立派そうな扉を開ければ、そこは吹き抜けの2階構造の、やはり立派そうなロビーだった。広さはどれ程だろう。バスケットボールのコートは楽に収まる様に思えた。陽の光は入らず明かりは電灯のみ。黄金色の灯火がその場を煌びやかに浮かび上がらせていた。床は黒と白のタイル、ここで舞踏会を催せばさぞ立派そうに見えるだろう。
観客も居た。立派そうな彫像が至る所に突っ立っていた。手も無く足もなく、彼らが持っている身体は腰から上だけだ。招かれざる客を見据えている胸像の彼らは、これから催される劇を詰まらなさそうに見るに違いない。もしくはそれを見届ける事が己の務めだと、真摯に努めるかもしれない。いずれにせよ、殺し合いを見物する存在など、碌でもない性格だろう。
(そう考えると魔術師って碌なもんじゃないな)
真也はそう自嘲した。異境に足を踏み入れる探検隊の心境で、ランサーと真也の二人がそのロビーに足を踏み入れると目の前に階段があった。蔓の細工の施された手すりと赤い絨毯。シンデレラが登りそうな、アンティーク調の雰囲気を持つ階段だ。豪華な調度品の数々はランサーの興味を惹かなかった。彼の隣りに立つ真也も似た様なものだ。真也がぼやく。
「あるところにはあるもんだ。こういうの」
「この成金趣味、いけ好かねぇ」
「落ち着けランサー。金の掛かった良い舞台じゃないか。美術のしょぼい舞台はやっぱり安っぽいからな」
「すぐ台無しになるぜ」
「ごもっとも」
カツコツと足音をかき鳴らし更に奥へと踏み入れば鎮座するそれと対峙した。巌の様な大男、狂気を司る最強のサーヴァント、バーサーカーである。彼は黙したままその両手に戦斧を持っていた。大型のバトルアックスだ。メイスの様に長い棒の先端に、巨大で分厚い扇子形状の両刃が付いていた。羽を広げたコウモリにも見える。ラブランデスの斧、それの模造品だ。
バーサーカーの顕現を殺す点は鳩尾にありビー玉ほどの大きさだ。イリヤにしてみれば、とにかくその死の点を突かれる事だけは避けねばならない。バーサーカーは両手で斧を持ち腹を見せない。警戒されている事は明白だった。ランサーは真紅の槍の石突きを床に突き立てた。胸を張り、得物と並び立つその姿は威風堂々。
「我はランサーの位を頂く英霊なり。聖杯戦争の理に従い、槍を交えんと欲し、此度押して参った。狂戦士の位を頂く戦士と、その主とお見受けするが相違ないな?」
階段の上、つまり二人を見下ろす位置に立つイリヤは穏やかな笑みだ。スカートの裾をつまみ、僅かに身を下げ、二人に返礼をした。優雅なものだ。
「ようこそ、槍を司る英霊とその主よ。私はこの城の主であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと申します。お二方のご到着を今か今かと待ちわびておりました。心より歓迎いたします」
その振る舞いは正真正銘のご令嬢である。本当に殺し合いをする関係なのか、と言うのが真也の正直な感想である。招かれた結婚式会場を間違えたかの様な居心地の悪さだった。もしくは修学旅行のバスを間違えた。真也に並び立つランサーはイリヤを見据えたまま真顔でこう急かした。イリヤに届かない様な小さな声だ。
(真也、お前も何か言え)
(え)
(頭だろうが。ビシッと決めろ)
突然振られ、練りだした口上は苦し紛れである。
「我が名は蒼月真也。積年の因縁を晴らさんと、一槍、馳走に参った。いざ尋常に果たし合いたい。見知りおけ、我は冬木の羅刹と呼ばれし武士(もののふ)なり」
「ここは私たちの城。あなた方は来賓で持て成すのは私たちよ、ランサーのマスターさん。それに貴方の武器は槍じゃなくて剣、それ以前に貴方は魔術師でしょ」
「台無しだ」
「五月蠅い」
ランサーのツッコミに真也はコホンと一つ咳払う。そして一歩進み出た。
「イリヤスフィール。一応聞くけれど、投降する気は無いか? バーサーカーを自害させ、」
それは士郎への配慮だ。
「自分のサーヴァントを自害? おかしな人ね。絶対的に優位な私が負けを認めると思うの? バーサーカーが勝つに決まってるもの。そんな事する理由は無いわ」
「ま、そうだろな。負けると思うなら逃げるだろうから」
「それだけじゃないわ。私は貴方を逃がすつもりはない。漸く会えたのだから。最初に会った夜の事、貴方が私にした事を覚えてる?」
「よく覚えてるさ。忘れよう筈がない。あの夜が全ての始まりだったからな」
「よかった。覚えてないなんて貴方に言われたら、悲しみのあまり倒れてしましまいそう」
「何を言ってる?」
イリヤの妙な言い回しに真也は違和感を感じた。イリヤは大人びた微笑みだったからである。
「貴方に斬られた後、血がたくさん出て、力が抜けて、身体が動かなくて。命からがら城に戻れば、熱も出て、苦しくて、ベッドの上でずっと暗闇を見てた。考えたわ、どうしてこんなに苦しいのか、って。忘れようとすると返って貴方の姿が心に浮かび上がるの。鮮明に、ハッキリと、強く、強く。寝ても覚めても何度も貴方を見た。一瞬たりとも忘れた事はなかった。すぐ殺しに行きたいのに、それができなくて、ずうっと想いだけが募っていった。ねえ、この傷見て。残ってしまった、もう消えないの」
イリヤはブラウスの裾を引っ張ると、脇腹を真也に見せた。白いその肌には刀傷が刻まれていた。彼女の奇行に眉を寄せるのは真也である。
「魔術で消せるだろ、それ位」
「消さない、消したくない。これは誓いで、証だから」
妙、真也の感想はそれに尽きた。異様な雲行きに居心地が悪くなる。雪の娘が奏でる声は死の調べ。
「これを見る度思い出すの。苦しみと憎しみと怒りが私の身体に満ちる、私は満たされる。ねぇ、私を見て。私だけを見て、殺してあげる、殺してあげるから。殺して良いのは私だけ、誰にも譲らない。ねぇ、すてきでしょう?」
笑みが消え、一転、紅の瞳は殺意の籠もった鋭いモノと変わった。
「この傷(痛み)に誓うわ、貴方を殺す」
「真也、俺が何を考えてるか判るか」
それはランサーだ。敵を見据えたままの真剣な表情が、なお辛く聞こえる。
「言わなくて良い」
「戦いの中、あのちびっ子に唾を付けてやがったか。嬢ちゃんも怒る筈だぜ」
「黙れ。妙な事を口走るな」
真也は一つ深呼吸し、抜刀した。“しゃらん”と鉄琴の様な音を奏でたそれは、彼の魔力に呼応し蒼白い光を放っていた。
「宣戦布告の口上にしては少し情熱的、だけど謹んで受けるよ。俺も君を殺す為にここに来た。始めようイリヤスフィール。七日前の決着を、今ここに付ける」
◆◆◆
バーサーカーの筋力は全サーヴァント中トップのA+。敏捷性も耐久もAだ。敏捷性を誇るランサーですらAとバーサーカーと同等。ところが耐久はC、バーサーカーの攻撃を喰らえば一撃で戦闘不能に陥る。加えて彼のゲイボルクのランクはB、通常攻撃ではダメージが届かない。真也も似た様なものだ。つまり、ランサーも真也も通常攻撃ではバーサーカーを倒せない。
二人の様は切っ掛けを探る為に対峙と、いうよりは手が出せず立ち尽くしている、という表現が適当だ。臆する様に見えるイリヤは小悪魔的な笑みを見せた。それは好きな子をいじめたい子供が見せる表情そのものだ。もしくは悪戯を思いついた子供である。イリヤは蒼く光る真也の瞳を見てこう意地悪く告げた。
「来ないの? それともバーサーカーが怖くて足が動けない? それだけの魔眼を持っていて、だらしが無いわ」
真也は魔眼殺しを付けていなかった。真也はポケットから石を取り出すとイリヤに投げた。それは彼女に届く前に、不可視の力場に弾かれ、あらぬ方向に飛んでいった。彼女の足下には古代ヘブライ語で書かれた魔方陣が敷かれていた。
「付け加えて失礼な人。レディに石を投げるなんて」
「結界ね。ま、普通そうするか」
「それだけじゃないわ。私に近づくと13の極大の呪いが貴方を襲う。倒せなくても、防ぎきれなくても、バーサーカーが駆け寄る時間を稼ぐだけでいいから。この屋内では一秒掛からない」
「バーサーカーが倒されるとは夢にも思っていないんだな」
「当然でしょう?」
「OK。前哨戦と洒落込もうイリヤスフィール。君はこう思っているはずだ。俺らがバーサーカーを倒すにはこの魔眼を使うしかない、だから俺さえ抑えれば後は消化試合だと……ランサー」
「クー・フーリン」
その真名を告げたのはランサー自身だ。イリヤは驚きと言うより呆れを隠さない。
「呆れた人ね。その程度の格の英霊で真名を明かすなんて。それともやっぱり怖くておかしくなったの?」
「ランサーなら12の試練を突破できる、と言ったら信じるか?」
「できっこないわ。バーサーカーはそれ故の最凶にして最強なのだから」
「ランサーの真名を繰り返し唱えろ、イリヤスフィール」
「ばっかじゃない」
「口調が変わったな。不安を恥じる事はない。なにせランサーは光神ルーを父に持つヘラクレスと同じ半神半人。英霊の格としては同等だ。君ならそれを正しく評価できるだろう。それとも慢心してみるか?」
イリヤの表情から笑みが消えた。認めたくはないが認めざるを得ない。優位性は未だ維持しているが“圧倒的”という形容詞が消えた事を、だ。真也はこれ見よがしに魔眼を見せ付けた。
「バーサーカーの宝具である12の試練“ゴッドハンド”は、Bランク以下の攻撃を無効化し、11回までの自動蘇生を行う。つまり12回殺さないと倒せないと言う事だ。さらに一度受けた殺害方法では二度と殺せないから、Aランク以上かつ12種の攻撃が必要と言う事になる」
ランサーはゲイボルクにアンサス(火)のルーンを刻んだ。赤いアストラルの光がその槍の宝具ランクを一つ上げた。イリヤはそれから目を離せなかった。
「そう、ランサーはキャスター適正を持つほどのルーン魔術の使い手だ」
ランサーは真也の駆け引きに応じ、イリヤに対しこう続けた。
「アンサス(火)、ウルズ(力)、エイワズ(死)、ラグズ(移動)、スリサズ(雷神トール)……まだあるぜ? 少なくとも12個以上はな」
「原初の18のルーン魔術……」
「そういうこった……ゲイボルク(刺し穿つ死棘の槍)!」
その穂先はバーサーカーの宝具を突破し、一回殺した。バーサーカーは蘇生される己の身体を黙って見ていた。主から開戦の指令はまだ出ていないのだ。
イリヤが戸惑う様に「ゲイボルク……因果逆転の呪い」と呟けばランサーは「ざっと、こんなもんだ。真也、“見た”か?」と戯けて見せた。真也はこれ見よがしに魔眼を見せ付け「あぁ“見た” 一回確実に殺した。イリヤ、君は今こう思っただろ? あと11回殺される前に俺を仕留めて、そのあとランサーを倒せば良い。まだ余裕は十分ある」と挑発した。ランサーは槍を構えた。その穂先はバーサーカーの足下を向いていたが、その獣の様な眼はイリヤを捕らえていた。
「四枝の浅瀬。一騎打ちの大禁戒“アトゴウラ”。その身を持って受けてみるか」
それはランサーの能力を向上させるルーンであり、一対一を強制させるもの。バーサーカーを一撃で葬れるものではない。だがイリヤはどう思ったか。彼女にその恐れがあると思わせれば十分だ。イリヤは真也に忌々しげに言い捨てた。
「結局、ルーンを描かないとならないのでしょう? その時間は与えないわ」
「確かにな。だが何文字いると思う? それに必要な時間は? ご覧の通りランサーは一人じゃない。俺が時間を稼ぐ事だってできる」
真也が胸のポケットから魔眼殺しを取り出すと身につけた。打ち合わせ通りにランサーが支援と結界のルーンを真也に刻んだ。イリヤの不可解な眼差しを真也に向けた。魔眼を使わないのかと語っていた。
「そう、これは作戦だよ。魔眼と支援魔術は併用できないから。残念ながらね」
「当然だわ。その魔眼は神秘が重すぎるの。そうそうな施術は掻き喰われる」
「魔術って奥が深いな」
「弱い渦は強い渦に掻き消される、ただの理屈。 魔術師のくせにそんな事も知らないの?」
「耳が痛い。生憎と俺が使える魔術は身体能力の向上だけでね」
「そう言えば貴方が呪文を唱えたところを一度も見た事はないわ。サーヴァントと張り合う魔術師だから、魔法使いに匹敵する程の使い手かと思えばとんだ劣等生だったのね」
真也は肩を竦めた。イリヤは己の立ち位置、二人に対しての優位性を計りかねていた。
「さて、まとめだ。ご覧の通り、魔眼を使えば一突きで殺す事が出来るけど身体能力が落ちる。だが支援魔術効いている俺はランサーに匹敵する。ランサーは属性を付加した上でゲイボルクを何発撃てる? アトゴウラはルーンを描かないといけないが、その効果は君のよく知るところ……パズルの要素はこんな所だ」
「気にしないわ。そんな低レベルな駆け引きに私が囚われるとでも?」
「そう? 俺なら両方気にするけどな。いや、君だって気にしてるだろ。だって、もしそれが本当だったとしたら、失うのはバーサーカーの命、しいては君の敗北だ。その可能性を軽視する程お気楽な君でもないだろう。それに気づいているか? いま君はとても余裕の無い顔をしている。もう一度聞くぞ。君はランサーと俺を同時に警戒しないといけなくなった訳だが、それでも尚、慢心してみるか?」
「バーサーカー!」
イリヤのその号令には怒りと戸惑い、そして不愉快さも混じっていた。
◆◆◆
身が竦むどころか、寿命すら縮みかねない、狂戦士の咆哮を開戦の喇叭に例えて、二人は駆けだした。二人の敏捷性はA。イリヤには二人の姿が掻き消えた様に見えた。彼らを追従しているのは狂戦士のみである。
一回目の攻撃。二人は左右から同タイミングで踏み込んだ。バーサーカーはどちらを狙う? この段階ではバーサーカーはどちらかを敢えて狙う必要が無い、ただ待ち構えれば良い。至近距離なら二人同時に叩くことが可能だろう。バーサーカーの筋力はA+だ。戦斧と拳を腕力のみで奮ってもその効果は十分にある。ただし、二人が仕掛ける攻撃が通常方法という前提が付く。
真也が眼鏡に手を掛けた、外すか、外さないか。ランサーがルーンを描こうと人差し指を立てた。どちらが本命か。両方とも本命だった場合、バーサーカーはあっけなく死ぬ。ご丁寧にもランサーの方がルーンを描く時間を踏まえ少し足を遅らせた。それは二人が仕掛けるタイミングが時計の様に一致している事を示していた。であるから、バーサーカーは戦斧を床に、つまり足下に叩き付けた。その威力は強大無比。巨大な戦斧に膨大な筋力と体重、その二つが組み合わさった槌の様な一撃は床を抉り、大穴を開けた。まるでクレーターだ。床を構成していた材質が砕け、礫となり、飛び散った。その様はまるで散弾銃である。バーサーカーは意にも返さない礫だが、二人にとっては無視できない威力だ。二人は溜らず避けた。ランサーは忌々しく吠えた。
「狂化を抑えていやがったか! 通りで見切りがいい! 」
狂化を抑える事、それは能力とのトレードオフだ。今のバーサーカーは能力がダウンしている。筋力A+→A、敏捷A→B、耐久A→Bだ。飛び退いたランサーのぼやきにイリヤは「アオツキシンヤ、先の戦いで貴方が教えてくれた事よ」そうしれっと答えた。1stバーサーカー戦の折、真也はイリヤを怒らせ狂化の変動を見たのである。彼女はそれを有効活用しただけだ。
「真也! お前は女癖悪すぎだ!」
「無駄口叩くな! 来るぞ!」
イリヤが命令を下した。
「バーサーカー、可能ならランサーを先に仕留めなさい。食事は前菜からがマナーよ」
バーサーカーはランサーに向かった。彼は急遽バックステップ。ランサーの敏捷性はA、今のバーサーカーはBだ。それ程広くない室内である。床を蹴り、壁を蹴り、立体起動でバーサーカーをあしらった。体重が異なる以上、ランサーの様な曲芸はバーサーカーには不可能である。
「真名名乗って、前菜扱いかよ! ったく、俺の名も地に落ちたもんだぜ!」
バーサーカーの懐に真也が居た。目が眩むばかりに霊刀の刀身が光っていた。ランサーが時間を稼ぎ、魔力を刀身に溜めたのだ。
二回目の攻撃。真也の狙いは強大な一刀を浴びせ、隙を作り、それに乗じて顕現を殺す、という算段だった。踏み込み、一閃。だがバーサーカーの胴を打つ筈の、その一撃は戦斧に止められていた。真也は目を剥いた。そんな筈はない。今のバーサーカーは敏捷Bの筈、Aの真也に打ち漏らす理由がない。
「狂化を落としていたのではなく意図的に変動させている?!」
戦闘が始まったにもかかわらず、イリヤがただ立っている理由に気がつかなかったのだ。真也は己の見通しの甘さに舌を打った。可能性は考慮していたが、これほど柔軟に融通が利くとは思わなかったのである。非戦闘員だという判断は甘かったのだ。イリヤが冷酷な表情を見せた。虫をもいで愉しむ子供の様だ。
「正解。さぁ、どうする? 防御がお留守よ」
戦斧が真也を打ち砕かんと、脳天を狙い打ち落とされた。バーサーカーを強襲しようと既に踏み込んでいたランサーは予定を変更し真也を蹴飛ばした。それはランサーの全力だ。手加減できる余裕が無い程のタイミングだったのである。蹴飛ばされた真也は廊下を滑り、壁に激突、大穴を開けた。真也にダメージ発生。その様を例えれば、城壁に向けられ撃ち込まれた砲弾だ。爆弾が炸裂したかの様な激しい衝撃音が響き渡り、瓦礫が崩れ、粉塵が巻き上がった。真也はふらりと立ち上がると、唾を吐いた。壁材の破片が入ったからだ。
「ランサー。お前、本気で蹴ったな」
「狂化の変動、あんな見え透いた手に引っ掛かるトロいお前が悪い」
「嘘をつけ、ならどうして事前に言わなかった」
「言う機会が無かっただけだ、細かいこと気にするんじゃねぇよ」
「覚えてろよ、この英霊野郎」
「俺が覚えてるのは、気に入った女だけだ」
「あの姉妹にちょっかい出したら覚悟しとけ」
「真也の指図は受けねえな」
二人の品のない掛け合いを見ていたイリヤは溜息をついた。できの悪い子供に呆れる親である。
「品性も優雅さも欠片もないのね。これでは野蛮人よ。全く嘆かわしい」
「お嬢ちゃんもやってみれば良い。結構楽しいぜ?」
「魔術師ってのは基本ボッチだから、それは無理な話だ」
「なんだ、ボッチってのは」
「トモダチが居ないって事だ」
「あー、」
「……」
ランサーが繰り出す憐憫の視線。イリヤは辛うじてその侮辱を堪えた。二人がバーサーカーに対峙するその距離は一足飛びの一歩外である。狂戦士が吠えた。バーサーカーとランサー、そして真也が繰り広げるそれは、一触即死、ひとまばたきが生死を左右する高速戦闘だった。それ故二人はロビーを駆け回る。バーサーカーに対し中々攻める切っ掛けを得られない。
戦斧を躱す。蹴りを躱す。戦斧を受け流し、やり過ごす。離れては近づき、やり過ごす。直撃は今だ無いが、二人は息を切らし身体のあちらこちらから血を流していた。掠めただけでダメージを受ける、それ程の威力だった。精神力の消耗も激しい。イリヤは侮蔑を籠めてこう見下ろした。
「どうしたのかなぁ? 怖くなって攻められなくなったのかなぁ? 大人なのに無様ね。ドッグハウスの中に隠れて怯えて吠える子犬みたい」
「大人への礼儀が成ってねぇな、あのガキ」
「そのちびっ子は淑女(笑)だ。気にするな」
「なんだ、その、括弧、笑いってのは」
「人々に笑顔と笑いをもたらす、優雅で気品のある道化師だって事だ」
ランサーはゲラゲラと笑い出す。
「確かにその通りだ! 下品な地が出ていやがる!」
イリヤは表情を消し沈黙を保っていたが、その眼差しは怒り狂っていた。理性を持って魔術回路を操作し、バーサーカーの狂化を制御する。ここで感情的になっては1stバーサーカー戦の二の舞だ。
◆◆◆
そして三回目の攻撃である。ランサーの蹴りを食らった真也は足が遅い、バーサーカーは彼を討とうとその方を向いた。ランサーはエイワズ(死)のルーンを描き、バーサーカーの背後に迫りよるが、それはバーサーカーの読み通りであった。見切りで、背後に向けて戦斧を打ち払った。大ぶりの一撃だ。ランサーもまた読んでいた、跳躍。赤い槍に魔力が籠もる。
「ゲイ、」
地に対し水平に奮われたバーサーカーの猛烈な薙ぎが、突如軌道を変え、持ち上がった。その様を例えるなら天翔る昇竜である。想像外の有り得ない軌道を描いた戦斧はランサーを空中で薙ぎ払った。槍で受け止めたものの彼は空中だ。踏みとどまる事もままならず、吹き飛ばされ、城の内壁に叩き付けれた。受け身は取ったがダメージを追った。堪らず落下、崩れ落ちる。バーサーカーは薙ぎで生じたその回転力を生かし、迫る真也に回し蹴りを見舞った。直撃は避けたが、それでも威力は十分だ。巨木の様な脚が掠め、ランサーが施した結界が悲鳴を上げる。そのまま吹き飛び、滑り、壁に叩き付けられた。戦場の沈黙、それは勝敗の証と誰かが言った。狂戦士の呼吸音だけが響いていた。
「勝負あったかな」
イリヤは薄ら寒い笑顔を見せた。魔女の微笑みそのものである。だがランサーがふらりと立ち上がった。血を吐き捨てた。
「まだまだ、こんなもんじゃ足りねえ。俺をたたき伏せるなら、もうすこし気合いを入れないと駄目だ」
壁と床に叩き付けられた真也は最後の霊薬を飲んでいた。骨折や、損傷した内臓が修復されていく、が、修復しきる前に、無理矢理立ち上がった。ダメージ的にはランサーの方が上だが、そのランサーが立ち上がった以上、座り込んでいる訳にもいくまい。カツンコツンと、足音を立て二人はバーサーカーに向けて左右から挟む様に歩み寄る。その様は満身創痍。イリヤが笑った。
「往生際が悪い、というより、これではまるで道化ね。死に損ないの虫けらの方がまだ可愛げがあるわ。懇願しなさい。地に伏せなさい。そうすれば楽に死なせてあげる」
「やはり君は生粋の魔術師で戦士ではないんだな。俺らがやる事にまだ気づいてない」
「当然よ。そのような優雅さの欠片すらない蛮族と一緒にされる事自体不愉快だわ。もう見飽きちゃった。そいつらを殺しなさい、バーサーカー」
狂戦士の咆哮は最大だ。つまり狂化が最大に成った事を意味した。それはもう小細工を労する必要ない、という証だ。二人は一斉に踏み込んだ。持ちうる速力をつぎ込み、その姿を重ねる。4度目の攻撃。真也が先鋒、ランサーが後衛、だがこれはフェイント。真也の影に隠れ、ランサーはゲイボルクにスリサズ(雷神トール) のルーンを描く。彼は真也の肩に足を乗せ跳躍、これは陽動だ。
「ゲイボルク(突き穿つ死翔の槍)!」
音速を上回る30の鏃がバーサーカーに命中。一度殺し、仰け反らした。跳躍するランサーの足下を、真也が最大速力で踏み込んだ。バーサーカーは、ダメージをものともせず、跳躍し向かい落ちてくるランサーを薙ぎ払った。最大狂化の恩恵で、槍を傾け滑らし威を削いだが、錐揉みするかの様に壁に叩き付けられた。
「がはっ!」
今度ばかりは受け身もままならずランサーは血を吐いた。バーサーカーの豪腕で叩き付けられるのが2度目ならば、もはや俊敏な動きはままならない。バーサーカーは、眼前に迫る真也に戦斧を打ち振るった。バーサーカーはフェイントだと心眼で感じ取ったが、タイミングが厳しくその戦斧の一撃は躱された。方や真也も、決死の覚悟で踏み込んだ勢いを殺せず、すれ違った後に大きく離れた。
真也を遣り過ごしたバーサーカーは、勢いを維持したまま、床に向けて壁を滑走するランサーに向けて踏み込んだ。この機は逃さぬ。ランサー(片割れ)を確実に仕留める。アインツベルンの城を震わせんばかりの咆哮があった。それは死の宣告だ。
真也も同様にすれ違った勢いを殺さなかった。いつの間に魔眼殺しを外したのか、バーサーカーの背後に魔眼を灯らせる真也が迫っていた。狂戦士が意に返さないのは、狙いは顕現の点では無いという真也の作戦を戦闘中に見抜いたからだ。ランサーに向いたバーサーカーは、壁を滑るランサーを潰そうと斧を振りかざした。
今のバーサーカーは最大狂化であり、敏捷はAだ。魔眼殺しを外し、支援魔術を消してしまった真也に追いつく事は出来ない。このタイミングでは真也が追いつく前にランサーを潰している。その後は簡単だ。ランサーが居なければ己に強化することすら出来ない、異端の出来損ないの魔術師である。
だがバーサーカーにとってもイリヤにとって予想外の事があった。城の壁を落下中のランサーは、渾身の力を以て壁を蹴り、バーサーカーに向けて跳躍した。これは間合いがズレることを意味する。
「ゲイ――」
そして、ランサーの渾身を持った殺意は、バーサーカーとて無視できず、一瞬背後に迫る真也から意識を逸らしてしまった。最後は、魔眼殺しを外しても、暫くは支援魔術の効果が残る事だ。つまりバーサーカーは、隙をこじ開けられた。真也は霊刀を持って、バーサーカーの背にある一つの点を突いた。
この結末に至る理由は次の通り。イリヤは優れた魔術師だが、戦士ではない。戦いという意味での駆け引きには劣るのである。彼女は、真也からランサーの真名を聞かされ警戒せざるを得なかった。そのとき真也はご丁寧にも、魔眼をイリヤに向け幾度となく挑発していた。心理的な揺さぶりだと悟ったイリヤは、魔眼とフェイクであるアトゴウラの二つを警戒しなくては成らなくなったのである。
初撃のゲイボルクはクー・フーリンの威を見せるモノではなかった。宝具12の試練の発動確認する為に、その宝具の場所を見る為に真也はランサーにゲイボルク(刺し穿つ死棘の槍)を打たせた。ランサーを警戒させ緊張させた上で戦闘を開始し、敢えて被弾した。それは、緊張していたイリヤに優位に立たせる事に他ならない。軽薄なやりとりですら“強がり”という効果を狙ったものだ。
イリヤは、死の点つまり顕現の点さえ殺されなければ、どうとでも成ると確信していた。12の試練は神の呪いであり、手足を切り落とされようと、バーサーカーは死ぬことはない。残った手と足で、潰してしまえば終わりだ。つまりイリヤは魔眼を持ってバーサーカーの背に迫る真也を過小評価してしまった。
直視の魔眼は伝説中の伝説、実際の所イリヤすら目の当たりにするまでは、ただの伝承と思っていた。つまり“死をもたらす”という伝承以上の事を知らないのである。長く伏せっていた為、調査の時間も悪い意味で相応だ。だが1stバーサーカー戦から、突くと斬る、この二つによってのみ、その効果を生じさせられる事は分っていた。バーサーカーを行使する彼女にとってそれ以上の事は必要がなかった。
それ故に。脳と眼球のセットの能力である直視の魔眼は、視認する“死”は所持者の認識・限界に大きく左右される。使用者が“死”を理解出来ないモノは線も点も視えない。言い換えれば、認識することが出来れば、どのようなモノも殺すことが出来る。イリヤはバーサーカーの死に囚われる余り、真也という魔力と魔術の概念に秀でる魔術師が、直死の魔眼を持っていると言う意味を見落としてしまった。つまり、真也は宝具十二の試練(ゴッドハンド)を殺した。二人の策略は今ここに成ったのである。
宙に身を投げるランサーが眼下に見据えるのは、たった一つの命しか持たない狂戦士だ。ランサーの双眸が光った。その姿は正しく猟犬。響くは戦士の咆哮。それは勝利の宣告に他ならない。
「――ボルク(刺し穿つ死棘の槍)!」
因果の逆転がここに成り、その真紅の穂先はバーサーカーの心臓を貫いた。断末魔の咆哮が城内に響き渡った。バーサーカーは、心臓を破壊されてなお膝を折らず、咆哮を上げながら、なお少女を守ろうと戦斧を掲げた。ランサーは、己の槍を以て、最大の敬意を示しその首を切り落とした。ごろりと首が落ちた。膝を折り、大地に膝を突き、地に身を投げた。バーサーカーの敗北がここに確定した。
イリヤは階段を駆け下り、その首に駆け寄った。現実を理解できていない、否、現実を受け入れたくないその少女は、ただ、ぼうと己のサーヴァントだったモノを見つめていた。無視できない視線を感じ、その方を見れば真也が立っていた。その眼を見た雪の娘は怯えた表情を見せた。何故なら。彼の仄暗く光る瞳が、彼女の死の点を捕らえていたからである。
つづく!