セイバーはこの状況をどう見るべきか考えた。見渡せば、木材と石を使った建築物の中。薄暗い其処には見覚えがあった。ただ用途の分からない器具に見覚えは無い。
そして目の前には複数名の人物。
一人は赤い服を着た黒髪の少女。内包する魔力の強さから魔術師と分かった。その少女はセイバーを見て悔しさを隠さない。どうして士郎がセイバーを引き当てたのか、それをひがんでいた。因みに彼女が自身のマスターだと早合点したのは、セイバーだけの秘密である。
二人目は、ダークグレーのロングコートを纏った黒髪の少年。帯剣していたので敵かとも思ったがそうでも無いらしい。マジマジと見つめられてセイバーは気分を害した。“美人さんサーヴァント……”と呟いて、先の少女に足を踏まれた。涙目で飛び跳ねていた。セイバーには二人の力関係が何となく分かった。
三人目は、赤い外套の男。サーヴァントだ。見知った母屋の屋上からセイバーを見下ろしていた。彼女には見覚えの無い顔だったが、その瞳は懐かしい誰かを見ている……セイバーにはそう感じた。
四人目、黒髪の鋭い面持ちの女性。セイバーが彼女を見たときまさかと思った。セイバーの記憶ではもっと鋭い視線だった。だが目の前の人物は随分と柔らかい面持ちをしている。他人のそら似ではないかと思う程だ。視線が合うとその女性は笑みで返した。“久宇舞弥”そう口にするのはどうにか押さえ込んだ。
五人目、赤毛の少年。どこからどう見ても普通の少年だったが、パスが彼と繋がっているのが分かった。どうやら彼が主らしい、と彼女は覚悟を決めた。
セイバーはその少年に向かい合いこう宣言した。
「召喚に従い参上した。これより我が剣は貴方と共にあり―」
バタリと倒れた。
「士郎しっかりしなさい!」
「衛宮君!?」
「士郎、死んだ?」
「勝手に、殺すんじゃねぇ……」
目の前の騒ぎに、セイバーは上の空だった。
(衛宮? ……まさか)
その“まさか”は“まさか”だったのである。
◆◆◆
居間で寝転がる士郎を見て凛がため息をついた。
「召喚の負荷に耐えきれなかったのね」
凛の脇に立ち覗き込んで真也が言う。
「どういうこと?」
「生み出す魔力の量が少ないのよ。気絶しなかったのは立派だけれど。ここまで少ないとは思わなかったわ。これじゃ一般人に毛が生えた程度ね」
一般人でも希に相応な魔力を持つ者は居るという意味だ。屈辱に士郎は身を震わせる。凛もそうだが真也に知られたのが情けなくて涙が出てくる。実際に泣く訳にも行かないので、ムッスリと黙り込んだ。
「なら、士郎はこのままか?」
真也の表情は優れない。下手をすると共闘がおじゃんだ。
「時間が経てば改善するけれど、度合いも時間も個人差に因るわね。ま、乗りかかった船だしこれはサービスにしておく」
彼女はポケットから宝石を一つ取り出した。
「はい、口を開けて」
「んぐっ!」
彼の視線による訴えは“何を飲ませたんだ”と語っていた。
「魔力を籠めた宝石よ。それが不足分の魔力を補うから直に動けるようになるわ」
真也が聞いた。
「直というのは?」
「馴染むのに2,3時間」
「どの程度持つ?」
「日常生活なら一週間、魔術を使えば当然早く切れる。その後のことは勝手にして……どうしてそんなこと気にするのよ」
「動けない奴を殴っても気分が悪い」
真也の誤魔化しを真に受けた凛は良く分からないという顔をした。桜と士郎が組んだのはまだ秘密なのである。縁側に腰掛けるのは舞弥とセイバーだ。セイバーは鎧を解き青いドレス風の装束を露わにしていた。二人が交わす言葉はお互いの確認と、第4次聖杯戦争からの経緯である。
セイバーは夜空に浮かぶ月を見つめながらこう言った。
「そうですか、切嗣は逝きましたか」
「セイバーが戻って5年後に。まだ切嗣を恨んでいる? という質問はデリカシーに欠くわね」
セイバーにとってはものの数分前である。
「5年でも10年でも遺恨は消えない。だが死者には眠りが必要でしょう。掘り返す気もありません」
「そう、良かった」
「舞弥、マスターはこのことを?」
「ええ、話した。アインツベルンのことも」
イリヤスフィールがバーサーカーのマスターとして襲ってくる、この事実は二人に重くのしかかった。まるで囚人を繋ぐ拘束具のようだ。
「セイバー、貴女はイリヤを斬れる?」
「……討つべき敵ならば当然です」
「そう」
士郎と同じ間があった。それに気づいた舞弥は“誰か”を当てる必要があると考えた。セイバーは言う。
「それよりアインツベルンが“狂戦士”を呼び出したというは本当ですか?」
「士郎の情報なのだけれど、イリヤは“バーサーカーが起きちゃう”そう発言したそうよ」
「気になります。弱い英霊を狂化し能力を補うのがバーサーカーのクラスだ。アインツベルンにしては仕込みが悪い。いったい何故」
「士郎によるとイリヤは10歳前後の容貌らしいわ。マスターがアインツベルンのホムンクルス、かつ魔力調整を受けているなら、バーサーカーへの魔力供給量は相応にあるとみるべきでしょう。強力な英霊を狂化しているのかも知れない。イリヤはこの家を知っている、アジトを変えた方が良いわね」
「それは反対だ。城とは攻める事にしろ、守る事にしろ、日々生きていく事にしろ、それがら集約精錬されている拠点だ。城を守るために攻めるのも戦略の一つ。簡単に放棄してはならない」
「そうね、セイバーの言うとおりだわ。士郎もしばらくは動けないし、様子を見ましょう」
セイバーは振り返った。その視線の先には二人の少年と一人の少女が見える。
「舞弥、あの二人は信用できるのですか?」
「遠坂凛は遠坂の魔術師、過度の信用はできないわね。でも律儀、お節介な面があるから、そこを突けば利用できる」
「私としては男の方が気になる、あの男からは良くない気配を感じる。危険だ」
「蒼月真也の妹がライダーのマスターなのだけれど、彼女を抑えているうちは問題ないわ。士郎とは共闘するから」
「魔術師ではないようだが……何者です?」
「士郎によるとランサーを凌いだそうよ」
「サーヴァントを? まさか」
「士郎は見た物の把握に優れているから、見間違い勘違いは無い。セイバーも注意して、切り捨てどころは間違えないようにしましょう」
セイバーは表現に困る表情をした。頼もしさもあったが、不安も浮かび上がっていた。
「舞弥は随分と変わった、見た目は穏やかだが中身は随分と摺(す)れたようです。切嗣に似ていないか不安でたまらない」
「10年一昔、それだけあれば人間は変わるのよ。士郎は死なせない、そのためなら躊躇いはないわ」
舞弥の一途さは変わっていない、セイバーは表情を緩めた。
「セイバー、その士郎の“質”で伝えておきたい事があるの」
「質、ですか?」
舞弥は正義の味方たらんとする士郎の有り様と、それにヒビが入っていることを話した。
◆◆◆
ちゃぶ台に向かって正座。金髪碧眼、見るからに欧米美少女サーヴァントが、湯飲みを手に持ち茶を啜る姿は、違和感より壮麗さを感じさせた。凛は敗北感で一杯だった、もちろん麗しさという意味である。
ちらりと真也を見れば彼はそのサーヴァントを意識していた。距離を置いて堪能していた。不用意に近づくのは流石に自重したようだが、サーヴァントの不愉快そうな顔に気づいていない、否。気にしていない。にらみ返されると彼は笑顔で手を振った。
(見境無しか、コイツ……)
それはともかく凛は、士郎が呼び出したサーヴァントを見てクラスは何かと考えた。アーチャー、ランサー以外のクラスである。キャスター、バーサーカーには見えない。備える堂々とした風格からアサシンも除外した。ライダーかセイバー、と彼女は当りを付けた。
だから凛はその白銀のサーヴァントにこう言った。
「私は遠坂凛、アーチャーのマスターよ。こういう間柄だけれど、正々堂々戦いましょ」
風格から誠実さを突いたのである。名乗れば答え返すだろうという判断だ。その少女は湯飲みをちゃぶ台に置くと居住まいを正した。
「心地良い宣戦布告です。私は、」
舞弥の咳払い、余計な事を言うなと言う意味である。
「……お互い死力を尽くして戦おう」
何とか情報を引き出そうとしたあえなく失敗。凛は涼しい顔の舞弥に笑顔で返した。
(この人、衛宮君と違って油断ならないわね。当然と言えば当然の行動だけれど)
舞弥がいる限り情報を引き出すのは難しそうだ。今日はこれまでにしておこうと、胡座をかく士郎をみた。驚いた事に彼はもう座るという行為ができた。凛は士郎にこう言った。
「衛宮君、もう帰るから」
「悪いけれど見送りできないみたいだ」
「良いわよそんな事」
敵同士なんだから、そう言うのは止めた。要らぬ言い争いになるだけだ。帰ろうと凛が立ち上がり部屋を見渡すと、一人足りない。
「真也はどこ?」と凛が言う。
「貴女の連れなら先ほど帰りましたが」とセイバーが答えた。
「……」
凛は不愉快さを隠さず席を立つ。どうしてそこまでされて追いかけるのか、士郎にはそれが理解できなかった。
さて、真也である。衛宮邸を一人出た彼は夜の住宅街をトボトボと歩いていた。細めの生活道路で右に石垣、左にはガードレールがあった。自動車がすれ違うには少々骨が折れるだろう、そんな道だった。彼が一人帰ったのは静かに歩いて考えたかったからである。なにぶん桜の事、それで頭が一杯だった。
「んー」
彼が考えるのは桜と凛と士郎である。士郎には牽制したがそれで足りるかどうか、それが懸念材料だった。凛も士郎に好意的な発言をしている。万が一凛と士郎がくっつくとそれは一大事だ。とうぜん桜的な意味であり、どうにかせねばと彼は思った。
そうしたら背後から何かが飛んできた。それは本革の小ぶりな靴だった。彼の頭に当たった。頭をさすり振り返れば凛が立っていた。肩を怒らせる様を見れば、彼女の心の状態は自ずと知れよう。真也は飛んできた靴を拾い上げ、それを彼女に軽く突きつけた。
「凛、これは投げるものじゃない」
「アンタねぇ! 私をないがしろにするのもいい加減にしなさいよ!」
いきなり怒鳴られた彼は遠い目だ。
(なんつー女王様的な。大事にされないと気に入らないとかそういうのか)
という真也もすっかり失念した事については失態だと認めた。
「すまない。すこし考え事をしていた」
「また妹の事か」
「それを含む」
凛は無遠慮に近づくと、真也の手から靴を奪い返した。礼儀などどこ吹く風である、当然の反応だった。
「良いお兄さんね、私が言いたかったのは文句だけ。それじゃ」
彼女はそのまま靴も履かず腕を振って通り過ぎた。腹が立って仕方が無い。真也は追いかけた。後ろ姿を見ながら、凛の注意を士郎から逸らす事も必要だと考えた。そして凛が誰かと付き合うという事実を士郎に見せて諦めさせ、桜との仲を推し進めようと考えた。
だがどう逸らす。桜が好いているから士郎は駄目だと言っても“私の勝手だ”と凛は発言している。強制すれば反発する、凛のその性格は短い交流でも良く分かった。凛が士郎への好意を匂わせたのは、ひとえに真也への反発だったが彼はそれに気づいていなかった。
真也はこう考えた。ならば強制ではなく凛の眼を士郎から他の誰かに向けよう。能動的にである。その誰かというのは誰でも構わなかったが、事態を動かしやすくする為に把握しやすくする為に、取りあえずは自分をと考えた。
そもそも上手くいくかはやってみなければ分かるまい。失敗すれば他の手段を考える、成功したら桜と士郎がくっつくまでの期間限定だ。桜と士郎が破綻しても同じ。一日どころか半日で破局するカップルもいるのだ大したことでもあるまい。彼は、それがどういう行為なのか理解した上で、こう切り出した。僅かに胸が痛んだ。
「それを含む、そう言ったろ。士郎の事だ。アイツは凛に気がある」
凛は驚きもしなかった。告白してきた少年らと同じ眼をしていたからである。だからどうしたと彼女は黙って歩き続けた。真也は追いかけた。
「私はもう帰る。追ってこないでくれる? 気分が悪いから」
彼女は振り返りもせず、苛立ちを隠さず、歩き続けた。真也は追いかけた。
「凛、話がある。聞いてくれ」
彼女は無視をした。数度繰り返したが聞く耳持たない。仕方が無いと真也は凛の手を掴んで引き留めた。強引に振り向かせた。
「な、」
何をと言う前に彼はこう言った。
「それで気づいたんだけど、凛が他の男といるのは気分が悪い」
「……は?」
真也は一歩近づいた。凛は半歩下がった。
「俺、凛の事が好きだ」
呆気にとられる凛だった。開く唇にいつもの理性と賢明さはない。まるで時計が止まったかのように動かなかった。次第に下腹部から感情がこみ上げる。それは戸惑いと怒りだった。彼女は睨み付けた。
「ふ、ふざけないで。今まで散々弄んだくせに」
「今までの償いをさせて欲しい。俺の側に居て欲しい」
真也は凛の両手を掴んで近づいた。両手を握られて迫られているのに、どうして私は靴なんぞを持っているのか、彼女はそれが不思議でならなかった。
「真也には妹が、」
「桜を忘れさせたのは凛、君なんだ」
「あ、え、ふん。お断りよ。アンタみたいな礼儀知らず」
「直ぐに許して貰えると思っていない。俺は諦めないから」
「え、あ、」
「これ以上凛の心を乱したくない。家まで送ってはいけないけれど許して欲しい」
「う、うん」
「お休み、凛」
凛は立ち去る真也の姿を呆然と見送るだけだった。手に掴んだ片割れの靴がポトリと落ちた。糸人形の糸が切れた様であった。
真也の動機はひとえに桜の為であった。だが心に呵責という一つの棘があった、それは彼自身が気づかない凛への好意が形を変えたものである。
たっぷりと呆けたあと凛は思い出したように歩き出した。その様は逃げ帰るようである。今日は厄日だ、悪魔が笑い、天使が涙する、そんな不吉な日だ、凛はそう考える事にした。
霊体のアーチャーが話しかけた。
『これからどうするつもりだ、凛』
「振るに決まってるでしょ。今更、今更なんだから。振ってやるわあんな奴」
アーチャーは聖杯戦争の事を、これからの行動の事を聞いていたのだ。これは重傷だとため息をついた。
『ならどうして即答しなかった』
「だ、だって。いきなりだったし、突然で驚いたし、真面目な表情だったし、真也ってあんな顔もできるのかなって……何言わせるのよ!」
『些末は早めに片付けてくれ。今後に響く』
「言われなくても分かってるっ!」
『それともう一つ』
「なによ」
苛立ちを隠さない凛にアーチャーは顕現しこう言った。
「敵だ」
◆◆◆
それは山のような大男だった。肌は鉛色で荒々しい髪を無造作に流し、筋骨隆々。その巨木のような腕は巨大な岩斧を持っていた。見るからに荒くれだが、異常なほど静かだった。だが秘める魔力は膨大で、漏れ出る余波ですらビリビリと凛の神経を逆なでる。
更に異常なのが付き従う子供である。白銀の髪、赤い瞳、青紫のコート。どう見ても10代前半の少女にしか見えないが、凄まじい魔力を内包していた。否、子供が付き従っているというのは誤りだ。魔力の流れを見れば、子供から大男に流れている。子供に大男が付き従っているのだった。
「バ、バーサーカー……」
凛が驚きを隠さず呟いた。目を見開き戦いている。
「あれ? なんだ。お兄ちゃんは居ないんだ。つまんないなぁ、一緒につぶしてあげようと思ったのに」
なんという場違いな声だろうと凛は思った。言葉遣いだけでは無い、そのイントネーションすら場違いだった。まるで遊んでいるかの様だ。その子供は貞淑に歩み寄ると、凛に身を下げた。コートの裾を掴んで優雅に微笑んだ。
「はじめまして、リン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」
「アインツベルン……」
「凛、あのサーヴァントは桁が違うぞ」
「分かってる」
アーチャーの警告は言われるまでもない。凛は戦うか退くか考えた。幸いにして凛とアーチャーの二人だけ。退くのはさほど難しくはない。だが目の前のバーサーカーは倒さなくては成らない敵だ、自力で倒すにしろ他マスターと協力するにしろ情報は必要だ。彼女は戦う事にした、何より何もせず逃げるなど彼女の趣味ではない。
「アーチャー、最低でも感触ぐらいは掴むわよ」
「了解だ、だが引き所は間違えるなよ」
マスターである凛の意を受けてアーチャーは弓を展開した。バーサーカーまでの距離は50メートル程、距離を稼ぎつつ力を推し量ろうという目算だ。
凛はポケットにある宝石を確認してこう言った。
「ひとつ聞きたいんだけれど“お兄ちゃん”って誰の事?」
「変なことを気にするのね、でも言わないわ。そのまま死になさい」
「真人間に見える最低男とか?」
「お兄ちゃんは優しくて真面目なの、そんな詐欺師じゃないわ」
「気が合うじゃない、同感よ」
イリヤは軽やかに歌うかのように、身を揺らしこう宣言した。
「やっちゃえ、バーサーカー」
開戦を告げる喇叭の音はバーサーカーの雄叫びだった。その叫びは、腹を振るわし、地を振るわし、まるで魔獣の咆哮そのものである。50メートルほどの距離を、バーサーカーは一気に詰める。ドシンドシンと地響きを打ち鳴らし、一つ脚を進める度に道路が陥没した。
バーサーカーの威圧から余裕は無いと判断したアーチャーは、機関銃のような小刻みの一撃ではなく、戦車砲のような強烈な一撃を打ち込んだ。着弾、爆発。吹き荒れる爆発音と巻き上がる粉塵、その中からバーサーカーは現れた。意にも介していなかった。
距離がない、アーチャーは宝具を投影するのを諦めた。一つ舌を打ち、干将・莫耶を投影、踏み込んだ。バーサーカーの突進力、敏捷性がアーチャーの予想より高かったのである。ランサー並みだ。逃げる機は失ってしまった。
凛は宝石を取り出し投げた。
「一番、二番!」
凛は仕留めることは叶わずとも、ダメージは与えられるだろうと踏んだ。最低でも怯ませるぐらいは可能だろうと。隙を作れれば次の行動に繋げられる。宝石が弾け魔力が功性エネルギーに変換された。吹き荒れる魔力光の中から敵サーヴァントは現れた。バーサーカーは僅かに速力を落としただけだった。
「うそっ!」
バーサーカーが岩斧を振り下ろす、アーチャーはその強大な一刀を受け流した、そのはずだった。アーチャーが持つ夫婦剣は干将が大破、莫耶は刃が大きくこぼれた。
干将・莫耶が破損したことは問題ない、次の投影までほぼゼロ秒だ。問題なのは攻撃も撤退もできない事である。ただ凌ぐのみだ。加えて、敏捷性も筋力も耐久性もバーサーカーが上回る、長時間持ちこたえる事はできまい。距離を稼ごうにも、その動作すら致命的だ。凛も剣戟の凄まじさに援護したくてもできない。
凛はアーチャーを置いて逃げるべきだと考えた。生きてさえいればやりようは幾らでもある。彼は皮肉めいた笑みを浮かべた。それに気づいた凛は彼に背を向けて走り出した、遭遇時に逃げるべきだった、その判断ミスを罵りながら。
一合、二合、何度か繰り返したのち、アーチャーは岩斧に吹き飛ばされた。辛うじて直撃は避けたが、アスファルトの上を転がり続け、自動車に叩き付けられた。その威力は如何ほどのものか、丈夫な高級外国車が鉄くずになり果てた。
凛にバーサーカーが迫る。その様は火砕流のように絶望的だ。あの巨大な岩斧が振り下ろされれば彼女の命はそこで潰える。彼女は言葉を使わず父に謝り、母に謝り、アーチャーに謝った。
(真也ごめん。わたし返事できなかった)
迫る岩斧、月影が凛に落ちる。妙に落ち着いた気分でそれを見ていたら、蒼白い光が瞬いた。巨木の様なバーサーカーの腕が宙を舞った。切り落とされたのだった。真也の強襲である。サーヴァント戦の気配に気づいた真也は、駆けつける最中に、霊刀に時間の許す限りの魔力を籠めた。それを斬撃に乗せた。
凛はどうして世界が回っているのかと、それを考えた。月が足下にあったり、頭上にあったり。そうかと思えば真也の顔が目の前にあった。彼女はその感覚に見覚えがあった。グール戦の結末、警官から逃げる時と同じ感覚だ。凛は真也の腕の中だった。
切り落とされたバーサーカーの腕が復元する。それは時間を巻き戻すかの様。真也は着地すると凛をそっと降ろした。アーチャーはどうにか立ち上がると彼に近づいた。イリヤは珍客に物珍しそうな顔だ。
アーチャーが真也に言う。
「貴様、何故来た。無関係だろう」
曲がりなりにも告白してそのままというのも後味が悪いし、なにより死なせたくない。彼はこう言った。
「返事を聞いてないから」
凛は地面にへたり込んでいた。彼が見下ろすと眼が合った。凛は未だ放心状態だ。真也がアーチャーに言う。そこにおちゃらけた表情は無かった。
「どの程度動ける」
「近接戦闘は無理だ。弓なら使えるがバーサーカーには効かない」
二人は視線を交わすこと無くバーサーカーだけを見ていた。真也が言う。
「アーチャー、宝具は?」
「回復に時間が必要だ。5分持ちこたえろ」
ランサーを凌いだ事実、バーサーカーへの強襲。それらを考慮してアーチャーは真也を利用する事にした。だが撃てる宝具は一振りのみ、それで仕留められねば真也を囮にして戦線離脱、アーチャーはそう考えた。真也が言う。
「凛、バーサーカーの能力はランサーと比べてどう?」
「……敏捷性は同じAランク、でも耐久力はA、筋力A+、2ランク上」
敏捷性はランサーと同等。ならば直接倒すのは諦めて攪乱するしかない。主力打撃はあくまでアーチャーの宝具だ。保険として魔眼の使用も覚悟した。真也は凛にこう続けた。
「バイキルトとかスカラとかピオラとか。そういう呪文持ってないか?」
「なによバイキルトって」
アーチャーが代わりに答えた。
「凛。支援魔法の事だ。素早さが上がったり、攻撃力が上がったり、この男はその類いの呪文の事を言っている」
なんでお前がDQの呪文を知っている、真也の眼はそう言っていた。凛が言う。
「そんな結果を導く呪文なんて知らないけれど、筋力向上と防御結界を張る事なら」
「それでいい。一番いい物を頼む」
「言っておくけれど、最高レベルの呪文だと効果が切れたらしばらく動けないからね」
凛は立ち上がり詠唱を開始、真也の身体に魔術が掛かった。彼は手を握り力の感触を確かめた。足場を踏み抜くと、アスファルトの道路にひびが入った。イリヤスフィールは己の優位を疑わないのだろう、三人をじっと見ていた。
凛に最後の活を入れるためアーチャーはこう言った。だが私心も混じっていた。
「断っておくが、多少出来ようとも貴様に凛は不釣り合いだ」
「サーヴァントならそう思うだろうな」
「……それを決めるのは私だからね」
「分かった。期待してる」
「馬鹿ね」
笑みと自信が混じった不遜の表情。凛に調子が戻ったことを確認すると、真也は抜刀、バーサーカーに向かって歩み出した。
つづく!