイシューは視線に加えて巨体をも向き直らせた。
生まれつきの暴威と、今まさに成長していく脅威とが対峙する。
しかしその時、
『ロイ中尉!』
不意に響いた声と共に、ビル上のブラックナイトめがけて弾幕が襲いかかった。ブラックナイトは軽く振り払うような動きで直撃弾と切り払いながら、数歩を下がってビル自体に射線を遮らせる。
「来たなあ……クソチビがよお……!」
聞こえてきた声の主をロイはよく知っている。知ってはいたがさほど重要視していなかったのが先程までだが、今は違う。
「リン・クリューガぁぁぁ……」
軍事地区の一角に相手の姿はある。複数のドライパンサーを引き連れ、薄暗いロービジ迷彩と重武装のライガーが一体。
リンとアカツキライガー。ゾイド因子オメガとその化身が存在する戦場に駆けつけた、正常なるゾイド因子の使い手だ。
新地球歴三一年 一〇月一五日 一九四七時
ジオシティ 東部軍事地区・最奥部
ドライパンサー部隊を引き連れてジオシティ軍事地区に到達したリンが見たのは、このわずかな時間で大きく変化した状況だった。
立ち上るゾイド因子オメガの光柱と、それを背後に置いて聳え立つセカンドイシュー。そして自身の前には以前より鋭さを増したロイのギルラプター、ブラックナイト。
「これは……ゾイド因子オメガ抽出機を暴走させていますね!?」
かつては抽出機の実験に関わっていたのがリンだ。今起きている事象のことは辛うじてわかる。今周囲に降り注いでいる物がゾイド因子オメガであることも、だ。
『クリューガー准尉、どういうことです?』
「皆さん気をつけて下さい、今降り注いでいるものはゼログライジスを形作っていたゾイド因子オメガの抽出物そのものです!
……そうだ! アカツキライガー!」
リンの呼びかけにアカツキライガーは即座に応じる。その関節各所から橙色の光が浮かび上がると共に、咆吼が上がれば降り注ぐ紫の光は周囲へと吹き散らされていく。
「今のファクターロアーで皆さんのドライパンサーはゾイド因子オメガから保護されるようになったはず……です!
しかし注意して下さい。皆さんのゾイド以外にどんな影響が出ているかは――――」
『こんなになってるのさあ!』
その瞬間、リン達めがけビルをなぎ倒しながら一機のゾイドが突入してきた。咄嗟に飛び退いた各員が目にしたのは、二回りは肥大化した装甲に包まれた濃緑色のナックルコングだった。
『ロイの親分はさすがだぜ。この力があれば俺達は無敵の傭兵としてどんな勢力の間も渡り歩くことができるじゃないか……』
『おいおいおチビさん達をあんまりいじめてやるなよ。この恵みの雨の中でもゾイド因子オメガはダメなんですぅ~ってプリプリしてる優等生さん方なんだぜ』
『はっはあバカじゃねーの!?』
ロイと言葉を交わすナックルコングのライダーは、間違いなくロイの部下なのだろう。オクトーバーフォースの機体に対して振るわれる拳は当然遠慮が無い。
「各機散開! 最終目標はゼログライジス・セカンドイシューとデルポイ連邦首魁であるヘンリー・ムーロア。そして抽出機強奪主犯のロイ・ロングストライド中尉です! なんとしてでもこれらを仕留めます!」
『俺とは遊んでくれないのかよう!』
「雑兵は黙っていろ……!」
肥大化したナックルコングへと、アカツキライガーはガンブレードの射撃を放つ。その一撃が胸甲に炸裂する間に、ドライパンサー隊はリンの指示を呑んですでに散開していた。
「あんな男の部下をよくやっているものですね、あなたは……」
『なんだあ? 楽に食わせてくれる以外に上に望むことがあるのかよお! テメーもデルポイ連邦の連中とそう変わらねえなさては!』
ゲラゲラと笑いながらの打撃がジオシティの路面に叩き付けられる。そうして飛び散るアスファルトの破片を浴びながら、アカツキライガーは肥大化ナックルコングの前でにらみをきかせ続けていた。
「確かにあなた達のような側にいるのであれば変わらなく見えるでしょうね。
――そしてそれがあなた方の限界です!」
瓦礫の雨の中でも視線を逸らさずに、アカツキライガーはガンブレードを低く構えていた。そしてそこへと拳が振り下ろされ、
「努力もせずに膨らませた拳がどれほどのものか!」
より鋭い一撃が地表側から打ち上がり、橙色の軌跡と共に拳を切り裂いた。風船を割るような破裂音と共に軌跡を残したのはアカツキライガーのガンブレードであり、ナックルコングは装甲を失った腕を弾かれて仰け反るしかない。
「ゲンコツは……こう!」
歯を食いしばってレバーを押し込むリンに合わせ、アカツキライガーは分厚い爪をナックルコングの顔面に叩き込む。その拳が向かう先ナックルコング自身の顔は元と変わらないサイズであり、一撃で歪んで顎装甲が吹き飛ぶほどの威力が直撃していた。
ぐらりと崩れ落ちていくナックルコングの肩に一度着地したアカツキライガーはその上で視線を巡らせ、ブラックナイトの姿を捉え直す。
「やれ、アカツキライガー!」
ついに膝を突いたナックルコングの上からアカツキライガーは跳躍する。その蹴り脚の威力にナックルコングは背中からアスファルトに倒れ込み周囲に亀裂を走らせるが、もはやリンもアカツキライガーもそちらを一顧だにしていない。
「ロイ中尉、今度こそあなたを……!」
『下がりなさいオクトーバーフォースのライガー乗り』
瞬間、ぴしゃりと叩き付けるような声と共にアカツキライガーの視界を紫の光が上から下へと貫いた。
セカンドイシューのドーサルキャノンが生む暴力的な光の奔流に対し、瞬時にアカツキライガーは身を捻った。その体側を射線にかすらせ、ロービジ迷彩を削り落とされながらアカツキライガーは手近なビルの屋上に着地する。
「セカンドイシュー……!」
『オクトーバーフォースに告ぐ。現在我が国デルポイ連邦では反乱者としてロイ・ロングストライド中尉への処分を実行中です。これを妨害するのであれば重大な内政干渉であると判断します』
「独立を承認されていない組織が、交戦中の相手に言うことですか!」
外部音声でリンはセカンドイシューのライダーであるカナンと言葉を交わす。当然それは空間に響き渡り、ロイにも聞こえている。
『ハハハァ! 両手に華って奴だなぁ。ベッドの上でだったら同時に相手にしてやってもいいんだぜ?』
「この……」
『罪を重ねますね』
冷ややかな視線を浴びながら、ロイのブラックナイトは屋上から跳んだ。その動きに応じ周囲にはそれぞれ異なる変化を遂げつつあるナックルコング達が現れ、そして彼らに対しても後方のグレートサウルスが砲撃を撃ち込み続けている。
燃え盛るジオシティの中枢に三つの勢力が切っ先を揃える。崩壊していく都市の姿と同じように、決着の時が近づいていた。