ゾイドワイルドZERO Pale Blue Dot 作:高杉祥一
・正統真帝国戦線
新地球歴30年に帝国から発生したクーデター組織『真帝国』は前帝の妾の子ハンナ・メルビルを擁立することで帝国の王権を簒奪し国家の成立を目論んだ組織であった。
しかし首都制圧に失敗した真帝国はその後メルビルの逃走によって依って立つ点を失い、同時期に活動を開始していたイレクトラ・ゲイトら移民船時代の思想集団に吸収されていく形で消滅していった。
その戦力は超大型ゾイドゼログライジス出現時にエネルギー源として消耗され尽くしたものとされているが、実際の所その現場に居合わせた者以外や帝国内の「草」として潜伏していた勢力もまだ多く存在し、開拓政策が始まり北米大陸以外にも世界が開かれた現在ではいち早くその手つかずの大地に自分達を根付かせようと活動する者も多い。
だが皇帝の血筋もかつてのトップも失ったそれら「真帝国系過激派組織」はその目的を見失い単なる武装集団となってしまったものが多く、その一方で二大国を震撼させた前代のネームバリューを利用するため殊更に真帝国の名を利用している。
正統真帝国戦線もそれら真帝国系の組織の一つだが、帝国への反抗以外にも二大国両国に存在する諸企業に対し戦争経済による利潤を示唆していることから一歩抜きん出た後ろ盾を得ている様子である。
新地球歴三一年 九月二六日 一三二四時
正統真帝国戦線 拠点
「ロイ中尉」
薄暗く、パイピングの隙間に金網製の通路を通した施設があった。そしてその片隅の階段でネット端末を見ていた男に、クリップボードを手にした女が話しかける。
「よお、どうしたカナン。俺は読書タイムだぜ」
「またゴシップニュースサイトですか? 民間ネットにアクセスしてこの拠点の位置など露見しないでしょうか……」
「拠点からのアクセスは諜報用の外部サーバー経由してっから大丈夫だっつーの。おまけに課金や会員系のサイトに侵入するための偽装ツールもあるから有料コンテンツも見放題だぜ」
そう言って男――リンの目の前でゼログライジス・ネガシルエット強奪の行動を起こしたロイは端末の画面をカナンに見せる。一件ニュースサイト様のページ形式が見えるが、書かれている文章は空行が多く、表現も扇情的だ。
「で、なんだ? これよりおもしれー話?」
「面白いかどうかはわかりませんが……私達に対する討伐部隊の動きに関する最新情報が入りましたよ。
本隊は神奈川エリアを通過して静岡エリア、熱海に到達し補給線を構築しています。私達がいる位置に着実に接近しているし、戦力も充実させていますね」
「俺発案の『腰抜け爆弾』共の効果はイマイチだったか。ま、ああいうのは結果よりもやったことに意義があるとかなんとか」
カナンに応じながら、ロイは立ち上がり当て所ない足取りで階段を降り始める。カナンはそれに続きながら、小さく眉をひそめていた。
「こう言っては何ですが、ああいうやり口は私達の正当性を揺るがすことになると思うのですが……」
「総帥からの許可は出ているぜ。共和国と帝国にチョロい相手と思わせないためには必要だってな」
言葉を交わしながら、ロイとカナンは階段を下りパイプ類が続く先へキャットウォークを歩いて行く。熱を持ったエネルギーラインも、冷媒を流す冷却系も共に存在する周囲は密閉空間であることも相まって生ぬるい空気が満ちていた。
そしてパイプ類が向かう先は改造された格納スペース。深く掘り抜かれ、スロープで外部との出入りを確保されたそこに陣取るものこそロイが入手してきたゼログライジス・ネガシルエットであった。
「でっけえよなあ。コイツがあれば細かい問題なんざ気にせず新国家も成立させられそうなもんだが」
「しかし昨年出現したオリジナルゼログライジスは撃破されましたし、このゼログライジスのスペックは概算でオリジナルの八割程度だと技術班は報告しています。上手く運用しなければなりませんよ」
「だからこうして武装を追加しているわけか」
キャットウォークから見えるネガシルエットはパイプ類が接続され調整を受けている一方で、周囲に足場やクレーンが設けられロイが言うとおり整備改造も受けているところであった。
現在は腕部に連装火器が取り付けられているところだが、さらに周囲には武装の輸送パレットやコンテナが控えている。
「『腰抜け爆弾』共の自爆に気合い入れる分に加えて、さらにこんだけ使えるのはありがたいこったね。企業様々かな」
「確かに正統真帝国戦線には企業系の後ろ盾も多いですが、それは期待を受けているということでもあります。相応の成果を出さなければだめです。
私達の場合は企業が利益を出せるだけの、闘争による各種需要の創出を成し遂げなければ」
淡々とロイに応じるカナン。そんな姿に対し、ロイは見透かすような目でにやつきながら訊ねた。
「しっかりお勉強してるわけだな。色々気になるか? この―― ゼログライジスの専属ライダーになる身としては」
ロイに告げられた言葉に対し、カナンはこれまで同様顔色一つ変えずに応じる。
「私はそれ以前に総帥の信頼厚い副官でもありますから。おそばで役に立てるようにしているだけです」
「思想に惚れ込んでるってわけか? それとも拾って貰った恩義かな? 詳しくは知らないがどこぞの少数民族の出だったか、お前は」
その言及にもカナンの表情は変わらない。その様子を見て調子に乗ったか、ロイはさらに続けた。
「差別がある母国とは異なる、これまでと異なるルーツがある国が生まれるならってとこか、お前の動機は。
おかてえ話だよなあ。まったくお堅い」
「ロイ中尉――」
無言でロイに続いてきたカナンは、ようやく口を開く。しかしあくまでもその表情に変化は無く、能面のような無表情がこびりついたままだった。まるで摩耗しきってしまったかのように。
「私の感情を動かそうとしても無駄です。私がこれまでに味わってきたものは、あなた一人に越えられるものではありません」
「へえ……」
ロイは足を止め、ポケットに手をツッコミながら振り返る。そこにあるカナンの沈黙をのぞき込み、意地の悪そうな笑みを強めた。
しかしそれは、目の前にいるカナンの向こうに何か別の存在を見ているような視線だった。
「ただの一般市民様方が、寄ってたかってそんな傷をお前にこさえさせたわけだ。恐ろしい世界だな。共和国も、帝国も」
「……それはあなたの所感でしょう、ロイ中尉」
「俺は見たとおりに感じたまま喋ってるぜえ?
多くの人々が平和な世界として生きている場所が、お前のことはズタズタに傷つけてきた。事実だろう?」
問われ、しかしカナンの擦れきった表情は動かない。だが言葉は出なかった。
ロイの真意を測りかねている。そんな疑問が、表情ではなく首の傾きに現われていた。しかしロイはそれをろくに見もせずにまた振り向き、キャットウォークを進み続ける。
「ところでなんで付いてくるわけだ? 情報が入った話は終わったろ?」
「あなたは戦闘部隊の中でもゼログライジスの随伴も担当する部隊のトップではないですか。この近辺での戦闘が予測されるのだから、話し合う必要があります」
「どうせ時間かけても無難な結論しか出ねえと思うけどなあ」
応じながら、ロイはまたキャットウォークの先にある階段を降りる。そこはこの格納庫の地上階の高さだったが、ネガシルエットの体躯のために地下スペースを拡張した現在は人の行き来も物品の設置も粗雑だ。
そして本来地下行きに用いられていた階段は備品やゴミを入れられたダンボールに埋もれかけていた。
その傍らに来れば、階段脇の壁にはなにか符丁めいたマークが書き込まれていた。それを見て、ようやくカナンの表情が動く。小さく眉をひそめ、
「話から逃れるために、ここを使うつもりですか?」
「冗談はやめろって」
ロイは階段を一瞥し、しかし歩みは止めない。カナンはそれに続き、背後になる階段をチラチラと窺う。
「私達に同調しない兵を遅滞作戦に用いるにあたり……女性兵士のみゾイドへの搭乗を偽装して、この地下に監禁したわけですよね。
なんのために、までは言及しかねますが」
「言ってやってもいいんだぜ。こうでもしなきゃ女も抱けない奴が多すぎてなあ。
ま、女を抱くことしか楽しみが無い奴ってのも哀れだよな」
力一杯小馬鹿にした笑いをかみ殺しながら、ロイはカナンを連れて歩いて行く。
「このような場所を用意するあなたも同類では」
「俺は使わねえよ? 病気うつされたくねえもん。
だいたいゾイドライダーは乗るならゾイドの方が楽しいもんだぜ」
悪びれもせずに言ってのけるロイに、カナンは嘆息。ネガシルエットを背後に置き、二人は歩き続けていく。
討伐部隊を待ち受ける二者の歩みを受け止め、ネガシルエットを飲み込んだ施設の暗がりはさらに先にまで続いている。
窓一つ無いその暗がりが位置するのは、日本アルプスを形作る三つの山脈の中でも南に位置する赤石山脈。しかしその位置を窺う術は無い。
その底知れぬ闇は、接近する討伐部隊を待ち受けるものでもあり、正統真帝国戦線の成り立ちを隠すものでもある。そしてその中に歩いて行くロイを、通常戦力の駐機スペースに立つ彼のギルラプターが出迎えた。
立ち並ぶ戦力はネガシルエットを抜きにしても正規軍の部隊と遜色ない。開拓兵団から寝返った戦力があるとしても過剰な規模だ。
「めんどくせえ理屈はあるが、俺達が暴れるのを支援してくれるありがてえ奴らもいる。
俺は幸せなゾイド乗りだなあ」
「ロイ中尉……あなたは本当に正統真帝国戦線に心から属しているのですか?」
「当たり前じゃん。ムカつく奴をぶん殴ってもいい国を作ってくれるんだろ? 俺はそういう世界じゃないと生きられないからな。もうガンガンお手伝いしちゃうぜ」
暗闇の中に嫌に白い歯を剥いてロイは笑う。その振り向きの上で、ギルラプター〈ブラックナイト〉も同じように牙の並びをカナンに見せ、威力を放つ時を待ちわびているようだった。