冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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13 聖杯戦争・序8

士郎は、サーヴァントがどの程度強いのかは、知っていた。新都の公園でランサーとアーチャーの戦闘を見ていたからだ。だものでセイバーとの鍛錬も凄まじいと覚悟をしていた。

 

「シロウ、立ってください。まだ30分も経っていません」

 

凄まじいどころの話で無かった。開始直後から怪我をしない程度に、意識を失わない程度に、打たれ続けた。体中ミミズ腫れだ。彼は全身の痛みに耐えながら、本気ではなく真剣に怒るとこうなるんだろーか、と他人事のように考えていた。セイバーは笑っていた、目も同じだ。だが彼女が持つ竹刀は怒りを隠さない。

 

(それでも俺の為を思ってやってくれるなら、膝を折る訳にもいかないか)

 

そこは衛宮邸の道場である。帰宅後、セイバーは有無を言わさず士郎を連れ込んだのであった。彼は立ち上がり正眼に構えると踏み込んだ。何をするまでもなく頭部に痛みが走る、面を打たれたのだった。続けて右腕一の腕、つまり肘から手首の間を打たれて、手を離す。残った左手で竹刀をつかみ、突の構え。あっさり弾かれて右脇腹を打たれた。苦悶の声を上げる。セイバーは足払い、士郎は盛大に転んだ。

 

それを幾度となく繰り返した。時間はどれほど経っただろう、足下には滴った汗の滴が散っていた。なんとか起き上がろうとするが身体に力が入らない。見上げるセイバーの面は不思議な事に困惑の表情だ。彼女は腰に両手を添えてこう聞いた。

 

「シロウ、質問があります」

「なに?」

「姉であるイリヤスフィールを助けようと令呪を使ったのは、100歩譲って良いとします。私は離れていましたし、シロウが身を挺し切り込めばシロウが傷ついていた。あの男の速さはサーヴァントクラス、加えてその斬撃は鋭く躊躇いがない、シロウが死んでいたかも知れないからです。切羽詰まった状況で、令呪を使い私を遣わせた判断は賢明と言って良い。イリヤスフィールとシロウ自身を守るには他に手段が無かった」

 

彼は黙っていた。無我夢中でそんな事を考える余裕は無かった。ただ姉を助けたい、姉を殺そうとした真也が許せなかっただけだった。だものでセイバーの“士郎が自身を守る為”という発言は彼にとって意外だった。ただ意外なだけで理解が及ばない。まるで夢の中の自分がしでかしたような心持ちだった。

 

「なぜ、謝罪をしなかったのですか?」

「遠坂には謝るつもりだった。でも真也は……悪い事をしたとは思ってる」

「そう思っているならば、なぜ面と向かって言わないのです」

「言えないから」

「シロウ、私はその理由を聞いています。言って頂けないと私も今後の行動を決めかねる」

 

セイバーは追求では無く困惑の表情だ。共に戦うと約束した相手、それでは義理が果たせないと彼は重い口を開いた。ただ陰口を叩いているようで気が引けた。

 

「……アイツは人を傷つけても何も感じない。容赦呵責ってものがない。だから何度でも繰り返す、必要だと判断すればどんな酷い事でも出来る。家の中に入る為に扉を開ける事と人を殺す事に差は無いんだ。イリヤを斬ろうとした時の顔を思い出せセイバー。見たんだろ?」

「……」

 

過去、暴漢を半殺しにした時の真也を思い浮かべると、そこには蟻を潰しても気づかない、そんな顔をしていた。目の当たりにしたセイバーにもそれは直感で分かった。

 

「たぶん。真也にとって桜以外の全てのものは等価値だ。自分の命ですら。真也はイリヤをそうしようとした、俺はそれを止めた。謝るって事はそれを認めるって事だから、それはできない」

「士郎の意見が正しかったとしても、それとこれとは別問題でしょう。なにより建前でも謝れば収まる事もあります」

「真也もそれは期待してない」

「何故言い切れるのです」

「分かるから。俺らはそういう仲なんだよセイバー。例え非があっても謝らない。少なくとも面と向かっては。真也もそうする」

 

言い切られ戸惑うセイバーだった。

 

「シロウの話を聞く限り、仲が良いのか悪いのか私には判断がつかない。理解し合っているように見える」

「悪い。真也も言う。絶対そう言う」

 

セイバーは困惑した表情でため息一つ。俗に言うヤレヤレ顔だ。

 

「……あの男と過去に何があったかは知りません。だがそれは見方一つだ、組織活動には非情にならなくてはいけない場合もあります」

「繰り返すけれどセイバー。非情な行動じゃない、非情なあり方なんだよ。真也は世界の破滅すら何の感慨も無く決断できる奴なんだ」

 

大げさな、と思ったがセイバー自身そう言った危険さは感じていた。だがそれとこれは別だとこう言った。

 

「あの男へのシロウの評価は分かりました。ですがシロウがイリヤスフィールを守る為に彼らを危険にさらした事は事実でしょう」

 

セイバーは仲間とは言わなかった。仲間と称するには互いの事情を知らなすぎた。急造チーム、行き当たりばったりの粗が出たとセイバーは頭を痛めた。事前に知らせていたら、知っていたら違う方法もあったに違いない。殺さずに人質に取る、真也のタイミングであれば可能だっただろう。

 

「反省はしてる。だからこうして罰を受けている」

「まぁどうしても反りが合わない人物というのは居ますから、仕方は無いのですが」

 

バーサーカーは強大だ。大国に対抗するため、いがみ合う歴史を忘れ小国が連合を組むなど良くある話だ。だが士郎と真也が手を組む事など可能なのか、セイバーはそれが気がかりだった。

 

(舞弥は何事もやってみなくては分からないと言っていたが)

「セイバーは真也に謝るのか?」

「機会があれば。ですがその機会は限りなくゼロに近い」

「どうしてさ」

 

舞弥とセイバーが、バーサーカー戦直後の真也に対し、士郎擁護の立場を取ったのは陣営の違いだった。この段階で二人が士郎と異なる発言をしたり叱咤すれば、セイバー陣営の結束が成っていないという、組織的な脆さを露呈する事になる。交渉役の舞弥は交渉の手段として謝罪もしようが、セイバーは武力行使が役割だ。

 

「個人的な関係を持てばその限りではありませんが、それは難しいでしょう。私が彼に謝罪する事はできない」

 

セイバーは難しい顔だ。謝る事が出来ない、それは相応の苦しみだ。士郎は頭を下げた。

 

「セイバー済まなかった。俺の我が儘に巻き込んだ」

「……私はシロウを主と決めました。主の我が儘に付き合うのも配下の務め。家族を守りたいという意思は責められるものではないでしょう。ですがシロウ、今後は自重してください。今回は切り抜けられましたが、それは偶然に過ぎません。次はどうなるか分からない。いいですね?」

 

「わかった」

「自重すると言ってください」

「自重する」

「もう一度」

 

「自重する」

「結構です。ですがもし手に負えないと判断したら、見限らせて頂きます」

「真也をマスターにした方が良いんじゃないか? アイツ強いし」

「あの男に嫌悪感を持つのは私も同じです。もう夜も遅い、今日はここまでにしましょう」

 

セイバーが竹刀を片付けて、士郎が立ち上がった時、彼女は唐突にこんな事を言い出した。酷く真面目な表情だったので、彼は真面目な事を言われるのかと思った。だものでその発言を聞いたとき、理解が追いつかず反応が遅れた。

 

「良い事を思いつきました。私に話しかける前と終わった後に“自重する”を付け加えてください」

「……は?」

「ささ、シロウ。実践です」

 

彼はとても真面目な顔だ。

 

「自重する、セイバーこれって凄く話しづらい、自重する」

「良い感じです」

「自重する、嘘だろ、自重する」

 

舞弥が呼びに来るまで、異様な会話が続いていた。

 

 

◆◆◆

 

 

真也は夜を駆けていた。右に白いガードレール、左には樹木が鬱蒼と立ち並んでいた。蹴り出す大地はアスファルト、分厚い靴底越しにも冷気が伝わってくる。冬の夜だから当然だがそれを考慮しても冷たかった。

 

暫く駆けていると白銀色が見えた。それは髪の毛で、可憐な少女の持ち物だった。その少女は年齢相応の幼い顔立ちだったが、その表情は酷く大人びて見えた。誰かと話している、何を話している。

 

“まぁいい。関係ない、どうせ死ぬんのだから”

 

至近距離に獲物を捕らえると、左の親指を鍔に当てた。彼の抜刀は大樹すら切り倒す。支援魔術も掛かっている、人の身体など造作も無いだろう。

 

― ヤメロ! ―

 

それは肉声だったのか幻聴だったのか、真也には分からなかった。本能に従うまま抜いた彼の刀身は鞘を走り、月光を浴びて光り、イリヤスフィールの衣服を裂き、皮膚を切り、肉を断った。刃は子供の脇に食い込んだ。そのまま真一文字に打ち抜いた。

 

幼い子供の身体が二つに分かれて飛び散った。腹部から真っ二つだ。下半身は足下にあった、上半身は崖を転がり落ちて、同級生の足下に落ちた。戦は終わり。静寂が戻った戦場には慟哭だけがあった。同級生は泣いていた。“姉さん”と何度も繰り返していた。真也は初めてその子供が同級生の家族だと知った。子供の亡骸は唇から血を流し、斬面からは臓腑を垂らしていた。

 

仕方が無いだろ、彼はそれ以上の感想を持たなかった。聖杯戦争は人殺しの儀式。同級生は死なずに済んだ、転じて同級生に好意を寄せる妹も悲しまずに済む。簡単な判断だった。刀を振り、付着した血を振り払う。舗装道路に血の月が描き上がった。

 

遺体を抱いた同級生が目の前に居た、憎悪を隠さず真也を睨み上げていた。その少年の口は魔物の様に歪み、瞳から流れる血はどす黒かった。

 

“朝起きたら顔を洗うような当然な面だな。お前に呵責はあるのか?”

 

そんなものは無い、と真也は答えた。彼の心中にあるのは妹だけ。助かって良かった、と真也は言った。

 

“助かる? お前は誰を助けた?”

“桜をだよ”

“違うな、お前は桜を助けるふりをして自分を助けた。だってそうだろう? 姉を殺された男が、そいつの妹に何の感情も持たないとでも思ったのか? お前は桜を免罪符にして殺したかっただけだ”

 

真也の目の前に士郎が居た。士郎は血に濡れた夫婦剣を持っていた。真也の腕の中にあるのは桜の遺体。斬殺されていた。

 

“お前に呵責はあるのか?”

 

腕の中の桜は冷たい。二度と笑わない、兄と呼ぶ事もない。もう妹は過去になってしまったのだから。“さくら”という力の無い呼び声は言葉にならなかった。

 

目が覚めた。

 

彼の部屋は明るくカーテンの隙間からは朝日が差していた。薄暗い彼の部屋には勉強机、クローゼット、本棚があった。壁にはハンガーに掛かった衣服が見える。全てが彼を非難しているように見えた。彼は夢の内容を覚えていなかった。ただ“呵責”と言う言葉と、陰鬱な気分だけがあった。

 

“イリヤスフィールを斬り捨てていたら、俺はどうなっただろう”

 

真也はベッドから右手を取り出すとそれを見た。右手に残る、刃越しに感じた、小さく、柔らかい、幼い感触、それは一晩経っても鮮やかで呪いのように残っていた。彼はそのまま右手で顔を隠した。隠す相手は士郎か、桜か、凛か。否、自分自身だった。それは寝起き一番の台詞である。

 

「最悪」

 

エプロン姿の桜が朝食の準備を済ませ、真也の所へ持っていこうとした時である。チャイムが鳴った。嫌な予感がした彼女は一瞬、居留守を使おうと思った。だが案の定チャイムの連打である。彼女は渋い顔で、非情にやるせない気分で応対に出た。其処にはやはり姉の姿があった。濃紺のコートの下は、赤いタートルネックにフレアミニ、おまけにニーソックスである。まるで田舎の勘違いファッションだと桜は思ったが、言うのは避けた。事を荒立てずに追い返す算段である。だが。

 

「また来たんですか」

 

初撃からケンカ腰だった。

 

「どうしたのよ。早く学生服に着替えないと遅刻するわよ?」

「今日は休みます。兄さんの世話があるので」

「私が替わるわ。学校に行きなさい」

 

靴を脱いで上がろうとした凛に、桜は立ちふさがった。組んだ両手は身体の前に、背筋は真っ直ぐに伸ばす。礼儀正しい振る舞いだったが、その顔は警戒心どころか敵意むき出しである。

 

「結構です。余所様にして頂く理由はありません」

「私にはあるの」

「どのような理由があろうともお帰りください。身内の事は身内で済ませますので」

「桜の兄なら私の弟よね」

 

桜はこの姉をどうしてくれようかと考えた。虐待を受けた事を話せば気に病むと考えたのだが、読みが足りなかったのである。もちろん姉の図々しさという意味だ。

 

「罪悪感って言葉を知ってますか?」

「私は真也に大事な話があるのよ。桜こそ邪魔だからどこかへ行きなさい」

「兄さんに用なんてありません。遠坂先輩に用はありません」

「子供には付き合いきれないわね」

 

凛は桜を手早く避けて階段に足を掛けた。桜はトントンと小気味よく登る姉のスカートをめくり上げた。凛は顔を真っ赤にして慌てて裾を抑えた。下着を確認した桜の瞳が鋭く光る、まるで猛禽類のよう。

 

「なっ!」

「へぇ、随分派手ですね。っていうか、布面積少なすぎだし、生地も薄手で形も丸わかり。こういう事して男の人を誘ってるんですか? ミスパーフェクトがビッチだなんて皆が知ったら威光も地に落ちますね」

 

凛はガンドをくれてやろうかという衝動をどうにか抑える。桜は勝ち誇った顔だ。

 

「黙っててあげても良いですよ? その代わり二度とこの家に来ないでください」

 

一転凛は反攻した。二股を追求しても良かったが敢えてこう言った。桜の悔しがる顔を見たかったのである。

 

「特定の誰かだけに見せるなら、問題ないんじゃないかしら。例えば彼氏が居れば惚気よね」

「……出て行け」

「桜がこの家に居られるように母さんには黙っててあげる。だからさっさと学校行きなさい。言っておくけれどライダーを残すなんて小細工するんじゃないわよ」

 

階段を登る凛は勝者の笑み。瘴気を振りまく桜は敗残兵である。

 

「ひ、卑怯者ーーーっ!」

 

因みに、凛は真也にも黙っているというカードも持っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

「なにか用か」

 

それが彼の第一声である。薄暗い部屋で、彼は布団の潜り込んでいた。凛が扉を開けた時、いっしゅん眼鏡を掛けていない顔をみた。ちらとしか見えなかったが、瞳は蒼く光る。魔眼だ、彼女はそれを理解した。それも良くない種類の魔眼だった。アーチャーは嫌悪感から注意を逸らしていたので見落とした。

 

「ピリピリしてるわね。まだ怒ってるの? まぁ当然と言えば当然だけれど」

「夢見が悪くて酷く気分が悪い。今の俺は凛に不愉快な思いをさせる、申し訳ないけれど帰ってくれ」

 

今更かと彼女は思った。そしてやっぱり自覚が無かったのかとうんざりした。この性格を矯正しないと後々困る、そんな事も考えた。だが話が逸れるのを防ぐため不問いにした。

 

「どんな夢?」

「覚えてない」

 

そう、と彼女は髪をかき上げた。

 

「起きなさい。新都へ行くわよ」

「帰れ」

(こいつ、告白した女の子にそういう態度とる?!)

「何用か知らないけれど凛一人で行け。俺は今日一日籠もる」

「起きろって言ってんのよ」

 

「お断りだ。しつこいぞ」

「気分が滅入るぐらいで引き籠もるなんてまるで子供ね。傷は治ってるはずよ、起きなさい」

「傷はまだ張ってるし筋肉痛もある。動くと辛いので謹んで辞退する。病人に鞭を打つなんてなんてブラックだ」

 

彼の声に調子が戻り始めた。そろそろかと、仕上げだと彼女は餌を撒いた。

 

「真也の都合なんて知ったこっちゃないわ。起きて着替えなさい」

「身体が痛くて着替えられない、だから行かない。お断り」

 

布団から飛び出た手は揺れていた。まるで犬を追い払うかのよう。凛のこめかみに一筋の血管。

 

「着替えたら行く訳?」

 

ふぅんと凛は腰に腕を添える。

 

「おう、手伝えるものならやってみろ。お嬢様」

 

ふふんと真也は鼻息荒く凛を挑発すれば、“一丁上がり”と彼女は拍手喝采である。

 

「なら着替えさせてあげる。クローゼットはこれね」

 

ミスパーフェクトは笑顔であった。

 

「へ?」

 

彼はベッドに腰掛けていた。凛はクローゼットやら洋服ダンスやらを開けて、軽快に服を出している。あれが良い、これが良いとコーディネーターまがいの事をやっていた。

 

(……なんだこれは、どういう状況だ。あの気位の高い凛が男の着替えを手伝うなんてありえん)

 

彼女は意外だと思った。ブランドものがあったからだ。

 

「へぇ、意外とこだわってるのね」

「そりゃどーも」

「モテないのに」

「五月蠅い」

(シスコンも一概に否定できないわね。女が近づかないから)

 

凛はそんな事を考えながら、ベッドの上にコート、ジャケット、シャツ、パンツ、ソックスを並べ、満足気味である。凛のか細く白い指、肌はきめが細かく傍目に分かるほど艶があった。彼は直感的に良くないと感じた。凛に身体を触れられたら何かが終わる。

 

「ちょいまち。着替える。着替えるから凛は一階で待っててくれ」

「一人じゃ着替えられないんでしょ」

「凛、君は社会道徳的、倫理的に問題がある行動をしているぞ」

「道徳はともかく倫理に問題は無いんじゃない?」

 

凛はベッド上の服に指を置いていた。片足を軽く曲げ前屈み。長い黒い髪が揺れていた。ちらと美しい髪越しに見えるその姿は流し目美人である。妙な色気に彼は唾を飲んだ、そして後ずさる。

 

「道徳に問題があるなら十分だ。桜を呼んでくる」

「桜なら良い訳?」

 

ピクリと凛の身体が振れる。不愉快だと言わんばかりであった。

 

「おかしいところは無いだろ? 兄妹だし」

「そうね、兄妹なら問題ないわね」

 

含みを持たせた言いように疑問を持ったがこの状況を急ぎどうにかせねば。彼のさくら、と呼ぶ声は遮られた。

 

「桜ならもう居ないわよ」

「なんで?」

「学校に行かせたから」

「なんで?」

「あの娘、邪魔よね」

 

凛には得体の知れない迫力がった。殺意は無いが異様な威圧感、強制力があった。彼が不思議に思ったのは、どうしてそれに臆しているのか、と言う事である。時折みせる桜の負の波動に似ている、彼はそんな事を考えた。

 

「……なんで怒ってるの?」

「アーチャー」

 

凛の呼び出しに弓兵が姿を現した。戦闘は当面無理だが付き添い、日常活動ぐらいは問題がないからだ。だが彼の表情は優れない。このタイミングで呼び出された事に不安が募る。

 

「凛、今度はどんな難題だ。言うまでも無いが私はダメージを負っている。付け加えるならこの男の前で気分も優れない」

「じゃ、アーチャーあとよろしく」

「「はぁ?」」

 

真也とアーチャーの声が綺麗に重なった。

 

「だからアーチャー。真也を着替えさせてあげて」

「ちょっとまて、凛。君は何を言っている」

「だから、真也の服を脱がせてこれを着せるの。簡単でしょ」

「き、君はそんな事をサーヴァントにやらせるのか……」

「これから誰に会いに何をするのか、言ったわよね。時間もあまりないし早くして。それともなに? 年頃の女の子にそんな真似させる訳?」

 

アーチャーは必死な形相だ。真也はその慌て様をみて気分が良くなった。だが余りにも危険な展開に彼はすぐさまアーチャーに加勢することにした。真也は慌てて凛に言う。

 

「まて、凛。なら行かない。何用か知らないがアーチャーに着替えさせれられる位なら死んだ方がマシだ。でも死にたくないから行くの止めにする」

「着替えるのを手伝ったら行くって言ったわよね?」

「いや、だから」

「言ったわよね?」

「……」

 

凛は笑顔で部屋を出て行った。残されたのはベッドに腰掛ける真也である。部屋の中央にぽつねんと立ち尽くす屈強な弓兵の姿があった。静まりかえった部屋、互いの呼吸だけが聞こえた。それはまるで“これからホテルで一戦を構える、緊張しているカップル”の様。真也は地獄行きだと断罪された亡者の面持ちでこう言った。

 

「おい、何とかしろよお前のマスター。性悪すぎだ」

「私が同意しているとでも思ったのか、貴様は」

「どうしても嫌だから令呪使えって脅せよ」

「こんな事でくだらない事で令呪が使えるか。虚け」

「凛だって魔術師、そんな馬鹿な事するか」

「あれは貴様を相手にするとタガが外れる、否定できん」

 

“かちこちかち”時計の音が無情に響く。アーチャーは心底気が進まない表情で恐る恐る、彼の着ているパジャマに手を掛けた。

 

「くはっ」

 

痛みで声が出た。

 

「妙な声出すな! 戯け!」

「傷が痛むんだよ、もっと丁寧に扱え!」

「男に優しくする倒錯的な価値観など持ち合わせておらん!」

「俺だって持ってないし、お断りだっ!」

 

「苦悩しているのがお前だけと思ったか!」

「向こう向いてろ、きめぇ!」

「弄れ(まさぐれ)というのか、ホモか貴様!」

「サーヴァントなら宝具で何とかしろ、この無能!」

 

「そんな宝具などあるか! ……ええい! 付き合いきれん!」

 

あろう事かアーチャーは彼を組みひしいだ。腕を背中に捩り上げ、頭を掴みベッドに押え付けた。その姿はまさしく強姦魔である。

 

「え、わ、ちょ、何する本気かおまえ!」

「こんな事をしている自分が情けなくて頭が割れるわ! 四の五の言わずにさっさと脱げ!」

「ざけんな! 凛を懐柔してこい!」

「あれが命令を取り消すか! 気の進まない仕事は、割り切って迅速に処理するしかなかろう!」

 

「痛たっ! 痛いって言ってるだろこのアチャ公!」

「天井の染みを数えている間に終わる! 我慢しろ!」

「何時の時代の台詞だそれ! ……ちょ、ま、い、いっやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

事が済んだ。事後とも言う。窓の外ではちちと鳥が鳴く。ベッドの上でめそめそとすすり泣くのは言うまでも無い。

 

「さくら。ごめん、おにいちゃん汚されちゃったよ……」

「無様だ、これ程無意味で空虚で陰鬱な気分になる仕事は初めてだ……」

 

あははと凛は涙を流しながら笑っていた。屈辱に身を震わせるのは英霊と英霊モドキである。真也は悔しさの限りであったが、嫌みの無い凛の笑いに屈するだけだった。

 

実際のところ凛は着替えさせても良いと思っていた。真也は怪我人であったし、強引に連れ出そうとしているのも事実だったからだ。昨晩の戦闘に対する褒美、そんな事も考えていた。だが彼は妹の名前を出してしまったのである。凛を差し置いてあまつさえ妹を頼ろうとした。だもので彼女はライダーを隠匿していた報復に切り替えたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

二人の頭の上には青い空が広がっていた。新都の街角の広告用ディスプレイには墓地が崩壊した事をニュースで報じていた。清々しい気分が台無しになったと彼は渋い顔だ。当事者どころか主犯の一人である事は言うまでも無い。彼には懸念する事があった。彼の横に居る連れの機嫌が悪い。新都に近づく程酷くなる。適当な話題を振るも反応が薄い。渋々これからの事を確認し会う事にした。

 

「久宇さんからじゃなくて凛が会合を申し入れた?」

「そうよ。理由は分かってるわね」

「一言言わないと気が済まない」

「文句ある?」

「表情を少し緩めたら? 向こうにも狙いはあるだろ。糾弾大会は御免被る」

「アンタはなんで落ち着いてるのよ。昨日はあんなにカリカリしてたのに」

「一晩経ったら頭が冷えた」

 

実際は妙な夢の影響であった。もっとも士郎を目の前にすればどうなるかは分からない。

 

二人が向かった先は小洒落たカフェである。板の床で、柱、天井にも枝を切り落としてそのまま持ってきた様な樹木が走っている。木目をそのままデザインに生かした作りだ。壁の色はアイボリー、間接照明で屋内全体が淡く光り、日中なのに随分落ち着いた雰囲気を見せていた。知る人ぞ知る穴場の店だった。

 

その奥のテーブルに舞弥が居た。真也はその姿に思わずぽかんと足を止めた。舞弥はベージュ色のニットのワンピース姿で、裾からはストッキングに覆われた美脚が覗いていた。オフタートルで首筋がちらと覗けば、温和な笑み。彼女への印象は隙の無い出来る女だったが、柔らかなメイクで随分と印象が異なる。

 

“ほへー”と見惚れていると、凛は肘鉄を喰らわした。笑顔だったがその目は“見え見えの手に引っかかるんじゃないわよ”と如実に語っていた。私心も多分にあった。

 

舞弥が切り出した。

 

「遠坂凛さん、蒼月真也さん、わざわざお呼び出しして申し訳ありません。蒼月さん、呼び出した手前恐縮ですが、お身体は大丈夫ですか?」

「いえいえ、お構いなく。頑丈さには自信がありますので」

 

舞弥は彼の周りに居ないタイプの女性である。だもので心配させんと努めて軽快にと答えた。扱いの差が気に入らない凛は、テーブルの下、彼の足を全力で踏ん付けた。痛みの余り涙する。

 

「久宇さん。事前に断っておきますが、私たちは関係を明確にさせる為に来ました。それ以外は受け入れるつもりはありません」

(んな、決裂を前提にしなくても)と真也は思った。

「状況は理解しています。あなた方の憤りはもっともでしょう」

「随分他人事ですね」

「もちろん非を詫びないつもりはありません」

 

舞弥は深々と頭を下げた。

 

「本人に成り代わりここに謝罪します。大変申し訳ありませんでした」

「……」

 

30代半ばの大人が17歳の小娘に頭を下げたのだ。その行動は受け入れざるを得ない凛だった。

 

(衛宮君っていいお母さん持ってるのね。本心はどうか知らないけれど)

 

舞弥が続ける。真也は黙っていた。

 

「真也さんはご存じでしょうが、士郎は幼い頃から正義の味方に成ろうとしてきました。ですがその奥底は普通の心がある。己を脅迫しているにしか過ぎません。真也さん、貴方を止めたのはその証」

「普通の心は結構ですがあれは命を掛けた戦いでした。私たちの事はともかく、彼は貴女どころか彼自身の命も危険にさらした、向いていないんじゃないですか?」

「バーサーカーのマスターは士郎の義理の姉です」

 

そう言う事かと凛は理解した。士郎が必死に話しかけた理由も理解できた。

 

(そうか、姉さんならしかたない)

 

と、真也が発言しなかったのは僥倖だろう。凛に聞かれれば激怒する事間違いなしだ。

 

「あの子は姉を失いたくない一心でした。あなた方と違って魔術師ではない。何の訓練も受けていない、昨日までは一般人だった17歳の少年です。そこをご考慮頂けないでしょうか」

 

真也が言う。

 

「質問。なぜバーサーカーのマスターが士郎の義姉なんですか?」

 

舞弥は静かに語り出した。士郎の養父である衛宮切嗣は第4回の聖杯戦争に参加しアインツベルンのマスターとして戦った。パートナーとしてアインツベルンの娘であるアイリスフィールを娶り子をもうけた。それがイリヤスフィール。

 

切嗣は聖杯戦争を勝ち抜き、アイリスフィールを失いながらも聖杯に手を掛けた。だが彼はそれを土壇場で破壊した。聖杯が破壊された結果が大災害である。幼い士郎は死にかけ、そして切嗣に助けられた。

 

聖杯を手に入れられなかった切嗣はアインツベルンに切り捨てられ、イリヤスフィールと二度と会う事は無かった。

 

「イリヤは切嗣に捨てられたと思っている。私の推測ですがアインツベルンはイリヤをマスターとして過酷な処置を施したはずです。その反動は推し量れません」

 

(お家事情という意味か)とは凛である。真也が言う。

 

「舞弥さん。士郎が正義の味方であろうとする理由とそれらは関係があるんですか?」

「切嗣は正義の味方に憧れ、そうなろうとし、諦めました。士郎は子が親の意思を引き継ぐのは当然だと言わんばかりに“誰もが幸せにあります様に”という父の理想を引き継いだ、それが理由です」

 

(はた迷惑な親子ね……)凛は内心でそう考えた。舞弥が言う。

 

「士郎は決してあなた方を軽視した訳ではありません。当初イリヤに自分の身を差し出しています。これだけはご理解ください」

 

(イリヤの事情を知っていて止めようとした。そこを俺が切り込んで突発的に令呪を使った。まぁ理屈は合うか)とは真也である。彼はこう続けた。

 

「士郎が皆の為にあろうとするのは分かりました。どうしてそれがブレるんです? 刷り込みに近い程の強烈な印象なら、姉を敵と見なして見殺しにしても良いようなもですけれど」

「……それは私の育て方が功を奏した、とお考えください」

「?」

 

目を逸らし俯き加減、突然歯切れの悪くなった舞弥に首を傾げる真也だった。

 

「お話しは伺いました。衛宮君の身の上を考えればあの行動も理解できます。ですが、それはそれ、私たちには関わり合いの無い事です。今後は―んぐ」

 

真也は、慌てて凛の口を手で塞いだ。

 

「んーっ! んーっ! んーーーーっ!」

「舞弥さん、遠坂さんと話をしたいので席を外します」

「どうぞお構いなく」

 

真也は拗ね顔の凛を見て、どうしたものかと考えた。士郎の動機が理解できた、状況も分かっている、手持ちの札を考えれば今後の行動は自明の理。凛が理解していない筈がない、なのに共闘を拒否するのが分からない。

 

遠くの席にいる舞弥はやれるだけの事はしたとコーヒーを飲んでいる。真也はやり手だなと思った。当然の事を当然にするというのは意外に難しいからだ。凛にこう言った。

 

「凛は何でカリカリしてる」

「何でアンタはしないのよ」

「交渉中だろ」

「アンタ、斬られたのよ? 分かってる?」

 

「俺の事だ。凛が切られた訳じゃないだろ」

「私が斬られていたら?」

「気遣いはありがたいが交渉の類いは熱くなったら負けだ。聞いてくれ。何時バーサーカーが襲ってくるか分からない。仮に凛と桜が組んだとしてもアーチャーは大ダメージで暫く動けない。アーチャー、セイバー、俺の3人がかりで倒せなかったんだ。ライダーと俺だけでバーサーカーを倒すのは無理だ。他のマスターが今もって分からない以上セイバーは必須。異存は?」

 

魔眼と支援魔法が併用できない以上、ライダーだけでは戦力が足りない、彼はそう判断した。彼の性格的に数を揃えたいと考えた、人数が居れば不用意の事態に対してフォローも効く。

 

「あるわよ。危険だって言ってるの」

「彼女の話を聞いてなかったのか。ああなった原因が分かったんだ。ならあとは対策を取るだけ。イリヤ以外の相手なら士郎が普通に戦う事は明白、違うか?」

 

「ただの希望的観測じゃない。いい? 衛宮君はいい人よ。真摯だし真面目だし一生懸命だし。平和なときならそれでいい。でも切った張ったの最中に不安定な彼が居たら危険すぎるわ。真也、アンタ同情してる訳?」

 

「同情じゃない。俺は士郎の姉を殺そうとした。もし立場が逆で、イリヤスフィールが桜だったら俺でも止める。いや、確実に殺してた。凛、これは士郎の失態じゃ無くて不幸な事故とみるべきだ。強いて言うならバーサーカーの脅威を目の当たりにしてなし崩し的に共闘まがいの事をした俺らのミスだろ。凛、聞いてくれ。問題ってのは原因がある。問題だけを見ると何も進まない。原因を解消するとその先にある利益も得られる」

 

「真也、結論を言いなさい」

「士郎と桜を組ませる」

「正気?」

「もちろん。セイバーとライダーはクラス的な相性が良い。ライダーが牽制してセイバーが止めを打つ、バーサーカー以外ならまず負けないだろ。士郎の手綱は舞弥さんと桜に握らせる。これが俺らの置かれた状況で最善。回答が無ければ作る、だろ?」

 

「衛宮君と真也が一緒に居る事こそが不安なんだけど」

「俺は遊撃に回る。士郎とは一緒に居ない」

「遊撃って囮って事?」

「俺はイリヤスフィールの目の敵にされてる。逃げ回るなら一人の方が都合が良い。凛はアーチャーの回復がてら何とかして他マスターを探してくれ。まぁ俺も可能なら探す。バーサーカーの襲撃がいつか、俺がいつまで逃げ回れるか、それがキモだな」

 

真也は自信ゆえか何でも一人で済ます傾向がある、凛はそれに気づいた。“真也の手綱は私が握るしかないか”そう彼女は考えた、一つため息をついた。冷静に考えれば真也のプラン以外なさそうだ。

 

「桜の意向はどうするのよ。衛宮君と共闘するとは考え難い」

「桜は士郎を好いている」

「アンタを斬ったのよ」

「桜はアレで相当一途だからその程度で心変わりをするとは考えにくい。けれど今は緊急時だ、動揺を防ぐ為にも黙っておくしかない。これに関してはセイバー陣営にも徹底して貰おう」

 

真也は、桜の好意が本気だと考えていた。兄にべったりの桜が男の家に通う事実を根拠にしていた。

 

「……分かった。真也とは共犯だしね」

 

イリヤ殺害に対する同意の事を言っていた。

 

「何のこと?」

「何でも無いわ。でも真也、手を出しなさい」

「手? なぜ?」

 

凛は強引に左手を掴むと自分の右頬に当てた。突然の出来事に彼は言葉がない。彼の左手には柔らかく温かい感触があった。それは手を通じ、彼の心に伝わった。

 

「いい? この温かさを良く覚えておいて。これは命の温かさ。私はこれを失うかも知れないと思ったの。真也が斬られたとき私がどう感じたか、分かる?」

「……」

「もう一度聞くわ。私が斬られてたら?」

「……」

「答えて」

「……怒ります」

「忘れないで」

 

舞弥の元に赴く凛の後ろ姿は颯爽としていた。そこまでしなくて良いのに、彼は自覚のない自分の不義を取り繕うように何度も繰り返した。

 

 

◆◆◆

 

 

ちゃぶ台に向かう凛はどうしたものかと頭を痛めた。真也を連れて赴いたのは良い。話が拗れるからと真也の代理を務めたのも良しとしよう。

 

「「「……」」」

 

衛宮家の居間が緊張感で縛られていた。とても歪で、身じろぎすらしにくい。見えない剣戟が聞こえる、それが凛の感想だった。凛の正面には士郎が座っていた。その背後、襖を背景にセイバーと舞弥が礼儀正しく正座していた。真也は凛の背後、畳一枚分離れて壁と畳の境に腰を置いていた。ちゃぶ台の残りの辺に居るのは桜である。控えるライダー共々正座だった。アーチャーは屋根で監視だ。

 

空気を感じ取ったのか、桜は眉尻を下げ、不安そうに行く末を見守っている。

 

「「「……」」」

 

士郎がゴトリと湯飲みを置いた。

 

「遠坂」

「なに?」

「済まなかった」

 

士郎は頭を下げた。

 

「何のことに対して?」

「戦況を顧みず“遠坂を”危険にさらした事だ。俺らの事情に関係ないのに巻き込んでしまった。このとーり!」

 

打って変わって素直な態度に凛は意表を突かれた。だもので士郎の言い方を見落とした。真也は気づいたが敢えて言わなかった“当然だな”と気にもしなかった。二人はそういう仲なのである。舞弥は目頭を押さえていた。

 

(真也が関わらないと本当に素直なのね)と言うのが凛の率直な意見だった。続けてこう言った。

 

「久宇さんから話は聞いた。衛宮君の事情も考慮する、話し合い次第だけれど衛宮君の行動を何らかの方法で制限するかも知れない。それが共闘の条件。承諾できる?」

「自重する」

 

桜が胸をなで下ろした。凛と真也が目配せをすると、彼はゆっくりと真也の立ち上がった。その姿、桜には10年前遠坂を出た時の見送る家族の姿と重なった。

 

「……士郎、桜の事を頼む」

「兄さんは?」

 

言いしれぬ不安に桜の声が震える。共闘と聞いててっきり士郎と真也が戦うのだとばかり思っていたからだった。

 

「士郎とは反りが合わない。俺は別行動」

 

真也から戦況とその決断を聞いた桜は呆然としていた。何を言ったのか理解できていなかった。ライダーは無言で真也を非難していた。ライダー陣営は初めて聞かされたのである。

 

真也が屋外に出ると既に日が沈み、星がきらめいていた。彼が玄関で靴を履いていると、見送る桜の姿があった。眉を寄せ辛そうに兄を見つめていた。

 

「兄さん」

「そんな目で見るな。決心が鈍るだろ」

「どうしても、一緒に戦ってくれないの?」

「俺と士郎は水と油。それは無理というもの。桜ならよく知ってるだろ? どうしても反りの合わない奴はいる」

 

「でも」

「大丈夫。こっそりフォローはするから、2週間少々海外旅行でも行ったつもりで……っていうのは不謹慎か。まぁ大船に乗ったつもりでいろって」

 

真也は桜に耳打ちした。

 

“ちゃんと好意を伝えろよ”

 

その兄の言葉は桜を呪いのように縛り付けた。もう彼女は拒否する事など出来なかった。その権利など無かったのである。桜はそのまま真也に背を向け、衛宮邸の奥に向かっていった。兄の背中を見るのが辛かったからである。

 

玄関を出ると、桜を除く全員が揃っていた。真也は士郎を視界に入れないように、玄関を歩いた。

 

「待て真也、桜を連れて帰れ。やっぱり良くない」

 

凛とセイバーは一瞬、士郎を制止しようかと考えた。だがそれは遅かった。真也は抜刀して士郎の首元に突きつけた。

 

もちろん脅しであったが皆はそう解釈しない。

 

その後はなし崩しになった。セイバーは真也の首に剣を突きつけた。ライダーは士郎の首に鉄杭を突きつけた。凛は宝石を掴み、士郎に対し発動直前である。舞弥はハンドガンを構えて真也を狙っていた。唯一アーチャーのみ、干将・莫耶を構えて凛を守る姿勢に居た。

真也は落ち着いた声だった。

 

「士郎。お前は言うのが遅い。もっと早く言うべきだった」

 

修羅場を目の当たりにしているにも関わらず士郎も落ち着いていた。

 

「どんな理由があろうとも家族は一緒に居るべきだ。そこに遅い早いはない」

「士郎、お前桜をどう思ってる」

「家族みたいなものだ」

「なら問題は無いな」

「言葉遊びをしているんじゃ無い。桜を連れて帰るんだ。怪我をさせた事は謝る、だから家族は一緒に居ろ」

 

真也はその謝罪の裏に意図があると踏んだが、それでも非常に驚いた。彼もそうであるように、士郎が真也に謝罪するなどあり得ないからだった。士郎はイリヤの一件で家族の有り様に神経質になっていた。姉であるイリヤと一緒に居たい、家族が離ればなれなのは良くない、離れれば会話ができない、それは不和の元になる。家族同士が殺し合う、桜が同じ目にあうのを彼は恐れたのだった。士郎が変りかけている事を彼は感じ取った。だが状況は許さないのである。

 

「事実を言うぞ、俺はバーサーカーに狙われてる。でも俺と士郎は相容れない、強引に組めば破綻だ。いま見てるように今回の一件でそれが良く分かった。セイバーとライダーは能力的に相性が良い。バーサーカーを除けばかなり優位に進められる」

「お前はどうする」

「逃げ回るなら一人の方が好都合だ」

「お前は、そこに自分の勘定が入っているのか」

「それをお前が聞くのか? 衛宮士郎」

 

真也は、自分がそうあろうとしている士郎の理想を揺さぶった。それは“試金石でもあり置き土産”でもあった。舞弥は少しだけ表情を緩めた。

 

「士郎、ほとぼりが冷めるまで俺に近づくな。不用意に近づくと殺しかねない」

「全員剣を降ろしなさい」

 

凛がそう言うと、真也はそれを待たず士郎の家を後にした。のど元にナイフを突き立てられたかのような表情で立ち尽くす士郎に彼は気づかなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

二人は人気の無い夜の小道を連れ立って歩く。呆れを隠さないのは凛であった。彼女はその声を夜道に響かせていた。

 

「呆れた。何処が頭が冷えたよ」

「いや、だって。ただでさえピリピリしてるのに、勝手に持っていった桜をこの期に及んで連れて帰れとか言うんだ。怒るじゃん、普通」

「だからって普通抜く?」

「憤りというか何というか」

「次に同じ事したら叩くわよ?」

「分かった。遠慮無くやってくれ」

 

凛は盛大にため息をついた。胃に穴が開きそうと項垂れた。

 

「桜を持っていったって、桜から押しかけたんでしょ。必要以上に彼を悪者にするのは止めなさい」

「それはそれ、これはこれ」

 

凛が何時から妹をさくらと呼ぶようになったのか、彼はそれが気になったがどうでも良いと忘れる事にした。

 

「そんなもの?」

「そんなもの。凛もいつか結婚して子供が出来て、見送る日が来れば分かる」

「何いってんのアンタ……」

 

突然のとんでもない話題に地に足のつかない凛だった。

 

「ずっと育ててきたからな。娘を見送る父親の心境だ」

「馬鹿じゃない」

「馬鹿とは酷い。凛だって結婚願望はあるんだろ」

「そりゃ、まぁ……ってアンタ私をからかってるの?」

「からかう? なぜ? 大事な事だろ。恥ずかしがる凛の方がおかしい」

 

年頃の娘に振る話題としては不適当だろう。“私と結婚したいのか”その妄想が飛び跳ねる。凛が再起動するのには相応の時間が必要だった。もちろん動揺を治める為だ。

 

「桜、上手くいくかしら」

「イリヤを思う士郎の気持ちが桜にも向けば何ら問題は無い。まぁふたり次第だな」

 

桜、桜、桜、真也の物言いに不安になる凛だった。

 

「ねぇ、“桜を忘れさせたのは凛、君なんだ”って誰が言ったのか覚えてる?」

「もちろん。なんだ嫉妬か?」

「死になさいよ」

 

数歩前をゆく真也の後ろ姿。手を繋ごうか考えた、或いは腕を組もうとも。でも二人は未だただの友人だ。一息ついた夜の道、空にはお月様。告白の返事をするには悪くないシチュエーションだ。だが、返事をしようにも桜の姿が脳裏に浮かび上がる。桜の境遇を知ってしまった、桜が真也に何らかの思いを抱いている事にも気づいてしまった。

 

(私が遠慮だなんてらしくない)

 

とは思うものの一歩踏み出せなかった。だもので、士郎と桜が決着するまでは返事を保留する事にした。それにいまの距離感が悪くないとも思っていた。色々言っているが、凛は返事をして変わってしまう事が怖かったのである。それは二人のつかず離れずの関係が終わる事であり、彼女自身の事も指していた。

 

無言で歩き続ければ分岐点、二人の共通の帰路はここで終わりだ。真也は挨拶代わりに手を上げた。

 

「ん、死なないうちに帰る。じゃ」

「真也、私に言う事無いの?」

「おやすみ」

「そうじゃなくて。明日からどうするのかって事よ」

「どうするって、話したろ。囮をするって」

 

凛は苛立った。どうして相談しないのかと。どうして助けを求めないのかと。どうして、頼ってくれないのかと。

 

「そう。なら勝手にすれば」

 

機嫌が良くなったり、悪くなったり。最近の凛はおかしいと思う真也だった。ピンと思いついた。

 

「そういえば凛って明日からどうするんだ? アーチャー大破だろ」

「そうね、役に立たないわ」

 

言い過ぎでは無いかとおもう真也だった。

 

「と言う事は、暫く静観するんだろ?」

「そうよ」

 

ちらと視線に期待を込める凛だった。

 

「だったらあの二人の面倒見てやってくれない?」

「……は?」

「だからあの二人を魔術的な意味でレクチャーしてやってくれないか。二人とも素人だし、凛も情報集めが出来るし、どのみちバーサーカー戦に限っては凛も共闘するんだろ? 良い落とし所だと思う」

 

実際のところ凛もそのつもりだった。士郎はともかく桜が居る。だが選りに選って真也に言われたので怒りが収まらない。霊体で控えるアーチャーも同様だった。

 

(この男は外道だ、間違いない。しかも自覚が無いから尚質が悪い)

 

真也を斬った男を手伝ってやれと言っているのである。俯き肩を怒らせ震える凛のその姿は、桜に似ていた。彼はそんな事を考えた。

 

「……俺、変な事言ったか?」

 

真也は純粋に戦術的な話をしていた。魔術師である凛もそう思っているだろうと言う判断もあった。だものでこの発言には滅法驚いた。

 

「嫌」

「……いや?」

「そう。そんなの嫌」

「あのさ。嫌じゃ無くて理由を教えてくれると助かるんだけど」

「イヤ」

 

「じゃなくて、」

「イヤなものはイヤ」

「……凛は最近おかしいぞ。何処か悪いのか? それとも悩みがあるなら話を聞くぞ」

「私は普通よ!」

 

凛はとうとう我慢できなくなった。真也には何が何だか分からない。

 

「普通だったら怒りません」

「怒ってないわよ!」

「もう夜遅いから声を抑えなさい」

「なによ! 勝手な事ばかり!」

 

謂われ無き非難に我慢できないと応戦開始。

 

「勝手ってなんだ!」

「勝手じゃない!」

「訳を話せ訳を!」

「自分で考えなさいよ!」

 

「コミュニケーションって言葉を知ってるか! 双方向って意味だぞ!」

「知らないわよそんなの!」

「嘘つけ! 英語Ⅱで出てきたろ! 習ってるはずだ!」

「ええ知ってるわよ! 138ページのタイタニックの話題よね! それがどうしたっての!」

 

どうやら凛は理性が無いという訳ではないらしい。だが酷く機嫌が悪い。そう思った真也は渋々こう言った。

 

「分かった。要望があったらきこう。それで手を打ってくれ」

「随分と偉そうね。私が頼んでいる訳じゃ無いのに」

 

腕を組んでじっと睨み上げる同い年の少女を見て、どうしたものかと考えた。“なんかめんどい”と言うのが率直な意見である。

 

「……俺のお願いを聞き届けてください。お願いします」

「そう」

「はい」

 

凛は人差し指を突きつけてこう宣言した。

 

「真也。アンタ暫くの間、私の家を拠点にしなさい」

「……済まんもう一度」

「私の家に来いって言ってるの」

「理由を」

 

「拠点防衛用戦力と言えば分かる?」

「危ないのは夜だぞ。そんなの意味ないだろ」

「だから夜に居なさい」

「連日徹夜はちょっと避けたい」

 

「泊まりに決まってるでしょ」

「……凛の家に泊まりに行く?」

「何度も言わせないで」

「もうあの家には行かないと言ったと思ったけど」

 

「状況が違うの分かるでしょ? 真也が居れば私も安心だし」

 

複数の意味に取れる発言にアーチャーは頭を痛めた。葵の警護と、真也の状況把握と、無事な姿を確認できる、と言う意味である。

 

「断る。他の用件にしてくれ」

「ならこの話はおしまいよ。二人のレクチャーはしない」

「俺がいると危険だって言ってるだろ」

「そんなの何処でも同じよ。安全な場所があるなら言ってみなさい」

 

月が静かに見物していた。

 

「なに我が儘を言ってる!」

「私の何処が我が儘よ!」

「思いっきりそうじゃないか! 凛の言い様は筋が通らない!」

「思いっきり通ってるじゃない!」

 

「凛が自ら危険を招き入れてどうするんだ!」

「他の人を巻き込む訳にも行かないでしょ!」

「拠点の防衛って言ったよな! 矛盾してるぞそれ!」

「あぁもう! どうして分からないのよ! 私は真也の事が心ぱ、」

 

警邏の警官が現れた。

 

「あのねぇ君たち。今何時だと思ってるの? 近所迷惑でしょ? そもそも最近物騒なんだから。昨日も直ぐそこの墓地で……」

 

と言いかけてその警官は真也だと気づいた。

 

「誰かと思えばお前か」

「お久しぶりです。Hさん」

 

真也が激しかった頃“世話”になった警官だった。

 

「こんな時間に何をしている」

「友人と意見交換ですよ。少し熱が入りましたけれど」

 

警官Hはその友人が少女だと気づいた。

 

「二人とも署まで来なさい」

 

冬木市の商店街にある派出所。パイプ机に並んで腰掛けるのは冬木の魔術師二人。名門の娘と、実力だけはある素行不良の少年である。そんな事は露知らず、警官Hは白い紙コップでお茶を差し出した。彼はボールペンを用紙にトントンと叩き付けつつ、呆れつつこう言った。

 

「どうしてこんな時間に言い争いなんてしてたの」

「凛が悪いんです」

「真也が悪いんです」

 

警官Hは盛大なため息をついて、真也を派出所の外に連れ出した。その姿は経験者のそれだった、つまり解決策も知っている。

 

「真也。喧嘩の理由は知らないが彼女に謝れ」

「そう言う訳にも行きません。道理はこちらにあります」

「謝ってしまえ。それはそういうものだ。男が折れないと拗らすぞ」

「しかしですね」

「真也、彼女が折れると思ってるのか?」

 

派出所の外から窺える凛は、すまし顔で茶を飲んでいた。腹の据わった様に彼には見えた。

 

「……」

 

梃子でも動きそうに無いと諦めた。

 

「まぁアレだ。気の強い娘さんを彼女にした時点で諦めるんだな。いやしかしお前が彼女とは驚きだ。とうとう妹立ちか?」

「そんなところです」

 

真也は観念して凛の前に立った。彼女は真也に目もくれず茶を啜っていた。

 

「凛。済まなかった。謝る」

「それで?」

「……明日伺う」

「今晩からね。真也の家によってから家に向かいましょ」

「……」

 

二人のいざこざはここまでとなる。場所は変わり衛宮邸だ。縁側に腰掛け一人月を見上げるのは士郎だった。身を切る寒さだったが気にならなかった。庭は静かで虫の音一つ無い。風音すら無かった。セイバーが影から様子を伺っていたが彼は気づかなかった。

 

『それをお前が聞くのか? 衛宮士郎』

 

真也のその言葉が茨のように魂に絡まった。心地良い言葉は直ぐ忘れるものだ。だが辛辣な言葉は何時までも残る。それが図星であれば尚更だろう。

 

士郎の場合それに加えて最も嫌っている人間からの言葉だった。おまけに自分が発言したと来ている。だから。深く深く突き刺さり、切っ掛けとなり迷いとなった。

 

「オヤジ。俺、自分が分からなくなった。全ての皆を助けるはずだった、でも俺はイリヤだけを助けようとした。なんで、なんで、なんで」

 

その言葉は空虚に消えていった。

 

 

 

 

 

つづく!




真也タヒね。いいからタヒね。流石にタヒね。と言うか凛をよくしすぎた気がする。


【Q&A】
Q:士郎が真也よりイリヤを取った理由が分からない。
A:たとえば義理の家族に20年育てて貰ったとしても本当の血族が居ると知れば会いたい、と思うケースが事実あります。イリヤと真也、どちらを取るかというのはあくまで個人的主観に依存します。ここに普遍性はありません。原作の士郎は本当の家族を亡くし、切嗣も失っています。イリヤは士郎の知らない切嗣や義母(アイリスフィール)の事も知っています。話を聞きたいでしょう。だものでイリヤと直接会っている時間が少ないとは言えここは見逃せません。

それに劇中で繰り返していますが、士郎がじっくり考ればイリヤを見逃したかも知れませんが、状況的にとっさです。ここは考慮するべきでしょう。






【このSSの士郎について】
このSSの士郎はUBWの皮を被らんとしている普通の少年、そう設定しています。理由は以下の通り。(あくまでも個人解釈です)

SNでもUBWでもそうですが、原作通りの正義の味方になろうとする士郎がセイバーと凛に好意を持った理由が理解できないと言う事です。皆の為にあろうとするのに、特定の誰かを好きになるってどういう事?

リメイクに当り士郎を考察し直してどうにもならなかったのがこれです。ググっても回答は見つからず。歪さと言ってしまえばそれまでなんですが、私自身がそれを説明できない、致命的です。

HFでは桜を守ると意識替えしてますが、聖杯戦争時の短期間で、自ずと変えられるなら切嗣との約束と死にかかった出来事意味ないじゃん、とも考えまして。自我が柔らかい幼い頃から10年掛けて舞弥が矯正するという流れにしています。

皆の為にあろうとする原作士郎のあり方を最大限尊重するのであれば、HFの鉄心ルートが一番正しい。ただそんなことさせたくなかったので性格を変えました。もちろん昼ドラの為ってのもありますが。

性格を変える事によりここの士郎は女の子に対して人並みの欲求をもちました。さもなければ凛に対して想いも抱きませんし、桜の世間的な評判を気にして家に通わせる事を拒否するでしょう。


つらつらと書きましたが。ここの士郎が原作士郎に見えないのは当然です。本人がどうありたいか、という希望はともかく中身は思いっきり普通の17歳の少年ですから。とっさの状況では素が出てしまいます。ならどうして初期設定からまっとうな性格にしなかったのか、と言う事ですが。そうすると聖杯戦争自体に参加しないからです。普通の判断なら舞弥と逃げるでしょう。

歪のままじゃいけないのか? と言う事ですがそうすると、つまりは鉄心ルート。

どうせ士郎を改変するならSHIROUにしても良かったのか、と今更ながら思ったり。でも直ぐ死にかける士郎を真也が必死にフォローすると言うのがリメイク前のプランでしたから、それを手直しした以上破綻するか。

話を戻して。普通の少年の士郎がイリヤに直接会って、聖杯戦争の事を知り、イリヤが姉と聞かされ、バーサーカー戦まで半日程度しか経っていません。訓練された凛や、逝かれてる真也はともかく、普通の少年に姉の殺害をとっさの判断で見過ごせというのも酷でしょう。私はそう思います。

因みに。もしあそこで士郎が納得した上でイリヤを見捨てれば、正義を守る為に姉を犠牲にしたと思うでしょう。そうするとあとは良くて歪化、最悪鉄心エンド。この設定だとあの選択はどう考えても外せなかったのです。

このSSの登場人物は自己本位的な判断をします。士郎は大きいのをしました。真也は凛に対し一回やってます、或いはイリヤを殺そうとした事もカウントされるかも知れません。真也から離れようとする桜もそれに近いですね。後半、真也はでかいミスを噛まします。

私が言うのも何ですが、読むだけストレス溜まります。スカッとしません。何の具体策も示さないのにネチネチ言う上司や、何をやっても文句しか言わない取引先の課長みたいにストレスが溜まります。でも人間くささってこう言う事じゃないか、と考えています。どうしろとは申しませんが、慎重にお考えください。
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