その部屋は焦げ茶色を基調としていたがアイボリー色も使われていて、落ち着いた雰囲気の中にも明るさがあった。その部屋に足を踏み入れた真也はさりげなく葵にこう聞いた。
「この部屋は洋館と違う雰囲気ですね」
「夫を亡くしたあと気分を変えたくて」
なる程と彼は頷いた。調度品はシンプルなデザインだった。物書きが出来る机に椅子、そして化粧台が置いてあった。観葉植物の緑がアクセントになっていて葵のセンスを感じさせた。衣類や小物は全てクローゼットの中だ。部屋は敷き詰まっておらず、空間があり開放感があった。石造りの家でも重苦しさが無い、センス次第で何とかなるのだなと彼は感心しきりだ。存在感があるのはキングサイズのベッドである。彼が僅かに気後れしている事に葵は気づいた。
「凛が小さい頃は一緒に寝る事もあったので」
「子供は寝相が悪いですしね」
「ええ。朝起きると頭と足が逆さになっている事もありました」
少々浮いている物が一つあった。それは巨大なテレビでDVDプレイヤーやらアンプ、スピーカーが繋がっていた。AVシステムという代物である。
「これですか。確かに迫力がありそうです。リビングに置かないのは何故ですか?」
「凛は興味が無くて。ここであれば落ち着いてみられますし」
「勿体ないですね。映画って面白いのに」
「娘は一刻も早く一人前になろうとがむしゃらで、そういう余裕もありませんでしたから」
「想像できます」
葵はラックからDVDを取り出すとプレイヤーに納めた。
「で、葵さん。何故私はここに居るのでしょう」
「いやですわ。真也さんが観たいとおっしゃったのに」
「そーでしたね」
2人そろってソファーに腰掛けた、頬杖を突こうと思ったがリラックスし過ぎだと止めた。その代わり脚を組んだ。大画面に映し出される映画をぼんやり観ながら彼は思う。
(どうしてこうなった)
その部屋は葵の寝室だった。
時を遡ること数時間前。新都から戻った彼を出迎えたのは葵だった。凛は衛宮邸に向かったまま戻ってこない。陽が傾き沈み掛かり、空は紅から群青色に塗りつぶされる。そろそろ時間だというのに凛が帰ってこない。少し待ちましょうと待っても帰ってこない。夕飯が遅れてしまうと葵は支度を始めた。そう、ハンバーグの件である。
彼は様子を見に行くかと腰を上げたが陽は既に落ちている。仰せつかった役割は警護だ、家を空けるのは憚られた。あちらにはサーヴァントが3人も居る。加えて凛は一流だ。心配する方が失礼だと彼は取りやめた。
使用人も帰宅してしまい、巨大な家に二人だけである。食堂と厨房は隣接する間取りの為、彼が控える食堂からは調理の音が筒抜けである。トントン、カチャカチャ、とは調理の音。パタパタとはスリッパの音である。落ち着かない。時折見える彼女の後ろ姿がいっそう彼の心を乱す。
彼女は軽快で艶やかだった。黒く長い髪をうなじで結っていた。若葉色のワンピースに桜色のエプロンを纏っていた。彼は何故かその姿に目を奪われた。魂を抜かれたかのように魅入っていた。桜に似ていた。
いい知れない不安に囚われる。彼は宛がわれた部屋に戻ろうかとも考えた。出来たら呼んで下さいと言おうとも考えた。“何様だ俺は”と断念した。
白いクロスで覆われた食卓に向かい文庫を取り出した。ハリウッド映画を文庫化した物で、彼が所持する数少ない文庫である。容易な文調で書かれていて読むのが楽だ。本来なら携帯ゲーム機が良いのだが流石に憚られた。読む、読む、読む。葵の鼻歌も聞こえ始めた。困った事に文字が頭に入らない。
居ても立っても居られず、手伝いましょうと葵に声を掛けた。振り向いたその女性は桜だった。
“?!”
“真也さん?”
数度瞬きを繰り返したが意識の焦点が合わない。頭を数度軽く叩いてようやく葵だと認識した。
“どうかしましたか?”
“なんでもありません。手伝います”
“とんでもありませんわ。ゆっくりなさって下さい”
口調は柔らかいが譲歩するつもりはない、それを悟った彼は引き下がった。それすらも桜に似ていたからである。椅子に腰掛けた彼は目頭を押さえた。
“どうかしてるぞ、俺”
寝ぼけてもいないのに、それでも見間違えた。否、認識をし損じた。彼はシスコンだと自覚があったが、桜と離れまだ三日と経っていないのにこの様かと頭を抱えた。原因は桜との物理的な距離ではなく、桜と葵の関係にあった。それは桜と凛よりも濃かったのである。
“どうぞ召し上がって下さい”
葵が作ったハンバーグはとても美味しかった。桜の作るそれとは少し味付けが異なるが、とても似ていたし満たされた。不用意に“おいしい”とまで言ってしまった。嬉しそうに微笑む葵の姿が怖い。自分の中に桜以外の女性が存在してしまう様でとても恐ろしかった。そんな馬鹿なと彼は精神を強固に律した。彼はそれが出来てしまうのである。
2人きりの食事。初めでこそぎこちなかったが早々に和んだ。彼はそれが不思議でならなかった。話題は学校の出来事やら家での生活である。趣味の話になったとき葵は真也が持参した小説に気がついた。
“映画に興味をお持ちですか?”
“ええ。アクション関係をよく見ます”
“私も映画を観ますのよ”
真也は年齢相応にCGを多用したアクションやSF、パニック物を好んだ。葵は希に凛と外出する事もあるが、用がなければ滅多に外出しないインドア派である。映画も趣味の一つだった。映画の話に花が咲き、古い物にも名作はあると彼に紹介した。
“今度観てみます”
“宜しければ今から観ませんか? 私も観たくなりましたし”
“喜んで”
以上が葵の寝室に彼が至る流れである。彼はてっきりリビングかそういう施設があるのだとばかり思っていた。まさか彼女の寝室だとは夢にも思うまい。よりにもよって。
“ローマの休日”
同年の女の子の母親と、その寝室で恋愛映画である。彼は断った。凛との約束もあった上、道義上宜しくない。だが葵の懇願を拒否する事は出来なかった。その様が桜に似ていたからである。彼はそれに気づいていなかった。
現金な事にいざ映画を見始めると名作ゆえに彼は動揺を忘れた。“この女優さんえらい美人さんだ”と思ったりもした。エンディングも良かった。主人公とヒロインは最終的に――ったのである。最近の映画にはまず見られない終わり方だった。流れるエンドロール。彼は恋愛映画も悪くない、そう葵に言おうと左を向くと彼女は寝ていた。
「……」
姿勢を崩しソファーにしな垂れかかっていた。すぅと穏やか寝息を立てていた。余りの事に声が出ない。彼には寝てしまえるという神経が理解出来なかった。葵と彼は他人、つい先日まで名前も知らなかった関係である。凛の言葉が脳裏に木霊する。
“母さんは少し天然だから”
少し所ではない。男と見られていないのは構わないが、彼はそう見ていない。流れる髪は黒々と艶があり頬に掛かる様はほつれ髪。一枚のワンピースが隠すのは成熟した肢体である。その艶めかしい曲線は嫌と言うほど見て取れた。ボリュームのある唇がほんの少し開いているのがまた悩ましい。
「……」
煩悩を振り払いこれからどうするべきか考えた。使用人の人達は既にいない。凛はいつ帰ってくるか分からない。放置すれば風邪を引く。起こすべきだと声を掛けた。起きない。何度か名前を呼んだ。起きない。過剰に悩んだあと肩を掴んで揺すってみた。起きない。
「ん……」
悩ましい声に情動を煽られた。頭を抱え得てしゃがみ込んだ。
(美人、未亡人、嫋やか、天然、料理上手、寝付いたら起きない、どれだけ属性持ってるねんこの人は……)
カーペットの上に正座して精神集中。呼吸と鼓動、副交感神経をも制御して動揺を押さえ込んだ。彼は葵を抱き上げるとベッドに寝かした。長い髪に寝癖が付かないように枕の上に流した。照明をベッドライトのみにして部屋を出た。扉を締めた。倒れた。その様は支えを失った箒のよう。彼の心臓は張り裂けんばかりに強く脈を打っていた。そのまま廊下を這って自室に向かっていった。
(し、死ぬ……)
(合格です、真也さん)
彼の苦悩は露知らず、狸寝入りの葵はそんな事を考えた。真也が葵を意識している、それを見込んだ上で、浮気性があるか、娘の身体だけを見ているのではないか、それを見定めたのだった。
◆◆◆
葵の部屋から戻った彼は戦闘服に着替えた。SWAT風の装いだが歴とした魔術礼装である。千歳が拵えたもので彼の仕事着でもあった。彼は装備を確認すると部屋の隅に向かってしゃがみ込んだ。体育座りで頭を抱えて震えるその様は筆舌に尽くしがたい。言うまでも無く葵を抱きかかえた影響である。その様を端的に表すなら“ガクブル”であろう。
夜から深夜に変わり暫く経ったころ凛が帰宅した。ランサー戦の顛末を見届けたため遅くなった。彼女は苛立ちを隠さず手足を大きく振って自室に戻った。室内着に着替えて寝間着を持つと浴室に入った。湯船のお湯は彼女の身体を温めたが、ささくれだった機嫌は一向に落ち着かない。自室に戻り寝床に潜る。夜の暗がりに抱かれるも一向に眠気が襲ってこない。逆に落ち着けば落ち着くほど憤りが強くなる。
(あのポンコツ英霊め……)
彼女はセイバーに言い倒された事を根に持っていた。寝返りを打った。目を開けば映るのは自分の部屋である。天蓋の付いたベッド、高級な絨毯、広さといい、調度品のあつらえといい、見るからにお嬢様の部屋である。だが粗があった。
よく見ると片付いていない、掃除が行き届いているかと言われれば不十分である。魔術の品もあるので使用人たちに片付けを依頼する訳にはいかないのであった。彼女自身が片付ければ良いのだが、そんな余裕も無かったしその予定も無かった。何処に何があるのか把握出来ればそれでいい、彼女はその様な考え方の持ち主だった。もっとも物探しに奔走するようでは意味が無い。真也に部屋に入らないようにと言ったのは、片付いていない部屋を見られたくない為である。もちろんまだ早いという駆け引きもあった。
「……」
もう一度寝返りを打った。すると枕に沈み込んだ己の手が見える。何か大切な事を忘れている、彼女はそれに気づいた。頭に浮かぶのは料理である。それはタマネギなどを混ぜた挽肉で作られた料理だ。それを捏ねて作るのだが、未だそう言う便利な機械は無い。人力、つまり手を使うのだ。その手が捏ねる予定だった料理は何だろう。
「ハンバーグ!」
彼女はベッドの上で跳ね起きた。今頃である。真也がガタガタと震えていると扉を叩く音がした。こんな時間に誰だ、彼は無意味な事を考えた。この家には彼を除けば二人しか居ない。一人は随分前に就寝した、もう一人は先ほど帰ってきたばかりだ。考えるまでも無かった。
「……」
葵から受けたダメージが残っているので出来る事なら今晩は会いたくなかった、彼はそう思いながら扉を開けた。渋々開けた。其処には純白のネグリジェを纏い、ショールを羽織った涙目のご令嬢が立っていた。
「食べたの? 母さんのハンバーグ」
何かと思えば開口一番それである。彼は慌てて顔を逸らした。苦い顔を見られたくなかったのであるが、その態度で彼女は全てを察した。凛に義理を立てて断る事はしなかったのだと理解した。怒りがこみ上げる。凛は一歩詰め寄った。真也は一歩後ずさった。
「食べたのね?」
「お帰り。遅かったな」
「食べたのね?」
「寒かったろ。今晩も冷えたから」
「食べたのね?」
彼は首を強制的に回して凛を見た。
「……はい食べました」
「私が作る筈だったのに!」
「夜も遅いから。明日にしよう、」
あろう事か彼はその名前を出してしまった。
「葵さんが起きてしまうから」
「酷い!」
「なぜ」
「母さんの事ばっかり!」
「そんな事はない、」
「嘘!」
「だから明日に、」
「嫌!」
凛の声が石造りの廊下に響き渡る。葵を起こしてしまっては申し訳ない、彼はそんな事を考えた。
「分かった。譲歩しよう。取りあえず客間へ、」
凛にはお見通しであった。
「最ッ低!」
「……」
真也が葵に対して何らかの感情を持っている事は凛も感じていた。日頃の対応を見れば火を見るより明らかである。桜は凛より葵に近い、それが原因だったが凛は知るよしも無い。
全ては彼の接し方が問題であった。凛の要求にはもっともらしい回答で拒否をする、もしくは誤魔化す傾向があるが、葵には躊躇いながらも素直に折れるのである。常々彼女はそれが不満だった。“私と扱いが違う”と言う事である。男の贔屓というのはとても女性心理を揺さぶるのだ。
加えて。セイバーの屈辱に耐え、木枯らしに吹かれながら戦闘を観察してきた。アーチャーに対して擁護もした。彼女が苦労し、彼に尽くしたにも関わらず、目を盗んで母親とイチャついていたのである。その状況が明確に想像出来るのも腹立たしい。極めつけが凛より先に葵の手料理を先に食べた事だ。ランサーの起こした炎に煽られた事も幾らかばかりの影響もあったが、彼女は我慢がならないと爆発した。
もちろん彼には彼女の苦労など知りようも無い。良く分からないけれど怒っている、と言うのが彼の見解だ。彼は葵を起こして宥めて貰おうかとも考えた。
“娘さんを何とかして下さい”
無様である。騒ぎを続けて起こしてしまえば結末は同じだ。付け加えれば葵と凛のダブルパンチは避けたい。付け加えれば。いま葵の姿を見れば抱きかかえた感触が蘇ってしまう。
(あぁぁぁぁ、うぅぅぅぅぅー)
たっぷり悩んだのち彼は部屋に凛を招き入れた。繊細な判断と行動が求められる一大作戦だ、もちろん穏便に丁重にお帰り頂くのみである。椅子はここだと手招きしたら。彼女は事もあろうにベッドの上だった。
マットレスの上にぺたりと座り、白い枕を抱きしめていた。背を丸めてその枕に口元を埋めていた。彼を睨むその瞳の目尻には涙を浮かべていた。ベッドの上に上がったのは抱きかかえる何かが欲しかった為である。
二の句を告げないのは真也である。凛は魔術師だ。普通の男がよからぬ企みをすれば返り討ちに出来よう。だがシスコンとはいえ彼はサーヴァントと渡り合う。それが分からない凛ではない。
(葵さん、貴方の娘さんは無防備すぎます)
彼の隣で寝入ってしまった母親を思い出した。
(そうか。遺伝か。旦那さんは大変だったに違いない)
したいようにさせた方が良いと、指摘するのを止めた。椅子を手に取り、ベッド脇に腰掛けた。背もたれを抱いて上肢を支えた。凛との距離には最大限の注意を払った。遠くても近くても駄目なのだ。アーチャーがこの場に居ない事を罵った。彼は痴話喧嘩に付き合っていられないと屋根の上である。作戦開始、真也はこう切り出した。
「寒空のなかお疲れ様。何か飲み物持ってくるか?」
「……」
彼女の無言は不要だと語っていた。
「済まなかった。凛の気持ちを考えもせず不快な思いをさせた」
「……」
「罵ってくれていい」
「……口先だけよね。真也って」
「……」
とにかく謝ってしまえ作戦はもう効かない。マズい、この展開は非常にマズい、彼はそう思った。言葉だけではいつか行き詰まる事を予想はしていたが、これほど急だとは思わなかった。遠坂家に身を置き、接する機会が多くなった事も原因の一つだが、葵の影響が大きかった。
ただ時間のみが過ぎた。凛の表情から憤りが潜め、悲しみが混じり始めた頃、彼は腹を括った。スキンシップを用いた説得である。彼は凛の手を握ろうと思ったが、不運にも枕を抱きかかえていたのでそれが出来なかった。ストレス、葛藤、軋轢、心理的不安定を押え付けた。身を乗り出して彼は凛の顔に手を回した。彼女は何が起こったのか理解出来ていない様相である。凛の身体を寄せて額同士を触れ合わせた。互いの呼吸を感じるどころか、味すら感じ取れる距離だ。口付けの一歩前である。限りなく近い。
凛は初め身体を強ばらせたが、間もなく落ち着いた。非情にゆったりとした様である。眠ってしまってもおかしくない程だ。
「話してくれ。力になる」
「もう良いから。その代わりもう少しだけ」
何時しか二人は呼吸を同調させるようになった。彼の心臓が痛むほどにストレスを受けていたのは言うまでも無い。
◆◆◆
真也が赴いた新都では収穫が無かった、だが凛は落胆もしなかった。不明なサーヴァントはキャスターとアサシンである。いずれも痕跡など残しようもなさそうだ。凛は新都でのガス漏れ事故が魔術による物だと彼に告げた。
「キャスター?」
「多分ね」
「魔力集め……企んでるんだろーなー」
「向こうから共闘持ちかけてくる可能性もあるわね」
「でもそれは俺らの手札が見られてるって事だろ、向こうに主導権は渡したくないな」
「難しいわね。せめて尻尾を出してくれれば良いのだけれど」
「だけど凛。よくキャスターに対して腹を立てないな。無関係の人間を巻き込んでるのに」
「そんな訳無いでしょ。これでも内心煮えくりかえってるわよ」
彼女は一転穏やかな表情である。そうは見えないと彼は肩をすくめた。
「で、そろそろ本題。帰宅が遅れたのは?」
凛はランサー戦との事を掻い摘まんで話した。桜が無事だった事、士郎を抑えた事に安堵した。
「そう、ランサーには逃げられたか」
「少し惜しいわね」
「そんな気はしてたな。戦いの結果よりその質に重きを置きそうだ。武人ぽい」
「武人なら勝利に執着するべきよ」
「ちがうって、己の戦い方で勝利に固執するってこと。勝利だけに固執すると、何でもありになるから」
イリヤを斬り付けたシーンが漠然と浮かび、彼はその重苦しいイメージを振り払う。凛は言う。
「武力系はもう揃ってるから、重要でないといえば重要ではないけれど」
「キャスターに期待しよう。直接戦闘をするスタイルではないから、話ぐらいは聞いてくれそうだ」
「そ、れ、で、ここからが本題なんだけど」
凛の表情に憤りが混じる。ちょっと聞きなさいよと身を乗り出してきた。彼が聞かされた話は思いも寄らない内容だった。
「セイバーに踊り子って言われた?」
「そう。まったく思い出しただけで腹が立つ!」
「気にするなんてらしくないな。ポリシーあるんだろその恰好」
「そうじゃなくて」
話は簡単である。凛は同意が欲しかっただけだ。
「踊り子とは言い得て妙だ。ミニスカートは軽快さ、活動的を感じさせるからな。躍動的な凛にはあってると思う。俺は今のままで良いと思うぞ。まぁ目の毒ってのは否めないけれど」
「ストリートガール扱いされたのよ私」
「大げさな。それだけ気にするならニーソックスじゃ無くてストッキングにすれば? 寒いし身体を冷やすのは良くないし、俺も見てみたい」
どちらかというと何故セイバーがそんな事を言いだしたのか、彼はそれが気になった。事実ならばあの剣の英霊は随分と人間くさい、という事になる。桜のライバルにならなければいい、彼はそんな事を考えた。
「ふぅん、そういう趣味なの」
凛は悪戯めいた瞳で自分の太腿に指を添わせた。ネグリジェの薄い生地越しに見える足を強調しているのである。
「そういう目で見てたんだ。ひょっとしてガーターベルトとか好き? 持ってないけれどお望みなら着てあげても良いわよ? もちろん貴方に買って頂く事になるけれど」
思わず想像してしまい彼もそろそろ限界だ。
「あのな、そろそろ気づいて欲しいんだけど」
困惑する真也の顔を見て凛は愉快そうに笑う。
「なに?」
「このシチュエーションを考慮してくれ。男の子を煽るのは流石に軽はずみだぞ」
夜、男の部屋、ネグリジェ、ベッドの上、役満である。彼女は頬を染めて一つ咳払い。
「寝る」
「そうして」
扉を開けば廊下である。当然だが其処は暗く、背を向ける凛は暗闇に囚われているようだった。彼女の発した声は、蕩ける様でまるで別人のように感じられた。
「今朝の質問だけれど」
「今朝?」
「母さんの部屋に入る、それを断る理由」
今それを言い出す理由が分からず彼は首を傾げた。凛は視線を逸らし唇を強く結んでいた。凛には真也の振る舞いが紳士的に見えたのである。これ以上引き延ばすのは誠実さを欠くうえ、一刻も早く関係を確定したいと考えた。
(ごめん桜、もう無理)
「それがなに?」
一拍。
「私が居るから、で良いんじゃない?」
「……返事にしては分かりにくい」
部屋から溢れる淡い光を浴びて浮かび上がる身体は、暗闇に溶ける様で輪郭が曖昧だった。幻想的、もしくは夢の人物である。流し目に宿る瞳は潤んで、快活さを感じさせる凛の姿がなんとも蠱惑的である。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
扉が閉った。彼は倒れた。眼を回してカーペットの上に大の字である。顔は果実のように紅葉し、心臓は弾けんばかりに強く打っていた。身体の反応を強引に押え付けていた反動である。全ては牽制の為、そう割り切っていたはずだ。だが凛をどうしてここまで動揺するのか彼には理解出来なかった。そう。彼は遠坂凛という少女に当てられ始めているのである。
(これはいよいよマズい、直接サクラニウムを補給しないと駄目かも……)
方や凛も同じような状態だった。自室のベッドの上で毛布にくるまれながらも、高鳴る身体を持て余していた。晴れてお付き合いであるが、額を付けた時に交わした言葉に囚われていた。
(あそこまでしたなら我慢しなくても良いのに……と考えるのは身持ちが軽すぎか)
床の上で蠢く二つの身体、それを思い描きながら彼女は身体を弄り始めた。
つづく!