ライダーは衛宮邸の居間、畳の上に腰掛けていた。砂壁、畳、髪襖、欄間、その部屋は和式の部屋で広かった。10人収まっても余裕があった。木材を主体にして作られたその部屋は機密性が低く、どこからともなく冷気が忍び込んでくる。和風木造建築の特徴であったが、家としてそれは欠陥ではないかと彼女は思った。圧迫感が無いのは悪くないが、それでも石で造られた家の方が落ち着くと思うのは、彼女の故郷が石の文明だったからである。
だが。この有様ではそれも台無しだ、彼女はそんな事を考えた。見渡せば聖杯戦争の参加者たち。遠坂凛、衛宮士郎、セイバー、蒼月桜、各々の思惑で渦巻いていた。その様を例えれば、稲妻走る暗雲か、不吉な月蝕の前触れである。
凛はどうにかしてセイバーとライダーの情報を入手しようと苦心していたが雲行きは良くない。もともと王であったセイバーは駆け引きを心得ていたし、ライダーは用心深かった。セイバーから見れば凛はいずれ戦うマスターである。ライダーは凛と桜に何らかの関係があると見ていたが、セイバーと同様に過度の信頼を置いていなかった。
凛は桜にライダーの事を聞いたが答えなかった。桜もまた凛がいずれ敵になる事を理解していたからである。真也は詳しくは知らないと凛に、弁明した。
“サーヴァントとマスターに信頼関係は必須。サーヴァントが懸念を示した以上、幾ら兄妹でも秘密にするべき事はある。アーチャーも凛にそう言ってるだろ? 俺を信用するなってさ”
凛の“それとない”追及を受けた真也の回答だった。もっともだと理解は示したが不愉快だと彼に文句を言った。凛の可愛らしい癇癪に閉口した彼は甘味物の献上を約束させられたのだが、それはここだけの話である。
士郎は己の未熟さを理由にセイバーの詳細を知らされていなかった。答えようにも答えられない。凛は不満が溜まるのみである。もっとも彼女自身アーチャーの事を伏せているから人の事は言えない。
「それじゃ始めるわよ」
気分を入れ替えて凛は二人の暫定教え子を見下ろした。畳の上に正座、凛はパイプ椅子に腰掛けている。彼女はミニスカート、脚を組んでいるので士郎にとっては目の毒だ。
凛のレクチャーは士郎と桜の現状把握から始まった。桜は真也と同じように千歳から魔術を教わっていなかったが、予備知識と精神集中の手ほどきは受けていた。桜の属性は“架空元素・虚数”である。特殊性故に凛には手が出せない。魔力操作の基本を教えるに留まった。
問題は士郎である。扱う魔術が強化だというのは良しとしよう。彼女にとって衝撃だったのは一度構築してしまえばそのまま使い続けることのできる魔術回路を、鍛錬のたびに一から作るという真似をしていた事だ。開いた口がふさがらない。
「なに、衛宮君ってそんな事ずっと繰り返してきた訳?」
「そうだけど」
「楽しい?」
「楽しいなんて思った事はない」
「そりゃ、そうでしょうね」
不特定多数を助けるため死にかけの訓練を毎日繰り返してきたのは、自分に価値を置いていない現れだ。凛は舞弥から聞いた話を思い出した。腕を組んでため息を一つ。
(……久宇舞弥が過保護になる訳だ)
何時大怪我するか、死んでしまうか分かったものではない。保護者の立場であれば気が気でなかろう。因みに。以前の凛であれば理解しにくい内容である。彼女には最近心配する対象が出来てしまったので、舞弥に共感を覚えるようになっていた。
凛は持参した宝石を手に取った。
「はい、口開けて。あーん」
「あーん」
士郎の口に放り込んだ。彼の身体が熱を帯びる、鼓動が早くなる。思わずちゃぶ台に突っ伏した。いきり立つのはセイバーである。
「遠坂凛、シロウに何をした」
セイバーは凛を魔術師と認識している。共闘を決めた以上理性的な行動をすると考えていたが、目の前でマスターの調子を崩されては黙っても居られない。抜刀こそしなかったが、返答次第では切り捨てると碧い瞳は語っていた。殺気一歩手前の思念に晒されて……凛は涼しい顔だった。
「落ち着きなさい。魔術回路をOn/Off出来るようにしただけよ」
「……嘘偽りは無いでしょうね」
「勿論。協定は守るわ」
士郎は突っ伏しながら手を振っていた。問題無いと言うゼスチャーである。セイバーは落ち着いたがその表情に不満をありありと浮かべている。
「遠坂凛。奔放は結構だがこのような手荒な真似は今後は控えて頂きたい。私のマスターを振り回すのは看過できない」
「そうね、ごめんなさい。次からは事前に伝えるわ」
「それとライダー。その手を離せ」
ライダーはセイバーの首根っこを掴んでいた。もちろんセイバーが飛びかかるのを防ぐ為である。彼女は屈辱に身を震わせていた。その様は通行人に吠え掛かる犬とそれを抑える飼い主、桜は笑い声を必死に押し殺していた。
(セイバーと衛宮君の信頼関係は十分か。ライダーは意外と面倒見が良い、もしくは空気を読む。それはそれとしてセイバーが保護者に見えるのは気のせい?)
凛は探りを入れたのだった。
◆◆◆
レクチャーも一通り終わったころ舞弥がドリンクと菓子を持ってきた。凛は乱入してきた母、葵の姿を思い出した。母親はどの家もそうなのか、或いは母親にも免許がありそれに行動指針が記されているのか、彼女はそんな馬鹿な事を考えていた。なんと言う事は無い、我が子の様子を心配しているだけである。士郎以外女ばかり、心配するなと言う方が酷であろう。
凛はグラスに注がれたオレンジ・ジュースをじっと見る。これに毒でも入っていたら、彼女はそんな事を考えた。暫く悩んだあとストローに口を付けた。トレーから無作為に選んだ上、士郎も同じように選んでいる、だから心配など無いのだが、そう言う心配をしなくてはいけない関係というのも相応にストレスだ。
(信じるって意外と勇気が要るものなのね)
部屋を見渡せばちゃぶ台の対面に桜がいた。彼女はノートを広げてせっせとメモしている。聞いた事を記し、思いついた事を記入していた。ライダーは桜の背後で壁の華だ、士郎はトイレだと席を外していた。
凛は畳の上に置かれた座布団に足を崩してぺたりと座る。髪を手漉きで流し気怠そうにストローを含んだ。形の良い唇はルージュで艶やかに光っていた。凛の振る舞いを見て唸るのはセイバーである。“うむむ”彼女は暫く悩んだあと立ち上がり凛の隣に腰掛けた。セイバーの青い装束でオレンジジュースを飲む姿は滑稽さよりは愛くるしさが有った。
「なにかご用?」
「遠坂凛。貴女の協力には感謝している、正直なところバーサーカーを相手にするに当たって貴女は心強い」
「お褒めに頂きまして光栄ですわ」
ちゃぶ台に頬杖を付き“しな”を作る凛に対し、右に座るセイバーは姿勢正しい。何とも対照的な二人だ、桜はそんな事を思った。
「だが貴女は男性を弄ぶ趣味を持っているようだ。プライバシーに干渉するつもりはないが、私たちは戦いを控えている。暫く自重して頂きたい」
「弄ぶって失礼ね」
「その公序良俗に反する恰好を言っています。不用意に男性の気を惹くのはお世辞にも褒められるものではない」
「こ、公序、」
セイバーは黒いミニスカートとニーソックスの間から溢れる凛の肌を見た。汚いものでも見るかのように眉を寄せている。そば耳を立てていた桜もウンウンと激しく同意だ。己の衣装を見たライダーは思わず裾を掴んだ。これもはしたないのかと自信が無くなった。
穏やかな表情の中、憤慨するのは凛である。辛うじて笑みは保っていたが、口元は苛立つようにピクピクと痙攣していた。
「セイバーさん? 貴女がどのような貞淑観念を持っているが知らないけれど、世情が違うの。そこをご理解頂きたいわ」
「男性が女の振る舞いに目を奪われるのは何時の時代でも変らないでしょう。それに蒼月桜は礼儀を弁えている。世情のせいにして慎みがないと自分で言っているようなものです」
長袖に長い丈のスカート、肌の露出は殆ど無い桜は満足気味だ。居たたまれなくなったライダーは霊体化した。我慢ならないのは凛である。笑みは消し去り、腹の底に滾るマグマを辛うじて抑えていた。暴れ出して共闘をお釈迦にする訳にはいかないのである。
「胸元を開けている貴女に言われたくないわね」
「単純に露出の事を言っているのではありません。貴女の振るまいを含めた全てがいかがわしいと言っています」
「いかがわ……」
士郎が凛に惑わされている、その原因が凛の服装と仕草にあるとセイバーは踏んだのであった。余所のマスターに己のマスターを骨抜きにされては敵わない、と言う事だ。ただ保護欲も混じっていた。桜は我慢できずとうとう吹き出した。良く言ってくれたと心中で拍手喝采である。
「言ってくれんじゃない……」
「貴女はご存じないと思うが年頃の少年は性的な意味で多感です。これは事実として受け入れてください。そして性的な刺激は冷静な判断を阻害する、共闘に置いて害悪でしかない。戦術的かつ理性的な対応を求めます。遠坂凛、貴女は“女”を必要以上に強調しすぎる。それではまるで踊り子だ」
(む、むかつくーーーーーー!!!!)
遠坂凛、初めての大惨敗であった。飄々と戻ってきた士郎が、部屋の歪な雰囲気に飲まれたのは言うまでも無い。
◆◆◆
バーサーカー対策のため他マスターを探す事は必須である。加えてイリヤスフィールが何時回復するか分からない以上悠長ともしていられなかった。引き籠もっていてはままならない、士郎ら一行は早速行動に起こす事にした。夜も更け静まりかえった頃に、士郎は桜とセイバーを伴って繰り出す事にした。
士郎は木刀を竹刀袋に入れて携帯していた、素手よりはマシという判断である。桜は散々迷ったあとアイスピックを手に取った。初め肉切り包丁を持ち出したのだが士郎が強固に止めた。温和しいイメージの桜が刃渡り20センチを超える包丁をもつ姿、いい知れない怖さを感じたからだった。桜は渋ったが“訓練していない以上、分を超えた武器は怪我をする”というセイバーの忠告に基づき折れた。
士郎も桜も私服、もちろん防寒具を着ていた。セイバーは青い装束の上にコートを羽織っていた。傍目には美少女二人を連れる少年の出来上がりである。
その日は冬木市の旧都、つまりは住宅街を回る事にした。
舞弥の提案で巡回経路を決めた。強襲を避けるため移動にはなるべく見通しの良い場所を選んだ。逃走経路も想定した。なにぶん初日である、疲労を想定し定期的に強い灯りのある場所を選んだ。舞弥は先回りして経路の下見だ。不用意な集団がいないか、街灯が切れ視界が悪くないか。
“本当は警邏の巡回情報も欲しいのだけれど”
舞弥の徹底した安全対策にセイバーは呆れた。
“襲わせないと意味が無い”
士郎と桜は苦笑せざるを得なかった。暫く歩いて3人が訪れたのは夜の公園である。其処は定点ポイントで、舞弥は見通せる離れた場所で3人を監視していた。怪しい動きがあれば、耳に付けた無線機で桜と士郎に通信を入れる手はずとなっている。
3人はベンチを見つけると近づいた。士郎は端に座った。桜はその隣である真ん中に腰掛けようと近づいて、セイバーに肩を掴まれ止められた。
「桜。今日は随分冷えますので何か飲み物を買ってきて下さい」
彼女は小銭を手渡した。舞弥から受け取っていたのだった。どうして私が、と桜は思ったが士郎の為ならと渋々従った。
「あ、はい」
「俺が買ってくる」
「いえ、シロウはそこに居て下さい」
威圧のあるセイバーの笑顔。彼はたじろいだ。桜は慌てて自販機へ駆けてゆく。察した士郎はセイバーに言う。
「あのさ、セイバー。そこまでしなくても」
「シロウ?」
「いえ、なんでもないです」
「シロウは女に押し切られやすい。嫌われ役を買っている私の立場も考えて頂きたい」
セイバーは桜が押しかける様になった一件を舞弥から聞き及んでいた。もちろん強引に押し切られた。基本的に来るものは拒まずという彼だった。
「はい……」
3人はベンチに並んで腰掛けた。セイバーが真ん中である。士郎の隣を考えていた桜は少し気分を害した。デートではないのだ、セイバーの“何か問題でも?”という視線に晒されては異議など唱えられようもない。
桜はコーンスープ、士郎はミネラルウォーターである。セイバーはミルクティーだった。寒空にカフェインであるのは桜の嫌がらせだ。もちろん利尿作用という意味なのは言うまでも無い。
見上げれば星々が煌めく。戦いに望んでいないのであればそれなりのシチュエーションだ。桜が士郎の姿を伺うとどう角度を変えてもセイバーが写る。疎ましく思う桜であった。視界には存在するが認識からセイバーを消して桜は言う。
「先輩、今日は敵さん来るでしょうか?」
「どうかな。寒いから現れないかもな」
「そうですね、今日は冷えますね」
「あ、そうだ。桜。布団が足りなかったら言ってくれ。離れは寒いだろ」
「大丈夫です。寒いのはへっちゃらですから、私」
「そうなのか?」
セイバーが呟いた。努めて何気ない言い回しだったが悪意は詰まっていた。
「桜はよく食べるからでしょう。お替わりは4回でした」
桜の眉がピクリと動いた。歪な笑い顔だった。
「セイバーさんだってお替わりしてたじゃないですか」
「私は2杯です」
「どんぶり2杯ならセイバーさんの方が多いです」
「そういえば桜。おかずのエビフライですが私だけ小さかった理由を求めます」
士郎は舞弥から罰として台所に立つ事を禁じられていた。なので、桜が仕切っているのだった。
「偶然です。嫌がらせしたみたいな、人聞き悪い事言わないで下さい」
「そうは思えない。桜のエビフライは一番大きかった」
「セイバーさんって食い意地が張ってますね。それとも単に意地が悪いんですか?」
「発言には気をつけた方が良い。育ちが知れる」
「そうですね。姑みたいな人には気をつけないといけませんしね」
セイバーから表情が消えた。
「蒼月桜」
桜は辛うじて笑っていた。
「なんですか?」
“ギスギス”そのような擬音が聞こえる。どうしてこんな事に、士郎はそう思ったが今は大切な時である。勇気を振り絞った。
「あのさ、二人とも」
ジロリと睨まれた。蛇に睨まれた蛙である。“どちらの味方?”という最悪の質問から、彼を救ったのは舞弥であった。
『誰かが接近している。注意しなさい』
通信を受け取った士郎は立ち上がり、竹刀袋を手に取った。暗がりから現れたのはランサーであった。臆する事無く歩み寄り、いつものように挑発めいた笑みを浮かべている。
「よう、やっぱり逃げなかったなお前」
セイバーと桜も立ち上がる。士郎は一歩前に出た。ランサーは彼女らを見るとヤレヤレだと詰まらなさそうな顔をした。
「夜の逢瀬ってか。いい気なもんだぜ。女を連れて歩くとは馬鹿を通り越して呆れるしかねえ」
「二人はそんなんじゃない」
「ま、自分の選択だ。覚悟してくれや。嬢ちゃんたちも馬鹿な奴に捕まったと思って諦めてくれ」
ランサーは赤い槍を握り直した。彼なら士郎に初動を見切られること無く心臓に突き立てる事が出来るだろう。
「待った」
「命乞いなら聞かねえぞ」
「話を聞いてくれ。俺たちはバーサーカーと戦った。セイバーとアーチャーと真也、この3人がかりでも手も足も出なかった。仲間を探してる。マスターに継いでくれ、共闘を申し入れたい」
「共闘だ?」
士郎の発言を聞いてランサーは桜とセイバーを見た。どちらだ? 彼は思った。誰がサーヴァントで、誰がマスターか、と言う意味だ。そしてバーサーカーがそれ程強いのかと興味を持った。だが、いけ好かないマスターの性質を考えれば共闘は考えにくい。ランサーのマスターは率先して聖杯を求めていない。聖杯を手に入れるのに相応しい者を探している。数に物言わして安全に戦う事に同意するか、と聞かれれば非常に疑わしい。
ランサーは己の赤い槍で肩をトントンと叩いた。士郎を値踏みするようである。
「話を通してやってもいい。だが俺にも立場っつーもんがある」
「……共闘を組むメリットが俺らにあるか、って事か」
「まぁ望み薄だな。なにより楽しくねぇ」
「なら、貴様の首をもって交渉するとしよう」
動いたのは白銀の騎士王だった。彼女は一瞬で鎧と剣を展開、一瞬きの間にランサーに打ち込んだ。彼女の一閃はランサーの槍を捕らえ打ち抜いた。“ギィン!” 異なる質の魔力が反発し合い、重い音と激しい閃光をかき鳴らした。その威力にランサーは後ずさる、彼の脚は大地に轍を刻んだ。間髪置かずセイバーは踏み込んだ、追撃である。ランサーは一つ舌を打った。
セイバーとランサーの筋力は共にB。だが魔力はBとCでランサーが一ランク劣る。魔力を乗せるセイバーの一撃は重い。
薙ぎは横から振るという動作の為、どうしてもワンインスタント遅れる。剣と比較して槍は大型で重いので剣と同じ様に扱う事は出来ない。その為基本的に突きが主力となる。ロングレンジの突きは間合いが広いが、柄の末端を掴むという持ち手の都合上、強力な一撃で受け流されると堪えられない。ミドルレンジの突きであれば、防御にも繋げやすいが、リーチというメリットが弱くなる。
ランサーはセイバーのパワーを見越してミドルレンジで突きを連続で打ち込んだ。同等であれば重い槍の一撃をセイバーはそのパワーで凌ぐ。セイバーはランサーの予想を上回っていた。彼女は剣で槍をいなすと、槍と剣の接合点を基点にして踏み込んだ。クロスレンジ、セイバーの距離である。彼女は一刀を打ち込んだ。
彼女の持つ剣は風の結界を纏い刀身を隠している。間合いが読めない。だから大きく避けざるを得ない。ランサーの敏捷性はA、セイバーはC、それを生かして彼女の一撃を躱すが、打ち込む・捌かれる・避ける、この繰り返しである。ランサーは勝ちに行く事は出来ない。もっともそれはセイバーにとっても同様だ。消極的なランサーの戦いを見てセイバーは挑発した。
「どうしたランサー。槍兵の名が泣くぞ」
「へっ、得物を隠すような臆病者がほざくか」
「失礼な事を言う。手の内を明かさないのはセオリーだ」
だがセイバーの内包する魔力量は膨大である。時間を掛ければガス切れでランサーの敗北は必至だ。もっとも彼はそのような消極的な戦いは好まなかった。戦闘経験からそれを悟ったランサーは忌々しくこう言った。
「一応聞くが、見逃す気は無いか?」
「マスターの正体と居場所を開かすなら、検討しよう」
「そりゃあ道理だ」
「10秒猶予を与える。降伏しろランサー」
「ほざけ」
ランサーは槍を構えたが、穂先は見当違いな方向を向いていた。なんだと訝しがるのはセイバーである。赤い槍に膨大な魔力が満たされる。セイバーは宝具だと当りを付けたが、レンジが長い。彼女は切り込むか離れるか判断に迷った。ランサーの眼が大きく開く。それはまさしく狩猟者の如く。
「ならば戯れ言はここまで。セイバー、貴様の心臓をもらい受ける」
それは交渉決裂の宣告でもあった。
「ゲイボル、」
「ライダー!」
その瞬間である、桜の叫びと共に騎兵が闇夜に身を躍らせた。ライダーは正確無比な鉄杭をランサーの米神に打ち込んだ。彼は辛うじて躱すが宝具は強制キャンセルだ。桜が叫ぶ。
「距離を取って小刻みに攻めて! その人に宝具を使わしちゃ駄目!」
「二人がかりかよ! 聞いてねえぞ!」
ライダーは鎖を繰り出し、鉄杭を打ち込んだ。それは弧を描いて波を打った。桃色の髪を棚引かせ鎖を繰り出す様は舞台を舞う演者である。鉄杭は回り込み、ランサーの死角から襲いかかる。同時にセイバーも切り込んだ。躱せるのは片方のみ、ランサーはセイバーの一撃を槍で凌ぐと、ライダーの鉄杭を敢えて受けた。それは彼の左肩を抉った。鮮血が飛び散る。
“じゃらり”と言う鎖の音が忌々しい。“ヒュゥゥオ”低いうなり声を上げる風の結界が疎ましい。ランサーは被弾した肩から血を垂らしながら唾を吐き捨てた。
「ったく。癇癪を起こした女はただでさえ手に負えないのに、二人ときてる」
「自分の選択なら、覚悟するのでしょう?」とはライダーである。抑揚無く告げた。
「減らず口はここまでだ。討たせて貰うぞランサー」とはセイバーである。
絶体絶命のなかランサーはそれでも悪態を忘れなかった。
◆◆◆
少し離れたビルの上から様子を伺うのは凛である。彼女はアーチャーと視覚を共有して戦闘を伺っていた。風が吹き、凛の髪とコートが棚引いた。
「真っ直ぐ帰らないかと思えば、強かな事だ」
「当然でしょ。手ぶらで帰れるかっつーの」
セイバーに罵られた事も根に持っていた。
「アーチャー、二人の動きをよく覚えておいて」
「無論だ。だがセイバーとライダーの組み合わせは想像以上に脅威だな。どう攻める凛。マスターは狙えないのだろう?」
遠距離攻撃に徹する、奇襲を掛ける、バーサーカーと違ってセイバーとライダーにアーチャーの通常攻撃は有効だ。また、マスターを狙えないというのは殺さないと言う意味であり、無力化どまりでも問題は無い。
「バーサーカー戦でどちらかが脱落する可能性もあるし、ゆっくり考えましょ」
「暢気だな。希望的観測に縋るとはらしくない」
「『まだ見ぬ未来に備えないのは馬鹿者だが、恐れるのは愚か者だ』誰の言葉か知ってる?」
「初耳だ」
「私よ」
「ほう。まぁ怯えられても困る」
アーチャーはヤレヤレと腕を組んだ。
(この魔術師らしさをあの男の前でも保ってくれればありがたいのだが)
見下ろす先の公園では戦闘が続いていた。セイバーとライダーの波状攻撃でランサーは追い詰められていた。敏捷性も徐々に落ちている。だがランサーはあの程度で諦める男ではない、何か機会を待っている、そうアーチャーは読んでいた。ランサーの戦闘を見るのはこれで3度目。一度目は彼自身が相対し、二度目は衛宮士郎と蒼月真也との戦闘だった、彼はそれを思い出した。
「凛」
「なに?」
「あの男の事だ」
「……真也が家に居るメリットを考えないの?」
凛は表情を変えなかったが、またその話かと苛立った。アーチャーも察したがそれでも進言しなくてはならなかった。
「奴の実力は認めよう。今この瞬間でさえも奴が拠点(遠坂邸)に居る事は一定の効果がある」
「なら良いでしょ」
「それでも蒼月真也を討つべきだ。奴は受肉したサーヴァントのようなものだぞ。バーサーカー戦を思い出せ。縛る令呪もない、聖杯戦争以前に危険すぎる」
「どうやって? アーチャーは未だ回復していないし、頼んでもライダーはもちろんセイバーだって同意しないわよ」
「命令をくれ。そうすれば必ず仕留めよう」
「らしくないわね。いま真也を殺すとライダーは確実に敵対するわ。ランサーに見込みがない以上、二人抜けるのはバーサーカー戦への影響が大きすぎる。まず身体を直す事を考えて。それ以外の事はそれからよ」
「それはバーサーカー戦が終われば、殺して良いと言う事だな」
「アーチャー。貴方は口は悪いし、皮肉屋だけれど信頼してる。だから意見進言も聞くし尊重もする。でもそれは駄目。“なぜだ”なんて聞いたら許さないから」
「自分の判断が間違っていると思わないか?」
「言ったでしょ。恐れるのは愚か者だって。そんな事考えたら何も出来ないわ」
「ならば備えはしているのか。奴が裏切るかもしれないと言う事に」
「万が一そうだったとしても、裏切らせないようにすれば済む話ね。人が従うよう仕向けるのも人間関係ではありだから」
「だからその手段を聞いている……まさか、凛。君は、」
それは既成事実という意味である。
「うっさい。万が一って言ってるでしょ」
凛は耳まで真っ赤にし無言だった。聞く耳を持たないマスターに彼は頭を痛めた。こう言う問題が降りかかるとは彼にとっても完全に予想外である。彼は葵から聞き出していた二人の形染めを思い出した。
(聖杯戦争が始まる前から“こう”では流石に分が悪い)
彼の視界の端に収まるのは赤毛の少年である。
(最悪奴を使う事になるかもしれんな)
◆◆◆
ライダーは鎖を繰りながらも違和感を感じていた。ランサーは満身創痍だ。左肩を抉られ腕に力は入らない、額からも血を流す、息を切らす。五体満足ではあるが、敏捷性も目に見えて落ちている。与えたダメージではもはや宝具も使えまい。だが警戒のアラームは鳴りっぱなしだ。何かを待っている。
その通りであった。ランサーはわざと敏捷を落とし油断させていた。狙うはマスターである。場所は公園、見通しが良く足つきも良い。彼が全力で踏み込めば士郎か桜のどちらか片方は人質に出来る。趣旨に反するが“一度目の相手からは必ず生還しろ”というマスターの命令がある以上仕方ない。付け加えれば真也との再戦も心残りだ。
セイバーが踏み込んだ瞬間、士郎へのルートが開けた。この機を辛抱強く待ったランサーが踏み込んだ。際で悟ったライダーは鎖を繰り出しランサーを絡め取った。そのまま振り回し、数度大地に叩き付けた。ランサーのもがきで鎖は外れ、その身体は宙を舞い地面に落ちた。彼はそのまま林の中に駆け、消えていった。
セイバーとライダーは追撃のため駆け出した。忌々しげにセイバーが言う。
「距離を取らせるとは、何を考えている!」
気づいていなかったのかとライダーは頭を痛めた。因みにライダーが気づいたのはランサーに対し距離を取っているからである。俯瞰すると言う事だ。絶えず切り込んでいるセイバーが気づくのに遅れたのは無理もなかろう。もちろん。備える性格も考慮する必要はあるだろうが。
「マスターの安全の為です。頭を冷やしなさい、この猪武者」
「それは失礼した。だがその二つ名について話があります」
「私にはありません」
ランサーの策は2段構えだった。ランサーは一人、だが相手はマスター含めて4人。誰か一人は気づくだろうと考えていた。だが。投げられるまでは予想していたが叩き付けられるのは完全に予想外だ。足と腰にダメージを負った、林に逃げ込んだはいいものの逃げ切るのは非常に難しくなった。
セイバーとライダーが消えていった林の中から剣戟の閃光と音が聞こえる。士郎は疎ましげにそれを見ていた。二人が戦っている、彼女らはサーヴァント、俺はマスター、役割が違う、駆けつけても出来る事は無い、下手をすれば足を引っ張る、だからこれは当然のこと。だが。
“それをお前が言うのか衛宮士郎”
この言葉が彼を苛んだ。救うのは自分の役割だ、長年考えてきた思念が渦巻いた。一つの剣戟音が切っ掛けになって、駆け出そうとした彼を桜は止めた。彼の身体にしがみついていた。
「離せ桜!」
「駄目です! 二人を信じてあげて下さい!」
必死な桜の姿を見て彼は思いとどまった。俺がこの場を離れたら誰が桜を守るのか、桜を連れて行ったら危険に巻き込む事になる。士郎はギリと食いしばって耐えるしかなかった。
暗がりのなか樹木に背を預け様子を伺うのはランサーである。鬱蒼とした樹木が連なるその場所は、月の光も星の光も届かない。ただ彼を狙う二つの存在だけがあった。
彼には誤算が一つあった。樹木という障害物があれば鉄杭は防げると踏んだのだ。だが。鉄杭は樹木を避け回り込み正確に彼を突いた。例えるなら有線式誘導ミサイルである。
「チィッ!」
迫り来る鉄杭を、額を動かし紙一重で避けた。それは樹木に突き刺さり大きな穴を開けた。木々の間を走る鎖を道しるべに“ヴンッ”と音を立ててセイバーが肉薄する。その姿はまさしく閃光。セイバーは掲げた剣を振り下ろした。その一閃は樹木を断ち切った。“メキメキ”と音を立てて樹木は倒壊する。辛うじて避けたランサーは蹈鞴〈たたら〉を踏んだ。
彼は身体に鞭を打ち、姿勢を整える。槍を大地に突き立てて支点とし、セイバーの追撃を受け流す。その力を利用して大きく跳躍。彼が逃げ回りつつも仕込んだ仕掛けもそろそろ大詰めだ。着地すると彼は鎖に囲まれていた。ライダーの鎖は木々を渡り罠となっていた。もちろんランサーの機動力を削ぐ為である。その様はまさしく蜘蛛の糸。
「捕らえました」木の上から降り立つのはライダーである。
「これで終わりだ、ランサー」セイバーはランサーの前に現れた、鋭く構え直す。
二人は並んで立っていた。戦場だというのに華があり、まるで映画のワンシーンである。ランサーは大げさにため息をつく。やってられないと言わんばかりであった。
「魔力馬鹿の小娘に馬鹿力の根暗女か。俺って奴は本当に良い女に縁がねぇ」
「魔力馬鹿とは誰の事だ」とはセイバー。
「根暗とは聞き捨てなりません」とはライダー。
「良いコンビネーションじゃねえか、凸凹コンビって奴だな」
「「不愉快です」」
セイバーが介錯しようと近づく直前である。林の至る所から火の手が上がり初めた。その勢いは激しく、林中にガソリンでも巻かれていたのかと思う程だ。ランサーは逃げ回りながら炎のルーンを至る所に刻んでいたのだった。
「さて、どうする? これだけ火の手が上がればその辺の住人も騒ぎ出す。マスターを連れて早く逃げた方が良いんじゃねえか? この時代の放火は確か重罪だった筈だ。現行犯も当然だが、目撃されても面倒だぜ?」
「ランサー、貴様」
「わりいな、こちらにも都合がある」
忌々しいと言わんばかりのセイバーであったが、一刻の猶予もない。二人は退いた。炎に巻かれながらもランサーは笑っていた。
「女に嬲られるとは俺も焼きが回ったもんだ」
つづく!
士郎サイドは巻きます。展開は急ですが、ごめんなさい。真也が主体なので。
【どうでもいい独り言】
実際のところ、17歳の少年が見る女の子の場所っていったら、脚より顔かおっぱいではなかろうか、そう思います。年を取ると見る場所が下がるって言う理論です。UBWアニメだと凛の脚を強調してましたけれども、あれ変ですね。士郎が脚フェチならその限りではありませんが。え、わたし? 腰から脚にかけて(ry
【もっとどうでも良い独り言】
セイバーとライダーの共闘は長年の夢でした。もう思い残す事はない……