「即刻仕掛けるべきです。さすれば疾風の如く斬り込んでキャスターめの首を討ち取ってみせます」
「馬鹿ね。私たちは交渉に行くのよ。日没を待つべきね」
ちゃぶ台を挟んで言い合う二人を見つめるのは士郎である。陣営云々とは言うが、それなりに仲が良い二人を見て“喜ばしい”と思う士郎であった。啜る茶も旨い。
時を遡る事30分前。その日の魔術講義が終わり、夕食の準備をしようと士郎が台所に立てば凛が慌ててやって来た。何事かと問いかければキャスターを見つけたという。彼女はマスターは葛木宗一郎、本拠地は柳洞寺が怪しいと言った。
なるほどと温和しく凛の話を聞いていたセイバーは、キャスターが共闘を妨害しようと暗躍していた事、真也に接触し御法度となる一般人を巻き込んだ戦闘活動を行った事を知るや否や、彼女は烈火の如く怒りだした。どうしたと士郎が聞けば暗躍する者を放置すれば後々面倒な事になる、と彼女は吐き捨てた。堂々としない存在が気に入らないのだろう、彼は思ったが実際は異なる。前回の聖杯戦争において召喚されたキャスターが一般人を巻き込み凶行に走った事を彼女は思い出したのだったが、士郎たちは知るよしも無い。
凛は繰り返し諭すように言う。
「強行して追い詰めるのは良くないわ。真也の入手に失敗した以上、焦っている恐れがあるし、堂々と行きましょ」
「キャスターは白昼堂々行動していたのです、付き合う理由はありません」
「あのね、日中にサーヴァント戦を仕掛けるつもり? 柳洞寺にだって人は居るのよ」
「あの男の話では、学舎の学徒は眠らされていたと言う。であれば同じ状況だと考えても良い」
「それは希望的観測よ。いい? こちらにはサーヴァントが3人居る。加えてあちらは一人、焦る必要は無いわ。むしろそれがキャスターの狙いかも知れないんだから」
「遠坂凛、貴女は手ぬるい。今この瞬間ですらキャスターは動いていると言うのに。敵に準備の時間を与えるなど論外だ」
「だから、交渉に行くのよ」
意見は平行線である。ライダーは沈黙を貫いている、桜は何か発言をしなくてはと考えたが、二人の気迫に押され腰が引けていた。士郎はどうしたものかと考えた。
「シロウからも言って下さい!」
「衛宮君、何か言いなさいよ」
二人に睨まれ熱いお茶をゴクリと飲んだ。喉が焼けた。思わず咳き込んだ。美少女二人にえらい剣幕で睨まれればやむを得まい。
「よし。なら折衷案でいこう」
「何よ、折衷案って」
不審さを隠さない凛に彼は愛想笑いをしながらもこう続けた。
「斥候をだそう。遠坂たちは近くで待機。情報を集めて、日没と同時に乗り込む、これでどう?」と士郎は自信満々だ。
「落としどころか……セイバー、貴女は?」と凛は仕方が無いと頷いた。プランも妥当だと思われた。
「多少不満がありますが、構いません」セイバーは士郎を頼もしさを感じつつ頷いた。
「桜は?」と凛が言う。
「え、あ、はい、良いと思います」突然声を掛けられた桜は挙動不審だ。
「決まりね。偵察はアーチャーにやらせる」
凛の発言にセイバーが反応した。
「彼はもう活動が?」
「ええ、問題ないわ」
アーチャーがバーサーカー戦の折りダメージを負った件である。尚、セイバーにボコられた影響で半日ほど回復が遅れたのだが、彼女は知るよしも無い。
「シンヤに連絡してきます」とライダーが立ち上がると凛は「戦闘直後よ、役に立たないわ」と消沈した面持ちで答えた。妙だと訝しがるのは士郎を除くその場に居る全員、つまり女性陣だった。“役に立たないわ”とは随分扱いが悪い。頃を見計らい、一人で茶を啜る凛にライダーが声を掛ければ俯き彼女は眼を合わさない。
「遠坂凛、何かありましたか?」
「真也に聞いて」
「……」
「もう、シスコンじゃ無いからアイツ。フォローは任せた」
ライダーは察した。
「……分かりました」
心中で一つ謝罪をしてライダーはその場を離れた。
◆◆◆
実際の所、キャスターも追い詰められていた。綿密なシナリオを描く余裕が無い。要点だけを押さえ、あとは状況次第、つまり出たとこ勝負だ。その場当たり的な対応は彼女の望むところでは無かったが、何よりも速力が求められた。
魔眼の入手を断念したキャスターはセイバーに目を付けた。バーサーカーの打倒は断念し、聖杯のみを入手する。彼女にはサーヴァントを全員倒さなくてもセイバーが居れば聖杯を呼び出す手段を持っていた。
彼女の願いである受肉は、聖杯が内包する魔力をそれほど消費しない。英霊はアストラル体であり、記憶、意思、肉体……存在という意味で大半が用意されている。受肉とは画像ファイルを印刷するようなものだ。
ただし聖杯を起動するにあたり、サーヴァント最低4人分の魔力、つまり魂は必要だった。アーチャーは即座に倒す必要がある。可能であれば入手したいが、セイバーと同時入手はリスクが大きすぎた。アサシンは準備が済み次第自害させれば良い。ランサーはセイバーを入手後、キャスター自身も行動し共に倒す。
ただライダーの扱いが厄介だ。桜には手を出せないが彼女が願いをもう持って居ない以上、事が済めば自ずから手放す事も見込めた。そうでなくとも最悪、ライダーを倒しても良い。なぜなら契約は蒼月兄妹から手を引く事でありサーヴァントは別だ。用が済めば最後にセイバーを自害させる。暫定的にライダーの分断、セイバーの入手、アーチャーの打倒が必要なステップになる。
士郎ら一行が柳洞寺に到着すれば結界が施されている事に気がついた。それは二つの意味を持つ。一つはキャスターの根城がここだと確証が取れた事。もう一つはサーヴァントに偵察は無理だと言う事だ。
「どうするのですか、シロウ?」
「衛宮君?」
2少女の謂われ無き非難に閉口する士郎だった。
(どーしろってんだ……)
「先輩頑張ってくださいね」
桜の声援が虚しい。援軍には心許ない、と言う意味だ。彼が思案に暮れていると、舞弥はアタッシュケースから装備を取り出し始めた。それらを身につけ始めた。不安に駆られる士郎に対し舞弥は落ち着いた物言いだ。
「私が潜入します」
セイバーは同意した。舞弥の腕が10年前の様に、とまでは行かなくとも相応に戻っている事を知っていたからだ。なによりサーヴァントや魔術師以外は警戒が薄いだろうと判断がそれを後押しした。凛は他に適任が居ないと同意した。凛も桜もサーヴァントを行使する必要がある、敵陣に単独行動では不安が残る。そして士郎は。
「そんなのダメだ」
と言い放った。1stバーサーカー戦以来の強い口調であった。凛は意外そうな顔である。桜は推測通りだと乾いた笑みだ。舞弥はいつも以上に冷静であった。
「このメンバーでは適任よ」
「ダメだ。舞弥さんに行かせる位なら俺が行く」
「士郎にはマスターとしての務めがある、それを思い出しなさい」
「これでも腕を上げてる、舞弥さんだって知ってるだろ」
凛は何のことだと首を傾げた。彼女はアーチャーの企みを知らないのだった。
「偵察に過剰な武力は必要ないわ。冷静さ迅速さ柔軟さ器用さ、それらが複合的に必要なの」
「でも」
「敵陣の目の前なの、手間を掛けさせないで」
ピンときた凛は桜に耳打ちした。
(衛宮君ってひょっとして)
(そうなんです。マザコンの傾向があるんです)
(シスコンにマザコンか、世も末ね……)
因みに桜は舞弥が養母だと言う事を知らない。殆ど面識の無い義姉にあれ程執着した以上、養母なら当然だと凛は溜息を付いた。真也を思いだしズキリと凛の胸が痛んだ。誰かを強く想う、そういう意味である。
「ダメだ、舞弥さん。俺が行く、行かせてくれ」
「士郎は隠密行動なんて出来ない。任せなさい、昔取った杵柄よ」
「でも、」
埒があかないと凛が口を挟もうとした時である。
「聞きなさい。士郎が士郎の持つ役割を努めてくれるから私は行動できるの」
「なんだよ、それ」
「これはヒント、よく考えなさい」
甘やかすが抑えるところは抑えるのだと、凛は感心しきりだ。舞弥は士郎にスタングレネードを一つ渡すと、アサルトライフルを構え森の中へ消えていった。
◆◆◆
柳洞寺の参道入り口から少し離れたところで右往左往するのは士郎である。凛は落ち着けと数度助言をしたが、彼は一向に落ち着かない。桜が言っても同様だった。セイバーが窘め漸く落ち着いた。彼はベンチに腰掛け、身を屈め、両肘を両膝に起き、両手を組んだ。それに額を押しつけじっとしていた。その姿は神に傅き祈る人。願うは舞弥の無事のみである。“柳洞寺の住人は全員眠っている”という報告を最後に、定期連絡が遅れていた。彼の焦燥が募る。
士郎らの前にキャスターの幻影が顕れた。全員が即座に戦闘姿勢を取った。
「久宇舞弥は預かりました。セイバーのマスターだけいらっしゃい」
真也を警戒していたキャスターは、柳洞寺全域を見張っていたのである。舞弥はそれに引っ掛かったという訳だ。士郎は飛びかかりたい衝動を必死に堪えていた。交渉事は凛の得意分野だ。彼女の口調は挑発めいていた。
「あら、折角来てあげたのに扱いが酷いわね。接客がなってないわ」
「密偵には相応の扱いでしょう」
「仕方が無いでしょ、どこか化石みたいな魔術師がルールを守らないのだから」
「あら、何のことか分からないわね」
「白を切るならそれはそれで良い。さっさと軍門に降りなさいキャスター。この戦力差を覆せるならね」
「今時の魔術師は品性が皆無なのね、困ったこと」
「二度聞かないわよ」
「ならば始めましょう」
全員の前に淡い光りが浮かび上がる。魔術だと全員が構えれば、それは映像だった。荒廃した墓地の中心に、巨躯の男と小柄な少女が互いに武器を持ち打ち合っていた。その二人の位置を地球に見立てると、月の様な動きで走る一人の影があった。その影は弾丸のように、白銀の少女に向かっている。
キャスターの狙いを察した凛はマズイと宝石を取り出した。桜はその影が何か理解した。例え薄暗闇だろうと見間違えるはずが無い、例え士郎と結ばれていようとも。その影は白銀の少女を斬り付けようとし、令呪によって瞬間移動した少女の剣によって止められた。一合打ち合った後、兄はセイバーに斬られた。桜は眼を見開いた。ライダーは激しい焦燥に駆られた。今の桜は兄しか見ていない。凛は宝石を投げつけその映像をかき消したが手遅れだった。
「最高の舞台でお迎えします」
キャスターの幻はそう事務的に言うと掻き消えた。
「桜、聞きなさい。黙っていたのは真也の提案なの」
凛の釈明は桜には届かなかった。彼女は壊れた人形のように首だけ回すと士郎を見た。その眼は大きく開かれていたが、瞳は針先のように小さかった。桜のその声は地鳴りのようだった。深い深い地の底から響いてくる。
「……先輩、これ、本当なんですか」
凛は言うなと何度も念じた。士郎は視線を逸らし食いしばり、手を強く握った、言うべきか葛藤していた。だが嘘をつける筈が無い。黙っている事と、嘘をつく事は別だ。彼は一言済まないと告げた。
「バーサーカーがやったと思ってました、私」
桜は歪に笑っていた。どのような表情をすれば良いのか分からず、とにかく作り出した笑み、今の桜は他に表現のしようが無い。セイバーが弁明の余地も無いと進み出た。
「蒼月桜、その責は私にあります。シロウの命令は倒せでした。斬り付けてしまったのは私の力不足、」
「それは違う。セイバーは俺の命に従っただけ」
桜の瞳から涙が溢れた、否、幾筋も流れ続けていた。色恋沙汰という意味で身は引いたが、それでも彼女にとって士郎は優しく尊敬する先輩であったのだ。
「酷いです、こんな事黙ってたなんて……」
「済まない」
「よくも、よくも、よくもよくもよくもよくも!」
桜は般若の様相である。凛が急ぎ桜を眠らせようとしたが一歩遅かった。
「ライダー!」
桜の叫びは令呪に反応しライダーに伝わった。1stバーサーカー戦の再現だ。ライダーは士郎らに向けて飛びかかっる。セイバーは宝具を展開し迎撃のため踏み込んだ。セイバーもライダーも互いの不運さに苦笑するより他が無かった。対ランサー戦で共闘したのはつい先日である。
セイバーもライダーも筋力は共にB。まともに打ち合えば剣と鉄杭では勝負にならないが、ライダーにはセイバーと同じ距離で打ち合う必要が無かった。ライダーは鎖を手繰り、セイバーを迂回するように鉄杭を撃ち込んだ。それが士郎に向けて高速に迫る。同時にライダーは敏捷性を生かし士郎に向けて踏み込んだ。敏捷性はAのライダーに対しセイバーはCである。
セイバーから見たその瞬間は、ライダーの立ち位置がセイバーの間合いの一歩外であった、同時に鉄杭が士郎に命中する一歩前だった。その駆け引きは2度に渡る真也との戦闘の結果だ。ライダーを迎撃するか士郎を守るか、その判断に迫られたセイバーは士郎を守る事にした。ダメージを受けてもマスターは守らなくてはならない。その結果セイバーの刃は鎖を断ち斬り士郎を守ったが、ライダーに回し蹴りを喰らい道路沿いの崖に叩き付けられた。粉塵が舞い、岩が崩れ落ちた。砲弾が撃ち込まれた様である。
暴れる桜はアーチャーに羽交い締めにされていた。ライダーが桜の状況を確認した時には令呪の効果も切れていた。セイバーは蹌踉めきながらも立ち上がり、士郎はそれを確認すると、桜に近寄りこう告げた。
「なんて言ったら良いのか分からないけれど、とにかくごめん」
敵でも見るかの様に、暴れ、金切り声を上げる桜を見て、士郎は自分もこの顔をしていたのかと恐れ戦くのみである。そして桜とはこれっきりになるだろう、彼はそんな確信を持った。凛は宝石を一つ掲げ桜を眠らせた。
「ライダー。言いたい事はあるだろうけれど、今は敵前なの。桜を連れて帰って」
やむを得まいと、ライダーは桜を抱きかかえると夜の町に消えた。仕方が無いと凛は諦め顔だ。
「予定変更、キャスターを討つわよ。契約する態度じゃないわ。アーチャー、先行して参道の偵察。交戦は控えなさい」
「注意しろよ凛。このタイミングであの映像、相当に質が悪い」
「分かってる」
キャスターがもっと早い時期で、例えば衛宮邸で仕掛けてきたならば、例え日中でも凛は襲撃を掛けただろう。結果的にライダーを失っても、真也を戦線に投入する時間的余裕もあった。舞弥を偵察に出す事もなく、囚われる事も無かった。この土壇場ではセイバーが回復する余裕も無い。用意周到、先見の明、称賛する事も出来ようが、凛にしてみれば屈辱以外の何物でも無かろう。
(真也の奴どうやってキャスターをあしらったのよ)
毒には毒、と言う事だ。キャスターに身体を刻まれつつも“身体の関係を持ちたい”と言い放つ人物はそうはいまい。
◆◆◆
参道を見上げれば彼方に構える門が見えた。石畳の階段が続き、灯籠が街灯の様に連なっている。神聖なはずのそこは不愉快な気配を漂わせていた。しつこく纏わり付き、払っても払ってもにじり寄る。まるでハエか蚊を相手にしているようだ。
とにもかくにも。舞弥の奪還が最優先だ。キャスター討伐を優先すれば1stバーサーカー戦の二の舞になりかねない。真也の襲撃から6時間と経っていない以上、手間の掛かる企みは出来ない筈だが、これから向かうのはキャスターの陣地である。相当に危険があった。せめてもの救いは柳洞寺の僧侶たちが全員眠っている、これが判明している事だ。であれば魔術とサーヴァントの行使に遠慮は要らない。
(久宇舞弥の功績だけれど、もう少し上手くやって欲しかったわね。捕まったら意味が無いじゃない)
偵察は情報収集が至上命題、危険が伴うのは当然だ。危ないと思ったから帰ってきましたでは、子供のお使いである。そういう意味に於いて舞弥は使命を果たしたのではあるが……彼が不安だと凛は少し遅れて歩く士郎にこう言った。
「いい? 衛宮君。結構厳しい状況よ」
「分かってる」
「幻術を使うそうだから……違うわね。幻術を好んで使う奴だから気を引き締める事」
「分かってる」
「私も久宇さんを見捨てるつもりは無い、突っ走るのだけは止めて」
押し黙る士郎を見て彼女は頭を痛めた。
(くっそー、真也に偵察やらせるべきだった。最適任じゃない。柳洞寺の結界も意味が無いし、ちょっと位怪我をしたって、)
己の発言に凛は俯いた。別れる前の自分はそれを受け入れる事が出来ただろうか、そう問われると自信が無い。渋々受け入れたとしても、士郎のように不安に駆られただろう。冷静でいられたかどうかも怪しい。“別れた事は正解だったかもしれない”そう思うと彼女の胸が痛んだ。己は魔術師だ、一般人と同じような情緒を持っては、何事もままならない。だが。
凛はもう一度士郎を見た。彼は不安を隠す事なく、参道の終着点を凝視していた。その瞳は門ではなく舞弥を見ている事は容易に知れた。大切な存在に躊躇う事なく行動できる士郎が羨ましい、そこまで想われるイリヤスフィールと舞弥が羨ましい。“せめて必要だと言ってくれたなら” 今更だと彼女はその思念をかき消した。
足下の影に気がつき視線を挙げれば弓兵の背中が見えた。凛にはその背中が警戒しているように見えた。事実そうであった。アーチャーの視線の先には一人の侍が佇んでいる。陣羽織を纏い、群青色の長い髪を後頭部で結い流していた。鮮やかさの中にも静けさを醸し出すその様は群青色の華である。だが放つ鋭い気配が儚さを塗りつぶしていた。
様子がおかしいアーチャーに問いかければその声は硬かった。
「凛、こいつは厄介だぞ」
その侍は凛たちに目もくれず空に浮かぶ月を見つめていた。
「良い月夜よの」
良い声だと凛は思った。男性にしては高めだったが、心地よく響く。風に乗って運ばれる羽のようだ。
「一句読めば心も落ち着こうが、生憎と心得が無い。筆ぐらい持てばと悔いの念も起こるがそれは今更なのであろうな。さて……」
その侍は凛らを見下ろすと笑みを浮かべた。己の境遇を自嘲するかの様である。
「ご足労頂き恐縮の限りだが、何用だ。見ての通りこのアサシン、門の番を仰せつかっている。命が惜しくば早々に立ち去るが良い」
アサシンがキャスターの配下に下っている事実は凛に相応の衝撃を与えた。キャスターの用意周到さ、陰湿さに閉口するばかりだ。二人の足取りを追っていた凛と真也を無駄足だと笑っていたようなものだからである。セイバーが一歩前に出た。その手には風王結界を纏う剣が握られていた。
「貴公の主に用がある。我らがこの月夜に対峙する理由など問うなよ、アサシン」
「確かにな。ではこちらの用向きを伝えよう。主が先ほど伝えた通り、その小人は通しても良い」
アサシンは士郎を見ていた。
「戯言に応じる義は無い、押し通る」
「華にしては勇ましいものだ……よかろう、その面妖な得物で踏み込んでくるが良い。この月夜であれば、我が秘剣も止水の如く閃くであろうからな」
抜刀。アサシンが手にする刀身は月光を浴びて静かに光っていた。それこそ止水に浮かび上がる月の様であった。士郎はアサシンの持つそれがただの刀だと直感で理解した。
「剣士の割に口数が多いが、口上にしては悪くない……参る」
セイバーはアサシンに向けて、階段を駆け上った。アサシンは音も立てず構えた。二人の関係は正しく動と静である。誰もがそのまま打ち合うだろうと思った。鍔迫り合いの音か、互いの刃を受け流す硝子の様な音か、互いの刃が空を切る音が聞こえてくるだろうと思った。だが二人は止まっていた。時が止まったかの様に動かない。
セイバーはアサシンが持つ間合いの一歩外で止まっていた、否、踏み込めなかった。彼女の直感Aが一歩踏み込めば斬り捨てられると警告していたのである。敏捷性と剣技に於いて彼女は劣っていたのだった。何より、アサシンの間合いの方が広い。
突の構えで穏やかな殺意を放つアサシンに対し、下段に構えるセイバーの表情に余裕が無い。時が止まったかの様に制止したセイバーに凛は援護をするべきか迷った。アーチャーが言う。
「止めておく事だ」
「やっぱり、足手まとい?」
「私の見立てだが飛び道具はアサシンに効果が無い。私が矢を撃っても全て切り落とされるだろう」
「アーチャーの宝具は?」
「柳洞寺の結界で威力が削減される」
「効果はあるってことね。遠距離狙撃やってみましょ」
「気がついているか? 門の向こうにサーヴァントの気配がある。隠していないと言う事は敢えてその存在を示していると言う事だ。撃墜されれるのがオチだろう」
「セイバーを足止め役にしてアーチャーの通常攻撃は?」
「この参道のみ結界が無いが、狭すぎる。狙撃方向は門に向かう直線的な攻撃のみだ。セイバーを巻き添えにしても良いというのであれば構わないが」
「駄目に決まっているでしょ」
「だろうな」
セイバーが宝具を使えば当然柳洞寺が吹き飛んでしまう。アーチャーは干将・莫耶を投影、そのままアサシンに向かって歩き始めた。
「アーチャー?」
「やむを得んだろう」
凛が問いかけたのは意外だったからである。この行為はアーチャー自身、良い策だとは思っていない。なぜなら彼は誰かと共闘した経験が殆ど無いからだ。それは彼自身が送った“……ただの一度も理解されない。彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う。故に、生涯に意味はなく……”という生き方に他ならない。アーチャーがセイバーの横に立った時、彼女は一瞥を投げたが何も言わなかった。
「二人掛かりとは無粋よの」と言うアサシンは涼しい顔だ。
「人質をとって置いて何を言う」心外だとセイバーは言わんばかりだ。
「耳が痛い。ならば急ぐ事だ。主は少々辛抱さに欠けていてな、ゆるりとしていては捕らえた女がどのような目にあうか保証は出来ん」
今まで堪えに堪えてきた士郎だったが、とうとう我慢が出来なくなった。凛の制止を振り切って彼は門へと続く階段を上り始めた。
「セイバー、遠坂、ごめん。俺は行く。舞弥さんが殺されたらオヤジに顔向けできない、後悔しても仕切れない」
凛は仕方が無いと溜息を付いた。セイバーは目の前の敵を見据えたまま、主である士郎にこう告げた。
「シロウ、無茶はしないでください」
「ごめん、セイバー。俺はまた繰り返す」
「シロウは繰り返してなどいません。今度は事前に聞きましたから。シロウは一人ではない、これを良く覚えて置いて下さい。アサシンを倒したら直ぐに駆けつけます。ですから、可能な限り時間を稼いで下さい」
彼は一瞬呆けた後、1stバーサーカー戦以来感じていた迷いを理解した。消え去った。
(あぁ、そうか。一人で勝手しようとしてたのが間違いだったのか)
彼が答えを得た瞬間でもあった。彼は己のサーヴァント、否、身内にこう告げた。
「セイバー、アサシンの持つ剣はただの剣だ。宝具じゃ無い。多分何か切り札がある、気をつけてくれ」
「分かりました」
士郎は階段を登っていった。舞弥への懸念は消えないが、彼の足取りは軽かった。主を見守るセイバーは敵を前にして少し笑った。
(これで演技も終わり、残すは聖杯を手に入れるのみ……)
偽りとは言え士郎との関係が終わってしまう事に、寂しさを感じるセイバーだった。
つづく!
アサシンって幸運Aなんですね。ちょっと意外です。
【例えばこんなIF】
りん「義理よ、義理だから」
しんや「分かってますって」
さくら「兄さんこれは本命です」
しんや「ありがと」
あやこ「はいこれ。言っておくけれど本命」
しんや「ん」
りん「ガンドガンドガンド!」
はらぺこ「さ、シロウ、ん~♪」
しろう「なんでリボンだけなんだ」
一同「「「あざとい」」」
……何故だろう、眼から汗が。