冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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11 聖杯戦争・序6 バーサーカー編

凛への接近を許す訳には行かないので真也は切り込んだ。切っ先に左手を添え、下段の構え。バーサーカーは2メートルを超える巨躯である、下から攻めるのが上策と踏んだ。接触時間は3秒後、アーチャーの矢が背後から飛来しバーサーカーを襲う。バーサーカーは岩斧を振るい矢を叩き落とした。隙あり。

 

真也に向けて打ち下ろされる破滅的な岩斧。まともに打ち合えば競り負ける事は一目瞭然である。髪の毛を散らされる程の、紙一重でくぐり抜け、バーサーカーの右脇に潜り込み、一閃、撃ち込んだ。ズムリ、その手応えはなんとも珍妙だった。堅さと弾力が両立している、まるで金属製のゴムである。ただ一つ言える事は、彼の一刀はバーサーカーの表皮を斬っただけだった。

 

(うげ)

 

真也の一刀は巨木すら容易に斬り裂く。凛の強化呪文が上乗せされているならその威力は倍増だ。それにも関わらず攻撃に有効性が見られない。振り返るバーサーカーの双眸がぎろりと光る。彼は“ぬるい”そう言われたような気がした。強襲の一撃と異なり魔力を集める時間が無いのである。

 

彼はバーサーカーの懐であった。巨躯を見上げていた。バーサーカーから見れば手足の届く至近距離だ。相対的に彼は小さい、それ故蹴りの方が手早い。バーサーカーは厳めしい岩のような脚で蹴りを入れた。真也はバーサーカーの姿勢を読んでいたから余裕を持ってバックステップ、そのはずだった。蹴りは彼の腹を掠めた。

 

着地と同時に腹に鋭い痛みが走る。彼は見なくても理解した、防御結界があるにも関わらず肉が裂け出血しているのだ。戦闘活動に大きな支障は無いが、戦闘の激しさを物語るには十分だった。

 

(掠めただけでこれか)

 

だが彼は躊躇うこと無く踏み込んだ。一触即発、一つの瞬きが生死を分ける。その極限状態で彼は笑みを浮かべていた。暴風の様なバーサーカーを前にして、真也は躱し、翻し、受け流し、踏み込み一刀を入れる。

 

大して効いていない。倒すにはほど遠い。だが囮としては十分だ。それがどれほど異常なことか。イリヤは少し興味を持った。異常だとは思ったが己の優位さの前では大して意味を持たなかった。士郎を殺す、その余興には良いだろうと考えた。

 

(ふぅん、リンは良い駒を持ってるじゃない。でもいつまで持つのかなぁ)

 

余裕のあるイリヤに対しアーチャーは警戒心を隠さない。構える矢を真也に向けた。彼はここで殺すべきだと考えた。真也の注意はバーサーカーのみに向いている、如何にランサーを凌いだとはいえ、同等の敏捷性を持つバーサーカーを相手にしていては余裕はないだろう。アーチャーは激しいダメージを負っているが通常攻撃に支障は無い。一本の矢で事足りる。着弾の確認すら必要はない、射たあと即座に凛を連れて離脱、それが賢明だ。だが。

 

(それでは凛との信頼関係が崩壊しかねん)

 

彼は横に立つ己のマスターをちらと見た。凛は戦闘の行く末を見守っていた。傍目には冷静に見えるがその心中はどうだろう。魔術師にも関わらず妙に人情家の彼女だ、穏やかでいられるはずも無い、それは容易に知れた。事実その通りであった。

 

(こんな事ならあの夜に討っておくべきだった……)

 

アーチャーは告白という手段で先手を打たれてしまったのである。彼の苦悩を知らず凛が言う。

 

「アーチャー、宝具の使用までの残り時間は?」

「3分だ」

「そう」

 

彼女は何も言わなかったが、その時が来るのを待ちわびていた。

 

「凛、危ないところを助けられて一目惚れなどと言うありがちな展開は勘弁して欲しいのだが」

「なによ突然」

「今後に響かないか心配してる」

「要らぬ心配ね」

「なら良いが」

「一目惚れなんかじゃないから」

 

それはどちらの意味だとアーチャーは思ったが、これ以上刺激するのを止めた。寝た子を起こす訳にはいかないのである。

 

 

◆◆◆

 

 

時間を遡り衛宮邸、その舞弥の部屋。彼女は洋服ダンスの下から2番目を引き出した。下着が収まるその裏に手を回し、留め具を外すとアタッシュケースを取り出した。それにはアサルトライフルとハンドガンが納められていた。

 

埃も無く変色も無く、錆も無かった。10年という時間の割に保管状態は良好だ。だが機械は見た目では分からない、整備しなくては危なくて使えないだろう。彼女は比較的単純な構造の回転式拳銃を取り出した。シリンダーの回転具合、銃身の状態、撃鉄の動作、それらを確認して懐に納めた。

 

長いブランクに不安が募る。

 

(撃てるかしら)

 

舞弥の姿、それは主に服装のことだったが、それを見てセイバーが言った。

 

「10年経ってもその姿なのですね」

 

彼女は第4次聖杯戦争時の恰好をしていた。

 

「荒事には便利な装備だから」

 

実のところ10年前の服が着られるとは彼女自身驚きだった。舞弥が言う。

 

「士郎は?」

「庭で柔軟体操をしています。この分であれば直に元に戻るでしょう」

「多少は大人しい方がありがたいのだけれど」

「舞弥は過保護ではありませんか? それではシロウに進歩がない」

 

舞弥は頬に手のひらを添え困った表情を見せた。舞弥のこの仕草は私が去った後か、セイバーはそう思った。

 

「セイバーは昔の士郎を知らないからそう言えるのよ……いつの間に士郎と?」

「一緒に戦うパートナーなら名前で呼び合うべきだと。先ほど」

 

手が早い、僅かに嫉妬する舞弥であった。セイバーが言う。

 

「舞弥、これからの事を相談したいのですが」

「そうね、士郎も呼んで話し合いましょう」

 

あの子が頭なのだから、そう言おうとした舞弥の表情が強ばった。凛と真也、監視のため放っていた使い魔から送られてくる視覚情報を見た為だ。そこにはバーサーカーが映っていた。衛宮邸までの距離はそれなりにあるが、イリヤはこの家を知っている。襲いに来ることは明白だ。

 

「舞弥?」

「イリヤスフィールが来る」

 

セイバーの双眸が光る。

 

「到着予想時刻は?」

「今アーチャーが戦っているけれど、芳しくないわね。直にでしょう」

「では打って出るべきだ」

 

アーチャーが倒すかどうかは別にしろ、守るには適さない家なのである。セイバーはそう判断した。もちろん逃げる事など考えていない。舞弥は最低でも偵察はしておくべきだ、と判断した。問題なのは士郎である。伝えれば鉄砲のように飛び出すだろう。セイバーと舞弥が出かければ不審に思うに違いない。仕方が無い、彼女はこう言った。

 

「セイバーは先行して。士郎と私は車で追いかけます」

 

セイバーは士郎の許可を得ると飛び出した。舞弥は装備を持ち、士郎と呼んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

戦場は市街地から墓地に場所を変えていた。バーサーカーは砕けた墓石を踏み抜いた。静閑な墓地は酷い有様だ。

 

真也とバーサーカー、アーチャーは一直線に並んでいた。中心がバーサーカーだ。バーサーカーは真也に向いているので、位置的にアーチャーはバーサーカーの背を見ていることになる。撃ち出されたアーチャーの矢が正確にバーサーカーの背部を襲った。命中。矢が爆発し噴煙を巻き上げた。

 

その煙に向かってイリヤが言う。

 

「飽きちゃったな。バーサーカー。そのぶんぶん五月蠅い羽虫から潰すわよ」

 

煙の中から狂戦士が現れると双眸が赤く光った。羽虫とは真也の事だ。

 

バーサーカーはアーチャーの狙撃を物ともせず、矢継ぎ早に真也を攻めた。バーサーカーは自身の外側から内側に向けて打ち抜いた。斬撃が円弧を描く。真也は身をかがめ、岩斧を刀身に滑らせて何とか凌ぐ。ヂャリン、岩斧と霊刀が反発し合い火花が散った。脚位置を変え、シフトウェイト。バーサーカーの膝を蹴り抜き、その反動で真上から振り下ろされる一刀を躱す、大地を砕くバーサーカーの一刀である、躱すは躱したがその礫が真也の全身を襲った。

 

腕を組んで防御したが、真也の分厚い防寒具は裂け、覗く皮膚からは血が垂れていた。いまだ直撃は喰らっていないがこの様である。穿いているデニムパンツはクラッシュ・ダメージになってしまった。

 

真也がバーサーカーの注意を引きつけている隙に、凛が魔術を使った。紫色の結晶がバーサーカーを押しつぶす様に拘束した。次に天から大量の矢が降ってくる、その光景はミサイルと言うより、ホーミングレーザーである。寸分違わず命中し、先の攻撃とは比較にならない破壊がまき散らされる。爆音と衝撃波が響いた。

 

「やったっ!」というのは凛の期待。

 

煙が晴れる。

 

「うそ……」とは凛の驚愕。

 

バーサーカーは未だ健在であった。それどころかダメージの片鱗すら見せない。驚愕と不愉快さ、そして焦燥。凛と真也の態度が気に入ったのかイリヤはこう言った。まるで教鞭に立つ教師の様である。

 

「あは、勝てる訳無いじゃない。わたしのバーサーカーはね、ギリシャ最大の英雄なんだから」

 

凛は思い当たる節があるのか、はっとした表情を見せた。

 

「そうよ、そこに居るのはヘラクレスって言う魔物。貴方たち程度が使役出来る英雄とは格が違う、最凶の怪物なんだから」

 

良く分からない真也はこう聞いた。

 

「先生質問。それはどういうことでしょうか」

「貴方なんかに言うと思った? おばかさん」

 

千歳にしろ凛にしろ魔術を嗜む女は態度が大きい、そんなことを思った彼はこう挑発した。それは彼の癖でもあった。

 

「“乳臭いガキんちょ”に罵られて喜ぶ趣味は無いんだがな……」

 

プチ、それは理性の切れた音。イリヤは笑顔だったが目が笑っていない。

 

「真也! アンタは何でそう人の神経を逆なでする事ばかり言うのよっ!」

 

遠くで凛が激高していた。この距離で聞こえたのかと、思わず青ざめる。

 

「バーサーカー。そいつ殺して」

 

咆哮と土煙を上げて狂戦士が迫ってくる。真也にはバーサーカーがアーチャーの事を完全に失念した様に見えた。だから試験をする事にした。“マスターが激高するとバーサーカーはどうなるか”である。彼は短い時間にイリヤをこう挑発した。

 

「魔術師のくせに沸点低いぞ」

「レディーの扱いを知らない貴方みたいな野蛮人には、無様な死がお似合いよ。肉片になって飛び散ると良いわ」

「随分と品の無い言葉を使う。優雅なのは形(なり)だけらしい。アインツベルンとやらも底が知れる」

「……っ!」

 

眼前に迫る狂戦士がいっそう狂った様な咆哮を上げた。背後から受けるアーチャーの攻撃を避ける事もなく、弾く事もなく、何の躊躇いもなくまっすぐ突っ込んでくる。狂化の度合いはマスターに影響される、彼はそう踏んだ。

 

(あと2分程、もう一踏ん張りか)

 

バーサーカーを迎撃しようと構えたら。

 

“しゃらん”

 

澄んだ楽器の音が辺りに響いた。どこからともなく現れた白銀の騎士はバーサーカーに強靱な一撃を打ち込んだのである。虚を突かれたバーサーカーはその強襲に吹き飛ばされた。その騎士が持つ武器は鋭い風音を刻む不可視の剣、彼女は月光をあびてこう宣言した。

 

「サーヴァント、セイバー。マスターの命により加勢する」

 

金色の髪。翡翠の瞳。月光を浴びる麗しい面持ちは何処までも端正で、少女にも関わらず眉目秀麗という形容が相応しい、真也はそう思った。

 

セイバーはまっすぐ正面からぶつかっていった。その様は疾風である。頭上から振り下ろされるバーサーカーの岩斧をセイバーは真っ向から迎え撃った。ギィン! 金属同士を高速でぶつけた様な、図太いが甲高い音がした。異なる質の魔力がぶつかり、火花を散らす。一合、二合、その旋風の様な打ち合いは続いた。

 

(へー、西洋騎士ってこういう風に戦うのか。互いの力のぶつけ合いというか、力比べというか。剛胆というか、直実というか。相手の動きを読んで隙を突く、もしくは隙を作る、そして切る、俺の殺り方とだいぶ違う。異文化交流万歳)

 

何を呆けてみているのかと、彼は刀を掲げて駆けだした。

 

 

◆◆◆

 

 

駆けつけた舞弥と士郎は自動車を降りると、徒で戦闘現場に近づいた。凛は盛り上がった地形の影から3人の戦闘を見ていた。舞弥は迷った。早急に情報を集めなくてはならないが、士郎を伴っては支障が出る。士郎はまだ身体が上手く動かせない、歩行がどうにか出来る程度である。無茶は出来まい、彼女は士郎に無線機を渡すと、念を押して森の影に消えていった。

 

士郎は凛にゆっくりと歩み寄る。気づいた凛は驚きの顔を隠さなかった。

 

「衛宮君?」

「遠坂、無事か」

「え、あ、うん」

 

真剣に心配され戸惑った。

 

(あぁーもう! なに呆けてるのよ私!)

 

間近にある少年の気配、真也との一件が響いているのである。

 

「なんで来たのよ」

 

まだ動ける状態じゃないでしょ、という言葉は飲み込んだ。実際に動いているからである。

 

「セイバー、一人に戦わせる訳には行かないだろ」

「出来ることあるの?」

「何かある、無かったとしても自分だけ逃げるのはマスター失格だ」

 

魔術師らしからぬ、マスターらしからぬ士郎の発言に疑問を持ちつつも、それどころでは無いと、彼女は深く考えなかった。好きにしろと、身を隠し慎重に戦闘を覗く。

 

「遠坂、アーチャーは?」

「そこに居るわよ」

「どこさ?」

「……あれ?」

 

戦場に駆けつけたセイバーはバーサーカーを見てその脅威を直感で感じ取った。一人では荷が重い、だが退く訳には行かない。戦うのがサーヴァントの役目だからだ。

 

彼女がバーサーカーに一刀を入れると真也が飛び込んできた。足手まといだという考えは、即座に無くなった。“何者だ、この男”疑念は尽きなかったが、実力は認めざるを得なかった。

 

二人の共闘は当初でこそ、たどたどしくヒヤリとする場面もあった。だが、お互い剣を持つ者同士、短時間で互いの呼吸を読める様になった。その結果、相応のダメージを与えられるようになった。

 

例えば。打ち下ろされる岩斧を真也がかいくぐる。間髪置かずセイバーがバーサーカーに迫る。迎撃しようとバーサーカーが切り返した瞬間を狙い、彼がその軸足の膝裏を打ち抜く。当然バーサーカーは体勢を崩し、その隙を狙ってセイバーは魔力を乗せた一刀を撃ち込むという具合である。

 

ただそれを何度繰り返しても、バーサーカーが倒れる気配すら見せない。彼らの有様も酷いものだ。セイバーの鎧は凹み歪み、亀裂が入っている。彼の防寒具は破け、もはやその機能を果たしていない。互いに埃まみれ、加えて血も流している。防御に劣る真也が比較的軽傷なのは、セイバーに守って貰ったからである。

 

二人は互いに並び剣を構えた。セイバーは左手の真也をちらと見た。警戒していた人間と轡を並べるとは皮肉なものだ、彼女はそんなことを考えた。

 

「これでは埒があかない」

「セイバーも宝具を持っているんだろ?」

「私のは少々大げさだ。この地形、今のバーサーカーの位置では民に被害がでるかもしれない」

「なら、やっぱりアーチャー待ちだな」

 

「アーチャーが?」

「そう、アイツは回復後宝具攻撃をするプランなの。俺はその時間稼ぎをやってたの」

「それは何時の事だ」

「そろそろ……」

 

そう真也が凛を見れば側にアーチャーは居なかった。代わりに士郎が居た。

 

(あれ?)

 

バーサーカー越しの凛は身体を大きく動かしゼスチャーをしていた。彼女は遠くを指さした、その先には冬木市で一番高いビルがあった。真也は首を傾げた。

 

(あそこに誰かが居る?)

 

次に腕を組んで人を小馬鹿にした様な顔をした。

 

(えーと、アーチャーの事か?)

 

今度は弓を撃つ様な身振りをした。

 

(エアー弓道?)

 

最後は両手足を広げて、大の字に大きく跳んでいた。

 

(アーチャーが、ビルで、弓を撃つ、大きい……なんぞ?)

 

凛は何度も何度も跳んでいた。

 

(ぴょんぴょん……あぁドッカーン、か……ドッカーンっ!?)

 

直後のことである。空が明るくなり始めた、夜明けにはまだほど遠いから、太陽の筈が無い。直に空を切り裂く音も聞こえ始めた。膨大な魔力を伴って何かが飛来してくる。

 

「ヤバイ! セイバー逃げろ!」

「敵前だぞ!」

 

真也は自分だけ逃げようかと思ったが、色々“拗れそう”なので助ける事にした。今更だと綾子に言われそうだが、彼は桜が関わらなければ適度にまっとうなのである。

 

「あぁ、もうめんどくさい!」

 

彼はセイバーを抱きかかえ走り出した。お姫様だっこである。飛来する何かに気づいたバーサーカーは空を見上げた。

 

「無礼な!」

「文句は後で聞く!」

 

それを見ていた凛と士郎のこめかみに血管が浮かび上がる。音速を超えて飛来するそれを、バーサーカーが迎撃しようと岩斧を振るった直後であった。あるいは直前かもしれない。ともかくその瞬間、目がくらむ様な閃光が辺りを吹き荒れた。セイバーと真也の二人は激しい爆音と衝撃波に襲われて、吹き飛ばされた。

 

アーチャーのカラドボルクⅡによる攻撃だった。

 

 

◆◆◆

 

 

薄れゆく意識の中で真也は桜の幻を見た。二人が出会った頃の桜は内気で日がな一日家にいた。少し大きくなって公園を駆ける様になって、中学校に上がるとき制服が可愛いとはしゃぎまくっていた。穂群原に入学して16歳の誕生日を迎えたとき“私もう結婚できるんだから”そう言われて彼はショックを受けた。そして今。桜は純白のドレスを纏って、バージンロードを真也と共に歩いている。祭壇の先に待つのは……。

 

「って走馬燈にそのビジョンはまだ不要だっ!」

「起きなさい! このバカ真也!」

 

気を失っていた真也が急に叫んだので凛は呆気にとられた。彼女は瞬きを数度繰り返した。

 

「あれ?」

 

真也は己の身体を確認した。酷い怪我だが動きに支障は無い。五体満足だ。だが頬が酷く痛む。見上げれば寝転がる彼を馬乗りに跨ぐ凛が居た。はしたない、彼はそう思ったが、襟首を掴まれているので、言うのを止めた。心配された事が分かったからである。だがこう言った。

 

「ここは地獄に違いない。なぜなら凛が居るからだ」

「……アンタ、心配してあげた女の子にそういう事いうわけ?」

「女の子ってのはもちっと優しいだろ。ビンタして叩き起こすのは如何なものか」

「それってアンタの妄想じゃない」

「少なくとも桜と綾子はしないと思う」

 

他の女の名前をだされて、たちまち凛の機嫌が悪くなる。彼は目眩がやまない頭を振り、こう聞いた。“大丈夫? 怪我はない? 無茶しないで”凛は気遣いの言葉を掛けてあげようという気はさらさら無くなった。

 

「どれぐらい気を失ってた?」

「……3分程ね。どんな幻を見ていたのかしら。腹が立つほど嬉しそうに伸びてたわ」

「さっきのはアーチャーの攻撃か」

「そう。何をぼさっとしてるのよ、せっかく警告してあげたのに」

「あの謎踊りで分かるかい……って何故に機嫌が悪い?」

「自分で考えなさいよ」

 

アーチャーはバーサーカーが足を止めた僅かな瞬間をやむなく狙ったのであった。

 

「凛、取りあえず目は覚めたから退いてくれ」

 

彼が崖から這い上がると廃墟が見えた。爆心地を中心に外側へ、土は盛り上がり、木々は折れ、墓石は跡形も無くなっている。パチパチと燻る炎などとても心象が悪い、それこそ大戦の後か、煉獄である。

 

彼は自分が無事なのを不思議に思った。セイバーが楯になったからであったが彼が知るよしもない。その炎が絶えない爆心地では未だバーサーカーとセイバーが戦っていた。

 

「……アーチャーは狙いを外したのか?」

「寸分違わず命中したわよ、それでも生きてるのよバーサーカーは」

「まーじーでー」

「ランクA相当の宝具による攻撃で無事ってインチキも良いところよ」

 

剣戟の音が響く、だがセイバーのそれにキレが無かった、と言うよりも消耗で一方的な防戦だ。彼もまた爆発の衝撃でダメージを負った。アーチャーは引き続き援護しているが焼け石に水だ。真也はバーサーカーを睨んでこう言った。

 

「なぁ凛。バーサーカーの秘密、あの不死性って何だろうな」

「宝具によるもの、そう考える方が妥当だけれど。見当が付かないわね」

「と言う事は不完全な不死って事だな。魔力が尽きれば倒せる」

「まぁね、完全な不死なら英霊になっていないでしょ。でもイリヤスフィールが供給してる魔力量は尋常じゃないわ。アテになんてできないわよ」

 

「イリヤスフィールってあのちびっ子?」

「そうよ……ってアンタそういう趣味じゃないでしょうね」

「凛に告ったの忘れたのか」

「分かってるわよ、そんなこと……」

 

目を逸らし歯切れが悪い。おまけに頬も赤い。落ち着き無く身を捩っている。真也はその原因について考えるのを止めてこう言った。

 

「話を続けて」

「……久宇舞弥によると、あのイリヤスフィールって奴“バーサーカーを一回殺すなんて、貴女のアーチャーやるじゃない”って言ったらしいわ」

「ヘラクレスって、あの?」

 

凛は無線機を持つ士郎から聴いたのだった。舞弥は読唇術でそれを読み取った。

 

「そう。エウリュステウスが与えた12の功業で有名ね。12回殺しさえすれば……なんだけど」

「Aランク相当の攻撃をあと11回も撃ち込む戦力がこちらにはない」

 

二人は黙り込んだ。攻撃する手段がない、イリヤが圧倒的に優勢なのだから逃がしても貰えまい。散開離脱すれば戦力を分断する事になるから、結局は同じ。誰かを犠牲にして運良く逃げおおせたとしても、イリヤには顔がばれている。再発見されない様に、未だ不明の他マスターを探しだし、協力を持ちかけ、戦力を立て直す。真也は頭を抱えた。

 

(……ムリゲーすぎる)

 

ずーん、と重苦しい空気が支配した。セイバーはジリ貧、アーチャーの攻撃は焼け石に水。絶対的優位でイリヤは姿を見せていた。戦場の地形は朽ちた闘技場の様になっていて、観客席に相当する、見通しの良い崖の上にイリヤが立っていた。

 

真也は思いついた様にこう言った。

 

「凛、アーチャーにあのちびっ子を撃つように言ってくれ。優秀なマスターかも知れないが、戦はとんと素人のバカ娘だな。戦況に浮かれてる」

「位置が悪くてできないそうよ」

「なんざそら」

 

イリヤは見通しの良い場所に居る。彼は不思議がったが弓兵(プロ)が出来ないというのなら出来ないのだろう、そう考えた。

 

「ところで士郎は? 来てるんだろ?」

「あそこよ」

 

凛が指を指せば、置いてきたその場所に士郎は居なかった。

 

「どこ?」

「……どこ?」

 

 

◆◆◆

 

 

士郎は戦場を周回するように、森の中を移動していた。早歩きだ。身体はまだ動かしにくいがそんなこと気にしていられなかった。藪の中に飛び込んで幹が身体を突いた、痛みが走る。樹木の根に足を取られ転んだ、鉛がくっついているのでは思う程の、重い身体だった。それでもじっとなどしていられなかった。

 

(イリヤ、イリヤスフィール、姉、姉さん……)

 

舞弥はイリヤを監視していた。士郎は舞弥を探そうとしてイリヤの姿を見てしまったのだ。遠目に映るその幼子は初めて会った時と違って見えた。マスターだから? 違う。戦場に居るから? 違う。姉だと、家族だと知ってしまったからである。

 

彼は脂汗を流し息を切らせた。樹木にもたれ掛かった。息を切らしながら見上げれば、木々の隙間から星々が見える。

 

(イリヤは敵だ。敵マスターだ。俺らを殺そうとしている。バーサーカーは強大。他の方法はない。倒すべきだ)

 

彼は幾度となくそれを考えながら足を動かした。崖に張り付き登った。土に汚れ、這い上がった。視界が開けると彼は思わず笑みをこぼした。彼がこれから何をしようとしているのか、それが分かっているにも関わらず喜びが勝ってしまった。

 

(イリヤが退いてくれる確証はない。だが話し合いもせず決めつけて良い訳がない)

 

士郎は重い足取りで、だが心は軽く。イリヤに歩み寄った。二人は眼が合った。

 

「シロウ?」

 

崖の上に佇むイリヤは驚いたように眼を見開いた。どうしてセイバーのマスターが、無防備に現れたのか理解できなかった。

 

(馬鹿かアイツは……)

 

その士郎の行動を見て、理解できないと眼を見開いたのは真也も同じだった。士郎が死ぬことだけは避けねばならない。時間が無い、彼は刀身を確認しつつ側に居る凛にこう言った。

 

「凛、イリヤスフィールを殺す。斬殺する」

 

凛は必死に話しかける士郎の姿を見た。一瞬顔見知りなのかと考えたが、それに答える相手は居ない。セイバーの命は風前の灯火だ、セイバーが落ちれば総崩れだ。彼女は迷った。なし崩しの共闘が裏目に出たのだった。選択を誤るとセイバー陣営と修復不可能な事態に陥る。真也が続けていった。

 

「すまない、俺は凛を巻き込む。だけど凛の同意を取り付けないと強襲は失敗する。これは凛の同意が絶対条件だ」

 

もし凛が士郎に警告するならばイリヤに知れバーサーカーが立ちはだかるだろう。アーチャーの宝具による余波で真也はダメージを負っている。バーサーカーを凌ぐのはもう無理だ。だがマスター程度なら造作はない。凛は伏せていた目を上げてこう言った。

 

「馬鹿にしないで。私は魔術師よ、殺し合いだというのは受け入れてるから」

 

彼女は笑っていたがそこにはやるせなさも混じっていた。真也は頷くと飛び出し闇夜に消えた。士郎は必死に話し続けていた。我が身も省みず。

 

(そう。衛宮君って魔術師じゃないんだ)

 

セイバー一人では戦わせられないと言った事も思い出した。そして凛は真也が消えたその暗がりをじっと見つめていた。

 

(真也、アンタは誰なの? 魔術師? それとも何? わたし真也のこと何も知らない。好きな食べ物のことも、家で何をしているのかも。ねぇ、真也は……私に真也のこと教えてくれるの?)

 

その暗がりは凛の不安を解いてくれなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

イリヤを見上げる士郎は縋るようにこう切り出した。

 

「姉さん、話は全部聞いた」

「そう、シロウは私を姉と呼ぶんだ」

 

イリヤは微笑んだ。切嗣が居たならアイリスフィールと瓜二つだと言っただろう。

 

「もう止めてくれこんな事は。家族同士が争うなんて間違ってる」

「関係ないわ。マスター同士だから戦うの。それはシロウだって理解してるのよね?」

「理解してる。それでもだ。それでも家族が殺し合うなんておかしい。そんな事しないから家族なんだろ」

 

「キリツグは私とお母様を捨てたの。そんな男を家族とは呼ばないわ。士郎も同じ、だから殺してあげる」

「違う! オヤジはイリヤを愛してた! だから!」

「ならセイバーを自害させなさい。それならシロウだけは見逃してあげる」

 

士郎は振り返った。そこには血を流し、傷つき、それでも戦うセイバーの姿があった。彼は躊躇いののち胸を張った。

 

「それは出来ない。セイバーとは一緒に戦うと約束した。それを裏切ることなんてできない」

「そう、シロウってそうなのね。なら良いわ、そこで見ていなさい。お姉さんが教えてあげる。目を背けられないから現実だという事を」

「待ってくれ姉さん。俺が憎いんだろ? なら皆は関係ない、俺はどうなっても良い、皆を見逃してくれ」

「だめ、士郎には苦しんで貰わないと。先にあいつらを殺すわ」

 

真也はイリヤまでの距離、陸上競技場トラック2周分の距離を一気に詰めた。夜空には相変わらずの月。冴え冴えとする月光を浴びて、二人のサーヴァントが戦う光景は、それこそ劇でも見ている様だった。彼は至近距離にイリヤを捕らえると、一足飛びに詰めた。音など一欠片もない。気配すらない。本能で悟ったのか、雪の娘は死神にでも魅入られた様に、何の感情も無く真也を見た。眼が合った。蒼い瞳が子供を貫いていた。

 

士郎は姉に近づく黒い影を見た。その影は蒼白い刃を持っていた。士郎は悟った。イリヤの死である。

 

(姉、義理の姉、あの無邪気な笑顔をみせた幼い姉が、)

 

死ぬ。

 

(腹を切り裂かれ、臓物をまき散らし、無残に、)

 

死ぬ。

 

(何も話してない。親父の事も、アイリスフィールと言う人の事も。親父は何度イリヤを救い出そうしたか。どれだけ愛していたか。なのに、お前は。その姉を、イリヤを殺そうというのか―)

 

士郎の、真也への怒りは図らずとも令呪を介しセイバーに伝わった。

 

― ヤメロ! ―

 

それは肉声か幻聴だったのか、士郎にも分からなかった。本能に従うまま抜いた真也の刀身は鞘を走り、月光を浴びて光り、イリヤスフィールの衣服を裂き、皮膚を切り、肉を断った。刃は子供の脇に食い込んだ。そのまま真一文字に打ち抜こうとした一刀は、子供の死に至る前に、セイバーの不可視の剣で止められていた。

 

ガキンッ!

 

散った火花をアクセントに、金色の髪と白銀の鎧が踊る。何故だ、真也はそう考えた。セイバーは数百メートル先でバーサーカーと戦っていたはずだ、それが何故この瞬間ここに居る。イリヤを討つ事はバーサーカー打倒の唯一の手段、何故セイバーがそれを止める。彼はそれが士郎の仕業だと悟った。

 

「シロウォォォォッ!!」

「シンヤァァァァッ!!」

 

二人の叫びは理性を持たぬバーサーカーの心にすら届いた。

 

 

 

 

 

 

 

つづく!




やっとここまで来た。舞弥と士郎の絡みは全てこのイベントの伏線。士郎の動機についてこれ以上の解は持ちませんので、お答えできませんごめんなさい。

炎上したら目は通しますが返信しません、も一つおまけにごめんなさい。











【おまけ】
麻婆神父「聖杯戦争やれよお前ら」

サーセン。



【おまけ2】
状況的に仕方が無いのですが、真也ってば凛を共犯者にしました。このフラグ後々引きます。どろどろと凛にまとわりつきます。凛は士郎を真っ直ぐ見られないでしょう。昼ドラ万歳。

因みに、真也と凛ですが、彼には士郎牽制以上の意図はありません。無自覚な好意は少し。それは後日。真也はヤバイっすよ、私が言うのも何ですが。BGMはひぐらしのなく頃に ED 「why,or why not」 でおながいします。

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