冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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33 カイーナの環・3

真也が帰宅し、雨に濡れた身体を風呂で温め、自室に戻れば既に日付が変わっていた。正直このまま布団に潜り込み、現実逃避をしたかったがそう言う訳にもいかないのである。様子を見るにしても、これはすべき事をしてから、初めて選択できる行動なのだ。真也が身体から湯気を立ち上らせながら、Tシャツをタンスから取り出せば、キャスターが目敏く声を掛けた。

 

「それは?」

 

彼女は真也のネックレスを注視していた。

 

「礼装、封印具だ」

 

彼女の指はネックレスに触れていた。手短に説明すれば、プラチナの様な金属の環が連なり一つの装飾品になっていた。その環一つ一つに極小のルーン文字が緻密に刻まれている。彼女の指は己の髪を弄るような仕草だったが驚きを隠さなかった。真也はこう聞いた。

 

「外せるか?」

 

それができれば今後の展開も楽になる。だがキャスターは小さく首を振った。

 

「極めて困難です。正規手順以外の方法で外すには相応の魔力が必要となりましょう。それこそ聖杯がため込む程の魔力が」

「手順とはなんだ」

「詳細は調査しなくては分かりませんが、恐らくマスターにとって親しい者であれば可能かと。誰に施されたのですか?」

「お袋から譲り受けた。キャスターが目を剥く程の代物なのか」

「私の生きた時代でもこれ程のものは希です。マスターの母君は何者ですか?」

 

彼自身知らないのだった。

 

「まぁいい。お袋が居ない以上どうにもならない。キャスター早速だが、」

「承知しております」

 

彼の早速とは今後の打ち合わせの事を言っていた。キャスターは己のローブに指を掛けると脱ぎだした。するりとローブが落ちた。衣擦れの音がいやに耳に付く。彼は慌てて止めた。

 

「待て、何をしている」

「この状況が読めないほど子供ではありませんわ。ですから私を寝室に呼び入れたのでしょう?」

「違う。そうじゃない。それと自室って言え」

 

単に個人装備がある都合である。加えて落ち着き考えるには自分の部屋が一番だ。

 

「私は構いませんが」

「俺が構うの! 人を色情狂扱いするな!」

「マスターもそろそろ限界でしょうに。ですからあの時私を手籠めにしようと、」

「それはもう忘れろ。ただでさえ結構な量の魔力を渡してるんだぞ、わざわざ疲労する様な事をするか」

 

キャスターの浮かべる笑みは柔らかい物だったが、なぜだろう彼は意地の悪さを感じた。

 

「心身を癒やすのに人肌以上のものはありません。配下であればマスターの回復は最優先でしょう? マスター、まさかとは思いますが情交と勘違いされましたか」

 

真也は憮然とした表情を隠さない。

 

「からかってるな、お前」

「さぁ? マスターの御心はマスターのものですから。私には計りかねます」

 

キャスターは口元を隠し、涙を堪え笑っていた。彼女の意図を察した彼は、誤魔化すように頭を掻いた。

 

「そんなに悲壮そうだったか、俺は」

「ええ、とても。アンデッドの様でしたわ」

「……悪い。気を使わせた」

「その様に気を張り詰めては、為し得る事も為し得なくなります。気を静めなさいませ。マスター」

 

カーペットが有るとは言え、冬期のフローリングに直座りでは配慮が無いとキャスターに毛布を渡した。女性は下半身を冷やしてはならない、という意味である。

 

「今の私には関係ありませんがお気遣いは頂きます。ですが、妙に詳しいですのね」

「桜から教わった」

「不健全な関係ですこと」

「それなら苦労は無いよ。さてキャスター、今度こそ仕事の話だ」

 

ココアの入ったマグカップを手にするキャスターの口調は深刻そうだ。

 

「先のバーサーカー戦とアーチャー戦から判断します。全力戦闘を前提とするならば、魔力は1分程度で底を尽きます」

 

真也とキャスターの貯蔵魔力量。真也の魔力生成量にキャスターの顕界に必要な魔力。そして真也への高位支援魔術、防御結界、バーサーカーへの支援攻撃、イリヤスフィールへの牽制、それらを初めとする消費魔力量から考える推測だった。流石の彼も落胆を隠さない。

 

「ウルトラマン以下か、ボクシングだって一ラウンド3分有るのに。令呪が無いのが悔やまれる」

 

つまり聖杯を介さず直接契約している故の結果だ。

 

「並みのサーヴァントであれば問題ありませんが、バーサーカー相手では厳しいと言わざるを得ません」

「加えてイリヤスフィールは魔眼を警戒してる、か。都合良く行かないもんだ」

「如何なさいます」

 

真也は腕を組んで、ベッドのフレームに背を預けた。むぅと唸る。

 

「分かった。バーサーカー討伐はランサーと組もう。キャスター、君にはフォローを頼みたい」

「ランサー、ですか?」

 

彼女は眉を寄せた。ランサーの名前が出てくる理由が分からないからだ。

 

「そ。ランサーに協力を持ちかけられた。 腕も立つしルーン魔術も使えるらしい。なんでもバーサーカーの宝具“十二の試練(ゴッド・ハンド)”を突破できる算段もあるそうだ。奴のマスターは信用という意味で不安はあるけど、ランサー自身は信用できる。賭ける価値は十分にある」

 

神妙な表情のキャスターであった。握り拳を口元に、俯き加減。予てよりの懸案が浮かび上がったのだ。彼女の心中露知らず、真也はあっけらかんとしていた。

 

「なにか問題でもある?」

「それは何時の事でしょうか」

「ランサーに持ちかけられた日付の事を言っているなら、君を拾う前日だけど」

「妹さん、桜様が遠坂家に帰ったのは?」

「その日だけど」

 

真也はランサーと会った時の状況を話した。キャスターは直前の凛の状態を踏まえ、凛のその後の行動を予想した。女心的な意味である。

 

「ランサーの登場がタイミング良すぎますわね。まるで狙ったかのようです」

「つまり何か? 俺はランサーと話し合っているところを目撃され、マスターだと凛に勘違いされた?」

「お嬢ちゃんとの和解は可能かも知れません、如何なさいます?」

 

しばらく考えた後彼は首を振った。

 

「時機を逸した。俺はアーチャーを倒してしまった。激昂している事は想像難くない。言葉は通じまい。明確な証拠がない以上、被害者は犯罪者の弁明など聞きはしないよ。共闘に於いて理由を話すな、というのがランサー陣営の条件である以上、ランサーも証人にならない。これらの前提でキャスターをメッセンジャーにすれば、火に油だ」

「ふふ、不運ですこと……マスターご決断を」

 

彼はしばし思案した後こう言い放った。

 

「バーサーカー戦はランサーと俺でやる。キャスター、君は参加させない。とにかく隠れてくれ」

 

キャスターは驚いた。てっきりランサーとキャスターを従え、バーサーカー戦に望むとばかり思っていたからだ。それが普通だろう。

 

「……質問をしても宜しいでしょうか」

「言いたい事は分かる。君の支援があればバーサーカーや今後現れる敵は有利に倒せるかもしれない、けれどそれだと見えない敵を倒せない。ランサーのマスターかどうか確証は無いけれど、誰かが隠れて俺らの状況に笑ってる、そんな気がする。だから、とにかく君を隠す。キャスターの存在が知られれば、その誰かにも知られるだろう。キャスターという存在に手を打たれるのは面白くない。俺は今の流れを変えたい。君を使ってクソッタレの状況を、横から張り倒す。息苦しい落とし蓋を砕き、全てをひっくり返す。徹底的に隠れろ、そしてその誰かについて可能な限り情報を集めろ。キャスター、君をジョーカーにする」

 

「情報戦というわけ、ですね」

「そうだ。ランサーも色々嗅ぎ回っていたそうだし、遠慮は不要だ」

「しかし、アーチャーのマスターに視覚共有で知られた可能性があります」

「それは大丈夫。彼女は性格的に他者への同調、同期と言った魔術が苦手だから。あの可憐さで、荒いと言うか、剛胆というか、パワータイプなんだよ」

 

殴りかかってきた凛を思い出し、腑に落ちるキャスターだった

 

「なにより、あの高速戦闘中でのお喋りは致命傷だ。そんな素振りは無かった」

「分かったのは戦闘終了だけ、という事ですね」

「万が一見ていた場合、ランサーとキャスターを同時に従えている事になるから、流石におかしいと思うだろう。その時は改めて方針を考えよう。その場合それが説明の切り口になるけど、それはそれで頭が痛いな」

 

あくまで凛を前提とするこのマスターに頭を痛めるキャスターであった。思わず目頭を押さえた。

 

「調子でも悪いのか?」

「なんでもありませんわ」

 

キャスターの心中お構いなしにこう続けた。

 

「どちらにせよバーサーカーは差し迫った問題として存在する。俺の感だけれど、あと一日二日で再戦だ。癪だがランサーのマスターの手の平で踊ろう。恐らく、俺がそうすることも読んでいるんだろうな。バーサーカーを倒しその後、ランサーのマスターを探しだし討つ。この方針でいこう」

「それでも倒したい理由を伺っても宜しいですか?」

 

彼は心臓の痣をキャスターに見せた。彼女は医者のような落ち着いた姿で、指で触れると呪文を唱えた。

 

「あと一ヶ月と言うところでしょう。末期になれば、記憶思考にも影響が顕れるはずです」

「ライダーは3ヶ月って言ったけれど」

「進行したのかも知れません」

「一応聞くけれど、どうにかなる?」

 

「保護術を施してもそれは焼け石に水。その事象はマスターの体内、マスターの術の結果です。保護の結界を施してもかき消してしまうでしょう。無理に施せば反発し、進行を促進しかねません。マスター自身が呪っている以上どうにもなりませんわ。マスターの意思、記憶、感情、思念、全てを初期化すれば話は別ですが……無意味ですわね。それは死と同義です」

 

ただ、とキャスターは心の中で続けた。真也の心臓を再構成すれば可能かもしれない。その臓器は思念を司るからだ。だが単純に再構成するだけでは意味が無い。凛に対し罪悪感を感じる真也の思念をどうにかしないと結果は同じである。ではなんとする。キャスターの心中どこ吹く風、真也はこう続けた。

 

「いいさ、1ヶ月だろうと3ヶ月だろうと方針は変わらない。末期症状を考えるなら、尚更早めにケリを付けないとな」

「ここまでされ、まだあのお嬢ちゃんに罪の意識を?」

「もうそれだけじゃ無いけれど、傷つけた事は変わりないだろ」

 

呆れるより他は無い。目頭を押さえた。

 

「なんだよ、さっきから」

「なんでもありませんわ」

 

そう言いつつ、キャスターは真也を中心として集めた情報を整理し、推理し始めた。

 

(マスターの罪……町の賊を一掃したのは、恩恵を受けた人間が居る以上相殺。その上で罰するというのであれば、彼らにも罰が必要でしょう。別れを告げた事に関しては不貞を働いた訳では無いからこれも相殺。そもそも色恋沙汰に善悪を問えば、それに理屈がない以上収集がつかなくなる。

 

問題は虚偽の告白をした事だけれど。マスターは桜様を失い、その彼女は今頃立てない程に打ち拉がれている事は想像難くない。今の状況は妹を人質を取っているような物。遠坂の人間に手出しが出来ないマスターから見れば、お嬢ちゃん自身も人質に他ならない。知ってか知らずか、その上で私怨からマスターの命を狙い、サーヴァントを差し向け返り討ち、サーヴァントからしてみれば無駄死……あら、大変。お嬢ちゃん気づいてる? 誰かに唆されたとしても、やり過ぎたわよ、貴女)

 

キャスターは凛の気持ちが理解できる、やり過ぎた事も同様に分かる。程度に差はあれど男に弄ばれた境遇は同じだからだ。だからこそその結末が良く分かる。真也は対価以上の罰を受けた。凛はその追い打ちをした。キャスターが魔女と罵られ死んだ様に過剰な報復の行く末は破滅。凛の運命は、何処に落ち着くのか、キャスターはそれを思い浮かべた。経緯はどうあれキャスターは真也の配下なのである。敵である凛をどう思うかは自ずと知れよう。

 

「……なんか楽しそうだな。キャスター」

「こちらの話です」

「一つ言っておくけれど。人の咎に怒るのは良いけれど、笑うのはお世辞にもアレだぞ」

 

時代劇の大岡越前が罪人をあざ笑えば台無し、と言う意味だ。

 

「あら酷い。私はマスターの唯一の味方だというのに」

 

自覚がないのか、慣れたのか、キャスターは真也の助言を意にも介してなかった。女はこわい、としみじみ思うのは真也である。

 

「そういえばまだ聞いてなかった。真名は?」

「メディアです」

「コルキスの? ギリシャ神話の?」

「はい」

 

彼の不安は大きくなるばかり。ライダーと言い影のある女性サーヴァントに縁でもあるのか、と思ったりもした。毛嫌いされるセイバーはきっと清廉な英霊なのだろう、とも思った。少し悲しくなった。

 

実体化霊体化を繰り返し、魔力を消費するのもばからしいと真也はキャスターを一階の千歳の部屋に寝かせた。夜が明けた早々に彼はキャスターを自宅から移動させる事にした。蒼月邸は凛に知られているからだ。行き先は敢えて指定せず任せた。

 

玄関に立つそのキャスターは髪を結い上げ千歳のスーツを纏っている。その様を例えるなら、世間を知らず妙齢まで過ごしたお嬢様が無理矢理社会に出ようとする姿、そのものである。少々無理があるがキャリアウーマンに見えない事も無い、彼はそう思う事にした。キャスターは真也の手を持ち、その左手の平に念話の符陣を刻み込む。その様を見つつ彼は一つの懸念を伝える事にした。それを聞いた彼女は眉を寄せた、荒唐無稽な内容はまるでお伽噺に他ならない。

 

「妙な気配、ですか?」

「そう。イカ、タコ、深海生物を連想させる影みたいな奴なんだけれど、人の姿もあった。気のせいかも知れないけれど、付けられてる」

「警戒されている、狙われている、という事でしょうか」

「というより俺と遊びたがっている小さな子供、そんな感じだ。ついでに気を配ってくれ」

「分かりました」

「それじゃ、よろしく」

「ご武運を」

 

真也に見送られたキャスターは一路新都に向かった。人を隠すには人、と言う事だ。旅行鞄を持ちながら彼女は思う。

 

(事態が動けば、その誰かがセイバーたちに接触を図る事が考えられる。監視は必要ね。それにしてもあの不安定なマスターはイリヤスフィールを殺せるかしら。いずれにせよ転機となる事は確実、良い方に転べば良いのだけれど)

 

彼女は無意識に自身の鳩尾に手の平を添えた。腕が立つとは言えサーヴァントと距離を置き戦うマスターなど前代未聞だ。敢えて敵の思惑に乗るなど、剛胆と言って良いのか、無謀と言って良いのか、評価に困る。なにより例え死にかかっても呼ばない限り手出し無用という無茶な指示も受けた。死亡した場合その後は好きにしろとも言われた。簡単に言えば、怪我をしようと死にかけようとも例え死んでしまっても、黙って見ていろと言う事だ。経緯はともかく、契約した以上マスターの死は彼女とて望むところでは無い。にも関わらずこの命令、考えるだけで憂慮の念が浮かび上がる。気を揉む。心臓に悪い。胃が僅かだが痛んだ。

 

(ライダーも苦労したに違いない)

 

遠見の魔術、つまり水晶玉の中でのみ知る騎兵に、奇妙な共感を得るキャスターであった。

 

 

◆◆◆

 

 

衛宮邸の道場で、士郎に相対するセイバーは攻めあぐねていた。右から打ち込もうが左から打ち込もうが、捌かれるのは目に見えているからだ。事実、数度打ち込むも失敗に終わっている。一刀目は、士郎の持つ剣を打ち、押し返そうとすれば、剣を絡め取るように躱された。二刀目は、士郎の持つ剣をはたき落とそうとしたが、躱され危うくカウンターを貰いかけた。三刀目は、士郎を殺さず、負っても軽い怪我で済む程度の本気具合で踏み込めば。躱し、斬り付け、また躱し、また斬り付けた。それを第3者が見ていたならば、安全ケージを取り払った、二つの裸の扇風機のその翼を、神業で噛み合わせた様な剣の応酬、と表現しただろう。道場に漏れ入る光が、刃に反射し、白刃が舞い散ったのである。その様はまるでミラーボール。

 

今を遡る事数刻前。朝食の後片付けをしている士郎が“試したい事がある”とセイバーを誘った。妙に自信めいた主の姿に、増長を恐れたセイバーは諫めねばと応じれば、予想外の事態であった。彼女にとって今の士郎は、向かっている鏡に他ならないからである。

 

セイバーは白銀の鎧姿で、手にする得物は風王結界を纏う愛剣。士郎は何時ものツートンカラーのトレーナーだったが、手にする剣は一振りの西洋刀。両刃の剣で、鍔から柄に掛けて黄金の細工が施されている美しい聖剣だった。彼女はその剣を知っていた。士郎が手にするそれは彼女がかつて所有し、奮った、彼女の戦闘経験が宿る“選定の剣(カリバーン)” 投影できる剣は干将・莫耶の一振りだと思えば、彼女の主はこの様な芸当をしでかしたのである。多少の悔しさを感じながらも、剣を収めた。

 

「シロウ、ここまでにしましょう」

「道場に来てからまだ10分も経ってないけど」

「これ以上は怪我で済まなくなります。それにシロウも無茶をしすぎている」

 

事実彼は両の肩で息していた。剣を振るうのではなく、剣に振るわれていたのだった。鍛えているとは言えセイバーの剣舞は彼に荷が重かったのである。気がつけば両の腕も痛い。投影解除。彼は床に大の字で寝転がった。

 

「セイバー、感想を聞きたいんだけれど。使えそうか?」

 

やれるだけの事はやった、困憊疲労の中にも見せる士郎の達成感に水を差したくは無い。だがしかし。主にどのような回答をするべきか、彼女は悩んだ上でこう告げた。

 

「有効です。倒す事は叶わなくとも確実にダメージを与えられる。ですがシロウ、それでもサーヴァントとの交戦は控えるべきでしょう。緊急時の対応として下さい」

「セイバーならそう言うよな」

「冗談を言っているのではありません」

「分かってる。足腰がついて行かない以上、効果は限定的だもんな。自重する」

「分かって頂ければ結構です。しかし驚きました。見た目だけでは無く剣の経験まで再現するとは」

 

セイバーに称賛され流石の士郎も悪い気がしない。

 

「他にも投影できるのですか?」

「見た剣だけ。干将・莫耶とカリバーン、後はルールブレイカー」

 

シロウは寝っ転がったまま、投影。その手に奇天烈な短剣が顕れた。それは危険な刃物だと、セイバーが嫌悪したのはここだけの話である。

 

「それはキャスター戦の時に見たのですね。ですがシロウ、何時カリバーンを?」

「夢で見た」

「夢?」

「そう。セイバーが朝焼けの草原に立っていて、とても綺麗だった」

 

士郎は剣の事を言っていた。セイバーはそう解釈しなかった。彼女の頬がみるみる染まっていく。そして士郎は気づかない。

 

「セイバー?」

 

綺麗だ、と士郎の声で脳内再生する事たくさん。彼の声で我に返ったセイバーは一つ咳払い。

 

「確かに私たちはパスで繋がっています。記憶を夢として共有する事もあるでしょうが、プライバシーの侵害です。控えて頂きたい」

「あ、ごめん」

 

とは言うものの、どう控えるのか見当も付かない。

 

「それに私はシロウの剣だ。軽々しく女性扱いされても困る」

「あ、うん。前にも聞いた」

「ですが、シロウがどうしてもというのであれば、私は別に、」

「セイバー?」

「み、短い間ですが、わ、私は全力を尽くしましょう。し、シロウさえ宜しければ、その、今夜にで、も」

「???」

 

セイバーが絡める指は、絡まった糸を解すかの様にモジモジと。セイバーの寝室は士郎の部屋の隣である。同衾したのは一度のみ。警護の為と、せめて同じ部屋にと希望をしたのだが士郎が断固拒否をした。一度知ってしまった人肌の温もり、彼女は悪くないと考えていた。衛宮邸の道場に、何の脈絡も無く、突然しおらしくなったサーヴァントが立っていた。訳が分からないと士郎は首を傾げた。それ故その声は突然だったのである。

 

「相変わらずね」

 

道場の出入り口に凛が立っていた。胸を張り、手を腰に不遜な笑みである。魔術講義の時と、キャスター戦の時と様子が明らかに違う。士郎は直感で何かがあったと、理解した。

 

 

◆◆◆

 

 

突然やってきた学園の元アイドル。立ち話も何だからと、士郎が居間に招けば偶然面子が揃っていた。ちゃぶ台を囲むのは凛、セイバー、舞弥、そして士郎である。何用かとセイバーが切り出せば、凛の発言は士郎にとって思いもよらない事だった。

 

「真也が裏切っていた?」

「そう」

 

思わずセイバー陣営の3人が眼を合わせた。士郎が続ける。

 

「悪い。もう少し説明を付け足してくれ。理解が出来ていない」

「真也はランサーのマスターだったのよ。私たちはまんまと欺されたって訳。それに気づいて倒そうとしたのだけれど、返り討ちにされたわ」

「……アーチャーがやられた?」

 

その事実は士郎にとっても無視できない事実だった。敵陣営とは言え、互いに思惑が有ったとは言え、師に他ならない。アーチャーを失った事に責任を感じているのか、声のトーンを僅かに落とした。

 

「そう。真也みたいなのを見逃したのは私の責任よ。衛宮君もいつかは相まみえるし、私は真也を見逃すつもりも無い。そこで提案なんだけれど、私を雇わない? それなりに腕は立つつもり」

「桜はどうするんだ」

「私の家にいるわ」

「いや、妹だろ」

「桜は実の妹なの」

 

凛は経緯を手短に話した。

 

「真也と違って衛宮君が裏切らない限り絶対裏切らないから。どう?」

 

セイバーは鼻息荒く凛に向かって身を乗り出した。殺る気迫に満ちていた。

 

「遠坂凛。アーチャーの倒された状況を教えて頂きたい。あの男の手口を知る必要がある」

「ごめん、そこまでは把握してない。他者との知覚同調って苦手なのよ」

 

士郎はとても微妙な表情である。

 

「何よその顔」

「別に」

 

舞弥が言う。

 

「ライダーは?」

「私がアーチャーを失った事に気づいた途端ノーマークになったわ。だからもう気にしてないんでしょ」

 

それも理由の一つだがライダーは伏せる桜から離れられないのである。それでも尚ライダーが凛を襲わないのは真也との約束があるからだ。

 

「遠坂、3人だけで話をしたい」

「当然よね。のんびり待つわ」

 

士郎の部屋に場所を変えて、彼らは“衛宮家セイバー陣営緊急会議”を開催する事にした。そこは凛の居る居間から離れること数部屋である。ここであれば凛にも話は聞かれない。舞弥とセイバーは正座、士郎は胡座をかき、向き合った。最初は士郎である。

 

「遠坂の話、どう思う?」

 

セイバーは即答である。

 

「シロウ、即刻討ち取るべきです」

「あのさ。もう少し考え、」

「不要」

「なんでさ」

「前々からあの男に良くないものを感じていましたが、遠坂凛の話を聞いて私は確信しました。恐らくアーチャーも感じていたからこそシロウに指南したのです」

 

それは確かに事実である。

 

「出会ってまだ一週間と経っていないセイバーがどうしてそこまで真也を嫌うのさ」

「私の直感です。どうしても嫌悪感が拭えません」

「嫌悪感と直感って違うんじゃ」

 

セイバーはガーっと声を荒立てた。士郎は少し腰が引けた。

 

「シロウは手ぬるい! ランサーのマスターである事を隠蔽するなどその様な背信行為、見逃すことは出来ません!」

「陣営の違いだから手の内はバラすなってセイバーが」

「ナイフを隠し持つ程度であればともかくサーヴァントです! これは大砲を隠し持っていた事に他ならない! 聖杯戦争における共闘でサーヴァントを隠し持つなど言語道断!」

 

セイバーに対し舞弥は冷静だった。

 

「義兄妹か、確かに似ていない兄妹だとは思って居たけれど、また複雑な家庭の事情ね」

「舞弥! 家主を殺害し子を攫うなど外道の行いです! 感心している場合ではありません!」

 

正義感溢れるセイバーには聞き流せない話だった。そして士郎は女性陣そっちのけで思案に暮れていた。間桐臓硯殺害はともかく、彼が思い出すのは“ランサーVSセイバー&ライダー”戦である。

 

(あの時点での真也は弩級シスコンだったはず。その真也が作戦でも桜に敵対? 嘘だろ?)

「士郎には気になる点があるのね?」

「ある。少なくとも鵜呑みには出来ない話だ。それに遠坂も何か変だ。張り詰めてる、追い詰められてる感じがする」

「サーヴァントを失ったのであれば、当然よ。その原因が自分なら尚更ね」

「そうなんだけれど、さ」

「背後から狙われていたかもしれないのです! サーヴァントである私が見過ごせる訳ありません! 聞いているのですかシロウ! 私は怒っているのです!」

「……」

 

だがアーチャーが討たれた事は事実である。士郎は判断を保留した上で、凛を仲間として招き入れる事にした。

 

「日中はセイバーが鎧姿になれないから日没の際を狙って真也を強襲しましょ。あの家はただの家だから」

 

という凛の殺害前提の発言もそれを後押した。万が一何かの間違いで、真也を殺してしまえば取り返しが付かなくなる、それを恐れたのだ。凛を一人にするのは避けるべき、と言う事である。士郎は凛に対し独断で動かない事も追加で確約させ、蒼月の家に向けて出発した。その日の夕焼けは、血の色の様に赤かった。

 

 

 

 

つづく!

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