冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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23 聖杯戦争・10 キャスター編

時を遡ること一日半、つまり真也がセイバーにゴミ扱いされた後の事である。衛宮邸を発った彼は新都を彷徨っていた。

 

本屋で時間を潰し、服屋を巡り、大型電気店で携帯電話を見つつ店員を冷やかした。自動販売機でコーンポタージュを買い、駅のロータリー近くに腰掛けた。目の前にはバス停と電車の駅が見える。人々はせわしなく歩いて行った。老人、サラリーマン、家族連れ、平日だというのに、学生服もちらほら見えた。彼の目の前を制服姿の少女たちが談笑しながら歩いて行く。スカートの丈は短く脚を積極的に見せていた。何時もの彼であれば、視線で追いかけただろう。或いは声も掛けたかも知れない。だがそんな気には全くなれなかった。

 

頭が重い。胃が重い。脚が重い。何もかもが重い。彼は盛大に溜息を付いた。

 

「遠坂家に帰りたくない……」

 

彼を悩ましているのは凛である。いつもと変わらぬウェーブ掛かった髪、華奢ではあるが淑やかさを持つ肢体。赤のタートルネックシャツに黒いフレアミニスカート、恰好こそ見れば何時もの凛でっあたが致命的な点が一つ。

 

「なんでデレた……」

 

ある朝目が覚めたらデレていた。何の脈絡も無く、伏線も無く、それは女性特有の心理に起因する事だったが、彼にしてみれば訳が分からない。別にデレること自体に問題は無い。距離の近い事が非常に困る、献身的なまでに世話を焼かれるのが非常に困る。ギリと全身に痛みが走った。麻酔無しで歯を削られる痛みが駆け巡っている様だ。精神力で呼吸はどうにか整えたが、脂汗が止まらない。手足も震えている。彼の凛への評価は、怖いでも辛いでもなく、次の一言に集約できる。

 

“凛が痛い”

 

空を見れば直に陽が落ちる。ビルの上の方は橙色に照らされて、下の方は影の色だ。外出時間は特に決まっている訳ではない。陽が落ちても暫くは人の往来が相応にある為、直ぐに危険という訳では無いが、夜の警護という目的を考えれば日没までに帰るのが肝要だ。だが。

 

彼は重い身体を動かして電話ボックスに入った。テレカなぞ持っていない為現金支払いだ。10円玉が無い、渋々50円玉を投入した。呼び出し音を辛抱強く待ったあと繋がった。

 

『はい、遠坂です』

 

葵の声だった。いつもであれば使用人が対応するのであるが、聖杯戦争中に限り早めに帰宅させていた。ありがたいと彼は安堵した。

 

『蒼月です。今日のゆう、』

『少し待って下さいね』

『え、あの、』

『真也?』

 

為す術もなく凛の声である。彼は少しだけ葵に不満を持った。

 

『……少し遅くなります。晩ご飯は要りません。適当に済ませます』

『面倒事? 今何処に居るの?』

『違います。大丈夫です。新都です』

『場所を教えて。すぐ行くから』

『いえ。一人で大丈夫ですから』

『待っ、』

 

凛に耐えきれず彼は受話器を置いた。彼女が居るならアーチャーも居ると言う事だ。警備は心配ない。

 

「なぜ敬語だし。俺」

 

通話料のおつりは出てこなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

凛はぼんやりとしていた。白いクロスに覆われたテーブルに両手を重ね、その上に頬を乗せる様は突っ伏していると表現しても良い。彼女のその心象は憂鬱、アンニュイである。目の前には真也が食べるはずだった夕食、シチューが並んでいた。焦点が合わない。それはぼやけて凛の瞳に映っていた。彼の連絡は凛が夕食を準備した後だった。手間を掛けようと早めに仕込んだのが仇になったのである。

 

「……」

 

怒りは無いがとにかく落胆していた。凛の初めての彼への夕食が無駄になってしまった、それも理由の一つだが、彼女の願いはただ元気を取り戻して欲しい、食べさせて元気を取り戻させたい、これに尽きた。主の居ないスプーンを手に取りシチューをかき回した。冷えて既に固まっていた。

 

(まだ綾子の事気にしているのかしらね。それともやっぱり桜の事……)

 

実際のところ、それは些細な事だった。彼女にとって、真也の“一人で大丈夫”この言葉がとにかく辛い。本当に大丈夫なら良いのだが、そうで無いのは明白だった。悩み、苦しんでいるのに何も出来ないのが辛いのである。

 

今の真也は何かが違う。初めて会ったのはグール戦の時であったが、その記憶を辿ると今の彼は別人の様だ。イリヤスフィールを躊躇いもなく斬り付けた彼にはとても見えない。彼は悩みとは無縁の人間、その筈だった。何時の頃からか彼は苦しみ悩む様になった。

 

彼女が思い当たるのは、1stバーサーカー戦の翌日、久宇舞弥と会合を持つため彼を訪れた時、彼が“気分が悪い”と言った事を良く覚えていた。今にして思えば、戸惑いと苦悩を見せる様になったのはそれからだろうと察しが付いた。そして綾子との決別。彼がおかしくなったのは凛と出会った事が主要原因だが彼女はそれに気づいていなかった。

 

物思いに耽っても事態は好転しない、彼女は黙って食事を片付けた。サラダはラップを施して冷蔵庫にしまった。彼女はこみ上げる涙をどうにか堪えた。

 

書庫でヘラクレスの文献を漁っていた凛は、夜の9時を過ぎている事に気がついた。帰ってきているかもと真也の部屋を訪れればもぬけの空である。まさかと思い葵の部屋に赴けば母親に呆れられた。

 

後ろめたさはあったが彼の部屋に無断で入った。かつて彼女が使っていた部屋であり、暫く無人だった部屋だ。管理のため希に手を入れていた程度の、特に印象を持たなかった部屋が違って見えた。遠坂には今まで無かった雰囲気、匂いが満ちていた。

 

カーテンを閉めた。暖房のスイッチを入れ戻ってきた時寒さを感じない様にした。明るすぎず暗すぎない様にスタンドライトを灯した……彼女は夜の準備をした。

 

部屋の隅に旅行鞄が置いてあった。片手持ちで革製の角張った鞄だ。余りに典型的な鞄である。誰の趣味なのだろうと凛は首を傾げた。桜とも真也とも思えない。それは千歳の物だったが、凛は知るよしも無い。

 

気がついた時には鞄を開けていた。越権行為だ、プライバシーの侵害だ。そう思いつつも、知りたいという欲求が堪えきれず開けてしまったのである。そこには衣類や日用品が雑多に収められていた。否、詰め込まれていた。だらしがないと呆れつつも心が躍り出す。

 

鼻歌交じりに温和な瞳。衣類を取り出しては、たたみ直し整然と収めていった。グレーの衣類を手に取ればそれはボクサーパンツだった。未使用の下着は直ぐ使うので取り出しやすい位置に収めた。顔が赤くなる。

 

「……したぎっ!?」

 

自分のしでかした行為に遅れて気がついた。両手を胸に起き、呼吸を整えた。気を取り直し詰め直す。何かが詰まったビニール袋を手に取った。それには使用した下着が収められていた。遠坂家の滞在は短期間、ため込む腹づもりらしい。洗おうかと考えたが流石に気恥ずかしく机の足下に置いた。

 

試験管の様なガラス容器が数本納められていた。それは傷を癒やす無色透明の液体である。魔術に関する薬品だと凛は察した。わざわざ持ち歩いている以上、相応な物だろう。つまり手にするそれは蒼月家の魔術である。無造作に置いておく方が悪い。駄目だ、戻せ、信頼に関わる。手の汗がガラス容器を伝わる程に葛藤したあと彼女はそれをポケットに収めた。調べれば真也を知る事が出来る、その欲求に勝てなかった。桜だけ知っているのは不公平だ、それを弁明とした。

 

一通り片付けが終わると彼女はベッドの枕元にある板、ベッドボードに宝石を一つ置いた。黒い布の上に置かれた赤い宝石には魔力が籠もっている。微弱だが破魔の効果があり悪夢を祓う。

 

思いついた事を全て済ますと凛はベッドの上に腰掛けた。ギシリとマットレスの音が鳴る。時計を見れば10時を回っていた。まだ帰ってこない。連絡は無いが、残りはキャスターとアサシンである。三騎士やバーサーカーならともかく後れを取る様には思えなかったが、不安が募る。

 

“一人で大丈夫だから”

 

それを振り払う様に身を横たえた。戯れに枕に鼻先を埋めると、遠坂では無い人間の匂いがした。それがこの部屋に、家に染みこむと良いい、そんな事を考えていたら彼女はそのまま寝てしまった。

 

凛が目を覚ますと朝だった。少しのつもりが熟睡してしまうとは不覚、風邪を引かなくて良かったと身を起こせばベッドの中だった。衣服に乱れは無かった。どこかの誰かが死ぬ気で凛をそうしたのだった。

 

だが彼女は不満を隠さない。気遣いは嬉しいがそんな事をするぐらいなら起こして欲しかった。無事な姿を見たかった、声を聞きたかった。ベッドボードの横にメモ書きがあった。

 

“収穫無し”

 

なぜわざわざメモを残すのか。文句を言おうと食堂に足を運べば葵のみで真也が居ない。

 

「……真也はどこ?」

 

彼女は朝の挨拶すら忘れたいた。葵は首を傾げて言う。

 

「用があるともう出かけたけれど……凛が知らないの?」

 

避けられている、と直感で理解した。胸が締め付けられた。葵には会って何故私を避けるのか。

 

“私は真也の何?”

 

どうにかなってしまいそうな不安を全て飲み込んだ。一瞬その表情を陰らせた娘を見た葵は察した。

 

 

◆◆◆

 

 

凛が衛宮邸に出かけ暫く経ったころ真也は遠坂邸に戻ってきた。衣類の洗濯をしに実家に戻ったのは良いが、肝心の下着を忘れたのだ。もちろん忘れた理由は凛が鞄から取り出した為である。忘れた自分に呆れたが良い機会だと不問いにした。遠坂邸と蒼月邸を往復するのも良い気分転換になる。

 

(洗濯って簡単だったな)

 

衣類をまとめて突っ込み、粉洗剤を入れて、スイッチを押すだけだ。これならば桜を手伝う事も出来よう、と軽い心持ちで遠坂の門をくぐった。今この館には凛が居ないのだ、それだけで気が楽だった。

 

ところが部屋に戻れば下着が無い。忘れたと思った筈の下着を詰め込んだビニール袋が無い。ベッドの向こう側を探す、無い。テーブルの下を探す、無い。ゴミ箱の中、無い。はてな。

 

「洗濯させて頂きました」

 

ベッドの下を覗き込んでいた彼はその声に固まった。ぎこちない動作で首のみ回し、見上げれば葵が立っていた。軽く曲げた両膝に両手を立てて、身を屈めるその姿は子供を見つけた母親そのものである。いつもの様に穏やかな笑みだった。

 

彼は呻いた。なぜ葵の気配に気づかないのか、それが不思議でならない。まるで警戒装置が全て止まってしまったかの様である。葵が敵意を持っていれば為す術がない、彼はそう考えた。そしてまた、それならそれでも良いとも考えてしまった。流石の彼もその異常性に恐怖した。尚、彼が警戒しない人物は桜のみである。

 

彼は這いつくばったままこう言った。その言い様は苦情ではなく懇願だった。

 

「……あの、流石にそれは困ります」

 

葵はしゃがみ込んだ。膝立ちで覗き込む様に近づいた。彼は慌てて飛び退いた。ベッドのフレームに背を押しつける様は、見えない力に押え付けられているかの様。葵が胸元が見えない様に手で押さえ、長い髪を揺らしていた。その彼女に見詰められる様は筆舌にしがたい。悪戯めいてもいたし、気遣われているようにも見えた。真也は蛇に睨まれた蛙であった。

 

(実は分かっててやってるんじゃ無いだろうな、この人……)

 

正解である。葵は真也の反応がおかしくて、楽しくて、可愛くて堪らないのだった。

 

「何故ですか」

「いえ、そこまでして頂くと恐縮すると言いますか、気恥ずかしいと言いますか」

「お気になさらないで下さい」

(無茶言うし)

 

葵は穏やかな表情から一転満面の笑み。

 

「真也さん」

「はい?」

「凛は夕方に戻ります。お忙しいとは思いますが、それまでに戻っては頂けませんか?」

 

仕事ですと突っぱねようと思ったが、葵の頼みでは拒否できなかった。従順に頷くのみである。釘を刺されてしまったと項垂れた。

 

葵の願いに頭を抱えながらも、真也が訪れたのは新都にある警察署、その近くにある食堂だ。木造建築の2階建て。昭和から続く隠れた名店だった。彼の目的は食事では無い、そこに通う人物である。扉を開けてその人物を見つけると、挨拶を述べ向かい席に腰を落とした。その人物は胡散臭そうに真也を見ると箸を置いた。

 

「お前が警察署の近くに来るとはな。何を考えている」

 

その人物は刑事だった。ライトグレーのスーツ姿で歳は50。顔に刻まれた皺と、髪に混じる白髪が年齢以上に見せていた。

 

「と言うよりまたサボリか」

「久しぶりにJさんの顔を見たくなっただけです」

「本音は?」

「人生相談、って奴です」

 

「お前がか」

「俺も人間ですよ」

 

J氏は真也を舐る様に見た。

 

「確かにな、悩んでいそうだ」

「そう見えますか?」

「見える、あの時のお前を思い出すと信じられない」

「あの時ってどの時です」

 

J氏は笑い出した。

 

「確かにそうだ。心当たりが多すぎる。で、相談ってのは?」

「最近、冬木市で変わった事はありませんか?」

 

お冷やを飲む真也は何食わぬ顔。妙な事を聞かれたJ氏は警戒を隠さない。

 

「真也、お前何を企んでいる」

「何も。ちょっと気に掛かってるんです。人生的な意味で」

「無いな。有ったとしても一般人である真也に業務内容を言う訳にはいかん」

「刑事さんが関わる様な話じゃ無いです。噂やちょっとした事です」

 

「ほー。そのちょっとした事がどうして気になる」

「昔、Jさんの部下を助けた事がありました。それで手を打ちませんか?」

「結果的に、だろう」

「確かにそうです。俺が居合わせなかったら怪我じゃ済まなかったでしょうね。結果的に」

 

「相変わらず憎たらしい小僧だ」

「俺に手錠を掛けた人が言いますか」

「自業自得だろ」

 

J氏は煙草を一本取り出すと火をつけた。煙を吐き出した。

 

「……美人が冬木市に居るそうだ」

「知ってます。俺の家に居ますから」

「相変わらずのシスコンか。聞け、それが並大抵の美人じゃ無い。想像を絶する美しさ、だそうだ。直接お目に掛かった事はないが、署でちょっとした噂だ」

 

想像を絶する美しさ、と聞いてサーヴァントを連想した。セイバーは絶美少女であったし、ライダーの素顔は見た事は無かったが、それでも神がかり的な美しさだとは予想が付いていた。この刑事はライダーの事を言っているのかと思った。

 

「歳は30前後。外国人では当てにならんがね」

 

妙だと真也は思った。セイバーはどう見ても10代半ば。ライダーは20代半ばだ。その二人を見て30歳前後と判断する人物は居ないだろう。別のサーヴァントではないかと彼は考えた。断定は出来ないが疑うには十分だ。

 

「……何処に行けば会えますか?」

「さぁな。商店街や柳洞寺の近くで目撃情報がある程度だ」

 

真也は席を立った。

 

「ありがとうございます」

「妙な事は考えるなよ」

 

彼は首を竦めるだけだった。何が妙なのか彼には分からなかったからだ。聖杯戦争は一般人からしてみれば妙かも知れないが、刑事が言及する妙とは犯罪の事だろう。

 

住宅街に戻った真也はまず人通りの多い商店街をぶらついた。都合良く見つかる訳でもなく、買い物の振りをしてなじみの人間に聞いてみたところ確かに目撃情報はあった、その程度である。

 

(明日、柳洞寺に行ってみるか。一成にバレると嫌なんだけれど)

 

遠坂家を出て、新都を放浪し、刑事と話し、商店街を聞き込みすれば既に夕方だった。そろそろ戻らなくてはならないが、ライダーとの約束があった。だが自分がおかしい、桜と会うべきか、その判断が付かない。彼は衛宮邸の近くまで来たがそのまま脚を返した。そのタイミングを語れば、凛の帰宅後、桜の倒れた後である。遠見の魔術でそれを見ていたキャスターは次手を打つ事にした。

 

 

◆◆◆

 

 

遠坂の台所で凛が掻き混ぜるのは昨夜作ったシチューである。作り直すべきか、迷ったが一晩おいたら随分と味が良い。手間を掛ければ良いという物では無かろうと、そのまま振る舞う事にした。

 

「……」

 

先ほど帰ると真也から電話があった。電話に出た葵は変わろうと凛を呼んだが彼女は拒否をした。私は怒っているのだと、そのポーズを示さなくてはならないのである。直に玄関の開いた気配がした。今か今かと待ち構えていた凛はエプロンを取り椅子に掛けると、手足を大きく振って歩き出した。文句も決めてある。

 

“勝手にしないで”

“何の一言もなく”

“私がどれほど心配したか”

 

だが、玄関に立つ彼の姿を見たらその気も失せた。無事な姿が見られただけで不満は吹き飛んでしまった。幸せそうな娘の姿を見て葵は現金なものだと吹き出した。組んだ両手を腹部に添えて、凛は一歩踏み出した。彼女が見上げる先には彼の困った表情があった。最初に伝えるべき言葉は一つしか無い。

 

「お帰りなさい」

「……ただいま戻りました」

「夕食の準備は直ぐ出来るから、手を洗ってきて」

 

身を翻しパタパタと凛が立てるスリッパの音は軽快そのものだ。誰がどう見ても喜んでいる様に見えただろう。彼は耐えきれず、壁に額を打ち付けた。

 

場所は変わりリビングである。彼に夕食の記憶は無かった。何か話したが何を話したのか覚えていなかった。ただ凛の微笑みだけが記憶にあった。今その凛は彼の左隣りに居た。二人はソファーに並び腰掛けていた。二人の距離は握り拳一つ分である。体温も匂いも柔らかみすらも感じられる距離だった。

 

彼女は何も言わず文献を読んでいた。書庫で読めば手間が無い筈なのにわざわざ持ち出したのは、側に居たいという願いのみだ。霊刀の手入れをしていた真也は我慢できずにこう聞いた。ただ視線は合わせなかった。

 

「言いたい事があるんじゃ無いのか」

 

文句、苦情、と言う意味である。彼には凛が何も言わない事が不可解だった。彼女は一枚捲ると静かに告げた。

 

「気づいてる?」

「なにが」

「私の距離。少し手を伸ばせば、動かせば抱き寄せられる。真也の好きに出来る」

 

彼は手を止めた。

 

「……凛。俺にそのつもりは、」

「良いの。大体分かったから。それでも良いから。私待ってるから」

 

何が分かったのか、彼はそれを問いただす事が出来なかった。二人が寝静まったころ真也は屋根で刀を抱きかかえ、蹲っていた。下がる視線は遠坂家の前を走る道路に注がれていた。物思いに耽る彼の焦点は合っていない。

 

思い出すのは先のバーサーカー戦の夜の事。彼は心にも無い好意を凛に告げた。凛を騙していると言う自覚は初めから有った。承知していた。凛と士郎が結ばれれば桜が泣く、手を打つには早いほうが良い、これは最善の策だった。桜の為にと今までずっとそうしてきた。疑問に思う事すら無かった。だが、これは正しい事なのかと、彼は生まれて初めて疑問に思った。そんな筈は無い。今頃何を言う。今更だ。だが何故これ程辛い。

 

“間違っている? 桜の為にしている事なのに?”

 

ぼうと見ている視線の先。遠坂家に沿って走る小道を幼い桜が歩いていた。泣きじゃくり必死に兄を探していた。その幻は闇に消えた。

 

「……」

 

彼はふらりと立ち上がった。間違ってなどいない筈だ、彼は己にそう言い聞かせた。そうでもしなければ動けなかったのである。

 

凛がそろそろ眠りにつこうかという頃、扉を叩く音があった。彼女は直感で真也だと分かった。こんな時間に何の用だ。扉を開ければ装備を調えた彼が立っていた。やっぱりそうなのかと、凛は精一杯の笑顔を見せた。

 

「桜の所?」

「悪い、少し顔を見たくなった」

「こんな夜にどうして?」

「強いて言えば胸騒ぎ」

 

凛は桜が倒れた事を知っていたが、真也には伝えていない。どうしてそれに気がつくのか。彼女は唐突に氷室鐘の話を思い出し、やはりそうなのだと、その事実を受け入れた。

 

「良いわ。でも早く帰ること。アーチャーも居るけれど、真也の単独行動は危険だから」

 

彼女は小箱から魔力を籠めた宝石を取り出し彼に差し出した。

 

「これを持っていって。使えば駆けつけるから。何があっても直ぐに駆けつけるから」

「悪いけれど気持ちだけ貰っておく。それは葵さんに渡してくれ」

 

凛の身体に触るのが怖い、気遣いを受け取るという事が出来ない。

 

「そこまでしてくれなくて良いから。俺は一人で大丈夫」

 

凛は一歩強く歩み寄った。真也は無意識に一歩後ずさった。

 

「なら行かせない。アーチャー使ってでも止める」

「何かあっても使わない、それならどう? 意味は無いだろ」

「真也が持つ事に意味があるの」

「どんな意味がある」

「これは私たちの第一歩だから」

 

真也は暫く固まっていた。歯を食いしばり凛の手の平からそれを取った。

 

「気をつけて」

 

彼は何も言う事が出来ず、廊下の暗がりに消えていった。

 

「真也さん、こんな時間に外出?」

 

それは入れ替わりでやってきた葵だった。二人の事が気がかりで寝付けなかったのである。

 

「ねぇ、母さん。父さんに頼られてないって感じた事あった?」

「何よそれ」

「真也ってシスコンなの」

「……妹さんを大事にしてるって事?」

 

葵は“妹の名にかけて”と真也が言った事を思いだした。

 

「それはもう良い、受け入れた。でも頼ってくれないのが辛くて。本当に必要が無い奴ならそれでも良い。でも真也はそうじゃない。苦しんでるのに何も出来ないのが辛い」

「つまり、甘えてほしいと」

 

凛は頷いた。その瞳は彼が消えた暗がりを求める様にじっと見ていた。

 

「贅沢な悩みね」

 

甘えたいが普通先だろうと、葵は溜息を付いた。

 

 

 

 

 

つづく!




痛ぇ、心が痛ぇ。凛の健気さが辛い。キータッチが重い、文字綴りが進まない、こんな事は初めてだ。こんな事ならデレさせるんじゃ無かった。デレが無ければこのイベントは無かったのに。もう真也に受け入れさせたい、凛を笑わせてやりたい。でも桜がぁ、プロットがぁ……あ、あ、あ、あー、(錯乱

今話で真也が衛宮邸に行く予定でしたが、推敲する度にSAN値が削れます。耐えきれず半分で投稿です。ごめんなさい。次回こそ。








【Q&A】
Q:セイバーが邪魔
A:セイバー陣営の立場で考えてみておくんなまし。

セイバー陣営とライダー陣営が結んだのはあくまで共闘、それに個人的事情を配慮することは含まれません。

舞弥が士郎を真人間にしたいから女の子の部分を見せてあげて下さい、と凛に言えば彼女は知ったこっちゃないと突っぱねるでしょう。それと同じです。

セイバーから見れば自分のマスター(士郎)が他のマスター(桜)に骨抜きにされては叶わない。抱いた女に情が移っては困る、せめて聖杯戦争が終わってからにしろと……というのが彼女の意見です。もちろんこれは建前であり、本心はセイバー自身気づかぬところで舞弥に育成されてます。

それ以前に、私たちは桜の事情を知っていますがセイバー(陣営)は知りません。凛を主に警戒していたセイバーから見れば、温和しくしていた桜が何の脈絡もなく裸で迫っていた訳で、そりゃー驚きます。温和しい振りをして虚を突くとは、この女狐! って感じです。あーあの台詞女狐に変えようかな。

因みに。セイバーが原作通りの性格だった場合桜を止めはしませんが、その場合舞弥がその役を努めますので、桜が止められるというイベントは結局起こります。
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