冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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12 聖杯戦争・序7 バーサーカー編

セイバーは手にある己の剣を見た。それは真也の刀を叩き、止めていた。刃同士がせめぎ合い耳障りな音を立てている。彼女は初め自分の行動が理解できなかった。

 

“なぜ私はこの男に刃を立てた?”

 

理解が追いついてくる、令呪の命はこの男を止めること。イリヤを殺そうとしたこの男を止めること。イリヤに躊躇いがあるセイバーはその命に無意識に従ったのだった。舞弥から聞き及んでいた士郎の性質とヒビ、そう言うことかと理解した。

 

“とんでもないマスターに当たったものだ”彼女は初めそう思った。戦の最中に敵に情けを掛けるとは理解しがたい。だが“大切な誰かを守る”というのは酷くまっとうだ。後で苦言を呈さなくては、彼女はそう思い剣を返した。セイバーは士郎の剣だと誓ったのである、誓いとは覆せないから誓いなのだ。

 

逼迫している互いの刃、それを基点に真也は踏み込んだ。飛来してきたばかりのセイバーは足がまだ地に着いていない、彼女の胸のプレートに肩を当て寸勁を打つ。切り返し、宙を舞うセイバーの間隙を突き、真也は刀身をイリヤの首に向けて走らせた。セイバーは空中で身体を捻り、彼を切りつけた。殺すつもりは無かったが、真也の技量、セイバーの体勢から余裕は無かったのである。“済まない”そう彼女は一言呟いた。その切っ先は凛の防御結界を易々と通り抜け、右脇腹から左胸に向かって切り裂いた。

 

「っ!」

 

彼は痛みで蹈鞴を踏む。運が良かったのか悪かったのか、結果的にその行為が彼を救った。セイバーと同じ様に瞬間飛来してきたバーサーカーが目の前に落ちたのである。直撃は避けたものの彼は吹き飛ばされた。セイバーははじき飛ばされ崖から落ちた。

 

「痛い、痛いよ」

 

イリヤの嘆きに呼応して、狂戦士が怒り狂う。その様は竜巻だ。

 

「許さない、あいつ、許さないんだから!」

 

彼は吹き飛ばされた。身体は転がりながら、坂を駆け上がる程の勢いで転がった。幸運にも林の中だった。鬱蒼とした木々の中、ダメージに喘いでいる暇は無い、急ぎ迎え撃たなくてはならないのである。凛はもちろんアーチャーからも隠れた事を確認して、彼は眼鏡を外した。

 

ギチリ、のしかかる神経への負荷を代償に、世界に線と点が顕れた。大樹の陰に隠れて、気配を探れば、狂戦士が怒濤の様に押し寄せてくる。激高したマスターの影響で、完全に狂っていた。岩斧で樹木を手当たり次第打ち倒している。何を追っているのかも理解していなかった。

 

バーサーカーの敏捷性はランサーと同等だ。だが油断のならないランサーに対してバーサーカーは比較的単純。如何に速かろうと、読めるのであれば対応は可能である。狂いまくっている今なら尚更だろう。

 

狂戦士が彼の隠れている大樹を倒そうとしたその直前、真也は線に沿って木を切った。それを狙っていた岩斧が目標を失いあてども無く宙を切る。隙あり。彼は倒れる樹木に紛れて踏み込んだ。目の前に岩斧が迫る、狂っていても、否、狂っていてこその切り返しの早さ。

 

吹き飛ばされた影響で彼の身体は上手く動かない。鈍く重い腕に活を入れ、上段に構えていた霊刀を打ち下ろす。その刃は岩斧の線を捕らえ、断ち切った。何の音も無く、岩斧の切れ端が宙に舞う。

 

狂戦士が吠えた。それは威嚇か警戒か。

 

シフトウェイト、突の構え。バーサーカーをサーヴァントとして顕界している点を見定め踏み込んだ。必殺の刹那、彼の身体が止まった。電池が切れたかの様にゆっくり止まり、止まったら鉛にでもなったかの様に完全に動かなくなった。魔眼と干渉し、凛の魔術がかき消されたのだった。

 

半分以下になった岩斧をバーサーカーが打ち下ろす、その結末は肉塊だ。間に合うか間に合わないか、それを考える時間すら惜しんで、真也は下半身の力を抜いた。バランスを崩しバーサーカーの一閃を際で躱す。大地を穿つその一撃に彼ははじき飛ばされた。

 

崖を転がり続ける真也をバーサーカーが追撃を掛ける、凛は慌ててイリヤに駆け寄った。倒すか人質にするかはその時の流れ次第だ。イリヤは出血と痛みで意識がもうろうとし、凛に対応できない。それを察したバーサーカーは真也の追撃を断念、跳躍、イリヤを抱きかかえると闇夜に消えた。イリヤの城までは距離があるからである。

 

 

◆◆◆

 

 

墓所に静寂が戻った。それは比較してと言う意味で、実際には炎が燻り音を立てていたし、戦禍の跡は殺意として未だ漂っていた。

 

最初に動いたのは舞弥だ、まずは無事を確認するべきだと士郎に駆け寄った。セイバーも立ち上がり、それに続いた。転がっていた真也は、眼鏡を掛けると凛が近づく前に立ち上がり歩き出した。術が切れている事は明白、それにも関わらず動けることは驚異的である。凛はとにかく手当が先だと引き留めたが彼は止まらなかった。

 

「ちょ、真也、手当、」

「あとで良い」

 

何用だと警戒するセイバーを押し寄せて士郎は向き合った。真也は苛立ちを隠さず士郎に歩み寄ると胸ぐらを掴み上げた。

 

「やってくれたな、この野郎……」

 

真也はイリヤと士郎の関係を知らないのである。士郎は不愉快さを隠さずにらみ返した。

 

「それはこちらの台詞だ、勝手な事をしやがって」

「するかもなと思った。だが本当にするとは思わなかったぞ」

 

理解できない、出来るはずがない、真也は衝動を抑えてどうにかこう言った。

 

「一応聞いてやる。釈明があるなら言ってみろ」

 

だが我慢ならないのは士郎も同じである。姉を目の前で斬殺され掛かったのだから。

 

「そんなものは無い。謝るぐらいなら最初からやらない」

「それは道理だ」

 

真也は左手で士郎の胸ぐらを掴み、右拳を振り上げた。

 

「マスターへの狼藉はこれ以上見逃せない。その手を離して貰おう」

 

セイバーは剣を真也の首元に突きつけた。真也は士郎から視線を外さない。

 

「……正義の味方と騎士道はさぞ相性が良いだろうな」

「愚弄する気か、貴様」

「やめなさい!」

 

凛は肩を怒らせて仁王立ちだ。真也は振り払うように士郎を離した。凛の一喝が効いて頭に登った血が降りたのである。二人は声の緊張を解いていた。

 

「士郎、お前はイカれてるよ。自分より他人だなんて理解の外だ」

「同意見。子供を躊躇無く殺すなんて真也はどこかがおかしい」

 

士郎は本心を隠した。姉では無く子供と言ってしまった。

 

「敵マスターだぞ」

「例え傷ついてもやっちゃいけない事がある。人間性ってそういうものだ。真也、お前に呵責はあるのか?」

「殺し合いでヒューマニズムを説くか」

「少年兵を殺して心に傷を負う兵士の事を知らないのか。それすら無いお前はただの機械だよ」

 

二人は睨み合ったとそのまま背を向けた。凛は舞弥に言う。

 

「明日、時間を頂けますか?」

 

静かな声だったが僅かに震えていた。理性を持って衝動を抑えていたが、僅かに綻んでいた。

 

「場所と時間はこちらから連絡します」

「分かりました」

 

凛が3人を見送ると真也の姿が既に無い、慌てて追いかけた。

 

「勝手な事ばっかり!」

 

自動車の後部座席に士郎を乗せると舞弥は鋭い視線だ。声も数段ましに低い。月を背にしたその影に染まった面に双眸だけが光っていた。その迫力は夜叉のよう。

 

「士郎、話は二つよ。一つ、イリヤが姉だとどうして言わなかったの。家族を死なせない為に衝動的にやってしまったと」

「関係ない。あいつの非情が許せなかっただけだ」

 

彼は身体を震わせていた。自分が何をしたのか、理解し始めたのだろう。とっさとはいえ、誰かを殺しかけたのである。例えそれが最も嫌悪する相手であろうとも。まっとうな人間の反応を士郎の中に見て、舞弥は取りあえず良しとこう言った。

 

「……もう一つ。仲間を危険にさらしたなんて聞こえの良い言葉はもう言わないわ。セイバーも私もそれを踏まえた上で士郎の側に居る。でも自分が死んだらイリヤと話す事も適わない、これは肝に銘じなさい」

「……」

「二人に共闘を申し入れます、良いわね?」

「真也は受け入れない」

「それとこれとは話が別」

「分かった」

 

バーサーカー戦、マスターではなくサーヴァント打倒に戦力は多い方が良い。

 

「よろしい。では沙汰を申しつけます。罰として今後一週間、家事の一切を禁じます。空いた時間を使ってよく考えなさい」

「は? 舞弥さん料理なんて出来ないじゃないか」

「だから?」

 

青い顔で押し黙る士郎を見届けて舞弥はハンドルを握った。助手席に乗り込むセイバーは不思議な顔だ。食事当番の禁止がどうして罰になるのか良く分からなかった。だが、それはそれとしてセイバーは言う。

 

「では私からも士郎に一つ罰を。帰ったら道場に来てください。その性根をたたき直します」

「……鍛錬じゃ無くて?」

「罰と申し上げたはずです。シロウは言って聞かないようですから、身体に教え込まさないといけません」

「……はい」

 

舞弥はアクセルを踏んだ。

 

(予想していた展開の一つだけれど、先が思いやられるわね)

 

 

◆◆◆

 

 

入浴が終わり部屋に戻った桜は、ぼんやりした後おもむろにアルバムを取り出した。そこに収まる写真は桜と真也の10年分の記録だった。千歳と希に綾子も混じっているが二人の写真が多い。彼女はその写真に指を走らせると深いため息をついた。

 

写真の二人は距離が近い。抱きかかえていたり、覆い被さっていたり、様々だがどの写真の桜も幸せそうに笑っていた。写真と桜、それを交互に見ていたライダーは腕を組んで考えた。二人の関係が良く分からない。ライダーが血を吸う為に近づいた時の桜のリアクションにしろ、引っぱたいた時の反応にしろ、浴室での涙混じりのふくれ面にしろ、反応がおかしい。

 

ライダーは初め依存と考えたが違うのではないか、そう思い始めた。真也は否定したがこの桜の様子を見る限り、恋する乙女である。好意に相互依存が混じればそれは愛情となる。深い愛情と激しい嫉妬は表裏一体だ。だから依存に見えたのではないかと、ライダーは考えた。

 

桜はアルバムをめくりながらこう切り出した。

 

「ライダー」

「はい、サクラ」

「男の人ってやっぱり露出の多い方が好きなのかな」

 

桜はライダーの恰好を言っていた。ライダーの黒いスーツは背が高くスレンダーなスタイルでないと似合わない姿である。桜の様な小柄でグラマーなスタイルでは、格好良さより淫靡さが強調されよう。

 

「私の感ですがシンヤは桜のような肌を隠す着こなしが好みでしょう」

「……男の人って控えめな娘より派手な娘の方が良いのかな」

「シンヤは桜のような控えめな娘が好みでしょう」

「………男の人ってエッチな娘は嫌いなのかな」

「シンヤも男ですから温和しそうに見えて実は、という展開に弱いと思われます」

 

「ライダー」

「はい」

「男の人だって言っているのにどうして兄さんの事言うの?」

「サクラはシンヤの写真しか見ていません」

 

桜は手を止めた。

 

「サクラはシンヤの事を、」

「やめて」

「差し出がましいですが、サクラは何に縛られているのですか?」

「もう遅いの。もう私動けない。もう聖杯しかない」

 

“苦しいのに離れられない、嬉しいのに離れなくてはいけない”ライダーは桜の葛藤が、その原因が良く分からなかったが、どうにかしたいと考えた。このままでは聖杯を手に入れるどころか自滅しかねない。それでなくとも情緒不安定に陥るかも知れない。桜にはその様な目に遭って欲しくなかった。桜の性格から判断してすべては真也次第だという事は容易に知れた。

 

(シンヤが強引に迫れば折れるでしょう)

 

ライダーに必要なのは確証である。そうすれば後は実行だけだ。取りあえず今は、とライダーは時計を見た。いくら何でも遅すぎる。

 

「サクラ、私はシンヤを迎えに行きます」

「なら私も、」

「湯上がりに寒空では体調を崩します。待っていてください」

 

桜は既にパジャマ姿だ。

 

「分かりました。ライダーお願い」

「はい」

 

背を向けたサーヴァントを桜は呼び止めた。笑顔だが表情に影がある。

 

「つまみ食いは駄目だからね」

「100CC程は頂けないでしょうか」

「駄目です。ライダーにはちゃんと魔力を供給してるでしょ」

 

ライダーは肩を落として蒼月の家を後にした。

 

 

◆◆◆

 

 

(どうしてこうなるのよ)

 

凛は悪態をつかずにいられなかった。戦場であった墓地を出て小道に入ったところで真也を拾った。彼が倒れたのは、支援魔術が切れた反動があるにも関わらず、強引に動いた為だ。命の別状は無かったが、手早い手当は必要だ。彼女は応急手当を施すと自分の身体に筋力強化の呪文を掛けた。真也を担ぎ上げようとしゃがみ込めば、数メートル先にサーヴァントが立っていた。

 

女性、桃色の長い髪、ボディコンのような黒い装束、そして目隠し。凛はなぜこのタイミングで現れるのか、そう文句を言ってやりたくなった。

 

『アーチャー』

『3分待て』

 

どうにか、切り抜けないといけない。凛は膝元の真也をちらと見ると、ポケットにある宝石を掴んだ。沈黙を続けるそのサーヴァントにこう言った。

 

「何かご用かしら、サーヴァントさん」

「……」

「夜の散歩って訳じゃないわよね、パーティ帰り? それにはドレスが少し地味か」

「……」

 

何かがおかしい、凛はそんな事を考えた。バーサーカー戦を偵察していた? それならばここに居るはずが無い、とうに帰投しているはずだ。消耗したマスターおよびサーヴァントを討つ? アーチャーは死に体、脅威を考えればセイバーを狙いそうなものだ。仕留めやすい方をと考えれば納得も行くが。

 

(そもそもなぜ襲ってこない?)

 

沈黙を続けるそのサーヴァントに凛は苛立ち始めた。

 

「口が利けないんだったら申し訳ないんだけれど、用件があるなら手短に済ませてくれない? わたし待たされるのが嫌いなの」

「その男と貴女はどういう関係ですか?」

 

凛はしっとりした声に驚いたが、その発言にも驚かさられた。凛とは初見。サーヴァントが凛を敵マスターとして認識しているなら生かしておく理由がない。バーサーカーとの共闘を持ちかけるとしてもその発言は不可解だ。

 

(真也を狙ってる?)

 

凛の警戒の質が変わった。彼を掴む凛の手に力がいっそう籠もる。

 

「関係ないでしょ。それともなに? 恋仲とか言ったら立ち去る訳?」

 

ライダーは凛と真也の関係を考えた。彼は負傷している、恩人であれば手荒な事はしたくない。助けた以上敵対関係でもないだろう。が、桜にとって敵かどうか、それはそれで重要だ。

 

「もう一度聞きます。その男との関係は?」

 

凛は悩んだ。告白されてはいるが返答はしていない。そういう意味ではただの友人である。正直に答えるか、ハッタリを噛ますか。真也を狙っている事を前提にするなら、他人だと答えれば凛は見逃されるだろう。見逃すつもりが無いのならとうに攻撃されているからだ。転じて、今後の行動に繋げる事が出来る。凛はこう言った。

 

「ただの知り合いよ。行きづりで助けただけ」

「ならば立ち去りなさい」

「助けたんだから、何処へ連れて行くのか教えてくれても良いんじゃない?」

「答える義務はありません。貴女を見逃すと言っています、その対価として考えてください」

 

凛は真也のコートに追跡用の宝石を忍ばせると静かに立ち上がり、数歩下がった。靴音を鳴らし近づくそのサーヴァントをみて、美人に間違いないと凛は当りを付けた。嫉妬を通り過ぎて腹が立つ程の美しさである。サーヴァントは真也を抱きかかえ夜空に消えた。凛はほぼ確信を持って真也の家に向かった。当然苛立ちは収まらない。

 

『アーチャー、屋敷で回復に努めなさい(宝石を忍ばせる必要も無かったか)』

 

ライダーを出迎えた桜は自分の目を疑った。ライダーの腕の中に居る真也はぐったりとして動かない。応急手当がされているのは分かったが、放っておく事など出来ない。どうしてこんな怪我をしたのか、その疑念は刀傷で察しが付いた。聖杯戦争に巻き込まれた、それ以外あり得ない。心の中で何度も謝り、桜は泣きそうになるのをどうにか堪えた。

 

「ライダー、居間へ兄さんを」

 

ライダーは白いシーツの上に真也を寝かすと、桜が戸棚から試験管の瓶を取り出すのを見た。それは無色透明で、僅かに粘度があった。

 

「サクラ、それは?」

「家に伝わる霊薬、といっても母さんが作った物だけれど」

 

桜は瓶を取り出すと口に含み、真也に口移しで飲ませた。彼は数度咽せると、そのまま眠りについた。骨に達する傷が瞬く間に塞がり、呼吸にも苦しさが無くなった。ライダーは感心したようである。

 

「良く効くものですね。サクラも携帯してください。今後必須になるでしょう」

「私には効かないの。母さんと兄さんしか効果が無いから持ち歩いても意味は無いかな」

「どうしてですか?」

「それは、」

 

ライダーには話しておくべきか、迷っていると呼び鈴が鳴った。一回鳴り、もう一回鳴り、暫く間を置いたら連続してなり始めた。こんな夜更けに誰だろう、桜はそう考えた。それと同時に夜更けに来る理由がある人だと考えた。

 

「追い返しますか?」

「ううん、出る」

「敵かも知れません、控えます」

「敵なら呼び鈴は鳴らさないと思うよ」

 

玄関に立つ人物を見て、桜はどうしてと呟いた。心の中で繰り返すそれは祈り、否、呪いだった。遠坂凛が自分の家に居る、それは彼女にとって極力避ける事であり嫌忌することでもあった。

 

「何かご用ですか?」

 

桜の声は震えていた。

 

「真也いる?」

 

拒絶を許さない凛の物言いだった。兄の名前を出されて桜も退けなくなった。恐れが無くなった。唇を強く結ぶ。

 

(サクラ、この人物を追い出しますか?)

(そのまま隠れていて)

 

桜は廊下に立ち、凛は土間に立っている。見下ろす桜の眼は鋭く光っていた。

 

「こんな時間に何の用ですか、遠坂先輩。非常識だと思います」

「そうね、非常識だわ、それは認める。でも非常時だから来たのよ。はやく真也を出しなさい」

 

ムッと苛立つ桜だった。用件を忘れて思わず言い返した。

 

「さっきから聞いていれば、私の兄を呼び捨てにしたり物扱いしたりいい加減にしてください」

 

実際凛も苛立っていたのだった。何気ない言い回しに苛立った。

 

「“私の”兄?」

「おかしいですか?」

「蒼月桜さん? 貴女こそ物扱いしているのに気づいてる?」

「私たちは兄妹です、遠坂先輩とは立場が違います」

 

ライダーは玄関が異空間になっている事に気づいた。人寄せつけない、排除しようとする力、見えない棘が刺さるようで非常に居づらい。

 

「仲の良い兄妹(きょうだい)だからって物扱い、それ不健全ね」

「薄情な姉妹(きょうだい)よりは良いでしょう?」

「ようやく分かった。真也がシスコンになる筈だわ。こんな兄にべったりの妹が居たんじゃ安心して彼女を作れない」

「馬鹿を言わないでください。兄さんは私が、私だけが大切なんです。そんな事も知らずにこの家に来たんですか?」

「ふぅん、良いご身分ね。兄をキープしつつ男の家に通うなんて。可愛い顔してやるじゃない。人は見かけによらないって本当だわ。それとも見かけ通りなのかしら?」

 

桜の年齢不相応の色気のある身体。凛はそれを見て、誘惑しているのではないかと遠回しに言ったのだった。ヂリ、それは二人が放つ威圧の衝突だ。

 

「失礼な事を言わないでください。何の事情も知らないくせに」

「アンタの事情なんて知らないわ。さっさと真也を出しなさい」

「警察呼びますよ」

「なら、真也が怪我してる事も私は言わなくちゃいけないけれど、それでもいい? 私はアイツを助けてここに来たんだから」

「怪我なんてしていません。遠坂先輩の勘違いです。もう帰ってください」

 

凛は挑発的な笑みを見せた。

 

「それはおかしいわね。道路には真也の血も残っているのに。私の身体にも真也の血が付いているわよ、見る?」

 

凛はこれ見よがしに自分の指を見た。ピクリと大きく反応した桜を見て、挑発できると考えた。血だと認めさせれば桜の虚偽を突く事が出来る。譲歩も引き出す事が可能だろう。

 

凛は曲げた人差し指に舌を這わせ舐め取った。桜の怒りが頂点に達する。歯を食いしばり、身体の前に置く両の握り手をきつく握った。震える身体をどうにか押さえた。

 

「真也が怪我をしてないなら桜さんには関係ないわよね。誰の血か分からないんだから」

「鉱石魔術を使うだけあって血の扱いに躊躇いがないんですね、それとも自慢ですか? ハッキリ言って変態ですそれ」

 

予想外の桜の発言に凛は驚いた。そしてやっぱりか、とも考えた。いつものように人を見透かすような不遜の表情だったが、随分と柔らかい。

 

「どうして私が魔術師だと、鉱石魔術を使うって知ってるのかしら、蒼月桜さん?」

 

桜は己の失態に俯くだけだった。

 

 

◆◆◆

 

 

凛は悩んでいた。居間のソファーに腰掛け、腕と脚を組む。桜を挑発したのは流石に大人げなかったか、と少し反省した。だが所有物扱いされては黙っている訳にもいかない。

 

凛の足下ではその真也が身を横たえていた。意識は無いが血色は良い、一晩寝れば目は覚めるだろうと思われた。傷が既に塞がっている事を不思議に思い、彼女は問いただしたが桜は蒼月の事だと一蹴した。むかっ腹がたった、理性を総動員し事なきを得る。

 

(それはともかく、)

 

彼を挟んで反対側のソファーにはサーヴァントが腰掛けていた。脚を閉じ重ねた両手は膝の上、恰好の割には随分と貞淑的な座り方だった。そのサーヴァントは凛にある種の態度で臨んでいた。殺意ではないが、好意的な態度でもない。彼女は適当な表現が見当たらなかったが、強いて言うなら飼い主の脇に居る犬。不審者である凛を警戒していた。

 

(お節介虫にも見えるわね、なぜ?)

 

霊体状態では干渉できない、ライダーは桜を守るため自主的に顕現したのだった。凛は前向きな、戦闘的な態度で臨む事にした。敵か味方か分からない以上、下手にでる理由はない。

 

「サーヴァントさん、貴女のクラスは? アサシンか、ライダーと踏んでいるのだけれど」

「……」

「ここまで来たら話しても良いんじゃない?」

「ライダーです」

 

湯を張った手桶を持つ桜が代わりに答えた。凛は素っ気なく返事を返しただけだったが、内心怒っていた。まるで怒濤の如く疾走する蒸気機関車である。

 

(私に隠し事なんて良い度胸じゃない……)

 

凛はどの時点で桜がマスターになったのかそれを知らなかったが、ライダーが真也を知っていた時点で有罪は確定だ。魔術師は秘匿する者、それを忘れて報復を誓う凛だった。桜は手桶の湯にタオルを浸すと真也の顔を拭った。

 

(ふぅん、兄妹仲は本当に良いのね。健気なものだわ)

 

桜は真也のシャツに手を掛けると、部外者が居る事に気づいて顔を上げた。

 

「遠坂先輩。席を外してください」

「どうしてよ」

「兄さんの身体を拭きます」

「そう」

 

と立ち上がり廊下に出たら、疑念がよぎった。何かがおかしい。何がおかしい。廊下は薄暗く寒かった。怒りが沸いた。

 

「ちょっと桜! アンタ何やってるのよ!」

 

勢いよく扉を開ければ盛大な音がする。そこには半裸の真也が居て、桜が身体を拭いていた。桜の手は彼の下着に掛かっていた。彼女の顔は赤い、どういう思いで拭いていたかは一目瞭然である。

 

「なに堂々と入ってきてるんですか! 早く出ていってください!」

 

桜は慌てて真也に覆い被さった、凛に見せない為だ。凛には縋り付くようにも見えたし、所有物扱いしているようにも見えた。もう我慢ならんと桜の首根っこを掴み上げる。薄手の柔らかい生地が伸びに伸びた。

 

「なに自然に拭いてるのよ! アンタおかしいわ!」

「おかしくありません! 私たちの事に口を出さないでください!」

「妹が兄の身体に手を付けるなんて倫理的に外れたこと口を出すに決まってるじゃない!」

「変な言い方しないでください! 身体を拭いているだけです! おかしくないです!」

「嘘言うな! ならなんで顔が赤いのよ!」

「遠坂先輩には関係ありません!」

 

凛は桜の手ぬぐいを奪い取ろうとしたが、そうさはせじと桜は必死に抗った。

 

「大ありだって言ってんのよ!」

「私は蒼月です! 遠坂じゃありません!」

「尚更悪い!」

「妹が兄の世話をするのは当然です! 遠坂先輩はそんな事も知らないんですか!」

 

どうもおかしい、桜は凛を警戒しはじめた。凛は桜に詰め寄った。

 

「何処の地方ルールよそれ! 勢いに任せて適当な事言うな!」

「世界的規模で決まってます! 根源の渦に行けば分かります!」

「そんな下品な事だったら魔術師は全員自害よ! 自害!」

「下品だなんて失礼な事言わないで! 私と兄さんの関係はもっと高尚なんだから!」

 

「嘘言うな! 下半身直結の欲望じゃない!」

「えぇそうですよ! 私たちは心も身体も繋がってるんです! 遠坂先輩が出しゃばる隙間はありません!」

 

解釈は人による。手を繋いでもそう表現する事は可能だろう。

 

「知らないからって適当なこと言うな!」

「おあいにく様! 私たちは一緒に寝た事もお風呂に入った事もあるんです! お邪魔虫は早く帰って!」

「さっきから黙って聞いてれば嘘ばかりね! どうせ子供の頃でしょうが!」

「兄さんは大きな胸が好きなんですよ! これです! これ! 知ってましたか! 知らないでしょ!」

 

桜は自分の胸を掴み持ち上げた。凛よりも数ランク上のバストがたわわに振れた。サイズが合わないのか、成長したのか、下着からこぼれ掛かっていた。ブチリ、としめ縄が切れたような音がした。胸が控えめなのは凛が気にするところであった。

 

「こ、このぉぉぉ!」

 

凛は桜に飛びかかり押え付けた。桜は凛の髪を引っ張った。凛は桜の服を掴み破った。桜は凛の腕に噛み付いた。凛は桜をひっかいた。桜は覆い被さる凛の腹に蹴りを入れ吹き飛ばす。凛は飛びかかり桜を殴りつけた。二人はドタバタと暴れた。暴れに暴れた。スカートがめくれ下着が見える事もお構いなし、胸に執着していた凛は桜のブラをはぎ取りもした。揺れに揺れる蒼月の家、ライダーはこともなげに呟いた。

 

「拭き終わりました」

「「え」」

 

彼女は真也を抱きかかえると立ち上がった。

 

「どうやら二人には複雑で深い確執がありそうです。真也は私が自室まで運びますから、じっくり話し合うと良いでしょう。終わったら呼んでください」

 

ソファーはひっくり返り、カーペットは波を打つ。チェストの上にあった小動物のぬいぐるみはどこかへ飛び散り、写真立ては倒れていた。ゴミ箱は蹴り飛ばされ、その中身をぶちまけていた。

 

二人は乱れた服もそのままに、座り込んだ。凛はソファーに突っ伏していた、桜はカーペットの上にベタ座りである。凛は突っ伏したままこう桜に投げかけた。

 

「久しぶりね、桜」

「……はい」

 

凛は何を聞こうか分からなかった。どうして避けていたのか、どうして名乗らなかったのか、どうして冬木に居るのか、どうして連絡一つ無いのか、あれこれ浮かび最初の質問が定まらない。姉に喧嘩をふっかけるほど元気なら、細かい事は後でも良いとこう聞いた。

 

「どうして桜が真也の家に居るのよ」

 

桜は一つ間を置いた。

 

「私は間桐の家から助け出されたんです」

「助け出された? どういう事?」

 

凛は桜が養子に出されたと聞いていた。

 

「遠坂に捨てられた私は間桐臓硯から虐待を受けたんです。そこを母さん、蒼月千歳さんに助けられた。そして私はこの家の人間になった」

「……虐待ってなによ」

「“水”の属性を付ける為、4歳の私は魔術処理を施されたんです」

「……」

「やっぱり知らなかったんですね、姉さんは」

 

桜は背を向けたままだった。

 

 

 

 

 

つづく!




凛も凛で色々な人物に挟まれます。



【お知らせ】
士郎は家族、姉であるイリヤを死なせたくない一心で突発的にやってしまったのです。家族を思う気持ちって割り切れませんよね。

真也に突っかかったのは二人の関係だからです。逆の立場なら真也も謝りません。

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