ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・NEW EARTH ERA 30『千鳥足、地雷原を往く』
『ゾイドワイルドZERO NEARLY EQUAL』第二話。
新地球歴三〇年夏。まだ二大国の間に緊張状態が存在している頃、とある帝国勢力下のゾイド採掘地が戦闘の末に共和国の支配下に移ろうとしていた。
これに対し帝国軍は損害を出しつつも撤退。さらに共和国軍が進行する前に同地に地雷を広く散布し利用を抑制する策を実施。しかしそんな地に、帝国軍の一人と一体が取り残されていた。
うだつの上がらない虚無主義者の男、ボラン・バボン一等兵とその愛機スコーピアは地雷原と化した戦場からとぼとぼと撤退を開始する。何事も無く終わるはずのその道行きだったが、彼らは立ち往生していた一人の女、アビゲイルと鉢合わせすることとなる。
アビゲイルはこの荒野に築かれたコミューンの無事を確認しようとしていたのだが、この地で活動拠点となり得るそのコミューンには両国も注目を向けていて――。
新地球歴三一年 九月二二日 一五四五時
東京エリア 立川
反乱部隊の襲撃を下した討伐部隊本隊は、その場で反乱部隊のライダー達を確保。即座に事情聴取を開始していた。
「お前達に離反を手引きした者は何者か、答えてもらうからな」
「し、知ったことか……。お前達の不甲斐なさのせいではないのか」
「おっ、そういうこと言っちゃう?」
拘束された反乱部隊のライダーに、尋問担当の兵が首を傾げる。そして手元のリモコンを操作すると、ライダーが着たままの耐Bスーツが音を立ててライダーを締め付ける。
「アー! ちょっと待てこれキツイってあちこち締まっ……!
こっ、股間を重点的に絞めるのヤメロ!」
「やめたら拷問にならねえんですよね」
「拷問て言ったぞこいつ!」
訊問官はそう言ってリモコンのスティックを親指でネジネジといじる。そしてその動作に悶絶するライダーを背後から監視するのが、グロースであった。
「……証言引き出すにはまーだかかりそうやね」
掩体から戻り天幕の一つに陣取ったグロースとその側近達は、初接触となる反乱部隊の人員から情報を得ようとしているところだった。
ともあれ、それなりの覚悟を持って反乱に荷担した者達が相手だ。そう易々と情報が得られるわけもなく、長丁場の様相が見て取れる。
「ネガシルエットを得たとはいえ、それなりの組織としての後ろ盾がなければソニックバード部隊を巻き込むなんてこともできないはずだ。そこんところ、うちの兵団でなんか掴んでないの?」
「兵団内の人や物の動きは高い確度で捕捉しています。が、ロイ中尉達や今回の富士部隊には直前まで怪しい点は……」
そう応じる相手は、グロース自身が信頼して任命した兵団内務の担当である。彼がそう言うならそれが現実だと、そう判断するだけの信頼があった。
「そうなると……この日本列島に俺達以外の組織がいることになっちまうな」
「それは事実ですよ」
突然の声。天幕内の総員は、尋問を受ける富士部隊のライダーすらもその声に顔を上げた。
「おっと……私は帝国の真っ当な組織のものですよ。
帝国軍戦略情報局捜査官、アビゲイル・ピグルスです」
都市の廃墟に溶け込むためであろう、くすんだ色のポンチョを身につけた女はそう言って懐から所属を示す手帳を示した。
「戦略情報局……。昨年の一件でも真っ先に動いていたところだな」
科学船がイレクトラ一派にジャックされて消息を絶って以来、ことの推移を監視していた組織だ。その結果として科学船から脱出していたウォルター・ボーマン博士とその孫サリー・ランドの存在をいち早く捉え、追跡を続ける中でゼログライジス事件の核心に迫っていた。
さらに帝国内外のあらゆる情報に目を光らせる情報機関。それほどの存在となれば、公務員たる軍人には知らない者はいない。
「『帝国の知恵袋』がアドバイスに訪れてくれるとはありがたい。教えて欲しいものだな、この事件の裏側にある問題を」
「あなた方が気付けなかったのも仕方がありません。彼らはあなた方よりも先にこの日本列島に侵入していた……。
ご存じですか? 昨年の事件の前哨戦であった真帝国蜂起が幕を閉じても、未回収の兵力がまだ存在するのです」
その噂はグロースも聞いていた。前帝の血を引く息女が密かに王宮外に存在したことに端を発する軍事クーデター、それによって建国された真帝国と称する組織は、合同軍との戦闘に加え彼らに取り入ったイレクトラ・ゲイトに使い潰され戦力としては消滅したはずだ。
だが、捕縛や出頭せずに辺境に落ち延びた部隊や、元から帝国軍内部に残留し彼らを密かに支援していた部隊がまだ残っている。戦略情報局は彼らをあぶり出すべく活動を続けていると。
「さらに帝国内の反王室派や対共和国過激派、場合によっては共和国側の地下組織と結びついた彼らはいくつもの勢力に分裂し、場合によっては開拓兵団に先んじて外界で活動できるだけの規模を持っているのです」
「いつの世も厄介な人間の種は尽きないもんだな。
それで? 敵の正体はなんて残党戦力なんだ?」
グロースの半ば面白がっているようにも見える表情に対し、アビゲイルは神妙な面持ちで切り出す。
「〈正統真帝国戦線〉……どうやら二カ国それぞれに後ろ盾を持つらしき、規模の大きな真帝国系組織の一つです。
単純に真帝国としての活動を継続するのみならず、合同軍を作る二カ国を外部から刺激する第三国家を設立することに関する独自の思想を持っており、それらを流布することで勢力を伸ばしているようです」
リンの証言にそのような様子は確かに垣間見えていた。グロースは顎に手をやり、アビゲイルからの情報を吟味していく。
「……実際、去年の一連の事件の結果大きな金も動いたからな。商人の中にはそこに可能性を感じた奴らもいよう。
そこに食い込んだとしたら賢しいヤツがリーダーなんだろうな、その正統真帝国戦線とやらは」
「そのような認識で概ね間違いはないと思います」
アビゲイルはしみじみと頷くのであった。戦略情報局として対象を追ってきたためか、あるいは、それ以前にもなにか根ざす感情があるのか。
「また正統真帝国戦線以外にもこの日本列島に侵入して活動している組織もあるようです。規模は劣りますが組織として異なるため予想が付かない動きになると思われますので警戒して下さい」
「おや、同行して逐一情報をくれるとかそういう嬉しいことしてくれないのかな?」
去り際に付け加える体で踵を返すアビゲイルに、グロースは目一杯いやしんぼそうな表情で首を傾げる。そんな様子に苦笑したアビゲイルはそのまま天幕の入口をめくり上げ、
「合同軍から発展した組織に一国の諜報機関がベッタリではまた邪推が生まれますので。
私達は実働部隊も含めて先行して敵の動向を探りますから、是非追いついてきて下さい。その時またお話しましょう」
そして頭を下げると、アビゲイルの姿は天幕の外へ。降り注ぐ陽が天幕に落とす影はすぐさま行き交う人々の間に消え、溶け込んでいく。
「ふむ。根が深い問題のようだねえ……。そして共和国側の部隊が確認されたところにやってくる辺りがあの手の組織らしいいやらしさというか?」
「はあ……。
しかし、諸々教えて貰いましたがこの捕虜どうしますか? このエリアでは捕らえておく場所も少ないですが……」
アビゲイルが洗いざらいぶちまけていったこともあり、捕らえられた反乱部隊のソニックバードライダーは唖然としつつも、若干ホッとしている様子であった。これ以上訊問で絞られることもあるまいということだ。
「仕舞う場所のことはまだ心配しないでいいよ? 訊くこともまだ一杯あるし」
「あるんですか」
「チョーホーキカンが言うことなんて少なからずこっちをコントロールするために事実と異なることが含まれてるもんじゃない? 裏取りたいなあ俺。
それに敵の布陣とかわかったら嬉しいこと一切教えてくれなかったしぃ~」
しななど作りつつグロースは手を差し出す。何の促しかと天幕内の面々は互いの顔を見合わせ、そして耐Bスーツを操作するためのリモコンにその視線が注がれていることに気付く。
「ここから先は俺に任せな。俺はそういうのも得意だぜえ?」
リモコンを手渡され、にじり寄ってくるグロースに反乱部隊のライダーは蒼白な顔で引きつった表情を浮かべる。
新地球歴三一年 九月二二日 一五五六時
東京エリア 立川
「ん? なにか聞こえたかな?」
空襲被害の確認で慌ただしい人の動きがある天幕外で、連絡所となる机に向かうララーシュタインが夕刻に入ろうとする空を見上げた。
「なにか聞こえたかね君達? 知らない? そうかね……」
訊問待ちで縛られて車座にさせられている反乱軍ライダーに問いかけつつ、ララーシュタインは連絡所の机に運んできたものを並べていく。それはセプテントリオン戦闘団のフィールドキッチンで急遽作った軽食を、各部署に配りやすいようケータリング状に梱包したものだった。
「報告に来たならばついでに持って行ってくれたまえ、前線で敵を食い止められなかった代わりではないがね。
気力は腹からだ。ここでの配給は我がセプテントリオン戦闘団が受け持たせていただこう」
「これは……?」
集められたライダー達にも軽食が手渡されていく。リンはその中に、煎餅状に焼き固められた薄板に食材が載せられたものを見つける。
「なんて言うんでしたっけ、こういうの……。パンやクラッカーに食材を乗せた奴に似た……」
「カナッペ風にしたものだね。具材を載せているのは当家の系列食品メーカーが新たに開発したオキアミクラッカーである」
初めて会った時の問いかけとは打って変わって、ララーシュタインはカラッとした表情で応じる。その様子に驚きつつ、リンは自分が手にしたものにも視線を落とした。
「オキアミクラッカー」
「北海の胃袋を支えるプランクトンの力を人間向けにアレンジしたものである。私が北極探検で得た……教えられたものであるよ」
確かによく見ると小エビの尻尾の様なものが生地の隅からはみ出しているものもある。怖々とリンはそれを口に運び、
「……あ、磯っぽい塩味とレタスが意外と合いますね」
「商品開発は万全であるよ」
小さくふんぞり返り、ララーシュタインはまた次の軽食を取りにフィールドキッチンの方へ戻っていく。リンはその姿を見送り、そして彼とすれ違ってブルーダーが三人ほど共和国のゾイドライダーを連れてこちらに向かってくるのを見つけた。
「カノー少佐。ライダー用の軽食は皆さんの分もあるとか」
「帝国の大富豪……じゃなくて貴族か。
どんなものか楽しみだな」
「我々だけ食べたとなると、博士達に怒られそうですな」
「包んで貰いますか?」
呼吸器を付けた第一世代の男性二人に、若い女性一人。ワッペン付きの耐Bスーツは、彼らが救援に駆けつけたソニックバード開発チームのゾイドライダーであることを表わしていた。
「航空技術開発実験団……!」
「やあ准尉。えーと……ああ、さっきのあのライガーのライダーだね!
私はジャック・カノー。先程すれ違った赤いソニックバードのライダーだ」
リンは知っている。技術系部隊でライダーとなる際その業界について教えを得る機会があったが、そこで触れられた組織とライダー達がソニックバード開発に関わる彼らであった。
「建物を足場にして空中戦を仕掛けるとは凄まじかったね。誰かからああいうやり方を習ったのかな?」
「あ、いえ……、必死だったので。ライガーと私でなんとか思いついたようなものです」
恐縮するリンを前に、ジャック達はしみじみと頷いていた。
「思いつくものがあるのはセンスがある証拠だろうな。ジェイクもそうだったし」
「普通の指示に従うタイプだと教えたことしかやらんからな……」
「まあでも、キャリアを積めば普通の人でもそこそこ……」
リンを賞賛するカノーの後ろで、リンドバーグとリッケンバッカーがひそひそと言葉を交わしている。そんな同僚に振り向いて苦笑を見せたカノーは、
「ご存じかも知れないが反乱部隊も迎撃部隊も、我々開発チームがソニックバードでの戦い方を指導した相手でね。
どちらにせよ我々の不徳を恥じるところだよ。コテンパンにされた迎撃部隊も……反乱に荷担しようとしていた点を見抜けなかった彼らも」
「それは……仕方がないと思います。私が見た反乱者達も、直前までまったく予兆がありませんでしたから」
頭を掻くカノーにリンがフォローを入れると、その言葉にカノーははっと顔を上げた。そして合点の頷きを見せる。
「そうか……君は今回の反乱の件の発端から関わっている身でもあったか。難儀だね。
だが戦場で咄嗟のことができるだけの意気があるならきっと乗り越えられるだろうさ。ここ一番の場面というのは誤魔化しがきかないものだからね」
「私は……私とライガーにはまだ自信は持てないですけれども……」
「今回のようにぶち当たっていけば結果はついてくる。
失敗したら次から修正すればいいし、上手くいったらそのまま自信として積み上げていけばいい。私はひとまず、そうやって生きてきたな」
呼吸器を付けているカノーはベテランの第一世代ゾイドライダーでもある。実感のあるその言葉は、リンの胸中に静かに染み入っていった。
「酸いも甘いも……ということでしょうか」
「ポジティブシンキングということさ。そして何より生き残ること。
そうすれば今胸中にわだかまっていることもいつか消化しきれる。解決できるという意味でも、答えを出せるという意味でもな」
第一世代であるカノーはそんな時間を過ごしてきたのだろうか。自分もそうなれるだろうか。リンは胸元で拳を握る。
「富士まで進行していた部隊や、このエリアの迎撃部隊の空中戦力に穴が空いた分、しばらく俺達はここに留まる。討伐部隊の戦闘にも支援に行くことがあるだろうから、ま俺達の存在の分心労が軽くなれば嬉しいな、准尉」
「は、はい! よろしくお願いします!」
リンの固さは取れない。そんな様子に、カノー達はまた苦笑を交わした。
「……ところで食事いただけるんだっけ? ソニックバード達の燃料を使った分詰め込んでいきたいな」
「あっはい! ララーシュタイン少佐の部隊がいっぱい作ってくれてますので!」
「ララーシュタイン?」
「帝国の貴族です」
ブルーダーが補足すると、カノー達は興味深そうに軽食のテーブルに向かう。同じ一戦を終えた後でも、常在戦場の心構えに振り回されるリンに比べると限りなく日常生活に近い。
「また彼女と同じ戦場を飛びたいね、二人とも」
「入れ込みますねえカノー少佐」
「俺は未来に希望がある若者の味方だからね」
同僚の茶々にカノーはそう応じる。彼はソニックバード開発時にも、最も若いリーダーのチームを支えたテストライダーであった。その結果として、現在のソニックバードの仕様に採用されたのはカノーのチームの機体だ。
「好き勝手に飛ぶだけの俺が、さらに誰かの役に立てればいいってわけよ。高く飛ぶソニックバードはいろんな相手から見えるだろうしな」
少しくたびれ気味なカノーはそう言う。それ故に、
「はじめから誰かの役に立ちたい、自分の目標を成し遂げたいって思ってるやつには味方したいもんだよ。何度やってもそう思うもんだ」
「前回はリチャーダ博士にってわけだ」
「カノー少佐ぁ私も若者ですよ」
「お前は俺と同じ飛行フリーク側だろうがリッケンバッカー」
テーブルで仲間を小突くカノー。そうしつつ肩越しにリンに振り向くと、彼女は戻ってきたララーシュタインにカノー達のことを示していた。
ゲストの存在に気付いたララーシュタインが小走りに向かってくる。そしてその背後で、リンは決意にせよ高揚にせよ焦りにせよ疲れにせよ、複雑な感情を顔に浮かべて佇み続けている。