冬木市シスコン奮闘記   作:D1198

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45 カズム・5

様々な想いが渦巻く夜を越えた衛宮邸。その家の一画で凛はずいぶん早くが覚めた。カーテンの隙間から溢れる朝日は、澄み切っていたが随分と柔らかかった。静かな朝だった。嵐の前の静けさだろうが、だが今はその静かさを甘受したい。寝返りを打つ。

 

彼女が間借りしている部屋は衛宮邸の離れだ。かつて桜が使っていた部屋だそうだが、気にならない。綾子が来る前に知ったなら気にしただろう。我ながら身代わりが早い。呆れもするが、為すべき事を決意した以上、必要以上に気に病む事も無い。前はこの様な性格だった。今までがどうかしていたのだ。その理由を考えれば、思わず綻んだ。決まっている。あのバカのせいだ。その責任は取らせる。

 

ふと思う。あのバカは一体何なのだろう。10年前にふらりと訪れて少しずつこの冬木市に食い込んでいった。誰も彼もがその影響を受けている。凛然り、桜然り、綾子然り、士郎とて例外では無い。正か負かは別にして、それだけの影響力を持つ人間というのは、それはそれで立派なスキルなのではないか。世が世なら、王か英雄にでもなったかもしれない。だがそれは些細な事だ。凛にとって彼はもう確定された事実なのである。例え今“実は俺がアンリマユなんだ”と言われてもその認識は変わらないのである。力に物を言わせて、屈服させ、家に連れ帰るまでだ。

 

その時の事である。桜、真也、聖杯、アンリマユ、頭に流れたキーワードが積み上がり、一つの仮説を凛に提示した。無色だった10年前の真也は桜に染まった。第3回の聖杯戦争では、無色であった聖杯はアンリマユに汚染された。正気に返った桜が聞けば憤慨しそうな話ではあるが、引き合ったに違いない。似たもの同士と言う事だ。これが因縁なら嫌気がさすほど出来すぎている。

 

時間を見れば6時半だ。この時間なら士郎が朝食の準備に勤しんでいる頃だ。立派な者である。だがしかし。ライバルである筈の真也には生活能力が無いと言う。桜が居なければ直ぐにインスタント、ファーストフードに走るのだ。自己保存の概念がない以上やむを得ないかもしれないが、それは面白くない。サーヴァントと張り合う魔術師が成人病で死ぬなど、他の魔術師からしてみれば馬鹿にされていると思うだろう。彼女もそうだ。何より自分の管理責任能力を問われてしまう。

 

よし、たたき直そう。真也が桜に甘えすぎた事も、今の状況に至った原因の一つだ。厳しい姉に甘い妹、バランスとしては良い案配だ。そんな何気ない日常を胸に秘め、凛はベッドから起き上がった。

 

 

◆◆◆

 

 

そこは衛宮邸の居間である。凛が向かうちゃぶ台に、朝食をリーゼリットが手際よく配膳していく。士郎が調理し、彼女は配膳係と言う事だ。意外な事に波長が合うらしい。ぼうと二人を見ていると、凛の目の前に紅鮭が置かれた。その皿を掴む白魚の様な指は人の物では無い、ホムンクルスだ。見上げれば真紅の瞳があった。

 

その表情に感情は乏しかったが、感情の様なモノは確実に見て取れた。微笑んだならば、誰であろうと見惚れるに違いない。思わず視線が合った。仏頂面の凛を理解出来ないリーゼリットは微かに首を傾げると、そのまま台所へ戻っていった。その足取りが軽快で嬉しそうに見えるのは気のせいか。セイバーも気の毒に、そう思い彼女の姿を探せば、彼女も既にちゃぶ台に付いていた。何故だろう、とても不愉快そうに見える。それはちょっとしたお家騒動の予兆であった。

 

「遠坂、少し良いか」

 

朝食が始まる直前、士郎が差し出したのは一振りの短剣である。どうした事か、彼は右手を真っ直ぐに差しだし、顔の左半分を見せない。凛は彼の奇行を不思議に思ったが、それに気を回す余裕が無かった。インチキではあるが、その短剣は遠坂家の悲願である。柄は無難でありふれたモノだが、その刀身は異形だった。透明な凹凸に富む表面形状で、光を、弾き曲げて、美しく輝いていた。

 

まさに万華鏡(カレイドスコープ)である。形容するのが難しいが、クリスタルで作られたアサガオのつぼみが近いだろうか。見た目はなまくらだが、凛がその気になれば無制限の魔力を放つのである。謝礼を述べ、その短剣を受けとれば実に手に馴染む。声の調子が上がるのも無理は無い。

 

「へー、流石ね。予想以上に良い出来じゃない。でも今渡されても直ぐ崩れるのよね。少し勿体ないわ」

「遠坂、それは昨晩打ったモノ、これの意味が分るか」

「この時間まで存在してる?」

「6時間。俺らもさっき気づいたんだが、他の宝具と違って、その剣はこの世界にあり得るモノだ。だから修正力が働かない。だからもう渡しておく」

 

マジマジと見つめていた凛は、とても可憐な笑みを見せた。何の脈絡もない微笑みに、不吉さを感じた士郎の危険察知はフルドライブ。思わずたじろいだ。

 

「そう、幾らでも作れて、売り物になるって事よね、それって」

「……それはどうだろうか」

「衛宮君、上納金期待してるから♪」

 

凛は冬木の管理者だ。魔術師はその土地を使う代金を払わねばならぬ。士郎が魔術師ではなく魔術使いだから免除を申し出たところで、その様な戯言を聞き入れる凛ではあるまい。決まりなら仕方ない。だが何故だろう、真也は免除されそうな気がする。それは不公平では無かろうか。士郎のその様は、通知表を見るかの如く。

 

「あのさ、遠坂。真也にも取り立てるんだよな?」

「あらイヤだ。契約内容は守秘しなくてはなりませんの。お話し出来ませんわ」

「……」

 

士郎は真也に集ろうと心に決めた。ランチでも売店の総菜パンでも言い、毎日集ってやると誓ったのである。士郎がうんざりしながら台所に戻れば、すれ違う様に現れたのはイリヤであった。彼女はセラを引き連れてやってきた。呆れを隠さずちゃぶ台に付いた。

 

「程々にしておく事ね、浅ましいわよリン」

「五月蠅いわね。ウチの魔術は幾らお金があってもそれに越した事は無いのよ。お嬢様のイリヤとは違うんだから。お金の工面なんてした事無いでしょ」

「管理工面はセラに一任してるから」

「金銭とは本来忌むべきモノ、主たるお嬢様が関わる事ではありません」

 

セラの上品ぶった物言いにおもわず凛の表情が歪む。

 

「はいはい、かのアインツベルン様は私たちとデキが違いますかーって」

 

そのとき凛の頭の中に、諸般の情報が集まり組み合わさった。模造品とはいえ手元にあるものは一級品の魔術礼装である。これは士郎が打ったものだ。凛の懐にはもう一つとんでもない礼装がある。それはキャスターが作ったコードセル、魔術礼装だ。

 

(受肉したキャスターに魔道具作らせて、遠坂ブランドで売れば……)

 

まさにその時、凛の頭の中ではチャリンチャリンと金貨が音を立てながら積もっていったのである。なんという罪深き音色であろう。それは人から善性を奪い、狂気に走らせる罪深き存在なのだ。魔術師である凛は例外、とは言い切れまい。

 

「っ! っ! っ!」

 

畳に這いつくばってドンドンと叩く凛であった。こみ上げる笑いが抑えられない。

 

「と、遠坂?」

 

士郎のその声は驚愕では無く懇願、これ以上イメージを壊さないでくれという意味である。

 

「放っておきなさいシロウ。気にしたらだめよ。見た目に欺されたらこう成るという授業料を払ったと思って忘れなさい。あの男に比べれば、シロウの払った被害額は小さいから」

 

イリヤの嫌みなどどこ吹く風。妄想から復活した凛は輝いていた。涙を浮かべ喜んでいた。笑いが止まらない、腹の底から幾らでもこみ上げる。

 

「いやー♪ いやー♪ なんかこうバラ色の未来が見えてきたわぁ♪ 真也にはほっぺにキス位してあげないと駄目かぁ♪」

 

ウンザリする衛宮家セイバー陣営の面々である。その様な中、不愉快さを隠さない女性が一人居た。言うまでも無くライダーだ。

 

「遠坂凛。それ位にして下さい。正直不愉快です。シンヤはそのような俗事でキャスター委譲を申し出たのではありません」

「ごめん、ライダー、もうちょっとだけ♪」

 

己のマスターとその兄と、縁深きこの少女は守銭奴のごとき振る舞いである。だもので少々強い言葉を使ってしまった。

 

「遠坂凛。今の貴方は賎劣です」

 

ピタリと止まる。加えて沈黙も訪れた。それが痛い程張り詰めていた事は言うまでも無い。凛が腕を組んでライダーを睨み見返せば、そこまで言われる事かとむかっ腹立てていた。

 

「ライダー。貴女言いすぎじゃない?」

「相応かと。貴女の変わり身の早さには呆れていますから」

「なによ。真也とのいざこざはもう終わったんだから」

「貴女には呵責がないのですか」

「ちゃんと桜には感じてるわよ、というかそれ嫌み?」

 

助け船を出したのはセイバーだ。

 

「ライダーの言う通りです。誠実こそ尊ぶべき美徳でしょう」

「さっきから気になってるんだけど、何かあったのセイバー?」

 

士郎の身体がピクリと振れた。壊してしまったおもちゃを舞弥に見つけられた時の記憶が蘇ったのは言うまでも無い。

 

 

◆◆◆

 

 

「リンが心配する事じゃないわ。衛宮の事だから」

 

とはイリヤである。

 

「リンが気にする事ではありません。衛宮の事ですから」

 

とはセイバーであった。ちゃぶ台を挟んで向かい遭う二人は、視線も合わさずに火花を散らしていた。察した凛はこう言った。

 

「衛宮君、ちょっと左頬見せてご覧なさい」

「いやちょっと。首が回らなくて」

「見せないなら回り込むけれど?」

 

あくま、と呪いながら士郎が左を頬を見せれば案の定である。凛は楽しいおもちゃを見つけたと喜びを隠さない。

 

「衛宮君」

「はい」

「綺麗な紅葉腫れね」

「はい」

「リン、断っておくけれど、全てはシロウと繋がる為。宝石剣投影と固有結界への布石なの、それのご理解は頂きたいわ」

「良かったわね。献身的なお姉さんで♪」

 

俯き呻く士郎を見たセイバーは再び腹の蟲が暴れ出した。その物言いは穏やかであったが、節々は刺々しい。

 

「殿方がこれ程不実とは……シロウ、分っているのですか。私は怒っているのです。私より後に来たイリヤスフィールに身体を預けるなど」

「すまん」

(問題そこ? 後先の問題?)

 

凛の疑問は直ぐに解けた。

 

(セイバーの時代なら正妻、妾も当然か。アインツベルンぐらいの上流貴族になればそう言う事にも馴染みがあるって事か。リズ、セラとストックは十分。セイバーにはお気の毒だけれど、こっちはいくらかマシね。ライダーは白、キャスターも白、綾子も白、シスコン様々……まさか真也の奴、こっそり母さんと会ってたりしてないでしょうね)

 

言い争いを続けるイリヤとセイバーをぼうと見ていた凛は、端と気づく。まさかと思いつつ視線を舞弥に走らせれば彼女はマイペースだ。表情を探ってみるが良く分からない。悔しいが年季は向こうが上だった。凛の疑惑を余所に、衛宮家のお家騒動は攻守交代。イリヤのターンである。弟が責められるのは面白くない。

 

「士郎には大量の魔力が必要だった。ご飯も魔力の大食らいのセイバーが、シロウを責めるの?」

「その手段について納得が出来ないと申し上げています。イリヤスフィール、貴女なら他の手段を持っていたのでは?」

「そう。セイバーはやっぱり覗いていたの。悲しいわね、かの騎士王がのぞきだなんて」

「っ!」

 

図星だがセイバーの怒りは止まる事を知らない。

 

「イリヤスフィール、良い機会です。白黒明確にさせましょう」

「なにを明確にするのかしら」

「私はユーサー・ペンドラゴンの血を引く者です」

「そういう事ね。家の格で劣る気は無いけれど、妾なんてよくある話しでしょ。アハトお爺さまも囲ってるし」

「私に妾になれと?」

「だから正妻の座はセイバーにあげる。私はお姉さんという立場が気に入ってるの。妻だと対等になってしまうし」

「ならば何故?」

 

「だから言ってるでしょ。可愛い弟との事だもの。最後になるかも知れないのだから、出来るだけの事をしておきたかった。道義上問題があるかもしれない事は自覚してるわ。私だって、旅行に行ったり、一緒にお茶を飲んだり、乗馬に興じたり、本来なら時間を掛けて絆を育みたかった。取り戻したかった。姉弟と言っても義理の訳だし、10年の隔たりを短い時間で取り戻すには、うってつけよね。幾ら経験の無いセイバーでも、その行為が絆を作る切っ掛けになる事はわかるでしょ? いまのシロウは私との関係について悩んでる。考え直している。シロウは人伝に聞いた情報から姉(わたし)という幻想を作っていた。そこに本物の私はないわ。女神と信者が作る様な信仰の関係なんてまやかし。ほら苦悩めいているシロウを見なさい」

 

女性陣の視線を浴びた士郎は呻いていた。士郎はイリヤの言う通り悩んでいたが、今は気恥ずかしさの理由が大きい。これではさらし者である。

 

「どうかしらセイバー。親しい関係をもつ人同士の、正当な通過儀礼だと思わない? 簡単に言うと幼い頃にするべきだった姉弟喧嘩を今しているって事。士郎は私に口答えなんてしないから、他に方法が無かった。まあ反抗は許さないけれど」

「貴女は苦悩していないではありませんか」

「私は姉だもの。可愛い男の子と違うわ。そもそも。のんびりしてるセイバーが悪いのでしょ」

「私とて、手を拱いていた訳ではありません。シロウが、」

 

「ばかね。馬鹿正直に許可を求めるからそうなるの。シロウの様なタイプには押し切らないとだめよ」

「それではシロウの意思を蔑ろにしているようなものでは無いですか」

「だから言ってるでしょ? お姉さんで良いって。対等では無いんだから」

「釈然としません」

「迷ってる暇があれば飛び込みなさいセイバー。それで纏まる事もあるわ。それともかの騎士王は敵陣を前にして、十分に優位な戦力を持たないと怖じ気づく様な、戦いをしてきたのかしら?」

 

イリヤの説明に納得出来ないが、及び腰になっていたのは事実である。セイバーは悔しそうにイリヤを睨むのみだ。舞弥はおかしそうに笑っていた。リーゼリットはのんびりしていた。理解していないのか、気にしていないのか。イリヤが望んだ結果であれば気にしていない、と言う事だ。真実を知ったセラは仇敵を睨む勢いだ。エミヤシロウ、エミヤシロウと呟くそれは呪詛の様。士郎はいたたまれず、台所で食器を洗う振りをしていた。

 

凛はイリヤの大胆な懇親の考えと、ライダーの有する愛憎の考え方、その二つを元に一つの考えを構築していった。秩序の中では秩序に沿ったモノしか生まれない。最初の神であるガイアは混沌(カズム)から生まれたという。新しいモノを生むには、ごちゃごちゃに掻き混ぜた混沌に戻す必要がある。桜と関係を持った事に意味があるならば、凛は何をするべきか。具体的にイメージした凛は頬を一気に染めた。

 

(で、でも、幾ら何でも母さんだけは駄目ね。かなり危険な気がする)

 

凛が妄想から帰れば未だ衛宮家の食卓は混沌としていた。だからこう言った。

 

「折角の料理が冷めるからその辺にしておきましょ。食事もまた真理だわ」

 

 

◆◆◆

 

 

居間のちゃぶ台に突っ伏すのは凛である。両手を重ねその上に顎を置いている彼女は、見るからに不愉快そうな顔をしていた。彼女の他、複数名の人間が居たが、誰も彼もが黙り込んでいた。当初でこそ無駄話もしたが、1時間経ち、2時間経ち、半刻、一晩、丸一日、も経てば会話のネタなど底を突く。凛は部屋の壁に背を預けているであろう士郎に意識を向けた。もちろん視線は向けていない。

 

「衛宮君」

「なんだ」

「私、待つのは良いけれど待たされるのは嫌いなの」

「……要するに、享楽を提供しろって?」

「察しが良くて助かるわ」

 

「断る。そう言う事は真也に言ってくれ」

「連れないのね。微笑んだだけで顔を真っ赤にしてたあの頃が懐かしい」

「俺だって成長ぐらいする。遠坂の本性がとびっきりの跳ねっ返りでも、慣れる」

「慣れたなら良いじゃない」

「遠坂との距離感はもう掴んだって事だ」

 

言い過ぎたかと、恐る恐る凛をみれば、彼女は微動だにしていない。つむじが見えるのみだ。凛のぼやきに応じたのはセイバーである。

 

「リン、開戦の喇叭は既に鳴りました。その様にだらけていてはサクラの思うつぼ、気を引き締めるべきです」

「分ってるわよ、そんな事」

 

凛が身を起こせば士郎の左隣に陣取っているセイバーが居た。この正規の場所は譲らないと言わんばかりである。この一両日、二人が別行動している所を見た事が無い。少なくとも凛は知らなかった。言うまでも無くイリヤへの牽制だった。そのイリヤは士郎から少し離れた所に、“ちょん”と座っていた。近づいては離れる立ち位置を希望と言う事である。衛宮家も遠坂家もどこもかしこも骨肉の争いだ。凛は苦笑せざるを得ない。

 

「衛宮君、ランサーからの情報は?」

「ない」

「街の様子は?」

「特になし。静かなもんだ」

 

「何やってるのかしらね、あの娘」

「そうやって呟いてばかりだと逆に呼び込む」

「望むところだっつーの」

「失敗を微塵も考えていないんだな、遠坂は」

 

「あったりまえじゃない。結果が出る前からそんな事考えてどうするのよ」

「不安がらないところは大した物だと思う。ついでに立ち直りの早さも」

「ひょっとして喧嘩売ってる?」

「これでも褒めてるんだ」

 

数刻が経ち、士郎がその日の夕食を考え始めた頃、その時はやってきた。庭に良くない魔力が満ち始めた。誰かが“来た”と呟いた。強襲を掛けないところ先方の準備は万全の様だ。 見下す妹の表情が脳裏に浮かび上がる。その為の時間稼ぎか、凛は疎ましく思ったが準備時間が必要だった事は凛も同様だ。士郎は手はず通り先行したセイバーを見送った後、号令を掛けた。

 

「姉さんと舞弥さん、リズセラは引き続き居間に待機。必要に応じてバックアップを頼む」

 

 

各々が戦闘態勢に移行する。慌ただしい中、凛は背後のライダーにこう告げた。その騎兵は色々苦言を申しつけながらも、凛の警護を受け持っていたのだ。

 

「いい? サーヴァントは状況に応じて逐次投入する。セイバー、ライダーの順、スターティングはセイバーから。ライダーは様子を見て投入、私が指示が出来ない場合の判断は任せるから」

「わかりました」

 

新聞紙の上に置いてあった靴を履き縁側を抜ければ、そこにはつい先日見た光景が広がっていた。おぞましい程の微笑を浮かべる桜に、油断無く剣を構え対峙するのはセイバーだ。凛は魔物を討伐せんと立ち向かう聖騎士の壮大な宗教絵画を思い浮かべた。ただその魔物が妹とあっては冗談にしては質が悪い。

 

兎にも角にも状況判断だ。ざっと気配を探れば敵勢力は二名である。庭の中心に陣取る桜と、その傍らに見慣れない男が一人たっていた。漆黒の陣羽織、鉛色の袴、濡羽色の長い髪。容貌は大分変わっているが、物干し竿と言わんばかりの長刀は忘れようはずが無い。凛はそれがアサシンだと気がついた。

 

想定されたパターンの一つ、真也を抜いた襲撃だ。桜はセイバーが能力を上げた事を知らない、宝石剣も知らない、ライダーが控えている事も知らない。なにより、キャスターのハッキングによりサーヴァントに対する優勢が失われている事を知らない。この状況に不合理な点は無い、凛はそう判断した。アーチャーの登場に留意しながらも凛は桜に歩み寄る。手足を大きく振り、堂々とした物だった。

 

凛はセイバーの横で止まると、片手を腰に添えた。その不遜な態度は“遅かったわね”そう言わんばかりだ。姉の姿を認めた桜は、血に濡れた昏い笑みを浮かべた。殺意ははち切れんばかりだ。凛は僅かに首を傾げると、やはり笑みを浮かべた。これは荒療治になりそうだと実に嬉しそうだ。二人の距離は乗用車5台分、静かな間合いだったが、セイバーは荒れ狂う稲光を確かに見た。先手は桜であった。

 

「姉さん。イリヤスフィールを差し出しなさい。そうすれば、そこそこ遊んだあと殺してあげます」

 

桜の脅迫を凛は意にも介さない。主導権は私が持つと言わんばかりの物言いだった。

 

「桜、しばらく見ないうちに随分変わったわね。挨拶すら忘れるなんて、姉としては頭が痛いわ」

 

聞く耳持たない姉の態度に苛立つも、優位な立場を信じて疑わない桜は余興と言わんばかりに応じる事にした。

 

「そうです。私はもう変わりました。もうただ待ってるだけの娘じゃないの」

「前から地味だったけれど、今は暗いわよ」

「この期に及んでも上から目線ですか。それともお馬鹿になって立場が分らないんですか?」

「失礼ね。そんな失礼な事しないわよ。私はいつだって人を気遣っているんだから」

 

「いけしゃあしゃあと。魔術講座の時を忘れたんですか。バカだの、しようのない娘ね、だの、とても偉そうでした」

「ばかね、教師が生徒より腰が低くてどうするのよ」

「キャスター戦の時だってそうだった」

「組織活動に於いてリーダーは必須よ。衛宮君は素人、桜は一般人、そんな事も分らないから、アンタはそうなのよ。だから素直に投降しなさい。そうすれば二人共々可愛がってあげるから」

 

「……なんですって?」

「だって、桜。アンタは争い事向いてないじゃない」

「そうやって、ふんぞり返って、傲慢で、兄さんを振り回してきたんですか」

「そうよ?」

 

それの何処がおかしいのか、当然だろう、姉のそのもの言いが苛立たしい。

 

「私考えたんです。兄さんが戻ってきて、私の物になったのに、どうして満たされないのか、苦しいのかって」

 

だがやはり凛は話を聞かなかった。

 

「話を戻すけれど桜。もう少し明るいメイクにしたら? そんなんじゃ誰も寄りつかなくなるから」

「……結構です。もう特別な男の人は居ますから」

「あ、思い出した。雑誌で見てことあるわ、そういう恰好。ゴシック調? 違った。ギーガー調か」

「その高慢ちきな顔、台無しにしてあげます」

 

桜の顔が強ばった。怒りを堪えている様子がありありと分る。

 

「あらイヤだ。調子に乗ってるって自覚が無いのね」

「調子に乗ってるじゃありません。さっき姉さんも言ったじゃ無いですか、教師より生徒の腰が低くてどうするのかって」

「桜が先生面をするには、のんびりしすぎよ。上に立つって柄じゃないわ」

「私の立場が上って事です、まだ分らないんですか」

「玄関を見てきなさい。訪問販売はお断りなのよ。この家」

「へぇ、知りませんでした。いつ付けたんですか?」

「少し前にさ、厚かましい奴が来たのよ。挨拶も無く勝手に入り込んだ上、セイバーを置いてけって。高慢ちきってイヤよね?」

 

怒りが天元突破した桜は奥の手を出す事にした。悪い事をしたと苛まれているかと思えば、この姉の図々しさは目に余る。目の前の姉は非常識で知識や知能が乏しい者に違いない。ならば用いるべきは言葉では無く、力だ。

 

「漸く分りました。姉さんは自分の悪性に自覚を持たない困った人だって」

「鏡なら洗面台よ」

「もういいです」

「あら、イリヤを諦めるってこと?」

「姉さん、これの現実をどう覆しますか?」

 

桜の纏う呪いが濃くなった、凛がそう警戒した直後である。桜の足下に落ちた影から、伸びるかの様に人影が顕れた。背丈はランサーより頭半分低いが、凛より随分高かった。細身の体付きであったが、バランスは良い様に見えた。黒の襟無しシャツ、デニムパンツ、トレードマークであるロングコートはダークグレイ。だらしない恰好は相変わらずだ。その所感は瞬く間に消えた。凛が忘れた事の無いその彼は、顔が無かったのである。

 

 

 

 

 

 

つづく!

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