冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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32 カイーナの環・2 アーチャー編

キャスターに家を預け夜の住宅街を練り歩くのは真也である。心当たりのある、戦いに向きそうな場所を全て当り、更に数度訪れた。だが探せども追えども一向に見つからない。イリヤも彼を探している、それを考えれば直ぐに再会できそうなものだが、現実は意外と難しい。

 

イリヤ、イリヤ、イリヤ、あの恐ろしいちびっ子はどこに居るのか。気がつけば顔姿が良く思い出せない。まだ一週間経っていないにも関わらず、記憶が薄れている。はてな。思い出すイメージは朱い瞳と白銀の髪。そしてローティーンと言う情報だ。はてな。彼は記憶力に自信があった。コミュニケーションスキルという意味で、人の顔姿は得意とするところだ。

 

「……」

 

凝視したのは斬り付けた一瞬だ、あれから胃が痛くなる程の出来事があった、忘れたとしても無理は無い、彼は気にする事無くそのまま流した。自販機の前に立ち、硬貨を入れた。コーンスープは品切れだった。仕方が無いのでお汁粉を買った。ガードレールに腰を下ろし見上げれば曇天の空、今にも降り出しそうだ。

 

「桜と草津に行くって約束、不意になったな……」

 

思わず声に出た。空になった缶を10メートル先のゴミ籠に投げれば、見事に逸れた。溜息を付き、ゴミ籠に入れ直せばまたあの気配があった。先日と同じように五感は沈黙している。ただ何かある、その何かに見られているという直感だけがあった。敵意では無い、警戒もしていない、ならば何故俺を見るのか、意図不明だ。ただ。その気配に覚えがあった。遠い昔、かくれんぼで隠れる桜に見られている印象に似ていた。

 

「……」

 

真也が軽く身体を動かし全身の筋を伸ばすと、彼の姿が消えた。次の瞬間、彼の身体は宙にあった、跳躍したのだった。民家の塀を蹴り、再跳躍。電柱より高く跳ぶと夜の住宅街が見渡せた。屋根と屋根が連なる光景はどことなく雲海を思い浮かべた。その屋根を八艘飛びの要領で住宅街を駆けた。その様は猟犬よりも鋭く、駿馬よりも早く、疾風のごとし。時刻は夜の11時。人通りは無いが、起きている人間は居るだろう。誰かに目撃されば一大事だが、それは今更だ。目撃談が噂になった頃、彼はこの世に居ない。

 

幾度か目の跳躍。眼下に広がるのは、夜に塗り潰された住宅街である。申し訳程度の街灯の明かり、民家から溢れる営みの灯火、何の根拠も無いが彼にはカゲロウの灯りに見えた。直ぐに消えてしまうと言う意味だ。捕らえた。彼の着地予定点、そこから続く脇道に何かが見えた。それは黒く、わだかまっていた。帯のような黒い物が蠢いている。彼は着地すると、アスファルトを蹴った。その踏み込みには何の躊躇い、目指すはただその影のみだ。見れば街灯の明かりを浴びて、道路に人影が落ちていた。彼に気づいたそれは逃走を始めた。鬼ごっこで鬼である兄に追われる桜のようだ。

 

逃さないと追い込めばそこは袋小路だった。目の前には何も存在しない、ただ前と左右に民家が有るのみである。そんな馬鹿なと、気配を探れどやはり何も居ない。直感で彼はその何かが消えた事に気がついた。そして。その3世帯分の民家に人の気配が無い事にも気がついた。電気も付いている、窓越しにTVの画面が見えた。人は居ないが人が居た気配はあった。別の言い方をすれば、まるで突然人が消えてしまったかの様である。

 

「……」

 

昨夜、新都で遭遇したあの猟奇殺人事件と関連があるのか、ないのか。気が進まないが綺礼に報告だ。ただ伝えるだけでは不十分だ。状況を聞く必要がある。ここは今なお凛と桜の住む町なのだ。直接赴いた方が良いだろうと、彼は一路言峰教会へ足を向けた。その途中である。新都へに続く大橋を見上げる臨海公園で、その男と遭遇した。白髪に褐色肌、朱い外套服のサーヴァント。アーチャーが立っていた。彼は口元をつり上げた。

 

 

◆◆◆

 

 

時を遡る事数刻前。遠坂邸の地下、工房にある結界内でたゆたっているのはアーチャーである。それはアサシンに負わされた傷を癒やす為の処置であったが、無理が祟ったのか予想以上に時間が掛かっていた。完全回復には更に時間が掛かる、それを考えると頭が痛い。何故ならそれはマスターから目を離す事と同義だからだ。

 

溜息が出る。召喚時に見せた不遜さ気まぐれさの中にも見せた、冷静さは何処に行ってしまったのか。あれでは年相応の多感な娘と変わらない。戻ってくれれば、と切に願えばあの魔眼が脳裏にちらついた。全く苛立たしい。全てはあの男のせいだ。

 

マスターの意向故従ったが、セイバー陣営とライダー陣営と組むのは反対だった。つぶし合いをさせ、数を減らし、疲弊させる。そこを討つのが確実だ。にも関わらず、彼のマスターは、馴れ合いにわざわざ首を突っ込み他マスターの面倒(魔術講義)まで見たのである。酔狂にも程がある。全てはあの男が原因だ。

 

辛うじて乗り越えてこられたが、今後の保証は無い。あの精神状態では不安が尽きない。どうにかせねば。この様な事態になるなら真也と初顔合わせしたあの夜に、凛に確認などせず、殺してしまうべきだった。そうアーチャーが後悔の念に駆られていると、そのマスターの声が念を通じて聞こえてきた。何故だろう、その声は酷く冷静だ。冷静すぎ、冷徹にも聞こえる。

 

『アーチャー、回復状況は?』

 

彼は多少の戸惑いを覚えたが、何時もの通りに応えた。

 

『8割と言ったところだ。何か問題が起きたのか?』

『ランサーのマスターが判明した。真也よ。ずっと私たちを憚っていたの』

『ほう、それは初耳だ』

 

マスターの説明を聞いた彼は本当かと疑った。幾度か遠坂邸の屋上で睨み合った事があったが、その様な素振り、気配は感じなかったからだ。

 

『して、凛。私に何を望む。回復しきる前に呼びかけた以上、その話を伝えた以上、何かあるのだろう?』

『真也を殺して。私が動くとライダーが警戒するから、一人で行って貰う事になるけれど、問題はある?』

 

彼はたいそう驚いた。今まで幾度となく進言し、拒絶してきた彼のマスターがどのような意趣返しなのか。

 

『バーサーカー相手ではないからな。仕掛けるかどうかは状況次第だが、行動そのものに支障は無い。だが良いのか? 凛の妹の兄なのだろう?』

『桜は確保済みよ。敵マスターなら躊躇う理由はないわ』

 

守護者として、サーヴァントとして、彼の記憶にある凛を知る者として。蒼月真也の殺害、はアーチャーにとっての希望でもある。要らぬ追求をしマスターの気が変わっては面倒だ。真也を殺害したとしてもこの冷静さであれば問題は無かろう。

 

『では迅速に済ませよう。なに、後始末は慣れている』

 

アーチャーはそう言って消えた。そして凛が居るのはリビングである。ソファーに腰掛け静かに紅茶を嗜んでいた。これで良い、これが最善。討つべき者だから敵なのだ。真也も同じ事をするだろう、問いかければ同じ結論に至るだろう。イリヤを躊躇無く斬り付けたのは彼なのだ。だから勝利の為に凛を欺すことが出来たのだ。互いに魔術師ならば躊躇う理由などありはしない、彼女はそう自分に念じ続けた。

 

「凛」

 

彼女は母の声で我に返った。凛の目の前に座る葵のその様は、大事な何かを忘れてしまったかの様な落ち着きの無さだ。不安を隠さない母の姿を見て、凛は至極冷静だった。

 

「なに?」

「桜の調子が悪いのよ。ずっと伏せったままで、何か良い方法ないかしら」

「環境の変化、真実を知ったこと、色々心労が重なったのよ。しばらく様子を見て改善の兆しが無いなら改めて考えましょ。魔術を簡単に使うのは良くないわ」

「なら良いけれど……」

「悪いけれど仕事中なの。折を見て様子を見に行くから今は邪魔しないで」

 

幾ら娘とは言え、当主の立場を取る以上葵は強く言えない。

 

「……そう」

 

だが葵の不安は消えない。なにかとても重要な事を見落としている、そう彼女はそう思った。10年前、何者かが間桐臓硯を殺害し桜を連れ去った、というのは事実である。それを知った当時の葵はあらゆる手を使って探したが見つからず、文字通り泣く泣く諦めた。それは一重に千歳の手管が優れていた為である。

 

その桜が真也の家に居たのも事実だ。彼の言動は全て虚偽だった、それは凛にとっての真実だが、葵には真偽を見定める方法が無い。身内、実の娘である凛に言われた以上、葵は信じる他はない。気に入っていたとはいえ葵から見れば真也は赤の他人なのである。呵責と躊躇いが無い、という凛の言う真也像を信じるならば、その人間に娘を預ける事など出来よう筈も無い。必要が無ければ、否、必要があれば簡単に殺してしまうだろう。

 

だが葵には一つの引っかかりがあった。それは真也が葵に懺悔した時のこと。それも演技、つまり虚偽だと仮定しよう。牽制の為に告白したという罪の告白が、嘘だと言うなら、それは凛が言う真也の虚偽と矛盾する。凛は真也が嘘をついたと言う、その嘘も嘘だと言うならば、真実は何だ。葵はその矛盾に気がつかなかった。葵は諦めていた娘に気を取られていた、糸が切れた糸人形の様に突然伏せった娘に動転していた、そして残念な事に。葵は理論的な思考が苦手であり、その矛盾をただ違和感として持つのみである。凛は真也の懺悔を知らないのだった。

 

尽きない漠然とした不安を胸に、葵が部屋を出るとライダーが立っていた。彼女は凛に対し殺意を抑えない、葵に対しては侮蔑を隠さない。ライダーの心中を知らない葵から見れば、苦手、というのが率直な見解だ。ホストの様だがアーチャーの方が遙かに接しやすい。

 

「なにかご用でしょうか」

 

ライダーは葵に一瞥を投げると無言で立ち去った。凛の手にあるティーカップは震えていた。決意が鈍らないように、それをテーブルに置いた。彼女の決意とは、蒼月真也という汚点を消し去る為、情動を断ち切り、あろうと願った父のような魔術師に成る為である。報復も兼ねて一石二鳥だ。

 

 

◆◆◆

 

 

アーチャーと対峙する真也には幾つか理解できない事があった。なぜアーチャーが単独で立っているのか、なぜ彼に対峙しているのか、なぜ何時ものような呆れ顔をせず、侮蔑を籠めて睨んでいるのか。なぜ、なぜ、なぜ。否、真也は理解していたのである。ただ認めたくなかっただけだ。アーチャーは口端をつり上げた。

 

「この夜更けに一人で彷徨くか。正気の沙汰とも思えんが、まぁいい。お前が一人という事実は確かだからな」

 

真也の神経が“戦闘状態(アサルトモード)”に切り替わる。彼はその切り替わる感触を知っていた。彼の本能が戦いは回避できない事を告げていた。それでも。例え一縷だろうと、望みに縋りたかった。

 

「夜の散歩、って訳じゃ無いだろ。アーチャーが何の用だ。何故凛の側に居ない、何故ここに居る」

 

そこは臨海公園である。フェンス越しに聞こえる波の声、真也にはそれが殺人試合を楽しむ観客の歓声に聞こえた。弓兵は皮肉めいた笑みを浮かべた。その笑みは“お前はまだ理解していないのか”と語っていた。真也は全てを悟り、その事実を受け入れた。

 

(凛が、凛が、俺を殺せって言ったのか。それ程怒ってるのか、それ程怒らせたのか、それ程怒る事なのか)

 

それは彼の意見でしかない。彼女の怒りは彼女の物だ。魔術師同士、公平に裁く審判など居はしないのだ。国と国が争うように、ただ食うか食われるかの関係である。彼が凛に対し無抵抗と言ってしまっても良い程に強く出られないのは、虚偽を働いたという負い目もあるが、なにより桜から始まる遠坂という存在を重要視している為だ。だがそれは真也の都合であり、凛には関係ないのである。それが彼の住む魔術師という世界なのだ。

 

(もう……笑うしか無い、な)

 

ぽつりぽつりと空が泣き始めた。彼は俯きアーチャーを見据える事すら出来ない。天から落ちる水の粒が、一つ、また一つ真也の足下を濡らしていった。

 

「私がこの場に立つ理由だが、心当たりはあるか?」

「あぁ。あるよ。心当たりはありすぎる」

「殺したい程愛してる、と言う訳だ。流石に妬ける」

「実際に殺される、となると話は別だけどな」

 

「ほう。無駄口を叩く余裕はあるようだ」

「余裕が無ければ退いてくれるのか?」

「そんな訳は無かろう」

「アーチャー。凛に伝えてくれ。バーサーカー打倒まで待ってくれないか。どの道俺は死、」

 

「既に凛は決断している。お前の提案に意味は無い」

 

凛はバーサーカー戦に当りイリヤを狙うと決断している、つまり誰かの手は借りないと言う事だ。ただ士郎に配慮し、時を待っているのみである。

 

「その為にもお前が居ては支障が出る。戯れはここまで、と言う事だ」

「そう、か」

「これ以上貴重な時間を、手間を、貴様に費やしたくない。ここで死滅しろ」

 

アーチャーは無手のまま眼を見開いた。殺意が突風の様に吹き荒れた。真也はコートを翻し抜刀した。彼にも命を対価とした目的がある以上、むざむざ殺される訳には行かないのだ。なにより戦う存在なのである。そして。空間を塗り潰す程に紡がれるそれは弓兵の宝具であった。

 

“I am the bone of my sword……”

 

真也に支援魔術は無い。今の彼がアーチャーに対し出来る事と言えば、単発の弓を斬り落とす程度である。だが彼は真也に得体の知れ無さを感じていた。戦闘経験から全力を持ち、確実に、完全なまでに仕留めようとした。つまりは、固有結界“無限の剣製”による飽和制圧射撃だ。アーチャーは決して真也を見くびっていなかった。

 

それは彼の心象世界。見上げればスモッグが敷き詰められており空が見えない。全てに迷いそうだ。どういう理屈か空中に観覧車張りの歯車が浮遊し、かみ合い、回っていた。軋みをあげるそれは悲鳴のようだ。足下には痩せこけた不毛の赤い大地があった。それは血に染まっているかのよう、一体どれほどの犠牲を払ったのか。そして、その大地に突き刺さる無数の剣は、まるで戦士を弔う墓標のようだ。

 

“Unknown to Death. Nor known to Life……”

 

それは剣の丘である。

 

「固有結界!?」

 

真也が眼を見開いた。それは魔術師の到達点の一つ。知識として知ってはいたが、実際に見るのは彼とて初めてである。驚愕に支配される精神を無視し、彼の身体は眼鏡を投げ捨てると駆けだした。

 

“Unlimited blade works”

 

アーチャーの心象世界はここに成った。彼の背後に顕れたのは無限の刃。その刃先全ては真也に向いていた。数秒に満たずその刃の群は真也を貫き灰燼と化すだろう。過去の戦闘データから距離も間合いも見込んである。真也の踏み込みでは間に合わない。これで終わりだ。

 

だがどうした事かその男は眼鏡を捨てると、アーチャーに向かうどころか見当違いの方向へ駆けだした。とち狂ったのか、アーチャーはそう思った。現にその男の握る霊刀の切っ先は、何も無い宙を突いていた。ギシリ、と硝子を擦り合わせた様な耳障りな音がその世界に走った。

 

アーチャーは慎重になる余りミスを犯した。例え周囲への被害が出ようとも、1stバーサーカー戦のように遠距離から“壊れた幻想”を使用するべきだったのだ。支援魔術を持たない真也には音速を超えて飛来する宝具を迎撃するのは不可能だ。無限の剣製とは攻撃対象を結界内に収める必要がある。結界は緻密な式の塊だ。要の式が一つ綻べばあとは連鎖的に自滅する。鳥の籠と言う結界に捕らえた獲物は儚い鳥では無く劇物、その結果は言うまでも無い。

 

アーチャーの作り出した結界から手応えが消失した。心象世界にヒビが入り、崩壊していく。その様は割れた窓硝子が崩れ落ちるかのよう。原因不明の事態だが、緊急事態だと彼は判断した。真也は霊刀を手に真っ直ぐアーチャーに向かっている。前髪に隠れ顔が見えない。

 

アーチャーは魔力の大半を失ったが戦闘行動はまだ可能だ。彼は干将・莫耶を投影し、構えた。カウンターを狙うか、捌き態勢を整えるか。いずれにせよこの機は逃せない。この場で確実に仕留めるしかない。なぜなら、次の機会には必ずランサーが居るからだ。真也がランサーのマスターだと思っているアーチャーは当然そう考えた。

 

切り結ぶ際の距離。アーチャーの心臓が強く打った。彼を睨み上げる真也の双眸は、蒼く光っていた。光っているというのに、吸い込まれんばかりに深い瞳。その孔は地獄よりも深い場所に続いていた。それは死という無である。

 

(バロールの魔眼!?)

 

流石のアーチャーも目を剥いた。数ある魔眼の中でも伝説中の伝説、実在するとは思わなかったのだ。不平不満、罵詈雑言、呪いに恨み、とにかく運命の神とやらに一言言わないと気が済まない。寄りにも寄ってこの様な男に、この様な代物を与えるなど正気の沙汰では無い。

 

だが臆する事は無い。その性質上、突くか斬らせないと意味が無いのだ。アーチャーは投影すれば幾度でも武器は作り出せる。1stバーサーカー戦の時に真也の太刀筋は見ている。なにより支援魔術の無い真也であれば、数合打ち合えば仕留められるだろう。一度切り結んだ後、距離を取り矢による遠距離攻撃に切り替えても良い。焦らなければ、ミスをしなければアーチャーの勝ちだ。

 

そう、真也の背後、崩壊する結界の隙間から見える外の世界に、キャスターが立っていなければ。アーチャーは気を取られた。“何故倒したはずのキャスターがここに居る。あれは幻影か? それとも策か?” それは刹那に等しい時間だが隙に他ならない。彼の懐に真也が迫っていた。死突の構え。

 

「痛ぅぅぅぅぅ!」

 

“凛”のサーヴァントというキーワードが真也の心臓を切り裂いた。痛みによりその切っ先は顕界を殺す点を逸れ、アーチャーの心臓つまり霊核を貫いた。

 

「がはっ!」

 

弓兵が血を吐いた。苦悶に歪むその顔を見て、キャスターは嬉しそうに唇を歪めた。真也の突進がアーチャーに衝突、二人がもつれる様に倒れ込む。アーチャーは断末魔の様相を以て右手にある干将で真也の首を狙った。真也は左腕を掲げ、それを犠牲にし太刀筋をずらした。斬り落とされた真也の左腕が宙に舞う。真也は腕から吹き出る血液をアーチャーの目に掛けた、目くらましである。衝撃で手放したアーチャーの莫耶が宙に浮いていた。霊刀を引き抜いている暇は無いと判断した真也はそれを右手で掴み、アーチャーの首に突き立てた。その刃は死の線をなぞり容易に首を切り落とした。どう、と音を立てアーチャーだったそれは大地に骸を晒した。アーチャーの敗北である。

 

骸に馬乗りになる真也は、採光の欠けた瞳で、凛のサーヴァントだった骸をぼんやりと見ていた。空から降り注ぐ雨粒が、二人の血を流し薄めていく。転がり落ちたアーチャーの頭を尻目に、キャスターは財布でも落としたかのような足取りで、斬り落ちた真也の腕を拾うと呪文を唱え取り付けた。

 

「違和感は数刻で消えます」

 

キャスターは何時ものようにフードで顔を隠していたが、満ち足りていた。

 

「何故こうなる」

「聖杯戦争に参加する者が戦火を交えた、当然の結果です」

 

これで凛は聖杯戦争から脱落だ。彼女の誇りも、家の名誉も打ち砕いた。完膚なきまでに。

 

「何故こうなる」

「敵同士です」

 

士郎とは物別れに終わっている以上、バーサーカー打倒は凛にも益がある、その筈だった。

 

「何故こうなる」

「仕掛けたのはアーチャーです」

 

もう関わらない、その筈だった。凛の性格を考えれば諦めはしまい。また狙ってくるだろう。

 

「何故こうなる」

「殺さねば殺されていました」

 

最後に残った目的に縋ればこの様だ。

 

「なんで、こうなる……」

 

また凛を苦しめた。

 

「何も間違っておりません」

 

キャスターを睨み上げる真也の顔は鋭かった。雨に濡れ、その頬には幾筋もの水の轍が走っていた。涙は流していない、だがキャスターにはその慟哭が手に取るように分かった。彼女は黙って魔眼殺しを手渡した。

 

「聖杯戦争に関わるな、そう言った筈だ」

「アーチャーの首をと、申しました」

 

怒気孕ませる真也の物言いに、キャスターは身を翻した。まるで踊りに誘おうとする男を戯けてあしらう貴婦人の様だ。真也は幽鬼の様に立ち上がるとアーチャーの心臓から霊刀を引き抜いた。刀身に付着した血を振り払えば、雨に濡れたアスファルトに血の半月が浮かんだ。そんな物は初めから無かったのだ、そう言わんばかりに滲み、崩れ、流れた。彼は雨の中を歩き出した。彼に続くキャスターは従者のよう。彼は背を向けたままである。

 

「仇の最後は直接見届けないと気が済まないか。業が深いなキャスター」

「これから如何しますか?」

「もう止められない。もう引けない。ここで断念すれば、何の為に桜の手を振り払ったのか、何の為にアーチャーを殺したのか、それが分からなくなる。だから、聖杯戦争そのものを無かった事にする」

「従者は主に付き従うもの。どのような方針でも従います。例え自ら進んで茨の道を歩くお方であろうとも」

 

キャスターの皮肉めいた称賛に、真也は苦笑するしか無い。

 

「俺に関わったのが運の尽きだと後悔する事になる。凛の様にな」

「私はアーチャーの首を希望しました。マスターはそれに応じました。契約は成立です」

「良いだろう。お前には地獄の底まで付き合って貰うぞ」

「御意。お疲れの所恐縮ですが、バーサーカー戦に関し急ぎ進言したい事があります」

「戻ったら聞く」

 

彼は振り返りもせず、そのまま歩き続けた。

 

(士郎。お前の言う通りだ。泥沼だよ。もう二度と抜け出せない)

 

二人が立ち去った後。アーチャーの骸は真也を付けていた黒い影に飲まれた。一般人では物足りなかったそれは、サーヴァントを喰らうと満足したように身体を震わせ、消えた。

 

 

 

 

 

 

つづく!

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