冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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44 カズム・4

セイバー陣営に計画を話した凛は最後ににこう纏めた。

 

「つまり、皆で桜の為だけの芝居をするって事ね。観客を化かす大喜劇ってわけ」

 

凛の背後で控えていたライダーが立ち上がると彼らを見下ろした。

 

「確認します。サクラとシンヤ、最後までこの二人の味方でいてくれますか?」

 

その計画の大胆さ、無謀さに面食らっていたセイバー陣営の面々であったが、士郎を切り口に皆が一様に頷いた。

 

「乗った。意地でも遠坂をあの二人の元へ連れて行く、家族は一緒に居させる、その希望は変わらないし、それが俺に残った最後の責務だ。そもそも拒否出来る立場でもない」

 

継いだのはイリヤである。

 

「ま、仕方ないわ。あの男には借りがあるし」

 

舞弥も同意した。一人沈黙を続けるセイバーは、皆の視線を浴びてゆっくりと答えた。

 

「私も異存はありません」

 

ライダーが問う。

 

「セイバー、貴女の名と剣に誓いなさい」

 

主の許可を得た彼女はこう宣言した。

 

「我が真名はアーサー・ペンドラゴン。そしてこれが我が宝具―」

 

その剣を纏っていた風の結界が霧散すると、黄金と白銀が織りなす美しい一振りの西洋刀が現れた。

 

「エクスカリバー」

 

凛は驚いた顔を見せたが、直ぐに収めた。セイバーが有名所の為だったが、彼女が何処の英霊であるかなど、もはや些末である。

 

「セイバー、それ見せて貰って良いか?」

「どうぞ」

 

手にするセイバーの宝具に士郎の魔術回路が猛烈な勢いで回り始めた。皆が纏まった事に感謝と安堵を織り交ぜるのはライダーである。

 

「他言無用として下さい。決してここに居る人間以外に話さない様に」

 

理解出来ないと眉を寄せたのは士郎である。

 

「ランサーもか?」

「ランサー陣営もです。理由はその時がくれば自然と分るでしょう」

 

ライダーとセイバーが己の真名と能力を全て話した後、暴露大会となった。桜と真也に対抗するには烏合の衆では話にならないのである。それは今日に至るまでに得た彼らの教訓であった。凛の矛先は士郎に向いた。何故アーチャーに似ているのか、それは前々からの疑問である。

 

「知ってのとおり投影魔術を使う。投影出来るのは剣の類いだけ」

「衛宮君のお父さんも投影魔術を?」

「違う」

 

継いだのはイリヤであった。

 

「シロウの本質は固有結界よ」

 

士郎の投影を知ったイリヤはその本質に於いてアーチャーと同じだと判断したのである。アーチャーが異なる可能性の士郎のなれの果てと気がついた。その単語を聞いた凛は目を丸くした。口も呆気にとられ開いていた。我ながら間抜けな声だ、凛はそう思った。

 

「……は?」

「シロウの本質は固有結界“無限の剣製”なの。投影魔術はそれから零れたもの」

「何で知ってるんだ姉さん」

「お姉さんだからに決まってるでしょ」

 

姉だから、その説明に理解はしないが納得した士郎であった。

 

「使い方は?」

「それは自分で見つけなさい、シロウ」

 

何故士郎がそんな大それた物を持っているのか、疑問と嫉妬に耐えるのは凛である。

 

「こ、固有結界とか、なに平然と語ってんのよ、こいつら」

「声に出てるわよ、リン。みっともないわ」

「うっさい!」

「姉さん、なんで遠坂は怒ってる」

「良く聞きなさいシロウ。固有結界は人間の持ち物じゃないの。だからリンはそれを持ってるシロウにヤキモチを焼いてるのよ」

「……それは俺が人間じゃ無いって事か」

 

綾子にハーフなのかと聞かれた事を彼は思いだした。

 

「そういう後ろ向きな考えは止めなさい。シロウは人間、それで問題ないわ」

「でもさ、とても気になる」

「シロウの血筋を辿ると死徒か真祖、もしくはその因子を持った者がいるのでしょ。でないと説明が付かないから。私の弟であるシロウは、そんなこと気にしないわね?」

 

イリヤのその言い様には、深く考えるなという意味が籠もっていた。彼は取りあえずは納得した。

 

「衛宮君、吸血衝動とかあるの?」

「ない。トマトは生で食べるのが一番だ」

(先祖返り的に能力だけ持つって、何よそれ……)

「遠坂がそんなに怒る事なのか」

「あのねえ、衛宮君。固有結界が何かご存じ?」

「大体は」

「それを知ってて聞く訳? 固有結界とか、バロールの魔眼とか、どうして魔術に対してちゃらんぽらんな奴にこんな特性が付くのよ」

 

憤りながらも苦悩を滲ませる凛などどこ吹く風、士郎はライダーにこう聞いた。

 

「ライダー。真也のスペックを教えてくれ。魔眼だけか?」

「シンヤの魔術は、身体能力を超える現象を生み出す事です」

「意外とオーソドックスだな」

「身体強化ではありません。例えば筋力を向上させ何かを持ち上げるのではなく、それを持ち上げる結果を作り出すと言う意味です。呪文を必要とせず手足を動かす様に自然と発動します」

「はぁ?」とは士郎で。

「そ、」とは凛である。

「固有結界の一種かしら。キリツグも体内時間を操作する結界を持っていたけれど、暗示すら無しで発動させるなんて。それともバーサーカーの様に常時発動させているのかしら、どちらでも良いけれど、驚く事ばかりね、リン」

 

イリヤは平然としていた。真也と戦った事のある彼女はそうではないかと予想していたのである。噛み付いたのは士郎であった。

 

「ちょいまち。遠坂が使う様な魔術を、ゼロインスタントで発動させると言う事か?」

「いえ、その効果は肉体の延長線上の概念に限定されます。それにシンヤは魔術を覚える事に興味がありません」

 

そこで悟った凛は腕を組んで、深々と溜息を付いた。やっていられないと言わんばかりである。

 

「ようやく判った。あれだけの魔力を持つ真也が魔術に興味を持たない事が。真也は根源に触れたのよ。バロールの魔眼を持つってそう言う事なんだわ」

 

平静を保っていたが継いだイリヤも僅かに悔しそうだ。

 

「そうね。全ての魔道は根源を求める道。根源に触れたのなら魔術に興味は持たない、道理よ」

 

ふてぶてしく凛が「先天的というなら、受精した時に原因があるのだろうけれど、精神的欠損を持っていた理由も分るわ。もっともその程度で済んだ事自体奇跡よ」と言った。凛の受精発言にショックを受けつつも士郎が「でもさ、根源に触れた割にはそれらしくないな。そういう感じがしない。全てを知ってるなら、今の状況も回避できそうなのに」と言う。その問いに答えたのはライダーだった。

 

「根源に触れれば、あらゆる解を持つと言われます。当然生きる意味の回答すら含み、無に回帰すると言われます。恐らくシンヤは存在を維持する為、無意識にその事実を封じたか、消去したのでしょう。本来生まれ持つべき、人の性質もろとも」

「その上でのシスコンって訳か」

 

合点がいったと士郎は頷いた。凛が言う。

 

「両親にその要因があるってこと。ライダー、真也の親って?」

「母をチトセと言いますが、会った事はありません。ただ非常に腕が立つとの事です」

「あー、なんか、こう、むしゃくしゃする」

「リン」

「判ってるわよ」

 

イリヤの呆れに凛は慌てて誤魔化した。

 

(ん? 根源に至った痕跡が魔眼なんだから、眼球か脳を調べれば……)

「遠坂凛」

「何も言ってないじゃない」

 

凛を頼った事は正しい選択だったのか、ライダーは不安を感じていた。真也を手に入れ解剖するつもりではないのか、とう言う意味である。凛の現金さ、ふてぶてしさを目の当たりにした士郎は、真也に同情しつつもこう続けた。

 

「ところで遠坂、どうやって戦う? 俺は待ち構える方が良いと思うけれど」

「条件が複雑すぎるから何とも言えないけれど、基本的に同意。ライダー、セイバー、衛宮君の投影魔術、この条件なら不意を突かれなければ何とかなる」

「ランサーは?」

「言ったでしょ。芝居だって。桜には優位だって思い込ませて、実はこちらが優位というバランスが肝要となる。今時点での真也は強力だから総力を持って向かい討てば、こちらの損害も免れない。そうなれば計画はご破談。でも手加減しすぎて桜に怪しまれれば意味が無い。不自然の無いように、こちらが劣勢だと思わせつつ、徐々に削って追い詰め、最も良いタイミングで桜を解放する。だからランサー、正確にはそのマスターには秘密にして、桜にも仲間だとは思わせず、偵察を続行して貰って、ここ一番という時の隠れ戦力になって貰うって訳。皆に説得しておいてアレだけれど、かなりの無茶ぶりね」

 

口を開いたのは今まで静閑していたセイバーである。

 

「遠坂凛。ランサーのマスターはあの神父だ。都合良く動くとは考えにくい」

「確かに懸念要素ね。だからそれは真也がどうにかするそうよ」

「我々の手で神父を討ちランサーを招き入れる、というのは?」

「暗殺隠密が得意な奴なんてウチらに居ないじゃない。綺礼にバレて相打ちになったら目も当てられないわ。真也を信じましょ。やり手が付いているようだから」

 

セイバーは余りにも綺麗な凛の手のひら返しに、一抹の不安を感じた。

 

「遠坂凛、あの男に対しどのように対応するかその算段を持っているのですか? シロウをマスターにしていた時の私は文字通り刃が通りませんでした」

 

微妙な顔の士郎がそこに居た。へっぽこだと言われているような気がしたのである。応えたのはライダーだった

 

「足がかりは二つあります。シンヤの症状が進行する事は、心臓と言う器官の特性上シンヤの弱体化を意味します。ですがそれは遠坂凛という切り札の効果が、弱くなる事でもある為注意が必要です。またシンヤはトラウマを持っています。人どころかサーヴァントすら殺せません。トラウマとは深層心理に刻まれたもの、記憶を削がれても有効でしょうが、物の弾みと言う事があります。過信はしないように」

「あのばか、本当にデキレースをするつもりか」

 

それは士郎の不満という名の呟きだった。凛が言う。

 

「搦め手は手加減がしにくい。だから私たちの取るべき道は正攻法。決戦の時が来たら外側から剥いていきましょ。私が居れば桜は警戒して真也を前面に出さない、だから敢えて私抜きで真也を倒す。供給される魔力が膨大だろうとセイバー、ライダー、ランサーで抑えダメージを与え、疲弊させれば弱体化するわ。そして回復する前に心臓を破壊する。心臓は、思念、意思、感情を司る器官。それを抑えれば記憶障害も、遠坂の制限、つまり桜の支配も解ける。その後再構成。その為には真也の機動力を削ぐ必要があるけれど、足場のない広い場所が良いわね。こちらは数があるから、真也の様な強襲型の戦力に立体機動で攻められると対処がしづらい」

 

「遠坂、ただ再構成するだけでは駄目だとライダーが言ったと思ったけれど」

「アテがあるのよ、今は任せてくれない? 問題は桜が単身で攻めてくるケースなんだけれど、桜の狙いは2体分のサーヴァントの魂と私への復讐。幾ら膨大な魔力を持っていても、魔術の腕も、戦いも素人、でもそれは桜自身も知っているだろうから可能性は薄いか」

 

ライダーが補足を加えた。

 

「サクラはアサシンを配下として持っています。いずれアーチャーも立ちふさがるでしょう」

 

そのクラスの名前を聞いた凛は沈痛な面持ちで押し黙った。イリヤがアーチャーの魂を持って居ない以上、その可能性は考えていた、否、考えたくなかった。

 

(私の代償か……)

 

イリヤの発言には気遣いが籠もっていた。

 

「サクラの厄介なところは神出鬼没な所よ。サクラは私を狙ってるはずだから、それで行動がある程度限定出来る」

 

大胆なイリヤの提案に凛は念を押した。

 

「イリヤ。貴女、何を言っているのか分ってるの?」

「そう、私を囮にする。ライダーの話だと私は2体持っているのでしょう? 私を敢えて渡して、」

「バトルフィールドを大聖杯に指定?」

「アインツベルン城を一回挟んだ方が良いわ」

「どうやってよ」

「サクラは天の杯を動かしたがってる。正装は城に置いたままだから、それで時間が稼げるわ。可能ならその時までにアーチャーとアサシンを倒したいわね」

「姉さん」

「そんなに早く心臓を引き抜くと駄目だから、直ぐには殺されない。だからシロウ、助けに来てね」

「……ああ」

 

二つ返事で受諾したが、この計画は想像以上に厳しいのだと、彼は今更ながらに思い知らされたのだった。凛が言う。

 

「ランサーの連絡を待って先手を掛けるか、桜の出方を待つか、桜が単身で攻めてくるなら真也がいない筈だから、ランサーが居なくても勝算はある。基本プランはこんな所か。ねえ、衛宮君。一応聞きたいのだけれど、私が使えそうな武器を投影出来る?」

「……カリバーン? それともダインスレフ?」

「剣なんか持った事もないわよ。というか、衛宮君。魔剣を提示した意図を教えて欲しいのだけれど」

 

凛の笑顔には怒りが混じっていた。士郎は引きつった愛想笑いで誤魔化すのみだ。イリヤが言う。

 

「宝石剣なんてどうかしら」

「イリヤ、それマジ?」

「本気という意味で聞いているなら、本気よ。準備は今晩中に済ませておくから、投影は戦闘直前にシロウにしてもらないさい。セイバー、今晩シロウを独占させて貰うから」

「……承知しました」

 

そこはかとない不安を感じるセイバーだった。凛はちゃぶ台に手を突き立ち上がる。

 

「そろそろ会議はお開きにしましょ。衛宮君、夕飯の用意はわたしがするから」

「けどな」

「作りたい気分なの。駄目?」

 

困惑、嬉しさ、鬱憤、希望、様々な感情のこもった、凛のか細い笑顔に士郎は黙って頷いた。凛の作った中華料理は好評に終わった。

 

 

◆◆◆

 

 

皆が寝静まった頃。ふと目を覚ました士郎が居間に赴けば、縁側に腰を掛け背を向けるセイバーの姿を見た。彼女は微動だにせず月を見上げていた。

 

「不寝番ご苦労様」

 

彼女の隣りに腰掛けた士郎が、夜空を見れば丸い月が浮かんでいた。恐ろしいぐらい蒼い色の月だった。

 

「シロウ、戻って下さい。休める時に休む事も大事です」

「良いだろ少しぐらい。セイバーと同じで月を見たい気分なんだ」

 

士郎がそう言うと、彼女は黙ってその碧の眼を月に向けた。彼はセイバーの憂いた横顔を見つつ。

 

「俺で良ければ話を聞くけど」

「どうしてですか?」

「そんな気がしただけ。というのは実は嘘だ。セイバーが悩んでいるように見えるから」

「そう見えましたか」

「みえた」

 

彼女の物言いは静かというより、抑揚が無いという表現が適当だ。感情を押し殺している証だった。

 

「シロウ。誇りも何もかも捨て進言します。私にとっては貴方が全てだ。蒼月真也の計画は危険です。叶うなら今すぐにでも大聖杯に赴き、宝具を用い破壊したい」

「確かにそれが確実だ。でもだめだろ。遠坂は俺らを信用してその場所を教えてくれたんだから」

「その対価は世界の破滅です」

「まだ決まった訳じゃない」

「なぜあの男に協力を?」

「借りは返さないと」

「その結果多くの民が死んでもですか」

 

士郎が見るセイバーの端正な表情には影が落ちていた。彼女がいつからこの様な顔をするようになったのか、それを考えると心が痛い。清廉潔白だった彼女を汚したのは自分なのだろう、彼はそんな事を考えた。このゴタゴタに巻き込んだのは士郎なのである。そしてまた、剣を持つ以上そんな物はありはしないだろう事も分っていた。

 

「1stバーサーカー戦の時、あの時俺は姉さんを見捨てる事が一番簡単だった。真也を見過ごして姉さんを殺させる。けれど、その後俺はどうなったと思う? 舞弥さんが10年掛けて解してくれた心を、姉を見殺しにした事を理由にもう一度固めたに違いない。自分を大事にしない正義の味方になった俺は、知らない誰かの為に身体を張って、心配してくれる家族に背を向けて、何時しか家族を失ってどこかで一人のたれ死んでいた」

 

言いかけたセイバーを士郎は手を翳して制した。

 

「例え話をする。怪物が迫り、みんなで逃げた。でも逃げ切れない。皆で掛かれば倒せるかもしれない。戦うか、逃げるか。彼らは囮を用意して逃げ切った。まだ追ってくる、また囮を用意した。何度も繰り返すうちに仲間はどんどん減っていった。今度は誰が囮になるのか? 疑心暗鬼、仲間割れ。それを繰り返して、最後の一人となった人はこんな事なら、最初から皆で戦っていれば少なくとも仲間同士、いがみ合う事は無かったのに、そう後悔して死んだ。結局皆は死んだ。これは笑い話か? 誰かを犠牲にするのはとても簡単なんだ。仕方が無いと目を瞑るだけでいいから。大事な事ほど安易な手段に走ってはだめだ、俺はそう思う」

 

「シロウ、一つだけ。状況次第ではあの兄妹を討ちます。例えこの身が地獄に落ちようとも」

「なら、その時は俺も共に墜ちる。セイバーは俺の剣、剣を無くしちゃままならない……これは俺のうぬぼれか?」

「なりません。シロウ。貴方は生き残るべきだ」

「正直に言う。セイバーのその状況は最悪の状況だ。俺一人だけ生き残ってる。セイバーは皆を犠牲にして、俺一人だけ生き残れって言ってる。それは無理だ。なにより、セイバーの居なくなった後の事なんか考えられない」

 

彼は彼女を強く抱きしめた。

 

「セイバー、俺の傍に居てくれ」

「申し訳ありませんシロウ。今の私は、応える事が出来ない。しばらく時間を下さい」

 

彼より遙かに強い力を有する腕の中の彼女は、とても柔らかくとても華奢だった。温もりを分かち合う二人に、水を差したのは彼の姉である。その声に彼は慌てて退いた。セイバーは彼のその対応に不愉快さを隠さない。やましい事など無いはず、と言う意味だ。二人を見るイリヤの瞳は悪戯めいていた。

 

「夜伽話は済んだ?」

「ええ、たっぷりと」

「そう。それは結構ね。セイバー、約束通りシロウを返して貰うから」

「借りる、でしょう」

「知らないの? 私とシロウは姉弟なんだから。セイバーにあげるなんて言ってないわ」

 

警戒を隠さないセイバーに、イリヤは顔色一つ変えない。彼女は何時もそうである様に妖精の様に微笑んでいた。

 

「シロウ、毛布をもって土蔵にいらっしゃい」

「もうふ?」

「この冬空であそこは寒いでしょう」

「確かに」

「イリヤスフィール。何故この様な遅い時間なのです」

「何を言っているのかしら。重要な作業は静かな夜と相場が決まっているわ。セイバー、警戒を怠らないようにね。貴女がミスをすると私たちは全滅よ」

「無論務めは心得ています」

「良い子ね。さ、シロウ早くなさい」

「わかった」

 

セイバーは胸騒ぎを感じつつも、主の背中を見送った。

 

 

◆◆◆

 

 

ガラクタが所狭しと置いてある土蔵の中。窓からは月の明かりが差し込み、二人の姿が浮かび上がっていた。例えればスポットライト、それはその姉弟を闇夜から切り離すかのようである。士郎は敷いた毛布の上で胡座をかいていた。目の前に立つ姉は、教鞭に立つ教師の様だ。

 

「良く聞きなさいシロウ。今からシロウには宝石剣を投影する為の前準備、解析をしてもらうわ。大聖杯を作り上げたとき遠坂の大師父も立ち会っている。私の中にはその時魔道翁が手にしていた剣の記録があるから、シロウは“私の中に入って”解析するだけでいい。その場所には私が連れて行くから、余計な物は見ない事。200年前に遡る事だから負荷は相応。気を引き締めなさい」

 

「危険って事か」

 

「研鑽とは己に向き合い、永い時間を掛けて試行錯誤するもの。だから、付け焼刃では、魔術回路の稼働にどうしても偏りが生じる。でも、シロウに教えた人は、シロウの事を全て分っているから、どの回路をどの順番で、どのように励起させれば良いか知っていた。だから、シロウの魔術回路は全てが偏り無く乱れなく、とても理想的な状態で動いてる。切っ掛けさえ掴めれば、固有結界も開ける程だから条件は悪くないわ。けれど相応に危険な事よ。覚悟はある?」

 

「もちろん。俺はもう決めた」

「良い子ね。それじゃ耳を塞いで、向こうを向いていなさい」

「……なんで?」

「だから言ったでしょ。解析の準備を始めるって」

 

姉の指示に為すがまま背を向ける事一刻。肩を突かれ、振り返れば目の前に全裸の姉が立っていた。肉欲とはほど遠い妖精の肢体に月の光が影を落とす。彼の瞳に映る、姉の表情は、艶を帯びておりとても10代前半に見えない。

 

「……」

 

姉の頬は熟れた果実の様に紅葉し、潤んだ瞳は魔石のように怪しく光っていた。彼は漸く自分の姉が18歳だと言う事を自覚した。声が出ない。蛇に睨まれたカエルの様に、彼は硬直していた。士郎の頬にか細い指が触れた。微かに開いた小さい唇の隙間から、漏れる甘い吐息が士郎に掛かると目が回った。世界が歪む。

 

「聞きなさいシロウ。戦う敵を殺しきれないこの戦いはとても厳しい物になる。恐らくシロウにも死にかける程の試練が待ち受けているはず。手段を選んでいる余裕はないわ。だから打ち勝つ為にパスを繋ぐの」

「勝つって何にさ」

 

指摘する内容が違うと思いつつ、魅入られたように士郎は為すがままだ。

 

「もちろん、運命というくだらなくて最高のもの。ねえ、シロウ。私が生成する魔力は、セイバーに提供してもなお余裕がある。だから私の可愛いシロウに提供しても十分。幾らでも投影出来るようになるわ。これは固有結界を開ける様になった時の保険でもある」

「姉さんなら他に方法を知っているんじゃないのか」

「だめよシロウ。私の中に入るって言ったでしょ。覚悟はあるのかって聞いたでしょ。だから、ね?」

「……姉さん、俺はセイ、」

「イ、ヤ♪」

 

イリヤは覆い被さる様に士郎を押し倒すと、彼の唇を塞いだ。彼の腕の中にある雪の様な白い幼い肢体はじんわりと汗ばみ、燃える様に火照っていた。土蔵の傍で控えるのはもちろんセイバーだ。胸騒ぎに少しだけだと様子を伺えば、目の前に繰り広げられるのは艶事である。もちろん彼女は怒っていた。彼女の嫉妬はまさに荒れ狂う竜である。

 

(シロウ、事が済んだらお説教です……)

 

押し殺す嬌声(こえ)が聞こえた時、セイバーは耳まで赤くした。

 

 

◆◆◆

 

 

同時刻。そこは海浜公園にあるベンチである。闇夜に聳える冬木大橋は何時もの通り、味気ない。腰掛ける真也が空を見上げれば既に10時。人通りは無くひっそりとしている。彼の状態を説明すれば、かれこれ1時間待つが未だ待ち人来ず、である。約束を取り付けた訳では無いが、会えるだろうという確信を持っていた。だが流石に待ち疲れてきた。目的の無いゆっくりとした時間は、思索するには十分だった。溜息が溢れる。彼は自分の立てた計画が、桜を裏切り、凛を利用する事と同義だと考えていた。その代償は己の命で払う、その筈だった。だがそうはいかなくなった。葵にも逆らえないのである。もう一度溜息が出た。

 

「桜と自分に対しあそこまで格好を付けて、これか。桜の為にあると誓い、凛の事も考えて、そのあげく二人を守り続けられるという都合の良い事を考えてる。我ながら身が軽い……なりふり構ってられないか。なら土下座だってなんだってしてやる。引っぱたかれたって構うものか。逃げ出しては成らないんだよな、ランサー」

 

真也は突然現れたその気配を知っていた。その声も当然知っていた。

 

「呼んだな? 真也」

 

闇夜から現れたのはランサーである。その身体捌きはやましい事なく堂々と。彼は真紅の槍を背負い、挑発的な笑みを見せていた。挨拶代わりの大きく開いた口が見せる牙は野獣のそれである。ランサーは衝動を抑えんと槍を握りしめた。彼は、こう切り出した。

 

「いい夜だな。静かで月が明るい。こういう夜は化け物が出ると相場が決まってる」

「化け物ってお前の事だよな」

「真也、お前から現れるとは意外だぜ」

「公園で待ってたのは俺だ」

「嘘つけ。俺を呼んでたんだろうが。ビンビンに殺気立って分らないほど鈍かないぜ。ギルガメッシュを殺った時のお前は見ていた。ようやく全力で渡り合えるって訳だ」

「お前のマスターはなんと言っている?」

「偵察の任を負っていたんだが……真也、お前が悪い。抑えていて尚この威圧。これ程まで挑発させられては、我慢なんてできっこねえ」

 

身体の芯を突く槍の様なランサーの殺意を浴びて真也はなお冷静だった。

 

「約束は守るさ。だが最中に水を差されても困るだろ? いま舞台を用意している。舞台にはこの聖杯戦争に関係した全ての人間が集まる。見届け人は彼らだ。恐らく、お前のマスターもそれを狙っている。万が一、俺がここで死ぬと台無しだろうからな。この場は顔合わせって事にして、退け」

 

「今更顔合わせかよ」

「これから敵同士となるその宣誓だ。後腐れ無く、文句は無いだろ?」

「ケッ、連れない野郎だ。忘れんなよ」

 

踵を返し、背を向けた因縁のある槍兵。その背中に真也は、態度を変えてこう聞いた。それは教えを請うもののそれである。

 

「なぁランサー。例えばなんだけど姉と妹が居て、どちらか選べば死んでしまう状況にたった場合、お前ならどうする?」

「なんだそのだせえのは。言ったはずだぜ。背負えるならそうすれば良い」

「最近気がついたんだけど、俺は意外と頭が悪い」

「しかたねえな」

 

ヤレヤレと、槍で肩をポンポンと叩く。

 

「姉でも妹でもどちらでもいいが、諦められる程度の存在なら選べば良い。それができないなら両方の手を離すな。その結果、例え3人とも死んだとしても悔いはねえだろ。未練を持ったまま死ぬ奴程、無残なものはねえぜ。それこそ死にきれず彷徨う事になる。生き残ってもし忘れられるなら、その程度の相手って訳だ。良いか坊主。成果ってのは狙いより小さくなるもんだ。なら狙いはデカく困難にだ。その年からそんな妥協してると、小綺麗に収まっちまうぞ」

 

「ん。助かった」

「お前な、何時までもそんな様だと」

「違うさ。これからやる事をランサーに聞かせただけ。答え合わせをしただけだ」

「はん。素直じゃないガキは可愛げがねえ。ま、多少マシヅラする様になったから良しとしてやる」

「ランサー、敢えて言峰綺礼の元に居続けた事、感謝する。凛を庇ってくれたんだってな」

 

「どうやって知ったかは問わねえが、礼を言われるこっちゃねえよ。お前が死んだなら、刺し違えでも言峰の口を封じようとも思ったんだが、案の定お前は生きていやがった。それに嬢ちゃんは、真実に感づいていたからな。辛くとも真実を知れば、どうすれば良いのか身の振り方は得られる。セイバー陣営共々、できうる限りの事はしたつもりだ。後はお前がやれ。他人の女の世話を続ける程酔狂じゃねえ」

 

「ランサー。遠からずその時が来る。決着はその時だ」

「忘れるんじゃねーぞ」

「お前こそ、乗り遅れるなよ。停車時間はとても短い」

 

ランサーが消え暫く経った頃。真也が僅かな希望に想いを馳せていると、彼を待っていたのは桜の影だった。ランサーとの会話は見られていない筈。なら何の用だ。何故桜では無く影だけが現れる。

 

「桜?」

 

目の前佇む深海の魔物。彼は聞こえない呼び声に応じ、なんの躊躇いもなく戸惑いも無く、それに歩み寄る。海流に揺らぐ海藻の様な無数の黒い帯は彼を捕らえると、繭の様に幾重にもまき付けた。拘束した。そして影の中に取り込んだ。ギルガメッシュに負わされた傷も癒え、とうとう彼女は動き始めたのである。

 

 

 

 

 

つづく!

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