冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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34 カイーナの環・4

士郎たちが出発する数刻前。真也は千歳の工房を漁っていた。工房と言っても一般住宅の洋間をそう呼んでいるだけの簡易的な物である。フローリング床の上に机や薬品庫、そして本棚が置いてある6畳の薄暗い部屋だ。何かいい物がないかとやってきた訳だが、渡り人である千歳が構えたこの家には遺産・遺品という物が無い。全ては彼女が冬木にやってきた10年前より誂えたそれ相応の物となる。もちろん良い意味では無い。

 

魔術の知識、剣術やその他の戦い方は、千歳の口伝と実技により学び、古文書・文献と言ったものは無い。ペラリペラリとコ○ヨ学習ノートを紐解けば差し障りの無い事ばかりだ。唯一まともな物が治癒薬の合成方法と言うのがもの悲しい。彼とて勇者の剣や必殺技を記した奥義書を期待していた訳では無いが。

 

「なんかこう、裏目裏目というか、この苦境が恣意的に感じるのは気のせいか」

 

そう彼はぼやいた。勇者に試練を与える神はとても意地が悪いに違いない。

 

「RPGだってもちっとマシだろ。アイテムとか仲間とかさ……」

 

またぼやいた。現状、唯一の味方がキャスターのみである。

 

「……ま、神代の魔術師が味方なら破格の待遇、か」

 

ふとその姿を思いだした。ライダーに負けず劣らずの美貌だが、意にも介さない自分がもの悲しい。胸裏に宿るのは凛と桜のみ、強いて言うなら綾子もだが彼女の場合義理という意味合いが大きい。結婚できるのだろうか、彼はそんな事を考えた。あと一ヶ月で死ぬなら、血を残すべきとも考えたが、そのような相手は居ない。そもそもバーサーカー戦でくたばる可能性もある。伝承者という意味で、死んでしまえば母である千歳に申し訳なくも思うが、どうにもならない。出来る事をするだけだ。読み終わったノートを仕舞い、新しいものを取り出した。ペラリとページを捲る。

 

「おぉ、我が息子よ。死んでしまうとは情けない。我が母よ、貴女の器量なら再び子をなす事も容易でしょう。まだ見ぬ弟に託しましょう……と言ったらあの無表情系豪腕不条理マザーも流石に怒るだろうか。それともあっさり受け入れるだろうか」

 

記憶にある母は彼に対し怒った事も笑った事も無い。ただ淡々と生き方と戦い方をを指導してきた。かといって人間味が欠けているという訳でも無い、事実桜には微笑んだ事もあった、説教という名で愛し抱きしめた事もあった。桜が全ての彼は今に至るまで気にもしなかったが、この扱いの差に意味はあるのかとも考えた。

 

「実子では無く桜と同様に養子とか。いや違うな、魔術は同系。そもそも引き取って育児放棄も無いだろ」

 

それ以前に10人が10人親子だと答える、母の面影を強く残した彼の容貌である。幼少の頃は少女と間違えられた事も少なくない。幸いにして中学の頃から二次成長が始まり、男の娘という人生設計は回避できたが、千歳の因子を強く継いでいる事には違いない。

 

「父親が嫌いだった、もしくは願わない子供だった……あのマザーを手籠めにできる男なんて居るのか。いや居ない。噂に聞く魔法使いなら或いはってところだけれど……ま、今更か」

 

手がかり無し。最期のノートを戸棚に仕舞うと彼はリビングのソファーに深く腰掛けた。脚を組み、腕は頭の後ろに回し組んだ。脳裏に凛と桜と葵が仲良くしている光景が浮かび上がる。いつかそうなれば良い、彼はそんな事を考えた。ぼうと宙を見ていると来客を伝えるチャイムが鳴った。誰かと思えばランサーである。玄関に立つその槍兵はいつぞやの様にスーツ姿だった。真也は不満顔である。

 

(相変わらずイケてるな、こいつ)

「よう。返事を聞きに来たぜ」

「付けられてないだろうな」

「んなヘマするかよ」

 

「捲いたって事か、誰に付けらた」

「女」

「何処の誰だ。その奇特な女性(ひと)は」

「ありゃぁお前んところの生徒だな。もう少し歳食ってたら引っかけたんだけどよ」

 

どこぞの3人娘だ。ヘラヘラする槍兵に真也はうんざりした表情である。

 

「で、どうする」

「組むよ」

「そう来なくっちゃな」

「話がある。取りあえず上がれ」

 

「茶ぐらい出せよ、坊主」

「お前は坊主と轡を並べるのか」

「そりゃ違いねえな。茶ぐらい出せ、真也」

「呼び名だけじゃ無く、態度も改めろ」

 

「おべっか、へつらいは俺の性分じゃねえ」

「イメージの事を言っている。ったく。何処の英霊だ。後世の事も少しは考えろ」

「聖人じゃあるまいし、死んだ後の事まで考えるかよ。それに真実なんてそんなもんだ」

「確かにそうだ」

 

たわいの無いやりとりをしながら、真也はランサーをリビングに招いた。黒皮のソファーに硝子製のローテーブル。二人は面と向かい合っていた。ランサーはふんぞり返り、脚を組んで、コーヒーを啜っている。その様はハリウッド俳優がくつろぐ映画のワンシーンである。ヒーロー物と言うよりギャング・マフィア物だ。真也は両膝に両肘を置いて前屈み、どちらが家主かこれでは分からない。日本の謙虚礼節という概念を教えてやろうと思ったが止めた。謙虚なランサーというのも想像が付かない。

 

「ランサー。アインツベルンの拠点が見つかった、って事で良いんだな?」

「そうだ。市内を悠々と歩くマスターの後を付ければ直ぐ分かったって寸法だ。剛胆というか、暢気というか、無警戒というか、呆れるほかは無いな。ま、そのお陰で根城が分かったって訳だが」

 

それはイリヤが衛宮邸を訪れた日の事だ。

 

(ちびっこの後を追いかけ、家を突き止める槍兵か。これは事案だな)

 

間抜けめと笑うランサーに対し、コーヒーを啜る真也は何食わぬ顔である。

 

「で、何時仕掛ける」

「今晩。日没直前に出発しよう。一番人目に付かない」

「即決ってのは嫌いじゃねぇ」

「あぁそうそう、俺はもうライダー陣営じゃ無い」

「そうか」

 

ランサーはソファーに腰掛け、肘当てを使い頬杖を突く。その面に表情は無く、面白くも無い映画を延々と見せられている様だった。

 

(やっぱり、そうなった事を知っている、違うか。そうなる事を知ってたのか。そしてランサーもそれを気に入らないと、ま、ランサー個人を信用するには十分だな)

「ライダーのマスターに話したか?」

「話してない」

「なら、問題ねぇ」

 

「アーチャーに襲われた」

「んで?」

「倒した」

「そうか! あのいけ好かねぇ皮肉ぶったあの野郎がくたばったか! ま、それ位やってくれねえとな! あの俺は苦労してきたんだと言わんばかりの余裕の無い態度と面が前から気にくわねぇ……」

 

カカカと笑っていたランサーはピタリと笑うのを止めた。配慮がなさ過ぎである。彼はただ詰まらなさそうだ。

 

「……あのお嬢ちゃん、諦めるか?」

「追ってくる。間違いなく」

「戦えるのかよ」

「大丈夫だろ。昨日の今日だ、策を打つにも流石に時間が無いだろう」

 

「もし出くわしたら、どうする」

「最低限はしないとダメだろうな、駆け引きぐらいは何とかするさ」

「腰が据わってねぇな。ったく、シャキッとしろよシャキッと」

「ランサー。俺らは今、バーサーカー戦の為に組んでいるんだよな?」

「……そうだ。俺らはバーサーカーの為だけに組んでいる。だからお嬢ちゃんを討つ理由がねぇ」

「すまない、助かる」

 

ランサーは何も言わなかった。ただその鋭い猟犬の様な目は何時になく力が無い。礼など言うな、と語っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

しばらく適当な話をし、装備を調え、時間だと玄関を開ければ血の様に紅い夕焼けだった。縁起でも無い、ランサーはそう思った。この家には戻れないかもしれない、真也はそう思った。門を閉じ、その家を後にした。真也は普段着で何時もの様にロングコート、左脇には霊刀をぶら下げている。背負うバックパックにはSWAT風の礼装を収めていた。直前で着替える算段だ。ランサーはスーツを脱ぎ青色の時代めいた戦闘装束だ、その上に人目を憚りロングコートを羽織っている。契約を交わしていない以上、霊体化になれば会話が出来ないからだ。ランサーが言う。

 

「今からだと到着は夜更けだな」

「一度新都に出てタクシーを拾おう。言っておくけれど、料金半分出せよ」

「ぬかせ、サーヴァントが金なんぞ持ってるか。霊体になるから良いだろ」

「一人でも4人でも料金は変わらないんだよ。あー、この時間なら途中で深夜料金だな」

「真也だからシンヤ料金ってか」

 

臆面無く、遠慮無く、ゲラゲラゲラと笑うランサーを前にして、必死に怒りを堪える真也だった。そのネタでからかえるのは綾子のみである。桜と士郎はそもそも言わない。そして。真也の足がピタリと止まった。続いてランサーも止まった。ランサーが黙ってルーンの文字を真也の身体に刻む。防御結界と魔眼と併用できない支援魔術を施した。ランサーはただただ詰まらなさそうだ。

 

「ツいてねぇ」

「……あぁ、全くだ。どうして、こう成るんだろうな」

 

そこは住宅街の十字路。そこに士郎たちが立っていた。彼は二人の仲間を従えていた。一人は白銀の騎士、もう一人は紅の魔術師。士郎は左足を一歩前に出し、胸を張り、真也を見据えていた。その表情には鋭さと精悍さ伴い、俗に言う主人公立ちという奴である。真也は苦笑するより他は無い。

 

(確かにこの組み合わせなら、俺らは悪役だ)

 

紅の魔術師は人よけの呪いを一帯に施していた。その姿を見た真也の心臓がギリと痛んだ。正直、吐き気すらあった。陽が沈み、辺りが暗闇に閉ざされる。街灯は灯っていた、彼はそれに気がつかなかった。士郎が歩み出ると、セイバーが剣を構え後に続いた。彼女の前にランサーが立っていた。彼は槍を肩に乗せて笑みを浮かべていた。牽制である。彼は“仕方がねえだろ、悪く思うな”と態度で言っていた。セイバーは苦々しさを隠さない。凛はただただ真也を睨んでいた。

 

「みんな、手を出さないでくれ」と士郎は右手を挙げて二人を制した。

「しかし、シロウ」

「手を出すなセイバー。俺は真也に話がある」

「……分かりました」

 

士郎の意図を察して真也も歩み寄った。

 

「ランサー」

「あいよ」

 

二人は対峙すると睨み合った。その距離は人一人分。真也の方が背が高いので必然的に士郎が睨み上げる恰好となる。しばらくガンを飛ばしあった後、切り出したのは真也だった。

 

「しばらく見ない間に、いい目をする様になったなお前」

「酷い面だ、余りに酷くて俺は見てられない」

「時間が惜しい。用件を言え、士郎」

「俺が聞きたいのはランサーのマスターなのかって事だ。本当か?」

 

「本当だ」

「こんな夜にランサーを連れて何処へ行く」

「話せる理由なんてない」

「お前が決める話す話さないじゃない。全部話せ」

「だから無い」

 

理由を言えないのである。ここで暴露すれば計画は水の泡だ。

 

「よく考えろ。その返事だったら俺は敵になる、成らざるを得ない」

「気にする事は無い。俺らはずっとそうだったろ?」

 

士郎は真也の胸ぐらを掴んだ。

 

「桜は俺にとっても大事な後輩だ」

「知ってる」

「お前は桜の兄だ、そんな事はしたくない」

「もう違う。凛から聞いたんだろ? 桜が居ない以上、俺らはただの知り合い。そしてマスター同士だ。聖杯戦争に参加するマスター同士は狙い狙われ、殺し殺され合う関係だ」

「一つだけ聞く。お前から離れたのか。お前が桜を手放したのか。お前はそれで良いと思ってるのか」

「……そうだ。俺は桜を見捨てた」

 

真也の発言を聞いて、士郎の頭に登り掛かっていた血が一気に下がった。違和感に気がついたからである。

 

(……やっぱりコイツ変だ。なにか隠してる)

「衛宮君、もう良いでしょ。真也は敵よ。そう自分で証言してる」

 

凛の言葉が士郎の耳に障る。黙っていろ、と叫びたくなるのを辛うじて堪えた。士郎は胸ぐらを更に引き寄せた。士郎の眼圧は真也を貫かんばかりである。

 

(耳の穴かっぽじってよく聞け。ボコって、ふん縛って、洗いざらい吐かせてやる。負けなら隠しても意味が無いからな)

(士郎には関係の無い話だ。殺す気で掛かってこい。言っておくが俺は配慮なぞしないぞ)

(黙れ。意地でも真也を桜の元に返す。遠坂が桜の姉さんなら、遠坂もだ。家族は一緒に居させる)

(なぜ)

(姉さんの時の借りを返す)

(やめろ。もう遅い。全てが手遅れだ。全力で来い、それが最低限の礼節だ)

(俺が勝手にやるだけだ)

(違う意味で面倒になったなお前。その行動の結果を受け入れる覚悟があるならやってみろ)

(良いだろ、勝負だ)

 

それはアイコンタクト、と言う奴である。過去の経験、互いに知る思考方法から、取り交わしたのであった。情報のやりとりは無くただの思念の応酬だが、それで十分だった。凛どころか女性陣には睨み合っている様にしか見えないだろう。士郎は突き放す様に真也の襟を振り払った。演技もあったが、憤りも混じっていた。

 

士郎は“おっぱじめる”為に距離を取った。後ずさるのではなく、背を見せ堂々と離れた。真也は背後から斬り付けない、士郎はそれを確信していた。真也もまたそうする積もりは無かった。二人を見ていたランサーは察し“ヘッ”と笑った。そう捨てた物では無いと語っていた。セイバーは彼女が知らない何かを理解した様なランサーが面白くない。

 

「何がおかしい、ランサー」

「マジメに喧嘩できるって事だ。結構結構」

「?」

(さーてと。この展開は嬉しい誤算だが、こうくると意外と面倒だな。あの坊主、士郎つったか)

 

セイバーを倒せば士郎も敵対せざるを得ない。それは真也が味方を失う事と同義だ。真也に負い目のあるランサーは、機を待ち問題を先送りすることにした。つまり少なくとも今ここではセイバーを討てなくなったと言う事だ。士郎は凛の近くに戻ると振り返り真也を見据えた。その距離は10メートルほど。彼は首を回し、肩、腰、足首を回し関節を解した。真也は抜刀する“しゃらん”硝子の様な硬い音が響いた。士郎は凛にこう告げた。

 

「遠坂、援護だけ頼めるか?」

「無茶よ。真也はサーヴァント相手に張り合う化け物なんだから。それにこの機を逃す理由は私に無いの」

「俺がやる。俺はこの陣営の頭だ。従ってくれ」

 

士郎の琥珀色の瞳は真也を捕らえたまま、凛には目もくれない。拒絶すれば放り出される事は明白だ。彼女は折衷案を提示した。

 

「……衛宮君が危険だと判断したら手加減はしない。それで手を打ちなさい」

「分かった。セイバーはランサーを」

「承知しました」

 

唸りを上げる風王結界、愛刀を下段に構えるセイバーを見てランサもまた槍を構えた。穂先はセイバーの足下を向いている。

 

「さて、セイバーよ。やり合うのは二度目だが、今日はでっかい姉ちゃんが居ねえな。呼びに行くのを待ってやっても良いぜ? 一人じゃ不安だろ?」

「私一人で十分だ。風向きが悪くなれば逃げ出す腰抜け槍兵など恐れるに足らず」

「勇ましいこった。だがセイバー。もう少し男心を学んだ方が良い」

「……何が言いたい」

「マスターの心サーヴァント知らずってな。そうでないなら男の真似事に無理があったってことだ」

「愚弄するか!」

 

二人は互いに踏み込んだ。セイバーは手加減無用の剣幕である。殺したくはない、と思うもののそれは時の運だとランサーも全力だ。そしてマスターチーム。

 

「Fixierung(狙え、),EileSalve(一斉射撃)!」

 

凛の左腕にある魔術刻印が唸りを上げ、その指先から呪いの弾が撃ち出された。高い魔力密度を持つその魔術の弾は軽機関銃どころか、重機関銃並みの威力を誇る。それはフィンの一撃。彼女とて倒せるとは思って居ない、それは真也の動きを封じる足止めの為の牽制射撃だ。

 

だがそれは彼にとって糾弾に他ならない。飛来する黒いわだかまりの群れを一つ弾く、一つ掻き消す毎に、心臓の痛みが増していった。その鼓動は身体を満たす事は無く。呼吸が乱れ、血の気が失せ、脂汗が吹き出る、そして身体から力が抜け始めた。次第に押され始めた。一つ弾く毎に姿勢を崩し、一歩、また一歩と後ずさる。身体は鉛にでも成ったかの様に重い。真也は堪らず声を上げる。

 

「痛っ!」

 

真也に向けて踏み込む士郎には算段があった。士郎は真也の技量をよく知らない、1stバーサーカー戦のおり遠目に見たのみである。だが真也もまた士郎の技量を知らないのだ。少なくとも投影魔術を行使するなど知るよしも無い。であるからして、意表を突き、強襲し、降参させる、それだけでいい。実際に倒す必要は無い。サーヴァントと渡り合う一級魔術師である真也からしてみれば、駆け出し魔術使いである士郎に“してやられた”と思わせればそれで勝敗が付く。実際のところ真也もそう考える。カリバーン投影は最後の手段だ。何故なら怪我で済まない恐れがある。

 

凛のガンドを捌く真也に余裕は無く、迫る士郎の姿も霞む視界の中だ。辛うじて見れば士郎は無手、何か策があると踏んだが、とんと思いつかない。暗器でも持っているのか、と彼は思った。身体の中にある戦闘向けキャパシティを整理、再構成(デフラグ)、かき集めたキャパと記憶にある士郎の戦闘情報を比較すれば、暗器を持っていたとしても比較的余裕がある。真也のその判断は誤りであった、というよりは士郎が特異すぎ、そして成長が急すぎた。それはアーチャーの仕込みであり、狙いそのものだ。

 

「投影開始(トレースオン)!」

 

士郎の両手に顕れた、二振りで一振りの夫婦剣。真也は目を剥いた。理由は二つ。一つ、実用に耐えうる投影など聞いた事も無い事。二つ、なぜアーチャーと同じ武器を投影するかと言う事。切り結ぶ際、士郎は最大全力で踏み込んだ。士郎には真也の間合いなど読めない、だがアーチャーならこの距離だろうという確信があった。それは真也の想像を上回る、速さと技量であった。あ、という間に踏み込まれた。真也が辛うじて打ち込んだ一閃は、士郎の夫婦剣に受け流された。士郎は剣と身体の重心を利用し、真也の一閃まで利用しシフトウェイト、その動きはまさに達筆。

 

士郎は両刃で受けた様に見せかけ、実は片方のみで受けていた。左手の莫耶で真也の刀を打ち流す。コックが両手の包丁を擦り合わせる様に、右手の干将を抜き取り真也に向けて走らせた。双剣と士郎の身体が輪ゴムの様に弾む。巧い、と真也は思った。これほどの技量をいつの間に身につけたのかと、驚くほか無い。だがそれは真也に余裕が無い事と同義だ。全身の力をかき集め、士郎の干将を躱すと、士郎の四肢を斬り付けた。

 

「ぐっ!」

 

うめき声が漏れ崩れ落ちた。切り落としはしない、ただ無力化するだけである。凛が居れば癒やす事も可能だ。士郎の手を離れた干将・莫耶が、回りながらアスファルトに突き刺さった。そして。彼の目の前にある呪いの弾を、真也は左腕で受け止めた。ランサーの施した防御結界と干渉し合い、ガンドの呪いが消えた。凛は左腕を向けて詰まらなさそうな視線を向けていた。侮蔑を隠さない。

 

「節操がないわね、真也。ま、だからこうしてるんだけど」

 

その声に身体が痛む。堪えきれず表情に出た。

 

「三日で良い、時間をくれ。その後は好きにしろ」

 

真也は俯せに伏せる士郎の首に刃を添えた。斬り落とす事も出来た。だがしなかった。もし士郎を殺せば、セイバーは主の仇だとなりふり構うまい。最悪、凛と組む事も考えられた。それ以前に士郎を殺す事など出来ないのである。

 

「厚顔無恥って知ってる?」

「取引をしたい。引いてくれ、マスターの命だ。悪い取引じゃないだろ? 気づいていると思うが士郎は手加減した。誠意は感じ取って貰いたい」

「今更、信用できるとでも?」

「する必要は無いさ、ただそうしないと士郎が死ぬ事になる」

 

それは駆け引きだ。凛が宝石を取り出そうとする仕草を見せた。そして士郎は時を待っていた。

 

「動くな」

 

彼は、刃を凛に向けた、向けてしまった。それは彼にとって毒酒を飲む事に等しい。堪えきれないほどの痛みが、彼の肉体と精神を襲った。堪らず左手で心臓を押さえた。凛に向けた切っ先が、揺れながら下がる。枯れ葉が舞い落ちるかの如く。

 

「痛ぅぅぅぅ」

 

思いも寄らない突然の行動に、凛は意表を突かれた様に戸惑ったが、苦しむ様を見て笑みを浮かべた。

 

「なに、今更可哀想な振りで気を引いてるのかしら? それとも本当に病気?」

「……凛が気にする事じゃない、違うか」

「そうよね、真也は私を欺した。裏切った。その痛みが本当ならいい気味だわ。言っておくけれど、私が受けた苦しみはそんなんじゃ割に合わない。アーチャーの仇、討たせて貰うわよ。地の果てまでも」

 

「分かってるさ。俺は凛を苦しめた。それでも足りないというなら、好きにすると言い。殺したいなら好きにしろ。だけど今はダメだ。今はする事がある」

「真也の都合を聞く義理がある? 今ここで仕留める」

「思い出すよ。その気の強さ、出会った頃の凛だな、が、」

 

彼は血を吐いた。抑えた左手の指から血が漏れ、滴った。真也の様子に不可解さを感じながらも、凛は宝石を一つ取り出した。真也は声を絞り出す。

 

「出会わない方が良かった、んだろうな」

 

あから様の作り笑い。その声は悪夢に魘されるうめき声の様だ。その発言に凛の腕がピクリと振れた。真也は意識を保つのが精一杯だ。

 

「歯を食いしばれ、この馬鹿真也! キツイの行くぞ!」

 

士郎は夫婦剣を再投影し、再度強襲を掛けた。真也は士郎の回復の早さに、度肝を抜かれた。それは鞘の効果であるが、もちろん真也はそんな事を知らない。治癒の魔術を使用した、素振りも、反応も無い。完全な奇襲だった。士郎は双剣をもって8時から2時の方向に打ち付けた。体重も、双剣の重さも乗せた重い一撃だった。身体に力の入らない真也は刀を打たれ、仰け反った。勝敗を決しようと士郎が踏み込んだ。真也は辛うじて士郎を蹴飛ばしたが、足腰に力が入らない。その結果蹈鞴を踏み、士郎に対し距離を取ってしまった。凛から見れば、その真也は恰好の的だ。

 

「Ein KOrper(灰は灰に) ist ein(塵) KOrper(は塵に)!」

 

それは雌黄色の宝石“トパーズ” 魔力の籠もった真空の刃が顕れた。今の真也はランサーの支援魔術を受けている。その気にさえなれば、いなす事も、躱す事も、カウンターを当てる事も可能だ……出来るはずが無いのである。防御すら出来なかった。

 

迫る真空の刃は、怒濤の様に向かいくる鷲の群れだ。防御結界と魔力の刃が、接触、魔力の干渉で不協和音が鳴り響く。夢から現に至る、ほんの僅かな時間。凛の魔術はランサーの結界を突破した。翼音は死の調べ。死を伝えるその風の音は彼を包み込んだ、直撃である。結界により威力を削がれたが十分だ。真也は全身を捩られると、切り刻まれ、巻き上げられた。その様は、竜巻に翻弄される、布きれ。全身から血をまき散らし、うめき声も上げる事も叶わず、ぼろ雑巾の様に、アスファルトに叩き付けられた。それは濡れた雑巾を叩き付けたかの様な音を立てた。

 

「やたっ!」

 

凛は歓喜の声を上げた。情動と汚点を断ち切り、我が身を魔術師と成す。加えてアーチャーの仇も討った。討った少年の指が僅かに動いた。一つ舌を打つと、止めを刺そうと駆け寄り足が止まった。血に塗られ大地に転がる姿に心を奪われた。

 

「あ……」

 

計らずとも声が出た。何故停まる。足を止める必要など無い、その筈だった。全てを断ち切る為に、止めを刺す。だが宝石を持った腕が鉛にでも成ったかのように動かない。なぜ討てない。なぜこの男は反撃しなかった。なぜ防御すらしなかった。ランサーのマスターならそれは有り得ないはずだ。違うのか。なぜ、今頃、キャスターに見せられた幻を思い出す。

 

いや、関係ない。今更だそんな事は。真也はランサーのマスターであることは疑いようも無い事実。“これから仕掛ける”とい念話を最期にアーチャーは死んだ。真也もそれを認めた。ならば。同じマスターだった者として、同じ魔術師として、最大限の敬意を払う。せめてこれ以上苦しまないように。凛は悲鳴の様な声で17年間魔力を籠めた9つ有る宝石の一つを取り出した。

 

「3番!」

 

僅かに時を遡り、真也が切り刻まれたその直後である。ランサーが切れた。真実を知らずやりたい放題の凛に、それに荷担した自分に。その憤りは如何ほどのものか、顎を砕かんばかりに、食いしばっていた。その憤りは魔力となった。

 

「ゲイ、」

 

槍兵の声と共に、手に持つ朱い槍に膨大な魔力が満ちる。

 

「宝具!?」

 

発動を阻止しようと、セイバーが斬り込んだ。それはランサーのフェイントだった。ゲイボルクの発動をキャンセルした。籠めた魔力を無駄にしたが、大騒ぎするほどの事でも無い。燃費型宝具の利点だ。ランサーの敏捷はA、セイバーはC。セイバーの虚を突きランサーは彼女を蹴飛ばした。カウンターである。騎士の身体は宙を舞い、アスファルトを転がり続けた。

 

「セイバー! この勝負は次に持ち越しにする!」

「逃げるか!」

「仕切り直しだ!」

 

ランサーは真也と凛の間に割り込み、その宝石を発動直前に叩き割った。

 

「遠坂凛、下がりなさい!」

 

隠れていた舞弥が飛び出した。手に持つアサルトライフルはプルバップ式の“ステアーAUG” それはサプレッサー装備していた。舞弥は支えの右足を後ろに。ストックを肩にあて、銃身を身体に密着させた。トリガーを引けば、銃口から閃光と共に、5.56x45mmNATO弾が断続的に撃ち出された。フルオート。その赤褐色の光は、真也に向かっていった。

 

真也は舞弥をバックアップ(非戦闘員)だと思ったのだ。1stバーサーカー戦がそうであった。加えれば、それ以降の戦いを見ていないのである。ランサーすら、時折アタッシュケースを持って衛宮邸から外出するところを見ているのみである。完全にノーマークだった。

 

「チッ!」

 

流石のランサーも忌々しげに舌を打った。槍をバトン回しの要領で、扇風機の様に回し、舞弥の銃弾を弾いた。ランサーの防御が間に合わず、一発が真也の脇腹に当たった。 躓き蹴飛ばされた枕のように、アスファルトの上を転がった。蹴飛ばしたセイバーが体勢を立て直しつつある。このままではジリ貧だ。状況を把握したランサーは即座に腹を決めた。

 

「突き穿つ死翔の槍(ゲイボルク)!」

 

30の鏃が音速の2倍の速度で大地を穿った。目標とする着弾地点はランサーの目と鼻の先。爆風と礫が舞い上がる。その様は爆撃の如く。立ちこめる粉塵中からランサーが飛び出した。瀕死の真也を背負うと一目散にその場を後にした。礫を受け、ランサー自身もダメージを負い、血を流していた。

 

「おい、真也! 死んだか!」

 

背負う人の身体に力は無く、手足は人形の様に垂れ下がっていた。出血が激しく手足、指先から滴っていた。まるで血のシャワーを浴びたかの様だ。体重が減っているのではないかと錯覚して仕舞いかねない量だが彼はまだ生きていた。

 

「勝手に殺すな……」

「細面の割に存外しぶてえじゃねえか!」

「言ってろ……」

 

猶予は余り無いが、意識はある。取りあえず安堵したランサーは真也が意識を無くす事を恐れて話しかけ続けた。

 

「敵に回った女は手に負えないってのは本当だな! まったく情がねぇ!」

「まったくだ。凛が一流だって改めて思い知った。驚けランサー、お前の結界を突破したぞ」

「適当な場所で癒やしてやる。それまで堪えろ」

「……すまない。凛に刃を向けるのはやっぱ無理だった」

「……そこまで大事ならなんであの女を手放した」

“確かにそうだ。今の状況が間違いなら俺はあの時桜を捨てて凛に走るべきだった。けど倒れた桜を見捨てる事など出来はしない。結局桜も居なくなったけれど。よかれと思えば裏目に出る、正誤の判断も付かなくなった。ほんと人生ってのは難しい……なんで、こう成ったんだろうな”

 

うわごとの様な独白に、ランサーは舌を打った。真也では無く綺礼の笑みが脳裏に浮かんだからだ。その裏目に仕向けたのは他ならないランサーなのだ。

 

 

◆◆◆

 

 

爆煙に涙が流れ、咳き込んだ。士郎の無事を確認しようとするセイバーの手を振り払い、士郎は二人に詰め寄った。

 

「舞弥さん! 遠坂! 動けない相手に追い打ちを掛けるなんて、撃つなんてやり過ぎだ!」

 

女性陣がここまでするとは思わなかったのである。舞弥は冷静に答えた。

 

「馬鹿を言わないの。敵マスターよ」

「どう見ても戦闘不能だろ! あの状態なら、降伏勧告をするべきだ!」

 

だが、彼女らにとって士郎の安全が第一優先なのだ。“かもしれない”では済まないのである。何故なら互いに命を賭けたから。運の悪い事に戦況判断が非常に難しかった。歩み寄るセイバーも冷静だ。

 

「舞弥の言う通りですシロウ。あのタイミングではランサーが遠坂凛を襲った可能性がありました。舞弥は発砲する事によってランサーの選択を狭めたのです。マスターを攻撃されれば、守らざるを得ませんから」

「でもさ!」

「忘れたのですかシロウ。彼の男は同じように考え、アーチャーを仕留めています。躊躇などしては成りません。そもそも、シロウとて斬り付けられたではありませんか。鞘の加護が有るとは言え首を落とされれば死は避けられません」

「真也はそんな事しない!」

 

舞弥はライフルの弾倉を交換しつつ、続けた。

 

「聞きなさい士郎。100歩譲って経緯と事情に目を瞑るとしても。彼が敵だという事実に目を背けては駄目よ。蒼月真也はランサーのマスター。そして彼らも戦いに応じた。刃を向けた。それを間違えないで」

 

士郎がどう思おうと証拠が無ければ戯言だ。根拠、道理を伴わない指令、意見、は不協和音をもたらすだろう。彼は握り手に力を籠めた。悔しさを隠さない。

 

(何でこう成る)

 

アスファルトに滴る血痕は闇夜に続いている。それを見たセイバーは舞弥に言う。

 

「あの男は死んだと思いますか?」

「連れて行ったと言う事はまだ死んでいない、と判断するべきね」

「魔術で癒やせば、直ぐに回復できるでしょう。三日と言っていましたが、それが気になります。血痕を辿り、追撃を掛けるべきです」

 

二人の言っている事は正しい。反論しようにも、証拠が無い。なにより本人が認めている以上、為す術がない。今は機を待つしか無い。

 

(勝手に死ぬなよ、あのばか)

 

凛は真也が吐いた血を、アスファルトに滴ったそれを、ぼんやりと見ていた。“出会わない方が良かった”真也のその発言が嫌に耳に残った。黒い影が彼らを強襲したのはその13秒後の事である。

 

 

 

 

 

 

 

つづく!




シンちゃんフルボッコその1。

らいだー「べるれふぉーん!!!(怒)」バリバリ
しんや「やめて!」
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