冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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24 聖杯戦争・11 キャスター編

月明かりを浴びてトボトボと歩くのは真也である。日付が変わるにはもう暫く時間が掛かるが、10人が10人口を揃えて答える紛う事なき深夜であった。左手にある和風住宅は灯火が落ちて何も語らない。右手にあるアパートも沈黙していた。自動車が二つ並べば塞がってしまう程度の小道ではもはや人影すら無い。

 

塀の上に佇む黒猫と眼が合った。足が止まった。彼は声を掛けた。

 

「うなー」

「……」

 

猫は一瞥をくれると立ち去った。汚物から逃げるかの様である。

 

「ふ、猫にも馬鹿にされるわ……」

 

またトボトボと歩き出す。

 

「無様だ。冬木の羅刹と呼ばれたあの日が懐かしす……」

 

あの頃は楽だった。迷う事など無かったからだ。分かりやすい相手には腕力に訴え、大立ち回りをするだけだった。知恵が効く相手には策を巡らし陥れた。見知らぬ大人に何度も怒鳴られ何度も殴られた。挑発し殴らせた事もあった。堪えなかった。気にならなかった。だから何度でも繰り返した。挫折する事なく、嫌気も差さず、打ちのめされる事も無かった。

 

“何故こうなった”

 

数日前からか感じる様になった“痛み”は、気がつけば慢性化していた。この瞬間でさえも鈍く痛む。彼はそっと左手首のリボンに右手を添えた。

 

「サクラニウム、最近効きが悪いな……」

 

彼は商店街に向かうと公衆電話を手に取った。ピポパと電話を掛ければ士郎の声である。

 

「山」

『……川?』

「んむ」

『なにやってるんだお前』

 

「電話を掛けている」

『そう言う事じゃない。電話を掛けて合い言葉も無いだろ』

「名乗らなくても誰か分かったじゃないか」

『いや何というか、普通に名乗れば済む話じゃないかと』

 

「士郎に名乗るのが気に触ったんだ」

『実はお前はツンデレじゃないかって最近思う』

「よせやいキモイから」

『……で、用件は?』

 

真也はここで漸くどちらに会いに行くのか、それが分かっていない事に気がついた。目的は桜だがアポを取ったのはライダーである。ところがどうした事か、士郎はこう切り出した。

 

『……真也。お前に言わなくちゃいけない事がある』

「何だよ改まって」

『桜の事だ』

「ほほう」

 

とうとうやったか、告白したか、どちらがしたか、士郎からなら一発殴って許す、桜にさせたなら一発殴る、と真也は笑いながらも米神を痙攣させていた。

 

『……』

「言い難いのは分かる。怒らないからお義兄さんに言ってみな?」

 

ちゅーしたのか、まぁそれぐらい当然だよな、小学生じゃあるまいし、一発殴って大目に見よう、と真也は笑みと怒りが混じり始めた。

 

『……』

「……」

 

らしくない、と真也は思った。士郎は臆面無く言う方だ。特に真也に対しては遠慮が無い。その士郎が言い淀むとは相当言い難いのかと考えた。察した。受話器を持つ握り手に力が入る。ミシミシと音を立てた。

 

『……実は、』

「ヤったのか」

『……なにが?』

「ヤったのかと聞いている」

 

『……』

「……」

 

士郎は桜の裸を思い出した。

 

『そんな事しない!』

「まだ学生の分際で妹を孕ませるとは良い度胸だ! 責任取れるのか!? 取れないだろ!? 表出ろ!」

『生出しなんて無責任な事するか! そもそもそんな短期間で妊娠は分かないだろ!』

「やっぱりヤってやがったか! てゆーか、なんで判明する期間なんて知ってやがる!」

『だから違う! 桜にそんなやましい事はしない!』

「桜(超絶美少女な妹)と一つ屋根の下でお前はそれでも男か! 桜にそんな価値は無いとか言うか! キ○タマ付いてるのか! このヘタレ! このイ○ポ野郎!」

『いい加減落ち着け! このシスコ○!』

 

勘弁ならぬ、もうカチコミだ、と真也が受話器を叩き置こうとした瞬間である。

 

『シンヤですね?』

 

電話機の向こうからとても色っぽい声がした。ライダーであった。彼女は士郎の騒ぐ声を聞きつけ、受話器を取り上げたのだった。いつもと変わらぬ抑揚、言葉遣いであったが、憤りが感じ取れた。当然である。約束の日は違えていないがこれ程時間が遅くなれば、文句の一つも言いたくなるだろう。真也の頭が冷えた。

 

「……遅くなりましたが、これから向かいます」

『墓地近くの林に来るように』

「なんで?」

『話があります』

 

電話が切れた。

 

「体育館裏に来いって奴かなー」

 

あははと乾燥した笑みで受話器を置いた。

 

「ちょっと君良いかな?」

 

真也の肩に手を置いたのは警官だった。深夜の商店街で騒げば当然の結末であろう。

 

「さよならっ!」

「またんかコラァ!」

 

真也は逃げ出した。

 

 

◆◆◆

 

 

真也は一歩踏み出した。枯れ葉を踏んだ。カサリと音がした。そこは冬木の寒さに捲かれた林の中である。民家も遠く人目に付かない。足場が悪く踏ん張りが利かない。樹木という障害物が連立し視界が悪い。月明かりが無ければ一寸先の闇である。

 

彼が重苦しい気分なのはそこが彼にとって修練場だったからだ。母であり師でもある千歳に良い様にあしらわれる忌まわしき場所だった。ただ日々の修練のお陰か、頻繁に転がされたお陰か、その場所は手に取る様に分かった。躓く事も迷う事も無い。

 

「……」

 

物音一つしない。何時もであればそれなりに遭遇する梟の鳴き声も気配も無い。木々を走るすきま風が時おり枝葉を鳴らす程度だ。その静かな場所に意思が生み出すある種の気配が満ちていた。それを感じ取った彼はコートの中、左脇にぶら下げたそれを取り出した。先日セイバーに後れを取った事を教訓に、樹脂製のスナップを取り付けて直ぐに取り外せる様になっている。彼は霊刀を左手に握った。その場所には功性の意思が満ちていた。

 

風切音。たゆたう暗闇から飛来したそれを鞘打ちで弾くと鉄杭だった。弾かれ威を失ったそれは、蛇がのたうつ様に暗闇に消えた。彼はその暗闇を睨んだ。

 

「……説明を求める。今の本気だっただろ」

 

真也のその声はライダーに向けられていた。月明かりを浴びて、闇夜に浮かび上がるその姿は神話のワンシーンの様であったが、優美さには少々欠けていた。脚を肩幅に開いて仁王立ち。両手を渡す鎖が揺れる様は獣の鼓動である。ライダーは身じろぎせずこう言い放った。

 

「シンヤは女を怒らす技に長けているようです。これほど腹を立てた事は記憶にありません」

「だから、説明しろ」

「黙りなさい。不愉快です」

 

彼女の姿が消えた。もちろん逃げたのではなく襲う為である。空中に身を躍らせた彼女に、鞘を打ち付けようと瞬時に構えると、鉄杭は左舷から飛来してきた。慌てて身を退けば、目の前をそれが撃ち貫いていった。鼻先を掠めた。

 

“ヤバイ”

 

彼は初手でそう判断した。彼がライダーと戦うのは2度目である。1回目は自宅の居間であったが、それがどれほど好条件だったのかと思い知らされた。ここは屋外で彼女はその速力を存分に活かせた。加えてローマ神殿の柱の様に立ち並ぶ樹木は恰好の足場だ。上から下、右から左、はたまた左下から右上へ。騎兵は立ち止まる事なく駆け抜けた。もちろん駆けるのみではなく、斬り付けた、打ち込んだ、投擲した。立体機動による攻撃である。

 

ある時騎兵は右斜め下から左上へ駆けた。ナイフの様に振るわれた鉄杭は真也の胴体を掠めた。衣類である礼装に引っかかり彼は回転しながら大地に叩き付けられた。

 

即座に立ち上がり気配を探れば、ライダーは真左から真右へ駆け抜けた。超高速で機動する騎兵を迎撃しようと意識と姿勢を向ければ、死角から鉄杭が飛んできた。際で気づいた彼は首のみを捻り躱すが、頬を掠め切り裂いた。浅かったが血が垂れた。

 

ライダーの動きは奇抜だった。如何にサーヴァントと言えども直線的な動きであれば、支援魔術無くともある程度の対応は出来るが、彼女はそれを許さなかった。

 

慌てて樹木に背を預ければ頭上に気配があった。目の前に騎兵が打ち下ろした鉄杭の先端が迫る。回避に必要な時間が足りない。身体を右へ振るのにも、左へ振るのにも足場が悪くワンテンポ遅れる。彼は背を預けていた樹木を鞘打ちした、その反動で大きく飛んだ。

 

彼が着地する寸前、背後から鎖がチェーンソーの様に迫る。姿勢制御。右手を伸ばし大地に突きつけ倒立、床上体操の要領で跳躍した。着地予定の場所を鎖が抉った。支えが右手一本であった為、鎖は腕を掠める程度だったが、胴体を置いていては直撃を受けたに違いない。彼女のその様は猛獣を追い立てる、ビーストマスターの鞭そのものであった。

 

真也は空中で身を翻し、目の前にあった樹木に着地、蹴り出した。大きく跳躍。岩場の影に隠れた。間髪置かず、隠れた岩の、半分程の岩が飛んできた。ライダーの怪力Bである。慌ててバックステップ、回避。岩と岩が衝突し大きな音を立てた。

 

彼が大地に這いつくばれば、割れた岩の向こうに騎兵が立っていた。一瞬きののち掻き消えた。ただ、樹木を蹴り出す音のみが林に響き渡る。矢継ぎ早に繰り出される攻撃に息を付く暇も無い。危険を冒してでも流れを強引に変える必要があった。真也は脚を広げどの方向にでも打ち込める態勢を取り鞘を構えた。功性の気配が大きく近くなる。右、左、右、左と唱えること約10回。

 

(……右っ!)

 

察知した気配と感に従い右舷を鞘で打ち貫いた。その一振りはライダーを捕らえ、蹈鞴を踏ませた。追撃、踏み込み突いたその鞘の先端は空を切った。彼は舌を打った。

 

鞘打ちではなく通常の斬撃であれば、流れを変えられたに違いない。だが出来なかった。真也はライダーに襲撃されてからと言うものの、抜刀しようか迷いに迷って、結局抜けずにいた。それは自殺行為に等しい事だと理解していた。敵を捕らえる事は倒す事より難しいのだ。

 

だが理由が分からない。ライダーが彼を襲う理由が分からない。アーチャー、セイバーならともかく寄りにも寄ってライダーだ。ライダーを仕留めてしまえば、桜の願いがフイになる。

 

ライダーは鎖を繰り出しこう言い放った。

 

「驚きました。この地形で押し切れないとは」

「幾ら英霊だろうと、馬鹿力のゴリラ女にひけは取らない」

 

ライダーの癖は読みつつあった。もう数手堪えれば何とかなる、彼はそう踏んだ。と言いつつ彼は相応に酷い有様である。翻弄され骨折こそしていなかったが、打撲や切り傷に事欠かなかった。

 

「同じ陣営だから殺しはしないけれど、ふん縛ってお仕置きしてやる。洗いざらい吐いて貰うぞライダー」

 

真也の発言に彼女は忌々しげだ。抑揚の無い声が、僅かに振れた。

 

「シンヤの愚かさには呆れ果てて物も言えません。私が何故ここまで苛立っているか、この期に及んでまだ気づかないのですか」

「……何を言ってる」

「サクラの様な娘に、あそこまでして置いて」

 

ライダーから見れば桜は“誰かに守られなければ生きられない少女”その物である。それは彼女の姉と同じだ。真也は訳が分からないと眉を寄せた。

 

「ライダーの言っている事は要領を得ない。言いたい事があるなら順だって話せ」

「にも関わらず余所の女に現を抜かすとは」

「……ちょい待て」

 

ライダーは真也に向けて踏み込んだ。直線的な機動である。彼にはライダーの意図するところが全く分からないが、この機は逃さないと迎撃した。彼は霊刀を収めた鞘を左手に掴み抜刀準備。彼女が機動を直線的な物に変えたのは、視線の為であった。

 

彼女は眼帯を取り去った。石化の魔眼“キュベレイ”発動。ライダーは高い抗魔力を持つ真也が石化する事はあるまいと踏んだ。何より彼が魔眼の存在を知っている以上効果は弱まる。狙いは重圧であった。

 

ライダーは真也を殺すつもりは無かった。ただ桜の苦しみと己の憤りを思い知らせる為“少々手荒に痛めつける”と言うのが狙いである。だが彼女は一つ誤りを犯した、否、犯していた。真也は腕が立つ、それ以外の事を知らなかったのである。敢えて積極的に知る必要も無いと気にも止めなかった。彼女もまた桜以外に重きを置いていなかった。

 

真也とライダーの距離は約2メートル。真也は涼しい顔で、全く変わらぬ身体裁きで迎撃行動に移った。この時彼女は彼の身につけている眼鏡がそう言う代物だと悟った。真也は抜刀しその刀身をそのまま投げ捨てた。ライダーの注意が刀身に注がれた、真也から注意が逸れた。

 

彼はその隙に乗じて鞘の先端、つまり小尻をライダーの鳩尾に打ち込みカウンターとした。くの字に曲がり彼に向かって突っ伏した。真也はライダーの襟首、は衣装の都合上掴めなかったので胸元を掴み大地に叩き付けた。肌が露わになったがお構いなしだ。

 

二人は組み合う様に互いを牽制していた。真也は鞘でのど元を突こうと構えていたし、ライダーの左手は真也の首を掴んでいた。真也は冷めた目で言う。

 

「勝負あったな」

「この状況を見なさい。私はシンヤの首を潰し切る事が出来ます」

「俺は二度も切り捨てる事が出来たけれど全て鞘打ちにした。ヒステリーもいい加減にしろ」

 

真也は桜を裏切った訳では無いと判断した。でなければ、ここまでされて反撃しないなどあり得ない。凛に寝返ったのならライダーを倒す筈だ。

 

「なぜ斬り付け無かったのですか」

「……桜のサーヴァントだからに決まってるだろ、この冷血漢の不感症女」

「冷血と言われるなど心外です。でなければ手加減などしません」

「は、不感症は否定しないのか」

「シンヤにはそれを確かめる術は無い、つまり答える必要はありません」

「そりゃごもっとも………手を離せライダー。これ以上は俺が手加減できない」

 

彼の目がぎらついていた。ライダーは手を離し、真也は身を起こした。

 

「いいでしょう。少々不満が残りますが不実を働いては出来ない行動と判断します。私への暴言も不問にします」

 

地べたに身を半分起こし、彼を見上げる騎兵のサーヴァントは慰み者にされても尊厳を失わない貴人の様に見えた。あくまで上から目線で語るその態度に彼は苛つき始めた。

 

「言っておくけれど。ライダーのしでかした事を笑って済ますつもりは無いぞ」

「私が本気なら林ごと焼き払っています。わざわざシンヤに接近戦など挑みません」

 

それは騎英の手綱(ベルレフォーン)をロングレンジから撃つという意味である。指定場所にのこのこと現れた以上、そうする事も可能だろう。だが挑み負けた以上負けだ。

 

「負け惜しみか、見苦しい」

「気づいていませんか? シンヤは私の信頼を勝ち取ったと言っています」

「何のことだ」

「ですがまだ足りません。私は満足していません」

 

ライダーは立ち上がり真也に乱された着衣を整えると、身体に纏わり付いた長い髪を手櫛で流した。さらりと髪が流れる。彼女のその仕草は屋外で事に及んだ女性が身繕いする様にも見えた。漸く彼女の素顔を見ている事に気づいた彼は、多少の気まずさを感じつつもこう告げた。

 

「ライダー。全て話せ。お前は何を考えている」

 

警戒を解かない真也に対しライダーは気怠そうだ。流し目で彼を見ていた。

 

「それです」

「何が」

「シンヤは今何をしていますか? 何を考えていますか?」

 

ライダーの言っている事が理解できず、彼は眉を寄せた。共闘を結んだ時隠れてバックアップすると話した筈だ、彼の目はそう語っていた。彼女は真っ正面から彼に向き合った。

 

「シンヤがサクラの為に動いている事は理解しました。ですが、それのみでは私たちは致命的な欠陥を抱える事になります」

「つまり、情報交換をしたい、と言う事か?」

「互いを知り合うべき、と言っています」

「ライダーは桜のサーヴァントだ。俺はそれ以上求めない。俺に話す理由は無いね。大体それは今更だろ。その台詞は初めて会った時に言うべきだった」

 

「衛宮家での一連の出来事を経験してその上で気づいた事があります。隠し事は不和を呼び、何かに付け入る隙を与える事になります。衛宮士郎とは陣営が異なる以上ある程度はやむを得ませんが、最低限私たちは互いの事を知り合うべきです。

 

一つミスを認めましょう。私はシンヤを信頼していませんでした。それに関して何もしませんでした。考える事はサクラの事のみです。私の真名をサクラに明かしたのはサクラの願いだったからですが、私はサクラに思いとどまる様に伝えました。結局はサクラの指示に折れましたが」

 

「マスターでも無い人間にサーヴァントが簡単に信用なんて、そりゃ出来ないわな」

「その通りです。信頼とは勝手に生まれる物ではありません。積み重ねるものです。気づいていない様なので言います。シンヤは生来持つ力ゆえ今まで万事一人でやってきたようです。事実それで済んできた。貴方はそれが出来てしまう。ですがシンヤはそれがどれほど危うい事か、気づくべきです」

 

「何が言いたい」

 

「私はサクラを守る事に異存はありません。シンヤもそうでしょう。ですが今の私たちはサクラを中心としたヤジロベーの様なものです。片方がおかしくなるとバランスを崩し落ちてしまう。シンヤの場合サクラにすら隠している事がある。サクラもまたシンヤに隠し事をしている。責める気はありません。プライバシーもありますし、知る事は必ずしも良い結果を生みませんから。チトセがサクラに魔術の予備知識すら教えなかったのは、可能な限り魔術の世界とは無縁で居て欲しかったからでしょう。

 

ですが状況は非情に迫ります。ならせめて私たちは手を繋ぐべきです。もう隠し事は無しにしましょう。言いなさい。シンヤ、貴方は何者ですか? 今何をしていますか? シンヤが私に心を預けねば私もシンヤに預ける事は出来ません」

 

「ライダーの言う事は尤もだ。けれど世の中そう簡単じゃ無い。思惑ってのは人によってバラバラだ、組織が個人の思惑に配慮したら運営なんて出来ない。そもそもライダーは聖杯戦争が終われば消える身だろ。見聞きした事は英霊の座に情報として送られるそうだけれど、座に居る本人と守秘契約が交わせない以上、伝える事は出来ない。申し訳ないけれど諦めてくれ」

 

一つ間を置いた後彼女はこう告げた。

 

「私は二人の姉に手をかける定めを持っています」

 

それは彼女にとって身を切る程に痛む事実だった。

 

「エウリュアレーとステンノーだっけ? それがどうし、」

「まだ足りませんか?」

 

ライダーの瞳から涙が一滴溢れた。

 

「他に差し出せるものと言えばこの身しか残っていません」

 

彼は頭を掻き毟った。悩みに悩んだ後こう告げた。

 

「……何が知りたい」

「全てです」

 

 

◆◆◆

 

 

涙を見せるとは卑怯だ、そう思いつつも真也はライダーを連れて蒼月邸に戻った。屋外で話せる内容では無いのである。彼はライダーをダイニングテーブルに誘い、二つの白いマグカップにコーヒーを注ぎ、一つを彼女に差し出した。じっとそれを見詰めた彼女は言う。

 

「私は人間としての栄養摂取法に興味はありませんし、貴方たちの作法は私には合いません」

 

ライダーは抑揚無く答えた。単に事実を語っているだけだ。

 

「気分の問題なんだ。コミュニケーションを円滑にする為、と理解してくれ」

「……そう言う事であれば」

 

コーヒーの味に戸惑うライダーを見て真也は己に呆れた。頬杖で支える頭が妙に重い。

 

(これだけの美人なのに何とも思わないんだな、俺)

 

言い出した手前、素顔を隠しては話す事もままならないと彼女は目隠しを外していた。もちろん彼に影響が無い事は確認済みである。暗がりでは良く分からなかったその端正な顔が、電灯が灯る室内では良く分かる。好みかどうかは別にして彼が知る女性の中で断トツの美しさであった。神々しいとはこの事かと彼は思った。だが戸惑いもしない、慌てもしない、何の情動も起きない。

 

(シスコンもここまでくれば立派だな、うん)

 

そして桜はもちろんだが、凛、葵の3人にしか反応しないのは明らかにおかしい、と考えた。

 

(……そういえば桜と凛と葵さんってそういえばどこか似てるな。雰囲気というか匂いというか)

 

物思いに耽っているとライダーが現実に引き戻した。

 

「シンヤ、そろそろお願いします」

 

彼は頷いた。コーヒーを一口啜る。

 

「今から話す事は秘中の秘だ。俺とお袋しか知らない。桜にも黙ってる」

 

彼女は沈黙を持って同意を示した。

 

「俺には4つの特徴が有る。一つ目、魔眼」

 

彼が眼鏡を外すと蒼く光っていた。その深みに彼女は一つ息を呑んだ。彼はテーブル上の金属製の小皿、そこに置かれたコインと爪楊枝を手に取りコインを殺した。世界との繋がりを消されたそれは薄くなり消えた。流石の彼女も目を剥いた。

 

「……バロールの、」

「そ。秘密って言ったけれどこれはイリヤスフィールにバレている可能性はある」

 

彼は眼鏡を拭くと身につけた。

 

「とんでもない物を随分とあっさりと語ります。残りの3つがそれ程重いのですか?」

「どうして俺がサーヴァントとやり合えるのか、と言う意味で2つ目と3つ目が関わる」

 

彼は首元の細いネックレスを指さした。彼女が目を凝らすとその表面に文字が刻んであった。彼は言う。

 

「2つ目がこれ」

「礼装ですか?」

「俺は単に封印具って呼んでるけれど」

「何を封印するものです」

 

「俺の魔術を抑制する物」

「抑制する必要があると言う事でしょうか」

「これは3つ目の蒼月の魔術に関わる。その前にコーヒーのお替わりは?」

「頂きます」

 

彼は一つ息をして語り出した。

 

「俺は一般魔術師が使う様な呪文を知らないんだ。魔術自体を知らない、というと語弊があるか。魔術という儀式、手法を知らないんだ。呪文、印、シンボル、を知らないって意味。なぜなら俺の師である母もそうだから。知らないなら教える事は出来ないよな。でも俺らは魔術師って名乗ってる」

 

彼女は良く分からないという表情をした。彼は言う。

 

「少しまどろっこしいが聞いてくれ。魔力ってのは完全無色の力だ。それ自体では何も出来ないけれど、必要な手順に従うと任意の現象を生み出せる。

 

魔術師ってのは印を組み呪文を唱え、念じ、己が内に結界を構築する。この結界に魔力を注いで魔術って言う現象を生み出すのが魔術師だ。魔力ってのは砂の様な小さな粒だ。結界とは容器、四角い箱に入れれば四角い形を持つ、三角の箱に入れれば三角の形を持つ。けれど、その結界を必要な手順なしで直接作り上げる、つまり儀式を用いず魔力を操作できるって言ったら信じる?」

 

「不可能ではありません。もともと肉体は簡易的な魔術の結界の様なものです。魔力を籠めて肉体を補強したりする様に、魔術師でも一般人でも大なり小なり操作は可能です。ですが、それの効果は限定的、微弱です。実用に耐えうる物では無いでしょう。仮にそうならシンヤの言う儀式が不要になります」

 

ライダーはそれに気づいた。

 

「……そうですか、生身の人間であるシンヤがなぜサーヴァントと身体能力が競るか」

「そう。俺の魔術ってのは、魔力を直接操作し身体能力を向上させている……この表現は語弊があるか。肉体の限界を超えた現象を魔術で作り出している、と言う事」

 

「シンヤのそれを魔術と呼ぶのを良いとしましょう。ですが私はシンヤが身体強化以外の魔術を見た事がありません。魔力を直接扱えるならば他の現象も生み出せるはずです」

「俺が行使できるのは肉体の操作と直接触れた物を簡単に弄る程度。外部への複雑な行使は出来ない。やり方が分からないんだ。お袋は自分で知るものだと言ってるけれど」

 

「何者ですか?」

「俺も知らない。何度も聞いたけれど答えようとしない。たぶん俺はお袋の劣化コピーだな。ハードは複製したけれどソフトが欠損してるって言う」

「卑下は好みません」

「気をつける」

 

ライダーはコーヒーを一口啜るとこう告げた。

 

「心しなさい。その魔術は諸刃の刃です。心理的影響が大きすぎます。魔術の手続きは、引き金でもあり安全装置でもあります。術が意図するだけで生じてしまうのなら、迷い、苦悩、といった精神の乱れが肉体的な現象に跳ね返るでしょう。シンヤ、その封印を外してはなりません。激しい葛藤は、最悪肉体を破壊しかねません」

 

現在進行形で感じる痛みがそれかと、言われて腑に落ちた。ライダーは言う。

 

「最後の4つめとは?」

「俺がシスコンだって事」

「良く分かりました」

「あれ? あっさり納得? オチのつもりだったんだけれど」

 

「それ程の特性を持てば真っ当な人間では精神が耐えられない。暴走するか自滅します。サクラの為だけにある精神構造がシンヤに秩序を与えていた、と言う事でしょう」

「……褒めてる?」

「10年前、サクラに出会えた事を感謝するべきです」

 

 

◆◆◆

 

 

「んじゃ、俺からも一つ。ライダーがあの行動に至った理由を聞きたい」

「サクラが倒れました」

「士郎の野郎!」

 

真也は霊刀を掴み駆け出した。ライダーは彼の首根っこを掴んだ。もうタイミングも慣れたものだ。

 

「HANASE!」

「落ち着きなさい。倒れた原因はシンヤにあります」

 

ピタリと動きが止まり、ゆっくりと首のみ回した。その様はグリス切れのおもちゃの如くぎこちなく。

 

「……なぜに」

「遠坂凛が付き合っていると言いました」

(内緒だって言ったのに)

 

呻き顔で彼は続けた。

 

「……それがどうして桜に繋がる」

「後で説明します。サクラの内面を知らないシンヤを咎める事はできません。ですが立場上聞きます。それは真実ですか?」

 

彼はドモリまくった。瞳も泳いでいた。非常に動揺していた。誰の目から見ても怪しすぎた。

 

「っと、で、すね、」

「言いなさい」

「……士郎が、凛に、好意を、持っている、から、です。それ、の、牽制、に、でし、て、はい」

「それは本当ですか?」

 

ライダーは疑いの眼差しを向けていた。

 

「……何をおっしゃっているのでしょうか」

「今のシンヤは先日までと何かが違います」

「何かって?」

「耳を貸しなさい」

「?」

 

側耳を立てると見せかけて、ライダーは真也の首根っこに噛み付いた。暴れる彼を強引に抱きしめ押え付けた。血を啜る。ジュルジュルと啜るその様はトマトジュースを飲むかのよう。

 

「あ、あ、あーーーー」

 

と言いつつ彼はドサリと音を立てて床に倒れた。女を知らない少年の血を堪能した彼女は満足気味だ。唇に付着した血を舌で舐め取った。

 

「……悪くありません」

「ら、ラいダー、さ、流石、の俺、もいい加減、辛抱の、限界、だ、ぞ」

 

相応の血液と魔力を吸われた彼は、力が抜けて起きるに起き上がれない。かく言うライダーは涼しい顔だ。

 

「シンヤの行動はとても褒められる物ではありませんが、義務から生じた物と判断します。不問としましょう」

「わ、訳が分からない……」

「一つ屋根の下で未だ童貞ならばそれが証。不実な者なら早々に不貞を働くでしょうから」

 

彼はガバッと起き上がった。

 

「童貞童貞ってやかましい! てゆーか、さっきから気になってたんだけど随分上から目線だな!」

「私はシンヤの様な乙女心を弄ぶロクデナシに理解を示し受け入れました。それが不服ですか?」

「……ライダーってそういう顔するんだね」

 

彼女は半眼で笑みを浮かべていた。強いて言うのであれば男友達の浮気を咎めるそれである。

 

(嘘が誠になったと言う事ですか。本人が気づいていないのがせめてもの救いですが)

 

彼の態度を見て彼女はそれを直感で感じ取った。だがやぶ蛇を恐れて言い出せない。立場上凛より桜なのである。

 

 

◆◆◆

 

 

ライダーの告白を受けた真也はまさかと思った。俄には信じられなかった、信じたくなかった。だが事実は変えられない。“凛と付き合っている”それを聞いた桜が倒れた事は事実なのである。

 

彼が居るのは衛宮邸の離れ、桜に宛がわれた部屋だ。彼の妹はベッドの上で静かに寝ていた。身じろぎ一つ無く、唇は紫色で青ざめていた。まるで死人の様である。彼はそっと桜の右手に手を添えた。随分冷たい。

 

「なんで……」

 

二人の側に立つライダーは抑揚無くこう告げた。ただ随分と穏やかだった。

 

「私の意見を伝えます。念を押しますが私の独善です」

 

彼は反応しなかった。ただ桜の身のみを案じていた。

 

「サクラの様なタイプにあそこまでした以上、責任を負うべきです」

「……タイプってなんだ」

「一人では生きていけない、そういう娘は居ます。それ程大切なら受け入れるべきです。サクラのだけの特別な誰かになりなさい」

「なんだその言い回し。昨日は伴侶とか言ってなかったか」

 

「サクラの聖杯への願いを知りました。サクラはシンヤの妹である事が絶対の前提です。社会的な決まりで婚姻は結べなくても出来る事はあります」

 

彼は押し黙った。

 

「シンヤは意固地すぎます。サクラの何が不満です」

「不満なんてあるもんか。可愛いし、料理だって上手だし、笑ってくれるだけで満たされる。でもずっと妹としてみてきたんだ。今更」

「シンヤがそう思う様になったのは何故です」

 

沈黙を続ける彼にライダーは一言その名を呼び促した。

 

「……俺が兄で無くなると、桜が妹で無くなると、桜の特別になると俺は今までの今の生き方を続けられない。桜の為にこの身体と命を費やす、それができなくなる。恋人でも夫でもどちらでも良いけれど、桜を守る為に傷ついたら桜は悲しむだろ。でもそうで無いなら、無茶を出来る。怪我をしたって良い。例え死んでも特別な誰かで無いならそれ程辛くない」

 

「今でもサクラは心配しています。シンヤが怪我をして運び込まれた時、どれほど悲しんだか。シンヤが死ねばサクラがどれほど悲しむか、それが分からないシンヤではないでしょう」

「だから桜を支える誰かが欲しい。俺以外の誰かが」

「シンヤ、その生き方はサクラに酷すぎる。愛し合い傷つけ会うのは人の性です。シンヤがサクラを傷つけないように生きる事、これはサクラへの侮辱です。本当に愛しているならサクラを傷つけることを厭うべきではありません」

「ライダー、俺と桜は義兄妹だ」

 

「知っています」

「桜と出会う前の俺はただの生き物だった。空っぽで何も無かった。桜と出会ったとき他の生き方を思いつかなかった。この10年、ただそれだけを考えて生きてきた。その為に多分多くを犠牲にしてきた。今更変えるなんて無理だ。誰も許さない、俺が許さない」

「でも桜を苦しめている」

「でも俺は兄以外の答えを持たない」

 

ライダーは溜息を一つ付いた。

 

「仮に、サクラがシロウと結ばれたとしたら、その後はどうするつもりですか」

「本気で考えた事無かったな。どうしようか……そうだ、そうだな。そのままがいい。何も変わらない。桜を守る。それだけ」

 

「衛宮士郎とサクラを見ながら?」

「そう」

「一人で?」

「一人で今までやってこられたんだ。これからもきっと大丈夫さ」

 

真也は桜の額に唇を添えた。

 

「悪い。全部忘れてくれ。桜に余計な負担は掛けたくない」

 

ライダーはもう一度ため息をついた。今度は深い溜息だった。真也は笑いながら言う。

 

「幸せが逃げるぞ」

「誰のせいですか」

「俺じゃないやい」

「シンヤは頑固、というより不器用ですね」

 

凛に靡いても良いのに、と彼女は立場を忘れそんな事を思ってしまった。彼の頭に手を乗せて撫でた。彼は仏頂面である。ただ好意は嬉しいと手を払う事はしなかった。

 

「頭を撫でるのは男がやるもんだ」

「ではもう少し男らしくなって下さい」

「そんなに女々しいか? 俺」

「サクラを思う余り色々見落としていそうです。気をつけなさい。自ら進んで首を絞めている様に見えます」

「そうかも、な」

 

彼はゆっくりと立ち上がった。

 

「もう戻る。見送りは良いから」

 

彼はそう言うと部屋を出た。数分経った頃、つまり真也が離れから十分離れたあとライダーはこう言った。

 

「サクラ、もう良いですよ」

 

死体の様な寝顔がみるみるうちに歪んでいった。

 

「う、う、うぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

桜は泣きじゃくりだした。その様は正しく子供である。“ワンワン”泣き出したが表現としては適当だ。

 

「狸寝入りで盗み聞きとは良い趣味ではありません」

「だ、だって。だって。嬉しくて泣き出しそうだったんだから」

「少し落ち着くべきです。酷い顔です」

「ライダーごめんね。もう聖杯なんてどうでも良くなちゃった」

 

「家に帰りますか?」

「ううん、先輩との約束があるから。これだけは守らないと」

「そうですか」

「兄さんを困らせたくないの。私は妹で良い。万が一姉さんとくっついても邪魔しちゃうんだから」

 

「私としては少々不満が残りますがサクラがそう言うのであれば。この事実を真也に伝えてきましょう」

「それはもうちょっと待って」

「何故ですか」

「聖杯はもう要らないって言ったら兄さん“なら即刻棄権だ”って言いかねないし」

「それはそうですが」

 

ライダーはある選択に迫られていた。桜の“聖杯はもう要らない”と“妹で良い”という事実を真也に今伝えるべきか、と言う事である。

 

「お願い、ライダー」

「……分かりました」

 

悩みに悩んだ悩んだあげく、ライダー女は先送りする事にした。真也は未だ己の本心に気づいていない、桜と真也が共にある事を願うライダーにとって、凛に塩を送る訳にはいかないのである。なによりマスターである桜の意向は尊重するより他は無い。

 

ただこの判断は大きな誤りであったと彼女は後に後悔する事になる。真也には敵が多すぎた。それはキャスターという意味であり綺礼という意味でもあったが、ライダーは知るよしも無い。

 

桜は組んだ両の手を胸の上にのせてうっとりとしていた。真也の独白は桜にとって告白でもあった。一語一句全て反芻すれば、頬も赤くなり瞳も潤む。現金なまでに血色の良くなったマスターを見てライダーは仕方ないと諦めた。自然溜息が出た。気がつけば桜は掛け布団を口元に寄せて恥じらっていた。

 

「ライダーごめん、少し外して。私はその、」

「分かりました。明日もあります。程々に」

 

下着の中から水の跳ねる音がした。

 

 

 

 

 

 

つづく!




【糞どうでも良い独り言】
りん「渋谷凛って娘、まぁまぁよね。ねぇ、どちらが可愛いと思う?」
しろう「渋谷」
しんや「しぶりん」
弓兵「松岡」
3人「「「えっ」」」

……┌(┌^o^)┐
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