冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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03 プロローグ3

衛宮士郎と蒼月真也の仲が悪い、というのは穂群原(ほむらばら)生徒の共通認識だった。挨拶をしない、眼も合わせない。たまに遭遇すればお互い無言でガンを飛ばし合っていた。誰もが水と油の間柄だと考えていた。

 

かつて桜を襲った事件は皆が知る話だ。真也は暴漢に手心を加えるつもりは無かった、障害が残っても関知しない、その勢いだ。むしろ彼はそれを狙った、この手の連中にありがちな復讐を恐れたのだ。桜の身に迫った危険、それは真也のタガを外した。

 

地を這い血まみれでうめき声を上げ、助けを求める暴漢たち。士郎はやり過ぎだと言った。この娘も無事、俺は怪我なんて気にしない。価値観のぶつかり合いは大なり小なり続き、二人は互いに避けるようになった。経緯を知っている二人の共通の友人は首を傾げた。

 

ある日一成は士郎にこう聞いた。

 

「衛宮。お前にしては珍しい反応だな。そんなに蒼月が気にいらんか」

「嫌っている訳じゃない。ただ会えば必ずガンつけられるから、どうしてもそういう態度になる」

 

士郎は殴り合った相手でも翌日には普通に話しかける性格をしていた。ある日綾子は真也にこう聞いた。

 

「真也。あんたもいい加減にしなよ。いつもの真人間ぶりは何処に行った?」

「士郎が喧嘩売ってくるんだ。どうにもならない。てゆーか綾子、それ言い過ぎ」

 

対立したという事実から生じたすれ違い、これが原因ではないか桜はそう考えた。転じて“誤解が解ければ3人で居られる”と桜は思った。

 

一計を案じた桜はある時こう言った。

 

「兄さん。今日は一緒に帰りませんか?」

「ぶわっ」

 

嬉々として真也が校門に赴けば、愛しの妹の姿。

 

「「………」」

 

その傍らには士郎の姿。

 

「「………」」

 

たちまち強ばる二人。ガンつけと言う表現は正しくない、ただ戸惑ったように見つめ合うと言うのが正解だ。へそを曲げるようにむっすりとしている。

 

「帰る」と真也が歩き出せば、彼の裾を桜は握った。彼女は拒否を言わせぬ笑顔で「一緒に帰りましょう?」と言った。

 

下校途中を3人揃って歩く、と聞こえは良いが2少年は終始無言。桜は頭を抱えた。強引に連れ出したはいいものの好転しない。詳しくないゲームやスポーツの話を振ってみたが反応は“うん”,“あー”,“そう”の生返事が続く。

 

進路の話、芸能人の話、勉学の話、ファッションの話に、アクセサリー。鉄壁な二人に思いあまればルージュの話に至り。つい、

 

「わたし白が好きなんですけれど男の人ってやっぱり黒とか好きなんですか?」

 

と地雷を踏む桜だった。頬を染めて押し黙る士郎と、呆れた表情を見せる真也。

 

(ばかばかばかっ! 私のばかーー!)

 

自己嫌悪と羞恥で逃げだそうか、そう迷っていると凛が現れた。

 

「珍しい組み合わせね」

 

穂群原(ほむらばら)の制服の上に赤いコートをはためかせていた。彼女も帰りなのだろう、その手には学生鞄が握られていた。桜は真也の影にとっさに隠れた。その表情はいつもの楚々とした笑顔では無く、物珍しそうな興味津々の表情である。

 

「遠坂もこれから帰りか?」という士郎の声は僅かに硬い、桜はそれに気づいた。

「ええ。それにしてもどういう風の吹き回しかしら。衛宮君と蒼月君が一緒だなんて」

「ちょっとした気まぐれ。こんな日もある」と真也は言う。

「気まぐれも結構だけれど、暫く夜遊びは控えなさい。繁華街なんて最近物騒だから」

 

「俺はそんな事しない」と士郎が言う。素行不良者扱いされて気分を害したようだった。

「蒼月君は違うでしょ?」

 

優等生らしい発言だ、真也は居心地の悪さを感じていた。

 

「ご忠告痛み入るが俺もしないさ。遠坂も夜遊びなんてしないんだよな」

「もちろんしないわ」

「ならそれでいいだろ。お互い夜遊びなんてしないなら確認しようなんてないし」

「だと良いわね。それじゃまた明日」

 

凛は隠れる桜を一瞥した。きびすを返し髪を手櫛で流し、その場を後にした。士郎は非難めいた視線でこう言った、二人の妙な会話が気になった。

 

「真也。今の会話は何だ」

「特におかしいところは無いだろ。夜遊びはしないと確認し合った、それだけ」

「このあいだ遠坂と話してたな。何を話してた」

「世間話だ。気があるならさっさと告っちまえ」

「なんだよそれ。そもそも真也には関係ないだろ」

「悠長な事言ってたら俺が取るぞ」

「出来る者ならやってみろよ、相手にもされてないくせに」

 

二人の脇を桜が摘まむ、力の限り捻る。

 

「「いってぇ!」」

 

二人の間に立つ桜は人差し指振りながらこう言った。その姿は先生か、子供を窘める親のようである。

 

「遠坂先輩はお高くとまって……じゃなくて気品があるし、化粧が濃い……じゃなくてお洒落だし、つまりお金が掛かります。お金が掛かる女の子って大変なんですよ、次から次へとねだってきりが無いんです。底なし沼です、干からびるまで吸い取ったら捨てられるんです。だいたい。男の子の気を引くような格好をして、そのくせ冷たくあしらうんです。良くないですよね、ああいうの。私の感ですけれど遠坂先輩は猫かぶりです。つまり、遠坂先輩みたいな人はとても大変だと私は思うんです。見た目に騙されてホイホイ付いて行ったら酷い目に遭います。先輩、兄さん聞いていますか?」

 

「桜。遠坂とまでは言わないけれど、もう少し洒落っ気を出してくれると嬉しい。兄としては」と真也は言う。

「桜。陰口をたたくのは良くない。先輩として」と士郎が言う。

「……」

 

どうして遠坂先輩の肩を持つのかと、どうして私の言っている事を理解してくれないのかと、兄だの先輩だの、どうして私に辛く当たるのかと、桜の身体がわななき始めた時だ。

 

真也は一人の女性に気がついた。黒のパンツスーツ姿で年齢は30半ば。ヘアースタイルはクールボブ、黒髪黒眼だったが体つきは日本人のものではないと思われた。切れ長の瞳から発せられる眼光は、冷たく鋭い。母と同質の立ち振る舞いに、真也は戦う女性であろうと察しをつけた。だが真也は警戒しなかった。殺意は無かったうえ、

 

(手に持っているのが黄色のエコバックと言うのが珍妙だ。おまけに大根が飛び出てるし)

 

という生活感丸出しだったからである。真也は思わず「どなたですか?」と聞いた。そしたら桜が「久宇舞弥さん、先輩のお母さんです」と答えた。真也は思わず声を失った。その女性は30代前半にしか見えなかったからである。加えてどう見ても士郎とは似ていない。

 

真也が(10代半ばで産めば30代でも無理はない。名字が違うのは家庭の事情かしらん)と失敬な事を考えた。士郎は血が繋がっていない事を言おうか迷ったが、桜にも伝えていないのだから敢えて言う必要は無いと判断した。

 

舞弥は真也の姿を認めると「士郎のお友達?」と聞いた。

 

「蒼月真也です」

「蒼月?」

「はい。蒼月桜の兄です」

 

舞弥は途端に表情を緩めた。

 

「そうでしたか。桜ちゃんにはいつもお世話になっています」

「いえ。逆に桜がご迷惑をお掛けていないかと心配していました」

 

建前と礼儀を織り交ぜた保護者トークを一通り済ます。士郎は舞弥に変な虫が付かないか心配し、桜は滅多に見ない兄の姿にひょっとして年上趣味なのかと懸念した。真也は知れず溜飲を降ろす。

 

(なんだ、桜も人が悪い。士郎に親が居るならあそこまで反対しなかったのに)

 

かく言う桜も通うようになって知ったのであった。

 

(あれ? これって両親公認?)

 

そう真也が黄昏れていると、士郎はエコバックを覗き込んだ。

 

「舞弥さん、車エビ買えた?」

「これで良いのよね?」

「OKOK、これで天ぷらが作れる」

 

舞弥と士郎の会話に違和感を感じつつ、余所様に干渉はしまいと真也は背を向けた。気づいた桜が「兄さん、晩ご飯どうするんですか?」と聞いた。誘うつもりだったので、真也の夕食を作り置きをしていなかったのだ。だが真也は「新都で適当に済ます」と答えた。すると舞弥が「よろしければ是非いらしてください」という。事前に聞いていた士郎もあっさり頷いた。

 

「いえ、新都に用事もありますし、お気持ちだけ頂きます。士郎、遅くなるかも知れないから桜の送り届け頼んで良いか?」

「構わないけど。夜遊びするなよお前」

 

それじゃと、真也は手をひらひらさせて立ち去った。挨拶に応えて振った士郎の手の甲に、ミミズ腫れがあると気づいたが、彼は特に気にしなかった。

 

桜はため息をついた。

 

衛宮邸のキッチンに包丁の刻む音がする。とんとんとん、小気味良い音は徐々に乱れ、止まった。その音の主は桜である。コルク色の学園服の上に纏う桜色のエプロンも何処か暗い。台所にある格子窓から空を見れば真っ暗だ。天井の電灯も不安げに灯っている。

 

二人の距離は確実に縮まった、だがそれと同時にこれ以上の歩み寄りは無いのでは無いか、と桜は感じていた。なにより気に掛かるのが凛である。何の用件も無く自発的に男子生徒に声を掛けるなど聞いた事もない。凛の意識が兄に向いていた、そう感じたのは気のせいだろうか。

 

隣に立ち桜の補助をしていた舞弥が「桜」と声を掛けた。彼女は慌てて料理を再開した。舞弥は料理が苦手だった。

 

「心ここにあらず、ね。お兄さんの事?」

「申し訳ありません。兄が失礼な事を」

「用事があるのでは仕方が無いでしょう。次からは事前連絡を徹底しないとダメね」

 

舞弥は士郎と兄の仲を取り持ちたいという桜の相談を受け、それを快諾した。舞弥の桜への評価は良かったのである。派手すぎず堅実な性格で、しっとりとした振る舞いは彼女の好みに合っていた。士郎は危ないところがある、桜のような“静”を象徴するタイプが良いだろうと彼女は考えた。なにより、魔術師では無いのが良い。

 

「先輩と兄は仲良くなれるでしょうか」

「そうね………」

 

舞弥の見立てでは時間が掛かりそうだと考えた。世の中どうしても反りが合わない、組み合わせは存在するのである。ただ、なんだかんだ言って男は単純だ、なにより若い。ちょっとした切っ掛けで手を取り合うなど良くある話であろう。

 

「殴り合いの喧嘩が良い特効薬ね。直ぐにも手を取り合う可能性はある」

「そんなドラマじゃないんですから」

 

たはは、と桜が愛想笑いをしていると士郎がやって来た。彼はてんぷら汁が切れている事に気づいてひとっ走りしてきたのだった。余程急いできたのか息を切らしていた。

 

「もう帰って来ちゃったんですか、先輩」

「桜悪い。何処まで終わった?」

「そのまま座っててください。後は揚げるだけですから直ぐできちゃいます」

「分かった、あとは引き受けるから桜はゆっくりしてくれ」

「とんでもないです。今日は私が強引に頼んだんですから最後までやります」

「そういう訳にはいかないだろ。俺だって同意したし、なにより俺がこの家の主なんだからさ」

「主人なら尚更どっしり構えていてくださいね」

 

静かな応酬を繰り返したあと舞弥は呆れたように言った。

 

「これではいつまで経っても夕飯は食べられない。士郎、今日は引き下がりなさい」

「だけど」

「女の子に花を持たせるのも男の甲斐性よ。士郎は甲斐性無しじゃない、そうね?」

 

舞弥の静かな視線と桜の笑顔は、同じ威圧を放っていた。女性二人が相手では分が悪い、士郎は渋々引き下がった。せっせと食卓を布巾掛けしている士郎に聞こえないようにこう言った。

 

「ところで桜。私としては“先輩”では無くて“士郎”と名前で呼んであげて欲しいのだけれど」

「え、あ、それ、はー」

「それとも先ほどの主人なんてどう?」

「や、やだっ。か、からかうのは止めてくださいっ」

 

料理を習いに来た、それが舞弥も知る桜の動機である。だが年頃の娘が男の家に押しかけるなど、そういう理由に決まっている。舞弥のからかいに桜は顔を真っ赤に染めた。

 

「士郎(あの子)をお願いします」

 

舞弥が微笑みながら発したその言葉は彼女の心に絡みついた。今なら引き返せる、桜はその感情をしまい込んだ。

 

 

◆◆◆

 

 

最近の冬木市は息苦しい、それが真也の率直な感想だった。空気は甘くまとわりつき、鼻の奥が詰まるような、頭の芯が重くなるような感覚に襲われる。有り体に言えば瘴気が濃い。それが日に日に強くなる。

 

(うぅーむ、お袋の言うとおりか。原因は分からないが良くないな……)

 

一度家に戻った真也は着替え新都にやってきた。彼の左脇には千歳から借り受けた霊刀がぶら下がっていた。勿論そのままではしょっ引かれるのでロングコートを着ていた。ダークグレーでその丈はくるぶしまである。余計な装飾はないシンプルなデザインで、襟首から裾まですらっと流れていた。ナポレオンコートと言う奴である。母である千歳はロングコートを好んだが、彼は好きでは無かった。ファッション云々以前に裾がひらひらと舞い、動きにくいのである。

 

夜空を見上げれば、高層ビルの間に丸い月があった。

 

「これだけ月が満ちれば物の怪の一匹ぐらいでるだろ」

 

真也はそんな事を言いながらなるべく人気の少ない裏路地を徘徊していった。優れた術士の母が念のためと刀を置いていった、何か良くない事が起きるかも知れない、武器の具合を確かめておく必要がある、というそれなり理論で霊刀の威力を試しに来たのだった。

 

「うっふっふ、今宵は満月。我が妖刀も血に飢えておるわー」

 

だがその歪んだ気合いの入れ様はどうだろう。千歳が見れば踵落としは免れまい。因みに彼の持つ刀は妖刀などでは決してなく、純然たる退魔刀である。とんでもない主に掴まれたと刀も災難であろう。

 

真也が夜をさまようこと一時間、松屋で牛丼を食べて、また歩くこと二時間。ガードレールに腰掛けからあげクンを食べる。ひゅるりと寒風が吹いた。そろそろ時刻が夜から深夜に移ろうかという頃であった。もう桜も帰っている時刻だ、今晩は諦めてそろそろ帰ろうか、彼はそんな事を考えた。

 

彼の目の前を大学生らしき3名が歩いて行った。

 

「さっきのアイツ気味が悪かったな。すげぇ白いし、なんか臭いし」

「歩き方もおかしかったな。ヤバイ薬がばっちり決まった感じだ」

「つーか、ゾンビってあんな感じじゃね?」

 

彼らを捕まえて話を聞くと、えらく気味の悪い20代とおぼしき男が、真っ裸で口を真っ赤に染めて、ふらふらと裏路地を歩いて行ったという。

 

真也はその場所を聞き出すと駆けだした。裏路地に入り、ゴミ箱を駆け上がり、フェンスを飛び越えた。3分ほど駆けた頃だろうか、薄暗いビルの谷間にしゃがみ込み、何かをしている男の影を見付けた。もそもそと動いている。

 

おい、彼がそう呼んでも反応がない。よく見ると奴の足下には犬の頭が転がっていた。犬を喰っているのだろうと、彼は確信した。腐ったゴミの様な臭気がそれを裏付ける。何より生の気配がない。

 

真也に気づいたそれは“あー”とよく分からない声を上げて立ち上がった。彼を捕まえようと、よろよろと両手を掲げて歩み寄る。生気の無い肌と瞳、肉を喰らうその姿。鬼、死鬼(グール)である。知能は無く、あるのは生への憎しみと渇望、ならば語らいは無用。

 

真也はコートを翻し、抜刀した。しゃらんと硬い金属の音がする。彼の魔力に反応して刀身が蒼白く光を放つ。踏み込み、一閃。彼の一刀は死鬼のアストラル(幽体)を破壊し、それは崩れ去った。

 

「ふ、また詰まらぬものを切ってしまった」

 

勝新太郎を思い浮かべながら、刀を仕舞えば。

 

「夜遊びはいけないのよ、そう言わなかった?」

 

そんな場違いな声が飛んできた。真也にはその澄んだ声に聞き覚えがあった。とても聞き覚えがあった。可能であれば聞きたくない声であった。汗をだらだらと垂らしながらその方を見れば、見知った顔が合った。

 

薄暗いビルの谷間、真夜中に顕れる異世界への道。そこに赤い服の少女が立っていた。その瞳は月の光を浴びて鋭く光っていた。容姿端麗才色兼備、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。穂群原(ほむらばら)学園で知らない者は居ない、“清楚系”美少女 遠坂凛が立っていた。

 

「アンタ何者?」

 

彼の記憶にある遠坂凛とその言葉遣いはあまりにもちぐはぐで、彼は夢の中に居るのでは無いかと錯覚する程だった。

 

 

◆◆◆

 

 

3方が無機質なコンクリートで阻まれた裏路地の、薄暗い奥まった場所。奥から順に、崩壊した死鬼(グール)・彼、そして凛が並ぶ。裏路地には臭うゴミ箱と、風化した粗大ゴミに、ドブネズミの姿も確認できた。そのような不穏当な場所で、彼はどうしたものかと考えた。

 

問題は大きく分けて二つ。一つは第3者に現場を目撃されたこと。もう一つがこの凛が何者なのかということだ。

 

彼らが善良な一市民であれば、真也が目撃されたことはどうにでもなる。強引に逃げ出してしまえば彼らは手の打ちようが無い。たとえ警官が居たところで、グールが出たなどと言おうものなら、世間様から白い目で見られるのがオチであろう。

 

問題が後者、遠坂凛が何者なのかと言うことだ。凛が現れたのはグールが崩壊したあと、と彼はそう仮説を立てた。一般的な感覚でその光景を思い浮かべるなら、良くて座頭市の真似事、悪くて辻斬り犯だ。だが彼女はそう思っていない。でなければ“あなた何者”と聞くわけがない。つまりグール討伐を冷静に目撃していた事になる。

 

“遠坂凛は同業者”真也は凛を挑発しないようにゆっくりと姿勢を正した。こう言った。

 

「こんな夜に奇遇だな、遠坂。散歩か?」

「ええ、妙な奴がいないか警戒してたの。そうしたら貴方が居たという訳」

「妙な奴か、それは大変だろう。この歪な現代社会では至る所にいる」

「そうね、探すのに苦労はないわ。でも私にとっての妙な奴ってそんなに多くないの。例えば魔剣を持っていたり、それを使いこなす体術と魔力を持っていたりする奴はね」

 

「んむ、確かに多くないかも」

「私の質問に答えなさい。蒼月真也君、あなた誰?」

 

彼はむぅと考えた。横を見ると壁がある、後ろを見ても壁だ、空を見ると月が丸く光っていた、完全な袋小路である。

 

(……)

 

真也は覚悟を決めてつかつかと歩み寄る。やる気か、と警戒した凛はぱっと構えた。その姿はなかなか堂に入ったもので、かなりの腕前としれた。

 

真也は一歩一歩踏みしめる。凛もその体裁きが訓練されたものだと気づいた。互いの殺意が交わる刹那、彼の手首をつかもうとした凛の手は空を切る。真也は凛の後ろに回り込んだ。“え”彼女の目が大きく開かれる、真也の速度が凛の予想を上回ったせいだ。この驚愕は致命的である。驚いている暇があるならば、間に合おうが間に合わなかろうが次の手を打つべきなのだ。

 

これは実戦では無いので、彼はそのまま背を向けて歩き去った。

 

「に、にげるんじゃないわよ!」

 

走れば振り切ることもできようが顔が割れている。学校で待ち構えられればそれまで、桜が居るから転校もままならない。だから彼は一度リセットすることにした。つまり、ガス抜きである。

 

「待てっての!」

 

凛は真也を追う。武術を嗜んでいるだけあって少女でも足腰が丈夫だ。だから真也も少し速度を上げた。凛も速度を上げる、真也もまた少しあげた。凛が上げる、真也も上げる、これを繰り返した。裏路地から、商店街、公園と、JR冬木駅、なるべく人通りの多いところを選んでの、追いつ追われつの逃走劇を繰り返した。

 

流石の凛も汗だく息も切れ切れだ。無理もなかろう。殆ど全力疾走に近い速度で走り回ったのだから。ひぃひぃ、ぜぇぜぇ、よろよろ、息を切らす学園のアイドル。もう動けないと立ち尽くし、両手を両膝において体を支えている。

 

彼は自分のポケットをまさぐりながら、凛に近づいた。“まさかこれを狙って”と息も絶え絶えに後ずさる。彼女は左手を彼に向けるものの、周囲の視線を気にして“これじゃ使えないじゃない”と言った。彼はポケットから財布を出すと、凛の横を通り過ぎて、近くのコンビニに入った。ぽかんと凛は彼を見送った。

 

「いらっしゃいませー」

「からあげクンください」

「なんでよっ!」

 

それはいいツッコミだった。存外いいやつなのかもしれない、彼はそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

つづく!

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